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……UAってなんなんだろう
「──本気を出さねばならぬ状況まで追い込んでやる」
──術式解放 焦眉之赳!!
コイツ、マジか……!
今までの訓練でも打ち合わせたことはある、がそれはどちらかと言えば型を覚えるためのものであって、何より呪力を伴わないものだった。
初の実践稽古が術式を使った白兵戦とは。扇の正気を疑うが元から正気じゃなかったわ。
獅子はわが子を千尋の谷に落とす。とか考えてそう。ふざけてんじゃないよ!
焦る思考を糺す。
奴が俺を殺すことは絶対にないと言い切れるが、あの様子だと気絶するまで甚振られるかもしれん。
刀身から溢れ出すのは俺と同じ蒼い炎。違いはその出力と術式の制御。
三割ほどの出力に抑えた俺とは違い、おそらく全力。
任務に同伴させられた時に見たソレと同じ熱量。準一級呪霊を一撃で消し飛ばした熱量、ソレを刀身に──術式を通した時に破壊してしまうことなく──纏わせられることがなにより扇の術式制御の卓越を示している。
扇が刀を深く構える。
大ぶりの横薙ぎ、同時に走り出していた。
刀身の延長線上に存在する樹々を消し飛ばしながら襲いくる凶刃を、大きく屈み込みながら回避。
彼我の距離は約10メートル、呪力強化した身体なら一手で詰められる!
次なる一手は下段からの逆袈裟、しかし僅かに隙を晒しているため避けられない。
故に。術式解放、焦眉之赳。
左腕で刀身を掴み刀を封じる。
両腕に膨れ上がった蒼炎が、刀に宿る蒼炎を押し返していく。単純な出力差で上回っているからこそ出来る芸当だ。
手のひらに刀身が食い込み血が滲む……関係ない。
一歩踏み出し右からのアッパー、獲った──
「泥流呪法。『
何か巨大な塊が横から体を打ち付けて、視界が黒に染まる。数瞬遅れて、ソレが土砂の入り混じる泥水だと気づいた。
吹き飛ばされたが土砂からは逃れられた。
空中で姿勢を立て直し、樹木の幹を足場に着地、僅かな時間で盤面を捉える。
──やはり、先程倒した筈の炳の三人が復帰している。
意識はあるのに追撃の気配がなかったのが疑問だったが、まだ前哨戦だったワケだ。
一級相当が一人と準一級を超える実力の術師が三人。しかも全員術式持ちときた。
場合によれば特級呪霊を祓えるレベルの実力者達が、俺ひとりを倒すためにこちらへ意識を向けている事実。
気づけば笑っていた。
恐怖と、昂揚。そしてどうしようもない愉悦を滲ませながら。
──なるほど。
禪院の血とは、こういうものか。
術式に呪力を流し込み、右腕に蒼炎を纏う。危機の最中、先ほどよりも火力の昂りを実感する。
一人の術師が印を結ぶと、濁流が一つの大きな蛇のように唸り、重力を無視したようにこちらへと襲い来る。
樹を蹴って地面へ着地し、一番近くで構える鉢巻をした炳へ殴りかかった。対して相手が選んだ手は殴打による迎撃。
拳と拳がぶつかり合い──硬質な音を辺りに響かせながら──俺が押し負ける。
(身体能力の増強か!)
体勢を崩したところへ三方向からの同時攻撃が飛来する。
上からの濁流、正面からの強化された拳、そして距離を詰めていた扇からの至近距離の斬撃。
どれかは被弾するな。最も警戒すべきは扇からの斬撃、次点で鉢巻術師の打撃。であれば、動きづらくはなるが戦闘を続行できる威力の濁流を受けるべきか。
目前に迫る刀を避けるため、脚に力を入れバックステップ──右脚に突き刺さるような激痛。
「がッ……!?」
予想だにしない痛みに僅かに動きが止まる。
炎を纏った切先が腹から肩にかけてを斬り裂き、強化された拳が顔面を撃ち抜き、土砂を含む濁流が俺の体を地面へと叩きつけた。
(何をされた)
体制を整えつつ右脚の太腿へ目を向けると、何かに突き刺されたような刺傷から血がドクドクと流れている。
(飛び道具じゃない。呪力も感じなかった……)
鉢巻術師の追撃の蹴撃を跳ね起きるようにして回避する。
直後、轟音と共に地面が割れた。
その結果を見届けることなく、俺は最後に残る術師へ即座に接近していた。透明化による急襲か、鄒霊呪法の共鳴りのような術式か。どんな術式かは分からないが、このまま足止めを喰らうと厄介だ。
その男の右脚には短刀大の黒い針が突き刺さっており、動きが鈍い。
(先程の一撃はダメージの共有か)
男は接近する俺を見て右脚の針を抜き放ち、左腕に針を突き刺そうとする。
「させるかよ」
針を持っている右腕を掴み、無防備を晒す腹に蒼炎を纏った拳を叩き込む。
白目を剥いた男はその場でどしゃりと崩れ落ちた。
確実に気絶させるため、追撃を挟もうとして──背後から迫る濁流。振り返りざまに右手を伸ばしていた。
蒼炎が猛り、爆ぜ、熱量が跳ね上がる。
炎は腕に留まらず、肩を越え、背を超え──やがて遥か後方へ弾け飛んだ。空気が歪み、地面が焦げる。
肩から伸びる一条の火先が、螺旋を描きながら虚空へ消えている。
さながら龍の如く。
それは荒れ狂う呪力の奔流を伴って、主のコントロールすら振り切ろうとしながら、目の前の脅威を噛み潰さんと吼え猛る。
かち──合う。
右腕の龍の
白い蒸気の中へと姿を消して。
駆ける、駆ける、駆ける。
視界は風に流れ伸び、右手に携えた蒼炎が唸り、術師の鳩尾を突いた。
「がふッ……」
風切り音を鳴らしながら、扇の刃が走る。
瞬時に姿勢を落とした俺は、扇の懐へ飛び込み、右下から左上へ向かって拳を切った。
刀の間合いの外、近距離の内。
「甘いわッ!!」
扇の前蹴りが俺の骨盤に叩き込まれ、僅かに空いた空間に透き通る炎の刃。
鎖骨の肉が弾け飛び、閃血が迸った。
俺は笑いながら、左の手刀を扇に叩き込む。肉を抉る音と共に歪む父親の顔を横目に流して、緩んだ手の内から刀を簒奪する。
「グゥ……!!」
太刀取り。
そのままの勢いで刀を投擲──刀は、扇の頬を掠め、後方の樹を数本貫いて止まる。
低くした姿勢のまま、投げ捨てられた刀に気を取られた扇の下半身へ組み付き、勢い良く地を抉る。
土煙が爆ぜた。
体格差など知ったことか。骨盤に力を込め、脊椎を鞭のように
「オ、オオオオオオオオオオ!!!」
獣の咆哮と共に、俺は扇を抱えたまま突進した。
樹が折れる。
幹が軋む。
一本、二本、三本。
枝葉と破片が雨のように降る中、扇は片手で俺の頭を掴み、無理やり顔を持ち上げた。
「未熟者が、調子に乗るなァァ!!!」
掌から噴き出す蒼炎。
頬が焼ける。皮膚が裂ける──だが止まらない。
扇にとって、この状況は縛りの恩恵を受けやすく、その分出力も高まっている。だがそれを差し引いても炎の出力が弱くなってきた。ここで気絶するまで追い込んでやる……!
背後で水音が鳴った。
次の瞬間、濁流が横薙ぎに迫る。
「チィ……!」
回避不能。
扇ごと巻き込まれる形で、俺の身体は宙を舞った。
肺から空気が抜ける。
地に叩きつけられる刹那、鉢巻術師が踏み込んでくる。一連の動きは術式により強化されていて、一手一手が弾丸の如き速度を伴っていた。
速い。
拳が肋骨を砕き、膝が顎を跳ね上げる。
血と唾が混じる。
立ち上がるより早く、足首に突き刺さる違和感。傷の共有。
もう意識を取り戻していたのか!
だがこの程度は問題ない……!次の攻撃に備えて呪力を滾らせて──。
俺が扇に叩き込んだ鞭打が、俺自身の横腹に浮かび上がる。
「……は?」
遅れて痛みが爆発した。
自らのダメージを相手に共有する術式、自らと他者とを捉える筈の術式対象を、他者と第三者へと拡張したのか……!
視界が揺れる。
父の笑い声が響く。
「これが、実戦だ」
身体強化の術師が再び踏み込む。今度は受けてみせる。ひたすらに呪力を防御に回した守りの姿勢。攻めに転じることはできないが致命打を喰らうことはない。
拳を受け、肘を絡め、関節を捻じる。
己の骨が軋む音に構わず、首へ噛みつくように腕を回した。
ここだ。
──コイツは確実に落とす。戦闘不能にする。
そう決めた。
濁流は……うねらない。
背後。
濁流を操る術師の突貫。
問題はない。
扇を含めた四人のうち、呪力強化が最も劣っているのが彼だ。出力は秀でているものの、故に身体に回す繊細な呪力操作が苦手なのだろう。
少なくとも、俺に匹敵する身体能力を出せる目の前の鉢巻術師に比べて脅威ではない……!
頸動脈を噛みちぎらんとして──
──弱者の火種は、強者の足元でこそ燃え上がる。
それは、打撃との誤差0.000001秒以内に呪力が衝突した際に生じる空間の歪み。
視界の奥で、黒い火花が弾けた。
心臓が一瞬止まる。
予想しうる撃力への適切な呪力防御。
そのガードを、平均2.5乗倍された威力の打撃で捩じ伏せられた。
(クソ……!!!)
拘束を強引に引き剥がされ、掴まれた腕を支点に樹木に叩きつけられる。
伸ばした右腕は手刀で叩き落とされて、空いたこめかみに膝が叩き込まれた。
脳が揺れ、呪力の防御が疎かになる。
空いた防御を貫通して、鉢巻術師が俺の左肩を貫いた。遅れて後ろ回し蹴りがクリーンヒット、吹き飛んだ俺を掴んで固定して鼻梁にまた膝が入る。
攻撃に転じることができない。
血反吐を撒き散らしながら視界が暗滅し、脳裏に一筋の予感が過ぎた。
ああ。
これが。
これが──死か!
骨が折れ、肉が裂け、肺が潰れる。
生まれて初めて。いや、転生する前にも経験したことのない極限的状況の中で。
俺はただ漫然と、術式を発動させていた。
眉を焦がすが如き危急にこそ、その真価を発揮する。命の危機に比例して出力が上がるという縛りに、焦眉之赳が応えていた。
炎が──燃えて──体を覆い尽くす。
炎の塊になって、空気が歪んで地面が焦げた。
否。
立ち尽くすだけで、周囲の樹々が燃えている。
呪力の多寡と、そして呪力出力が、自分の限界を踏み越えて、辺りを覆い尽くす。
満身創痍、天下無双。
限界を超えた蒼炎を立ち昇らせる俺に恐れを成したのか、四人が飛び退き四方に散る。
確かに、焦眉之赳の術式範囲は狭い。本来ならば、炎は距離を刻むごとに指数関数的に火力が弱まり、術式範囲を絞る縛りを掛けることで、漸く刀身の延長として扱うことができる。
並みの術師であれば。
前後左右に飛び散る間に、蒼炎の海は既に辺りを呑み込んでいた。
蒼炎が扇と術師たちとを覆う。しかし熱量はコントロールされ、炎は彼らの周囲に留まり、彼らを燃やし尽くすことはない。
それでも俺の呪力に当てられたのか、彼らは未だ動くことが出来ないでいる。
そして、俺は目の前にいる扇へ目を向けた。
「……試験はどうですか」
扇は、僅かに震えの残る声で言った。
「……無論、合格だ。試験は終了だ、哉真人。術式を解け」
「その前に一つ、頼みがあります」
「……言ってみろ」
「先程、彼らの命を軽んじたこと。それについて、謝罪して下さい」
「オマエは甘すぎる。術師たるもの、そのような脆弱な精神では──」
「いいから」
語気を強め、扇を僅かに睨む。
扇は一歩も退かない。退けないのか、退かぬと決めているのか、その目だけは俺を射抜いている。
「…………軽んじたのは事実だ。謝罪しよう」
言葉は短かった。
俺は数拍、沈黙する。
……まあ、扇だしな。謝罪の言葉を放つだけで奇跡か。というか言うほど甘いか?
俺は目を閉じる。
呪力の奔流を、一つずつ解いていく。地を舐める蒼炎が熱を失い、残穢となって空に溶ける。
焦げた森に、静寂が戻った。
立っているのは、俺だけだ。
四方に散った術師たちは、炎の熱に当てられたまま膝をつき、呼吸を整えることすら叶わない。
俺自身に関しても……血反吐が喉奥に絡んでいるし、折れた骨が軋んで立っているだけでも激痛が走る。
潰れかけた肺が、ひゅう、と頼りない音を立てる。
それでも、膝をつかぬよう努めた。
扇はしばし俺を見つめ、やがて小さく息を吐いた。
「術式の制御、その出力。いずれも規格外だ」
間を置く。
「禪院の名に恥じぬどころか──」
その先を飲み込んだ。彼のプライドに障る言葉なのだろうか。
何を言おうとしていたのかなんて微塵も興味がないが、普通に苛ついてるから言わせてやろうかな。流石に性格が悪いか。
いや、そんなことより重要なのは。
今日、俺が死に近づいたこと。死に際に掴んだ呪力の核心……ではないが、術式を全開で回したことで自分の能力を正しく把握できた……気がする。
光風が吹く。少し冷たい。
焼け焦げた木々の隙間から吹き抜ける冷たい風が、試験の終わりを実感させてくれる。
だが。
真なる戦いは、まだまだこれから。
真人を始めとする自然呪霊。死滅回游に現れる過去の術師。羂索と宿儺。このままの状態で満足していては奴らに一矢報いることすらできないだろう。
「……痛い」
俺の言葉を聞いて、怪我の少ない炳の術師たちが、俺を介抱しにこちらへ駆けつけてくる。だいぶ重症だぞ、蝶よりも花よりも丁重に扱え……!
焦眉に炎を宿したまま、俺は静かに息を吸った。
哉真人くんの素の呪力量は宿儺の指6、7本分くらいらしい