遊戯王ARC-V 天上の迷い子   作:殷淵源

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演出上の都合により、効果の対象を指定するタイミングが効果解決時のような書き方になっておりますが、実際は効果発動時です。

※ご指摘を受け、3月25日に一部デュエル内容を修正しました。


第6話

 

 

「――にしても、沢渡さんの怪我が大したことな……す、直ぐに退院出来てホントによかったッす!」

 

 途中で慌てて誤魔化したからか、やけに語尾が強くなっていた。その所為で余計に不自然さが際立っている。しかも、失言しかけた少年の両隣に立つ2人が引きつった笑みを浮かべて頻りに頷くものだから最早滑稽ですらあった。本気で取り繕う気があるのか疑いたくなる。

 ただ、幸い彼らの目前で椅子に腰かけている人物は細かいことを気にしないようだ。机に片肘を置き、自身の右に立っている彼ら3人へと得意顔を向けている。

 

「ま、強運の持ち主なのも優れたデュエリストの条件だからな。ましてや俺は、完璧なデュエリスト。助からないわけがない」

「いや、運がよかったらそもそもあんなのに襲われない気が」

「あぁ?」

「……さ、さすがは沢渡さん!」

 

 何やら雑音が聞こえてきたことで顔を(しか)めた沢渡であったが、賛辞を贈られて機嫌を戻した。幾らか引きつった顔で述べられた内容が皆無なものでも問題ないようである。とにもかくにも、気を取り直した彼は胸を反らしながら続けた。

 

「とはいっても、勿論運なんてもんは選ばれた人間なら自然とついてくるおまけで、そんなものに助けられるような奴は2流3流もいいとこ。勝つべくして勝つってのが、デュエリストとして当然の在り方だ」

「……あれ、それだと沢渡さんも2流3流」

「俺はデュエルの話をしてるんだ!!」

 

 今のはさすがに聞き捨てならなかったらしい。勢いよく椅子から立ち上がりながら目を吊り上げて怒鳴りつけた。同時に周囲から一斉に冷たい視線が沢渡へと送られてくるが、そんなもの蛙の面に水である。

 現在沢渡達一同が居るのは舞網第二中学校2年1組の教室、つまりは彼らのクラスであった。つい先程帰りのホームルームが終わったばかりなのもあってまだ半数近い生徒が教室に残っている。もっとも、単に帰り支度が済んでいないだけのものがほとんどであり、数分もすれば大部分は居なくなるだろう。大概の生徒はデュエルスクールに通っている為、放課後まで学校に残るものは少なかった。無論、それは沢渡達も例外ではない。

 

「そ、それより、沢渡さん。この後どうしますか?」

「ほら、いつまでもここに居たって仕方ないですし」

 

 どうどう、という副音声が聞こえてきそうな調子で語りかける取り巻き達。さすがに扱いには慣れているようだ。

 対する沢渡はしばらく3人を睨みつけていたが、結局は何も言わぬまま椅子へと腰を落とす。それから少しの間不貞腐れたように頬杖つきながら何やらぼやいていたものの、程なくそれも止んで真面目に今後の方針を考え始めた。

 

「そうだな……。榊遊矢への宣戦布告ももう済ませたしな」

 

 その呟き通り、今日の昼休みに沢渡はジュニアユース選手権で必ず勝利すると因縁の相手である遊矢へ伝えにいっている。余計な邪魔も入らずに終始沢渡のペースで進んだのは中々痛快だった。その時のことを思い出したのか、彼は口元を綻ばせる。

 けれども、それはごく短い間のことだ。直ぐに眉が寄り、教室を見渡し始める。

 

「そういえば弟の方の榊はどうしたんだ? アイツ昼休みも居なかったぞ」

「「「へ!?」」」

 

 素っ頓狂な声が重なった。確かに沢渡の発言は少々脈絡のないものではあったが、それにしても明らかに過剰な反応である。沢渡も不審を覚えたらしく、訝しむような視線を取り巻き達へと送っていた。

 

「何だよ、榊と何かあったのか?」

「いやいやまさか!」

「榊ならホームルーム終わるなりさっさと出ていきましたよ!」

「しかも小走りだったんで用事でもあったんじゃないっすか!」

 

 3人は間隙なく口々に答えていく。しかもただのクラスメイトに過ぎない空矢の動向を完璧に把握していた。まるで細心の注意を払って窺っていたかのようである。何かあることは確実であった。

 沢渡は疑いの眼差しを取り巻き達へと向けている。対する3人はそれぞれ愛想笑いを浮かべてどうにかやり過ごそうとしていた。4人は少しの合間そうして視線を交錯させる。このまま根競べとなる、と思われたが、然程経たぬ内に沢渡はあっさりと目線を外し、椅子を傾けながら頭の後ろで手を組んだ。

 

「……アイツにも一言言っておこうと思ったんだけどな。居ないんなら仕方ねぇか」

 

 独り言に近い調子で紡がれる。理由は定かでないが、取り巻き達の不審な態度について深く追求しないと決めたようだ。危難の回避に成功した3人は揃って安堵の息をこぼしている。

 しかし、そうして息をついたのも束の間、不意に椅子が音を立てた。すっかり気を抜いていた取り巻き達は肩を竦み上がらせ、狼狽気味に沢渡へと向き直る。だが、そこにあったはずの姿は既になく、いつの間にか出口へと向かって歩んでいた。

 

「取り敢えずLDSに行くぞ」

「「……はい!」」

 

 振り向かぬまま告げられた言葉を聞いて取り巻き達は再度表情を和らげる。単に行き先を決めただけのようだ。その決断自体も普段使っている海沿いの倉庫へ行けない以上至極順当なものである。その為、彼らも戸惑うことはなく沢渡の後に続いていった。

 ただし、2人だけであったが。

 

「あの、俺、今日はちょっと帰らせてもらっていいっすか?」

 

 おずおずといった風に背へと声をかけられ、若干ながら沢渡の眉間に皺が寄せられた。出口を目前にしたところで歩を止め、そのままの表情で振り返る。視線の先、沢渡の席の近くで、3人中最も背の高い少年がいかにも申し訳なさそうな表情を浮かべて佇んでいた。

 

「何だ大伴、用事でもあんのかよ?」

「いや、借りたノート明日までに写さなきゃなんなくってさ」

「ああ、古典のアレか」

 

 苦笑混じりに返された答えを聞き、他の取り巻き2人は納得したように頷く。彼らはデュエリストである前に学生である為、学業が優先されるのは当然のことだ。もっとも、進んでやっているわけでないのは力なく項垂れている大伴の様子からして明らかである。そうして視線を落としていた為、正面に立つ沢渡が石化していたことにすら彼は気付けなかった。

 

「なんとか明日まで伸ばしてもらったけど、授業中どころか授業が終わる度に呼び出してネチネチ嫌味言ってくんだよ、アイツ」

「アイツ普段は放任主義つーか無関心だけど、目ぇつけたら徹底的だもんな」

「しかも容赦なく成績落としやがる。俺、去年も国語の担当アイツだったけど散々だったし」

 

 再び吐息の音が重なる。だが、その性質は先程とは真逆であり、重苦しいものであった。厄介な教師に巡り合ってしまったのだから無理もない。彼らの担当教師は明らかに義務教育課程の教壇に立ってはならない類の人物だ。その為か、吐き出す愚痴が大学生のそれに近い。

 そうして吐露したことで余裕が出てきたのだろうか。ほぼ同時に彼らは何かに気がついたらしい。顔を突き合わせ、揃って目を丸くしていた。そしてやはりほぼ同時にある一点へと視線を向ける。注目を受けた相手、沢渡は今にも呻き声が聞こえてきそうな程の渋面を作って立っていた。

 

「そういえば沢渡さんも明日までなんじゃ」

「大伴、俺の分も写せ」

「んな無茶な!」

 

 即座に反発される。当たり前だ。何が悲しくて誰の興味も惹けないような内容のノートを2度も写さねばならないのか。好き好んでそんな苦行に挑むものはいないだろう。

 

「あの授業で今まで1回もノートなんて取らなかったから、最初から全部写さないといけないんすよ!」

「安心しろ。俺はまだノートも買ってない」

「それ威張れることじゃないから!!」

 

 お前もな、と思わず返したくなる言い草だった。実際当事者でない2人は呆れ顔になっている。とはいえ、2人共内心を口に出してわざわざ藪をつついて蛇を出す程おろかではなかった。それどころか作り笑いを浮かべて宥めにかかる。

 

「いや、でも、沢渡さんは入院してたんだから、言えば提出期限伸ばしてもらえるんじゃ」

「まあそうだろうよ。ただし、その場合もれなく大量の嫌味もついてくるけどな」

「うわぁ……」

 

 天井を仰ぐようにして声がもれた。嫌味を浴びせかけられる情景がありありと想像出来たのであろう。それはそれで堪え難い苦行であった。そんなことをする人間がどうして中学校の教師になれたのか甚だ疑問である。

 何はともあれ、沢渡も明日までにノートを作る必要があることに変わりなかった。大伴に2人分やらせるのは非現実的であり、他に採れる選択肢は少ない。答えは自ずと定まり、沢渡は神妙な面持ちで取り巻き達へと向き直った。

 

「柿本。代わりにお前が」

「さっわたーりく~ん」

 

 異様に明るい調子の声が響く。

 同時に出口を背にして立っていた沢渡の肩へと後ろから手が置かれた。背筋に悪寒でも走ったのか、沢渡は一瞬竦み上がる。余りに明る過ぎるそれは返って恐怖を煽っていた。正面に立つ取り巻き達が揃って顔面蒼白となっているのだから尚更である。

 だが、立ち尽くしていても肩にかかった重みは幻とはならなかった。やがて意を決した沢渡は唾を呑みこみ、ゆっくりと振り返る。そして、そこに立つ人物を目の当たりにして目一杯表情を引きつらせた。

 

「げ、榊」

「会いたかったですよ、沢渡くん。至って健康そうで何よりです」

 

 呼び声の主、榊空矢は視線が合うなり笑顔で毒づいてくる。どうやら表情とは裏腹に機嫌がよろしくないようだ。勿論沢渡とて毒づかれていい気がするはずもなく、こめかみ辺りをひくつかせている。

 けれども、ここで怒鳴れば相手の思うつぼなのは明らかであった。故に、努めて平静を装いながら沢渡は口を開く。

 

「これでも病み上がりの身なんだよな。まあ、人の名前もろくに覚えられないお前にそんなこと覚えとけって方が無理な話か。悪い悪い」

「そういえばそうでしたね。入院したっていうのに見舞いにも行けなくてすみませんでした。僕達も貴方がいない間、本当に大変だったもので」

 

 嫌味に対して即座に嫌味が返ってきた。しかもいわゆる目だけ笑っていないという状態の相手からである。機嫌が悪いという生易しいものではなく、明確な怒りを抱いているようだ。声色や目線からひしひしと伝わってくる圧力に沢渡はたじろいでいる。

 が、威圧は不意に霧散した。空矢は打って変わって満面の笑みを浮かべる。

 

「ところで、ちょっと頼みたいことがあるのでこれから少し時間もらえますか?」

「はあ? 何で俺が」

「いいですよね? じゃあ行きましょうか」

 

 言うや否や空矢は沢渡の脇を固め、強引に歩き出した。有無も言わさぬ早業である。咄嗟に対応出来なかった沢渡はバランスを崩しており、抵抗どころか転ばないようにするのがやっとという有様だ。

 しかしながら、沢渡に慌てた様子はない。というのも、いくら彼自身の抵抗が難しくとも取り巻き3人がいるのだ。怪力の持ち主というわけでもない空矢から沢渡の身柄を奪還するなど造作もない。今は呆気にとられているかもしれないが、決して移動速度が速いわけではない以上、追い付くことも容易いはずだ。取り巻き達に打ちのめされる空矢の様でも想像したのか、沢渡は勝ち誇った顔をしている。

 ところが、教室1つ分廊下を移動し、出てきた方と反対側の出入り口を通過してもなお助けは来なかった。眉根を寄せた沢渡は振り返り、愕然とする。

 出入り口から覗く教室には人影1つ見当たらなかった。

 

「あいつらぁああ!!」

 

 見捨てられた男の叫びがこだまする。一応弁明すると彼らが立ち去ったのは沢渡が振り返った直後、つまりは空矢が強硬手段を取る前であり、さすがにその場面に出くわしていれば阻止したはずだ。まあ、取り巻き達が居なくなったからこそ空矢も実力行使に出たわけであるが。

 とにもかくにも、こうして沢渡は逃れる術を失う。そのまま連行される容疑者のように引きずられていったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**********

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――で、一体何のつもりで無理やりこんなところに連れてきたんだよ?」

 

 吐き捨てるようにして沢渡は言葉を紡いだ。

 彼がこんなところと評したのは学校近くに位置する公園である。結構な広さを有しており、2人が向かい合って立っているのは端の方だが中央には多くの子供達の姿があった。逆に言えば2人の他に学生の姿はない。まあ、放課後にわざわざ公園に寄る中学生などそんなに居るはずがなかった。恐らくそれ故にこの場所が選ばれたのだろう。

 尋ねられた空矢はしかし中々口を開こうとはしなかった。無言のまま沢渡のことをじっと見詰め続けている。視線に晒された相手が居心地悪そうに身じろぎしてようやく彼は動いた。

 

「お願いします」

 

 唐突なことに沢渡は目を(みは)る。彼に向かって空矢は深々と頭を下げていた。ここに来るまでの強引さが嘘のように真っ当な頼みごとの仕方である。驚きと戸惑いによって硬直している沢渡をよそに空矢は続けた。

 

「貴方が襲われた時のことについて話を聞かせてください」

「……は?」

 

 間の抜けた声が沢渡からもれる。しかし、そういう反応になるのも仕方がなかった。それだけ空矢の要望は突拍子もないものである。その為、程なく我に返った沢渡が地を見たままの相手へと送った視線には不審の念が色濃く出ていた。

 

「何でそんなこと聞きたがるんだ? まさか……俺の負ける様を聞いて悦に浸ろうって魂胆か!?」

「そんな虚しいことをする為に頭下げるわけないじゃないですか」

 

 頭を上げて答えた空矢の目は半分程に細められている。負けた時のことを聞いて悦に浸れる程の相手に頭を下げる奴などいるはずがなかった。大体にしてそんなさもしい性根を空矢は持ち合わせていない。

 ともあれ、沢渡が言った理由でないのならば他に考えられる可能性は1つだけだ。

 

「単に襲撃犯を捜そうと思ってるだけですよ」

「……はあ?」

 

 再度間の抜けた声が沢渡からもれる。ただ先程と違って驚きはほとんど見られず、初めから怪訝そうに空矢を眺めていた。取り巻き達以外の人間へいつもの調子で接した時に彼へ向けられるものと同質の視線を空矢に送っていた。

 

「何でLDS生でもない榊がわざわざそんなことすんだよ?」

「そりゃ僕も出来れば関わりたくないですが、その犯人を見つけないとまたいつ言いがかりをつけられるか分かりませんから」

 

 空矢はげんなりとした顔でそう語り、嘆息した。

 LDSが遊勝塾に襲来したのはつい昨日のことである。しかも赤馬日美香は沢渡が襲撃された件について話し合いに来たはずなのに、犯人が誰だろうと関係ないと力強く言い切っていた。つまりは向こうの気分次第で問題が蒸し返されるということである。当事者からすれば堪ったものではなかった。

 

「それに、さっき兄さんから聞きましたが、今度はLDSの講師が襲われたんですよね?」

「まあな。だから俺ももうアレがお前の兄貴だったとは思ってねぇよ」

「当然です。大体、2件目の事件の方なら兄さんには完璧なアリバイがあります」

 

 空矢が断言したように2件目の事件に関する遊矢のアリバイは完璧である。何せ、恐らく犯行時刻と思われる時間にLDSとの対校デュエルを行っていたのだ。証人の質からしてこれ以上ない程に堅固なアリバイと言えよう。特異な犯行手段を取っている以上、2件とも同一犯の仕業と考えるのが妥当であり、遊矢を容疑者とするのは無理があった。

 

「なら、もういいだろ。榊遊矢が犯人じゃないってはっきりしたんだから」

「それがそうもいかないんです」

 

 答えると同時に、先程以上に深いため息が空矢からこぼれ落ちる。それがこの問題の根深さを表していた。というのも、この1件でLDSが最も重視していたのは看板に泥を塗られたことに対して雪辱することですらない。ペンデュラム召喚を手中に収めることだったのだ。

 

「LDSからすれば別に兄さんが本当に犯人である必要はなくて口実にさえなればいいんです。で、それは襲撃犯の顔が柚子も見間違えるくらい兄さんにそっくりだっていう事実だけでもう充分なんですよ。2件目にしてもアリバイ工作の為に仲間を使ったんだろとか強弁されたら水掛け論に持ちこまれますし。つまり、これ以上の面倒を避ける為には襲撃犯を見つけて兄さんの無実をはっきりと証明する必要があるんです」

 

 流れるように空矢は弁じる。途中で言葉を選ぶようなことすらせず、最後まで淀みなく言い切った。そんな芸当を可能としたのはこれを述べるのが本日2度目だからであろう。襲撃犯捜しをすると言って遊矢が反対しないはずなかった。

 ちなみに、同様のことを説かれた遊矢はペンデュラムカードの開発に成功したのだからもうLDSが遊勝塾を取り込もうとする理由がないと反論したが、不完全なものしか出来ていない今だからこそ完成品のデータが余計に欲しいはずと逆に論破されている。結局、自分の手で捕まえるような無茶はしないとの言質を空矢から取ったことで遊矢は折れた。

 沢渡はLDSがペンデュラムカードの研究を進めていることは把握しているが、不完全とはいえ既に開発に成功していることまでは知らない。故にこの説明だけで充分であり、得心がいったように頷いていた。その上何故だか得意げな顔をしている。

 

「成程な。それで被害者である俺の話を聞きたいってことか」

「ええ。情報がほとんどありませんから、貴方が1番の頼りです」

 

 微笑みながら告げられた言葉に沢渡は頬を緩めた。空矢に懇願されているという今の状況は彼にとって甘美なものなのだろう。何せ、地味に長い付き合いの中で沢渡が空矢相手に主導権を握ることが出来たのはこれが初めてなのだ。今まで名前も覚えてもらえない程いいようにあしらわれ続けてきたのだから感慨もあろう。

 いいようにあしらわれるような理由で自分から空矢に因縁つけ続けてきたという事実は彼には関係なかった。

 

「あと、一応手土産くらいは用意してます」

 

 そう言って空矢は通学鞄とは別に持っていた小さめのエコバックからあるものを取り出す。提示されたのは持ち手のついた厚紙製の白い箱だ。いきなりの行動に沢渡は当初眉を顰めていたが、箱に印刷されていたロゴを見ると僅かながら目を開く。

 

「へえ、俺のお気に入りの店のやつじゃねぇか。お前意外とセンスあるんだな」

「どうもありがとうございます」

 

 一応は賛辞に分類される言葉に対し、空矢は儀礼的に微笑みを浮かべて返した。褒められている以上に貶されている気はするが、沢渡の機嫌を損ねるわけにはいかない。目撃者も少ない中、直接の被害者の証言は何よりも得難い情報であった。

 

「それで、ダメですか?」

 

 そう尋ねる空矢の語調はどこか頼りない。眉尻を下げているのもあって困り果てているように見え、その分切実さが伝わってきた。断られればいきなり手詰まりになりかねないのだから当然であろう。そんな常にない相手の態度に気をよくしたのか、沢渡は対照的にいつになく上機嫌そうに空矢を眺めていた。

 

「まあ、どうしてもっていうなら考えなくも」

「どうしてもです」

 

 遮る形で即答され、調子を狂わされた沢渡は口端を引きつらせる。が、直ぐにわざとらしく「そうだなあ」と呟くと顎へと手をやり、顔を斜め上方に少し傾けながら考える素振りをみせた。とはいえ、口元の歪みを隠しきれていない上に横目でしっかりと空矢の様子を確認していることからして、本気で悩んでいるわけでないのは明らかである。恐らくは空矢相手に珍しく主導権を握れているという状況を楽しんでいるのだろう。

 そうした沢渡の意図は相手にも伝わったらしく、空矢の眉は寄り気味となっていた。だからといって苦情を述べることも出来ず、仏頂面のまま黙って沢渡を見詰めている。

 少しの合間両者無言のまま時が流れたが、不意に沢渡から薄ら笑いが消えた。真顔になったというわけではなく、理由は定かでないが目を丸くしている。そのままの表情で彼は空矢へと向き直った。

 

「そういえばお前って実体はともかく、学校じゃ優等生で通ってるんだよな?」

「まあ一応は。それがどうかしましたか?」

 

 どこか歯切れが悪い答えを返し、空矢は訝しむような視線を相手へと送る。いきなり全く関係のないことを尋ねられたのだから当然であった。しかし、沢渡の中では筋が通っているらしく、相手の返答を聞いて満足げに頷くと不遜な表情を浮かべて空矢を見据える。

 

「榊、俺とデュエルしろ」

「え?」

 

 沢渡の申し出を聞いて空矢の目が点になった。今まで会話をしていた相手が突然未知の言語を使ってきたような態度である。彼にとってはそれだけ突拍子もない提案に感じられたようだ。

 

「もしお前が勝ったら協力してやる。だが、俺が勝ったらお前には俺の言うことを1つ聞いてもらう。悪くない条件だろ?」

 

 そう告げて沢渡は口角を上げる。三流役者が演じる詐欺師のような態度であった。空矢が勝った場合については条件づけられているのに、沢渡が勝った場合の要求が曖昧な時点で対等とは言えない。相手の足元見ているのは確実だ。だからか、空矢も眉根を寄せて相手を見ている。

 

「何でデュエルする必要があるんですか? 協力してくれるなら僕も頼みくらい聞きますよ?」

「それじゃ面白くねぇだろ。ついでに、お前との決着をつけるいい機会だからな」

「……そういうことは普通、勝敗の数が同じくらいの相手に言いませんか?」

 

 半目を向けながら充分な声量をもって空矢は尋ねたのだが、相手の耳には届かなかったようだ。沢渡は両目を閉じて独りで何かに酔いしれている。大方、これで普通に交換条件として要求しても断られるようなこともやらせられ、しかも理由づけも完璧、などと自賛しているのだろう。

 

「で、どうすんだ? まさか挑まれたデュエルを断って勝ち逃げするような卑怯な真似、お前はしねぇよな?」

 

 沢渡は目を開くなり、嘲笑を浮かべながら挑発的な物言いをしてくる。勝ち逃げという言葉から察するに一応空矢の声は聞こえていたようだが、その一語があるが為に挑発の度合いはより増していた。当然、空矢の眉間には皺が寄り、沢渡に向ける視線が険をはらんだものへと変わる。

 

「一応聞きますが、貴方がする要求は公序良俗に反しないことなんですよね?」

「……お前、俺のこと何だと思ってんだ?」

「初対面の相手にいきなりダーツの矢を投げつけるような人だと思ってますよ」

「まだ気にしてんのかよ!?」

 

 予想以上に空矢は執念深かった。よもやそんなことを未だに引きずっているとは誰も思うまい。遊矢本人も疾うに忘れ去っているはずだ。特に遊矢の場合、その後のインパクトが余りに大きかったのでそんな些事を覚えているわけがない。

 ちなみに、直後に素良が押しかけてきた所為でうやむやとなった為、あの時沢渡が仕出かした暴挙を空矢は未だに把握していなかった。そうでなければ今こうして普通に会話が成立しているはずがない。強運の持ち主だという沢渡の自称もあながち間違いではないのかもしれなかった。

 それはさておき、沢渡はしばらく何か言いたそうに空矢を睨んでいたが、程なく吐息を1つこぼしてどこか疲れた顔を相手へと向ける。

 

「何やらせるにしても他の奴に迷惑かけるようなことはさせねぇから安心しろ」

「そうですか。なら、その話受けます」

 

 最低限の条件を確認したところで空矢はあっさりと挑戦を受けた。本来なら確認するまでもないような本当に最低限の条件のみなのはそれだけ沢渡の証言を重視しているのか、それとも自信の表れか。とにもかくにも、合意がなされたことに違いなく、沢渡は口の端を吊り上げた。

 

「交渉成立だな。負けてから翻すなよ」

「そんなことしませんよ。勿論、負けるつもりもありませんが」

 

 念押しに対して空矢は不遜に返す。そして、言い終えると同時に反転して歩きだし、沢渡から距離をとった。歩きながら鞄からデュエルディスクを取り出し、装着したところで歩を止めて再び振り返る。事前に呼びかけたわけでもないのに沢渡もまたディスクを装着し終えていた。2人は揃って他の荷物を足下へと置き、ほぼ同時にディスクを構えて正対する。

 

「「デュエル!!」」

 

 開戦を告げる掛け声が重なった。デュエルをすると決まってから直ぐにここまで移れるあたり、それぞれいくらか問題点はあるものの2人は正真正銘デュエリストなのであろう。

 

「先攻はもらうぜ。モンスターを裏守備で召喚。さらにカードを1枚伏せてターンエンドだ」

 

 先攻を奪取した沢渡は手の内を隠したままターンを終えた。慎重なのはプレイングだけではなく、彼自身油断ない眼差しで敵手を見据えている。派手好きかつ目立ちたがり屋な沢渡らしからぬ態度ではあった。それだけ警戒しているということなのだろう。対戦回数を重ねているのは伊達ではないようだ。

 

「僕のターン、ドロー。……うん、中々いい手札ですね。まずは手札の《ヘカテリス》の効果を発動。このカードを墓地に送ることでデッキから《神の居城―ヴァルハラ》を手札に加えます。そのまま《ヴァルハラ》を発動」

 

 サーチしたカードを空矢は即座に発動し、石造りの荘厳な神殿が彼の背後へと出現する。質素な造りであるにもかかわらずどこか豪奢な印象を受けるその城は神が居するというだけあって神々しさに満ち溢れていた。

 

「《ヴァルハラ》の効果を発動。1ターンに1度、自分フィールドにモンスターが存在しない時、手札から天使族モンスターを1体特殊召喚出来ます。《幻奏の音姫ローリイット・フランソワ》を特殊召喚」

 

 空矢のフィールドに光の柱が現れ、その内より紺のドレスをまとった女性天使が進み出てくる。胴の前に浮き上がる実体のない鍵盤を弾いて己の入場曲を奏でながらの登場であった。その曲調と彼女自身笑みを浮かべていることもあって陽気な印象を他者へと与えている。

 

「続けて魔法カード《名推理》を発動します。相手は任意のレベルを宣言し、その後僕のデッキの上から通常召喚可能なモンスターが出るまでカードをめくってそれ以外のカードを墓地に送ります。そのモンスターが相手の宣言したレベルなら墓地に送り、それ以外なら僕の場に特殊召喚されます」

「何だ、お前デッキ変えたのか?」

「ええ、少し前に」

 

 若干目を開いて紡がれた沢渡の問いに対し、空矢は短い答えを返した。《名推理》はデメリットの少ない強力なカードであるが、その分特殊なデッキ構築が要求されるので気付かれるのも当たり前である。

 

「まあ、それはともかく宣言してください」

「生憎だが、優秀な総合コースの生徒である俺は《名推理》に関する講義も当然受けてる。宣言するのはレベル8だ!」

 

 自信満々に沢渡が宣言した。LDSが有する他のコースと異なり、エクストラデッキを使用しない総合コースでは《名推理》を使うようなデッキについてもしっかり教えるのだろう。事実、選択されたのは特殊な場合を除いて最も警戒すべきレベルであった。

 

「8ですね。では、いきます。1枚目、魔法カード《魔法石の採掘》。2枚目……モンスターカードです」

 

 1枚墓地に送っただけで引き当てられる。空矢はそのカードを見詰めて意味ありげに笑んでいた。そうして勿体つけるようにしながら緩慢な動作で相手へと提示する。

 

「引いたのはレベル4の《光天使(ホーリー・ライトニング)セプター》です。8じゃないので特殊召喚します」

 

 その言葉通り、複数の棘状のパーツによって構成された機械じみた天使がフィールドに召喚された。残念ながら沢渡の推理は失敗したことになる。だが、彼に悔しがる様子は微塵もなかった。それどころか、嘲笑に近いものを浮かべて新たに現れた天使を眺めている。

 

「下級モンスターで残念だったな。お前、持ってないねぇ」

「そうでもないですよ。《セプター》の効果発動。このカードの召喚・特殊召喚に成功した時、デッキからセプター以外の『光天使』モンスターを手札に加えることが出来ます。《光天使スローネ》を手札に」

 

 挑発に近い相手の言動を適当に流して空矢は処理を進めた。下級モンスターが出たからといって特段残念がっているようには見えない。まあ、出てきて困るくらいなら初めからデッキに入れたりはしないはずだ。サーチ効果もしっかり発動しており、元は充分に取れている。

 

「《ローリイット・フランソワ》の効果発動。1ターンに1度、墓地の光属性天使族モンスターを手札に加えることが出来ます。《ヘカテリス》を手札に加え、召喚します」

 

 続いて現れ出たのは、棒状の彫像に翼を生やしたような外見をした金色の天使であった。趣味の悪い成金の屋敷あたりに飾ってありそうなデザインである。ただこんななりであってもギリギリとはいえ奈落に落とされるだけの力を有しているのだ。この状況ならば十二分に活躍が見込める。

 

「ッ、いきなり3体かよ」

「3体とも攻撃力はあまり高くないですけどね。ともかく、バトルです。《ローリイット・フランソワ》でセットモンスターを攻撃します!」

 

 主命を受けた天上の奏者は激しく、されど優雅さを失わずに鍵盤を弾き鳴らす。すると、どういう理屈なのかは不明だが彼女の前の空間が歪み、そこより旋風が放たれてセットモンスターへと襲いかかった。

 攻撃が迫ったことで姿を露わにしたのは、黄色い花弁の鬣を持った植物の獅子である。向かってくる旋風を睨みつけ、腰を落として身構えていた。しかし、力の差は余りに大きく、1秒も堪えることが出来ずに吹き飛ばされ、消滅する。

 

「破壊された《ダンディライオン》の効果発動! このカードが墓地に送られた場合、自分フィールドに綿毛トークンを2体守備表示で特殊召喚する」

 

 その名が表わす通り、デフォルメされた目と口を具えた綿毛が2体、沢渡のフィールドへと現れた。花弁を有した花から綿毛が飛ぶわけない為か、登場にあたって特に演出はない。無論、だからといって何か変わるわけでもないのだが。

 

「続けて《セプター》と《ヘカテリス》で綿毛トークンを攻撃します」

 

 間髪を入れずに命が下され、棘の天使と金色の天使は揃って相手の場を目指して滑空する。ただの綿毛に抗する術などあるわけがなかった。真上を通過されただけだというのに吹き飛ばされ、空の彼方へ消えていく。

 攻撃は終わり、沢渡の場は一掃された。それでも空矢の表情は優れない。実質たった1枚の犠牲で攻勢を防がれたのだから当然であった。

 

「さすがに簡単には通りませんか」

「当然。俺を誰だと思ってんだ」

「誰って……沢渡くん、ですよね?」

 

 目を半分程に細めて問いかける空矢であったが、その声は尻すぼみ気味となっている。以前、忘れるわけがないと断言していた割には自信がないようだ。もっとも、自信がなくとも正答には違いないので問題はない。

 ところが、沢渡は顔の前に立てた人差し指を振って否定を示した。

 

「違う。ネオ・沢渡だ」

「はぁ?」

 

 言われた途端に空矢の目つきが不審者を見るものへと変わる。全力で相手の正気を疑っていた。しかし、そんな向けられたものの心を抉るような視線も沢渡のいる世界にまでは届かない。

 

「そう、俺は、ネオ・沢渡。新たな力を手に入れ、生まれ変わった男……。お前ら兄弟に負けた男はもういねぇ」

「現実逃避しても黒星は消えませんよ」

「だから生まれ変わったって言ってんだろうが!!」

 

 まるで趣旨を理解していない相手に対して沢渡は怒鳴った。とはいえ、正直常人には理解しかねる理屈である。空矢も例外ではないらしく、眉を寄せていた。

 

「いや、まんま沢渡くんですし」

「ネオ・沢渡だ!!」

「はいはい《(ネオ)・サワタリ》ですね、《N・サワタリ》。分かりましたよ」

「……今、俺のことバカにしただろ?」

「気の所為です」

 

 澄ました顔で断言し、空矢は己の手札へと向き直る。必要以上に取り合わない方がいいことを悟ったようだ。デュエルに戻られた為、沢渡も追及するような真似はせずに素直に口を閉ざす。ただそれでも思うところはあるらしく、不機嫌さを隠さずに空矢を見据えていた。

 対する空矢は沢渡の視線を気にした様子もなく、黙って手札を見詰めている。そうしてしばらく熟考した後、彼は相手を一瞥し、再び手札に目線を戻してから口を開いた。

 

「……先に言っておきますが、気を悪くしたらすみません。僕は《ヘカテリス》と《セプター》でオーバーレイ・ネットワークを構築します!」

「なッ!?」

 

 驚愕の声を上げる沢渡をよそに二体の天使はそれぞれ光球と化し、地面に現れ出た光の渦へと呑み込まれていく。それは未だ沢渡の脳裏に強く焼き付いている光景となんら変わりなかった。

 

「可憐なる天上の舞い手よ。奔放たる美技もて、我らに希望を与えたまえ。エクシーズ召喚! ランク4《フェアリー・チア・ガール》」

 

 渦より躍り出てきたのは、口上の通り可憐な少女である。蝶の翅に似た2対の翼が生えていることを除けばただのチアガールにしか見えなかった。これでも一応は下級アタッカークラスの力は持っているのだから不思議なものである。

 元気一杯に飛び跳ねる少女を目の当たりにして沢渡は愕然としていた。口が大きく開いた間の抜けた顔をさらしている。しばしの間そのまま石化していたが、やがて目を剥いて空矢へと向き直った。

 

「何で榊がエクシーズなんて使えんだ!?」

「何でって言われても……別に今までデッキの都合で使わなかっただけで昔から出来ましたよ」

 

 沢渡の詰問に対して空矢は困り顔で答える。まさかそこが注目されるとは思ってもみなかったようだ。そんなもの、カードを持っているからとしか答えようがない。そのことは沢渡自身よく知っているはずだ。だが彼は納得いかなかったらしく、表情に険が増していく。

 

「嘘つけ! LDSでも最近教え始めたばっかだぞ!!」

「それは確かにその通りでしょうが、別にエクシーズ召喚自体は結構前からあったじゃないですか」

 

 そう反論されて沢渡は沈黙を余儀なくされた。余り興味がなかったのもあってエクシーズ召喚がいつから存在するかなど彼は知らない。ただ教えるということが出来る以上、それ以前からあったことだけは確実だ。その為、空矢の言い分を否定することは沢渡には出来ない。

 

「問題なさそうなのでデュエルを再開しますね。僕は《チア・ガール》の効果を発動。1ターンに1度、オーバーレイ・ユニットを1つ取り除くことでカードを1枚ドローします。カードを1枚セットしてターン終了です」

 

 脱線の末にようやく空矢は相手へとターンを明け渡した。最上級を含む2体のモンスターと伏せカードが1枚あり、それでいて手札が4枚残っているのだから後攻初ターンとしては充分であろう。

 

「俺のターン、ドロー」

 

 己のターンを迎えた沢渡であったが、未だにどこか釈然としないようだった。しかし、それもドローしたカードを確認すると変わる。彼は獰猛な笑みを浮かべ、対戦相手と相対した。

 

「変わったのは何もお前だけじゃねぇってことを今から見せてやるよ。手札から《氷帝家臣エッシャー》を特殊召喚! このカードは相手フィールドに魔法・(トラップ)が2枚以上ある時に手札から特殊召喚出来る」

 

 現れたのは、蓮の花を思わせる形の氷に乗ったどこか機械じみた人型のモンスターである。薄い水色とやや濃い青の2色で構成された装甲を持ち、禅を組んだようなポーズで台座ごと宙に浮かんでいた。手首や脇近くには白いフリルがついており、全体的に胡散臭い。

 

「続けて俺は魔法カード《帝王の深怨》を発動。手札の守備力1000で攻撃力が2400、または2800のモンスター1体を相手に見せることでデッキから《帝王の深怨》以外の『帝王』と名のついたカードを手札に加える。《凍氷帝メビウス》を公開し、《帝王の開岩》を手札に加える」

「《氷帝》じゃなくて《凍氷帝》の方ですか……」

 

 公開された情報を確認するように呟き、空矢は眉を顰めた。状況の理解に苦しんでいるのか、気付いた上で警戒しているのかは定かでない。取り敢えず沢渡は前者と捉えたらしく、空矢の様子を見ると得意げな表情で一笑した。

 

「今加えた永続魔法《帝王の開岩》をそのまま発動。こいつは自分がアドバンス召喚に成功した時、デッキからそのモンスターとカード名が異なる守備力1000で攻撃力が2400、または2800のモンスターを1体手札に加えることが出来る優れ物だ。とはいっても、お前が頭を捻ってるように俺の手札にある《凍氷帝メビウス》はレベル8の最上級モンスター。このターン、通常召喚はまだ行ってないとはいえ、このままじゃアドバンス召喚は出来ねぇ」

 

 そう言って沢渡はわざとらしく肩を竦めてみる。とても気持ちよさげに語っていた。初めから分かり切っていたことではあるが、何も考えなしに他のカードを差し置いて《帝王の開岩》を手札に加えたわけではないらしい。

 

「だが! このカードがあれば話はべ」

「《帝王の開岩》の発動処理後に速攻魔法《手札断殺》を発動。お互いに手札を2枚墓地に送り、その後2枚ドローします」

「……は?」

 

 遮るように為された宣言によって沢渡の顎が外れる。発動されたのは何の変哲もない手札交換カードであり、数値の上では彼に損失は全くなかった。問題なのは、このターンドローした時点で4枚あった沢渡の手札が現在2枚にまで減っていることである。つまりこのままでは墓地に送るカードに選択の余地がないのだ。

 沢渡は口が半開きになったまま完全に固まっている。しかし、しばらくすると固まったまま小さく震え出し、遂には眦を裂いて空矢を睨みつけた。

 

「ふざけんな! 何でこのタイミングでそんなカード発動すんだ!?」

「このままだと確実に破壊されるので賭けてみただけです。それより、手札からチェーンしますか?」

 

 淡白に答えた空矢が続けて問い返すと、沢渡は歯噛みをしながら鋭い視線を送ってくる。しかし、結局は何も口に出さぬまま彼は己の手札を2枚とも墓地へ送り、それを確認した空矢も手札の一部を墓地へ送った。

 続けてドローした空矢は、引いたカードを確認もせずにディスクの画面と向き合う。それから数回のタッチの末に引きだした情報を見るなり、彼は安堵の息をこぼしていた。

 

「まあ、チェーンしない以上当然《真帝王領域》の方ですよね。無事に止められてよかったです」

 

 そう口にする空矢の表情は晴れ晴れとしており、どれだけ危険な状況であったかがよく分かる。リリース軽減とエクストラ封じを1枚のカードでされては確かに堪ったものではなかった。しかも出てくる予定だったのは神の居城を割る氷雪の帝王だったのである。発動を許せば壊滅的な被害となっていた。

 とはいえ、そのフィールド魔法も氷雪の帝王も今や墓地の中である。これで当面の脅威は去った。

 

「……くくッ」

 

 不意に抑え気味の笑声が響く。まるで堪えようとして叶わなかったような代物であった。唐突なことに空矢は眉根を寄せながら面を上げる。その正面、対戦相手である沢渡は口元を三日月形に歪めて空矢を見据えていた。

 

「この程度の小細工で俺を止められるわけねぇだろ。俺は手札の《地帝家臣ランドロープ》の効果を発動! 相手モンスター1体を裏守備にすることでこのカードを手札から特殊召喚する。《ローリイット・フランソワ》を裏守備にして特殊召喚!!」

 

 天上の奏者が姿を隠し、淡い藍色のフードを目深にかぶったモンスターが現れる。薄い黄色をした鎧をまとっており、首元や手首などには白いフリルの装飾がつけられていた。地の臣下は同様の特徴を有した氷の臣下の右へと並ぶ。これで沢渡のフィールドに2体のモンスターが用意された。しかも彼はまだ通常召喚権を残している。

 

「いくぜ! 《エッシャー》と《ランドロープ》をリリースし、《剛地帝グランマーグ》をアドバンス召喚する!!」

 

 2体の家臣が光の粒子となって消え去り、直後、巨大な何かが天より落下して轟音を立てた。立ち込める土煙の向こうに存在していたのは茶褐色の厚い甲冑で身を完全に覆った人型の、されど人とは比べ物にならない巨躯を有したモンスターである。中でも特に両の腕は大きく見えた。巨岩を容易く砕き、山を軽々と動かす。そんな大仰な説明をされたとしても思わず頷いてしまいそうな程に堂々たる姿であった。

 

「この瞬間、《帝王の開岩》、《ランドロープ》、《グランマーグ》の効果が3つ同時に発動する。3つとも任意発動の誘発効果である為、コントローラーの俺が好きな順番にチェーンを組める。俺は《グランマーグ》、《ランドロープ》、《帝王の開岩》の順にチェーンを組む。《グランマーグ》、《ランドロープ》の間に《帝王の開岩》の効果処理がある以上、ご自慢の『宣告者(デクレアラー)』は使えねぇぞ」

「ええ、そうですね。ただ今日は1枚も『宣告者』を入れてないので別に発動順は気にしなくていいですよ」

 

 空矢は特に動じた風もなく素気ない口調で返す。微塵も悔しがる様子がない相手の態度に、沢渡のしたり顔は徐々に不満顔へと変わっていった。まあ、仮に「宣告者」が入っていたとしても露骨に悔しがるようなことはなかっただろう。そして、相手のデッキに「宣告者」が入っていようがいまいが、沢渡のやることに変わりはなかった。

 

「まずは《帝王の開岩》の効果により、デッキから《怨邪帝ガイウス》を手札に加える。続けて《ランドロープ》の効果発動! このカードがアドバンス召喚の為にリリースされた場合、《ランドロープ》以外の攻撃力800で守備力1000のモンスターを1体墓地から手札に加える。《エッシャー》を手札に」

 

 サーチ効果とサルベージ効果により、0であった沢渡の手札が2枚にまで回復する。手札の内容が相手にも筒抜けというのは余り好ましくないが、これでリリース分のディスアドバンテージは補填された。2つの処理が終えたところでいよいよ本命である。

 

「《グランマーグ》の効果発動! このカードのアドバンス召喚に成功した時、フィールド上のセットされたカードを2枚まで破壊出来る。裏守備になった《ローリイット・フランソワ》を破壊する!!」

 

 剛腕の帝王は右の拳を左手で掴むような形で両腕を振りかぶり、槌のごとく振り下ろした。天上の奏者は再び姿を現すことなく砕け散り、光が舞う。

 

「さらに地属性である《ランドロープ》をリリースしてアドバンス召喚したことにより、《グランマーグ》の追加効果も発動。1枚ドローする。バトルだ! 《グランマーグ》で《チア・ガール》を攻撃!!」

 

 ドローしたカードを一瞥すると同時に沢渡は高らかに宣言した。

 命を受けた剛腕の帝王は右肩を押し込んだ後、反動つけて拳を突き出す。巨岩を思い起こさせる固い拳で殴りつけられ、妖精の少女はトラックにでも跳ねられたかのように吹き飛ばされた。そのまま地へと落ちる前に空中で光と化して消滅する。

 

 空矢LP4000→3100

 

「これでお前のモンスターは全滅。エクシーズ召喚も所詮は……ま、それはいいか。俺はこれでターンエンド」

 

 何やら言いかけた沢渡であったが、途中で顔を顰めて取り止め、そのまま終了宣言を行った。恐らく自身が述べようとした言葉に嫌なデジャヴを覚えたのであろう。1度経験した負けフラグを再び立てる程、彼は愚かではなかった。

 

「僕のターン、ドロー。墓地に《セプター》、《ローリイット・フランソワ》、《チア・ガール》、《ヘカテリス》の丁度4体の天使族モンスターが存在することにより、《大天使クリスティア》をその効果によって特殊召喚します」

「んなッ!?」

 

 ドローするなり行われた空矢の宣言を受け、沢渡は大きく目を見開く。

 時を同じくしてフィールドに白い羽根が大量に舞い始め、それらが集って1柱の御使いを形作った。現れたのは橙色の翼を持つ人型の天使であり、剛腕の帝王に並ぶ攻撃力を有している。無論、このモンスターの場合、高打点はあくまでおまけに過ぎないのだが。

 

「《クリスティア》の効果発動。このカードの効果で特殊召喚に成功した時、墓地の天使族モンスターを1体手札に加えます。《セプター》を手札に。そのままバトルフェイズに入ります。《クリスティア》で《剛地帝》に攻撃!」

 

 一息に攻撃宣言まで行われ、大天使は地面近くを滑空して剛腕の帝王へと迫る。2体のモンスターの攻撃力は同じであり、このままでは共倒れだ。だが、たとえそうなったとしてもどちらの損失が大きいかは明らかである。

 それでも沢渡に慌てた様子はなかった。むしろ不敵な笑みすら浮かべて、自身のディスクの画面をタッチする。

 

「永続罠《連撃の帝王》発動! 1ターンに1度、相手のメインフェイズかバトルフェイズにモンスター1体をアドバンス召喚出来る! 《グランマーグ》をリリースし、《怨邪帝ガイウス》をアドバンス召喚!!」

 

 声高に宣言されたのと同時に剛腕の帝王が光の粒子へとその身を変えた。そして、入れ替わるようにして1体のモンスターが戦場へと降臨する。剛腕の帝王には劣るもののそれでも人間の倍程の巨体を有しており、地獄の業火を思わせる漆黒のマントや悪魔の爪のように指先が鋭く加工された手甲などをまとっていた。その姿は威圧的で、猛々しく、何より禍々しい。

 ちなみに、《クリスティア》の効果によってお互いに特殊召喚は出来ないが、《連撃の帝王》は相手ターンに通常召喚させる効果なので問題なく使うことが出来た。

 

「本来なら2体のリリースが必要なところだが、アドバンス召喚したモンスターをリリースする場合は1体のリリースだけでアドバンス召喚出来るってのがこいつら共通の効果だ。そして、アドバンス召喚に成功したことで《帝王の開岩》と《ガイウス》の効果が発動する。まずは《帝王の開岩》の効果発動! デッキから《烈風帝ライザー》を手札に加える。続けて《ガイウス》の効果発動! フィールド上のカード1枚を除外し、相手に1000ポイントのダメージを与える。《クリスティア》を除外だ!!」

 

 凶禍の帝王の右手へと闇が集い、金切り声に似た甲高い音が周囲にこだまする。人の頭程の大きさの球体となったそれを帝王は掌底を叩きつけるような動作で勢いよく突き出した。同時に闇は黒の奔流と化し、相手に向かって突き進む。奔流は一瞬で大天使を呑み込んでさらに勢いを増し、不気味な笑い声を響かせながら空矢へと襲いかかった。

 

 空矢LP3100→2100

 

「いくら《クリスティア》とはいえ、除外されちゃ再利用出来ねぇだろ。詰めが甘いんだよ、お前は」

 

 嘲笑を浮かべながら沢渡が告げる。空矢の場ががら空きになったのに対し、沢渡の場には凶禍の帝王が存在しているのだから強気な態度にも頷けた。得意満面の沢渡は胸を張って空矢を見下している。

 そんな相手を空矢は何故だか半目で眺めていた。仕舞いにはため息までこぼれ落ちる。

 

「そういうところは変わってませんね。《ヴァルハラ》の効果も通常召喚権も使ってないあたりで察してもいいと思いますが」

 

 紡がれた言葉には呆れが多分に滲んでいた。自身の優位を疑っていなかった沢渡の表情は不快で歪み、刺すような視線が相手へと送られる。しかし、空矢は既に己の手札へと目線を戻しており、気にかけることすらなかった。

 

「メインフェイズ2に入ります。《ヴァルハラ》の効果を発動し、手札から《セプター》を特殊召喚します。特殊召喚成功時に《セプター》の効果発動。デッキから『光天使』モンスター《光天使スケール》を手札に加えます」

「折角の神の居城も、出てくるのが下級モンスターじゃ名前負け……って、まさか!?」

 

 嘲りの色を隠さずに発言していた沢渡であったが、途中で何かに思い至ったらしい。表情を険しいものへと変え、再び現れ出でた棘の天使を凝視していた。相手のそうした様子に空矢は笑みを浮かべる。

 

「続けて《光天使スケール》を通常召喚します。さらに手札の《光天使スローネ》の効果発動。自分フィールドに『光天使』モンスターが召喚・特殊召喚された場合、このカードを特殊召喚して1枚ドローします」

 

 天秤状の姿をした金色の天使、玉座を思わせる姿をした黒色の天使が続けざまに場へと現れ、棘の天使の左右へと並んだ。3体とも同じ「光天使」モンスターであり、属するカテゴリだけではなくレベルも同じである。

 

「レベル4の《セプター》、《スケール》、《スローネ》の3体でオーバーレイ・ネットワークを構築。酷烈なる天上の番人よ。無慈悲な眼光もて、戦場を統制したまえ」

 

 お決まりの光の渦が地面に現れ、光球と化した3体の天使を呑み込んでいった。それから僅かに間をおいて閃光が(ほとばし)り、周囲を眩い白が埋めつくす。

 

「エクシーズ召喚! ランク4《No(ナンバーズ).16 色の支配者ショック・ルーラー》!!」

 

 煌めきの内より現れ出でたのは、全体として紫色をしており、2等辺3角形の板を何枚も合わせて作ったような不可思議な造形の御使いであった。奇抜な外見の中でも特徴的なのは、身体の大きさに比して小さい頭部である。前方に突き出た細長いそれにはオレンジ色をした2つの眼が半球状に飛び出る形で顔の両脇についており、嘴のような形状をした先端には人の顔を象った白い仮面が存在していた。印象を一言で表すなら不気味としか言いようのない天使らしからぬモンスターである。

 

「《セプター》を含む3体以上を素材としたエクシーズモンスターの召喚に成功した時、フィールド上のカード1枚を破壊して1枚ドローします。《怨邪帝》を破壊!」

「くッ!」

 

 突如出現した無数の棘によって凶禍の帝王は一瞬の内に針鼠と化して消滅し、沢渡は苦悶にも似た声をもらした。彼のデッキは《帝王の開岩》によって延々と回し続けることが出来るのが強みであるが、モンスターを破壊されて動きを止められると途端に厳しくなる。《真帝王領域》が発動しているならともかく、真っ当にアドバンス召喚する為には2体のモンスターを必要とするので消耗が余りに激しかった。

 

「《ショック・ルーラー》の効果を発動します。オーバーレイ・ユニットを1つ取り除き、モンスター効果・魔法・罠のどれか1つを宣言することで次の相手ターン終了時まで宣言したカードをお互いに発動出来なくします。魔法、いや、ここはモンスター効果ですね」

 

 澄ました顔で説明されたえげつない効果に沢渡は呆然とし、時の経過と共に表情が引きつっていく。この状況でさらに選択肢を狭めてくるなど鬼畜の所業以外の何物でもなかった。当たり前のこととはいえ、微塵の容赦も感じられない。

 

「さらに、墓地の光属性モンスター《ヘカテリス》と《チア・ガール》を除外することで《神聖なる魂(ホーリーシャイン・ソウル)》を手札から特殊召喚します」

 

 宣言と共に、頭上には光輪、背には大きな1対の翼を有した女性が新たに空矢のフィールドへと現れた。一般にイメージされる天使の姿そのものである。もっとも、身体さえ透けていなければだが。ただそれでも、金の彫像やら黒の玉座やらと比べれば雲泥の差である。

 そんな天使の登場に沢渡は目を点にしていた。この上追加でモンスターを並べられたことに驚いた、というわけではないだろう。攻撃力2000程度のモンスターでここまでの反応を示すとは考え難かった。

 理由はともあれ沢渡はしばらくそうして固まっていたが、やがて横に結ばれていた口元が徐々に笑みの形へと変貌していく。

 

「成程な。モンスター効果による特殊召喚でも発動扱いじゃないやつは出来るってことか」

「ええ。『家臣』と『帝』の効果を使わせないだけで充分ですから」

 

 沢渡の言葉に空矢は首肯を返し、次いでそう付け足した。その言葉通り、「家臣」の特殊召喚の大体は起動効果によるものである。沢渡のデッキの多くを腐らせることが出来たのは間違いなかった。現に空矢の補足を聞いた沢渡はしかめっ面へと戻っている。

 

「っと、それから《スケール》を含む3体以上のモンスターを素材としてエクシーズ召喚に成功したモンスターが存在する限り、1ターンに1度、自分か相手が手札からモンスターを特殊召喚した場合に1枚ドローします」

「待て待て! 何でドロー効果まで発動すんだよ!?」

「《スケール》のこの効果はチェーンブロックを作りません」

 

 手短に言い切りながら空矢は涼しい顔でドローした。条件を満たした場合にドローする効果でありながら発動する扱いでないというのは正直理解に苦しむが、そういうものなのだから仕方がない。チェーンブロックを作らないドロー効果を持つものは他にも《豊穣のアルテミス》などが存在しており、一応全く例がないわけではなかった。それでも圧倒的少数派であることに変わりないが。

 

「僕はこれでターン終了です」

「……おいおい、5枚も手札があって伏せカードもなしか。どんだけ事故ってんだよ」

「そんなこと言っても《エッシャー》の特殊召喚を助けたりはしませんよ」

 

 素気ない態度で紡がれた言葉に対し、沢渡は舌打ちをもらす。

 現在空矢の場に存在する魔法・罠カードは《ヴァルハラ》のみであり、《氷帝家臣エッシャー》の召喚条件は満たされていなかった。「家臣」の中では唯一チェーンに乗らない特殊召喚効果を有する《エッシャー》も条件を満たさなければ当然特殊召喚出来ない。《エッシャー》が手札に存在することを知っている以上、わざわざカードを伏せるわけがなかった。

 思わしくない戦況に沢渡の表情は自然と歪み、苦渋に満ちた顔のままデッキトップへと手をかける。

 

「俺のターン、ドロー……。《貪欲な壺》を発動。墓地の《ダンディライオン》、《メビウス》、《ランドロープ》、《グランマーグ》、《ガイウス》の5体のモンスターをデッキに戻し、2枚ドローする」

 

 ドローフェイズにドローしたカードを手札に加えた後、沢渡は別のカードを手札から引き抜いて発動する。前のターンは条件を満たしていなかった為に発動出来なかったが、使うことさえ出来れば1枚のアドバンテージをもたらしてくれる強力なカードだ。劣勢を挽回するにはこれに賭けるしかない。

 沢渡はデッキトップから2枚のカードを1度に引き抜いた。ドローした姿勢のまま一瞬だけ逡巡をみせるが、直ぐにカードを視界へと収める。

 そして、彼は大きく目を見開いた。

 

「……ははッ! 俺ってやっぱりカードに選ばれてるぅ!!」

「未だにそんなこと言ってるんですね」

 

 興奮の為か、多少上ずった声で口にした沢渡に対して空矢は冷ややかな眼差しを向けている。前のターン、というより初めから察しがついたことではあるが、生まれ変わったといっても根幹は全く変わってないようだ。

 無論、白眼視されようとまるで意に介さないところも変わっていない。

 

「自分フィールドにモンスターが存在しないことにより、《プリミティブ・バタフライ》を手札から特殊召喚する!」

 

 がら空きだった沢渡のフィールドに現れたのは、葉のような形状をした6枚の翅を有する大きな蝶であった。相手の場に依存しない分、《サイバー・ドラゴン》などより手軽に扱える半上級モンスターである。あちらと違ってステータスはリクルーター未満であり、単体ではまるで役に立たないという欠点も有しているが。

 

「手札からモンスターが特殊召喚されたことにより、《スケール》の効果によって1枚ドローします。それはともかく、リリース1体で出せるモンスターじゃ《ショック・ルーラー》は突破出来ませんよ」

 

 節操無くドローした後、空矢は念押しするように言った。《光神機(ライトニングギア)―轟龍》でも入っているというならば話は別だが、沢渡が使っているデッキのコンセプトから考えてまずあり得ない。モンスター効果が発動出来ない現状、確かに突破は困難なように思えた。

 そうして水を差された沢渡はしかし鷹揚に頷いてみせる。

 

「1体ならそうかもな。だから、俺は2体のモンスターをリリースする! 手札から速攻魔法《帝王の烈旋》を発動!!」

「なッ!?」

 

 沢渡の宣言を受けて空矢は目を瞠った。デュエルに関して動じることが余りない彼にしては珍しいことである。

 しかしながら、それも無理なかった。まさかこの状況で引き込んでみせるとは思いもよるまい。本人の言うようにカードに選ばれているのかは定かでないが、少なくとも優れたデュエリストの資質を具えているのは間違いなかった。

 

「このカードの効果によりこのターンアドバンス召喚する場合、1体だけ相手モンスターをリリースすることが出来る。《プリミティブ・バタフライ》と目障りな《ショック・ルーラー》をリリース! 《烈風帝ライザー》をアドバンス召喚!!」

 

 両陣から1体ずつモンスターが消失したのとほぼ同時に沢渡のフィールドに巨大な竜巻が巻き起こる。旋風は程なく消え去り、砂塵に覆われていた内より翡翠色の甲冑とマントをまとったモンスターが姿を露わにした。凶禍の帝王と同じように指先が鋭利な形状をした手甲をつけており、こちらは猛禽の爪を思わせる。前の2体に負けず劣らずの威容であった。

 だが、沢渡は己が召喚したモンスターには目も向けていない。自身のデュエルディスクの画面を見ながら顔を顰めていた。

 

「《ショック・ルーラー》を墓地に送ってもモンスター効果は発動出来ねぇままか。……《帝王の開岩》の効果により、俺は《轟雷帝ザボルグ》を手札に加える」

 

 舌打ちしつつ沢渡はデッキからカードを加える。仮に《烈風帝》のモンスター効果が発動していれば、このターンで決着をつけることも可能だったのだ。しかも《プリミティブ・バタフライ》が風属性である為、追加効果も使うことが出来たのだから勿体ない話である。

 とはいえ、沢渡も初めから然程期待してはいなかったらしく、直ぐに口角を上げて空矢へと向き直った。両者の様相は少し前とは真逆のものとなっている。

 

「バトル! 《ライザー》で《神聖なる魂》を攻撃!!」

「ッ、《神聖なる魂》の効果により、相手モンスターの攻撃力は相手のバトルフェイズ時のみ300ポイントダウンします」

 

 烈風帝ライザー

 ATK2800→2500

 

 帝王の両腕が交差させる形で振り下ろされ、放たれた旋風が砂塵を巻き上げながら実体なき天使に向かって突き進んだ。いくらか弱体化しているといっても両者の力の差は大きく、旋風が直撃した御使いは霞のようにかき消え、その余波が空矢を襲う。

 

 空矢LP2100→1600

 

 烈風帝ライザー

 ATK2500→2800

 

「カードを1枚伏せてターンエンド。同時に《ショック・ルーラー》の効果も終了し、モンスター効果が発動出来るようになる」

 

 ターンの終了宣言だけではなく、本来空矢がするべき宣言まで沢渡が行った。それだけ《ショック・ルーラー》の効果が鬱陶しかったのだろう。デュエリストならば彼の気持ちは痛い程分かるはずだ。

 対して空矢の方はというと、突破された当初こそ眉を寄せていたが、今は平静を取り戻している。何せ、彼の手札はまだドローフェイズ前だというのに6枚も存在しているのだ。

 

「僕のターン、ドロー。《ヴァルハラ》の効果を発動し、手札から天使族モンスター《光神テテュス》を特殊召喚します」

 

 ドローするや否や即座に神の居城が起動される。光の柱が空矢の眼前に出現し、その内より大翼を有する純白の女神が現れた。非常に優秀な効果の持ち主であり、その存在こそが純正天使族でデッキを組む最大のメリットと言ってもあながち間違いではないだろう。

 一方、その登場を目の当たりにした沢渡は何故だか口の端を吊り上げた。

 

「ドローされる前にそいつにはとっととご退場願おうか。特殊召喚成功時に《連撃の帝王》の効果を発動! 《ライザー》をリリースし、《轟雷帝ザボルグ》をアドバンス召喚する!」

 

 烈風の帝王が姿を消し、代わりに新たな帝王が戦場へと呼び出される。身体の線が全く分からなくなる程に重厚な銀の鎧をまとっており、肩の装甲からは紅の巨大な角が天に向かって伸びていた。メタリックなデザインをした鎧と両腕が常に帯電していることから機械族だと誤認しそうである。実際はややマイナーな種族である雷族に属するモンスターであり、それを主張するかのように鎧の上から虎柄の腰巻が巻かれていた。

 

「こいつもアドバンス召喚したモンスターをリリースする場合は1体のリリースだけでアドバンス召喚出来る。そして、アドバンス召喚に成功したことで《帝王の開岩》と《ザボルグ》の効果が発動する。まずは《帝王の開岩》の効果により、《怨邪帝ガイウス》を手札に加える。続けて《ザボルグ》の効果発動! このカードのアドバンス召喚に成功した時、モンスター1体を破壊する。《テテュス》を破壊!!」

 

 轟雷の帝王は徐に掌を相手へ向け、直後フィールドを稲妻が駆け抜けた。雷に囚われた純白の女神は苦悶の表情を浮かべ、程なく砕け散るようにしてその身を光へと還す。ただし、その残滓たる光の粒子は依然としてフィールドを漂っており、帯びていた電気が勢いを増して激しい音を立て始めた。

 

「さらに破壊したモンスターが光属性モンスターだった場合、破壊されたモンスターのレベルと同じ枚数のカードをお互いに自分のエクストラデッキから選んで墓地に送る。ま、元々エクストラデッキがない俺には関係ない話だが、お前は違うだろ?」

「……《テテュス》のレベルは5ですから、5枚墓地に送ります」

 

 ディスク内に収容されていたカードが吐き出され、それを手に取った空矢は広げて確認するや否や手早く5枚のカードを抜き取って墓地へと送る。考える素振りは全く見せなかった。

 1桁にまで枚数を減じたカードをディスクへと戻した後、空矢は己の手札と向き合う。こちらは即決とはいかないようであり、口元に手をやって熟考していた。それでも沢渡が焦れ出すよりも早く彼は結論を出し、手札から1枚のカードを引き抜く。

 

「2枚目の《セプター》を召喚します。効果発動。デッキから《スケール》を手札に加えます」

 

 2枚目の棘の天使を召喚し、2枚目の天秤の天使を空矢は手札に加えた。代わり映えしないモンスターとその効果に、沢渡は見るからにうんざりとしている。

 

「またそいつかよ。だが、通常召喚権を使っちまった以上、エクシーズも出来ねぇな」

「……まあ、普通はそう思いますよね」

 

 相手からの指摘に対し、空矢は意味ありげにそう返した。何らかの企みを臭わせる言葉に、沢渡も表情に浮かんでいた余裕を警戒へと変えて相手を注視する。対する空矢は落ちついた手つきで己の手札から1枚のカードを引き抜き、ディスクのスロットへと挿入した。

 

「魔法カード《簡易融合(インスタントフュージョン)》を発動。ライフを1000払い、レベル5以下の融合モンスター1体を融合召喚扱いで特殊召喚します。ただし、この効果で特殊召喚したモンスターは攻撃出来ず、エンドフェイズに破壊されます。レベル4の《旧神ノーデン》を特殊召喚」

 

 空矢LP1600→600

 

 特に何の演出もなく、貝殻の形をした戦車(チャリオット)に乗った老神が忽然と現れる。白髪に灰色の髯を持ち、右手には三又の矛、左手には手綱を握って戦場を睥睨(へいげい)していた。下級モンスターに属するとはいえ、威厳あるその姿は神の名に恥じぬものである。そもそも攻撃力2000守備力2200でメリット効果を有したモンスターが上級でないことがおかしかった。

 

「エクシーズの次は融合だと!?」

「いや、確かにルール上は融合召喚扱いですが、これを融合って呼ぶのは無理があると思いますよ。幾らなんでも手軽過ぎますし」

 

 驚愕する沢渡に対し、空矢は冷静に返す。実際、今の言葉を昨日遊勝塾に訪れていた融合使いの少女が聞いていたならば、烈火のごとく怒っていたはずだ。2体以上のモンスターの力を1つにして強力なモンスターを呼び出すことが融合本来のあり方であるのだから、素材もなしに出てくるこの方法は融合とは言えまい。

 

「それはともかく、《ノーデン》の効果発動。このカードの特殊召喚に成功した時、墓地からレベル4以下のモンスターを効果に無効にして特殊召喚します。《スケール》を蘇生」

 

 旧神がその矛を地へと向けると何処かへと続く穴が地面に開き、冥府で眠っていたはずの御使いがせり上がってきた。呼び戻された天秤の天使は棘の天使の左へと並ぶ。

 

「……おい」

「レベル4の《ノーデン》、《セプター》、《スケール》でオーバーレイ。ランク4の《ヴァイロン・ディシグマ》をエクシーズ召喚します」

 

 沢渡から送られた抗議の視線を無視し、空矢はエクシーズ召喚を強行した。口上も何もない至極単調なものであるあたり、彼自身もいくらか後ろめたさがあるのだろう。それでも召喚自体はつつがなく行われ、両腕に刃のような飾り布がついた金色の御使いが姿を現した。出すのにいくらか手間がかかるが、充分に強力な効果を有したモンスターである。

 

「ふざけんな! いくら手軽(インスタント)って言っても限度があんだろ!!」

「そう言いたくなるのも分かりますが、折角《ノーデン》も天使族なんですから使いたいじゃないですか」

「普通に融合してから言いやがれ!!」

 

 全くもってその通りだ。反論の余地が全くない正論を前に空矢は沈黙を余儀なくされる。いくら全体の4分の1にあたるライフを支払うといはいえ、少々と言わず強力過ぎた。

 

「……《セプター》を含む3体以上を素材としたエクシーズモンスターの召喚に成功した時、フィールド上のカード1枚を破壊して1枚ドローします。沢渡くんのセットカードを破壊!」

 

 宣言することで空矢は強引に仕切り直す。やはり言い返せないようだ。

 だからといって宣言自体には何の問題もない。大小様々の大量の棘が出現し、いつの間にか場に現れていた伏せカードを表すソリッドビジョンに向かって放たれた。現在沢渡のフィールドと手札に存在するカードの中で正体が判明していないのはこの1枚だけである。これが破壊されてしまえば彼は丸裸だ。

 脅威が間近へと迫る中、舌打ちをもらしつつ沢渡はディスクの画面をタッチする。

 

「罠カード《帝王の凍志》を《ザボルグ》を対象にしてチェーン発動! このカードは俺のエクストラデッキにカードが存在しない場合にアドバン召喚したモンスターを対象に発動出来る。対象モンスターの効果を無効にし、代わりにこのカード以外の効果を受けなくする!!」

「なッ!?」

 

 伏せられていたカードが立てられ、直後、棘に貫かれて砕け散った。当たり前だが、破壊されたとはいえ効果自体は適用されている。その為、《セプター》の追加効果でドローする空矢の表情は浮かないものであった。

 

「エクシーズモンスターの真の力は己の魂たるオーバーレイ・ユニットを使って相手を滅することにある、だったか? まあ、何でもいいが、さすがに効果を受けないモンスター相手じゃどうしようもねぇだろ」

「……確かに厳しいですね」

 

 肯定を返され、沢渡は相手と対照的に笑みを作る。彼我の攻撃力を含め、現状は奇しくも彼が襲撃犯にやられた状況に酷似していた。それを防げたのだから沢渡が得意げになるのも無理あるまい。彼の場合、年がら年中こんな感じであるような気もするが。

 一方、自身が口にした通り、空矢は難しい表情を浮かべて手札を見渡していた。いくら手札が豊富とはいえ《ヴァルハラ》の効果も通常召喚権も使ってしまった以上、出来ることは限られるだろう。散々悩み抜いた末、彼は手札の1枚へと手を伸ばした。

 

「魔法カード《手札抹殺》を発動。お互いに手札を全て捨て、捨てた枚数分カードをドローします」

 

 実に5枚もの手札交換が敢行される。ただ、優位に立つ沢渡が宣言を聞いて顔を顰めたことから、自身の手札交換だけが目的でないのも明らかであった。空矢のライフは1000を下回っており、先程沢渡が手札に加えた《怨邪帝》の効果を通れば敗北が確定する。むしろ《怨邪帝》を捨てさせることの方が主目的と言ってもいいくらいだ。

 初手札と同じ枚数をドローした空矢は、初めから決まっていたように迷いない手つきで1枚のカードを引き抜く。

 

「2枚目の《名推理》を発動します。レベルを宣言してください」

「この重要な場面で運頼みかよ。ま、お前にはお似合いか」

 

 呆れと納得を混在させた表情を見せる沢渡。見るものを無性に苛立たせる顔つきであった。現に、空矢も笑みを浮かべて誤魔化そうとはしているが、それでもいくらか口元を引きつらせている。

 そんな相手の態度を気にする様子もなく沢渡は2度程頷いた後、不遜な笑みを浮かべた。

 

「今度も宣言するのは8だ」

「……8ですね。では、いきます。1枚目、魔法カード《モンスター・スロット》。2枚目、罠カード《ダメージ・ダイエット》。3枚目、モンスターカード」

 

 口にして空矢は笑んでみせる。それを見て若干警戒の色を滲ませる相手へと向け、彼はゆったりとした動作で手に持つカードを提示した。

 

「レベル6《光神機―桜火》です。8以外なので特殊召喚します」

 

 現れたのは、4本の足と1対の翼を持ち、鬣まで有した無機物の御使いである。天使でありながら不浄の存在に身をやつしたりもしており、比較的名の知られたモンスターであった。故に、沢渡はその姿を見て薄ら笑いを浮かべる。

 

「どうやら運にも見放されたみてぇだな」

「カードを1枚セットしてターン終了です」

 

 相手の言葉を聞き流し、空矢はターンを終えた。無視するということは取りも直さず反論出来ないということである。戦いの主導権をどちらが握っているのか目に見える形で明らかとなり、沢渡は笑みを深めて己のターンを迎えた。

 

「俺のターン、ドロー。……どうせなら徹底的にやるか。俺はアドバンス召喚されたモンスター、《ザボルグ》を手札に戻すことで《風帝家臣ガルーム》を手札から特殊召喚する!」

 

 轟雷の帝王が姿を消し、代わって淡い緑色をした甲冑と濃い緑色をした毛皮のマントをまとった人間大のモンスターが召喚される。

 ちなみに、《帝王の凍志》の効果は適用されたままであったが、《ガルーム》の特殊召喚時にアドバンス召喚されたモンスターを手札に戻す行為は効果ではなくコストなので問題なく使えた。

 

「手札からモンスターが特殊召喚されたので、《ディシグマ》のオーバーレイ・ユニットになっている《スケール》の効果によって1枚ドローします」

「勝手にしろ。どうせもう使う機会はねぇからな」

 

 沢渡はふてぶてしく笑いながら事実上の勝利宣言を行う。《ノーデン》の効果によって効果を無効にされた状態で特殊召喚されたにもかかわらず、問題なく効果が適用されているという理不尽な状況も今の彼には気にならないようだ。

 

「さらに俺は手札の《雷帝家臣ミスラ》の効果を発動! 相手の場に家臣トークンを守備表示で特殊召喚することでこのカードを手札から特殊召喚する」

 

 現れたのは、銀の甲冑に身を覆ったやはり人間大のモンスターである。虎柄の腰巻がロングスカートのように足首近くまで覆っており、脚具がヒールのような造形をしていることから女性であることが知れた。そんな彼女の登場と同時に、同じような外見で2頭身にデフォルメされたモンスターが空矢の場へと出現する。

 2体のモンスターが並び、かつ手札には戻った最上級が存在しているとなれば次の展開は容易に想像出来た。

 

「俺は《ガルーム》と《ミスラ》をリリース! 再び現れろ! 《轟雷帝ザボルグ》!!」

 

 家臣たちが光と化した直後、再度轟雷の帝王が戦場へと降臨する。盤面だけ見れば1度引込んだものが戻ってきただけであり、折角ついた耐性も失われていた。しかし、この行為に大いに意味があるのは改めて言うまでもないだろう。

 

「この瞬間、《帝王の開岩》、《ガルーム》、《ミスラ》、《ザボルグ》の効果が4つ同時に発動する。まずは《帝王の開岩》の効果により、《凍氷帝メビウス》を手札に加える。続けて《ガルーム》の効果発動! このカードがアドバンス召喚の為にリリースされた場合、デッキから《ガルーム》以外の攻撃力800で守備力1000モンスターを手札に加える。《邪帝家臣ルキウス》を手札に。次に《ミスラ》の効果を発動する。そして、《ザボルグ》の効果発動! 《桜火》を破壊する!!」

 

 続けざまに4つの効果が使用された。結果、沢渡の手札が1枚から3枚へと増え、空矢の場の機械天使が雷に貫かれて消滅する。それだけに止まらず、機械天使の身体を構築していた光の粒子がそれぞれ放電を始めた。

 

「破壊したモンスターが光属性だったことにより、そのレベルと同じ枚数分のカードをエクストラデッキから墓地に送ってもらう。光属性の《ミスラ》をリリースしてアドバンス召喚したことにより、墓地に送るカードは俺が選べるが、どっちにしろ関係ねぇよな?」

「……《桜火》のレベルは6なのでエクストラデッキの残り6枚を総て墓地に送ります」

 

 空矢はディスクから出されたカードをまとめて墓地へと送る。その様を沢渡はいかにも意地悪そうに口元を歪めながら眺めていた。

 エクシーズモンスター3体と融合モンスター1体を使用し、《轟雷帝》の効果によって《テテュス》で5枚、《桜火》で6枚墓地へと送ったことで15枚あった空矢のエクストラデッキは尽きた。それによって戦力が低下したことは疑う余地もない。

 

「まだまだ! 墓地のレベル5モンスター《プリミティブ・バタフライ》を除外することで《邪帝家臣ルキウス》を手札から特殊召喚!! このカードは墓地に存在するレベル5以上のモンスターを除外することで特殊召喚出来る」

 

 追い討ちをかけるように呼び出されたのは、黒みがかった灰色の鎧を着込んだ2頭身のモンスターであった。名前とは裏腹にデフォルメされた可愛らしい外見をしている。もっとも、それを見詰めている空矢の様子から、厄介な存在ではあることは察せられた。

 

「ここで俺は2枚目の《帝王の烈旋》を発ど」

「墓地の《スキル・プリズナー》を《ヴァルハラ》を対象にチェーン発動! このターン、選択したカードを対象にするモンスター効果を無効にします」

「なッ!?」

 

 被せるようにして為された空矢の宣言に沢渡は驚きを露わにする。そして、程なく彼の表情は忌々しげなものへと変わった。エクシーズ召喚といい、つくづくどこぞの黒尽くめを連想させる。

 

「罠カードを墓地から発動だと……。墓地に送ったのはさっきの《手札抹殺》の時か」

「ええ。1枚でも多く引きたかったので」

 

 前のターン、《手札抹殺》で空矢が墓地へ送った手札は5枚。さらに、4ターン前には《手札断殺》も発動している為、彼の墓地は何があってもおかしくない程に肥えている。《名推理》を使うデッキの特性上、墓地でも発動出来るカードが入るのは当然であった。

 何にせよ沢渡からすれば計算外のことをされたことに変わりなく、歯噛みしながら空矢を睨んでいる。

 

「《ザボルグ》のアドバンス召喚時に発動していた《ミスラ》の効果により、このターン俺は通常召喚に加えて1度だけアドバンス召喚出来る! 俺は《ルキウス》とお前の場の《ディシグマ》をリリースし、《凍氷帝メビウス》をアドバンス召喚する!!」

 

 氷雪が吹き荒び、それと共に初めに呼び出されるはずだった帝王がようやく姿を現した。氷色とでも言うべき薄い水色をした甲冑が全身を覆っており、肩や膝などの装甲からは氷柱を思わせる円錐状の透明な装飾が突き出ている。

 氷雪の帝王は轟雷の帝王の右へと立ち、2体の帝王が並んだ姿は中々に壮観であった。

 

「《ルキウス》と《メビウス》の効果が同時に発動するが、俺は《メビウス》、《ルキウス》の順にチェーンを組む。まずは《ルキウス》の効果発動! このカードがアドバンス召喚の為にリリースされた場合、相手の場にセットされたカードを全て確認出来る。そして、相手はこの効果の発動に対して魔法・罠・モンスター効果を発動出来ない」

 

 宣言と同時に空矢のフィールドに伏せられたカードのソリッドビジョンが現れ、沢渡に向けて表になるよう立てられる。提示されたカードの色は緑であり、かつ雷のマークがついたものであった。

 

「速攻魔法の《光神化》か。だが、折角のフリーチェーンも《ルキウス》の効果の前じゃ意味を成さない。続けて《メビウス》の効果発動! このカードがアドバンス召喚に成功した時、フィールド上の魔法・罠カードを3枚まで破壊出来る。お前の伏せカード《光神化》を破壊する! ブリザード・ディストラクション!!」

 

 氷雪の帝王の拳の周りを風が渦巻き始める。吹き荒れるそれは帝王の頭上で束ねられ、吹雪となって空矢のフィールドへと襲いかかった。1度はセットされた《光神化》のカードは風で巻き上げられたように立ち上がり、打ち砕かれる。

 

「バトルだ! 《ザボルグ》で家臣トークンを攻撃!!」

 

 轟雷の帝王から放たれた雷撃は一瞬でフィールドを駆け抜け、標的を貫いて消滅させた。これによって空矢のフィールドはただ神の居城を擁するのみとなる。勝利を確信したのか、沢渡の顔には早くも喜びが溢れていた。

 

「終わりだぁ! 《メビウス》でダイレクトアタック!! インペリアル・チャージ!!」

 

 主命を受けた氷雪の帝王は腰を落として構える。すると各所に備えられた円錐状の装飾を覆う形で氷柱が伸びていき、それら総てが空矢へと向けられた。寸秒静止した後、帝王は吹雪を背に受けて猛然と敵将目掛けて突き進む。これが通れば沢渡の初勝利だ。氷雪の帝王と空矢を隔てるものが何もない以上、決定的なようにも見える。

 

「手札から《アルカナフォースⅩⅣ(フォーティーン)―TEMPERANCE》の効果を発動。ダメージ計算時にこのカードを手札から捨てることで、その戦闘によって僕が受けるダメージは0になります」

「はあ!?」

 

 調子の外れた叫びを上げる沢渡をよそに、猛進する帝王の進路上に頭に触腕を有した奇怪な生物が現れ、迫り来る巨体を受け止めた。当然その身は串刺しとなって砕け散るが、勢いは完全に殺されている。敵将を目前にしながら氷雪の帝王は為す術なく戻っていった。

 

「手札誘発のモンスター効果だと……ふざけやがって!!」

「いや、わざわざ《ヴァルハラ》を護って、しかも《光神化》を前もって発動しなかった時点で予想つきますよね?」

 

 激昂する沢渡に対し、空矢は確認するような口調で問いかける。彼の言う通り、《スキル・プリズナー》を発動したタイミングで《光神化》を使わなかったのだから他に攻撃を防ぐ手段があったと考えるのが自然であった。熱に浮かされた沢渡はそこまで頭が回らなかったらしい。言い返すことも出来ず、また手札も尽きた為にこれ以上何かすることも叶わない沢渡は歯を噛みしめながら射殺さんばかりに空矢を()めつけていた。

 

「ターンエンド! ……にしても、デッキを変えたってことは同じでも随分と差がついたもんだな」

 

 言葉を紡ぐにつれて沢渡の顔から険が取れていき、最後には余裕に満ちた普段のものへと戻る。それと反比例するように空矢の眉は寄っていった。その表情のまま訝しむように相手を見詰めている。

 

「俺のライフは4000のまま無傷。対してお前のライフはたったの600。ここまで差が開くなんて正直俺も予想してなかったが、これが本来の実力差ってことなんだろうな。俺とお前の間にあったのは、ただカードの差だけだったってことがこれで証明されたわけだ」

 

 誇らしげに胸を反らし、意気揚々と沢渡は語った。一語を口にする度に彼の調子は上がっていく。少なくとも最初に言ったことに間違いはなかった。ライフポイントの差は歴然であるし、轟雷と氷雪の2体の帝王が並ぶ沢渡の場に対して空矢の場はただ神の居城があるのみ。戦況の優劣はこの上ない程にはっきりしていた。

 だというのに、追い詰められているはずの空矢は優位に立つ沢渡を半目で眺めている。呆れ果ているようにすら見えた。それから嘆息をこぼし、彼は徐に口を開く。

 

「貴方は間違いなく優秀なプレイヤーです。自分の使うカードの効果や処理についてしっかり把握し、使いこなしてます」

「藪から棒にどうした? そんなことお前に言われるまでもねぇよ」

 

 気味悪そうに身じろぎしながら沢渡は返した。空矢に褒められるとは思いもよらなかったのだろう。もっとも、ただ賛辞を述べただけで終わるわけがなかった。

 

「もし貴方と僕の間に差があるとしたら、それは相手に対する態度くらいです」

「……なに?」

 

 続いて述べられた言葉を聞き、沢渡の眉間に皺が集められていく。単に差があるとしか言われていないのだが、褒められているとは感じなかったようだ。鋭利な視線が相手へと放たれるが、当の空矢は突き刺さるものに構わず落ちつきを払った様子で続ける。

 

「語弊を恐れずに言えば、デュエルの勝敗はどれだけ我を通せるかで決まります。より自分のデュエルを出来たものの勝ちです。勿論、基本は自分のデッキパワーで押し切る形になります。ですが、相手の意図を読み、その場で対策を打つことが出来るならそうするに越したことはないんです」

 

 平淡な口調で紡がれていった。彼の顔に表情がないのは、恐らく説教じみたことを言うことに抵抗があるからだろう。実際問題として自身がパワーカードを使った後に話す内容ではなかった。それでもなお口にしたのは空矢なりの礼儀といったところか。

 

「その為には相手の動きからその意図を考察し、かつ使うカードに関する知識が必要になります。貴方は相手を見下す傾向があってしかも調子に乗りやすいのでその辺りが疎かになりがちです。僕と貴方の一番の違いはそこですよ」

 

 そう空矢は言い切った。事実であろう。相手が自身の想定外の戦略やカードを使ってきた時、事故などと決めつけてその意図を考えようともしないのは沢渡の悪癖であった。遊矢や襲撃犯とのデュエルはもとよりこのデュエルからも垣間見える。侮りが敗北に直結することすらあり、間違いなく欠点と呼べる代物であった。

 説法とも忠告ともとれる空矢の言葉。それを聞いた沢渡はふてぶてしい表情を浮かべて鼻を鳴らす。

 

「講釈垂れるのは結構だが、この状況で言われてもな。お前はエクストラデッキを全て失い、しかもライフでも圧倒的大差で負けてるんだ。ただの負け惜しみにしか聞こえねぇよ」

 

 嘲りが多分に籠められていた。とはいえ、実際現在の戦況は沢渡の口にした通りのものであり、負け惜しみにしか聞こえないという彼の言い分にも頷ける。そうして傲岸不遜な態度を崩さない相手を空矢は目を半分程に細めて眺めていた。

 

「この状況で余裕をかましていられるのが相手のことを把握出来てない何よりの証拠ですよ」

「……どういう意味だ?」

 

 沢渡が眉を顰めて問い質す。事実、相手の真意を把握しかねているようだ。対して空矢は問いに答えることなく、首を左右へと振る。

 

「口で言っても分からないようなので行動で示します。僕のターン、ドロー」

 

 半ば一方的に告げる形でデュエルが再開された。そんな相手に対して沢渡は剣呑な視線を送っていたが、直ぐに冷笑交じりの表情を浮かべる。先程の言葉も負け惜しみの延長と彼は捉えたようだ。己が手札を見渡す空矢の顔を見れば過ちだと分かるであろうに。

 

「《ヴァルハラ》の効果発動。手札から天使族モンスター《アテナ》を特殊召喚します」

 

 真っ先に行われたのはやはり神の居城の起動であった。光の柱が現れ、戦装束に身を包んだ凛々しき女神が戦場へと降り立つ。右手に白銀の矛を、左手に鏡を思わせる盾を構えた姿は実に堂々としたものであり、彼女が司るものが何であるかを思い起こさせた。

 

「続けて《極星天ヴァルキュリア》を通常召喚。この瞬間、《アテナ》の効果が発動。天使族モンスターが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、相手に600ポイントのダメージを与えます」

 

 1対の白い翼を有した戦乙女が現れ、同時に戦神の矛へと光が集う。凝縮された光は弾丸のごとく沢渡を貫き、今回初めて傷を負わされた彼は口惜しげに顔を歪めた。

 

 沢渡LP4000→3400

 

「《ヴァルキュリア》を墓地に送り、《アテナ》の効果を発動。《アテナ》以外の天使族モンスターを墓地に送ることで、自分の墓地に存在する《アテナ》以外の天使族モンスターを特殊召喚します。《幻奏の音姫プロディジー・モーツァルト》を特殊召喚!!」

 

 戦乙女がその身を光へと還し、代わって赤いドレスをまとった最上級天使が光臨する。今回使っていないモンスターであったが、何故墓地にあるかなどと沢渡は尋ねなかった。前に説明した通り、何があってもおかしくない程空矢の墓地は肥えている。

 また、新たな天使が現れたことで白銀の戦神の効果が適用され、光が沢渡の身を再び貫いた。

 

 沢渡LP3400→2800

 

「いとも簡単に最上級モンスターを2体並べたのはさすがだが、どちらの攻撃力も2600。俺のモンスターには及ばない。さすがにその2体で攻撃するつもりじゃねぇよな? それともパーフェクトゲームになるのを防ぐ為にバーン効果持ちの《アテナ》を出したってことか?」

 

 揶揄するように語る沢渡の表情は余裕に満ちている。いくら最上級天使を並べられたとはいえ自分の場のモンスターの方がより強いのだから、当然といえばその通りではあった。まさしく先程空矢が指摘した通りの反応であったが。

 

「そう焦らないでください。《プロディジー・モーツァルト》の効果発動! 1ターンに1度、手札から光属性天使族モンスターを1体特殊召喚します。《The splendid VENUS》を特殊召喚します!!」

「なッ! まだ出てくんのか!?」

 

 瞠目する沢渡をよそに、天上の楽師はタクトを振るって新たに御使いを呼び寄せる。それは2対の翼を有した金色の天使であった。明星の、引いては美の女神の名に恥じぬ煌めきを持ち、その威光は戦場にあまねく降り注ぐ。

 そして当然、白銀の戦神の効果によって沢渡のライフはさらに削られることとなった。

 

 沢渡LP2800→2200

 

「ッ……だが! 《VENUS》の攻撃力は2800。たとえ《ザボルグ》か《メビウス》と相討ちになったとしてもどちらか1体は残る!!」

「残念ですが、残しませんよ。《VENUS》の効果により、フィールド上に存在する全ての天使族以外のモンスターの攻撃力と守備力は500ポイントダウンします」

「……はあッ!?」

 

 甲高い叫びが上がる。ひっくり返ったのは声だけではなく、盤面もであった。帝王達は共に天使族ではない為、弱体化の対象である。

 

 轟雷帝ザボルグ

 ATK2800→2300

 凍氷帝メビウス

 ATK2800→2300

 

「バトルです! 《アテナ》で《轟雷帝》を攻撃!!」

 

 白銀の戦神は命を受けるや否や颯爽と戦場を駆け抜け、敵陣へと迫った。轟雷の帝王は徐に掌を戦神へと向けるが、雷撃よりも早く矛が突きだされ、胴を上下に分かつ程の風穴が開けられてそのまま消滅していく。

 

沢渡LP2200→1900

 

「……嘘だ」

「続けて《VENUS》で《凍氷帝》を攻撃! ホーリー・フェザー・シャワー!!」

 

 沢渡の呟きに耳を貸すことなく攻撃が命じられ、光の雨が氷雪の帝王を襲った。腕を頭上で交差させて身を護っていたものの力の差は大きく、呻き声をあげながら光の内へと融けていく。

 

 沢渡LP1900→1400

 

「嘘だ嘘だ!」

(とど)めです。《プロディジー・モーツァルト》でダイレクトアタック! グレイスフル・ウェーブ!!」

 

 喚く沢渡に構わず、命が下された。天上の楽師はタクトを操り、文字通り旋風を巻き起こす。放たれた一撃は無人の野を敵将目掛けて突き進み、何ら遮られることなく到達してその猛威を解き放った。

 

「嘘だぁぁぁあん!!」

 

 沢渡LP1400→0

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**********

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 闘いが終わり、公園は平穏を取り戻していた。デュエルを遠巻きに観戦していた子供達も今は元気よく辺りを駆け回っている。そんなのどかな公園に設けられたベンチの上に空矢の姿はあった。何やら難しい顔をして考え込んでいる。その視線の先には己の膝の上に広げられたカードが存在しており、手にはデッキが握られていた。どうやら即席のデッキ調整を行っているらしい。

 

「……まあ、こんなところですかね」

 

 そう呟いた空矢は膝の上のカードを小さなプラスチックケースへと片付け、デッキをデュエルディスクへと収納した。その後、自動でシャッフルされたデッキの上から5枚を引いて確認し、それを戻してシャッフルさせてからまた引くという作業を繰り返し行う。途中1度だけ眉を顰めることはあったものの、結局それ以上カードを入れ替えることなく彼はディスクとケースを鞄へとしまった。

 調整を終えた空矢は座ったまま伸びをし、首を左右に1回ずつ傾ける。そうしてから自身の左へと視線を向けた。

 

「で、まだ出来ないんですか?」

「黙って待ってろ」

 

 つっけんどんな口調で返したのは先程デュエルに負けた沢渡である。彼の表情はデッキ調整に悩む空矢とも比べ物にならない程に固かった。その理由は勿論デュエルに負けた為というのもあるのだろうが、それ以上に現在彼が対峙しているものの所為であろう。

 今、沢渡はノートサイズのスケッチブックへと向かって頻りに鉛筆を動かし続けていた。というのも、襲撃事件についての聞き取りが終わった後、犯人の似顔絵の作成を空矢から依頼されたのである。当然沢渡は抵抗したものの押し切られ、結果、不満を溢れさせながら似顔絵を描いているというわけだ。

 

「大体、どうして俺がこんなことしなきゃなんねぇんだよ」

「僕は話を聞かせ欲しいと言っただけなのに、負けたら協力するって言ったのは貴方自身ですよ。自分から言い出したんですから責任を持ってください。……あ、これ美味しい」

「おまッ、それ俺のじゃねえか!」

「デュエルで決めた以上、対価を渡す必要ありませんから」

 

 涼しい顔で言いながら空矢は先程手土産と称していたパイを堪能している。ただ、それはいつも沢渡が好んで食べているものとは異なるものであった。恐らく製造からある程度時間が経っても大丈夫なものを選んだからであろう。登校してからだと買いに行く時間があるわけない為、昨日の内に買っていたと考えるのが自然だ。

 何にせよ、沢渡からすれば自身のものになるはずだった菓子を隣でこれ見よがしに食べられているのである。己が敗者であることを突き付けられ、彼は目一杯悔しがっていた。しかし、負けた以上文句を言うことも出来ず、苛立ちながらも作業へと戻っていく。そうして鉛筆の先が欠ける程に力みながら黙々と描き続けていた。が、少しするとスケッチブックに向かったままいくらか歪に口角を押し上げる。

 

「他人の為に買ったものを結局自分で食うなんて、さびしい奴だな」

 

 精一杯の皮肉であった。聞いていて物悲しくなってくる。まあ、口にしたことで一応いくらか怒りは薄れたらしく、今は落ちついた手つきで鉛筆を動かしていた。

 

「あ、これは別に自分で買ったわけじゃないですよ。昼休みの内に、たまたま学校に持ち込んでいた3人組にカードと交換してもらいました」

「元々俺のじゃねぇか!!」

 

 怒号を上げながら勢いよく立ち上がる沢渡。道理で取り巻き達がいち早く逃げ出すわけである。退院祝いを兼ねて昼食後のデザートに持ってきたのを物欲に負けて明け渡したようだ。そもそも沢渡は買ってきたこと自体を知らないので問題ないと考えたのであろう。そして、知られた場合どうなるか予測出来たから逃げたのだ。その予測が正しかったのは今の沢渡を見れば明らかである。

 

「ふざけんな返せ!!」

「食べかけが欲しいなんて意地汚い人ですね」

「いるかそんなもん!!」

 

 どっちだ、と責めるのはさすがに酷だろう。空矢も口に出すようなことはしなかった。代わりに半目を向けていたが。

 空矢の目線で冷やされたのか、落ち着きを取り戻した沢渡は黙って腰掛ける。何やらぶつくさと呟きながらも作業を再開した。特段彼に非があるわけでもないのに気の毒なことである。

 

「ほら、出来たぞ」

 

 座り直してからそれ程経たないうちに沢渡はそう言い、鉛筆と消しゴムごとスケッチブックを空矢へと渡した。どうやら怒りだす前にほとんど完成していたらしい。手渡されたそれに空矢は視線を落とし、しかし直ぐに戸惑いを浮かべた。

 

「僕は襲撃犯の似顔絵を描いて欲しいって頼んだのであって、奇抜な髪形をした《ダンディライオン》を描いて欲しいなんて頼んでないんですが」

「どこまでも失礼な奴だな!!」

 

 否定は出来ない。とはいえ、相手が沢渡でなければ空矢もここまでぞんざいな扱いはしないはずだ。沢渡相手ならそれも仕方のない気がしてくるのだから不思議なものである。

 それはさておき、沢渡も余り上手く描けていないという自覚はあるらしく、反射的に怒鳴った後は明後日の方へ視線を彷徨わせていた。

 

「第一、俺より柊柚子の方が近くで見てるんだからアイツに描かせればいいだろ」

「……兄さんと一緒に感想を言ったら破られました」

 

 顔を顰め、頭をさすりながら空矢が答える。それだけで大体何が起こったか察することが出来た。沢渡も憐れみに近い眼差しを向けている。彼女のストロングぶりは全校生徒が見知っていた。

 何とも居た堪れない空気となり、空矢はわざとらしく1つ咳をこぼす。そうしてから彼はスケッチブックのページをめくった。

 

「襲撃犯は兄さんに似てるんですよね?」

「ああ。見間違える程瓜二つだった」

「で、黒いマスクをつけてる、と」

 

 そう口にし、空矢は鉛筆を走らせる。手つきに全く迷いがなかった。まるで予め描かれている線をなぞっているかのようである。そうしてあっという間に描き上げた彼は沢渡へと提示した。

 

「こんな感じですか?」

「へえ、意外と上手いもんだな。しかもこの短い時間で」

 

 珍しく沢渡も素直に感心している。それ程までによく描けていた。この似顔絵を載せて手配書を作れば直ぐに捕まるであろう。もれなく遊矢が。

 一方、空矢も褒められて悪い気はしないらしく、得意げに胸を張っていた。

 

「兄さんの似顔絵なら目を瞑って左手でも描けますよ」

「気色わるっ!」

 

 率直かつ順当な感想が述べられる。言うまでもなく彼の顔から感心の色は消え失せていた。

 

「それはともかく、何か違うところはありますか?」

 

 何事もなかったような自然体で空矢が尋ねる。だからといって本当になかったことになるわけもなく、沢渡は心なし距離を取ったままであった。だが、そうしていてはいつまで経っても解放されないのは明らかであり、僅かに停滞しただけで結局は口を開く。

 

「確か目つきはもっと鋭い感じだった。あと髪型も大分違ったな」

「……それって余り兄さんに似てないんじゃ」

 

 横目かつ半目という器用な状態で沢渡へ視線が向けられた。それだけの差異がありながら瓜二つと言われ、兄が疑われたことに納得がいかないのだろう。昨日彼らの身に振り掛かった災難を思えば当たり前であった。もし柚子が同様の証言をしていなければ、今頃沢渡は口にするのも憚られるような目にあっていたはずである。

 目線をスケッチブックへと戻した空矢はページをめくり、沢渡が描いたものを注視した。充分に観察した後、自身が描いたものに消しゴムを使って上部のほとんどを消し去る。次いで、慎重に描き足していった。

 

「それじゃ、こんな感じですか?」

「一気に出来が悪くなったな」

 

 お披露目とほぼ同時に発せられた沢渡の評価に対し、空矢は特に反応を示さない。彼自身そう思っているようだ。実際、修正した箇所が明らかに浮いている。ただそれでも下手という程ではなく、素人が描いたにしては上出来であった。

 

「ま、これならかろうじて分かるだろ。どんな完璧な人間でも不得意なことの1つくらいあるように、お前みたいな人間にも得意なことの1つくらいあるもんだな」

 

 何故だか得意顔で沢渡がのたまい、納得したように頷いている。空矢から呆れ眼を向けられているが、気にせずにいつまでも己の言葉を噛みしめていた。恐らく、主に前半のたとえ話を。

 しばらく空矢は微分積分を学習する不要さを力説する学生に向けるような視線を送り続けていたが、無益を悟ったのか、程なくスケッチブックなどの片付けを始めた。整理が終わると彼は荷物を手にして腰を上げ、沢渡の正面に立つ。

 

「ご協力ありがとうございました。残りはどうぞ」

 

 空矢は一礼した後、開いたままの白箱を沢渡へと手渡した。受け取った沢渡は顔を顰めながら中を覗き込み、確認と同時に表情を和らげる。箱の中にはまだ手をつけられていない菓子がしっかり入っていた。さすがに空矢も食べかけやゴミだけを押し付けるような真似はしない。

 これでやるべきことは終えたと判断したのだろう。空矢は沢渡へと背を向けていくらか早足で歩きだした。一刻も早く火種を取り除くべく気が急いているらしい。

 

「おい」

 

 空矢は眉を寄せた。この状況で呼び止めたのである。難癖に近い面倒なことを言ってくる可能性が非常に高かった。故に彼はため息を1つこぼしてから、億劫そうに身体ごと反転させる。

 しかし、対面した相手は案に相違していつになく真剣な表情を浮かべていた。

 

「お前の兄貴にも言ったが、今まで受けた借りは今日の分も含めてまとめてジュニアユース選手権で返す。それより先に他の奴に負けるなよ」

 

 沢渡が口にした直後、空矢は目を点にしていた。だが、時を経るにつれて表情が綻んでいき、最終的には微笑みながら首肯する。沢渡の日頃の行いを考えれば意図を勘繰られても仕方のない発言だったが、空矢は素直に受け取ったようだ。それだけ沢渡の態度が真摯なものであったということであろう。

 自身の言葉がしっかり届いたのを確認した沢渡は一笑した。言うべきことは総て言ったと表情が物語っている。

 

「それではこれで失礼します」

「ああ」

 

 改めて一礼した空矢に対して沢渡は短く返した。余韻を噛みしめるように頷く彼は達成感に満ち溢れている。先刻デュエルに敗れた人間とは到底信じられない程に何かをやり遂げたような顔をしていた。まるで戦い終えた後の好敵手のような態度である。

 まあ、何はともあれやることはやったのだ。当然の報酬を受け取るべく、沢渡は白箱へと手を伸ばす。

 

「では、また何かあったらお願いしますね」

「……は? またってどういうことだよ?」

 

 唐突に紡がれた言葉に沢渡は半ば呆然としながら聞き返す。それに対して空矢は満面の笑みをもって応えた。

 

「協力するって言った以上、当然襲撃犯が見つかるまで手伝ってもらいますよ。でも安心してください。そんなに危険なことは頼みませんから」

 

 告げられた言葉に沢渡は一瞬唖然とする。が、直ぐに表情がみるみる引きつっていった。

 彼は思い出すべきだったのである。自分が何をもって空矢を苦手と評していたのかを。

 すなわち、その抜け目のなさを……。

 

 




前書きでも触れましたが、「帝」の効果で対象に取るタイミングが事実上効果解決時のような書き方になってしまっております。同時に複数のカードが発動してチェーン順まで選ぶ場合、対象指定までするとどうしてもテンポが悪くなってしまう為です。どうかご容赦ください。

デュエルについては《クリスティア》、《ショック・ルーラー》、《ノーデン》の天使族外道三人衆をも繰る空矢に対し、「帝」で立ち向かう沢渡と正直どっちが主人公だか分からない構図に。で、炎の主従だけ未登場という。一応、《凍氷帝》ではなく《爆炎帝》をサーチしてれば沢渡の勝ちだったですね、はい。……書くにあたって作ったデッキレシピではそもそも入れてませんが。

※修正前は《グローリアス・ヘイロー》に素材指定があるのを忘れて《ノーデン》を素材に出してしまいました。なので、《グローリアス・ヘイロー》を素材指定のない《ディシグマ》に変更致しました。こんな初歩的なミスを犯してしまったこと、深くお詫び申し上げます。
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