遅くなり申し訳ない。文章を書くのってこんなに難しいんですね。面白い小説を書く人とか毎日投稿できる人の凄まじさを実感しました。驚異的ワオの一言
誕生から四年の月日が流れ、小さく貧弱だった体もようやく十全に動かせるようになってきた。
同時に自身の置かれている時代と状況、そしてこの身に宿る力をある程度把握することができるようになった。
まず、今が2007年の5月20日であること。
即ち原作が始まる2018年になれば俺は16歳、つまり高専に入学すると仮定すれば、原作開始時には高専1年生ということになり、虎杖悠仁、伏黒恵、釘崎野薔薇たちと同世代ということになる。
同年に渋谷事変、死滅回游が発生することを鑑みれば、残された十一年という時間はあまりにも短い。
……俺の話をしようか。
名は禪院哉真人。禪院扇の実の息子である。
莫大な呪力量とずば抜けた呪力出力を持って、俺は生まれた。お付きの女中いわく、かの五条悟に匹敵するほどの呪力だと。女中の世辞だろうが、四歳にして直毘人のソレを超えているのは事実である。
禪院家。御三家の一角にして、血統と術式を何よりも尊ぶ旧家が、そのような逸材を放っておく訳がなく。
障子越しの光さえ、どこか濁って見える屋敷で、俺は扇の跡取り候補として蝶よ花よと丁重に育てられている。
呪術師としての精神教育に始まり、基礎的な教養、体術指南といった身体教育。そして呪力の基礎概念。年齢を考慮してか肉体的な鍛錬は控えめだが、その分、呪力操作のいろはを叩き込まれる。
それらは専属講師、時には父である扇によって行われ、俺の時間は俺だけのために消費される。
四年過ごす内に段々と分かってきたが、才ある者にとって、禪院家は居心地がいい。
術式を持ち、呪力を持つ者は歓迎される。資料資源は惜しみなく与えられ、鍛錬の機会は保証され、失敗は次への糧として処理される。
原作に出てきた躯倶留隊──才無しと断じられた男児たちとは、接点すら持たされない。
「格」が違うのだと、言ってしまえばそういうことらしい。
普段顔を合わせることがあるのは、その頻度で連ねると、講師、清子、そして扇と──姉である真希と真依。
そう、真希と真依は産まれていた。
原作と同じく、『出来損ない』として。
原作に出てくる登場人物であり、いつか禪院家を壊滅させる双子の姉妹。彼女たちと顔を合わせる機会は殆どなかった。
理由は単純で、俺と彼女たちが会うことを扇に禁じられているためだ。彼曰く「出来損ないにお前が
俺から真希と真依に会いに行ったこともあるが、二度目の際、俺が彼女達と話したことをどこからか聞きつけた扇が彼女達を厳しく折檻したと聞き、それ以降彼女達に会いに行くのは辞めた。
原作と違い、俺という『有望株』が生まれた事で、平生の生活で扇が真希と真依達に鬱憤をぶつけることはなくなった。
直毘人……当主様と実力が拮抗している(と考えている)扇からしてみれば、このまま俺が育てば次の当主は自分になる、とでも思っているのだろうか。
代わりに、彼女達は『いないもの』になっている。
存在しないものが守られることはないが、暴力の矛先になることもない。ただの禪院家を動かす歯車の一つとして育てられる。
原作よりもマシだろうと、そう自分に言い聞かせている。
倫理も常識も、ある程度は持っていたはずだ。命は重いと思っていたし、理不尽は嫌いだった。だが今は、彼ら彼女らのような犠牲を土台にした快適さを享受している。
努力は結果に結びつく。
力があれば評価される。
弱者の感情を慮る必要もない。
この家は花だ。腐臭を放ちながら、甘い蜜を垂らす花。その蜜を、俺は啜り続けている。
あるいは、いつかその腐臭すら心地よくなるのだろうか?
そして、今日。
本邸の裏手に広がる山。禪院家所有の土地。その奥まった場所に、白砂を敷き詰めた修練場がある。
俺は父と共にその修練場へ訪れていた。後ろを見遣れば、
「お前の身体には、もう禪院の術式が宿っている。気づいているな。今日はそれを使え」
術式。
血に宿り、人間の負の感情から生成される呪力を糧に胎動する異能。禪院家では術式こそが至高とされ、ソレを持たぬ呪術師は半端者として扱われる。
そもそも才能八割ゲーの呪術世界で生き残ろうとするなら術式は必須である……が、俺は三歳辺りで自らの術式を知覚していた。強大な呪力と術式の有無には明確な正の相関があるように思う。あるいは、相応の呪力がないと術式という身体異常に耐えることができないのか。
目を閉じて、体の内に意識を向ける。
呪力とはまた別の、異なる力。赤子の時には知覚できなかった感覚が、今では俺の肉の中で渦巻いていた。そして、身体に刻まれた
右手を掲げ、前へと伸ばす。
届かぬ何かへ。あるいは、これから立ち塞がる全てへ。
不定形の輪郭が、次第に明瞭になる。
それは火だ。
しかし単なる炎ではない。
燻るような火ではなく、ただ静かに揺らめく蒼炎が、俺の内に胎動している。敵対者の肉を穿ち、燃やし尽くすことのできる熱量が、確かにソレに宿っていると確信する。
名は既に教えられている。
眉を焦がすが如き危急にこそ、その真価を発揮する。
禪院扇の生得術式であり、俺がこの術式を継ぐ事で、この術式は禪院家の一子相伝の術式として扱われることになる。
通常の発火系術式と異なり、この術式はある初めからある一つの縛りが架されている。即ち、自らの危機に比例して威力が増大する。逆に言えば、安全圏では真価は発揮されないのだと扇は言う。
「発動しろ」
扇の短い命令に応じて、俺は目を開く。
術式解放──焦眉之赳。
掌に猛る、澄み渡った蒼炎。それは刹那の間に爆裂し、伸ばした右腕を喰らうように激しく燃え広がりながら、その火先を揺らめかせる。
同時に、自らの呪力が、僅かに、僅かにではあるが、自らの出力を超えて膨れ上がった。
その一連の動作には芯を焦がす熱さのみがあって、痛みを伴うことはなかった。
蒼炎を纏った右腕は、さながら肥大化した獣の腕の如く。煌々と燃え盛る蒼炎は、しかし控えの術師が展開する防御結界を貫くことはなかった。
「……平時の出力でその火力。だが」
扇が呟く。
背後のもう一人の術師が帳を張った。
嫌な予感がした。
「この術式は」
呪力を防御に回──背後から衝撃が走り、気づけば勢いよく地面に叩きつけられていた。
息が詰まって、視界が白く弾けた。不意の一撃。否、知覚はできていたが呪力防御が間に合わなかった……!!流石に禪院家最強の術師集団なだけはあるな、クソが。
地を転がる最中、扇の両脇を縫うように炳の術師がこちらへ駆けるのを捉えた。右に一人、左に二人。
「危機にこそ真価を発揮する。立て哉真人。立たなければ殺す」
体制を立て直すため立ちあがろうとするが、それを阻むように炳の一人が、俺の首元を踏みつける。
蒼炎はまだ右腕に在るが、この手で触れれば相手を焼くだろう。
蒼炎のない左腕でその足首を掴み、立ち上がりの勢いを用いて、回り込むように走るもう一人の術師に向かって投げ飛ばす──着弾、二人まとめて樹木に叩きつけられる。
残る一人。
「ぐ、」
視界が僅かに揺れる。慣れない術式使用で脳に負担を掛けているのか。
術式を解除しリソースを解放、戻った思考の余白を全て呪力強化に回してやる。見えた。
右から飛来した拳を半身でいなし、体重を乗せた左拳で下手人を殴りつける。怯んだ隙に右回し蹴りを叩き込んだ。
蹴り飛ばされた術師が砂を削りながら転がる。
息を整えながらも残心は解かない。
追撃の気配がないことを確認して、ようやく扇へと振り返った。
「父様、これは」
「なぜ術式を使わぬ!哉真人、これは今までの様な生半な訓練ではない。オマエの実力のほどを知るための試験なのだと言っただろう」
「俺の火に触れれば、彼らに無視できない被害が──」
「アレらの損害など気にかける必要はない」
山の風がひとすじ吹いて、木々を揺らした。
「殺しても構わぬ……が、そうだな。本気を出さぬと言うのならば」
扇がゆっくりと刀を抜き放ち、こちらへ歩み寄る。
「──本気を出さねばならぬ状況まで追い込んでやる」
──術式解放 焦眉之赳!!
扇「全ては愛息 哉真人のために⋯」
清子「しゃあっ」