遊戯王ARC-V 天上の迷い子   作:殷淵源

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第5話

 

 

 空は漆黒に覆い尽くされていた。本来あるべき光点は全く見えず、ただ黒天だけが浮かび上がるようにしてそこにある。

 地は彩りに満ち溢れていた。本来あるべき暗闇は全く見えず、極彩色の電灯が背の高い建物の並ぶ街を照らし出している。

 そんな天地の明暗が入れ替わった街の大通りにおいて、1人の少年が立ち尽くしていた。呆然と宙を眺めている。彼の視線の先には、スポーツ選手に近い外見をしたモンスター達が奇妙な踊りを披露するという不可思議な光景が広がっていた。

 

「そうだ、踊れ踊れぇい! これが本家本元、見る人総てを笑顔にする榊遊勝直伝のアクションデュエルだ~!!」

 

 モンスター達の主人である男はそう口にしながら自身も踊っている。最後にはポーズまで決めて見るからに楽しそうであった。とはいえ、見る人総てを笑顔に出来るかについては疑問符がつく。少なくとも彼の娘を笑顔にすることは出来なかった。

 

「ちょっとお父さん、調子に乗り過ぎよ」

 

 制御室の大きな窓からデュエルを観ていた柚子は羞恥と怒りで顔を紅潮させている。父親が年甲斐もなくノリノリで踊っている姿を見せつけられるなど、娘からすれば拷問以外の何物でもなかった。彼女はハリセンを握りしめて父を睨みつけており、そのままデュエル場に乱入して修造をはり倒したとしても周りは驚かないだろう。そんな光景を幻視したのか、タツヤ達3人は乾いた笑みを浮かべて彼女を見上げていた。

 

「ったく……相変わらず不器用なんだから、修造くんは」

 

 不意に大人の声が柚子達の背後から聞こえてくる。驚きからか柚子の顔から険が除かれ、下級生達も目を丸くした。そして、4人揃ってそのままの表情で振り返る。

 扉に背を預ける形で1人の女性が立っていた。先程の発言から察するに、結構前からそこに居たようである。その姿を確認して柚子は顔を綻ばせた。

 

「おばさん!」

「ごめんね、関係者じゃないのに勝手に入っちゃって。通路に誰も居なかったからさ」

「ううん、わたしが呼んだんだから。それにおばさんも立派な関係者よ」

 

 言いながら歩み寄ってきた洋子に、柚子は苦笑交じりに返す。柚子が関係者でなくなることは起こり得るかもしれないが、洋子がそうなることはまずあり得なかった。遊勝塾がその名を保つ限り、彼女は関係者であり続ける。

 洋子のとぼけた言動にアユとフトシも柚子と似たような反応を示していた。そんな中、タツヤだけが首を傾げている。

 

「柚子姉ちゃん、この人は?」

「え? ……あ、そっか。タツヤ君は初めて会うんだっけ」

 

 問われた瞬間柚子は呆けたが、即座に原因を把握したようだ。洋子と直接顔を合わせたのはスタジアム以来であり、その後に入塾したタツヤが初対面なのは当たり前のことである。タツヤがまるで昔から居たようによく馴染んでいた為、思い至らなかったのだ。

 

「この人は榊洋子さん。遊矢と空矢のお母さんよ」

「よろしくタツヤくん。タツヤくんのことは2人からよく聞いてるよ。ウチの息子達が迷惑かけてない?」

 

 紹介を受けた洋子はタツヤへと微笑みかける。タツヤのことに限らず、2人は遊勝塾であった出来事を夕食の度に洋子へと話していた。それも食事が終わった後も夢中になってである。ここ1年はどこかぎこちなくも談笑はしていたが、それでも2人とも食べ終わるなり直ぐに自分の部屋へと戻るのが常であった。大きな変化を嬉しく思いながら2人の話を聞くことが最近の彼女の楽しみである。勿論、油が固まった食器は自分で洗わせるが。

 それはさておき、微笑みを向けられたタツヤは一瞬だけ戸惑いをみせたが、程なく彼も笑みを返した。

 

「迷惑なんて。遊矢兄ちゃんにもよくしてもらってるし、空矢兄ちゃんにだって」

 

 そこまで言ったところでタツヤは表情を曇らせて口を閉ざす。同時に、洋子を除く3人も沈痛な面持ちで項垂れた。原因は言うまでもない。突然時が止まったような不自然な沈黙が立ち込めた。停滞は短くはない間続く。

 初めに顔を上げたのはアユであった。心なし潤んだ瞳を洋子へと向ける。

 

「あのね、おばさん。さっき遊矢お兄ちゃんが空矢お兄ちゃんにちょっと酷いこと言っちゃって。それでね」

「空矢兄ちゃん、ショック受けてそのままどっか行っちゃったんだよ!」

「で、でも! 遊矢兄ちゃんだって凄く傷ついてて! それで、たぶんあんなこと言っちゃったんだと思う」

 

 タツヤの言葉は尻すぼみになっていった。信頼からそう言ってはいるものの、実のところ遊矢の真意が分からないのだろう。3年前からの経緯を知らない彼らには遊矢が突然空矢を拒絶したようにしか見えなかった。遊矢と空矢、そのどちらも慕っているが故に3人とも胸中は複雑であろう。ただ最も色濃く表れている感情は3人とも同じであった。

 再び俯いた3人を見て洋子はため息をこぼす。

 

「ったく、こんな小さな子達にまで心配掛けさせて……ホントにしょうがないね。遊矢も、空矢も」

「でも、おばさん。あれは遊矢が」

 

 柚子の言葉を皆まで聞かぬ内に、洋子は苦笑を浮かべて首を横へと振った。彼女はその場を見ていない。しかしながら、誰よりも現状を理解していた。

 そうした後、洋子はデュエル場へと視線を移す。皆が話している間に状況は推移しており、2つの青白い光の柱がフィールドに現れていた。ただし、遊矢の場にではなく、修造の場にである。洋子以外の皆は一様に驚きの声を上げた。希望の道標であったそれを、遊矢は後じさるように見上げている。今の彼にとってそれは希望と真逆の存在であった。

 怯えきった息子の姿を見て、洋子は僅かに目を細める。

 

「遊矢も空矢も気づかないと。2人とも必要なものは同じなんだから」

 

 誰に言うでもなく洋子が呟いた。正確には“この場の”が頭につく。伝えるべき相手は共に彼女の声が届かない遠くに居た。だが、それでも彼女に悲観した様子はない。それ程心配しているようにも見えなかった。

 今、洋子は柔らかな笑みを浮かべている。紛れもなくそれは、息子の成長を見守る母親の顔であった。

 

 

 

 

 

**********

 

 

 

 

 

 陽は西へと大きく傾き、天地は赤に染まっていた。外を歩くのは大人が大多数を占め、子供の姿はほとんど見受けられない。大方は既に帰宅した後のようだ。となれば必然的に子供の溜まり場となっていた箇所は閑散とすることになる。空矢が居るのもそんな場所の1つであった。

 1日の勤めを終えて静まり返った公園。全く人気の感じられないそこに空矢の姿があった。身を投げ出すようにしてベンチに腰掛けた彼は虚ろな瞳で夕空を眺めている。足の上にはデュエルディスクが置かれているが、デッキはセットされたままだった。

 その姿勢のまま微動だにしておらず、遠目にはオブジェか何かと勘違いしかねない。恐ろしい程景色に溶け込んでおり、放っておけばそのまま消えていってしまいそうだ。

 しかし、空矢が放置されることはない。下駄の音を響かせながら、1人の男がその前へと現れた。

 

「……また来たんですか、権現坂」

 

 完全に視界を塞がれて嫌でもその存在を意識せねばならなくなった空矢が、覇気のない声を相手へとかける。対する権現坂はまじろぎもせずに黙って空矢を見下ろしていた。慣れないものならば委縮してしまうであろう。無論、慣れている空矢は動じた様子もなく、どこか上の空のままその強面を眺めている。

 しばらく2人はそうして無意味に視線を交錯させていた。だがそれ程経たぬ内に空矢は目線を外して短く吐息をこぼす。

 

「兄さんの側に居てください。今は僕より兄さんの方が」

「お前は悪くない」

 

 唐突に飾り気ない言葉をかけられ、空矢は下を向いたまま固まって頻りに瞬きを繰り返していた。緩慢な動作で権現坂を見上げる。彼は相も変わらず黙然と空矢を見下ろしていた。

 再度目を合わせた空矢は僅かな合間無為に時を過ごしたが、やがて少し困ったような笑みを浮かべる。

 

「ありがとう。でも本当に大丈夫ですから」

「お前は何も悪くない。今回悪いのは遊矢だ」

 

 噛み合わない言葉を権現坂は返した。彼らしからぬ行動である。その言葉を聞いた空矢は図らず異物を噛みしめたような顔をしていた。しかし直ぐに笑顔を取り繕って権現坂へと向ける。

 

「そんなことないですよ。だって兄さんは」

「たとえ傷ついていたとしても言っていいことではない」

 

 先回りする形で権現坂が告げた。遮られた空矢は歪な笑みを浮かべたまま硬直する。停止した外面とは裏腹に現状を処理しようとあくせくしているだろう空矢を、権現坂はやはり変わらず見詰めていた。

 彼が単に空矢を慰めに来たわけではないことは今や火を見るより明らかである。

 

「……いい加減にしてください」

 

 空矢も同じ結論に至ったようだ。表情から柔らかさが消えている。睨んでこそいないものの、温かみの感じられない瞳を権現坂へと向けていた。また、語調は至って平淡であり、だがそれが逆に言葉へ凄みを与えている。

 

「貴方はそんなことをわざわざ言いに来たんですか?」

「その通り。お前に事実を教えに来た」

 

 空気が変わった。無表情に近かった空矢の目尻が吊り上がり、両眼には明確な敵意が宿る。今、一線を越えたのだ。彼はそのまま口を開き、何やら言い募ろうとする。

 が、最初の一音を発したところで呑み込み、口から飛び出してくるものを押さえこむように歯を強く噛みしめた。しばしの間そうして堪えるようにしていたが、やがて下を向いたまま声を発する。

 

「取り消してください」

 

 大分抑え込んで発しただろう声はしかし震えていた。煮えたぎっていることは想像に難くない。相手が権現坂でなければ堪える努力すらしなかったはずだ。

 もっとも、どちらにせよ長くは持ちそうにない。不作法に踏み入ってきた男はこの期に及んでも態度を変えようとしなかった。

 

「俺が言を曲げたところで事実は変わらんぞ」

「取り消せ!!」

 

 一気に決壊する。空矢は怒気を隠そうともせず、権現坂へと掴みかかった。足の上に乗っていたディスクが地に落ちて音を立てる。

 けれども空矢は構うことなく、射殺さんばかりに視線を権現坂へと放っていた。怒りと敵意が凝縮されたそれは一歩間違えば殺意にまで昇華しかねない程、危うく激しい代物である。傍から見ているだけでも背筋に寒気すら覚えた。常人ならば畏怖から腰砕けになることだろう。

 それでもなお権現坂は変わらなかった。向けられる激情に動じることなく、悠然と空矢を見下ろしている。

 

「兄さんは悪くない! 僕が全部」

「自惚れるな!!」

 

 空矢が飛んだ。本人も理解出来ていないらしく瞠目している。数秒にも満たない僅かな浮遊を経て、彼は背を地面へと激しく打ち付けることになった。咄嗟のことに受け身も取れなかったのだろう。顔が痛みで歪んでいた。

 しかし歪みは直ぐにさらなる歪みで上塗りされる。一瞬で表情を憤怒で染め上げると起き上がり、権現坂を睨みつけようとした。

 ところが、空矢の試みは失敗に終わる。起き上がると同時に、空矢の顔面目掛けてあるものが飛んで来たからだ。これには彼も狼狽をみせたが、避けることなくどうにか両手で受け止める。伝わってきた衝撃からか、空矢は再度顔を顰めた。次いで、己が手中へと収まった物体を確認すると、さらに眉が寄る。

 それは紛れもなく空矢のデュエルディスクであった。

 

「違うというならばデュエルで示してみせろ」

「何でデュエル……」

 

 烈しさは何処かへと失せ、ただ困惑だけが空矢の顔に浮かんでいる。されど、その問いに権現坂が答えることはなかった。告げるなり自分のディスクを装着し、万端の構えで空矢を待っている。これ以上言を重ねるつもりがないことは明白であった。

 

「分かりましたよ」

 

 吐き捨てるように言って空矢は自身もディスクを装着する。立ち上がった彼は1度権現坂へと背を向け、数歩距離を置いてから再び対峙した。

 一時的に去っていた感情もその間に戻ってくる。激しさはそのままに、抑制のもと研ぎ澄まされて敵手へと送られていた。

 

「「デュエル!!」」

 

 夕暮れ時の公園に2人の声が響き渡る。その掛け声が本来有する意味を思い起こさせる程、周囲の空気は張り詰めていた。

 

「先攻は俺だ。《超重武者カブ―10()》を召喚する」

 

 先攻を取った権現坂がカードをディスクへとセットする。

 現れたのは、身の丈程はある金属製の大槌を手にした機械仕掛けの武者だ。その名が示す通り、V字型に近い金色の鍬形を備えた兜が特徴的である。つま先の排気口から蒸気を噴きだしながら大槌をその場で一振りすると、直ぐにでも振り下ろせるように立てて構えた。

 

「俺はこれでターンエンド」

「僕のターン、ドロー。永続魔法《神の居城―ヴァルハラ》を発動!」

 

 終了宣言が行われるや否や、空矢は即座にカードをドローして続けざまにカードの発動まで行う。それに伴って荘厳な佇まいをした白亜の神殿が彼の背後に出現した。ただ永続魔法を発動したに過ぎないが、それだけで戦いの主導権は空矢へと渡る。

 

「自分フィールド上にモンスターが存在しない時、手札から天使族モンスターを1体特殊召喚出来ます。《天空勇士(エンジェルブレイブ)ネオパーシアス》を特殊召喚!」

 

 空矢の言葉と共に光の柱がフィールドへと現れ、結晶の身体を持つ天使が降臨した。胸まであるマスクとそれぞれ盾と剣を有したパーツが結晶体に装着されている。そう表現した方が容姿ついて正しく伝わるであろう。最早人型とは呼べない天使は無機質な瞳を敵陣へと向けた。

 

「この瞬間《カブ―10》の効果発動! 相手がモンスターの特殊召喚に成功した場合、自分フィールドの『超重武者』は全て守備表示となり、ターン終了時まで守備力が500ポイントアップする!!」

 

 権現坂が力強く宣言する。命を受けた大槌の武者は今まで縦に構えていた得物を横へと持ち直し、腰を落として相手へと向き直った。さらにその周りを青い光が球状に囲い、護りを一層固くする。

 空矢が特殊召喚を用いて展開して来ることは当然権現坂も織り込み済みだ。

 

 超重武者カブ―10

 DEF2000→2500

 

「《ネオパーシアス》の攻撃力は2300。いくら《ネオパーシアス》が貫通効果持ちモンスターとはいえ、守備力2500となった《カブ―10》を超えることは出来ない」

「だから何だって言うんですか。僕はモンスターをセットして、魔法カード《モンスターゲート》を発動します。モンスターを1体リリースし、デッキの上から通常召喚可能なモンスターが出るまでカードをめくってそのモンスターを特殊召喚します。セットモンスターをリリース」

 

 剣呑な声で空矢は返し、その後連続してカードを使う。無数の棘が外へと突き出た檻を思わせる鉄の造形物。その内から1対の赤い目が覗くという趣味の悪い物体が現れ、直ぐに消えていった。こんなものでもセットモンスター共通のデザインだというのだから驚きである。

 

「1枚目、魔法カード《名推理》。2枚目、モンスターカード! 《The splendid VENUS》を特殊召喚します!!」

 

 魔法カードを1枚墓地に送った後、対象カードを引き当てた空矢はディスクへと叩きつけるようにセットした。

 時を同じくして青白い魔法陣が宙に出現し、その内を通って2対の純白の翼を持った天使が光臨する。金色の甲冑に身を包んで面や篭手まで付けた彼女は一切肌を露出しておらず、中に本体があるのか装備そのものが本体であるのか図りかねた。

 どちらにせよ同じ最上級天使である天上の勇士をも大きく上回る圧倒的な存在感を有しており、金色の身より放たれた威光はあまねくフィールドへと降り注ぐ。

 

「《VENUS》の効果。このカードが存在する限り、フィールド上の天使族以外のモンスターの攻撃力と守備力は500ポイントダウンします」

 

 空矢の説明を聞いて権現坂は僅かにではあるが眉を動かした。500という数値は存外大きく、しかも攻撃力だけではなく守備力も下がる。影響は大きかった。機械族である「超重武者」も当然弱体化の対象となる。

 

 超重武者カブ―10

 DEF2500→2000

 

「バトルです! 《ネオパーシアス》で《カブ―10》を攻撃!!」

 

 天上の勇士が剣を天へと掲げると、剣身へと光が宿った。輝きに満ちた剣は振り下ろされて空を裂き、光が形ある斬撃と化して飛び出していく。大槌の武者は正面から受け止めたものの、得物の柄ごと身体を二つに分けられて爆散した。

 また、先に権現坂が述べたように《ネオパーシアス》は貫通効果持ちであり、攻撃されたモンスターが守備表示であってもダメージは発生する。

 

 権現坂LP4000→3700

 

「《ネオパーシアス》の効果発動。このカードが相手に戦闘ダメージを与えた時、デッキから一枚ドローします。続けて《VENUS》でダイレクトアタック! ホーリー・フェザー・シャワー!!」

 

 金色の天使は手にした杖を掲げ、その先端へ球状に光を集束させていった。やがて人の頭程の大きさとなったところで光球はひとりでに浮き上がり、ゆったりとした動作で権現坂の頭上へと移動する。そうして位置につくや光球は凶悪性を発揮し、無数に分かれた光の矢が雨のように権現坂へと降り注いだ。

 この攻撃を受ければ、権現坂のライフは一気に3桁にまで落ち込む。まだ2ターン目であることを踏まえれば、到底許容出来るダメージではなかった。自身に破滅をもたらす雨を権現坂は鋭く睨みつける。

 

「手札から《速攻のかかし》の効果を発動! 相手の直接攻撃時にこのカードを手札から捨てることでその攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了する!!」

 

 権現坂が手札からカードを墓地に送ると、とんがり帽子に紅色のサングラスという目一杯格好つけたかかしが彼の目前に派手な姿を現した。同時に、人ならば腰に当たるだろう位置に備え付けられた噴射口から炎を噴き出し、権現坂と雨の間へと躍り出る。直後、光が殺到し、かかしは見るも無残に打ち砕かれながらもその総て受け止めて見事役目を果たした。

 

「ッ、ターン終了です」

 

 舌打ちすら漏らして露骨に顔を顰めながら空矢はターンを終える。モンスターを1体と300のライフという戦果は余り芳しいものではなかった。

 とはいえ、まだ2ターン目であるし、何よりフィールドは圧倒的優位である。明らかに冷静さを欠いていた。

 

「俺のターン、ドロー」

 

 対して権現坂は攻勢を凌ぐことは出来たものの、いきなり最上級天使を2体並べられて圧倒的不利であることには変わりなかった。だというのに彼は一切の動揺を見せず、己が手札と向き合っている。

 それ程時間をかけることもなく、権現坂は1枚のカードを引き抜いた。

 

「《超重武者ソード―999》を召喚。そして《ソード―999》の効果発動! このカードの召喚、特殊召喚に成功した時、このカードの表示形式を変更出来る。《ソード―999》を守備表示に変更」

 

 右手に薙刀を携え、背に槍から刀に至るまで様々な武器を担いだ機械武者が召喚される。右腕は人のそれと同じ形状をしているが、左腕の肘から先には胴周り程もある円筒状の金属が手の代わりに存在していた。即座に護りを命じられた多芸の武者は、左腕を盾のようにして半身の構えを取る。

 また、当然《ソード―999》も《VENUS》の効果の影響を受けた。

 

 超重武者ソード―999

 DEF1800→1300

 

「ターンエンドだ」

「デュエルで示してみせろって言った割に、自分は弱気なんですね」

 

 揶揄するように空矢が言葉を放る。結局、下級モンスターを1体守備表示で出しただけというのは、確かに消極的と言われても仕方がなかった。

 権現坂は否定も肯定もせず、無言で相手を凝視する。居た堪れなくなったのか、空矢は直ぐに眉を寄せて自分のデッキへと向き合った。

 

「僕のターン、ドロー。《幻奏の音女カノン》を召喚します」

 

 目元を金の装身具で覆った青髪の天使が現れ、高音の歌声を披露する。1400と下級アタッカーとしても物足りない攻撃力しか有していないが、効果故に使い勝手は比較的良いモンスターだ。

 

「一気に決めます! 《ネオパーシアス》で《ソード―999》を攻撃!!」

 

 声高に空矢が命ずる。同時に権現坂の眉間に皺が集まるも、無論天上の勇士の関知するところではなく即座に突撃を敢行した。

 放たれた矢のごとく迫ってくる敵手に対し、多芸の武者は体勢を万全にする為か構えを直す。しかし、より重厚であった大槌の武者ですら凌げなかった相手をこのモンスターが支え切れるとは到底思えなかった。

 

「手札から《超重武者装留ファイヤー・アーマー》の効果を《ソード―999》を対象に発動! 手札のこのカードを墓地に送ることで対象モンスターはターン終了時まで、守備力が800下がる代わりに戦闘及び効果では破壊されなくなる!!」

 

 西洋鎧に似た形状をした黒と赤のモンスターが多芸の武者の目前に現れる。鎧で言えば装備者が首を通す位置に開いた穴からは炎が揺らめいていた。

 突進してきた天上の勇者は障害を切り払おうとするも、鎧を中心として赤い光の幕が展開されて逆に弾き飛ばされる。

 

 超重武者ソード―999

 DEF1300→500

 

「ですが、《ネオパーシアス》は貫通効果を持っています。ダメージは受けて貰いますよ」

「もとより承知の上だ」

 

 空矢の言葉に対し、権現坂は目を閉じて答えた。大きく弱体化していた為、受けるダメージも膨れ上がっている。やむを得ないとはいえ、それでも手痛い損失だった。

 

 権現坂 LP3700→1900

 

「《ネオパーシアス》の効果により1枚ドローします」

「だが、《超重武者ソード―999》の効果も発動する! 自分フィールドの『超重武者』が戦闘を行った場合、ダメージ計算後に戦闘を行った相手モンスターの攻撃力守備力は共に0となる!!」

 

 目を見開いて為された権現坂の宣言と共に多芸の武者は眼光を閃かせる。未だ近くを浮遊していた天上の勇士へと一息に間合いを詰め、一閃。気がついた時には勇士の右腕が宙を舞っていた。まさしく肉を切らせて骨を断ったと言えよう。

 

 天空勇士ネオパーシアス

 ATK2300→0

 

「……バトルフェイズを終了します。《カノン》の効果発動。1ターンに1度、自分フィールドの『幻奏』モンスター1体の表示形式を変更できます。《カノン》を守備表示に変更。ターン終了です」

 

 《ファイヤー・アーマー》の効果が続いているので追撃は無意味であり、空矢は守勢を整えてからターンを終えた。彼の表情は優れない。勝負を決するはずが一転、ここまで優位に進めてきた状況にまで陰りが差したのだから無理もなかった。

 それはともかく、空矢のターンが終了したことによって《ファイヤー・アーマー》の効果は切れ、《ソード―999》の守備力は元に戻る。

 

 超重武者ソード―999

 DEF500→1300

 

「お前らしからぬプレイング、心が乱れている証拠だ」

「……いきなり何を言い出すんですか?」

 

 一連の処理を終えたところで権現坂が切り出した。唐突な物言いに当然空矢は問い返す。だがそれは敵愾心が剥き出しであった今までと比べて随分と大人しいものであった。落ち着いているというよりも弱々しいといった方が相応しい。

 思い通りにいかずに気を落としていると解釈するのは幾らなんでも乱暴に過ぎ、他に何らかの要因があることは明らかだ。

 

「いつものお前ならば、俺が《ソード―999》を裏側守備表示で出すのではなく一旦攻撃表示で召喚してから表側守備表示にした時点で、手札に《ファイヤー・アーマー》がある可能性について考えていたはずだ」

 

 権現坂の言う通り、いくら効果で守備表示に出来るからと言ってわざわざ表側で召喚する必要は全くない。表側のカードしか除去出来ないものもそれなりにある以上、むしろデメリットばかりに思えた。にもかかわらず、表側で出した以上何らかの意図を疑うのは至極当然のことである。

 

「そして、《ソード―999》の効果を踏まえれば、ダメージを優先して《ネオパーシアス》で攻撃するようなことはせず、《カノン》で攻撃しただろう。《カノン》ならば、たとえ攻守が0になったとしてもその効果で守備表示にすることが出来る。攻撃力0のモンスターを晒すという失態を犯すことはなかった」

 

 言葉を重ねるごとに権現坂の語気は強まっていった。何かに憤っているようにすら感じられる。対照的に空矢は話を静かに聞いていた。反論することなく、されども納得した様子も見せずに感情の読めない表情を浮かべている。

 プレイングについて一通り言い終えたところで権現坂は一旦言葉を切った。束の間の停滞を経てから彼は大きく目を開く。

 

「今のお前は実力の半分も出せておらん!!」

 

 権現坂の強い怒りが声を介して空矢へと叩きつけられた。声は公園中に響き渡ったが、その総てはただ一人へと向けられたものである。しかしそこまでしてなお足りないのか、権現坂は射抜くような視線を空矢へと送っていた。

 確かに先のターンにおける空矢のプレイングはお粗末としか言いようがなく、普段の彼とは比ぶべくもない。だからといって、ただそれだけでここまでの怒りを買うとは考え難かった。

 何も権現坂は酷いプレイングをされたことに腹を立てているのではない。それを行う所以となった空矢の性根に腹を立てているのだ。

 非難を受けて空矢は俯く。それ以上は何の反応も示さなかった。権現坂も言葉で促すようなことはせず、2人の間に沈黙が生まれる。

 しばし無為に時が流れた。

 

「……権現坂に何が分かるんですか」

 

 俯いたまま空矢は言葉を紡いだ。低い声で平淡な調子で述べられたそれは得も言えぬ不気味さを有している。権現坂の咆哮とは真逆の性質であるが、聞くものが思わず竦み上がるという点だけは同じであった。

 

「権現坂は兄さんを護り、支えてきたじゃないですか」

 

 怨言。空矢が口にしているのはそれ以外の何物でもなかった。本来ならば決して表には出てこない醜悪なものがとめどなく溢れ出てきている。そんなものを口に出してしまっている彼の心情は察するに余りあった。

 言い終えた空矢は奥歯を強く噛みしめる。

 

「権現坂に僕の気持ちが分かるわけ」

「分からん! 分かるわけがない!!」

 

 怒号が轟いた。中途で遮られた空矢は雷に打たれたように固まっている。漏れ出ていた毒気もそれに伴い生じていた淀みも総て消し飛ばされた。

 打って変わって無音が生まれる。けれども、今度のそれは先と違って長続きしなかった。

 

「先程も言ったが、今回お前に非はない。悪いのは遊矢だ」

 

 落ち着いた口調で権現坂が告げる。それは少々脈絡のない発言に思えた。ただその分大きな威力を持っていたらしい。呆然と立ち尽くしていた空矢の双眸に光が灯った。

 

「そんなことない! 兄さんは」

「ならば、お前の何が悪かったか答えてみろ!」

 

 言い募ろうとした空矢に権現坂が言葉を重ねてくる。その勢いに空矢はたじろぎ、次いで口をつぐんだ。口元を固く結んだまま地を睨んでいる。

 少しの合間そうして佇んでいたが、やがて口だけ小さく動かした。

 

「……僕がまた兄さんを傷つけたから」

「それが間違っているというのがまだ分からんか!!」

 

 再度雷鳴が響く。声量はもとよりぶつけられた怒りも先程のものを優に上回っていた。余りの苛烈さに空矢はただただ放心している。しかし、無防備なその様を見ても権現坂は矛を収めることなく、眦を裂いて相手を見据えた。

 

「そうして抱え込むことでお前だけでなく、遊矢や周りの人間も傷つけていると何故分からない!?」

 

 糾弾の言葉に空矢は目を(みは)る。これだけでも彼の心を抉るには充分過ぎる程であった。だが、その程度で手を緩めることはない。

 

「お前が遊矢の非を認めようとしないのは遊矢を想ってのことではない。認めることで遊矢にまた拒絶されるのを恐れているからだ!!」

 

 空矢から顔色が失われる。何やら口にしようとしているが、総て意味のない呻きとしかならない。

 それでもなお矛は止まらなかった。

 

「お前は自分を、自分の支えを護る為、盲目的に遊矢を庇っているに過ぎない!!」

 

 一切の容赦ない弾劾が空矢を穿つ。深く彼の心奥まで、そこに至るまでの一切合財を含めて一突きに貫き通していた。空矢の心に風穴を開けたに等しい。それも彼の心とほぼ同じ大きさのものをだ。

 先程までの激流が嘘のように辺りは静まり返っている。誰も何も音を出すことはなかった。権現坂は峻厳な面持ちで黙して空矢を見詰めている。

 対する空矢は瀕死の状態であった。蒼白い顔には脂汗が浮かんでおり、瞳が震えるようにして揺れ動いている。口元を手で覆っているのはそうすることで頭から倒れ込みそうになるのを押さえつけている為だ。そう説明されれば納得してしまいそうな程、今の彼は不安定である。外面にまで色濃く出る程、彼の内面は無惨に乱されていた。

 

「違う。僕は……僕は」

「もう1度言う。違うというならば、デュエルで示してみせろ! 俺のターン、ドロー!!」

 

 絞り出すように言葉を出した空矢に対し、権現坂はあくまで厳格に告げる。妥協するつもりは一切ないようだ。

 引いたカードを確認し、権現坂は目元を和らげる。ただそれは寸秒の出来事であり、次の瞬間にはこれまでない程に真摯な表情を相手へと向けていた。

 

「俺は《超重武者カゲボウ―C》を召喚する」

 

 木枯らしに似た独特の旋律を奏でながら1体のモンスターが場へと現れる。尺八を構え、顔全体を覆う編み笠をかぶった姿は紛れもなく虚無僧のそれであった。ただし、その身はもとより笠も尺八も金属製であり、まるで玩具のブロックで造られたような無骨な姿は紛れもなく機械のそれである。

 

「《カゲボウ―C》の効果発動! このカードをリリースすることで手札の『超重武者』を1体特殊召喚する!!」

 

 宣言を受けて虚無僧は再度手にした筒を吹き鳴らし、自ら光へと還っていった。フルモンスターにおいて最も重要な召喚権を行使してかつ1枚余計に手札を使う以上、出てくるモンスターが何であるかは明白である。

 

「動かざること山の如し。不動の姿、今見せん! 《超重武者ビッグベン―K》を守備表示で特殊召喚!!」

 

 一面に蒸気が立ち込め、その内より一際巨大な機械武者がゆっくりと歩み出てきた。白い布で頭を包んでいるように見える装甲と手にした刺又に似た形状の長柄武器からして僧兵、というよりもかの武蔵坊をイメージしたモンスターなのだろう。事実、胸にメーターを有するなど機械の特色を濃く持ちながらも、その身からは荒々しさと強固な意志を感じさせた。

 しかしながら御使いでない以上、金色の天使の威光によって力が制限されることに変わりない。

 

 超重武者ビッグベン―K

 DEF3500→3000

 

「バトルだ! 《ビッグベン―K》が存在する限り、『超重武者』は守備表示のまま守備力を攻撃力として扱って攻撃することが出来る。《ビッグベン―K》で《VENUS》を攻撃!!」

 

 僧形の荒武者は武器を持った右手ではなく、無手である左の拳を握りしめて地へと叩きつけた。衝撃が地を割きながら突き進み、金色の天使の下で炸裂する。拉げるようにして御使いは身を砕かれ、光の粒子となって消滅していった。

 同時にフィールドを支配していた息が詰まるような空気が消え去り、機械武者達は本来の力を取り戻す。

 

 空矢LP4000→3800

 

 超重武者ビッグベン―K

 DEF3000→3500

 超重武者ソード―999

 DEF1300→1800

 

「続けて《ソード―999》で《ネオパーシアス》を攻撃!!」

 

 多芸の武者もプレス機に似た左手を振るって地へと叩きつけ、衝撃が地を伝って走った。僧形の荒武者と比べれば慎ましいものであるが、それでも十二分な威力をもって敵手へと襲いかかる。剣無き天上の勇士は盾を使う素振りを見せず、何ら抗せぬまま消えていった。

 

 空矢LP3800→2000

 

「ターンエンドだ。さあ空矢! お前のターンだ!!」

 

 下級を1体残したとはいえ敵主力の撃破に成功した権現坂であるが、喜ぶ様子はまるで見せずに険しい表情のままである。むしろ普段よりも険を増しているようにすら見えた。

 一方の空矢は強い語調で促されてようやく自分のターンが回ってきたことを知ったらしい。余りの衰弱ぶりに続行すら危ぶまれたが、彼は若干の震えを伴いながらもデッキの上に手を置くのではなくデッキトップへと手をかけた。

 

「僕のターン、ドロー」

 

 引いたカードを視認し、空矢は目を見開く。次いで手札のカードへと視線を送り、大いに瞳を揺らがせた。相手が動揺する様を目の当たりにして権現坂も僅かに眉を動かす。それでも彼は声をかけることはなく、黙って空矢の様子を窺っていた。

 ドローしたカードを手札に加えた空矢は、その内1枚へ兢々と手を伸ばす。

 

「僕は」

 

 カードへとかけた手が震えていた。手だけではない。声も瞳も、最も重要なものに至るまで彼の総てが揺らいでいた。その顔は2色の強い感情によって歪められている。それは恐怖と、恐怖であった。異なる2種の恐怖が彼の中でせめぎ合っている。

 

「僕は!」

 

 再度発せられた声は語尾が滲んだ。震えもより一層強くなる。親と逸れた幼子のように今にもその場へと崩れ落ちて泣き出しそうだった。葛藤は今上限を迎えている。この岐路をどう進むかによって彼の今後が決まった。懊悩する空矢を権現坂も真剣な眼差しで見詰めている。

 恐怖に打ち震え、散々に苦しんだその末に空矢は両目を瞑った。瞑ってしまった。

 

「モンスターをセット。……ターン終了です」

 

 弱々しい声で終了宣言が行われる。終えたのはターンだけではなかった。一瞬だけ無音が広がり、直ぐに歯軋りの音が聞こえてくる。

 

「この、馬鹿者が!!」

 

 赫怒の咆哮が響き渡った。権現坂は顔を朱に染めて怒りを露わにしている。空矢は項垂れるしかなかった。

 

「俺のターン、ドロー! 手札から《超重武者装留グレート・ウォール》の効果発動。自分フィールドの『超重武者』1体に守備力1200アップの装備カードとしてこのカードを装備することが出来る。《ソード―999》に装備!!」

 

 端に2門の噴射口が備え付けられた緑色の盾が権現坂のフィールドへと現れる。すぐさま噴射口から炎が噴き出して一人でに装備者の許へと向かっていった。多芸の武者の左腕の金属塊が光の粒子となって消失し、補うように緑の盾が装着される。半身に構えて油断なく敵を見据える姿は1枚の巨大な盾を思わせた。

 

 超重武者ソード―999

 DEF1800→3000

 

「さらに《超重武者ワカ―O2(オニ)》を召喚し、効果発動。このカードの召喚、特殊召喚に成功した時、このカードの表示形式を変更できる。《ワカ―O2》を守備表示に変更する」

 

 続けて召喚されたのは青の装甲を持った機械武者である。髷に似た頭の黒い装飾と帯を思わせる腰に巻かれた細長い白い装飾、さらには下駄のような形状をした足など、力士を彷彿とさせる姿をしていた。また、両腕共に手は存在しておらず、代わりに装甲板が装着されている。そのことから、機械武者の中でも特に防御に特化した個体であることが知れた。

 

「バトルだ! 《ソード―999》で《カノン》を攻撃!!」

 

 緑の盾に備え付けられた噴射口が火を噴き、多芸の武者はその推進力を乗せて地へと盾を突き立てる。衝撃は土石を巻き上げながら突き進み、青髪の音女へと襲いかかった。比較的固い守りを誇る彼女であっても猛威の前に為す術はなく、悲鳴を上げながら弾き飛ばされ、消滅する。

 

「続けて《ワカ―O2》で裏側守備表示モンスターを攻撃!!」

 

 命を受けると武者は股を開くような形で右足を大きく上げた。傾くのではないかという程高く上げたところで静止させ、槌のように勢いよく振り下ろす。鋼鉄の足は地を踏み抜き、無数の飛礫が弾丸のごとくセットモンスターを強襲した。

 攻撃を受けて姿を露わにしたのは、立て膝の体勢を取った男性天使である。精悍な顔立ちをしており、閉じれば身を包み込んでしまう程巨大な純白の翼が特徴的であった。

 襲い来る飛弾を男性天使は顔を歪めながらも総て受け切る。しかし、攻勢が終わった直後よろめくように地へと手を着き、風化するように光と化して消えていった。

 最後の護りが失われたことにより、空矢のフィールドにはただ神の居城があるのみとなる。その状態で僧形の荒武者の攻撃が控えていた。前のターン時点で既に勝敗は決していたのである。

 

「……権現坂は強いですね」

 

 突然、呟くように空矢がこぼした。それが賞賛の言葉であることは疑う余地もなく、恐らく純粋な感嘆から発せられたものなのだろう。しかし、権現坂は素直に受けることは出来ないらしく、眉を顰めていた。

 空矢は笑みを浮かべている。ただ朗らかとは程遠いものだ。諦観。何よりもそれを強く感じさせる代物であった。

 

「権現坂の言う通りです。僕は兄さんの為を考えてたんじゃない。ただ兄さんに依存してただけなんです」

 

 そう言って空矢は笑う。決して笑えるはずなどないにも関わらず、それでもさも可笑しそうに笑っていた。今にも声まで上げて笑い出しそうですらある。

 

「嫌になりますね。僕は何も変わってなかった。身勝手な阿呆のまま」

 

 笑みが一層深まった。他に選択肢などないと言わんばかりに嗤っている。そして、遂に堪え切れなくなったのか声まで漏らし始めた。本人は愉快そうである。

 だが、見ている方はまるで共感出来そうになかった。実際に彼の姿を見て笑うことが出来るというのならば、それは人の道から外れた何よりの証左であろう。

 哄笑は短くない時間続き、不意に止んだ。

 

「やっぱり、僕には兄さんの弟で居る資格なんてないんです」

 

 空矢の顔にはもう笑みすらない。諸種様々な感情の残滓が僅かに残っているに過ぎなかった。ほとんど何もないことが、返って彼の心を浮き彫りにしている。

 消えた時と同じく、笑みが戻ったのも突然のことだった。しかも笑みが本来有しているべき明るさも今度のものは伴っている。完璧とすら言えるそれを空矢は権現坂へと向けた。

 

「でも兄さんには権現坂や柚子、皆が居ま」

「この大馬鹿者が!!」

 

 天地が震える。近くに居たものは誇張抜きにそう感じたはずだ。総ての点において今までのものを上回り、また今までのものとは性格を異にしている。怒りだけではなく、同等の嘆きが込められていた。

 一身に浴びた空矢は固まっている。まるで親に突然頬を張られた子供のような顔をしていた。

 権現坂は口惜しげに表情を歪める。

 

「お前は、お前達兄弟は、あの日スタジアムで何を誓った!? 忘れたとは言わせんぞ!!」

 

 権現坂の叫びがこだました。今や嘆きが怒りを凌駕している。第三者であっても彼の懸命さがよく分かる、相手の心に直接訴えかけるような叫びであった。

 叫びを聞いて空矢は目を大きく見開く。そのままの表情で徐々に目線が顔ごと下降していった。上手く処理しきれていないらしい。それだけ彼が受けた衝撃は大きかった。

 

「これ以上は語る言葉を持たん。……《ビッグベン―K》でダイレクトアタック!!」

 

 遂に権現坂が命を下す。終幕を任された僧形の荒武者は天へと挑むように拳を突き上げた。そうした後、渾身の一撃を地へと叩きこむ。恐れを知らぬ強者から放たれた攻撃が勝敗を決すべく空矢へと突き進んでいった。これが決まれば終わる。総てが終わる。

 そんな土壇場にあって、空矢はまたも笑みを浮かべていた。ただし自嘲げなものをである。

 

「『そんなの当たり前じゃないですか』2人で一緒に頑張ろうって言った兄さんに僕はそう返したんですよね」

 

 呟いた後、空矢は短く息をついた。惑う姿といい、迫りくる決殺の一撃といい、つい最近も同じような状況に陥ったことを思い出させる。その上、直前になってようやく面を上げたことまで同じとなった。

 しかし、同時に明確な差異も現れる。今、空矢にはあの時の決意よりも強固な意志が宿っていた。

 

「手札から《アルカナフォースⅩⅣ(フォーティーン)―TEMPERANCE》の効果を発動! ダメージ計算時にこのカードを手札から捨てることで、その戦闘によって僕が受けるダメージは0になります!!」

 

 宣言と共に異形の天使が半透明の姿で現れる。触腕とでも言うべき軟体状の太い腕を持っており、その先端は鉤爪状になっていた。しかもサイズを小さくしただけでそれと全く同じ形状ものが髪の代わりに生えているのだから、地球外生命体と説明された方がまだ納得できる。何はともあれ、異形の天使は来襲した攻撃をその身で受け止め、衝撃を抱え込んだまま何処かへと消えていった。

 図らず防がれた権現坂は目を丸くしている。そんな彼に向けて空矢ははにかむように笑んでみせる。

 

「ありがとう。おかげでやっと分かりました」

 

 何が分かったのかについて空矢は述べなかった。けれども、事実理解したのであろう。厳しい言葉を投げかけてきた友の意図、そして兄との誓いの意味を。そうでなければ、ようやく彼に芯が通った理由を説明出来なかった。

 権現坂は初め呆然としていたが、時間を経て状況を把握するにつれ両眼に水が溜まっていく。が、すんでのところで我に返ったらしく、何かを振り払うように頭を振ると非難の眼差しを送った。

 

「遅い。既にお前は勝機を逃している」

「問題ないです。まだ逆転出来ますから」

 

 強気な答えを空矢は返す。ほんの少し前まで震えが止まらなかった人物の言葉とは到底思えなかった。どの口がそれを言うと問い詰めたくなる。

 だが、権現坂にとってそうした豪気は好ましいもののようだ。ここに来て初めて彼は笑みを見せる。

 

「ならば、見せてみろ! 俺はこれでターンエンド」

 

 手札を使い切っている権現坂に出来ることはなく、そのままターンを明け渡した。もっとも、権現坂の場合はメインフェイズ2に何かすることなどほとんどないが。

 

「僕のターン、ドロー!」

 

 1つ前の空矢のターンを終えた時、よもやもう1度ターンが回ってくるなど思いもよらなかった。今ドローが出来ていることがそれだけで大きな意味を有している。

 しかし、ドローしたカードを加えるなり真剣に手札を見詰める様子からして、彼自身にそうした感慨はないようだ。

 

「《ヴァルハラ》の効果を発動し、手札から天使族モンスターを1体特殊召喚します。《マスター・ヒュペリオン》を特殊召喚!」

 

 熟考の末に神の居城が起動され、光の柱が空矢のフィールドに出現する。その内より太陽神の名を持った1柱の御使いが姿を現した。その名に恥じぬ強力な効果を有しており、空矢の主力の1体に数えてもよいであろう。

 

「《マスター・ヒュペリオン》の効果発動! 1ターンに1度、墓地の光属性天使族モンスターを1体除外することでフィールド上のカードを1枚破壊することが出来ます。《ネオパーシアス》を除外して《ビッグベン―K》を破壊!!」

 

 天上の勇士が半透明の姿で一瞬だけ現れて消えていき、代わりに光球が残った。光球はひとりでに天行の支配者の手元へと進み、彼の力を込められて輝きを増す。今や小太陽と言える程の光量を有していた。

 

「甘いわッ! 墓地の《超重武者カゲボウ―C》の効果発動! 墓地のこのカードを除外することで『超重武者』を対象とする効果を無効にし、破壊する!!」

 

 濃くなっていた陰から突如数本のクナイが飛び出し、天行の支配者の胸部に突き刺さる。彼は浮遊していたのだが、落下して膝をつくと力なく頭を垂れた。そのまま大量の光の粒へと身を分かち、消滅する。

 

「残念だったな。《ビッグベン―K》さえ破壊すればまだ次のターンに繋げられたものを」

 

 相手の奥の手の封殺に成功し、権現坂の肩の荷が下りた。他の「超重武者」は守備表示のまま攻撃する効果を有していないので《ビッグベン―K》を破壊されると膠着状態に陥ってしまうのである。逆に《ビッグベン―K》さえ保てれば立て直しは幾らでも効いた。

 天使族では貴重な除去効果を持つ《ヒュペリオン》を失った空矢にもう打つ手はないように思える。その為か、権現坂の言葉を聞いた空矢の眉間に僅かではあるが皺が寄っていった。

 

「次のターンなんてありませんよ。このターンで決めますから」

「何?」

 

 予想外の言葉に権現坂は眉を寄せる。場の優劣は明らかであり、互いにライフは半分近く残っているのだ。このターン中での決着は中々難しいように思える。とはいえ、考えもなしに空矢がそのようなことを口にするわけもなかった。

 

「僕は墓地の《VENUS》と《カノン》を除外することで《神聖なる魂(ホーリーシャイン・ソウル)》を特殊召喚します。このカードは墓地の光属性モンスターを2体除外することで特殊召喚出来ます」

 

 鳴り物入りで召喚されたのは大きな翼を持ち、頭に光輪を有した女性天使である。それだけでは一般的な天使と全く変わりないが、彼女には他にない大きな特徴があった。向こう側の景色が見える程に身体が透けているのである。身体全体が仄かに発光していることも相まってその姿はとても神秘的であった。

 

「魔法カード《トランスターン》をレベル6《神聖なる魂》をコストに発動。自分フィールドのモンスターを1体墓地に送り、同種族、同属性でレベルの1つ高いモンスターをデッキから特殊召喚します。レベル7の《アテナ》を特殊召喚!!」

 

 透明な天使の身から放たれる輝きが増し、白光が彼女の身を覆い隠す。光は一時直視出来ない程強まったが、徐々に弱まっていき、程なく完全に消失した。元いた御使いも光と共に姿を消し、代わりに純白の武闘着をまとった女神が戦場へと降り立つ。

 新たに現れた彼女は白銀の兜を被り、左右には同じく白銀の矛と盾を構えていた。長い銀髪をたなびかせ紅の瞳で戦場を睥睨する姿は凛々しく、気高い。戦神の名に恥じぬ威容であった。

 

「《光神機―桜火》をその効果によってリリースなしで召喚します。そして、《アテナ》の効果が発動。天使族モンスターが召喚・反転召喚・特殊召喚された時、相手に600ポイントのダメージを与えます」

 

 4本の脚と尾、それに鬣と1対の翼を有した機械じみた天使が召喚される。同時に戦神の矛の先端へと光が宿り、白い稲妻と化して権現坂を貫いた。

 

 権現坂LP1900→1300

 

「ぐッ……。だが、この程度のダメージでは俺は倒せんぞ!」

「別に《アテナ》の効果はこれだけじゃありませんから。《アテナ》の効果発動! 自分フィールドの天使族モンスターを1体墓地に送り、墓地から天使族モンスターを1体特殊召喚します!!」

 

 白銀の戦神が矛を掲げると、機械じみた天使の躯体が無数の光の粒と化して天へと昇っていく。それに代わって神の居城の時と同じ光の柱がフィールドに出現した。

 

「それで《ヒュペリオン》を蘇生し、効果で《ビッグベン―K》を破壊するか」

「いいえ、違いますよ」

 

 否定を返してきた空矢に権現坂はまたも眉を顰めることとなる。

 空矢の墓地に今あるカードは総て1度フィールドに出されたカードであり、その中に《ビッグベン―K》を破壊し得るモンスターは2体しか居なかった。内1体はこの状況にはそぐわず、《ヒュペリオン》を蘇生するのが正答なはずである。

 

「たとえ《ヒュペリオン》の効果で《ビッグベン―K》を破壊したとしても、2体のモンスターが残ります。《ワカ―O2》は戦闘では破壊されないモンスター。さらに《ソード―999》には墓地に送ることで装備モンスターへの攻撃を無効に出来る《グレート・ウォール》が装備されてます。それに《ソード―999》の効果を踏まえると、迂闊に攻撃出来ない。権現坂らしい隙のない布陣です」

 

 権現坂の疑念に対し、空矢は明確に答えてみせた。結論だけ言えば《ヒュペリオン》を蘇生した場合、このターン中での勝利は不可能ということである。鉄壁とまでは言い難いが、それでも十二分に強固な布陣だ。

 

「1ターン待つというのもありですが、このターンで勝つと決めましたからね。僕は《アテナ》の効果により、チューナーモンスター《ブーテン》を墓地から特殊召喚します!」

「なッ! チューナーだと!?」

 

 笑顔で宣言した空矢に対し、権現坂は驚きの声を上げて目を瞠る。

 光の柱から現れ出たのは、申し訳程度に手足が生えた丸いピンクの身体につぶらな青い目と大きな豚鼻を有し、さらには白い翼と光輪という天使の特徴まで持ったモンスターであった。弱々しい外見をしているが、その身が有する恐ろしさを権現坂はよく知っている。

 また、天使族が特殊召喚されたことによって《アテナ》の効果が発動し、権現坂のライフはさらに削られることとなった。

 

 権現坂LP1300→700

 

「いつの間に、そんなものを墓地に……まさか! 最初のターンの」

「ええ、《モンスターゲート》のコストにしたセットモンスターです」

 

 答える空矢は少し得意げな顔をしている。手札からではなくフィールドから裏側のまま墓地に送られた為、権現坂に気づかれることなく無事に使用機会を迎えることが出来たわけだ。激昂していたとはいえ、最低限のプレイングを行える程度には理性が残っていたらしい。

 

「では、行きます。レベル7の《アテナ》にレベル1の《ブーテン》をチューニング! 気高き天上の騎士よ。崇高なる剣もて、我が道を拓きたまえ!!」

 

 豚の天使が宙へと飛び出してその身を1つの緑の輪に変え、続いて白銀の戦神がその内へと飛び込んでいった。彼女もまた7つの光球へと姿を変え、その総てが緑の輪を通過したところで閃光が迸る。

 

「シンクロ召喚! レベル8《神聖騎士(ホーリーナイト)パーシアス》!!」

 

 馬蹄の音高らかに1体の騎士がフィールドへと躍り出た。現れたのは剣と盾を持った半人半馬の姿を象った天上の騎士である。しかしながら、馬体にあたる部分も人体にあたる部分も総てが白色透明な結晶によって構成されていた。同じ名を冠する2体の天使を折衷した姿と言える。

 

「《パーシアス》ということは、貫通効果モンスターか! だが攻撃力は2600。たとえ最も守備力の低い《ワカ―O2》を攻撃したとしても、俺のライフは100残る」

「確かにこのまま《ワカ―O2》に攻撃しても勝てません。それどころか返しのターンで確実に負けます」

 

 権現坂の言葉に空矢は首肯を返した。仮にこのまま攻撃した場合、《ソード―999》の効果で攻撃力を0にされたところを《ビッグベン―K》に攻撃されるという最悪の未来が待っている。ならば、当然このまま攻撃するわけがなかった。

 

「布陣を突破出来ないなら崩すまでです。《神聖騎士パーシアス》の効果発動! 1ターンに1度、相手フィールド上に存在するモンスターの表示形式を変更できます。《ビッグベン―K》を攻撃表示に!!」

「何だとッ!?」

 

 天上の騎士が剣を掲げると、天より一条の光が僧形の荒武者へと降り注ぐ。表面上ほとんど変化はなかったが、荒武者が仄かに発していた青白い光は消え去ったことから攻撃表示に変わったことはどうにか分かった。固い守りを誇る荒武者であるが、その攻撃力はたった1000でしかない。

 

「《ヒュペリオン》は《カゲボウ―C》の効果を発動させる為の囮だったということか」

「まあ、仮にあれが通ったとしてもそれはそれでよかったんですけどね」

 

 権現坂の感嘆に対し、空矢は微笑みを返した。とはいえ、あの状況で《カゲボウ―C》の効果を使わないという選択をするはずもなく、こうなることは必定だったのであろう。最後の最後で空矢は自分の強みを取り戻すことが出来たのだ。

 

「じゃあ、フィナーレといきますよ! バトルフェイズに入り、《神聖騎士パーシアス》で《ビッグベン―K》を攻撃! ライチャス・チャージ!!」

 

 天上の騎士が嘶くように前脚を高く上げる。そして、再び地へと触れるや否や、敵陣に向けて颯爽と駆け出した。瞬く間に距離を詰めてきた騎士に対して僧形の荒武者はその場を動かず迎え撃ち、相手が間合いに入った瞬間に上体目掛けて己が得物を突き出す。

 それに対して騎士は高速移動中だというのに難なく盾で矛先を逸らして逆に相手の体勢を崩すと、死に体と化した敵へすれ違いざまに剣を振るった。敵の脇を駆け抜けた騎士はそのまま権現坂の頭上を飛び越える。その背後へと着地したのと時を同じくして爆音が周囲へと響き渡った。

 

 

 権現坂LP700→0

 

 

 決着と同時に互いのモンスター達は消え失せ、戦場はただの閑静な公園へと戻る。敗北した権現坂は目を閉じて何やら黙考していたが、程なく表情を緩めて空矢へと向き直った。

 

「見事だ」

「お世辞はいいですよ。途中のあれは我ながらみっともなかったです」

 

 苦笑しながら返した後、空矢はため息をこぼす。ただそれでも拭いきれなかったようで、赤くなっている顔を顰めていた。あれだけの醜態をさらしたのだから当たり前である。

 だというのに、彼に対して権現坂は首を横に振った。

 

「それでもお前は立ち直り、勝利を掴んだのだ。卑下する必要はない」

「……そう、ですね」

 

 諭された空矢は少しだけ考える素ぶりを見せた後、微笑みを浮かべて頷く。顔から徐々に赤みが引いていった。勝っておきながら嘆くなど相手に対して無礼である。

 それから空矢は気を落ちつけるように1つ息をついた。そうして平静を取り戻してから改めて権現坂へと向き合う。

 

「……ありがとう」

 

 口にする前に少し言い淀んだものの、はっきりとした口調で空矢は伝えた。引いた赤が少し戻ってきている。

 気恥ずかしそうに述べられた礼に対し、予想外であったのか権現坂は一瞬目を丸くした。が、直ぐに白い歯を空矢へと見せる。その姿は快男児そのものであった。

 

「空矢!」

 

 不意に第三者の声が公園に響く。空矢と権現坂は顔を見合わせ、次いで声の発生源へと視線を向けた。権現坂の後方からこちらへと走り寄ってくる少年、遊矢の姿が2人の視界へと飛び込んでくる。

 彼は権現坂には脇目も振らず、空矢の許まで駆け寄った。相当急いで来たらしく、辿り着くなり膝に手をついて肩で息をしている。

 遊矢の必死な様を目の当たりにして空矢は少しの合間呆けていた。が、然程経たぬ内に表情が緩み始め、次いでほとんど顔を掴むようにして口元を右手で覆う。そうして強引に表情を引き締めていた。そんな空矢を権現坂は目元を和らげて見守っている。

 空矢が夕陽の色だとごまかせる程度に顔色を戻したのと、遊矢が息を整え終えたのはほぼ同時であった。遊矢は悲壮に近いものを浮かべて空矢へと向き直る。

 

「あのな、空矢。俺、俺」

「兄さん」

 

 穏やかな声が遊矢を遮った。止められるとは思ってもいなかったのか、遊矢は呆然としながら相手を眺める。そんな彼に向けて空矢は柔らかな笑みを浮かべていた。

 

「さっき兄さんに拒絶された時、僕は何も考えられなくなりました。何もかも全部崩れてしまって、自分がどうしてここに居るのかさえ分からなくなりました」

 

 空矢の言葉は立ち尽くしていた遊矢の耳にもしっかりと届いたらしい。見る見るうちに遊矢の顔が悲しみで歪んでいった。震える程拳が強く握られる。しかし、それでも遊矢は俯くことなく、空矢と向き合っていた。弱った姿ではあったが、返ってそれが強い決意を感じさせる。

 そうした兄の姿を見て空矢は眉尻を下げたが、それでも彼は滞ることなく続けた。

 

「そのままだったらきっと何も分からなかった。でも、権現坂のおかげで気付けました。僕の何がいけなかったのか」

「ち、違う! 空矢は何も悪くない!! 俺があんなこと言ったから。……約束、したのに」

 

 遊矢は矢も盾もたまらず弟の言葉を否定し、しかし自分の言葉に堪え切れなくなって遂に項垂れる。唇まで噛んでどうにか立て直そうとしているが、それでも彼は顔を上げることが出来なかった。それだけ遊矢の自責と後悔は強い。しかも今この時にあってなおそれは肥大し続けていた。

 兄の痛ましい様に、空矢もまた悲痛な面持ちとなる。だが、彼は左右へと頭を振ることで湧き上がる感傷を払い、俯く遊矢へと真摯な眼差しを向けた。

 

「僕は約束を理解すら出来てなかったんです。だから兄さんの為になりたいと思っていても、思うだけで結局は何も出来なかった。それじゃ意味がないんです!」

 

 己自身を空矢は切って捨てる。普段の彼から少し想像出来ない程にとても激しく、そして強いものであった。

 故に、深きに沈みかけていた遊矢の心にまで行き着く。遊矢は目を開き、浮き上がるようにゆっくりと顔を上げた。強固な意志の宿った空矢の瞳が彼を迎える。

 

「僕も兄さんを支えたい! 支えられてばかりじゃなく、支え合って一緒に歩きたいんです!!」

 

 この上ない程に真剣に、力強く、そして明確に、空矢の想いが言葉として紡がれた。当事者でなくとも彼の思いの丈が鮮明に伝わってくる。ならば向けられた本人に伝わらないはずがなかった。大きく目を見開いて遊矢は空矢と正面から向き合っている。

 そうして2人はしばらくの間、言葉なく視線を交錯させていたが、やがて空矢は1つ吐息をこぼした。強張り気味であった肩から力が抜ける。気を鎮めた彼は穏やかな笑みを浮かべ、改めて兄へと向き直った。

 

「だから改めてお願いします。僕も頑張りますから」

「ストップ」

 

 不意に遊矢から制止がかかる。先程とは真逆に、今度は空矢が目を丸くして兄を眺めることとなった。

 遊矢は両目を瞑り、口元を和らげている。そのままの表情で胸のペンデュラムを握り、彼は口を開いた。

 

「俺もっと頑張るから。俺が空矢の兄ちゃんなんだって胸張って言えるようにもっと頑張るから。だからさ」

 

 空矢が息を呑む。瞠目したまま棒立ちとなった彼に、遊矢は朗らかな笑みを向けた。

 

「2人で一緒に頑張ろう。また昔みたいに」

 

 紡がれた言葉は以前と若干変わっている。当たり前であった。2人の距離があの時とは違うのだから。ただそれでも根底にあるものはあの時から、否、それより以前から全く変わっていなかった。故に、答えは1つしかあり得ない。

 空矢は晴れやかに笑った。

 

「そんなの当たり前じゃないですか」

 

 誓いは再び交わされる。程なく2つの笑い声と1つの泣き声が閑散とした公園を明るく彩った。

 あの日スタジアムでかけられた魔法は消え、もう戻ってこない。けれども、この2人にもうそんなものは必要なかった。特別なものに頼らずとも、それぞれしっかりと立てるであろう。たとえ1人で立てなくなったとしても互いに支え合えるはずだ。

 

 2人の前途は明るい。そう確信することが出来た。

 

 

「よっし! 頑張って腕を磨いて、父さんみたいな凄いプロデュエリストになろうな!」

「はい! じゃあ、まずは兄さんもジュニアユース選手権に出れるように公式戦の相手を探さないとダメですね。最低でもあと4人」

「……え?」

 

 ……明るかろうと多難ではあるようだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**********

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこは何とも重苦しい空間であった。恐らくソリッドビジョンの一種であろう実体を有さない巨大なディスプレイが宙に浮かび上がっている。それらを見上げる形で何人もの人間が一心不乱に端末を操作していた。室内全体が薄暗いこともあって、空気までも重々しく感じられる。

 三方に設置されたディスプレイ総てを見渡せる一層高い場所には錚々たる面子が集まっていた。理事長である赤馬日美香、社長の側近である中島、そして社長である赤馬零児。ここに居る人間だけでLEOコーポレーションの方針が決定されていると言ってもあながち間違いではないだろう。

 LEOコーポレーションの中枢たる彼らは今、揃いも揃って難しい表情を浮かべていた。

 

「――引き続きLDSの総力を挙げてマルコの行方を追え」

「はい!」

 

 零児の言葉に、軍服などに似た仕立てをした青い制服を着た青年が力強く返答する。次いで彼は一礼し、心なし足早にその場を後にした。与えられた命を遂行する為だろう。

 青年が去った後、零児は少しの合間その場に佇んでいたが、やがて自身も踵を返して出口へ向けて歩き出した。中島と日美香も黙ってその後に続く。

 が、出口に辿り着く寸前、突然零児の足が止まった。訝しむ2人に構わず、彼は元来た道を戻る。

 

「室長。今日、他にも強い召喚反応を検知しなかったか?」

「他に、ですか?」

 

 室長と呼ばれた白髪で眼鏡をかけた初老の男性は、尋ねられて一瞬戸惑いをみせた。しかし、さすがにこの場を任せられているだけあって反応も速く、直ぐに首肯を返す。

 

「はい。件の召喚反応が検知される少し前に幾つかの強い召喚反応を検知しております。ただ、同地点からはペンデュラム召喚の反応も検知しておりますので、社長ご自身のものではないかと」

「その地点で今日観測されたデータを総て見せろ。最初にペンデュラム召喚が検知されたところから順にだ」

「はい」

 

 頷いた室長が下層に居る職員に指示を出すと、正面のディスプレイに零児が希望したデータが映し出される。

 “PENDULUM”と下部に記された巨大な円グラフが表示されたものが相次いで映し出され、続けて“XYZ”と記された前2つに比べれば遥かに小さいものが映し出された。そうして五秒程度の間隔でデータが立ち替わり表示されていく。

 

「そこで止めろ」

 

 零児の指示通り、切り替わりが止まった。ディスプレイには巨大な反応が映し出されている。初めに表示されたペンデュラムのものに比肩する程のものだ。

 

「これは、融合召喚の反応。社長のものでしょうか?」

「いや、時間が早過ぎる。恐らく榊空矢とデュエルをしていた彼のものだろう」

「あの少年が? にわかには信じ難いわね」

 

 口にした通り、日美香は眉を顰めて疑念を色濃く見せている。何せ件の人物に対して見るからに頼りないと断言した程だ。その後のデュエルで実力は把握したとはいえ、なお信じられないのだろう。

 

「しかし、彼以外には考えられません。スクール生にこの反応は出せない」

 

 そう断言した後、零児は再び切り替えを命じた。先程と同じ間隔で画面が変わっていく。

 途中、前のものと比べて明らかに小さい融合召喚の反応が表示された。恐らく光津真澄が行ったものであろう。それによって零児の予測が正しいことが証明された。無論、だからと言って彼が誇るようなことはなかったが。

 それからしばらく零児は無感動に、されど真剣に切り替わるディスプレイを見詰めていた。だが、巨大な反応が2つ続き、次のデータが表示されたところで眉を寄せる。

 

「妙だな」

 

 さらに次のデータが表示されたところで遂に呟きまでもれた。それを受けて中島が画面の切り替わりを止めさせる。零児から少し離れたところで控えていた彼は主へと歩み寄った。

 

「この反応に何か問題が?」

「2回続いた巨大な融合召喚の反応はそれぞれ《デストーイ・シザー・タイガー》と《デストーイ・シザー・ウルフ》のものだろう。次に検知されたのは中程度の反応のシンクロ召喚のもの。これも短い時間に2回続けて行われていることから《X―セイバー ソウザ》と《XX(ダブルエックス)―セイバー ガトムズ》をそれぞれ召喚した時のものと思われる。そして、その後は数分間何も検知されていない」

 

 零児がはっきりと口調で述べる。説明しているというよりも、己の考えを整理しているような様子だった。

 一方、中島は零児の言を聞いてなお何が問題なのか分からなかったらしく、困惑を浮かべている。当然、さらに詳細な説明を求めることなど出来るはずもなく、1人頭を悩ませていた。

 とはいえ、彼が理解出来ないのも仕方がないことである。外で待機していた中島はデュエルを見ていないのだから。

 

「榊空矢が行ったシンクロ召喚! あれ程のモンスターが召喚されたというのに観測出来ていないというの!?」

 

 驚愕の声が室内に響き渡った。必然的に皆の注目が叫びの主である日美香へと集まったが、そんなことを気にかける余裕がない程彼女の驚きは深い。

 神の名に相応しい圧倒的な存在感を有したシンクロモンスター、《極神聖帝オーディン》。場の空気を一変させてしまう程の召喚が検知出来ないなど到底考えられなかった。

 

「私は直接目にしておりませんのでよく分かりませんが、単に見かけ倒しだったということでは?」

「確かにその可能性も否定出来ないが……。室長、反応が微弱だからといって省いたりはしていないな?」

「勿論です。総てとのご要望でしたので」

 

 一切の迷いなく室長は即答する。彼がそう言う以上、検知されていないという事実を疑うのは無意味だ。謎は一層深まり、零児は顔の険をさらに濃くする。

 

「反応が弱いというならばともかく、全く検知されていないのは幾らなんでも不自然だ。……そういえば、以前彼がこの建物内でデュエルをした時も特別な反応は検知されなかった」

 

 自然と下を向いていた目線を零児は上げた。その言葉通り、空矢と北斗のデュエルで特別な反応は一切検知されていない。その時は零児自身もこの場所に居たのだから間違いなかった。そうでなければ、今の今まで空矢が放置されているはずがない。

 だからと言って、空矢が全く注目されていなかったということではなかった。後日、エクシーズコースの首席が校内で他塾生に負けたという噂を聞き、常時記録されていた映像の中から該当部分を抜き出させて零児自身もその目で確認している。

 それ故、空矢が未知のエクシーズモンスターを使用したことも当然分かっていた。しかし、特異的な反応が検出されたわけでもなかった為、この件については後回しにされていたのである。

 

「これは一体何を意味する……?」

 

 紡がれた疑問は沈黙に呑まれていった。答えを提示出来るものはこの場に存在しない。

 そして、恐らくそれはこの世界のどこにも存在しなかった。

 

 




一応、これで一区切りです。急激な変化を望んでいた方には物足りないと思いますが、ゆっくりと成長させていければと考えております。

それと大概の展開に対応出来るように設定組んでいるつもりですが、今後の原作の展開次第では最後の部分は差し替えるかもしれません。
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