好奇心の下僕   作:かんぱにい

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ラ・ロシュフコー『箴言集』



相手の張った罠にいかにもはまり込んだような様子を見せるのが最たる策略である。

 

月曜日。

教室は、5月のそれを上回るほどの喧騒に包まれていた。

 

ある意味、当然の反応かもしれない。

登校してすぐ、多くの生徒がスマートフォンや端末を確認し、次々と同じ事実に行き当たったからだ。

 

──ポイントが、一切振り込まれていない。

 

ざわめきは瞬く間に広がり、机を叩く音や苛立ち混じりの声が飛び交う。

「どういうことだよ」「不具合じゃないのか」といった言葉があちこちから聞こえてくる。

中には、冗談半分で笑い飛ばそうとする者もいたが、その表情は明らかに引きつっていた。

 

俺は席に座ったまま、教室全体を見渡す。

ポイントが支給されない──それが何を意味するのか、この学校の生徒なら誰もが理解している。

生活に直結する問題であり、同時にクラスの立場を揺るがしかねない異常事態だ。

 

どうやら、須藤からのメールが示していた「一悶着」は、すでに始まっていたらしい。

 

その喧騒を切り裂くように、教室の扉が開いた。

足音も規則正しく、迷いのない歩き方で、茶柱先生が教室に入ってくる。

 

「おはよう、諸君。……いつにも増して落ち着かない様子だな」

 

教壇に立ちながら、教室全体を一瞥する。

その視線だけで、一瞬ざわめきが弱まった。

 

「せんせー、ポイント振り込まれてないんすけど」

 

真っ先に声を上げたのは池だった。

茶柱先生は一拍置き、まるで状況を把握したかのように小さく頷く。

 

「なるほど。道理で騒がしいわけだ」

「この一か月、あんなに頑張ったのに、この仕打ちはないっすよ……」

 

池の言葉を皮切りに、不満の声が教室中に広がる。

 

「そうだよ」

「何の説明もないじゃん」

「生活費どうすんだよ」

 

追随する声は次第に大きくなり、空気が再びざわつき始めた。

俺は腕を組みながら、その様子を冷静に眺める。

 

ポイントがない──それは単なる手違いではない。

 

「落ち着け」

 

茶柱先生の一言で、教室に張りつめた空気がわずかに引き締まる。

低い声には、いつも以上の重みがあった。

 

「……確かに、お前たちの言う通りだ。今までとは見違えるほど努力してきたことは、学校側もきちんと認めている」

 

その言葉に、教室のあちこちから安堵の息が漏れた。

 

「じゃあ……?」

 

期待を含んだ声が自然と上がる。

 

「では、今月のクラスポイントを発表する」

 

そう言って、茶柱先生は手にしていた一枚の紙を黒板に張り出した。

チョークの音が止まると同時に、全員の視線が一点に集まる。

 

Dクラス 247ポイント

 

「よっしゃぁあ!」

 

真っ先に池が拳を突き上げる。

 

「ポイント増えてる!」

 

確かに、数字だけ見れば増加している。

努力が無駄ではなかったことは、はっきりと示されていた。

 

だが──。

 

「……他のクラスとの差は、あまり変わっていないわね」

 

堀北が冷静に指摘する。

実際、どのクラスも同様に、100ポイント前後は増やしている。

つまり、Dクラスだけが特別に評価されたわけではない。

Aクラスに至っては、最初の1000ポイントすら超えている。

差は縮まらず、状況はほとんど変わっていなかった。

 

数字は増えた。

だが、立場は変わらない。

 

「あれ? じゃあ、なんでポイント振り込まれてないんすか?」

 

池の素朴な疑問に、教室中の視線が再び茶柱先生へ集まる。

 

「少しトラブルがあってな。現在、一年生へのポイントの振り込みが遅れている」

「えー、それだけっすか? なんかオマケみたいなのとか、ないんです?」

 

半ば冗談交じりの声に、何人かが同調して笑う。

 

「そう言うな。トラブルが解消次第、きちんと振り込まれるはずだ。では」

 

それだけ言うと、茶柱先生は用は済んだと言わんばかりに教壇を離れる。

 

教室の扉を開け、外へ出る──その直前。

茶柱先生は一瞬だけ立ち止まり、須藤の方へ意味深な視線を向けた。

 

須藤は気づいたのか、わずかに眉をひそめる。

だが、先生は何も言わず、そのまま廊下へと消えていった。

 

教室に残されたのは、安堵と、拭いきれない違和感。

ポイントの遅延という表向きの理由の裏で、何かが動いている。

 

 

昼休み。

学食はいつも以上に混み合っていたが、俺たちはいつもの一角に集まっていた。

 

「はぁ……」

 

大きなため息をついたのは麻耶だ。トレーを前にしながら、明らかに食欲が落ちている。

 

「せっかくポイント増えたのに、使えないとか意味ないじゃん……」

「麻耶ちゃんも、たまには自炊したら?」

 

そう言って、さつきは慣れた手つきで弁当を広げる。

 

「スーパーに行けば、無料の食材とかあるよ?」

「そうだけど、そうじゃない!」

 

麻耶は机に突っ伏し、じたばたと足を動かす。

 

「使えるはずのポイントが使えないっていう精神的ダメージが問題なの!」

「じゃあ……清隆君に教えてもらったら?」

 

かや乃が、何でもないことのように言う。

 

「だ、だからぁ!」

 

即座に赤面して反論する麻耶に、周囲から小さな笑いがこぼれた。

 

そのやり取りを横目に見ていた千秋が、ふいにこちらへ視線を向ける。

 

「ねえ、清隆君」

「なんだ?」

「朝のこと、何か知ってるんじゃない?」

 

一瞬、箸を止める。

 

「……どうしてそう思うんだ?」

 

問い返すと、千秋は少しだけ肩をすくめた。

 

「それはもう、言ってるようなものだと思うけど……」

 

一拍置いて、柔らかく笑う。

 

「まあ、乙女の勘?」

 

冗談めかした口調とは裏腹に、その視線は鋭かった。

やはり──隠し通せるほど、状況は単純ではないらしい。

 

「……確かに、目星は付いている」

 

その一言で、テーブルの空気が一気に変わった。

 

「えっ……!」

 

みーちゃんが思わず身を乗り出す。

 

「じゃあ……! 原因わかってるってこと?」

「いや、断定はできない。ただ、関わっていそうなところは見えてきてる、ってだけだ」

 

期待しかけた表情が、少しだけ曇る。

 

「なにそれ、もったいぶってる〜……」

 

麻耶が頬を膨らませるが、千秋は黙ったまま、俺の言葉の続きを待っていた。

 

「問題なのは」

 

一度言葉を切り、周囲を見回す。学食は騒がしいが、このテーブルだけは妙に静かだ。

 

「それが、どうしてこうなっているのかが、まだよく分からないんだ」

「こうなってる、って……」

 

かや乃が小さく呟く。

 

「ポイントが振り込まれない理由、ってこと?」

「そうだ。単なる手続き上の遅れなのか、それとも──」

 

そこまで言って、言葉を飲み込む。

 

「いや、今は仮説の段階だ。変に期待させるのもよくない」

 

みーちゃんは少し残念そうにしながらも、こくりと頷いた。

 

「でもさ、清隆君がそこまで言うなら……何かあるんだよね?」

 

千秋が静かに、しかし確信を帯びた声で言う。

俺は否定も肯定もせず、視線をトレーに落とした。

 

少なくとも一つだけ確かなことがある。

この『ポイント未振り込み』は、ただの偶然や事務的ミスでは終わらない、ということだけだ。

 

 

「愛里ちゃん、大丈夫? なんだか元気ないけど」

「う、うん……平気だよ……」

 

返ってきた声は、いつも以上にか細く、語尾もほとんど消えかけていた。

向かい側に座っているかや乃の耳には、もはや届いていないのではないかと思えるほどだ。

 

心はそれ以上踏み込まず、心配そうな視線だけを向けてから、自分の箸を動かし始めた。

 

愛里は俯いたまま、箸を持つ手も止まっている。

皿の上の料理は、ほとんど手つかずだった。

 

──理由はだいたい察しがつく。

 

俺はちらりと彼女に視線をやるが、声をかけることはせず、そのまま食事を続けた。

下手に触れれば、かえって彼女を追い詰めるだけだろう。

 

賑やかな学食の喧騒の中で、愛里の存在だけが、ひどく小さく、浮いているように見えた。

 

 

 

放課後。

HRが終わり、帰り支度をする者と席に残る者が入り混じる中、茶柱先生の指示でクラス全員が教室に残された。

 

空気が落ち着くよりも早く、須藤が一歩前に出たかと思うと──勢いよく、深々と頭を下げた。

 

「悪りぃ! トラブルの原因、俺だ!」

 

あまりにも唐突な告白に、教室の時間が一瞬止まる。

 

「……は?」

「え、どういうこと?」

 

間の抜けた声と戸惑いが重なり、次の瞬間にはざわめきが一気に広がった。

机が軋み、椅子が小さく鳴る。誰もが隣と顔を見合わせ、須藤の背中を凝視している。

 

須藤は顔を上げない。

拳を強く握りしめ、歯を食いしばっているのが、背中越しにも分かった。

 

やがて、平田が静かに一歩前に出る。

 

「須藤君……詳しく説明してくれるかな?」

 

責めるでもなく、かといって庇うわけでもない、落ち着いた声音。

その言葉に、須藤の肩がわずかに揺れた。

 

一瞬、逡巡するような間。

それから須藤は、顔を上げ──教室の中を見渡し、最後に俺と目が合った。

 

助けを求めているわけじゃない。

だが、覚悟を決めるための確認のような視線だった。

 

俺は何も言わず、ただ小さく頷く。

 

それを合図にしたかのように、須藤は大きく息を吸い込んだ。

 

須藤は拳を強く握りしめたまま、言葉を続けた。

 

「部活中、前からちょくちょくCクラスの連中に絡まれてた。ミスしたらDクラスだからだの、試合に出る資格がないだの……正直、いい加減うんざりしてた」

 

教室の空気が、徐々に重く沈んでいく。

誰も口を挟まない。ただ、耳を澄ませている。

 

「で、昨日……日曜の夕方だ。特別棟に呼び出された。

“話がある”って言われてさ。行ったら、Cクラスのバスケ部の連中がいて──」

 

須藤は一度言葉を切り、唇を噛んだ。

 

「レギュラー辞退しろって言われたんだ。Dクラスが目立つな、邪魔だって。……断ったら、向こうが勝手にヒートアップし始めた」

 

ざわり、と教室が揺れる。

誰かが「最低だな……」と呟いたのが聞こえた。

 

「俺は何もしてねぇ。殴ってもいないし、突き飛ばしてもいない。ただ、帰ろうとしただけだ」

 

須藤は顔を伏せ、低い声で吐き捨てるように言った。

 

「なのに今朝になって、俺が暴力を振るったって、向こうが学校に訴えたらしい。わざわざ包帯まで巻いてよ」

 

静寂。

さっきまでの喧騒が嘘のように、教室は水を打ったように静まり返った。

 

平田が慎重に言葉を選ぶ。

 

「……須藤君は、その人たちに暴力を振るってはいないんだね?」

 

須藤は即座に顔を上げた。

その目には迷いも、揺らぎもない。

 

「ああ。ぜってぇにやってねぇ」

 

断言だった。

逃げ道を残さない、真っ直ぐな否定。

 

──Cクラス。

そして、この不可解な“ポイント未振込”という状況。

 

俺は机に肘をつき、静かに考えを巡らせた。

 

なるほど。

点と点が、ようやく線になった。

学校からすれば、問題行動を起こしたクラスにそっくりそのままポイントを与えるわけにはいかない。

かといって片方だけの意見に耳を貸すというのも外聞が悪い。

 

その結果が今のポイントが振り込まれていない状況ということに繋がる。

 

 

「それを、どうやって証明するつもり?」

 

その場に冷水を浴びせるような声で、堀北が割って入った。

教室の視線が一斉に彼女へ向く。

 

「どうって、そりゃあ……」

 

須藤は言葉に詰まり、視線を彷徨わせる。

 

「特別棟には監視カメラがなかったはずよ。あなたがやってないと主張するのは自由だけど、それだけでは残念だけど何の意味もない」

 

淡々とした口調。だが、その一言一言が鋭く突き刺さる。

 

堀北の言い分は正しかった。

Cクラス側には『怪我をした』という目に見える証拠がある。

一方、須藤の無実は言葉だけだ。

それを裏付ける材料がなければ、結論は最初から決まっている。

 

このままでは、須藤が処分を受ける可能性は高い。

軽い注意で済めば御の字だが、最悪の場合──退学もあり得る。

 

「それに……まだ気づいていないの?」

 

堀北は須藤を見据え、わずかに間を置いて続けた。

 

「……何がだよ」

 

疑われているという感覚が、須藤の神経を逆撫でしたのだろう。

語尾は荒く、肩には力が入っている。

 

教室の空気が、さらに張り詰めた。

感情と理屈が、真正面からぶつかろうとしている。

 

その様子を眺めながら、俺は内心でひとつ確信していた。

 

堀北は、須藤を追い詰めるために言っているわけじゃない。

問題はそこじゃない。

 

「問題は、あなたが暴力を振るってもおかしくない人間だと──学校側に認知されていることよ」

 

堀北の言葉は、須藤本人以上に教室にいた全員へ突きつけられた現実だった。

誰かが小さく息を呑む音がした。

 

これが問題なのだ。

事実かどうか以前に、「そう見られている」という点が決定的だった。

 

例えば平田ならどうだろう。

仮に同じ状況に置かれたとしても、そもそも疑われる立場に立たない。

話を聞く前から、「Cクラスの自作自演では?」という見方が自然と生まれるはずだ。

 

だが須藤は違う。

 

最近でこそトラブルは減り、授業態度も改善されてきた。

それでも、過去の積み重ねは簡単には消えない。

成績は依然として低空飛行、感情的になりやすく、喧嘩っ早いという印象。

それらが“須藤健”という人物像として、教師や学校側に刻み込まれている。

 

──誰が、須藤の言葉を全面的に信じるだろうか。

 

須藤自身もそれを理解しているのか、歯を食いしばったまま黙り込んでいる。

反論できない。

否定したいのに、その材料が自分にはないと分かっているからだ。

 

「じゃあ……俺は、どうすりゃいいんだよ」

 

絞り出すような声だった。

教室は静まり返り、誰もが次の一手を待っている。

 

その沈黙の中で、俺は静かに考えていた。

この問題は“須藤がやったかどうか”じゃない。

──どうやって、この構図そのものをひっくり返すか、だ。

 

助け舟を出したのは櫛田だった。

張り詰めた空気の中で、彼女はあくまでいつも通りの柔らかな口調を崩さずに手を挙げる。

 

「そうだよ。誰か、目撃者とかいないのかな?」

 

その一言で、教室の視線が一斉に須藤へと集まった。

追い詰められた表情のまま、須藤は顎に手を当て、必死に記憶を辿る。

 

「……確か、あんとき……誰かがいたような気がする」

 

歯切れの悪い言い方だったが、完全な否定ではない。

曖昧ながらも“第三者の存在”を示すその言葉に、教室の空気がわずかに動く。

 

「本当? 誰か分からないの?」

「男か女かだけでもいいわ」

 

矢継ぎ早に声が飛ぶが、須藤は首を振る。

 

「顔までは見てねぇ。ただ……遠くで人影が動いた気がしたんだ」

 

頼りない証言だ。

だが、ゼロだった可能性が、今は確かに“ある”に変わった。

 

堀北は腕を組んだまま、須藤を鋭く見据えている。

「曖昧ね。でも──」

 

そこで一拍置き、視線を教室全体へと巡らせた。

 

「それでも、何もないよりは遥かにましよ。少なくとも、話を前に進める材料にはなる」

 

その言葉に、須藤の肩からほんの少しだけ力が抜けた。

そして俺もまた、同じことを考えていた。

 

──目撃者が“誰か”では足りない。

必要なのは、この状況を覆せるだけの“使える駒”だ。

 

 

とはいえ、俺はすでに直接の目撃者から相談を受けている。

佐倉愛里だ。

 

特別棟の近くで起きた出来事を、彼女は偶然目にしていた。

 

それは、今この場で求められている“第三者の視点”として、十分すぎるほどの価値があった。

 

あとは、彼女自身が、自分は目撃者だと名乗り出られるかどうか。

 

人前に立つことを極端に恐れ、視線を浴びるだけで声が震える。

愛里の性格を考えれば、それがどれほど酷な選択かは想像に難くない。

正義感や責任感だけで踏み出せるタイプではないのだ。

 

それでも、先日のストーカーの一件で、勇気を出して相手を拒絶することはできた。

 

彼女が一歩を踏み出せば、状況は一気にひっくり返る。

須藤の疑いは晴れ、Cクラスの主張は根底から崩れる。

 

 

……もっとも。

 

最悪の場合でも、手段がないわけじゃない。

本人の意思とは別のところで、事実だけを浮かび上がらせる方法はいくつかある。

綺麗なやり方とは言えないが、結果は同じだ。

 

あとは──どこまで彼女に負担をかけるか。

そして、それを俺が選ぶべきかどうか。

 

ふと、ポケットの中でスマホが震えた。

振動は一度きり。短く、しかし無視できないタイミングだった。

 

画面を確認すると、差出人は一之瀬。

生徒会関係の連絡だろうと、内容を開く前から察しがつく。

 

そういえば、生徒会のことをすっかり忘れていた。

 

教室では須藤の問題を巡って議論が続いている。

まだ結論は出ていない。

この先、愛里が名乗り出るかどうかで流れは大きく変わるだろう。

 

だが、俺がここに留まる理由はもうない。

結末を見届ける前に動くべき場面もある。

 

スマホを伏せ、静かに席を立つ。

ざわめく教室を背に、俺は足早に廊下へ出た。

 

 

「どうするつもりだ?」

 

生徒会室に足を踏み入れ、背後でドアを閉めた瞬間、投げかけられたのは生徒会長の声だった。

感情の起伏が一切感じられない、事務的な問い。

だが、その矛先がDクラスとCクラスの件であることは明白だ。

 

「なるようになるんじゃないですかね」

 

俺もまた、核心を避けた返答を返す。

それ以上突っ込む価値はないと判断したのか、生徒会長は小さく息を吐き、再び書類へと視線を落とした。

 

「……」

 

それを合図にしたかのように、室内の空気が通常運転へと戻る。

 

「すまん、一之瀬。連絡ありがとう」

 

少し声を落として言うと、一之瀬は慌てたように首を横に振った。

 

「ううん、大丈夫。たぶん……Cクラスとのトラブルの話、してたんだよね?」

「ああ。先に忠告を受けていたのに、まさかこんな形で表に出るとは思わなかった」

 

俺の言葉に、一之瀬は一瞬だけ視線を伏せる。

心当たりがある、というよりは──嫌な予感が現実になった、という顔だった。

 

「須藤君のこと……だよね」

「そうなるな」

 

短いやり取り。

だが、状況は単純じゃない。

 

表向きは暴力事件。

実際はクラス同士の思惑と、生徒評価という学校の論理が絡み合っている。

 

「綾小路君……これ、生徒会が動くことになるのかな」

 

一之瀬の問いに、俺は少しだけ間を置いた。

 

「動かざるを得ないだろう。放っておけば、Cクラスの主張だけが“事実”になる」

 

その言葉の意味を、一之瀬はすぐに理解したようだった。

ぎゅっと拳を握り、しかし何も言わない。

 

須藤を守る方法はいくつかある。

証人、状況証拠、あるいはもっと強引なやり方も。

相手がどれだけ食い下がってくるかで対応は違うが、結局行き着く先は同じである。

 

「……綾小路君、何か助けが必要なら、いつでも声かけてね?」

「ああ」

 

……そのときは遠慮なく利用させてもらおう。

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