好奇心の下僕   作:かんぱにい

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ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ


有能な人は、常に学ぶ人である。

翌日。

昼食前に俺は2人のクラスメイトを呼び出していた。

 

「それで、綾小路君? 話って何かな」

「2人ってことは、まさか告白ってわけじゃないでしょ?」

「告白じゃない。2人には、これから過去問を買ってきてもらおうと思ってな」

 

呼び出したのは千秋と櫛田。

 

「過去問って、あの過去問? 何の意味があるの?」

「俺が予想問題を作るにあたって、難易度がわかっていればやりやすいと思ってな。国立の学校なら、毎年難易度に差はないはずだろ?」

「なるほどねぇ」

「でも何で私たちなの? 綾小路君が買えばいいんじゃないかな?」

「俺みたいな男が頼むよりも2人みたいな可愛い女子が頼む方が成功するからな」

 

仮に俺が先輩だとしても、コミュニケーションに難がある男子よりも、眉目秀麗な女子の方が良い。

 

「ふーん。でもそれだけじゃないでしょ?」

「まあ、そうだな。……2人なら先輩でも手玉に取れそうだと思った」

「うわ、聞いた桔梗ちゃん?」

「綾小路君、それはないよ……」

「言い方が悪かった。2人なら説得できそうだと思った」

「ま、許してあげる。今日のランチでね」

「あー、それなんだが、あまり高いものはやめてくれ」

「どうして? あ、もしかして、ポイントがピンチとか?」

「いや、そうじゃない。高い昼食を食べられるということは、ポイントに余裕があると思われる」

 

まあ、ポイントがピンチというのもあながち間違ってはいない。

一度に散財することはないが、興味のあることに首を突っ込んでいると段々目減りしていくのだ。

 

「そうなると、相手から吹っ掛けられる、ってことだね」

「そうだ。うちがAクラスなら足元を見られようが問題なかったんだが」

「ないものねだりしても意味ないもんね」

「それから、俺のスマホとイヤホンを預けておく。もしも不慮の事態に陥ったときは俺が指示を出す」

「OK」

「頼りにしてるぞ、櫛田、千秋」

 

 

 

『あの、ここ、いいですか?』

『え、あ、ああ』

 

どうやら始まったようだ。

俺からは先輩らしき人物の背中が見えているため、あちらは俺が指示を出しても気がつかないだろう。

 

『良かった〜。実は私たち、先輩に頼みたいことがあるんですよ』

『頼みたいこと……何だ?』

『先輩に中間テストの過去問をもらいたくて』

『…………いくらだ』

『私と千秋ちゃんで2500ptずつ出そうかなって思ってるんですけど、どうですか』

『だっ、ダメだ! そんな安く売れない!』

 

はて、過去問如きにそんな価値があるだろうか。

所詮は過去の試験でしかないはずだが。

……確か、茶柱先生は赤点を取らない方法があると確信している、と言っていた。

もしかすると、そういうことなのだろうか。

 

「2人とも、試験問題が使い回しかどうか確かめてくれ」

『! ……もしかして、試験問題って毎年一緒だったりするんですか?』

『っ!』

 

後ろ姿だけでも先輩が焦っている様子が伝わってくる。

一応このことは秘密にしておかなければならないのだろう。

 

『わかりました。では合わせて15000ptでどうでしょうか』

『……30000ptだ。それ以下じゃ売れない』

『そうですか。では他の人に頼みに行きます。行こ、桔梗ちゃん』

『ま、待ってくれ! 25000ptならどうだ?』

『先輩、他にも宛はあるんですよ? この子、色んな人に顔が効くので』

『わ、わかった。15000ptでいい……』

『交渉成立ですね』

 

……思っていた以上に、千秋と桔梗は優秀かもしれない。

俺自身がほとんど指示を出すことなく、柔軟に対応してみせた。

急に出した指示にも戸惑う様子がなかった。

 

 

 

「えっと、清隆君、終わった?」

「ああ、ありがとうさつき」

 

先程まで俺は、さつきのスマホを使って俺のスマホに電話を掛けていた。

まあ、2人に渡すのがさつきのスマホでも良かったわけだが、正直どちらでも変わりはしない。

 

「ん? どうした麻耶、顔が赤いけど熱でもあるのか?」

「え、いや、だって……」

「清隆君、まさか無意識だったんですか?」

 

はて、俺が何かしただろうか。

食べ始める前は特に異変はなかったはず。

ということは電話中に何かあったということになるが。

 

「清隆君、あのね……清隆君がお昼抜くって言うから、麻耶ちゃんがその、あーんってしたの」

「しかもそれを気にせず食べちゃったもんだから、麻耶ちゃん固まっちゃったよ」

 

……マジか。

電話先の出来事に気を割くあまり、麻耶から差し出されたものを食べてしまったらしい。

それを全く覚えていないとは……。

悪意は感じなかったとはいえ、流石に気を抜きすぎた。

 

「すまん、麻耶。新しい箸持ってくる」

「いや、大丈夫! これくらい、平気だし……」

 

最後の方はか細い声になっていたが、本当に大丈夫なのだろうか。

本人が気にしないというのならそれで構わないが……。

 

「間接キスだね、麻耶ちゃん」

「〜っ!! かや乃ちゃん!」

 

 

「ん〜? これ、試験範囲と違う問題だよね?」

「違うな」

 

昼休み、3人で過去問と対峙していた。

していたのだが、どうもおかしなことに気づく。

茶柱先生から伝えられた試験範囲とは異なる部分が出ているのだ。

 

「……まさか、騙された?」

「それはないと思うよ。あの感じは嘘とは思えない」

「なら茶柱先生の伝え忘れってことなのかな。もう中間試験まで2週間切ってるのに」

「帰りのHRで確認するしかないだろうな」

「そっかぁー。……でもどうやって変更を知ったんだってならない?」

「なってもいいんじゃないかな。桔梗ちゃんなら顔が広いし、他のクラスの噂を聞いたってことにすれば」

「千秋の言う通りだ。生徒側ならともかく、教師は気にする必要がないからな」

「ふーん……」

「それにしても、よく過去問を買おうなんて考えたね。私は全然思い浮かばなかった」

「いや、最初は本当にただ難易度と傾向を知りたかっただけだ。あの先輩の慌てようと茶柱先生の言葉を思い出して、毎年問題が流用されているんじゃないかと考えた」

「よくその短時間で思い付いたね。やっぱり綾小路君って切れ者なんだね」

「俺はむしろ2人の方に驚いたぞ。あの土壇場であそこまで冷静に対応できるとは思わなかった。2人に頼んで正解だった」

「……ん? じゃあどうやって試験を突破させるつもりだったの?」

「ppで足りない点数を買おうと思っていた」

「え、でも足りなくない? 退学回避するために必須だから決して安くないでしょ?」

「高円寺に借りるつもりだった。多分だが、先輩からかなりのポイントを貢がれているはずだぞ」

「あー……」

 

放課後、時折カフェで先輩の女子生徒を侍らせている姿を思い出したのだろう。

 

「……貸してくれるかな?」

「借りられなければその時考えるさ。まあ、過去問があれば借りなくてもいいかもな」

 

「ところでさ、綾小路君」

「どうした、櫛田」

「何で千秋ちゃんを名前で呼んでるの? 千秋ちゃんも清隆君って呼んでるし……もしかして、2人は付き合ってるとか?」

「え〜どうかな〜」

「別に付き合ってはいないぞ」

「ちょっと清隆君! そこは含みを持たせるところでしょ!」

「そ、そういうものなのか?」

「そういうものなの! ……はあ、清隆君にこういうことを期待しても仕方ないか……」

「酷くないか?」

「名前で呼ぶようになったのはこの前の勉強会から。だから私だけじゃないよ」

 

残念ながら、と零す千秋。

一体何が残念なのかはわからないが。

 

「そうなんだ……」

 

 

帰りのHR後教室から去ろうとする茶柱先生に、櫛田が待ったをかけた。

 

「先生、ちょっと他のクラスの人から噂で聞いたんですけど……試験範囲が変更になったって」

「……ああ、そうだった。すっかり忘れていた」

 

櫛田の言葉に対して、ほんのり口角が上がったように見えた。

 

「今から改めて試験範囲を伝える。よく覚えておけ」

 


 

「以上だ。ではな」

 

先生が教室から居なくなると、あっという間にざわめき出す。

何せ、赤点を取ったら一発で退学となってしまうのだから。

 

「テスト範囲変更って、最初から言っといてくれよぉ」

「全然違う範囲じゃん! あと2週間しかないのに!」

 

落ち着いているのは堀北や幸村をはじめとする成績上位組と、過去問の存在を知っている千秋と櫛田くらいだ。

そもそもDクラスには成績が芳しくない生徒が多いため、この惨状は仕方ないことかもしれない。

 

この状況を治めるには過去問が最適だが、伝えるのは流石にまだ早い。

勉強しなくて済む、と高を括ってしまうかもしれないし、過去問の存在が他クラスに広まってしまうのも困る。

などと考えていると、珍しいことに須藤がやってきた。

 

「なぁ、どうすんだ綾小路?」

「意外だな、須藤。もっと慌てるものかと思っていたが」

「なんつーか、あれ見て逆に冷静になったわ。それに、テスト前からちょっとずつ勉強はしてたからな」

「自発的ならもっとありがたいんだがな」

「うっ……流石にまだ1人じゃ厳しいぜ……」

 

どうやら試験期間前から準備していた甲斐があったようだ。

須藤の場合、範囲だけ教えても理解できないだろうと考え、最初から教えていたのが功を奏した形だ。

もちろん初めのうちは難色を示していた。

だが、中学校の内容に入る頃には四苦八苦しながら付いてくるようになっていた。

……ここだけの話、須藤の勉強会を女子の勉強会の練習台にしていた感は否めない。

 

「次の勉強会からは厳しく行くからな」

「マジかよ……あれより厳しく……じゃ、じゃあ俺は部活行くぜ! じゃあな!」

 

「……逃げたか」

「逃げたね」

「かや乃か。試験は大丈夫そうか?」

「もっちろん! ……と、言いたいとこだけど、ね。綾小路君に教えてもらってるとはいえ、勉強得意なわけじゃないし。あーもう! ストレス発散したい!」

 

かや乃の言うストレス発散……つまり水泳か。

俺は部活を掛け持ちしているため、試験前に水泳部に向かうのは今日で最後だろう。

 

「なら俺たちも部活に行くか」

「うん! じゃあね皆!」

 

ちなみに今日のかや乃の記録は自己ベストに迫る勢いだった。

 

 

部活が終わり帰る道中、寮まで残りわずかという頃に、寮から堀北が出てくるのが見えた。

HR直後は元気そうだったが、今はどこか足取りが覚束無い様子である。

基本的に自分を律している彼女にしては、初めての光景だ。

……いや、思い返せば一度だけ似たような姿を見たことがある。

4月頭にあった部活動説明会のときだ。

そのときは兄である生徒会長と対面していたが、今回もそうなのだろうか。

 

寮の裏手には、やはり生徒会長が待っていた。

 

「こんな場所まで追ってくるとはな」

「……もう、兄さんの知っている私とは違います」

「違う、か。Dクラスに配属されていながらそんなことを言うとはな。3年前から何も変わっていない」

「それは──」

「お前が妹だと知られれば、恥をかくのはこの俺だ。今すぐこの学校を去れ」

「で、出来ません……っ。いずれAクラスに──」

 

最後まで言わせないとばかりに、堀北の手首を掴み、壁に押し当てる生徒会長。

堀北の顔が苦痛に歪んでいるが、それは肉体的なものだけではないのだろう。

 

「お前には上を目指す力も資格もない。それを理解しろ」

 

掌底、肝臓辺りに打ち込まれ──る寸前、俺のスマホが鳴った。

そういえばこの時間は本来須藤の部活が終わる頃だったな。

 

「……誰だお前は?」

「1-Dの綾小路です。そこの堀北の……」

 

友人……ではないな。

クラスメイトでもいいが……。

 

「隣人です」

「綾小路……そうか、お前が」

 

堀北の手を離し、こちらに歩み寄って来たかと思えば、今度は俺に向けて掌底、からの蹴り。

やはり、堀北に対しては手加減していたようだ。

技のキレが只者ではないことを伺わせる。

 

「入試結果空欄、調査書黒塗り。綾小路清隆だな」

「よくご存知で」

 

というか、生徒会長とはいえ一生徒が他の生徒の情報を知ることができるのか。

世俗に疎い俺でも、生徒会の権限の強さが他校とは違うことくらいはわかった。

 

「動きも普通じゃないな。何か習っていたのか?」

「MMA、空手、柔道、ボクシング……まあそれ以外にも色々と」

「面白い男だ。鈴音にこんな友達がいたとはな。正直驚いた」

 

俺が友人に見えるのかこの男は。

せっかく俺が隣人で終わらせたというのに。

 

「彼は……ただのクラスメイトです。友達じゃありません」

 

ほらな。

堀北もこう言うだろうと思っていた。

 

「相変わらず、孤独と孤高を履き違えているな。まあいい。上に上がりたくば、死ぬ気で足掻け。それ以外に方法はない」

 

言いたいことを全て吐き出し終えたのか、生徒会長は暗闇へと消えてしまった。

 

「……もしかして、最初から聞いていたの?」

「むしろもっと前からだな。寮のエントランスを出たところから」

「ストーカー予備軍ね」

 

言葉は強いが、勢いはまだ弱々しい。

調子を取り戻すにはしばらく時間がかかりそうだ。

 

「……ねぇ。あなたは何者なの? 能力もそうだけど、さっきのことも……」

「言っただろ。ホワイトルーム生まれの人間だと。そろそろ俺は須藤に勉強を教えに行く。覗くような真似をして悪かった。じゃあな」

「待って! あなたは、あなたくらいの能力があるなら、彼らがいなくても変わらないでしょ? それなのにどうして──」

「堀北」

 

一度名前を呼ぶと、一瞬怯んだ様子を見せる。

 

「──堀北、お前は確かに優秀だ。学力も身体能力も。だが結局はその程度でしかない。お前の身体はひとつしかないし、お前の頭もひとつしかない。それでもまだあいつらを切り捨てた方が良いと思うなら好きにすればいい。俺は関知しない」

 

まだ何か言い残したことがありそうではあったものの、堀北の視線を背中に感じながら俺はその場を後にした。

 

 

金曜日、帰りのHRで過去問を配ると、またしても教室は騒がしくなった。

今回は混乱によるものではなく、歓喜によるものという違いはあったが。

 

「うおぉぉおお!! 櫛田ちゃんありがとう!!」

「マジ神! 助かった!」

 

無論、配ったのは俺ではなく櫛田である。

女子は櫛田の周囲に集まり、口々に感謝の言葉を述べている。

男子はガッツポーズをしたりハイタッチをしたりして喜びを分かちあっている。

恐らくは櫛田が求めていたのはあのような環境なのだろうが、あれが長続きすることはない。

いずれは『櫛田が何かしてくれる』ことが当たり前となってしまうからだ。

 

……だがまあ、こうやって今の櫛田のストレスを緩和させておくのは悪くはない。

 

 

 

放課後、勉強会を始めようとする前に、さつきから声をかけられた。

 

「清隆君、これってこの前の昼休みのだよね?」

「ああ、そうだ。よくわかったな」

「そりゃあスマホ貸したの私だもん。なんとなく話も聞こえてたし。でも良かったの? 桔梗ちゃんも手助けしてたけど、千秋ちゃんだって手伝ってたし、何より清隆君のアイデアじゃん?」

「別に構いやしないさ。ポイントを出してくれたのは2人だ。千秋も目立ちすぎるのは嫌がっていたしな」

 

俺も出そうと思っていたが、2人から断られてしまったのだ。

俺が千秋に目を向けると、釣られたようにさつきも目をやる。

その視線に気づいたのか、こちらに向かってにっこり微笑む千秋。

 

「っていうか、試験勉強はまだ続けるんだね」

「もちろんだ。試験問題がわかったからと気が抜けてそうなのがいるからな」

 

俺の言葉をこっそり聞いていたらしく、肩を震わせる女子が2名。

麻耶とかや乃である。

 

「だ、だってさ? テストの答えが分かってるならそれさえ覚えればいいじゃん?」

「そうそう! テストまでまだ時間はあるし……」

「次回以降もこの方法が使えるとは限らない。むしろ使えないと考えるのが当然だろう。それに何より、今年から問題が変わる、なんて可能性も捨てきれない」

「それはそうだけどさぁ〜」

 

しかし、麻耶の言うことにも一理ある。

 

「まあ、あまり根を詰めすぎても良くないからな。少し余裕を持たせるようにするか」

「やったぁ!」

 

須藤の場合、飴を与えてもあまり効果がないので、どちらかといえば鞭で勉強させている節があるが、どうやら女子は逆らしい。

 

「ついでに、もしも全科目満点……いや、95点以上だったら、なんでもひとつ言うことを聞こう」

「!?」

 

……何故か女子たちの纏う雰囲気が一瞬で変わった、ような気がする。

 

「あーあ、そういうこと言っちゃう?」

「……千秋、俺は何をやらかしたんだ?」

「やらかした自覚はあるみたいだね」

「そりゃあ、な」

「お腹を空かせた狼は、男子だけじゃないってことだよ」

「それは千秋もか?」

「もちろんだよ羊さん」

 

俺は哀れな羊になってしまったらしい。

 

「あー、ところでみーちゃん、心、佐倉の様子はどうだ?」

「あっはい! すっごく感謝してましたよ!」

「でもまだちょっと緊張してるみたいです。テストが終わったら直接お礼を言いたいって言ってましたよ?」

「そうか」

 

佐倉の方も順調そうだ。

直接教えているわけではないので完璧に把握出来ているわけではないが、もしも過去問通りにいかなくても赤点とはならないだろう。

 

 

試験当日、教室は妙な緊張感に包まれていた。

過去問という存在があるにしても、万が一のことを考えると気が抜けないのだろう。

 

試験が始まり、真っ先に問題を確認する。

一言一句過去問と全く同じ問題だ。

これならば問題はないだろう。

 

 

結局、全ての教科で過去問同様の問題が出てきた。

おかげで、昼休みに入る頃には雑談に興じるクラスメイトまでいたくらいだ。

 

「随分と自信満々の様子だな」

「ええ、少なくともこの試験で赤点を取るクラスメイトはいないと確信していますよ」

 

5時間目、最後の解答用紙を回収した茶柱先生は、Dクラスの様子を見て言った。

そして、意趣返しのつもりなのか、平田は茶柱先生が前に使った『確信』という言葉で返した。

 

「ああ、お前たちにひとついいことを教えてやろう。もしもこの中間試験、そして次の期末試験をクリアしたら、夏休みの間にバカンスに連れて行ってやる」

「バカンス、っすか?」

「青い海に囲まれた島で、自由気ままに過ごせるぞ。どうだ? やる気になったろう?」

 

……確かにやる気にはなった生徒が多いが、それは試験期間前に言う方が効果的ではなかろうか。

まあ茶柱先生のやる気のなさは今に始まったことではないのでそう気にはならない。

 

 

寮に帰ると、櫛田から部屋に来るという連絡があった。

普段なら不快なことがあったときにストレス発散しに来るが、今日は見たところ何もなかったはずだ。

 

「はぁ……疲れた」

「珍しいな櫛田。今日は試験だけで何かあったわけじゃないだろ?」

 

勝手知ったるとばかりに、俺のベッドに倒れ込む櫛田。

俺も慣れてきたもので、こういったときはココアを出すべきだと教え込まれた。

 

「あのねぇ、むしろ今回みたいに答えが分かってる方がやりにくいの。私が過去問持ってきたんだから満点逃すわけにはいかないし、万が一に備えて普通に勉強もしてたの。それにもし問題が違ってたら責められるのは私なの。わかった?」

「ああ」

 

試験期間のストレスが積もり積もっていたらしい。

今回のようにストレスの要因が人でないと、逆にやりにくいのかもしれない。

 

「それはそれとして、櫛田は負の感情を隠し過ぎだと思うぞ。常に善人でいることが人気者の絶対条件じゃない」

「何? 説教? やめてよ」

「別にそんなつもりはないが……特に池や山内の言動だな。あれは男子からしても行き過ぎていると思う。女子なら尚更だろう。そこで平気な振りをするのは却って不自然だ」

 

俺の場合、それ以前から違和感を抱いていたが、それはホワイトルーム出身だから気が付けただけである。

ただ、そのような色眼鏡で見ると、櫛田の行動の節々に些細な疑問が浮かび上がってくる。

 

「……続けて」

「何も、自分が不快だと伝える必要はない。あくまでも善意という形で伝えればいい。女子に対しても、陰口ではなく自分が被害者だと思わせればいい」

「注文が厳しいんだけど?」

「櫛田ならできるだろ?」

 

俺は櫛田の能力を完全に把握しているつもりだ。

もちろん、完全に擬態できていたのなら話は別だが。

 

「やればいいんでしょやれば。他人事だと思って……」

「俺はそろそろ打ち上げに行くが、櫛田はどうする?」

 

実はこの後、俺は千秋たちから打ち上げに誘われている。

試験お疲れ様会なるものらしい。

 

「私はいい。軽井沢たちの誘いも断ってるし」

「そうか。ならこれを預けておく。他の奴に渡すなよ」

「何これ。鍵?」

「俺の部屋の合鍵だ。帰るときに閉めておいてくれ」

 

裏の顔でもなく、表の顔でもない櫛田が、呆気にとられたような表情を見せたのを尻目に、俺は部屋を出ていった。

 

「……ほんとに、何なのあいつ……」

 

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