「もうべんきょうやだぁ……」
「まだ30分しか経ってないぞ、佐藤」
勉強会初日、俺は教える側として図書館にいた。
生徒側にいるのは佐藤、松下、小野寺、王、井の頭、そして篠原。
見事に女子ばかりである。
そもそも男子がやる気を持っていなかったというのもあるが。
ちなみに、篠原とは同じ料理部のよしみで勉強を教えることとなった。
「綾小路君、勉強できるようになる方法ないの?」
「あるぞ」
「だよねぇ……あるの?」
「結局は意識の問題だからな。取っ掛りがあればいい」
「教えて教えて!」
ずいっと身を乗り出す佐藤と篠原。
井の頭と王も、声には出さずとも期待した目でこちらを見てくる。
「自分はできると思い込むことだ」
「……え、それだけ?」
「極論、それだけだ。最初から満点を目指すのと、赤点回避を目指すのでは全く違う点数になる」
「それはそうだけどさぁ……」
「なら佐藤、井の頭、この問題を解いてみてくれ」
「えぇ……わかった」
佐藤は渋々と、井の頭はおずおずと問題を解き始める。
だが、終わったときにはそれなりに自信がつくはずだ。
頑張れば満点を取れるように調整しているからである。
「松下と王のはこれだな。これが小野寺の、これは篠原のだ」
「……? これ、何か違いがあるの?」
「ああ、この30分で学力はだいたい把握できたからな。それぞれ満点が取れそうな問題をまとめてみた」
「! ほんとです……! 私と心ちゃんの問題が違います!」
流石に全科目のテストは作れていないが、1科目だけなら30分あれば問題ない。
学力が似通ったペアがいる分、そこも楽にできた理由だ。
「それを見てわかるように、松下、手抜きはさせないからな」
「……バレてた?」
「悩んでいるフリをするのはいいがわかりやすいぞ。せめて何か別のことでも考えていれば違うんだろうが」
「うーん……綾小路君には隠し事ができなさそうだね」
結局真っ先に解き終え、一段落ついた松下は、俺の採点中手持ち無沙汰になったのか小声で話しかけてきた。
「そういえば綾小路君、確か須藤君にも勉強教えてるんだよね? 大丈夫なの?」
「何をもって大丈夫なのかは分からないが、須藤はやってこなかっただけだな」
「へ〜、私たちと同じように教えてるんだ」
「いや、須藤は四則演算からやり直させている。今は連立方程式まで教えているところだ」
本当にバスケ一筋だったのだろう。
教えたての頃は小学校の範囲すら危うかった。
「し、四則演算……。でも、テストまでに間に合うの?」
「間に合わせる。……まあ、間に合わなくても何とかなるだろう」
「ん? 今なんて言った?」
「いや、なんでもない」
「やった! 満点!」
「あと1点だったのに……あーあ」
全員分の採点を終え、返却した答案を見て、皆一喜一憂している。
一番点数が低かった井の頭でも95点を超えており、俺の把握していた学力は正しかったことに一安心した。
「凄いですね、綾小路君」
「どうした王? 褒め言葉として受け取っておくが」
「勉強も運動も、教えるのも全部上手で……。私、自信がなくなってきます……」
記憶の範囲では、王は成績優秀な生徒だ。
特に英語なんかは中国からの留学生ということもあり、クラスでも五本の指で数えられるだろう。
一方、小柄な体格の通り運動神経は良いとは言えない。
「そう悲観するな。俺だってなんでも出来るわけじゃない。なぁ篠原」
「え、そ、そう?」
「最初に料理したときのこと、覚えているか?」
「あ、うん」
「最初はほとんどまともに調理できなくてな。作ったものほとんど焦がしてしまった。それも苦くてまともに食べられないくらいには」
「そうなの?」
「いやー、まあ確かにそうだったけどさぁ……」
「初めからなんでもできる奴はいないんだ。少しずつ学んでいけばいい」
「……はい! わかりました!」
他人の能力ばかり見ても仕方のないことだ。
上昇志向はいいが、上ばかり見ていても疲れるからな。
「さつきちゃん、何か言いたいことありそうだけど……どうしたの?」
「綾小路君、確かに最初こそ焦がしてたよ? でもさ、レシピ見ながら普通にやっていったらどんどん上達してったんだよ。もう初心者レベルじゃないもん。多分私、すぐ抜かれちゃう……」
「ま、まあ、励ますための方便ってことじゃないかな」
……後ろでコソコソと話しているが、聞こえていないことにする。
「あと、そんなに堅苦しい言い方はしなくていいぞ。砕けた話し方でいい」
「えと、わかりま……わかった。その、私のことも、王じゃなくて、みーちゃんって呼んで欲しい、です……」
「みーちゃん、でいいか? なら俺も清隆でいい」
「うん!」
「あ、ズルい! 私も!」
「落ち着けさ……麻耶」
「じゃあ私も〜!」
そうこうしているうちに、初日の勉強会はお開きとなった。
まあその後に須藤との勉強会……もとい指導が待っているのだが。
「おはよう綾小路君、松下さん」
「……おはよう堀北」
珍しく堀北の方から挨拶をしてきた。
別に好感度が上がったとか、そういうことではない。
ただ単に俺を逃がそうとしないためだろう。
「おはよう堀北さん」
「少し綾小路君を借りるわよ」
「あ、うん。わかった……」
「はぁ……それで、俺に何をしろって言うんだ?」
「あなたにはあの2人を勉強会に参加するようにしてほしいの」
「あの2人……池と山内か。そういうことは俺じゃなくて櫛田の仕事だろ。櫛田に頼んだらどうだ?」
「嫌よ。だってあの子、私のこと嫌っているもの」
「! ……驚いた。気付いてたのか。てっきり……」
てっきり人の好意を無下にしているものかと思っていたが、悪意に反応した上で断っていたらしい。
「ちなみに教えるのは誰だ? 平田に任せるのか?」
「あなたよ、と言いたいところだけれど、既に受け持っている人がいるものね。私が手伝ってあげるわ」
「さいですか……。俺が櫛田に頼むのはいいのか?」
「構わないわ。あくまでも綾小路君自身のやり方だもの」
間接的であっても堀北は櫛田に頼みたくはないらしい。
俺が自己判断で櫛田に頼んだことにさせたいようだ。
そもそも、俺が頼んで櫛田が聞き入れてくれるだろうか……いや、櫛田のことだから断ることはないか。
内心どう思っているのかは敢えて考えずにいよう。
昼休み、俺たちは食堂で昼食を摂っていた。
話すのは珍しく俺だ。
話すというよりは愚痴をこぼすという方が正しいが。
話し終えると、朝一緒に登校してきた千秋が納得したように頷いた。
「なんだ、そういうことだったんだね」
「堀北には困ったものだ。俺は決して安い男じゃないんだけどな」
「その割には安請け合いばかりしてるように思えるけどね〜、清隆君」
「俺に利があれば交換条件でいいんだよ」
安請け合いとは酷い言い草だ。
かや乃の目には俺が一体どう映っているのだろうか。
俺が二つ返事で引き受けることなんて…………あったかもしれない。
続いて口を開いたのはさつき。
オレンジジュースがなくなったコップがカランと音を立てる。
「でもさぁ、あの2人をよく勉強させる気にできるね。やる気なんてこれっぽっちもなさそうなのに」
「そこは櫛田に頼もうと思ってる。池や山内と俺とではあまり交流がないからな」
「ええっ! も、もしかして桔梗ちゃんとつ、付き合ってるの?」
「そんなことはないが」
「じゃあ綾小路君のタイプってこと?」
「あ、それ私も気になる!」
「そういうわけじゃないが、俺のタイプ……タイプか」
今までに、異性に対して恋愛感情を抱いたことはない。
ホワイトルームで感情を排してきた、というだけでなく身近に異性がいなかったのが要因だろう。
「そうだな……どんな形でもいいから、俺を楽しませてくれるとありがたい、と思う」
「ふーん……なかなかざっくりしたイメージだね」
「今まで気にしたことなんてなかったからな。どうも言語化するのが難しい」
ホワイトルームにもかつては異性がいたはずだが、歳が2桁になるころにはいなくなっていた。
「そういえば清隆君。さっきの話で思い出したんだけど、満点取れなかったらカフェ代奢ってくれるって言ったよね」
「……確かに言ったな。その場にいたのは3人だったが」
現在この場にいるのは俺を除いて6人。
単純計算で倍の値段、俺が支払うことになるわけだ。
「えー、さつきちゃんたち除け者にするの? 清隆君ひどーい」
「そんなことはしない。男に二言はない」
「き、清隆君? 私たちの分まで持ってもらわなくても」
「いいんだみーちゃん。これは俺にとっての戒めみたいなものだからな」
あのときは本当に気が抜けていた。
ホワイトルームから出てひと月、浮かれてしまっていた俺には苦い薬になった。
だがそれでも、みーちゃんや心は申し訳なさそうな顔をしている。
「でも……」
「ならこうしよう。みーちゃんと心にひとつ頼みがある」
「はい! できることならなんでもします!」
「いや、そこまで気負わなくてもいいんだが……。クラスに佐倉愛理って子がいるだろ? その子と何となく話してほしい」
「そんなことでいいんですか? あ、いや、佐倉さんと話すのが嫌ってわけじゃなくて、その……」
「これも大事なことだ。佐倉は小テスト赤点ギリギリだったから勉強を教えたいところだが、男の俺がいきなり話しかけても驚かせるだけだろうからな。2人には窓口になってもらいたい」
「そういうことなら……わかりました!」
「ねぇ、それじゃああたしは? 1人だけ何もなしってことはないでしょ?」
「ああ、俺の予想が正しければそう遠くないうちに手を借りることになる。それでチャラだ」
「おっけー。……一応聞くけど、難しいことじゃないよね?」
「ああ、大したことじゃない」
さつきはほんのり不安感を滲ませていたが、俺の一言で安心してくれたようでほっと息を吐いた。
放課後、図書室の片隅で、俺は堀北から冷たい視線を浴びせられていた。
「彼女が来るなんて聞いてないのだけれど」
「言ってないからな」
「えっと、邪魔だった、かな?」
昼休みのうちに、勉強会に参加する男子を櫛田に募ってもらったのだが、彼女自身も参加したいと言ってきた。
「私も勉強会に参加したいんだけど……」
「……あなたは赤点まで余裕があったはずよね?」
「あれは、選択問題がラッキーで当たっただけだよ。本当なら多分ギリギリで……」
「そう……わかったわ」
説得を諦めたのか、ため息を吐く堀北。
その代わり、こちらを咎めるような目つきは変わらない。
「赤点って、確か34点だったよな? 40点くらい取れりゃ余裕だな」
「いいえ、あなた達には50点以上を目標としてもらうわ。ギリギリのラインを目指すのは危険よ」
堀北の言葉に渋々頷く赤点組とその候補。
「候補はこちらでまとめたわ。分からないところは私に聞いて」
「……なんだっけこれ? れん……れん何とか」
どうやら連立方程式の問題らしい。
初級も初級の問題だが、赤点組にとっては鬼門かもしれない。
最初の須藤あたりだと見た瞬間にギブアップしていたことだろう。
スラスラと解いていく堀北に着いていけているのは櫛田くらいで、それ以外は手が止まってしまっている。
「はぁ、わっかんねぇ」
「ほら、もう少し頑張ろ?」
「櫛田ちゃんが教えてくれるなら、俺もう少し頑張れるかも!」
「あ、おいずりーぞ寛治!」
「え、えっと、ここはね……」
目の前に広がる情けない光景に、堀北の怒りのボルテージが上がっていくのが見て取れる。
櫛田はそんな堀北と赤点組の板挟みになっている。
そして俺はといえば、英語の問題を作成している最中であり、ある意味蚊帳の外である。
「どうかな?」
「……え? これで答え出るのか? なんで?」
「…………あなたたち、あまりに無知、無能すぎるわ」
櫛田の全力のサポートも実らず、ついに堀北が声を発した。
いつもよりも数段冷たい声である。
「こんな醜態を晒しておいて、将来どうやって生きていくのか分からないわね」
「は、はぁ?」
「そうやってずっと辛いことから逃げてきたのでしょう? 社会に出てからもどうせ役には立たないわ。さっさとここから、いえ、学校からいなくなってくれないかしら」
ここに須藤がいなくて良かったと心底思った。
こうも罵倒されたら、須藤が暴れ始めていた可能性がある。
「ッチ。あーもういいや。堀北さんは頭いいかもしんねえけど、正直ムカつくし」
「どうぞご自由に。退学してもいいならね」
あっという間に男子陣がいなくなってしまった。
残ったのは堀北と俺、そして櫛田。
「……どうして、堀北さんは敵を作るような言い方をするのかな」
「敵? あんな人たちはどうせすぐ退学するわ。気にするだけ無駄よ」
「そんなっ……! 綾小路君も何か言ってよ」
「諦めろ櫛田。言葉じゃ堀北は変わらない。赤点組は俺がどうにかしてみよう」
「ありがとう綾小路君……。私も手伝うから。また明日」
そう言い残し、櫛田も図書室から去ってしまった。
「どうにかするなんて、大言壮語もいいところね」
「誤解してるな堀北。こんなものは事実にすぎない」
「そう……そこまで言うのなら見せてもらいましょうか」
堀北までも立ち去り、図書室には静寂が広がる。
ここまですぐに勉強会が終わると思っておらず、まだプリントの半分も埋まっていない。
仕方がないのでこの1枚だけ終わらせて帰ろう。
と、思っていると、書架の陰から女子が顔を出した。
「こんばんは、綾小路君」
「椎名か。こんばんは」
「Dクラスは大変そうですね。とはいえCクラスも似たようなものですが」
「お互い様だな」
Cクラスの彼女の名は椎名ひより。
図書室で数度話をした顔見知りだ。
初めて会った日から、図書室に行くたびに顔を会わせるので、こっそり図書室に住んでいるんじゃないかと思ってしまったほどである。
「椎名は試験勉強捗ってるか?」
「ふふ、大丈夫ですよ。さほど範囲も広くありませんし、毎日やっていれば問題ありません」
「流石だな」
「赤点を取ってこの図書室から離れてしまうのも非常に惜しいですし……。あら?」
「どうかしたか?」
「そちらの椅子にスマートフォンが置きっぱなしになっています。誰のものでしょうか」
「これは……櫛田のか。悪い椎名。櫛田に届けてくる」
「いえいえ、大切なものですから。またお話しましょう」
いつもなら本について語るところではあるが、他人の忘れ物、それもスマホという個人情報の塊を無視できるわけもない。
名残惜しいが、櫛田にスマホを届けに行くことにした。
気がついて戻ってくることを期待したが、櫛田はいなかった。
どこか別の場所を探しているのかもしれない。
喉の渇きを感じ、コーヒーと櫛田のためにミルクティーを購入した。
「さて……どこにいるんだろうな」
あてもなく探し回っていると、遠くに櫛田らしき人物の姿が見えた。
声をかけるべきか逡巡したが、声量には自信がない。
大人しく追うことにした。
ようやく櫛田が立ち止まったのは、人通りのない学校の外れ。
街灯はあるが、むしろそれが寂寥感を掻き立てている。
「あ────、ウザい」
ときに、不快感を露わにする人間と、心の中に封印しようとする人間。
果たしてどちらが好かれるだろうか。
当然後者である。
「マジで死ねよあのアバズレが。お高く止まってんじゃねえよ。なんなの? 自分が美人だとでも思ってんの? ウザっ。あーウザい。つーかアイツらもバカすぎ。こっちチラチラ見てんのキモい。全員死ねよ」
では、後者がこっそり呪詛じみた言葉を零していて、それを見てしまったとしたら。
自分が世話になったとはいえ、関わりを止めることになるだろう。
あくまで世間一般としては、だが。
ヒートアップした櫛田が柵に蹴りを入れると、大きな音が鳴った。
櫛田としても予想外だったようで、慌てて周囲を見回した。
そうすると当然、俺と目が合う。
「落ち着いたか?」
「……アンタ、いつからそこにいたの?」
「最初からだな」
世間一般ではない俺は、櫛田が一段落するまで見守ることにしたのだ。
「……なんなのアンタ。わざわざここでずっと待ってたわけ? しかもベンチに座ってコーヒー飲んで……私のこと煽ってんの?」
「そんなつもりはない。要件はこれだ」
持っていたスマホを差し出すと、櫛田はスマホをバッと奪い取った。
本人のものであるため奪い取る、と言うには語弊があるが。
「最悪。……全部堀北のせいだ」
「まあ、とりあえず座れ。あとこれも」
櫛田は命令されたと思ったのか、悔しそうな表情で俺の横に座った。
特にそういうつもりはなかったが、口を挟まれても面倒なので放置することにした。
手渡したミルクティーも、渋々受け取った。
「……それで、何が目的?」
「目的、っていうほどのことでもないんだが、少し話を聞こうと思ったんだ。──櫛田桔梗、どうしてお前は『良い人』であろうとする?」
「ウザっ。…………誰かに話したら承知しないから」
「肝に銘じておく」
「はぁ……」
櫛田の表情からは諦念が読み取れた。
口を開いた櫛田は、ぽつぽつと内情を零し始めた。
「私は一番が欲しい。スポーツでも勉強でも何でも良かった。最初はそれで良かった。クラスで一番だった。でも、だんだん私よりも優秀な人間は出てくる。堀北みたいなのがね。……吐きそうだったよ。ストレスでおかしくなりそうだった。だから、誰よりも優しい人気者になることにした」
「なるほどな。皆にとっての一番か」
「そうだよ。ニコニコしてれば周りは勝手に寄ってくる。櫛田ちゃん、桔梗ちゃん、なんて言ってくる。……正直ウザいけど」
承認欲求というものだろうか。
俺にはさっぱりわからない。
もしかするとかつてはあったのかもしれないが、ホワイトルームで完全に消し去られてしまった。
……もしかすると櫛田はホワイトルームルームに適正があったかもしれないな。
今更言っても詮無きことだが。
「アンタみたいになんでも出来る人間にはわからないでしょ。私の気持ちなんて」
「ああ、わからない。出来なければ終わりの環境に長年いたからな」
「チッ。……あーあ、こんな頭おかしい奴に話すんじゃなかった」
「一つ、質問いいか?」
「はぁ? まだあるわけ? いい加減にしてくれない?」
「自分よりも劣った人間にちやほやされて嬉しいのか?」
「は?」
「努力の結果周囲よりも秀でたならまだわかるが、最初から格差がある連中から優秀だと言われて嬉しいのか?」
「そ、れは……」
「俺が思うに、そのままじゃ櫛田は永遠に満たされることはない。ただ賞賛が欲しいのならSNSで写真でも載せればいい。櫛田ならかなりの人間に見てもらえるはずだ。それなのにそうしなかった。心当たりがあるんじゃないか?」
「……」
どうやら図星のようだ。
見たところ、櫛田の承認欲求はとてつもなく大きい。
それを格下の人間からの賞賛で満足させるには途方もない労力が必要となる。
浴槽をスプーンの水で溢れさせるようなものである。
「こう言っては何だが、俺はお前を嫌ってはいない」
「……何? 懐柔でもしたいわけ?」
「懐柔……そうだな、その通りだ。俺はお前が欲しい」
「んなっ!? な、何言ってんの!?」
「俺の身の上は軽く話したが、俺にとっては負の遺産でしかない。潰すのに人手が必要だ」
俺はあらゆる分野で満点を出せるように作られた。
だが、それだけでしかない。
一点において120点を出せるような天才や、99点の秀才が複数いるとすれば、俺は取って代わられるだろう。
何十もの人生を無駄にしておきながら、成功したのは俺程度の存在。
所詮人間の範疇を超えることはない。
「そう。……綾小路君にとって、私は堀北よりも必要?」
「? ……今のところ堀北には魅力は感じないな」
「……うん、いいよ。綾小路君のこと、手伝ってあげる」
「助かる」
図書室で別れたときとは異なる意味の『手伝う』という言葉。
俺にとっては非常にありがたい。
「代わりと言っては何だが、俺に対して要望があれば聞こう。愚痴を零すのも付き合ってやる」
「じゃあ堀北退学にしてよ」
「相応の理由があればいいが……櫛田、俺にそれを言えるか?」
「……無理」
「だろうな」
高校入学前……おそらくは中学あたりに因縁があるのだろうが、堀北にはその様子が見られない。
昔、櫛田が起こした問題の口封じといったところか。
まあ、これ以上考えても詮無きことだ。
「ところで、図書室の話に戻るんだが、ちょっと明日の昼休み空けておいてくれ」
「うん、いいよっ! 友達のためだもんね!」
恐ろしいくらいの変わり身。
先程悪態をついていた人間とは思えないほどに。