好奇心の下僕   作:かんぱにい

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フョードル・ドストエフスキー


囚人を逃亡させない最も良い方法は、監獄に入っていると気づかせないことだ。

入学して1ヵ月、スマートフォンすら持っていなかった俺は、朝起きるとメールを確認するのが日課になっていた。

 

基本、22時には寝るのが俺のルーティーンだが、クラスメイトはそうではないらしい。

話が盛り上がったようなときには、100件以上の未読メッセージが溜まっている。

 

本日も20件ほど溜まっていた。

 

 

 

「綾小路君! ポイントどれくらい増えてた?」

「ざっと16000ptってところか」

「やっぱり……」

 

登校すると、真っ先に佐藤が駆け寄ってきた。

いつもなら挨拶してくれるのだが、今日ばかりはそうもいかないらしい。

 

……俺としては特に疑問はないのだが、どうしてクラスメイトは騒いでいるのだろうか。

しばらくすると、前方の扉から茶柱先生が入ってきた。

 

「おはよう諸君。これより朝のホームルームを始める……が、その前に何か質問があるようだな」

「先生、振り込まれているポイントが少ないようなのですが……」

「少ない? 何を言っている。16000pt、間違いなく振り込まれている」

「い、いや、だって10万pt振り込まれるはずだろ?」

「そうだそうだ!」

 

静かになっていたはずの教室は、またしても騒がしくなる。

そしてその姿を見た先生は、冷たい笑みを浮かべた。

 

「お前達は本当に愚かだな」

 

一瞬、堀北が手を強く握ったのが見えた。

自分も愚かだと思われたくないのだろう。

 

「お、愚かっすか?」

「座れ本堂、2度はない」

 

1番前にいた本堂は、先生の威圧に負けたのかすとんと崩れた。

 

「本日午前0時付けでポイントは振り込まれていただろう?」

「いや、だって、そんな」

 

誰の声なのかも分からないくらい小さな声だ。

そしてそれをかき消すように、教室中央から声が響く。

 

「ハハハ、理解したよティーチャー。つまりは普段の態度がポイントとして評価されたということだね?」

「はぁ? どういうことだよ」

「遅刻欠席15回。授業中の私語や携帯を触った回数345回。この学校ではクラスの成績がポイントに反映される。お前達は84000ptを無駄に吐き出したわけだ」

「んなっ!」

 

事ある毎に教師がメモを取っていたのはこのためだったのだろう。

教師の死角に入る場所も、監視カメラで確認しているはずだ。

 

「先生……僕たちはそんな話聞いていません……」

「そうか? 少なくとも9年間、義務教育で教えられていたはずだぞ? 授業中の私語は慎め、居眠りをするな……散々言われてきたと思うがな」

 

平田が悔しそうに歯噛みしたのが見て取るようにわかる。

反論しようにもできないのだから仕方ないことではある。

 

 

「先生、質問があります」

「なんだ綾小路、話だけは聞いてやる」

「もしも生徒全員が真面目に授業を受けていた場合、10万ptがそのまま残っていたということですか」

「そうだ。たらればの話だが」

「正気ですか?」

「……何?」

 

シニカルな表情から一変、今度は胡乱な眼差しが向けられる。

 

「自分自身が常識ある人間だとは思いませんが、どう考えても──」

「どうした? 何か言いたいことがあるのだろう?」

「合点がいきました。1ヵ月前、先生は『この学校で買えないものはない』と言いましたね」

「……」

「ということは、形のないものも買うことができるということですね。例えば……成績とか」

「……面白いな、綾小路清隆」

 

否定も肯定もせず。

ただその目つきは先程までとは変わっていた。

 

「無駄話が過ぎたな。そろそろ本題に移ろう」

 

先生は手に持っていた紙を広げ、黒板に張り付ける。

 

Aクラス940ポイント

Bクラス650ポイント

Cクラス490ポイント

D クラス160ポイント

 

半信半疑になりながらも堀北はそれを正しく解釈する。

 

「これは、各クラスの成績ということ?」

 

堀北の独り言なのか質問なのかわからない問いをスルーしていると、今度は問いかけてくる。

 

「ねぇ、おかしいと思わない?」

「確かに、随分と綺麗に並んで──」

「なんでだよ! なんで他のクラスはそんなにポイントが残ってんだよ!」

 

なりふり構わず大きな声で叫んだのは池。

 

「言っておくが不正は一切していない。全てのクラスでは同じルールで採点された。それでこれだけ差がついた。それだけが事実だ」

「何故、これまでクラスのポイントに差があるんですか?」

「お前らもそろそろ理解してきたか? 何故お前たちがDクラスに選ばれたのか」

「え、クラスって適当に割り振られるもんだよな?」

「うん。そうなんじゃないの?」

 

口々にそんな言葉が飛び交う。

 

「この学校では優秀生徒はAクラスへ。ダメな生徒はDクラスへと配属される仕組みになっている。つまりここは、落ちこぼれが集まる最後の砦。つまりお前らは不良品ということだ。何、例年もこんなものだ。悲観することはない」

 

堀北の表情が強張っていく。クラス分けの理由がショックだったためだろう。

 

「クラスポイント×100がお前達に与えられるプライベートポイントだ。この学校は0ポイントでも生活出来るようになっている。安心しろ。死にはしない。時間もないから、次の話に行く」

 

茶柱先生は紙をもう1枚、黒板に貼り付ける。

そこにはクラスメイトの名前と横に数字がズラリと並んでいた。

 

「これは昨日の小テストの結果だ」

「……ん?」

 

1番左上にあるはずの俺の名前がない。

成績順でも名前順でも俺が1番上のはずなのだが。

というかどこにも俺の名前がない。

そして右下だけ1人分のスペースが空いている。

 

「これが本番だったら、8人の退学が決まったところだったぞ」

「退学っ!?」

「なんだ。説明していなかったか。この学校では定期テストで赤点を取ったものは例外なく退学になる決まりになっている。今回のテストで言えば34点以下の全員が退学ということだ」

 

視界の右端には、青い顔をした須藤が見えた。

最下位こそ逃れたものの、赤点合格のボーダーには10点届いていない。

 

「聞いてないっすよ!」

「私に言われても困る。学校の方針だからな」

「ティーチャーの言う通り、このクラスには愚か者が多いようだねぇ」

「んだと! お前だってどうせ赤点だろうが!」

「フフフ、よく見たまえ」

 

高円寺の名前は左上隅、つまりクラスで最も良い点数を取ったことになる。

 

「うっそだろ……1位かよ……」

「それから、もう1つ付け加えておく。国の管理下にあるこの学校は高い進学率と就職率を誇っている。それは事実だ。そして、好きな所に行けると浮かれていることだろう。だが、そんな上手い話はない。その話が適用されるのはAクラスのみ。それ以下のクラスで、将来の望みを叶えたかったものは苦汁を飲むことになるだろう」

「なっ……!」

 

今度は同率1位の幸村から声が上がる。

それもそうだろう。

進学・就職ともに希望する場所へ行けるというのがこの学校の謳い文句だった。

しかしそれが適応されないとなれば、抗議したくもなるだろう。

堀北も恐らくは同じようなことを思っているのだろう。

 

「みっともないねぇ。男が慌てふためく姿ほど、惨めなものは無い」

「……お前はDクラスだったことに不服は無いのかよ!」

「不服? 質問の意図が分からないねぇ」

「学校側からレベルの低い落ちこぼれだと認定されて、その上、進学や就職の保証もないと言われたんだぞ!」

「ふ、実にナンセンス。愚の骨頂だねぇ〜」

 

高円寺は幸村の顔も見ず、爪を研ぎはじめる。

相変わらず、尊大な態度を崩そうともしない。

 

「学校側の評価なんて私には一切興味が無いのだよ。私は誰より私を評価し、尊敬し、尊重し、偉大なる人間だと自負している。それに、私の学校側に進学、就職を世話してもらおうなんて微塵も思っていないのでね。既に高円寺コンツェルンの跡を継ぐことは決まっている。どのクラスで卒業しようが些細なことなのだよ」

 

そしてそれを当然だと思っている高円寺。

幸村は何も言い返せず、腰を下ろすしか無かった。

 

「浮かれていた気分は払拭されたか? お前らの置かれた過酷な状況も理解できたはずだ。中間テストまで後3週間。じっくりと熟考し、退学を回避してくれ。お前達が赤点を取らずに乗り切る方法があると確信している」

 

それだけを言い残して茶柱先生は教室を後にした。

 

 

先生が去った後の教室は混乱の坩堝であった。

Aクラス以外には恩恵がないというのが響いたのか、赤点が即退学ということに焦っているのか、俺の質問の意図を尋ねてくる人はいない。

 

「どうしよう綾小路君!」

「落ち着け佐藤。今焦ってもしょうがない」

「でもさ……」

 

佐藤は赤点こそ逃れたものの、その差はわずか1点である。

小さなミス1つで退学処分が下るのだ。

 

「綾小路君は随分と冷静だね」

「ん? ああ、俺がここにいるのは自由を求めてだからな。進学とか就職のためじゃない。そういう松下は落ち込んでいるようだな」

「そりゃあ、ね……」

 

松下はクラスで6番目。

成績としては申し分ないのだろうが、先生の言い方だといくら成績が良くても進路を自由に決められない。

 

混乱を沈めたのは平田の一声だった。

 

「とりあえず皆、落ち着こう!」

 

おかげで騒がしかった教室が多少静かになる。

 

「とりあえず、僕たちに今できるのは授業を真面目に受けることだ。これ以上ポイントを減らすわけにはいかないだろう?」

「無理無理! これ以上ポイント減らされたら生きていけない!」

「それから、3週間後のテストのために、勉強会を開こうと思うんだ。自信がない人は放課後集まってくれると嬉しいな」

 

流石はクラスのリーダー、平田だ。

誰1人として文句を言うことなくクラスをまとめてしまった。

まあ、文句を言ったところでそれ以上の策があるわけでもないだろうが。

 

「ところで、さっきから何書いてるの?」

「これか? これはポイントのマイナス計算だ。確証はないが、十中八九合ってると思うぞ」

 

俺たちに与えられたcpは160。

元々あった1000から840引かれたことになる。

遅刻・欠席15回、授業中の私語や携帯を触っていた回数が345回。

恐らく、1回につき前者はマイナス10、後者がマイナス2といったところか。

1000-(15×10+345×2)=160

計算上はこれで正しい。

 

「……ほんとだ。よくわかったね綾小路君」

「ただ、これがわかったところで現状の改善はできないんだけどな」

「あー……それもそうだね」

 

普段であれば、このような些細なことでも気が付くはずだが、それすらできていないということは、松下は見た目以上に参ってしまっているようだ。

 

壇上から降りてきた平田は、教室内では珍しいことに俺に話しかけてきた。

 

「綾小路君、少しいいかな」

「勉強会の件か」

「うん。綾小路君にも先生役をお願いしたいんだけど……いいかな」

「ああ、構わない。ただ、やる気のある奴だけにしてくれ」

「わかった。ありがとう綾小路君」

 

ところで、皆はテストの結果に俺の名前がなかったことに気が付かなかったのだろうか……。

 

 

 

放課後、勉強会のために準備をしていると、何故か放送がかかった。

 

「1年Dクラス綾小路君、茶柱先生がお呼びです。職員室まで来てください」

 

「悪い佐藤。ちょっと呼ばれたから行ってくる」

「うん……。あの、何かやったの?」

「特に変なことをしでかした記憶はないが……」

「そっか……図書館で待ってるね」

 

 

校内のフロアマップこそ頭に入っているが、まだまだ行ったことのない場所は数多くある。

職員室もそのひとつだ。

 

「すみません、茶柱先生はいますか」

「んん? もしかして、君がさっき呼ばれてた子?」

「はい、綾小路清隆です」

「サエちゃんねぇ、さっきまでここにいたんだけど……」

 

随分と明るい先生だ。

あの冷たい印象の茶柱先生を「サエちゃん」呼びとは、仲の良さが伺える。

ただ絡まれているだけという可能性も捨てきれないが。

 

「星之宮先生、ですよね。Bクラス担任の」

「! そうそう! よく覚えてるね私のこと!」

「記憶力には自信がありますので」

「格好良いねぇ綾小路君。もしかしなくてもモテるでしょ! 彼女とかいないの?」

「いないですよ」

「うっそだ〜! あ、なら私が」

「何をしてるんだお前は」

 

調子に乗り始めた星之宮先生の後ろから、げんなりした表情の茶柱先生が現れ、クリップボードでパシンと頭を叩いた。

 

「イタッ! 何するのよサエちゃん!」

「サエちゃん呼びはやめろと言っているだろうが。というかうちの生徒に絡むな」

「も〜、綾小路君を待たせたのはサエちゃんでしょ?」

「はぁ……もういい。ついてこい綾小路」

 

こういったやり取りは何度も繰り返されているのか、茶柱先生はため息を吐いて疲れた顔を見せた。

 

「おい知恵。どこまでついてくるつもりだ」

「え〜? 私も行っちゃダメなの〜? いいよね綾小路君」

「さあ。呼ばれた内容がわからないので何とも言えませんが」

「もしかして〜、下克上狙ってるの?」

 

星之宮先生の声のトーンが1段下がったのがわかった。

先ほどまでの仲良さげな印象はどこへ行ったのだろうか。

 

「まさか、そんなわけないだろう」

「ふふっ、サエちゃんには無理よね」

 

引き剥がそうとする茶柱先生に対し、ついてこようとする星之宮先生。

終止符を打ったのは、1人の女子生徒だった。

 

「星之宮先生、少しお時間よろしいでしょうか」

「ほら、呼ばれているぞ知恵。さっさといけ」

「も〜、仕方ないわね。一之瀬さん、職員室に行きましょうか」

「はい」

 

わざわざ茶柱先生に頭を下げるとは、何とも律儀な生徒である。

 

そうこうしているうちに、とある部屋に辿り着いた。

 

「生徒指導室? 俺、何かやらかしました?」

「ああ、そうだな。と、その前に、ここに入っていろ」

「はぁ……」

 

そして指導が始まるのかと思いきや、隣にある給湯室に押し込まれる。

 

「いいか、一切音を立てるんじゃないぞ。もしも物音がしたらお前は退学だ」

「んな無茶苦茶な……」

 

わざわざこんな場所に閉じ込めておいて、音も立てるなとはおかしな話である。

給湯室の扉を閉められてから5分もしないうちに、今度は生徒指導室の扉が開く音がした。

 

「失礼します」

「来たか。それで? 私に話とは何だ?」

 

どうやらやってきたのは堀北のようだった。

壁の向こう側だというのに、ほとんど遮られない音。

わざわざ俺に聞かせたいことがあるとみていい。

 

「率直に伺います。何故私がDクラスに配属されたのでしょうか」

「不満か?」

「ええ。先生は優秀な順にAクラスに選ばれるとおっしゃいました。そしてDクラスは愚か者、欠陥品の集まりだと」

「どうやらお前は自分が優秀だと思っているようだな」

「入学試験も面接も、大きなミスをした覚えはありません」

「確かにお前は試験の結果は良かった。面接も好印象ではある」

「では何故っ」

「質問するが、どうしてDクラスでは不満なんだ?」

「正当な評価がされないのですから当たり前でしょう」

「正当な評価、か。随分と自己評価が高いんだな」

 

くっくっくと、心底愉快そうに笑う先生。

担任にしてはだいぶ捻くれた性格をしているように思うのだが、問題はないのだろうか。

 

「残念だがお前はなるべくしてDクラスになった。ああ、上に直談判しようと無駄だ。決めたのは私ではなくその上の連中だからな」

「っ!」

「お前も薄々気がついているだろう? ここはただの進学校ではない。そうであったら池や山内なんかが入学できるはずがないのだからな」

 

確かに、最初に勉強を教えたときの須藤もそうだが、堀北や幸村など上位層と下位層とでは、かなりの成績の差がある。

学力のみでこの学校の入試が行われるとすれば、おかしな点が多々見受けられる。

 

「安心しろ。まだAクラスになる方法はいくらでもある」

「……未熟な生徒が集まるDクラスでAクラスよりも優れた結果を残せるとは思いません」

「それは私の知ったことではない。3年間を無為に過ごすも必死に足掻くもお前次第だ。……ああ、それからもう1つ。お前にとって喜ばしいこともあるぞ」

 

ヒールの音が給湯室にも響き渡る。

そろそろ出てこいということだろうか。

 

「出てこい、綾小路。……綾小路?」

 

照明はなかったが、夕日が差し込んでくれたおかげで手間取らずに準備することができた。

 

「お前……何をしている」

「見ての通り、お茶を淹れたんですが……」

「……」

「え、お茶淹れろってことじゃなかったんですか」

「……どうやって音を立てずに……いや、そこはどうでもいい」

「せっかくですし飲みます?」

「………………頂こう」

 

疲れていたのか、あるいは喉が渇いていたのか、咎められることもなくお茶を受け取ってもらえた。

 

「堀北はどうだ?」

「結構よ」

「いいのか? お前が知りたいことをこいつは知っているかもしれないぞ?」

「……手短にお願いします」

「……綾小路、お前はこの学校をどう思う?」

 

何とも抽象的な質問だ。

だが、それに対する答えを俺は持っている。

 

「監獄ですね」

「ほう?」

「3年間、敷地の中から出られない。ただ、娯楽があるため誰も牢の中だとは思っていない。その娯楽も優秀な者にのみ与えられる」

「続けろ」

「3年間を模範囚として過ごすことができれば、社会的にも優秀だと認められ、その後を自由に選択できる。……そして模範囚というのがAクラス。という認識です」

「なかなか愉快な考えだな。では、Aクラスではないお前自身はどうだ?」

「世の中には檻の中のほうが気楽に過ごせる場合もあるんですよ」

 

少なくとも俺はそれに当てはまる。

 

「なるほどな。お前はAクラスで卒業する恩恵よりも、3年間を自由に過ごせることの方が重要ということか。変わり者だな」

「高円寺ほどじゃありませんよ」

「アレはもう例外だろうが。……ところで綾小路。昨日の小テストは散々だったな」

「はい? いや、そんなはずはありません。俺は文章一言一句まで覚えています。満点以外ありえません」

 

今この場で諳んじろと言われてもすぐにできる。

手癖で解いたとはいえ、俺が間違えるはずがない。

 

「大層な自信だが、残念ながら綾小路清隆の小テストは存在しない。何故か無記名の解答用紙はあったがな。……一体どういうつもりだ?」

「……? ……!」

「…………ああ、そういえば、テストって自分の名前を書くものでしたね」

「はぐらかすな」

「至って真面目です」

「……そうまでして誤魔化すつもりか。では、これは何だ?」

 

誤魔化してはいないのだが、この教師は話を聞く耳を持っていないのだろうか。

 

先生が取り出したのは、俺の顔写真が載っている紙。

いわゆる調査書と言われるものだ。

 

「綾小路清隆の入試、面接ともに評価欄が空白……」

「それはそうでしょう。俺、入試も面接も受けてないですから」

「……ならお前はどうやってこの学校に入学した?」

「コネでしょうね。父親、あるいはここの理事長の」

「…………まあ、この通りだ堀北。こいつがいればもしかしたらAクラスにも上がれるかもしれんぞ?」

「……」

 

長い沈黙。

静寂を破ったのは、チャイムの音だった。

 

「もうこんな時間か。私はもう戻る。ここから先、どうするのかはお前達次第だ」

 

いつの間にか俺も巻き込まれている。

別段拒否したいというわけではないが、腑に落ちないことは多々ある。

 

 

早速図書館に向かおうと足を踏み出したところで、後ろから呼び止められてしまった。

 

「綾小路君、Aクラスに上がる手助けをしなさい」

「何故だ?」

「何故って、あなたはAクラスに上がることに興味がないというの?」

「ない。高円寺のように、というわけじゃないが、俺にだってやりたいことも、やらなければならないこともある」

 

もちろん、ポイントは欲しいが、必死になってまでやることでもない。

すると、堀北は別の切り口から俺を懐柔しようとし始めた。

 

「……そういえば、あなたには貸しがあったわね」

「…………何のことだ」

「ちょうど1か月前よ。あんな大言壮語を言うくらいだもの、覚えているわよね」

「黙秘する」

「却下よ。それに、貸しと言ったのはあなたよ」

 

なんということだ。

1ヵ月前のことがこのタイミングで返ってくるとは。

 

「はあ、わかった。だが何をさせるつもりだ? この後の勉強会もその一環だぞ」

「今日はいいわ。明日から頑張ってもらうわよ」

 

こうして、俺は堀北に貸しを返さなければならなくなってしまった。

 

「あと、もう1つ聞きたいことがあるのだけれど」

「今度は何だ。小テストの問題のことなら勉強しろとしか言えないぞ」

「それも気になるけれど、朝の質問のことよ」

「朝……ああ、あれか」

「どうしてあんな質問をしたのかしら」

「どうして、と言われてもな……。堀北、1ヵ月で何pt使った?」

「そうね……2万ptくらいよ」

 

その中には初期費用も含まれているはずだ。

だとすれば、堀北の来月の出費はさらに少なくなるはずだ。

 

「そうだよな。すぐに10万pt使う奴もいるが、普通の人なら平均4、5万くらいだ。もし全校生徒に毎月10万支給されるとすれば、年間5億7600万。この半分は死蔵されるのにわざわざ配るのは無駄だろう」

「……確かにそうかもしれないわね……」

「だから俺は10万ptは入学祝いだと受け取っていた。毎月10万pt支給とは明言されていなかったしな。翌月からは2万pt程度支給と思っていたわけだ」

「それであんな質問をしたわけね……」

「話している途中、最初のHRのとき茶柱先生が『この学校で買えないものはない』と言ったことを思い出した。つまり、目に見えないものも買えるってことだ」

 

堀北は黙ったままこちらをじっと見つめる。

 

「おそらく、生徒同士でも権利の売買はできるはずだ。例えば俺を顎で使う権利とかな」

「……何よ。言いたいことがあるわけ?」

「まあ、結局このあたりは相手のさじ加減だけどな。極論ptでクラス変更もできるかもしれない。Aクラスになるだけならそっちの方が簡単かもしれないぞ」

「あなた、まだAクラスを目指すつもりがないわけ?」

「俺と堀北とじゃ目的と手段が逆なだけだ」

 

俺であれば、ポイントを増やすために上位のクラスを目指す。

だが、堀北はAクラスに上がるためにポイントを貯める。

こればかりは相入れることはないだろう。

 

そもそも、俺の最終的な目標は、ホワイトルームの壊滅なのだから。

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