遊戯王ARC-V 天上の迷い子   作:殷淵源

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今回、日本未発売カードを使用しております。日本語名が判明次第、修正いたします。


第4話

 

 

「「――デュエル!!」

 

 重なった叫びが通路に響く。遊勝塾の一画にて今、2人のデュエリストが向かい合っていた。

 一方は黒髪の細身な少年、榊空矢。彼は普段なら柔らかい表情を浮かべていることが多かった。しかし、今は眉を上げて鋭い目線を相手へと送っている。

 他方は水色髪の小柄な少年、紫雲院素良。彼は普段から楽しそうに笑っていることが多かった。そして、今もまた面白そうに相手を注視している。

 

「空矢も素良もやめなさいよ! 2人が戦ったって何にもならないじゃない!!」

「無駄だ柚子。2人とも闘志が漲っている。こうなってはたとえ遊矢であろうと止められはしないだろう」

 

 そう言って権現坂が首を横に振ると、柚子は渋面を作って口を閉ざした。彼女とて説得が困難なことは理解していたのだろう。だが、理解していてなお口にせざるを得なかったのだ。なにせあまりに不毛なのだから。

 

「空矢お兄ちゃんと素良が戦うなんて、一体どうなっちゃうの?」

「分からない。けど、2人とも本気でデュエルするんなら、きっと凄い攻防になると思う」

「素良も遊矢兄ちゃんと戦った時、凄かったもんな。絶対シビれるデュエルになるぜ!」

 

 年少組は三者三様の反応を見せていた。アユは困惑しており、タツヤは冷静に分析し、フトシは心躍らせている。男子2人の方はそれほど深刻に捉えていないようだ。発端を考えればそれも無理はない。

 それらの発言は総て、対峙する2人にも聞こえているはずだ。だが、彼らは外野をまるで気にかけず、ひたすら視線を戦わせている。

 

「キミとも1度戦ってみたかったんだよね。丁度よかったよ」

「僕も貴方とは戦いたかったですよ。白黒はっきりさせないといけませんから」

 

 純粋な闘争心を向けてくる素良に対し、空矢はどこか剣呑であった。ただし、これは今に限ったことではない。空矢はほとんど一方的に素良に対して敵意を抱いている。その原因はここ数日の素良の行動にあった。

 

 

 空矢も初めから素良に敵愾心を抱いていたわけではない。むしろ彼が遊矢に弟子入りしたいと聞いて、兄に受諾するよう後押ししたほどだ。遊矢の実力が認められたということなので、空矢としても悪い気はしなかったのだろう。

 けれども、友好的であったのはほんの僅かな合間だけであり、翌朝には早くも大きな亀裂が入ることとなった。

 

「……何で貴方が家に居るんですか?」

「あ、おはよう弟さん。師匠まだ寝てるの?」

 

 榊家の食卓において我が物顔で朝食をとっている素良に空矢は半眼を向けている。呆れよりも眠気の方が強いようだ。質問に対して全く関係のない質問を返されたというのに反応を見せず、素良の対角線上の席へと腰掛けた。

 その後も何を言うでもなく、うつろな瞳で天井を見上げている。洋子が目の前にパンケーキを置いてもそれは変わらなかった。

 

「あれ、弟さんってもしかして朝弱い?」

「そうなのよ。起きたばかりだといつもこんな感じ。だけど、5分もしたらしっかり目も醒めると思うから放っておいて」

 

 素良の疑問に洋子が苦笑混じりに答える。一応起きることは出来るのだが、そこから覚醒までに時間がかかるようだ。素良が目前で手を振ってみても固まったままである。

 

「食べないんなら冷めちゃうから僕が貰うね」

 

 自分の皿を平らげた素良は一方的に告げ、空矢の朝食を己の手元へと持っていった。傍若無人としか言いようのない行いを受けたというのに、空矢は為されるがままとなっている。しかも洋子も止めることなく、微笑ましそうに素良を見ていた。

 

「やっぱりお腹空いてたんだ。空矢の分はまた新しく焼くから、いっぱい食べていいからね」

「母さん、また何か拾ってきて」

「あ、師匠!」

 

 1階へと降りてきた遊矢は、予想外の光景を目の当たりにしてずっこける。いつも通り犬猫でも拾ってきたかと思えば見知った顔が食卓に居座っているのだ。驚くのも当然である。

 派手な音を立てたからか、空矢は遊矢の方へと顔を向けた。兄の姿が視界に入ると、徐々に目の焦点が合っていく。

 

「おはよう兄さん。……って、あれ、何で貴方が家に居るんですか?」

「それ2回目。ホントに朝弱いんだね、キミって」

 

 目を丸くした空矢を素良が半目で見詰めるという中々珍しい状況になった。どうやら空矢は本気で寝ぼけていたらしい。勿論、素良が1度も答えていないことも覚えていないらしく、反論もしなかった。

 全く頼りにならない空矢はさておき、衝撃から立ち直った遊矢は素良の正面へと駆け、テーブルを両手で叩いて彼に詰め寄る。

 

「何でお前が家に居るんだよ!?」

「だって僕、師匠に弟子入りしたじゃん。弟さんだって認めてくれたし」

「いや、通い弟子に決まってますよね。内弟子なわけないじゃないですか」

 

 話を振られてようやく、空矢は正常に作動した。眠気関係なく目を細めて素良のことを見ている。それに対して素良は心配無用とでも言うように自信満々に頷いてみせた。

 

「それなら大丈夫。ご馳走になるだけで一緒に住むわけじゃないから」

「そんな図々しい弟子いるわけないじゃないですか!?」

「そもそも弟子だって認めてないし!!」

 

 即座に2人から切り返される。弟子と書いて集り屋、もしくは寄生虫と読む文化は少なくともこの世界には存在していなかった。師匠と書いてそう読む風習なら無きにしも非ずだが。

 反撃を受けた素良は眉尻を下げて2人を見上げる。俗に言う捨てられた仔犬のような目というやつだ。可愛らしい容貌もあって大きな威力があり、遊矢は若干気まずそうに目を逸らす。が、空矢はゴミを漁る野良犬を見るような目を素良へと向けていた。

 

「ダメですよ、そんな顔しても。食事くらい自分の家でしてください」

「え~、だって、僕には2人と違ってこんな美味しいパンケーキ作ってくれる優しいお姉さんなんていないし」

「え、お姉さん!?」

 

 今まで黙って成り行きを見守っていた洋子が身を乗り出す。空矢の説得は不可能と判断したのか、早々に攻略対象を切り替えたようだ。的確な状況分析と素早い決断を行えるのは優れたデュエリストの条件の1つである。

 だが、素良の行為は必ずしも正解ではなかったようだ。洋子の養子である空矢は彼を見て冷笑を浮かべている。

 

「そんな見え透いたお世辞に母さんが騙されるわけないじゃないですか。どこをどう間違えたら母さんがお姉さんに見ッ」

「空矢の言うことなんて気にしないでいいから、じゃんじゃん食べてね」

「わ~い! ありがとう、お姉さん」

 

 新たに皿が追加されて素良はもろ手を上げて喜び、礼を述べた。その甘美な響きに、洋子は頬に手をあて蕩け気味の表情で酔いしれている。テーブルに突っ伏している息子のことなど、今この瞬間には眼中になかった。近過ぎるが故に判断を誤ることはざらにある。

 

「だ、大丈夫か空矢?」

 

 倒れ伏す弟を遊矢は引きつった顔で見ている。空矢が受けた折檻は、叩かれた所から蒸気が上ってくるのではないかというほどの勢いを有していた。一歩間違えれば遊矢が制裁を受けていたはずだ。戦慄を覚えた彼は当然素良への抗議を断念する。素良の完全勝利であった。

 痛みに顔を歪めた空矢は伏せったまま恨めしげに素良を見上げる。それに気付いた素良は目を合わせると、片眼を瞑って悪戯げに笑んでみせた。相手が相手ならば頬を染めてもおかしくない代物である。だというのに、空矢は何故だか冷め切った目をするのであった。

 こうして、空矢から素良への好感度は大きくマイナスに振り切れたのである。

 

 

 その後、榊兄弟も無事に朝食を食べ終え、2人とも登校する為に家を出た。途中柚子も合流し、土手の上にある道を歩きながら中学校を目指す。素良のことを話題にしながらゆっくりと進んでいたのだが、ここでも問題が起こった。

 

「何で貴方がついて来てるんですか?」

「だ~か~ら~、さっきも言ったけど弟子が師匠の後をついていくのは当たり前でしょ」

 

 横目で睨んでくる空矢に対し、並んで歩く素良は正面を向いたまま辟易したように答える。二人の前方には肩を落として歩く遊矢の姿があった。自身の失言によって渾身の一撃を頬へ受ける羽目となった彼は、今日の先行きに不安を抱いているらしい。兄弟揃って朝から散々であった。

 もっとも、元凶である少年は2人の感傷など微塵も気にかけていないようだが。

 

「大体、制服着てないですけど学校はどうしたんですか?」

「まあまあ。そんな細かいこと気にしたってしょうがないじゃん」

「全然細かくないと思うんですが」

 

 あからさまにごまかしてきた為、空矢の素良を見る目が一段と厳しさを増した。不登校かつ集り屋ともなれば、然るべき機関に通報すべき事案であろう。家族の平穏を護る為ならば、空矢は手段を選ばないはずだ。

 そんな不穏当な気配を感じ取ったのか、ここにきて初めて素良は空矢の方へと顔を向ける。

 

「そんなことよりさ。弟さんも師匠と同じ制服着てるけど、1個下なの?」

「いえ、同い年ですよ。クラスは違いますが」

 

 空矢は厳しい顔をしたまま答え終えると、直ぐにまた口を開こうとした。この程度で矛先が逸れるわけがない。しかし、先回りする形で瞠目した素良が声を上げた。

 

「ええ!? じゃあ双子なの? 全然似てないのに」

「余計なお世話です。……血が繋がってないだけですよ」

「あ、そうなんだ」

 

 空矢の答えを聞いて素良は少し落胆したようである。確かに意外性も面白みもない答えだ。他人の家庭事情にそんなものを求める方が間違っているが。

 そんな素良の態度に空矢は眉を(ひそ)めて何か言おうとする。が、またも相手が先んじた。

 

「キミって全然弟っぽくないよね」

「……は?」

 

 空矢の足が止まり、棒立ちとなる。唐突に放たれた一言は的確に彼を機能停止へと追い込んだ。酷い手札事故を起こしてアユにストレート負けした時よりも受けた衝撃は大きそうである。

 一方、素良はさらに数歩進んだところで立ち止まり、反転して空矢へと正対した。

 

「だって、同い年で、身長も同じくらいで、しかもそのしゃべり方。可愛げが全くないじゃん」

 

 無防備な相手に無慈悲な追撃が決まる。まだ出会って間もないというのに空矢の弱点を見事に撃ち抜いていた。恐るべき観察眼である。

 容赦ない攻撃に曝されて空矢は完全に呆けていた。そうして立ち尽くしている間にも、先を行く遊矢の背はどんどん小さくなっている。ようやく立ち直った空矢が目を閉じて肩を竦めた頃には、もうほとんど見えなくなっていた。

 

「突然何を言い出すかと思えば、別にいいじゃないですか。兄弟のあり方なんてそれぞれです」

「けど、可愛げがなくって血も繋がってない弟なんてうざったいだけなんじゃないの?」

 

 どうにか折り合いをつけた空矢が再度石化する。そうして一々気にしているあたりまだ可愛げはあると思われるが、伝えてくれるものはいなかった。この調子では朝のホームルームには到底間に合わないだろう。

 そんな彼を気遣ったというわけではないだろうが、可愛らしく笑った素良は気付け薬を投与した。

 

「その点、僕なら何の心配もないよね?」

「んなっ!?」

 

 効果は覿面、というよりも効き過ぎたらしく、空矢は目を見開いたまま意味もなく口を開閉させている。最早言葉にならないようだ。今頃彼の心の内では反論と罵倒が寄せては引いてを繰り返していることだろう。

 酸素が欠乏したような有様になっている空矢。池の鯉のような彼の様子を見て、素良はいかにも可笑しそうに笑っている。一頻り笑った後、彼は小さく舌を出してみせた。

 

「冗談だって。僕がなりたいのは弟じゃなくって弟子だしね。じゃ、先行くね」

 

 一方的に告げると空矢へ背を向けて駆け出す。相当な俊足であり、あっという間に姿が見えなくなった。必然的に空矢が寂しく取り残される形となる。

 置いていかれた空矢はしばらくわなわなと震えていたが、やがて目尻を吊り上げて道の先を見据える。そこには怒り以上に強い感情が宿っていた。同時に、素良の素性を聞き出す必要性が彼から失われる。何故なら、空矢にとっての素良はこの上なく明確な存在となったからだ。

 すなわち、紫雲院素良は榊空矢の敵であると。

 

 

 このような経緯があって、空矢は素良に敵意を抱くことになったわけだ。

 ただ情勢は空矢に味方せず、素良はその人懐っこい性格もあってあっさりと遊勝塾全員の懐へと入り込む。唯一の救いは、肝心の遊矢が素良との距離をはかりかねていることだ。だが、それも時間の経過と共に着実に接近している。証拠に、素良が榊家で食事をすることに対して彼は何も言わなくなった。洋子については言うまでもあるまい。

 そうした素良の台頭を空矢は手を拱いて見ているしかなかった。彼は自分の感情が子供じみた嫉妬であると理解している。しっかりした人間だと自負している空矢が、自身のそうした感情を表に出せるはずがなかった。

 それでも鬱憤は日が経るにつれて溜まっていき、遂に今日爆発して2人のデュエルに至ったわけである。

 

 

 ということならば話は簡単なのだが、実際はそうではなかった。無論、それが大きな要因であるのは間違いないが、だからと言って直接的なものでもない。原因は素良だけではなく、突如として遊勝塾を訪れた招かれざる客にもあった。

 まず沢渡の取り巻きをしている3名が遊勝塾にやって来たことから話は始まる。何でも沢渡が昨夜闇討ちされたらしく、彼らの言い分によると遊矢がその犯人だというのだ。驚く遊勝塾の面々に対し、彼らは啖呵を切ってみせる。

 

「そうだ! 忘れたとは言わせねえ!!」

「俺達もその場に居て、この目で見てるんどぁッ」

「一体どの目ですか? よく見えないんでもう少し近くで見せてもらえますか、物部くん?」

「お、俺は大伴いただだっダダダッ!」

「ヒィィ、こいつ瞳孔開ききってんぞ!」

「う、うわぁぁぁあああ!!」

 

 と、このように彼らは早々に退散したので話は終わった。となるはずもなく、続いてやって来たLEOコーポレーション理事長、赤馬日美香によって遊勝塾は危機に陥る。

 彼女によれば、沢渡はエクシーズ召喚を使う相手とのデュエルで怪我を負わされ、目撃者達は揃って犯人は遊矢だと証言しているというのだ。当然、遊矢は否認するが、明確なアリバイなどはない。しかも空矢の存在がある為、エクシーズ召喚は使えないという遊矢の弁明も信憑性が疑われた。先日LDS内で空矢が行ったデュエルの内容も彼女達は把握している。

 もっとも、彼女の狙いは沢渡闇討ちの犯人を明らかにすることではなく、これを口実に遊勝塾、引いては遊矢とペンデュラム召喚を手中に収めることにあった。そうである以上、衝突は避けられない。結果、遊勝塾は全員が一致団結して抗戦を決意し、存亡を賭けた2本先取の対校試合が行われることとなった。

 1戦目は遊矢と、遊勝塾の面々と決して顔を合わせないようにしていた少年とで行われることになる。修造が相手の得意なフィールドを選んでしまったこともあって戦況は遊矢が不利であったものの、それ以外は特に困るようなことはなかった。

 ところが、ここに来てある問題が浮上したのである。

 

「は? 3戦目は僕に決まってるじゃないですか」

「ええっ、どうして!? 実力からいって僕でしょ」

「直接戦ったこと無いんですから実力の差なんて分かりようがないですよね? なら、在籍年数からいって僕が出るのが当然です」

「何それ? そんなの本気で何の足しにもなんないじゃん」

 

 3戦目を誰が戦うかだ。塾長の娘である柚子が2戦目に出るのは確定として、あと1人の枠を空矢と素良が争うこととなったのである。遊矢の応援そっちのけで2人は口論となった。一応弁明しておくが、少なくとも空矢は遊矢の勝利を微塵も疑っていないからこその行動である。

 激論の末、2人は共に肩で息をするほど消耗した。そして、どちらともなくデュエルディスクを装着して、決着をデュエルの勝敗に委ねることとなったのである。

 

 ここまで長々と説明しておいてなんだが、全くもってしょうもない理由だった。

 

「何アレ? 仲間割れ?」

「おいおい。こんな調子で俺の相手が務まんのかよ」

 

 控えていたLDSの生徒2人もこれには呆れ顔である。なにせ、対戦相手の目の前で自分のデッキを晒すという暴挙を犯そうとしているのだ。普通はまずそんなことにはならない。しかし、普通でない状態の空矢と情報アド程度ではハンデにもならないと考えている素良にはそんな理屈は通じなかった。

 2人はディスクの画面をタッチし、先攻プレイヤーの決定をディスクに委ねる。数秒の後、素良のディスクの画面が点滅した。

 

「じゃあ、先攻は僕が貰うね。僕は」

「お待ちなさい」

 

 素良が手札を切ろうとした丁度その時、空矢の背後、素良の正面から制止の声がかかる。声の主は今居る中では1番の年長者である赤馬日美香だ。いきなり出鼻を挫かれた素良は不満顔で彼女を睨みつける。

 

「なに、おばさん。僕さっさと勝たなきゃいけないんだけど」

「下の2人より早く終わる保証がない以上、そんな所でデュエルをされては選手の入れ替わりに支障を来たすのは確実。やるなら、あちらでやりなさい」

 

 そう言って日美香は腕を軽く組んだまま、首の動きで奥のスペースを示した。LDSの面々が固まっているさらに奥なので、確かに誰の迷惑にもならない。

 素良が空矢へと視線を向けると彼も頷いた為、2人はディスクを起動したままそちらへと移動していった。敵から正論を説かれるという醜態に柚子は額を押さえながらため息をこぼしている。

 LDS一行の横を通り過ぎる時に何かを言われることもなく、2人は再度対峙した。空矢はつきあたりから少し距離をおいたところに、対する素良はLDSの面々が観戦している窓の手前にそれぞれ立っている。遊勝塾の仲間からは遠のき、かつ敵からは観察されるという最悪の立ち位置だ。

 が、2人はそんなことを気にかけることなく、互いに戦意を滾らせている。

 

「じゃ、気を取り直して。僕は《ファーニマル・ドッグ》を召喚」

 

 先鋒を任されたのは白と茶の二色の毛並みを持つ犬であった。犬と言っても外見はぬいぐるみに似たファンシーなもので、腹部に巻いたピンクの帯状の何かから白い翼が生えている。素良の外見によく似合ったモンスターと言えた。

 

「《ファーニマル・ドッグ》の効果を発動するよ。このカードが手札から召喚・特殊召喚に成功した時、デッキから『ファーニマル』モンスターを1体手札に加える。僕は《ファーニマル・ベア》を手札に。それからカードを1枚伏せてターンエンド」

 

 素良はモンスター効果でデッキからカードをサーチしつつ、魔法か(トラップ)を伏せてターンを終える。先攻初ターンとしては至って平凡な手だ。様子見の要素が強いらしく、素良の顔には期待が色濃く浮かんでいる。

 翻って、空矢はどこか浮かない顔をしていた。相手ではなく己の手札を見ていることから初手があまり思わしくないらしい。

 

「僕のターン、ドロー……。僕は《光天使(ホーリー・ライトニング)セプター》を召喚」

 

 空矢はドローしたカードを確認すると肩の力を抜き、そのままディスクへとセットした。それによって無数の棘によって構成された機械じみた天使が空矢の場に呼び出される。取り敢えず、ドローゴーという最悪の事態は免れたようだ。

 

「《セプター》の効果発動。このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、デッキから『光天使』モンスターを1体手札に加えます。《光天使スローネ》を手札に」

「ふぅん、僕の《ファーニマル・ドッグ》とほとんど同じ効果だね。でも攻撃力は100高いんだ。で、そのまま攻撃するの?」

 

 少々興が冷めた風に素良が尋ねる。後攻初ターンとしては凡庸に過ぎた。一部のデッキを例外として、下級モンスター同士の殴り合いは見栄えするとはお世辞にも言えない。

 そうした言外の苦情に対して空矢は不敵な笑みを返した。

 

「それじゃいくらなんでも芸がないです。魔法カード《トランスターン》を発動します。モンスターを1体墓地に送り、そのモンスターと同じ種族と属性でレベルが1つ高いモンスターを1体デッキから特殊召喚します。レベル4の《セプター》を墓地に送り、レベル5の《光神テテュス》を特殊召喚します」

 

 棘の天使が地面に開いた穴へと身を沈めると、代わりに翼ある純白の女神が場へと迫り上がってくる。エースモンスターというわけではないが、彼女を出せるかどうかで戦略が大きく変わるほど重要な地位を占めるモンスターだ。

 

「バトルです。《テテュス》で《ファーニマル・ドッグ》を攻撃。ホーリー・サルヴェイション!」

 

 純白の女神が翼をはためかせると、風の代わりに光の波動が発せられる。向かってくる眩い光をぬいぐるみの犬は直視出来ず、床に胴を預けて前足で両目を隠した。直後到達した光に融けるようにしてその身を掻き消されていく。

 

 素良LP4000→3300

 

「カードを1枚セットしてターン終了です」

「う~ん。ま、及第点ってとこかな」

「それはどうもありがとうございます」

 

 完全に上から目線の素良の言葉に、空矢は口元を少々引きつらせていた。とはいえ、上級モンスターを1体出したくらいでは実際そんなものだろう。空矢とてこの程度で感心されても困るはずだ。

 一応は少々不利な情勢であるが、無論素良に気負った様子はない。ライフこそ削られたが、油断なく見詰めてきている空矢の態度からも分かるように、本番はここからである。

 

「じゃ、僕のターンいくよ。ドロー。手札の《ファーニマル・ベア》の効果発動。このカードを墓地に送って、デッキから《トイポット》を1枚フィールドにセットするよ。で、セットした《トイポット》を発動っと」

 

 素良の背後に巨大なガチャマシーンが出現した。両脇についたレバーは手を象った形をしており、上部の左右には緑の球体がそれぞれ装飾されている。またガチャが転がってくるレールが長い舌を連想させることから、どうやら蛙をモチーフにしたものであるようだ。

 

「1ターンに1度、手札を1枚捨てて、デッキから1枚ドローする。それでそのカードが『ファーニマル』モンスターだったら手札からモンスターを特殊召喚出来て、違ったらドローしたカードをそのまま捨てるんだ」

「随分と不確定要素が強いですね。『暗黒界』でも入ってるんですか?」

「やだな~。そんな不気味なモンスター僕のデッキに似合わないでしょ。ほら、やっぱエンタメんないと」

 

 空矢の軽口を素良は笑って否定する。可愛らしい外見のモンスターも居る「魔轟神」ではなく、わざわざそちらを例に出した時点で空矢の意図は知れた。ついでに、エースモンスターがアレである素良に不気味呼ばわりされた「暗黒界」は少々気の毒である。

 

「じゃ、いくね。何が出るかな、っと!」

 

 素良が手札を捨てるとガチャマシーンにコインが投入され、ドローするのに合わせてカプセルが1つレールを下って来た。この時点ではまだ当たり外れは分からない。しかし、素良から不安などは一切見受けられず、至って自然な動作でカードを確認した。

 

「やったね! 僕が引いたのは《ファーニマル・オウル》。『ファーニマル』モンスターだから、今加えた《ファーニマル・オウル》を手札から守備表示で特殊召喚」

 

 破顔した素良はそのまま引いたカードをディスクへとセットする。同時にガチャのカプセルが開き、中から鼻眼鏡をかけたぬいぐるみのフクロウが飛び出してきた。元々鳥なので「ファーニマル」モンスターが共通して持つ天使の翼はない。と思いきや、眉が白い翼状となっていた。

 

「《ファーニマル・オウル》の効果が発動。このカードが手札から召喚・特殊召喚に成功した時、デッキから《融合》を1枚手札に加えられる。というわけで《融合》を手札に」

「早速来ましたね」

 

 素良の宣言を聞いて空矢は顔を引き締める。相手のデッキにおけるキーカードが手札に加わったのだ。ここからはどれだけ警戒しようとも過ぎるということはないだろう。

 

「ここで、さっき捨てた《トイポット》の効果も発動。このカードが墓地に送られた場合、デッキから『ファーニマル』モンスターか《エッジインプ・シザー》を手札に加えられる。僕は《エッジインプ・シザー》を手札に加えるよ」

 

 どうやら《トイポット》の効果で別の《トイポット》を捨てていたようだ。任意効果ではあるが、墓地に送られた“時”に発動するのではなく、墓地に送られた“場合”に発動するのでタイミングを逃すことはない。「ファーニマル」モンスター以外を引き当てた場合でも、損失を負うことのないようにプレイングしていたようだ。

 とにもかくにも、これで素良の手札にキーカードが総て揃ったことになる。これからの展開を想像したのか、彼は一際愉しそうに笑んでみせた。

 

「それではお待ちかね、魔法カード《融合》を発動! 僕は《エッジインプ・シザー》と」

「速攻魔法《光神化》をチェーン発動! 手札の天使族モンスターを1体攻撃力を半分にして特殊召喚します」

 

 意気揚々と発動した素良であったが、空矢の宣言が中途で遮る。無粋としか言いようのない行動に素良は眉を寄せた。《融合》は効果解決時になって初めて特殊召喚するモンスターを選択する為、このように何らかのカードをチェーンされた場合、どうしても水を差されたという印象が強くなってしまう。

 勿論、空矢とて単なる嫌がらせの為に発動したわけではなかった。とてつもない嫌がらせの為に発動したのである。

 

「僕は《大天使クリスティア》を守備表示で特殊召喚します」

「うえッ!」

 

 素良から彼らしからぬ驚きの声が漏れた。閃光に乗って降臨したのは、橙色の翼を持った人型の天使である。だが人型といっても、翼を象った装身具をいくつも身にまとい、朱の瞳でフィールドを睥睨するその姿は人間には決して出し得ぬ威圧感を醸し出していた。

 ちなみに、《光神化》で下がるのは攻撃力だけなので、守備力は本来の数値2300のまま変わらない。

 

「《クリスティア》の効果により、お互いにモンスターを特殊召喚することは出来ません」

「チェーン処理中の《融合》は効果を使えずにそのまま墓地に送られる。……ふ~ん、そういう感じなんだ」

 

 《融合》を無駄打ちする羽目になったというのに、素良は特に悔しがっているようには見えなかった。ただ今までにない表情をしており、空矢のことを興味深そうに眺めている。

 短い時間で空矢の観察を終えた素良は、次いで自分の手札と向きあって声なき相談を始めた。けれども、いい結果は導き出せなかったようで程なく肩を竦める。

 

「さすがに《クリスティア》の影響下じゃ何も出来ないね。僕はモンスターを裏守備で召喚してターンエンド」

「エンドフェイズに《光神化》で特殊召喚したモンスターは破壊されます。そして《クリスティア》はフィールドから墓地に送られる場合、デッキの1番上に置かれます」

 

 空矢の言葉通り、大天使は頭から順に風化していくように光の粒へと姿を変えていった。それらの光は風に運ばれるようにして空矢のデッキトップに集まっていく、という演出が行われる。天使族の中で最も知名度のあるカードの1つだけあって、細かいところまで作り込まれているようだ。

 こうして素良のターンはほとんど無為に終わる。とはいえ、彼のモチベーションが下がることはなく、最初と変わらず、否、それ以上の戦意をもって相手を見据えていた。

 

「僕のターン、ドロー。《テテュス》の効果を発動。ドローしたカードが天使族モンスターだった時、相手に見せることでもう1枚ドローします。ドローしたのは当然《クリスティア》です」

「随分とチャッカリしたデュエルするんだね、キミって」

「……続けて引いたのも天使族モンスター《幻奏の音女カノン》だったのでもう1枚ドローします」

 

 素良の感想を黙殺して空矢はドローを敢行する。《光神化》のデメリットを実質帳消しにした彼は、追加のドローによって手札を6枚に回復させた。それだけ増やした甲斐あって無事にキーカードを呼び込むことが出来たようである。曇りがちだった顔に晴れ間が見えた。

 

「魔法カード《名推理》を発動します」

 

 追撃の一手が放たれる。不確定要素こそあるものの、ほぼデメリットなしでモンスターを呼び出すことが出来る優秀なカードだ。また、空矢の変化の象徴とも言えるカードである。

 

「相手は任意のレベルを1つ宣言し、僕は通常召喚可能なモンスターが出るまでデッキの上からカードをめくります。対象モンスターが相手の宣言したレベルなら墓地に送り、それ以外なら特殊召喚します。というわけで」

「4」

 

 尋ねる前に即断された答えに空矢は目を丸くした。その視線の先、空矢の正面に立つ素良はどこか挑戦的に感じる笑みを彼へと向けている。

 

「僕はレベル4を宣言するよ」

「4、ですか?」

 

 若干の戸惑いを見せながら空矢が聞き返した。《名推理》のメリット、つまり相手にとって脅威なのは、強力な上級モンスターであろうと簡単に出てくるという特性にある。リリースなしでも通常召喚出来る下級モンスターのレベルを指定するメリットは少なかった。

 

「下級より上級モンスターの方が多くなるようには構築されてるんだろうけど、今までキミが手札に加えたカードを見る限り、それでも1番多いのはレベル4のモンスターなんじゃない? まあ、分かってても普通は《クリスティア》とかを警戒して8を宣言するべきなんだけど、《クリスティア》が手札に居るんなら他のモンスターなんて出てきても怖くないし」

 

 人差し指を立てた右手を顔の横で左右に振りながら、素良はフトシ達にルールの解説をしている時と同じような調子で説明した。分析は的確であり、決断は不遜である。

 《クリスティア》以外はどうとでもなると言われたのだ。普通は気を悪くしそうなものだが、空矢はそうした様子を見せずに何故だか苦笑している。そのまま特に反論することもなく、彼は己のデッキと向きあった。

 

「いきます。1枚目、魔法カード《フォトン・サンクチュアリ》。2枚目、罠カード《スキル・プリズナー》。3枚目、魔法カード《一族の結束》。4枚目、魔法カード《神の居城―ヴァルハラ》。5枚目……来ました」

 

 いつもより多く墓地に送った後、ようやく該当のカードを引き当てた空矢は一笑する。そして、勿体ぶるように緩慢な動きで素良へとカードを提示した。

 

「正解です。レベル4の《幻奏の音女セレナ》です」

「ラッキー! って、外してたら《セレナ》の効果があるから、《クリスティア》をアドバンス召喚されてたじゃん。危なかったな~」

 

 素良は些か大仰に過ぎる動作で胸をなで下ろしている。ここ数日で柚子のデュエルを目にする機会があった彼は、《セレナ》がダブルコストモンスターであることを把握していた。この場合、下手な上級モンスターより出てこられては困るモンスターである。

 一方、正解されてしまった空矢は《セレナ》を墓地に送り、1つ息をこぼした。

 

「やっぱり一筋縄じゃいきませんね。今回は特にレベル4を多めにした構築にしていたことまで見破られましたし」

「あ、そうなんだ。《カノン》まで入ってるんだから『幻奏』モンスターを多めにしたってこと?」

「半分正解です。ただどちらにせよ少し噛み合わなかったみたいですね」

 

 自嘲気味に空矢が述べる。初手が事故を起こしかけていたことといい、あまりバランスがよくないようだ。デッキ調整は実際に回してみて初めて分かることも多い。なにせたった1枚入れ替えただけで途端に回らなくなるということすら珍しくないのだ。デッキとはそれだけ繊細なものである。

 

「何か思ったよりあっさり終わりそうだね」

「そうなんですか? 貴方も意外と大したことないんですね」

 

 素気ない調子で素良が告げると、空矢は微笑みを浮かべて言い返した。当たり前であるが、デッキの状態が悪くても負けるつもりは微塵もないらしい。皆の力になる為、そして素良との優劣をはっきりつける為、空矢は何としてもこのデュエルに勝たねばならないのだ。見事なまでに空回りしている。

 

「デュエルに戻ります。僕は《幻奏の音女カノン》を通常召喚し、バトルフェイズに入ります。《カノン》で《ファーニマル・オウル》を攻撃!」

 

 目元を金の装身具で覆った青い髪の女性天使が召喚され、すぐさま攻撃を命じられる。命に従って彼女は渾身の歌声を披露し、それは衝撃を伴って敵へと襲いかかった。受け切れなかったフクロウは錐揉み状に吹き飛び、脇の壁に激突したことで消滅する。

 

「続けて《テテュス》でセットモンスターを攻撃します」

 

 白の波動が放たれ、同時に伏せていた敵が姿を現した。重なるようにして連なった複数のハサミという独特な形状を持つモンスターであり、ハサミの取手の部分には1対の目が存在している。なんとも不気味なモンスターであったが、強烈な光を浴びたことで何も為せぬまま消えていった。

 

「メインフェイズ2に移行して《カノン》の効果を発動。1ターンに1度、自分の場の『幻奏』モンスター1体の表示形式を変更します。《カノン》を守備表示にしてターン終了です」

 

 青髪の天使に防御姿勢を取らせて空矢はターンを終える。素良のモンスターは全滅しており、フィールドに関しては空矢が俄然有利であった。だが爛々と輝く素良の瞳がこのままでは終わらないと雄弁に語っている。

 

「僕のターン、ドロー。まずは罠カード《融合準備(フュージョン・リザーブ)》を発動。融合モンスターを1体相手に見せて、そのモンスターにカード名が書かれている融合素材モンスターを1体デッキから手札に加える。僕は《デストーイ・シザー・ベアー》を公開して《ファーニマル・ベア》を手札に。続けて《融合準備》のもう1つの効果で墓地に存在する《融合》を1枚手札に加えるよ」

 

 サーチとサルベージを1枚で兼ねる強力なカードを用いたことで、素良の手札は6枚となった。潤沢な手札を眺めて彼はにこやかに笑う。それだけあれば大概のことは出来るはずだ。彼は揚々と手札、ではなくディスクの画面へと手を伸ばす。

 

「ここで墓地の《エッジインプ・シザー》の効果を発動。1ターンに1度、手札を1枚デッキの上に戻すことで墓地のこのカードを特殊召喚出来るんだ。《エッジインプ・シザー》を特殊召喚」

 

 素良の宣言と共に連なるハサミが再度フィールドへと現れ、切れ味を誇るように刃を数回開閉させた。コストが必要とはいえ自己蘇生が可能というのは充分優秀な効果である。その為か、空矢は眉間へと皺を寄せて相手の場を見据えていた。

 

「デッキの1番上に戻すってことはつまり」

「そういうこと。《トイポット》の効果発動。手札を1枚捨てて、1枚ドロー。ドローしたのは2枚目の《ファーニマル・ドッグ》だから《トイポット》の効果でそのまま特殊召喚。あ、攻撃表示でね」

 

 《エッジインプ・シザー》の効果によってデッキトップが操作されていたので、素良は引いたカードを確認せずにそのままディスクへとセットする。その言葉に違わず、白と茶の毛並みを持つ犬が再び召喚された。それだけでも空矢を呆れさせるには充分であったが、ディスクの画面をタッチして情報を引きだした彼はさらにため息までつくこととなる。

 

「《ファーニマル・ドッグ》の効果が発動。僕はデッキから《ファーニマル・ラビット》を手札に加えるよ」

「貴方も他人のこと言えないくらいにはチャッカリしてますよね」

「エンタメるにしてもメリハリつけないとね。成功してこそのエンタメだし」

 

 後輩に笑顔でエンタメについて語られた空矢は対照的に顔を(しか)めた。だからといって何か言い返すこともなく、黙って相手のことを見詰めている。無論、口にも出さないことを素良が汲んでくれるはずもなく、彼は嬉々とした態度で手札から1枚のカードを引き抜いて提示した。

 

「それじゃ、今度こそ行くよ! 魔法カード《融合》を発動して、《エッジインプ・シザー》と《ファーニマル・ベア》を融合! 悪魔の爪よ、野獣の牙よ。今一つとなりて新たな力と姿を見せよ!!」

 

 素良は両の掌を上に向けた状態で腕を大きく開く。その背後に濃淡2種の青と赤橙によって構成された渦が現れた。次いで、羽の生えたピンクのクマと連なるハサミがその内へと入り、混ざり合っていく。

 

「融合召喚! 現れ出ちゃえ、すべてを切り裂く戦慄のケダモノ《デストーイ・シザー・ベアー》!!」

 

 素良は広げていた腕を一気に閉じ、顔の前で左の拳を右手で包んだ。同時に背後の渦から変わり果てた姿となったぬいぐるみのクマが飛び出してくる。

 ハサミの尖端をそれぞれに突き刺すことで千切れた腕と胴とを強引に繋いでおり、また、裂けた腹部からも巨大なハサミが突き出していた。さらに口内に広がる暗闇には、1対の赤い目が浮かび上がっている。不気味という表現がよく似合うこの悪魔こそ、先日遊矢を苦しめた素良の主力モンスターであった。

 

「遂に来ましたね。けれど、《シザー・ベアー》の攻撃力は2200。《テテュス》の攻撃力2400には及びません……とでも言えばいいんですか?」

「お約束だよね、それ。言われなくたって相手もそんなこと分かってるのにね」

 

 空矢の軽口に素良は愉快そうに応じる。

 分かっていて攻撃力の劣るモンスターを出す以上、何か意味があると考えるべきだ。が、その状況に出くわした人間は多くの場合、空矢が言ったのと同じ言葉を口にして自身のモンスターを誇る。恐らく余裕がない所為でそこまで思考が働かないのだろう。

 

「じゃ、ご期待に応えて魔法カード《アームズ・ホール》を発動っと。デッキの1番上のカードを墓地に送って、デッキか墓地から装備魔法を1枚手札に加えられる。ただし、このターン僕は通常召喚出来なくなるんだ。僕は《魔導師の力》をデッキから手札に加えるよ」

 

 お約束通り素良は逆転の一手を打った。サーチしようとしているのは数ある装備魔法の中でも特に大きな火力を有した1枚である。その為か素良は上機嫌であり、デッキトップのカードをめくって墓地に送った時も楽しげであった。

 

「カードを1枚セットしてから《魔導師の力》を《シザー・ベアー》に装備。装備モンスターは僕の魔法・罠カード1枚につき攻撃力が500ポイントアップする。僕のフィールドには《トイポット》、《魔導師の力》と伏せカードの3枚あるから1500ポイントアップするよ」

 

 大きな力を得たぬいぐるみが野太い声で雄叫びを上げる。元々あった可愛らしさは一切合財消え失せていた。幼い子供が見たならばトラウマものの存在と化している。戦いに可愛らしさなど不要と言い切ってしまえばそれまでであるが。

 

 デストーイ・シザー・ベアー

 ATK2200→3700

 

「バトルだ! 《シザー・ベアー》で《テテュス》を攻撃!!」

 

 ぬいぐるみのなれの果ては命を受けると、飛ばそうとしているのではないかという勢いで腕を突き出した。ハサミの接合部は見た目に反して伸縮自在らしく、有翼の女神まで難なく到達すると鈍い音を立てて弾き飛ばす。羽根が舞う中、女神は光へと還っていった。

 

 空矢LP4000→2700

 

「《シザー・ベアー》の効果発動。戦闘で破壊したモンスターを攻撃力1000ポイントアップさせる装備カード扱いにしてこのカードに装備する。ってことで《テテュス》を貰うよ。さらに、魔法カードが増えたから、なんと《魔導師の力》の上昇値まで増えちゃう」

 

 未だフィールドを漂っていた光の粒が吸い寄せられるようにして悪魔の口内へと収まっていく。女神の魂を捕食した悪魔は先程より凄まじい咆哮を上げた。神すら超えた力を手に入れ、禍々しさがより一層増したように思える。

 

 デストーイ・シザー・ベアー

 ATK3700→4700→5200

 

「《カノン》の守備力の方が《ファーニマル・ドッグ》の攻撃力より高いから、僕はこれでターンエンド。どう? 融合って凄いでしょ?」

「別に言われなくても知ってます。それに、シンクロやエクシーズよりも癖の強い融合を使いこなす貴方の実力も凄いとは思ってますよ」

「そんなの当たり前じゃん」

 

 面白くなさそうに述べられた空矢の賛辞に対し、素良は無邪気に笑って返した。褒めている方も褒められている方も相手に好感を抱いたということは全くないらしい。事実を言葉にしただけであり、互いの好悪には影響しないようだ。

 向けられた笑みを空矢は無感動に受け止め、ディスクを構え直す。

 

「僕ターン、ドロー……。あ、そっちが来ますか」

 

 引いたカードを見て、寄り気味であった空矢の眉が元に戻った。予想外のカードを引き当てたらしい。手札に加えるとディスクへと手を伸ばし、同時に悪魔へと鋭い視線を向けた。

 

「《カノン》を攻撃表示に変更します。そしてバトルフェイズに入り、《カノン》で《シザー・ベアー》を攻撃します!」

「ええッ!?」

 

 空矢の宣言に素良は驚きを露わにする。言うまでもなく攻撃力には大きな隔たりがあった。それでも青髪の天使は臆することなく、音波による攻撃を放つ。ただ相手の強大さの前にはそよ風に等しかった。ぬいぐるみの悪魔は気にかけることすらなく悠然と構えている。

 

「《カノン》の攻撃力は1400だから、3800の反射ダメージで僕の勝ちだね。やったあ! ……って、こんな感じでいいの?」

 

 素良はその場で飛び上がってみせた後、一転、相手へと半目を向けた。この状況で意味もなく攻撃力の低いモンスターで仕掛けるなどあり得るはずがない。サレンダーを厭った末の自爆特攻というのならともかく、今素良が相手をしているのはそんな人間ではなかった。

 

「別にやる必要ないですよ。ダメージステップに手札から速攻魔法《禁じられた聖槍》を発動します! 対象モンスターの攻撃力を800ポイント下げて、このターン魔法・罠カードの効果を受けなくします。《シザー・ベアー》を選択!」

「あらら……」

 

 淡白に返した空矢が続けて口にした言葉に、素良は苦笑いを浮かべる。元々装備魔法である《魔導師の力》はもとより、《シザー・ベアー》の効果で装備されているカードも装備魔法扱いなので効力は失われる。力を失ったぬいぐるみの悪魔は物悲しい声を上げてみるみる縮んでいき、最終的には本来の大きさをも下回った。

 

 デストーイ・シザー・ベアー

 ATK5200→1400

 

 被弾した瞬間悪魔は踏みとどまろうとしたが、叶わず吹き飛ばされる。だが、悪魔にも意地があったようだ。眼光鋭く敵を睨み、倒れながらという不安定な体勢から渾身の一撃を繰り出す。電光石火の勢いで突き進んだ腕は、油断していた相手へと見事に痛撃を与えた。結果、天使と悪魔は時を同じくしてフィールドから消え去る。

 

「相討ちねぇ……。随分とえげつないこと考え付くんだね、キミって」

「……相討ちになった《カノン》と《シザー・ベアー》の装備カードになっていた《テテュス》を墓地に送ります」

 

 どこか呆れたように紡がれた素良の言葉を、空矢は先刻と同じように無視した。相討ちの判断はともかく、それによって生じるこの後の展開を考えればそう言われても仕方あるまい。多くのデュエリストが素良と似たり寄ったりの感想を抱くはずだ。

 

「メインフェイズ2に移行します。僕の墓地に、《セプター》、《セレナ》、《カノン》、《テテュス》の丁度4体の天使族が存在することにより、手札から《クリスティア》をその効果によって特殊召喚します」

 

 宣言と共に大量の白い羽根がフィールドへと舞い落ちる。散っていった天使の残滓であるそれらは1ヶ所に集まり始め、徐々に大きな球体を形成していった。やがて最後の羽根が重なったところで球体から閃光が発せられ、光に乗って1度は退いた大天使が再び戦場へと降臨する。しかも先程と違って本来の力を有しており、その身より発せられた威光があまねくフィールドを照らしていた。

 

「《クリスティア》の効果発動。この効果によって特殊召喚に成功した時、墓地から天使族モンスターを1体手札に加えます。《セプター》を手札に加え、召喚。効果を発動します。デッキから『光天使』モンスター《光天使スケール》を手札に加えます。これでターン終了です」

 

 棘の天使も再度フィールドへと現れる。通常では大した脅威ではないこの天使も大天使と並べば簡単には突破出来ない攻撃力を持つ優秀なカードとなった。特殊召喚が出来ない状況にあって攻撃力1800は充分高い数値である。

 

「僕のターン、ドロー。……う~ん、さすがにちょっと厳しいかな」

 

 手札と大天使を見比べた素良は少し困ったように眉尻を下げた。特殊召喚を封じられた状態では、棘の天使を倒すことすら彼には難しい。だからか、逆にほとんど悩むことなく彼はディスクの画面をタッチした。

 

「墓地の《Fusion Substitute》の効果を使うよ。墓地のこのカードを除外することで、墓地の融合モンスターを1体エクストラデッキに戻して1枚ドロー出来る。《シザー・ベアー》を戻して1枚ドロー」

 

 前のターンに《トイポット》のコストとして捨てたカードを素良は使用する。なので、実質1枚分のアドバンテージだ。

 手札に加えたカードを見た素良は、小首を傾げて考えを巡らす。少しの合間そうしていたが、程なく大きく息をついた。

 

「《ファーニマル・ドッグ》を守備表示に変更。カードを1枚伏せて、ターンエンド」

 

 返しのターンでの打開は叶わず、素良は完全に守勢に回る。彼の実力をもってしても大天使を打破するのは容易ではないようだ。肩を落としているにも見える。

 そんな彼の様相を目の当たりにして、空矢は眉を顰めた。そうしてしばらく素良を眺めていたが、声をかけるなど何か行動を起こすことはなくデュエルへと戻る。ただし、表情は変わっていなかった。

 

「僕のターン、ドロー。スタンバイとメインを通過して、そのままバトルフェイズに入ります。《セプター》で《ファーニマル・ドッグ》を攻撃します!」

 

 空矢はドローしたカードを一瞥するなり、手札に加える間も惜しんで命を下す。主命を受けた棘の天使は、床に伏している犬へと向かって宙を滑るようにして突進した。距離を取っているとはいえ、所詮は屋内であるので直ぐに間近まで迫る。

 攻め寄せる敵を眼前に捉えた素良は気落ちしていた態度を一変させ、口角を上げた。

 

「罠カード《びっくり箱》発動! 相手モンスターの攻撃を無効にして他の相手モンスターを1体墓地に送る。で、墓地に送ったモンスターの攻撃力か守備力の高い方の分、攻撃してきたモンスターの攻撃力を下げる。というわけで《クリスティア》を墓地に送るよ」

 

 突如1つの箱がフィールドに現れ、空矢の方を向いて蓋が開かれる。同時にバネが勢いよく飛び出し、その先端についている手の形状を取った赤い造形物が大天使を鷲掴みにした。そこから行きと変わらぬ勢いでバネが縮んでいく。途中、棘の天使も追い越していったのだが、大天使の頭部が激突してあらぬ方向に弾き飛ばされていった。

 

 光天使セプター

 ATK1800→0

 

「《クリスティア》は墓地に送られる場合、デッキトップに戻ります」

「残念だったね。《クリスティア》から攻撃してれば、最低でも《ファーニマル・ドッグ》は破壊できたのに。僕が《びっくり箱》を使うことは知ってたんだから、そのくらい考えなきゃ」

 

 ゆったりとした口調で素良が空矢へとダメだししてくる。物覚えのよくない幼子を諭す態度そのものだった。

 ただ実際彼の言う通りであり、《クリスティア》の除去が目的なのだから《びっくり箱》を《クリスティア》の攻撃時に使わない可能性が高いことは簡単に予測出来る。そして、相手のモンスターは出来得る限り破壊するべきだ。一概には言えないが、多くの場合相手の選択肢を削ることが出来る。ダメージを優先したのか、《セプター》から攻撃したことは空矢のプレイングミスと言われても仕方がなかった。

 対戦相手、しかも敵視していた相手に己のミスを指摘された空矢は悔しいはずである。だというのに、彼は笑みを浮かべていた。しかも不敵なという言葉が頭につくものをである。

 

「当然考えてましたよ。貴方のセットカード《びっくり箱》である可能性くらいは」

「ホントに? じゃあ、何で《セプター》から攻撃したのさ?」

 

 素良は空矢に疑いの眼差しを向けた。ここまでの経緯を踏まえれば、意味のない強がりの可能性も捨てきれない。しかし、素良はまだ理解出来ていないものの、空矢はデュエルに対しては真摯であった。彼は笑みを一層深めると、手札のカードへと手をかける。

 

「この為ですよ。メインフェイズ2に入り、《セプター》をリリースして魔法カード《モンスターゲート》を発動! モンスターを1体リリースすることで、デッキから通常召喚可能なモンスターが出るまでカードをめくり、そのモンスターを特殊召喚します」

「あ、そういうこと」

 

 空矢の言葉を聞いて素良も合点がいったようだ。少し感心したように空矢を眺めている。

 《モンスターゲート》は《名推理》と違ってコストを要求するものの、絶対にモンスターを特殊召喚出来るという強みを有している。つまり、今のようにデッキトップが分かっている状態ならば、間違いなくそのモンスターを特殊召喚出来るのだ。空矢は相手のモンスターを破壊することよりも、確実に《クリスティア》をフィールドに維持することを選んだ、ということなのであろう。

 

「攻撃力0になっちゃた《セプター》も処理出来て一石二鳥ってこと」

「その通りです。攻撃宣言をしてしまった以上、守備表示にも出来ませんからね」

 

 素良の補足に空矢も頷いた。ライフ4000制のデュエルにおいて、攻撃力が0のモンスターを立たせておくリスクはあまりに高過ぎる。これで一通り説明し終えたと判断したのか、空矢はデッキトップに手をかけた。

 

「では、いきま」

「なら、ちょっと通せないかな。僕は罠カードをチェーン発動!」

 

 空矢に皆まで言わせず、素良が遮る。空矢が眉を寄せていることも含めて、数ターン前の《融合》の時とは真逆の光景だった。となれば、ただの嫌がらせではないのだろう。

 

「発動するのは《転生の予言》。お互いの墓地のカードを合計2枚まで選んでデッキに戻す! 僕は《トイポット》とキミの墓地の《光神テテュス》を選択!!」

「なッ!?」

 

 空矢は愕然としていた。予想外のカードの登場とそれがもたらす結果を考えればそうなるのも無理はない。そんな彼に向けて素良は悪戯げに笑ってみせた。

 

「何でこのカードが僕のデッキに入ってるのか、なんてキミなら説明しなくても分かるよね?」

「……《エッジインプ・シザー》の効果でドローロックがかかった場合、それを解除する為ですね」

「正解! というわけで、キミのデッキもシャッフルしてね」

 

 明るく素良が告げた通り、墓地の収容スペースから出てきたカードを空矢がデッキに加えると全自動でシャッフルが行われる。これによって《モンスターゲート》は何が出るか分からないという本来の用途に戻った。

 次のターン逆襲が来ることはほぼ間違いなく、空矢には何としても強力なモンスターを出す必要がある。彼は小さく息をついてから再びデッキトップへと手をかけた。

 

「《モンスターゲート》の効果を処理します。1枚目」

 

 1枚目にして作業が止まる。いきなり該当モンスターであったようだ。空矢は少しの間無表情でそのカードを眺めた後、ディスクへとセットする。

 

「《天空騎士(エンジェルナイト)パーシアス》を特殊召喚します」

 

 現れたのは半人半馬の姿をした聖騎士であった。効果は有能であるものの攻撃力は1900と些か頼りない。総じて優勢の時に真価を発揮するモンスターと言え、この状況にはそぐわなかった。

 空矢は4枚と比較的多い手札を見詰めて対策を練っている。だが、結局彼が手札のカードに触れることはなかった。

 

「僕はこれでターン終了です」

「キミってさ、僕が考えてたよりかは大分強いんだね」

 

 前ぶりなく素良が突然空矢を褒める。ただ、褒めている割には笑みもなく、むしろどこか淡々としていた。その為、空矢も訝しそうに素良のことを見詰めている。

 

「与えられた情報は見逃さずにそこから対戦相手の考えを読んで、出来る中で1番良い手を打つ。当たり前のことだけど、中々出来ることじゃないからね」

 

 相手から向けられる疑念に構わず、素良は続けた。ここまでは手放しで空矢のことを賞賛している。けれども案の定、「だけど」と口にして彼は流れを変えた。

 

「僕は強い相手と戦えれば愉しいから別にそれでもいいんだけど。キミってさ、遊勝塾(此処)に向いてないよね?」

 

 告げられるや否や空矢は目を見開く。彼にとって予想外の、というよりも予想出来るわけがない一言であった。なにせ、彼の根幹をも揺るがしかねないのである。

 あまりの衝撃に立ち呆ける空矢。一方、素良は何故だか不満そうに口を尖らせていた。

 

「だって全然エンタメってないんだもん。僕が言うのもアレだけど、運任せに見えても実際は計算づくだなんてエンタメと真逆じゃん」

 

 途中語気が弱まったのは彼自身も《トイポット》で同じようなことをしているからだろう。ただ、だからといって素良の言葉の鋭さは少しも損なわれることがなかった。

 空矢のデュエルスタイルは、出来る限りの中で勝利を追求していくといったものである。それ自体は特筆する程でもない当たり前のことだ。彼の場合特徴的なのは、計算高いことと、相手の可能性を摘む行為も辞さないことである。前者はチャッカリしていると評されるプレイングの数々に表われており、後者は《クリスティア》を維持しようとしていることなどから知れた。

 別にそうしたデュエルスタイルに問題があるわけではない。しかし、それは遊矢、引いては榊遊勝のエンタメデュエルとは性格を大きく異にするものなのだ。

 

「僕は優しいから言ってあげるけど、キミ此処以外、それこそLDSにでも行った方がいいんじゃないの?」

 

 素良の言う通り、空矢のデュエルスタイルはどちらかと言えばLDSの生徒に似ている。実の兄の下で培われた経験が根底にあるのだろう。遊矢のエンタメ、次に何が起こるかという期待が観客の心を躍らせるものと違い、着実に相手を潰そうとする空矢のスタイルはそれこそ遊矢の敵役に相応しかった。

 しかも空矢の場合、デッキ自体はエンタメ分が若干多い構築となっている。結果、ちぐはぐな状態となっているのだ。それが空矢にとって良いことであるとは思えない。移籍を勧めるのもある意味で当然と言えた。

 素良の忠告を、空矢は両の目を閉じて静かに聞いている。彼としても思うところはあるはずだ。しかし、今彼は凪のように平らかな表情をしている。

 少し時を経た後、空矢はゆっくりと目を開いて相手へと正対した。

 

「貴方のターンです」

「あ、そうだった! ごめんごめん」

 

 凛とした面持ちの空矢に急かされ、素良は明るい調子で謝る。忠告を聞き流した空矢の真意は分からないが、素良には追及するつもりは無いようだ。喜色満面といった様子でデッキと向き合っている。

 

「それじゃ僕のターン、ドロー! 僕は魔法カード《貪欲な壺》を発動。墓地のモンスターをデッキに5枚戻して、2枚ドローする。僕が戻すのは《ファーニマル・ベア》2体と、《ファーニマル・ドッグ》、《ファーニマル・オウル》、それから《クリバンデット》の5体」

 

 優秀なドローカードを引き当て、素良は手札を増やした。他とは少々毛色の違うモンスターが1体混ざっているが、それは《アームズ・ホール》の発動時に墓地に落ちたカードである。

 素良は引いたカードを手札に加えると、それとは別のカードを引き抜いてディスクへとセットした。

 

「続けて魔法カード《融合回収(フュージョン・リカバリー)》を発動。墓地に存在する《融合》と融合召喚に使用した素材モンスターを1体手札に加えられるんだ。《融合》と《エッジインプ・シザー》を手札に」

 

 単体で手札を増やせるカードを2枚続けて使用したことで、素良は5枚にまで手札を回復させる。この時点で波乱なく空矢にターンが回ってくる可能性が消滅した。もっとも、そんなもの最初から皆無に近かったが。

 この段に至って素良は空矢へと笑みを向けた。ただし、普段彼が見せているものとは異なり、どこか獰猛な印象を受けるものをである。

 

「じゃ、いっくよ! 《融合》を発動して、フィールドの《ファーニマル・ドッグ》と、手札の《エッジインプ・シザー》、《ファーニマル・ラビット》を融合! 《デストーイ・シザー・タイガー》を融合召喚!!」

 

 3体のモンスターを呑み込んだ渦から、水色と黒の縞模様を持つ虎のぬいぐるみが飛び出してきた。裂けた腹部から大きなハサミが突き出ていることや、千切れた腕と胴をハサミで繋いでいること、何より口内から1対の目が覗いていることなど前に召喚されたクマの悪魔と共通点が多い。2本の足で立っていることまで同じであった。

 

「《シザー・タイガー》の効果発動! このカードの融合召喚に成功した時、融合素材にしたモンスターの数までフィールドのカードを破壊出来る。素材になったのは《エッジインプ・シザー》、《ファーニマル・ドッグ》、《ファーニマル・ラビット》の3体だから破壊出来るのも3枚までだね。ってことで、僕は《パーシアス》を破壊!!」

 

 虎のぬいぐるみが雄叫びを上げると、素材となったモンスター達が宙に浮いた状態で現れる。しかも身体の向こう側が透けて見えていた。半透明のモンスター達は青白い火の玉へと姿を変え、半人半馬の騎士に向かって一斉に襲いかかる。

 

「墓地の《スキル・プリズナー》を《パーシアス》を選択してチェーン発動! 墓地に存在するこのカードを除外することで、選択したカードを対象に発動したモンスター効果を無効にします!!」

 

 半人半馬の騎士の前に幾重にも層をなした八角形の障壁が現れ、火球を遮った。炎は障壁の表面を這うように広がったものの、火の粉の1つすら突破することは出来ずにそのまま消えていく。

 

「ま、こうなるのは当たり前。僕は《ファーニマル・ラビット》の効果を発動。このカードが融合素材になった場合、墓地から《エッジインプ・シザー》か『ファーニマル』モンスターを1体手札に加えられる。《ファーニマル・ドッグ》を手札に」

 

 折角の破壊効果が不発に終わったというのに、素良は特に気にした様子を見せなかった。3ターン前とはいえ、《スキル・プリズナー》が墓地に落ちていたのをしっかり把握していたからだろう。織り込み済みであった以上、これで攻勢が終わるということはあり得なかった。

 

「墓地の《エッジインプ・シザー》の効果を発動。手札を1枚デッキの上に置いて、《エッジインプ・シザー》を特殊召喚。それから《トイポット》の効果を発動! 手札を捨てて1枚ドロー。ドローしたのは《ファーニマル・ドッグ》だから特殊召喚するよ」

 

 連なるハサミとぬいぐるみの犬が続けざまに姿を現す。エンタメ要素のないコンボが再度決まった為であろうか? 素良のフィールドを見据える空矢の眉は寄っていた。

 

「《ファーニマル・ドッグ》の効果で《ファーニマル・オウル》を手札に持って来て、そのまま通常召喚。で、今度は《ファーニマル・オウル》の効果でデッキから2枚目の《融合》を手札に加えるよ」

 

 今度は連続して2枚のカードをデッキから手札へと加えてみせる。これで準備は整った。素良が愉快げに笑う。

 

「3回目、あ、いや4回目か。とにかく、《融合》を発動してフィールドの《エッジインプ・シザー》、《ファーニマル・オウル》、《ファーニマル・ドッグ》を融合! 《デストーイ・シザー・ウルフ》を融合召喚!!」

 

 現れ出たのはぬいぐるみの青い狼であった。特徴の多くは前2体と共通している。ただ4足歩行なので、腹部から突き出ているハサミは相手である空矢にではなく床へと向いていた。

 

「攻撃力2000ですか……。さっきが破壊でしたから、次はハンデスってところですかね?」

「残念! 《シザー・ウルフ》は融合素材にしたモンスターの数だけ攻撃回数を得るんだよ。しかも、《シザー・タイガー》の効果でフィールド上の『デストーイ』モンスターはフィールド上の『デストーイ』または『ファーニマル』モンスター1体につき攻撃力が300アップしちゃう!」

 

 空矢の予測を笑顔で否定した素良は、衝撃の効果を告げる。素材にしたモンスターの数は3体なので、3回の攻撃が可能となった。1ショットキルすら容易である。その上攻撃力の底上げまで行われるというのだから、その脅威は計り知れなかった。

 

 デストーイ・シザー・タイガー

 ATK1900→2200→2500

 デストーイ・シザー・ウルフ

 ATK2000→2600

 

「いよいよ、クライマックス! 《シザー・ウルフ》でまずは《パーシアス》に1回目の攻撃!!」

 

 愉悦に近い感情を顔に浮かべて素良が高らかに命じる。命を受けたぬいぐるみの狼は獲物を見据えると、姿勢を低くして唸り声を上げた。一転、放たれた矢のごとく駆け出し、半人半馬の騎士目掛けて襲い掛かる。その様は本物の狼以上に猛々しく、何よりおぞましいものであった。

 襲い来る悪魔と空矢の間にはただ天上の騎士が居るだけであり、他に彼を護るものはない。騎士は主を護るという本分を全うすべく気高く構えてはいるが、残念ながら敵との力量差は大きく敗北は必定であった。

 いよいよ悪魔が騎士に飛び掛からんとしたその時、ここまで静観していた空矢が動く。

 

「ダメージステップに手札から《オネスト》を発動! 光属性モンスターが戦闘を行う時にこのカードを手札から墓地に送ることで戦闘を行うモンスターの攻撃力を相手モンスターの攻撃力分アップさせます!!」

「ええッ!?」

 

 少し調子の外れた素良の叫びをよそに、騎士の剣に直視出来ない程の輝きが宿った。それでもなお怯まず飛び掛かってきた狼へと向け、騎士は間合いの外だというのに剣を振るう。光は長大な剣身と化して宙の悪魔を両断し、切っ先が素良へと振り下ろされた。

 

 天空騎士パーシアス

 ATK1900→4500

 

 素良LP3300→1400

 

「《パーシアス》の効果発動。このカードが相手に戦闘ダメージを与えたことにより、カードを1枚ドローします」

「ホント、チャッカリしてるねキミ……。ま、しょうがないか。僕はカードを1枚セットしてターンエンド」

 

 必殺の攻勢が挫かれてさすがに素良は少し残念がったが、直ぐに一笑してターンを終えた。手札を使い切って実質不利となったというのに、彼は楽しそうである。劣勢すらも楽しんでいるのか、余裕の表れなのかは定かではなかった。恐らくは半々といったところだろう。

 それはさておき、フィールドの「デストーイ」モンスターの数が変わったことと、ターンが終了して《オネスト》の効果が切れたことにより、両者のモンスターはそれぞれ攻撃力が変動する。

 

 デストーイ・シザー・タイガー

 ATK2500→2200

 天空騎士パーシアス

 ATK4500→1900

 

「僕のターン、ドロー」

 

 引いたカードを確認して空矢は目を(みは)った。ただしそれは相手に悟られぬほど瞬時のことである。次の瞬間には彼は苦笑を浮かべていた。

 

「最後の最後で噛み合いましたね。いや、この強引なやり方で噛み合ったって言うのはちょっと無理がありますか」

「最後の最後って……。僕が不利なのは認めるけど、もしかしてもう勝った気でいる?」

 

 空矢の言葉を聞いて素良が不満顔で尋ねる。確かに、最後の最後などという言葉は終幕を意識しなければ出てくるはずがなかった。問いというよりは抗議に近いそれに対し、空矢は微笑みを浮かべて応える。

 

「どちらかのライフかデッキが0になるまでは勝ちも負けもありませんよ。ただ、勝ち筋は見えました」

「……へえ、やけに強気だね」

 

 言葉を飾ってはいるものの事実上の肯定を返した空矢に対し、素良は口端を吊り上げた。浮かべているものは笑みではあったが、まるで獣が威嚇の為に牙を剥き出しているような印象すら受ける。怒りに近い感情を向けてくる相手に対し、空矢は逆に笑みを深めて返した。

 

「あまり捻りはないですが、いい手が打てそうですから。きっと貴方も驚いてくれると思いますよ」

「そこまで言っちゃうんだ……。いいよ、じゃあ驚かせてみせてよ。言っとくけど僕の目は肥えてるから、ちょっとやそっとのことじゃ驚かないからね」

 

 途中肩すかしをくらったような顔を見せた後、素良は普段通りの表情へと戻る。むしろいつも以上に、遊矢とデュエルをした時と同じくらい愉快そうであった。空矢にそこまで言わしめたものが何なのか、楽しみで仕方ないのだろう。

 そんな素良のことを空矢は何故だか半目で見詰めていた。

 

「貴方の場合、目が肥えてるというよりは肝が据わってる……いや、面の皮が厚いだけじゃないですか?」

「ちょっと! 最後ただ失礼なこと言ってるだけじゃん!」

 

 柚子ならばハリセンが飛んでいただろう。肝が据わっているのはともかく、面の皮が厚いことと驚かないことに関係性はなかった。まあ、3つとも紛れもない事実ではあるが。

 空矢は素良から向けられる抗議の視線を気にすることなく、手札のカードへと手をかけた。彼も大概である。

 

「まず僕は《光天使スケール》を召喚。さらに手札の《光天使スローネ》の効果を発動します。自分フィールドに『光天使』モンスターが召喚・特殊召喚された場合、手札からこのカードを特殊召喚し、その後1枚ドローします」

 

 まずは天秤状の金色の天使、続いて玉座に似た黒い天使がフィールドへと現れた。同レベルのモンスターが2体並んだわけだが、《スローネ》は効果によって3体以上でのエクシーズ召喚でしかエクシーズ素材に出来ない為、これだけでは挽回は出来ない。

 空矢はドローしたカードを一瞥するとそのまま手札へと加え、それとは別のカードを抜き出した。

 

「続いて魔法カード《魔法石の採掘》を発動します。手札を2枚捨てることで自分の墓地に存在する魔法カードを1枚手札に加えます」

「それで《トランスターン》加えてまた《テテュス》でも出すの? それとも《モンスターゲート》?」

 

 そう尋ねた素良は落胆しているように見える。《魔法石の採掘》というコストの重さ故に少々扱い難いカードを使ったことは確かに意外ではあったろうが、驚くかと言えばそんなことはなかった。実際、素良が言うカードを加えれば逆転は可能だろう。だが、期待はずれと言わざるを得なかった。

 そうして失望を色濃く見せる素良を目の当たりにし、空矢は不敵に笑う。

 

「僕は《光神化》を手札に加え、発動。手札から天使族モンスターを1体特殊召喚します!」

「はあ? 《光神化》?」

 

 空矢が宣言したカードに素良は呆気にとられていた。手札からレベル関係なく特殊召喚出来るとはいえ、攻撃力は半分となるのである。《シザー・タイガー》の攻撃力を上回るモンスターを出す必要があるこの状況に全く噛み合っていなかった。どう考えても手札を3枚も使って再利用するカードではない。

 無論、素良の疑念など関係なく効果は発動され、フィールドに閃光が(ほとばし)った。

 

「《極星天ヴァルキュリア》を特殊召喚!」

 

 閃光の内から1体の可憐な戦乙女が現れる。青い髪と1対の白い翼を持ち、丈の長い白のスカートをまとった彼女は、腰の鞘から剣を抜きはらってその場で一閃した。けなげに意気を上げてはいるものの、元々の攻撃力すら400と貧弱極まりない。単体で役に立つとは到底思えなかった。

 

「いきます! レベル2のチューナー《ヴァルキュリア》でレベル4の《スケール》と《スローネ》をチューニング!!」

 

 声高に空矢が宣する。主命を受けた戦乙女は剣を2度振るい、その軌跡が緑の輪となって彼女を囲んだ。次いで、戦乙女を球状に覆う大きな光が現れ、緑の輪に囲まれた光球へと天使達が飛び込んでいく。

 

「いと高き天上の主よ。全知全能なる力もて、我らを勝利に導きたまえ。シンクロ召喚!」

 

 3体の天使を呑み込んだ光は輝きを増し、それを囲む輪は烈しく回転した。そうしてこの上ない煌めきを有した光は一瞬収束し、弾けた。一面の白が通路全体を包み込み、デュエル場にまで溢れ出る。

 

「レベル10《極神聖帝オーディン》!!」

 

 光が消えた後、空矢のフィールドには半人半馬の騎士以外何も存在していなかった。だからといって素良が首を傾げることはない。空矢の背後、奥の壁と天井を完全に視界から遮る形で1柱の神が降臨していた。

 つばの広い帽子のような形状をした兜と深紅のマントを身にまとい、右手には持ち手の部分が稲妻状の形をした金の槍を持っている。他の特徴としては、胸までかかる長い白髯を蓄えており、左の眼は鈍い輝きを持つ金属によって覆われていた。そして何より、見るものに呼吸を忘れさせる程の存在感を具えている。それは神威としか言いようのないものであった。

 

「……何、これ?」

 

 隻眼の老神を呆けたように仰ぎ見ながら、素良はどうにか言葉を紡ぐ。目はこれ以上ない程に見開かれており、発した声は掠れていた。通路に居たLDSの一同も、遊勝塾の面々も同様に呆然と見上げている。皆が皆、神の威光に打たれていた。

 そんな中、1人動じていない空矢は真剣な表情を素良へと向ける。

 

「特殊召喚成功時まで、何かありますか?」

「はあ? ……特に何もないけど」

「そうですか」

 

 未だ混乱の最中にある素良が答えると、空矢は胸をなで下ろした。吐息までこぼしており、本気で安堵しているのが分かる。息をつき終えると、空矢は胸を張って得意げに素良へと向き直った。

 

「どうですか? いくら天使族だからって、まさか《オーディン》が出てくるなんて思いませんでしたよね?」

「いや、思わなかったっていうか……何なの、このモンスター?」

「……へ?」

 

 得意顔から一転、空矢は目を点にして素良を見詰める。渾身のギャグを言ったらその意味を客に尋ねられた芸人のような顔をしていた。少しの間そのまま硬直していたが、やがて固まったまま口だけ動かす。

 

「何って、もしかして知らないんですか?」

「うん。見たことも聞いたこともない」

 

 目を丸くしたまま素良が空矢に答えた。とても嘘をついているようには見えない。空矢は再び口を半開きにして石化したが、直ぐに解けて肩を落とした。またもため息がこぼれる。ただし、先程とは正反対で落胆のため息であるが。

 

「知らないんじゃ驚きようがないですね」

「いや、すっごい驚いてるけど」

「別に気を遣う必要ないですよ。意外性がなくなったら、ただの攻撃力4000のシンクロモンスターに過ぎないじゃないですか」

「普通はそれだけでも驚くよ」

 

 珍しく素良がフォローを入れていた。というより単に本心を述べているだけなのだろうが、それでも空矢は信じずに乾いた笑いを浮かべている。両者の認識には大きな隔たりが存在するようだ。

 どちらにせよいつまでもそうしているわけにもいかず、空矢は三度息をついて気を取り直してから相手を見据えた。

 

「何にしても勝敗を決めましょう。《オーディン》の効果を発動し、そのままバトルフェイズに入ります」

 

 隻眼の老神が槍の石突で地を叩くと、槍が発光を始める。金色の槍が光をまとうという光景は中々に幻想的であったが、しかしそれ以外に変化は起こらなかった。

 

「《オーディン》で《シザー・タイガー》を攻撃! ヘヴンズ・ジャッジメント!!」

 

 隻眼の老神は槍を傾けて両手で構えると、ぬいぐるみの虎目掛けて鋭い突きを放つ。槍の穂先だけでもぬいぐるみの虎よりも大きく、貫通した場合は叩き潰されたと見紛う状態になること間違いなかった。

 これまでにない脅威を向けられて素良は混乱から立ち帰る。すぐさまディスクの画面をタッチし、伏せカードを発動させた。

 

「罠カード発動! またまた《びっくり箱》。効果で《オーディン》の攻撃を無効にして《パーシアス》を墓地に送る!!」

 

 先刻大天使を葬り去った箱が再び姿を現す。宙に浮いたまま傾いた箱は半人半馬の騎士へと向けて蓋を開いた。同時に勢いよくバネが飛び出していく。

 

「《パーシアス》の攻撃力分下がった《オーディン》の攻撃力は2100になって《シザー・タイガー》を下回るから次のターン倒せるね。ちょっと拍子抜けかな」

 

 口に出して状況を整理したことで自身の優位を確信したようだ。空矢の手札は既に尽きており、デッキの特性上1枚のカードで逆転される可能性は低い。つまり、素良の勝利は揺るぎなかった。いつの間にか肩に入っていた力が抜けていき、表情にも余裕を取り戻して素良は敵手を眺める。

 

「……え?」

 

 一瞬で素良の余裕は打ち砕かれた。バネを伸ばした箱は騎士を手中に収めることなく、突如落ちた雷によって消し炭へと変えられる。全く意味が分からず、素良は立ち尽くした。

 

「《オーディン》の効果を発動したターン、《オーディン》はエンドフェイズまで魔法・罠カードの効果を受けません。この状況でセットカードへの対処を怠るわけないじゃないですか」

 

 目を半分に細めた空矢が呆れ気味に告げる。時を同じくして金色の槍がぬいぐるみの虎を引きちぎり、衝突の際に発生した余波が素良を襲った。

 

 

 素良LP1400→0

 

 

 決着と共にソリッドビジョンは消え失せ、同時に辺りを覆っていた得も言えない、強いて言うなら圧迫感に近いものもなくなる。それとは関係なく、空矢はやり遂げた顔で息をつき、素良は状況が未だに理解出来ていないのか立ち呆けていた。

 

「お疲れ、空矢」

「あ、兄さん。それに柚子も」

 

 目を閉じて勝利の余韻に浸っていた空矢は、いつの間にか接近していた兄達に気付くと満面の笑みを浮かべる。2人とも、特に柚子が、ばつが悪そうにしていることには気づいていないようだった。笑みを引かせた彼は真摯な眼差しを2人へと向ける。

 

「僕が勝ったから3戦目は僕が出ます。しっかり勝って役に立ってみせます!」

「いや、そのことなんだけどさ……。あのな、空矢。ちょっと言い難いんだけど」

「ごめんなさい!!」

 

 遊矢を遮る形で柚子が勢いよく頭を下げた。深々と下げられた頭からは申し訳なさがひしひしと伝わってくる。謝られる心当たりのない空矢の困惑はその分強くなった。

 

「突然どうしたんですか、柚子……って」

 

 空矢は口に出してようやくこの状況の不自然さに気がついたらしい。徐々に目を開いていった。

 

「何で兄さんと柚子が一緒に居るんですか?」

 

 その言葉に柚子は頭を下げたまま肩を震わし、遊矢は苦笑を浮かべる。そうこの時点でおかしいのだ。1戦目の遊矢と2戦目の柚子が一緒にいるという事態が本来起こり得る筈がない。当然、ある場合を除いてであるが。

 空矢は2人をその場に残し、慌てて観戦用の窓に貼り付く。そして、眼下の光景を見て愕然とした。

 

「あぁぁああああ! 何で権現坂がデュエルしてるんですか!?」

 

 空矢の悲痛な叫びが周囲にこだまする。デュエル場では権現坂と竹刀を背負った少年がデュエルをしていた。ついでに言えば、権現坂の場には何も存在しておらず、相手の場には2刀を構えた巨漢と大剣を肩に担いだ重装備の戦士の2体が居る。

 空矢の叫びが響いた瞬間、竹刀を背負った少年は発生源へとそれこそ剣を思わせる鋭い視線を向けた。

 

「テメーがモタモタやってっから、俺がこの補欠の相手する羽目になったんじゃねぇか! 黙って見てろ!!」

 

 空矢は飛び退くようにして窓から身を離す。苛立ちだけでは留まらない激情が彼へと向けられていた。下では補欠呼ばわりされた権現坂が苦情を述べて言い争いになっているが、やはり相手の方が捲し立てる形となっている。

 想定していなかった反発を受けて空矢はしばらく呆けていた。ただ徐々に状況が整理出来てきたのか、眉間へと皺が集まっていく。

 

「何もそんなに怒らなくてもいいじゃないですか」

「無理もない」

 

 空矢の呟きに対して返答が為された。途端に彼の顔から皺が消え、声の主へと向き直る。いつの間にか彼の隣には紫髪の少年が立っていた。

 

「3戦目が始まったのは最後のターンが回ってくる直前。別に決着がつくのを待っていてもよかったのに、理事長先生が強引に始めたんだ。つまり、君達どちらを相手にしても刃じゃ勝てないかもしれないと思われたってことさ」

 

 口の端を吊り上げて少年が説明する。実際その通りではあった。下で戦っている少年の名誉の為に言うと決して勝てないと思われたのではなく、あくまで勝てないかもしれないと思われただけである。ペンデュラム召喚を手中に収める為に確実を期したに過ぎなかった。

 どこか得意げに語る少年を空矢は目を細めて見詰めていたが、程なく「ああ」と声を漏らして頷く。

 

「どこかで見たことある顔だと思ったら、確か前にLDSで会った……北島くん」

「混ぜるな! 志島北斗だ!! というか君、次を楽しみにしてるとか言っておきながら相手の名前を覚えてないってどういうことなんだ!?」

 

 全力で抗議が為された。まさか忘れられかけているなど全く思っていなかったのだろう。とはいえ、北斗にとって空矢は連勝を止めた宿敵であるものの、空矢にとっては此方では珍しい「セイクリッド」使いでしかなかった。まあ、1度しか会ってないにも関わらず、顔を覚えていたのだから強い印象は残っていたのだろう。

 

「へえ、あなたが負けた他塾の生徒って彼なんだ」

「うぐッ」

 

 背後からかけられた声を聞き、北斗は顔を顰めた。どうやら若干の苦手意識があるらしい。その相手は肩までかかる黒髪と小麦色の肌が特徴的な少女であった。彼女はたじろぐ北斗に構わず、空矢の隣へと並ぶ。

 

「私は光津真澄。見てなかったと思うから言うけど、融合使いよ」

「はあ、それはどうも。僕は榊空矢、強いて言うなら天使族使いです」

 

 いきなり自己紹介してきた真澄に、空矢は少し戸惑いながら返した。わざわざ話しかけられる理由が思いつかないらしい。彼女達はLDSと遊勝塾の友好を深める為に来ているわけではないのだ。現に、今こうして話しかけてきた彼女も友好的とは思えない眼光で空矢を見据えている。

 

「あなた、あの程度の融合使いに勝ったからっていい気にならないで。融合っていうのはもっと」

「ねえねえ空矢!」

 

 真澄の言葉を明るく大きな声が遮った。それどころか声の主は背後から空矢へと飛びつき、必然的に彼の首を締め上げる。咄嗟のことに全く対応出来ていない3人をよそに声の主、素良は空矢の耳元で興奮冷めやらぬ様子で騒ぎ立てた。

 

「さっきのシンクロモンスター凄かったね! あの攻撃力で魔法も罠も効かないなんて全然考えつかなかったよ!!」

「わ、分がったから、苦じ」

「あ、ごめん」

 

 我に返った素良が回していた手を解き、空矢は激しく咳こむ。いくら小柄だと言っても、いきなり首に抱きついていい体格ではなかった。北斗と真澄が気の毒そうに空矢を見下ろしている。

 そうして苦しんでいる様を見て頭が冷えたのか。未だ呼吸を整えている空矢に対し、素良は落ち着いた口調で尋ねる。

 

「でさ、よかったらエクストラデッキ見せてくれない?」

「エ、エクストラですか?」

「うん、お願い」

 

 素良は可愛らしい仕草で頼み込んだ。修造なら即了承を、普段の空矢なら冷たい視線を返すはずである。しかし未だ少し朦朧としているのか、空矢は白眼視することも文句を言うことすらなく、少しだけ悩む様子を見せた後で直ぐに頷いた。

 

「別にいいですよ」

「ホント!? やったあ!!」

 

 素良はもろ手を上げて喜ぶ。対して空矢はしばらく喜ぶ彼を意味もなく眺めていたが、時が経るにつれて眉を寄せていった。冷静になって現状が奇妙であることに気がついたらしい。そもそも、いくらフィニッシャーになったからとはいえ、素良が融合モンスター以外にここまでの興味を示すこと自体がおかしかった。

 彼の疑念を感じ取ったのか、素良は小首を傾げる。

 

「どうかしたの?」

「……いえ、何でもないです」

 

 少し間を置いてから空矢は首を横に振った。覚えた違和感はそのまま呑み込むことにしたらしい。ディスクを操作してエクストラデッキを取りだすと、素良へと手渡した。

 一方、素良は眩いばかりの笑みを浮かべて受け取ると、即座に手元でカードの束を広げる。3色のカード群を眺めて彼は目を細めた。

 

「ふ~ん、同じモンスターも結構入ってるんだね。それに、このエクシーズモンスターも見たことないや」

 

 特に黒いカードが気になったらしく、素良は口元を歪める。それは見るものを不安にさせる類のものであった。空矢も例にもれず、眉を顰めて何やら口を開こうとする。

 

「割合としてはエクシーズモンスターが一番多いか。まあ、当然かな」

「融合モンスターも入ってるのね。って、何よこれ!? あなた最初から正規融合するつもりないでしょ!」

「いや、何で貴方達まで見てるんですか?」

 

 素良への言葉は何処かへと消え、代わりに半目を向けながら抗議を行った。北斗と真澄は素良の両脇から空矢のエクストラデッキを覗き込んでいる。同じ塾生である素良はともかく、2人は抗争中の相手だ。見せない理由こそあれ、見せる理由は皆無である。

 ただ、空矢もそれ程気にしていないようであり、2人を強く止めることはなかった。

 

「融合はともかくこんなエクシーズモンスター、いくら君のデッキでも出しにくいんじゃないか?」

「ああ、そのカードは元々滅多に出せると思ってませんよ。エクストラデッキの枠を遊ばせておくのが勿体ないので一応入れてるだけです」

「はあ!?」

 

 何気なく尋ねた北斗は返ってきた答えに絶句する。どうやら彼には受け入れ難い言葉であったようだ。目を吊り上げて空矢を睨みつける。

 

「君はそれでもエクシーズ使いか!? そんなことじゃエクシーズモンスターが泣くぞ!」

「そもそも僕はエクシーズ使いじゃありませんし」

「そんなことより! あなた、これで融合使いを名乗ろうなんておこがましいにも程があるわ!!」

「1度もそんなこと言ってませんよね?」

 

 相次ぐ苦情を空矢は淡々と捌いているが、あまり効果はなかった。2人とも己が使う召喚方法に強い思い入れがあるらしい。故に、ぞんざいに扱われるのは我慢ならないのだ。別に空矢が蔑ろにしているわけではないのだが、専門家からすれば同じようなものなのだろう。

 

「これはエクシーズの問題だ! 真澄は黙っててくれ!!」

「何よ、偉そうに。兄弟どっちにも負けたくせに」

 

 真澄の容赦のない一言が北斗の胸を抉った。彼は一瞬で顔色を失い、その場に崩れ落ちる。どうやら遊矢にも敗れたようだ。榊兄弟相手に揃って負けたという事実は、彼を打ちのめすのに充分な威力がある。

 落ち込む北斗を空矢は半目で眺めていたが、程なくため息をこぼした。いい加減辟易したくもなるだろう。それだけ騒々しかった。

 

「私にも見せて貰えないか?」

 

 一瞬にして通路が静まり返る。突如空矢へとかけられた声は、傾聴を余儀なくさせるだけの力を有していた。

 空矢は呆然と声の主を見上げる。いつの間にか現れていたその人物は、フードをかぶった若い男であった。常人なら委縮せざるを得ない程の眼差しを眼鏡越しに空矢へと送っている。

 

「えっと……お知り合いですか?」

 

 空矢が北斗と真澄に向かって尋ねると、2人は黙って首を横に振った。否定され、空矢の表情が引きつる。2人も空矢も知らないということは、格好からいって不審者以外の何物でもなかった。しかもただの不審者ではなく、圧倒的な威圧感を持った不審者である。明らかに空矢の手には負えなかった。

 立ち尽くす空矢であったが、意外な人物から助け船が出される。

 

(わたくし)からもお願いするわ。彼の身分は(わたくし)が保証します」

 

 そう言ってきたのは、今まで黙って下のデュエルを観戦していた赤馬日美香であった。突然の言葉に北斗と真澄は目を丸くしている。

 天下のLDS理事長に要請された以上、敵対中とはいえ、否、敵対中だからこそ無碍には出来なかった。空矢は顔を引き締めて首肯する。

 

「分かりました。貴方はもういいですよね?」

「うん、ありがと。じゃあ、はい」

「感謝する」

 

 男は素良からカードを受け取ると1枚1枚じっくりと見始めた。その前で空矢は居心地悪そうに佇んでいる。

 ちなみに、素良は渡すなり空矢を置いて遊勝塾の面々の許へと歩いていった。遊矢と柚子は空矢が北斗に話しかけられた段階で既に戻っている。北斗と真澄も今は日美香の隣でデュエルの観戦をしていた。つまり、空矢は1人でこの男の相手をする羽目になったのである。

 

「このカードは何処で入手を?」

「それはカードのカタログに付いてたらしいです。他は友達とのトレードかパックで当てたのがほとんどですね」

「……成程」

 

 納得したのかは定かではないが、とにかくそれだけ言って男は再度カードへと視線を戻した。効果やステータスはもとより、イラストなどその他細部の点まで注意深く観察している。ショップでショーケースに並んでいたカードを出して貰い、傷を確認するコレクターのような姿であった。

 興味があったのは全体の3分の1程度であったらしく、思ったよりかは時間がかからずにカードは返還される。

 

「貴重なカードを見せて貰った。改めて感謝する」

「いえ、そんな珍しいカードじゃないと思いますが」

 

 空矢は苦笑しながら、差し出されたカードを受け取った。彼の認識では簡単に同じものが入手出来るカードなのである。相手もその言に対して何も返さなかった。

 ディスクの所定の位置へと空矢はカードを収める。留まる理由もなくなった彼は別れを告げるべく男を見上げ、固まった。先程以上に近づいた為、陰になっていた男の顔がよく見えたのである。初対面ながら、よく見知ったその顔が。

 

「赤馬、零児……」

 

 デュエル界において一際異彩を放つその名を呟き、空矢は戦慄する。遊勝塾を襲った波乱はまだ収まりそうになかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**********

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遊勝塾の存亡を賭けた戦いは怒涛の展開をみせた。

 1戦目を遊勝塾が、2戦目をLDSが勝利して迎えた3戦目。権現坂の奮闘と相手の猛攻によって、引き分けという誰もが予想しなかった結末となる。結果、1勝1敗1分けと総合戦績でみても互角となり、LDS側が勝利した場合は遊勝塾を明け渡すという条件を達成出来なかったとして修造は日美香に撤収を求めた。勿論、道理すら捻じ曲げる相手に詭弁が通じるはずもなく、延長戦が行われることとなる。

 そこで予想外の出来事が起こった。遊勝塾側が1戦目を勝利した遊矢を出したのに対し、LDS側は2戦目を勝利した真澄ではなく、赤馬零児を送り出したのである。年齢的にもジュニアユースではなくユース生であり、しかもプロ資格を持った相手の登場に空矢は当然猛抗議したが、受け入れられることはなかった。デュエル以外、例えば法廷で沢渡闇討ちの件を争った場合、遊勝塾には戦い抜くだけの体力と資金がないので勝利出来たとしても存続は出来なくなる。故に、この場の主導権もLDS側が完全に握っていた。歯噛みする空矢に対して遊矢は大丈夫だからと笑顔を見せ、決戦に臨む。

 

 赤馬零児は空矢の想像を遥かに超えた存在であった。融合、シンクロ、エクシーズの3つを巧みに操って遊矢を圧倒する。遊矢も善戦し、その度に遊勝塾の皆は一喜一憂したが、空矢は終始表情が硬く、素良は終始面白そうにデュエルを見ていた。一時的に優位になったとしてもどちらがデュエルを支配しているかは火を見るより明らかである。

 さらに零児は誰もが想像だにしなかったことまでやってのけた。ペンデュラム召喚まで成功させたのである。当然、遊矢は大きく動揺したが、修造の檄と皆の声援もあってどうにかデュエルを続行した。だがそれでも零児の壁は高く、逆転することは出来ない。その後、運よくと言っていいかは分からないが、相手のペンデュラムカードのデメリットによって相手の場は一掃された。そんな想定外の状況に陥ってなお零児は冴え渡る。

 

「私には見えた。ペンデュラム召喚の更なる進化の可能性が」

 

 その言葉に皆は驚きを隠せなかった。彼が口にした以上、ハッタリなどではなく事実その通りなのだろう。そして、そのまま何事もなければ実際に披露してみせたはずだ。

 ところが、事態はさらなる急転をみせる。緊急の連絡を受けた零児はデュエルを途中で放棄したのだ。その後、理由を問い質す隙すら見せず、他のLDSの面々と共に慌ただしく撤収する。始まりも突然であれば終わりもまた突然であった。嵐のごとくLDSは去り、嵐の後のように遊勝塾の面々は取り残されて立ち尽くす。特に遊矢の受けたショックは計り知れなかった。

 

 

「――兄さん!」

 

 デュエル場へと繋がる扉が開かれ、遊矢が来たことを悟った一同は全員そちらへと駆け寄る。

 扉をくぐるなり、遊矢は膝から崩れるようにして座り込んだ。ゴーグルをかけている所為で表情こそ完全には窺えないものの、それでも分かる程に憔悴し切っている。

 

「何でペンデュラムを……。ペンデュラム召喚は俺だけの」

 

 うわ言のようにそう口にし、遊矢は砕けんばかりに歯を噛みしめた。無理もない。自分の、自分だけの力だと信じていたペンデュラム召喚を相手に決められたのだ。その上相手はペンデュラム召喚の新たな可能性についてまで仄めかしている。ペンデュラム召喚に関しても赤馬零児の方が上をいっているという現実は、遊矢が心の拠り所としていたものを粉微塵に打ち砕いた。今の彼は支えを失って真直ぐ立つことすら叶わない。むしろ何処までも沈んでいきそうであった。

 弱り切っている兄を目の当たりにして空矢は眉を曇らせる。遊矢のそんな姿を見ているだけでも彼は心苦しいはずだ。

 だからこそ、何か言わなければならないと思ったのだろう。空矢は穏やかな表情を作って、遊矢へと向き直った。

 

「ペンデュラム召喚が兄さんだけのものじゃなくても、兄さんは」

「空矢に俺の気持ちは分からない!!」

 

 遊矢の絶叫が響き渡る。ほとんど悲鳴に近かった。苛立ちと悲しみが入り乱れた悲痛な叫びである。聞くものの表情まで歪めさせた。

 そんな中、空矢は1人呆気にとられている。理解出来ない、否、理解したくないのだろう。遊矢から彼に向けられたものは、紛れもなく拒絶であった。

 

「空矢はエクシーズもシンクロも出来るし、それに頼らなくたってやってける」

 

 心なしか早口で遊矢が紡いでいく。空矢にとってそれは呪詛に等しい代物であった。目を背け、耳を塞ぎたかっただろう。しかし、彼はそうしなかった。しないのか、出来ないのかは分からないが、正面から遊矢の言葉を受けている。

 言い終えた遊矢は奥歯を強く噛みしめた。

 

「そんなお前に俺の気持ちが……出来損ないの兄貴の気持ちなんて分かるわけないだろ!!」

 

 遊矢が吼える。今まで床に向かって吐き出していたのと違い、直接空矢へと向けて放たれた。一身に浴びた空矢は呆けるしかない。

 怒号は総てを浚っていった。痛い程の静寂が場を支配する。だというのに、何かが軋むような音が聞こえる気がした。

 このままでは取り返しのつかないことになりかねない。そんな危機感を柚子も持ったようだ。柳眉を逆立てて遊矢を見据える。

 

「遊矢!! ショックなのは分かるけどいい加減に」

「いいですから柚子」

 

 静かな口調で空矢が遮った。感情の読めない無色な声と顔をしている。無理に押し込めているのは明白であった。それが分かっているからか、柚子は勢いを衰えさせない。

 

「そんな、いいわけな」

「いいから!!」

 

 語気を荒げて制止をかけた。その鋭さに子供達は肩を竦み上がらせている。柚子もそれ以上は言葉に出来ず、意味を為さぬまま呑み込んだ。再度沈黙が場を覆う。

 皆が押し黙っている中、空矢は遊矢の真正面へと歩み出た。弟の足が視界に入り、叫んだ後は俯いていた遊矢がおもむろに顔を上げる。そして、視線が交錯したところで空矢が動いた。

 

「すみません、兄さん」

 

 震える声で口にして素早く頭を下げる。突然のことに遊矢は口を開いたまま呆然としていた。そんな反応に構わず、空矢は頭を上げながら反転して皆へと顔を見せないようにし、そのまま走り去っていく。

 遠ざかっていく背を見て遊矢は咄嗟に手を伸ばし、何かを告げようとした。しかし、結局言葉は出ず、伸ばした手も何も掴むことなく落ちる。そうして遊矢は再び項垂れた。

 

 あの日スタジアムでかけられた魔法は今、消えた――

 

 




展開が唐突になってしまい、反省してます。当初の構想では社長と主人公でデュエルさせるつもりだったのですが、諸事情により断念しました。結果、玉突き的に展開が変わることに……

デュエルはエンタメの敵《クリスティア》を存分に使う形になりました。空矢のデュエルスタイルを際立たせるにはコイツを使うのが一番ですので。
あと気がついた方も多いと思いますが、途中素良は舐めプしてます。ただたとえ真面目にやったとしても空矢に防がれ、返しのターンで逆転される手札構成となっております。

特に章分けはしていませんが、次の話で第一章に当たるものが終わります。納得頂ける展開になるよう努力します。
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