TS転生クソボケユメ先輩(死亡済・幽霊)が原作のn倍ホシノの脳を焼いていた話   作:死刑囚

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気がつけばUAは40万目前、お気に入りも9000件手前……。
誠に有り難い限りです。いつもご愛読いただきありがとうございます。

今回も遅くなってしまいましたがどうにか書き上がりました。
お楽しみいただければ幸いです……というわけで。
最終編の〆を、クソボケ視点から。


ユメのロストエピソード

 

 ――目を開ける。

 不意に途切れた意識。およそ一瞬ほどだろうか、気を失っていたようだ。一瞬前までは都会の街並みが広がっていたはずの視界一杯に、見慣れた――けれど真っ赤に染まって雰囲気の変わった、砂漠が広がっている。

 

「……」

 

 私は……つい先ほどまで、D.U.の辺りをぶらついていた筈だ。『最終編』での各サンクトゥムへの攻撃は、おそらく恙無く完了したことを、あの白くて丸い大怪獣……ペロロジラとKAITEN FXの世紀の大決戦で以って確認し、その後ウトナピシュティムの本船がアトラ・ハシースへ向けて飛び立ったことも確認し。

 一応不法乗船できるか試してみたけれど、案の定乗り物には乗れずに置いて行かれて……もしかしたら顔を出しているかもしれない地下生活者を探して、歩いていた筈だ。

 それが何故か、いつの間にかアビドス砂漠にいる。

 

「…………これは、一体?」

 

 いつものように独り言ちて、驚く――声が出る。息を吸えば鼻腔が、肺の中が、砂漠の匂いで満たされる――肺がある。目線を落とせば、半透明でない、透き通っていない手足がある――ちょっと胸が邪魔で真下は見えないけど、たぶん、感覚的に脚もある。というか、透き通ってない時点で胸もある。重い。

 つまり、私に身体がある――ただし。

 

「……この、色。少しばかり違和感があるかな。それにこの格好……」

 

 視界に映り込む髪が、少し変色している気がする。褪せたような、色の濃いような、どうにも色調を狂わせたような色に。

 いつも着けていた黒手袋も色褪せていて、どこか擦り切れて埃っぽい。いつの間にか身につけていた、とっておきの臨戦用コートはそんなに着た覚えもないのに裾がぼろぼろに(ほつ)れている……どころか、髪の色と同じような青緑の燐光をあげて、端々が炎のようにゆらめいている。

 そして――手足の肌の色は、生気が失せて、青白い。手元に鏡は無いけれど、一体どんな姿になっているのかは想像できる。

 シロとかクロとか、あとはユスティナ聖徒会の複製(ミメシス)とか。ああいうのと同じような姿で――つまり、今の私がどんな存在だというのかも、推し量れるというものだ。

 

「……」

 

 そのまま、スカートのポケットに手を突っ込んでみる。その中から探り当て、取り出したスマホの電源ボタンを押す。青緑色のカバーを付けたそれは、ぺかり、と黒い画面に光が灯った。

 電波は繋がっていない。立ち上げたモモトークに表示されたのは――予想に反して、梔子ユメ(生前の私)のアカウントではなく、文字化け(死後の私)のアカウント。トーク履歴もたった一つだけ、『先生』とのやり取りのみ。最後の会話も、『先生』に対して――暇を持て余しすぎて音楽アプリで打ち込んで作った――電子音源の”Unwelcome School”を送りつけて、その返信が来たところで止まっている。私の覚えている記憶から、齟齬はない。

 

「……随分、妙なことになってるみたいだね」

 

 つまり、どうやら今の私……というより、この身体は、奇妙な状態になっているらしい。

 姿形と肉体は、かつての――ビナーと戦っていた時の、私のもの。おそらく、『たった二人で巨大な敵と戦う生徒』という噂話(ロア)を元に構成された複製(ミメシス)、それが今の私の身体なのだろう。

 ただ一つ注釈を付け加えるのであれば、異様に力が満ちている、という点だろうか。『恐怖』として反転し、顕現した私の『崇高』――という、気配ではない。むしろ『神秘』でも『恐怖』でもない、ただの中身のない噂話(ロア)だからこそ、荒唐無稽な噂として強化されたこの容れ物に、罷り間違って私という中身が宿ってしまった……と言ったところだろうか。

 すると当然――その内側にいる私である俺は、複製(ミメシス)噂話(ロア)として再現された、過去時点の私である俺ではない。幽霊として目覚めた私であり、それはモモトークの履歴と、私自身の記憶からも確かだろう。

 身体は複製(ミメシス)、中身は幽霊。原因など分からないが……推測するのであれば、本来はただの複製(ミメシス)として顕現する筈だった空っぽの『梔子ユメの噂話(ロア)』。そこへ、幽霊としての私が存在してしまったことで、中身が――『神秘』が埋まってしまった存在。

 それが、今の私らしい。

 

「現況把握はこんなところ、かな。で、だけど――」

 

 奇妙な状態ではあるのだが、それはそれとして実体化できたことは良いことだ。おそらく最終編が終わるまですら保たない――虚妄のサンクトゥムというエネルギー源が既に無い以上、じきにこの身体もほどけて幽霊へ戻るのだろうが、それはそれ。せっかくだし有意義に使いたいところだけど、ホシノちゃん達が既に空へ上がっている上に、壊すべき虚妄のサンクトゥムも残っていない。

 ……、……。そう考えると、今の私って寝坊して起きてきたら全部終わってた役立たずの先輩ってことにならないかな……?

 ひ、ひぃん……世知辛いよぅ。ただ、世知辛いからと言って二度寝なんかをする訳にもいかない。なぜなら、幸いにして、人の気配があるからだ。倒壊したビルの物陰、私の背中に視線が突き刺さっている……気が、する。

 

「――そこの貴女。私に何の用かな? 顔を見せてくれると嬉しいな」

 

 もちろん、単に私の勘違いで、誰もいないかもしれない。ただ、私の経験則からすれば、こういう時はとりあえず訳知り顔で声を掛けておけば良いのだ。

 誰かが居るなら、何だかすごい、大物……! って雰囲気を与えられるし……もし勘違いで、誰もいなくても、その時は誰にも聞かれない恥ずかしい独り言を言ったってだけになる。聞かれてないなら何も問題はないよね。

 そして、今回は――。

 

「……キキキ。まさか、気取られるとは思ってもおりませんでした。ヒナの奴以外なら、我が万魔殿の構成員ですら気付けぬであろうと言うのに……貴女にはまるで意味を成しませんか。我が心の師……梔子ユメアビドス生徒会長よ」

 

 黒いコートを翻し、ビルの陰から現れた彼女。

 白い長髪に切れ長の目。モデルのようなすらりとした長身と、長い手足。二対四本の角の間にコートと一揃えの軍帽を被った彼女は、大仰な仕草で優雅に礼をした。

 どこかで見たことのあるような、流れるようなその仕草が、妙に印象に残った。

 って、心の師ってなに……?

 

「羽沼マコトちゃん、だったかな? ゲヘナの子で……一度、会ったことがあるよね」

「……覚えておいででしたか、私のことを。貴女ほどのお方に顔を覚えていただけるとは……光栄、と言うものですな」

「そ、そんな畏まられるほどの者じゃないよ!? 普通に、一度会った相手のことだから忘れないのなんて普通だし……! まあ、それはそれとしてさ」

 

 うーん、やっぱり『原作』みたいな調子に乗った感じはしないなぁ。私のことも立ててくれてるし、権力欲ーって感じもない。そして多分、これは私の前だから……じゃない、と思う。

 確たる理由は無いけれど、強いて言うなら目線や立ち振る舞いってところかな。野心にぎらついた、それこそ悪いカイザーグループの人みたいな視線や、こちらを言いくるめて良いように使おう、って気配も感じない……マコトちゃんの纏う雰囲気は真摯で、真剣そのもの。そして、やけに緊張して――ピリついていて、私の様子をその鋭い目で窺っている。

 だから、マコトちゃんがなんでこんな所にいるのかは聞きたいんだけど……いきなり訳知り顔で話し出す訳にもいかない。

 それに、ね。

 

「――たった数ヶ月前に会った、私より身長も小さかった子が、いきなり私より大きくなってるんだもん。聞きたいことは、色々あるかな」

「……ッ!! それは……やはり、貴女は……ッ」

 

 表向き、私は失踪した……ことになっているけど、『原作』通りならヒナちゃんは私が死んだことも知ってたらしいし、ならマコトちゃんだって知ってるだろう。

 死んでたのに何もかも知ってるのは不自然だよね、ということでそれを仄めかしてみる……なんだかマコトちゃんが、ひどく沈痛な顔をしてるけど、たぶん私が死んだ時のことを思い出してくれてる、のかな?

 

「ごめんね。ちょっと状況を教えてくれるかな? 気がついたら空は真っ赤だし、雰囲気も剣呑だし。誰かがテクスチャを張り替えでもした? って感じだけど……今キヴォトスに、何が起こってるのかな」

表面(テクスチャ)……? ふふ……この異常事態を、まるで壁紙か何かの選定のように仰る。肝の据わったお方だ、ええ。私に分かることであれば何なりとお答えいたしましょう」

 

 そうしてマコトちゃんは、私が失踪してから今に至るまでの出来事を教えてくれた――と言ってもほとんどの内容は、幽霊として歩き回る中で知った通りだったけど。

 細かいことは覚えてなくてあやふやだったりもしたけれど、概ね起こったことは『原作』と相違ないようだった。

 

「……つまり、今はその『虚妄のサンクトゥム』っていうのを壊して、厳選されたメンバーと……先生って人が、宇宙船に乗って、空を赤くした元凶のところに戦いに行ってる、と。で、『虚妄のサンクトゥム』は巨大怪獣やら何やらを召喚して戦わせてたから――」

「――ええ、私はその後始末の確認に来た、と言う訳です。キキ、ちょうどこの場所ではビナー……ああ。貴女に伝わるように言えば、『砂漠の大蛇』と交戦しましたからね」

「ぅえっ!? え、だ、大丈夫だったの……?」

「勿論です。ここは貴女の――アビドス高等学校の担当でしたので、ビナーの撃破も貴女の後輩が。小鳥遊ホシノはその中でも、群を抜いておりましたよ」

「……そっかぁ。……って、撃破!? 倒しちゃったの!?」

「ええ、如何にも。小鳥遊ホシノと対策委員会を筆頭に、集まったアビドス在住の不良生徒たちが散々に打ちのめして沈黙させ、その隙にサンクトゥムを叩き折ったようですね。尤も、破壊したのは色の狂った方だけですので、元から存在していたビナーは砂漠のどこかに潜んだままですがね」

「……ちょっと情報量が多すぎて整理できないかもしれない、かな」

 

 いや、ホシノちゃん達がビナーと戦うのも、サンクトゥムを折るのも知ってたことだったけど。ただそれでも……あのビナーが、どれだけ強かったのかは実際に戦った私が知っている。

 尋常ならざる巨体、厚い装甲、苛烈な攻撃。それらを相手に渡り合って、撃破してみせた――それも、『原作』には居なかった不良生徒達の協力まで取り付けて。

 ああ、それは……見てみたかったなぁ。

 

「キキキ! 貴女でもそんな顔をされるのですね、意外ですよ」

「だから私は、そんな大した存在じゃないよ……!」

 

 そう。何故だかマコトちゃんは私を持ち上げてくれるけど……私は、大した存在じゃないんだよ。やった事と言えば、多少の借金をどうにかしたのと、二年前のホシノちゃんよりも強かったくらい。

 ビナーに関しても追い返すだけだった。ホシノちゃんのように、みんなを率いて戦うなんて思いもよらなかった。

 一人で戦っても大丈夫、って思ってた。正直に言えば、ちょっと慢心して、思い上がっていたのだろう。伊達に三年間、ホシノちゃんが入学するまで鍛え続けてた訳じゃないって。強くなってやったことが、まだ成長途上だったホシノちゃんに先輩面をするだけで。

 その結果が、あれだ。

 

「……そう。私は、ほんとに」

 

 ああ、そうだ。白状しよう。

 私は『原作』通りに死ぬつもりなんてなかった。『原作』なんて、完膚なきまでに叩き壊すつもりだった。ホシノちゃんを苦しめるだけの運命なんて変えてしまって、卒業してからだってOGとしてアビドスに居座るつもりだったし、それが出来るって思っていた。

 借金だって一部だけどころか、全部返し切るつもりだった。カイザーとだって手を切るつもりだったし、土地だって取り返すつもりだった。アビドスの生徒だって……もっと、増やしたかった。

 もっともっと、やれることはあったはずで……それは、私のやるべきことだったはずなんだ。

 

「……大した存在じゃ、ないんだよ」

 

 私には――梔子ユメには、『原作』で死んだ後もたった一度だけ出番がある。そこに賭けるための保険は用意しておいたけれど、そんなものはあくまでも保険。準備こそしたけど不確かで、効果があるかどうかさえ分からないものなんて使うつもりも無くて。

 そう。もしも何も出来なかったとしても、それでも私は、ただ死にさえしなければ良かったのに――たった、そんな一つのことすら出来なかった。

 すべてを知っていながら、何一つ為せなかった。そんな人間が、大した存在であるわけがないでしょう?

 

「……私などの浅い思慮では、貴女が何故そう考えておられるのか、意を汲み取ることは出来ません」

 

 マコトちゃんは、私の呟きを聞いて、何か言いたそうにして……そして少し迷った様子を見せてから、口を開いた。

 

「ですが貴女は、尊敬に値する学園の長であると思っております。……たった二人しか生徒のいない学校で、大企業と学区の問題、砂漠、そしてビナー……全てと渡り合い、学園を守り抜いた貴女のことを、この二年で学ばせて頂きました。決して余人に真似できるモノでは無いかと」

「ふふ、マコトちゃんは優しいんだね。――流石はゲヘナの生徒会長さん、ってところかな?」

「キキ、それ程でも――……ッ!? なッ、何故それを……?」

 

 あ、やばっ。

 色々聞いてはいたけど、マコトちゃんが万魔殿の議長であることは聞いていなかったんだった――エデン条約の話を聞かせてもらった時も、それとなく暈してたし。

 うぅん……最近は先生以外とも会話してないし、それだってチャットのやり取りだ。言葉を声にして話すのは久し振りだし、気を抜くとついうっかりしてしまう。

 誤魔化さないと……それらしい言い訳を、頭の中で思い浮かべる。

 

「あ、やっぱり正解なんだ。見て話して受けた印象っていうのもあるけど……あとは、帽子と制服かな。そのコートは一般の制服じゃないし、見るからに上位組織のそれでしょ? あの時、『大蛇』……ビナーを誘導してた子たちとは違う制服だけど、似てはいるしね」

「……なる、ほど」

「後はそれと、さっき私に色々と話してくれた時にね。マコトちゃんの視点が、誰かの上に立つ……いや。誰かを総べる立場でものを見た、そんな視点だったからね。私にも覚えがあるから、それでかな」

「……! ……ふふ、貴女と近しい視点に立てた、ということでしょうか。それは何とも、面映ゆいことです」

 

 マコトちゃんはにやり、と笑って、大きく腕を曲げて優雅な一礼を私へ向ける。……うーん。違和感がすごい。いや、私の知ってる――直接会って、話して、接したマコトちゃんの印象としては違和感がないのだけど、『原作』の振る舞いと比べるとどうにも、ね。

 ただ、その理由がわからない。マコトちゃんの性格が、こうまで変貌した理由が。

 私が彼女に、その性格を変えるほどに何かをしたか? その答えは、おそらくほとんどノーだ。ビナーの一件でヒナちゃんと一緒に助けはしたし、その後に言葉を交わしもしたけれど、接触はその一回だけ。影響は皆無とは言わないけれど、彼女の性格をここまで変えたとは思えない。

 なら、逆転の発想――というか。彼女の性格は変わっていない、と思うべきだ。

 

「うーん、堂に入った綺麗なお辞儀だねぇ……やっぱりゲヘナくらいの大きな学校なら、礼儀作法も大事になってくるのかな? 私、そういうの得意じゃないし……似合わないからなぁ」

「キ……キヒヒヒヒッ! キヒッ、くふっ、ふふ……! ああ、失礼……トリニティならばまだしも、ゲヘナでそのようなものは求められませんよ。これは、私の……ええ、癖のようなものです。それに、貴女に似合わぬとも思いませんが……もし忌避されると言うのならば、ゲヘナへお越しになられますか?」

 

 手の甲を口元に当て、くすくすと笑うマコトちゃん。

 その仕草はやはり流れるようで、一分の淀みも見られない。本人の言う通り、癖のように染みついた芝居がかった仰々しい振る舞いと……それに見合わない、実直でいっそ素直なほどの態度。

 嘘をついている気配も、自分を偽っている気配もない。真実、マコトちゃんはそのままの自分で私に話しかけてくれている、そんなふうに見える。

 なら、それはどういうことだ? 私の見た、マコトちゃんの印象。にも拘わらず、世間で言われているようなマコトちゃんの評価と、それを裏付けるような、染み付いた芝居がかった立ち振る舞い。

 それらを足し合わせて考えて――ああ、と思い至る。

 彼女の性格は変わっていない。真摯で実直なのが『羽沼マコト』であり、その上で、その性格と相反するような――『原作』のような振る舞いが、染み付くほどに繰り返されているというのなら。

 

「……ふふ、光栄だね。ゲヘナの生徒会長さんからお呼ばれするなんて」

「何を仰いますか。万魔殿の議長として、貴女を来賓として迎えられるというのなら、私の方が光栄ですとも。少々騒がしい学校ですが、きっとお気に入り頂けるかと」

「うぅ、身に余る持ち上げられ方だよ……本当に、私なんかを尊敬してくれてるんだね」

「……無論です。一人の学園の長、生徒会長として。ただ一人で、学園を背負い続けた貴女の在り方を……私は、本当に……」

「……ありがとうね。君が、嘘を言ってないのは、ちゃんと分かってる。だから一つ、聞いてもいいかな? 先達からのお節介……君を見ていれば、大丈夫だろうとは思ってるけどね」

「もちろん。なんなりとお尋ねください」

 

 『何か』としての立ち振る舞いが染み付くほどに、そう有り続ける。それはある種、私と同じで――梔子ユメであることが自然になった私のように。道化であることが自然になるほど、彼女はそれを演じている、ということだ。

 

「うん。じゃあ、マコトちゃん――道化を()るのは、辛くないかな?」

 

 ――マコトちゃんは、目を見開いて絶句している。

 さもありなん、あっちの視点からだと、普段のマコトちゃんのことなんて知らないはずだからね。

 私にしたって、別に口に出す必要はなかった。けど……もしも、マコトちゃんがそれを一人で抱えているなら。誰か一人くらいは、分かってあげた方が良いはずだ。

 

「――……まったく。貴女のことは尊敬していますが、同時にひどく恐ろしいと思いますよ。……どうしてお気づきに?」

「ギャップかな? 話して分かったけど、君はとても聡明で思慮深い。冷静で落ち着いていて、ゲヘナの生徒会長として相応しい為人をしてる。……そんな君に染みついた、歌劇か何かのような振る舞い。それが余りにも似つかわしくなかった、のと――」

 

 『原作』と性格が違うのも、分かってしまえば単純なことだよね。彼女は、私と話す今は、道化を演じていないってだけなのだから。

 それはきっと、私が『羽沼マコトは道化である』と認識していなければならない人間ではないから――有り体に言えば私が死人で、そしてこの仮初の身体もじきに消えてしまうからだろう。

 では何故、マコトちゃんは道化にならざるを得なかったのか?

 

「あとは。君の立場、だよね? 正確には、君がその立場に就いた時期の問題……いや。これも逆、かな」

「……ええ。ご推察の通りですよ」

 

 その答えもまた、隠し事が露見して申し訳なさそうにしているマコトちゃんが頷いたことで……確信に変わった。

 

「――ゲヘナ学園から『雷帝』を排して、二年。もう二年が経った、とも言えますが……正直に言えば、まだ、たった二年なのです。見えぬところに火種は燻っている。我々はそれを徹底的に叩き潰し、雷帝の名も、存在したことさえも、消し去ろうとしました」

 

 『雷帝』。私がまだ生きていた時期、ゲヘナを……いや、キヴォトス全土を混乱に陥れた一人の生徒。かの連邦生徒会長ですら彼女を警戒していた、と言うのだから、その脅威度は言わずもがなだろう。

 幸い、アビドスにはビナーの一件でしか関わりがなかった訳だけど……。

 

「しかし……奴の残した影響力と遺産。それらが完璧に忘れ去られた訳ではありません。息を潜めた、奴のシンパが居るかもしれない。あるいは、奴の残した遺物を欲する者もいるかもしれない」

 

 マコトちゃんは……ゲヘナ学園、万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)の議長である羽沼マコトは、ただまっすぐに、少しだけ目を細めて。何か、まぶしいものを見るように、私の方を見た。

 

「荒ぶる暴君にして、稀代の謀略家。尋常ならざる政治家にして、狂気の発明家。混沌と自由を是とするゲヘナの生徒を……真の意味で従え総べる帝王。ただ一つ、有明けの月以外の何をも恐れることのなかった――本物の、万魔の主。それが、悪名高き『雷帝』です」

 

 ……ほぇ? え、私?

 全く記憶に無いどころか、初耳すぎてびっくりする。えっ、雷帝ちゃんって私のことを恐れてたの……? 人違いじゃない……? やっぱりビナーの首を盾に装着してる鎖で締め上げて、頭をぶん殴ったのを見られてたのかな……。

 そんな私の葛藤に気付いてないようで、マコトちゃんの口振りには一層の熱が篭る。

 

「その雷帝の後釜が――もし。ほんの少しでも、ゲヘナの生徒たちを糾合できる存在であったなら? 僅かであっても、かつての雷帝を想起させるような素振りを見せたなら? ……最早、言葉にする必要は無いでしょうが……」

「……ああ。貴女は、何もかも分かって、その道を選んだんだね」

 

 雷帝の残した傷、とでも言うべきなのだろう、ゲヘナ学園の火種。彼女はそれを、自らを以て鎮めるべく身を捧げたのだ。

 

「ええ、その通り。ゲヘナの首長、万魔殿の議長。雷帝の次である羽沼マコトは――道化(バカ)でなければならないのですよ」

 

 そうやって、私の目の前にいる彼女は笑った。

 

「……ですがまあ、辛くはありません。この立ち位置も、中々どうして面白いですし――ヒナの奴は、私のことを理解してくれておりますので。あいつには、普段から迷惑をかけてしまっていますが」

「そっか。仲のいい、支え合える子がいるんだね。なら……うん、安心したかな」

「キヒッ……後はまあ、同じモノに憧れた弱味でしょうか。私が『そうなりたい』と言えば、奴は背を押してくれましたよ。……貴女のことですよ、我が心の師よ」

「え、私?」

 

 うーん……? やっぱり、ここが疑問点かもしれない。ヒナちゃんとは何度か話したりしたけど、マコトちゃんと交流したのは一度だけだ。尊敬してくれているのも本心だって分かっているけど、そうやって思われる理由だけが私の中に浮かばない。

 ……あれ? というか。

 

「……もしかして今、私って道化(バカ)扱いされた……!? ひ、ひぃん……」

「――ッッ!?!? な、ま、いえ全くッ!! そういう訳ではありませんッ! そうではなく、その、在り方の話ですッ! 私が、我ら他者を統べる者が見習うべき、貴女の在り方の――!」

 

 ど、どうやら違うらしい……良かった、本当に良かった。

 これで『バカだから道化を演じる参考例にしています』とか言われたら、控えめに言っても立ち直れなくなっちゃうところだったよ。自分がバカだってことは分かってるけど、それはそれとして、他人から指摘されると傷つくものは傷つくのだ。

 それはそうと……在り方、だなんて言われてしまった。私は別に、何一つとして特別なことはしていない。それどころか、何も為せてはいないのに……こうして、賞賛されるのは少し、受け入れ難い。

 

「……こほん、失礼いたしました。私が言っているのは――そう、貴女の全てについてです。……かの雷帝でさえも恐れるほどの力を持ち、貴女に伍するほどの後輩を従え。武威だけかと言えばそのような筈もなく、大人相手に引かぬ立ち回りと知略で学園を守り。果ては無法者の心すら掴み、心服させるカリスマを持ち――にも拘わらず、ただの一度も、それを私欲で振るわない」

 

 マコトちゃんが、急に早口になる。ぐいっ、と身を乗り出して、目を輝かせて言ってくれたそれは、私にとってはただの当たり前に過ぎなかった。

 

「知っております。身の程も知らぬスケバンや不良、卑劣と賢さを履き違えたカイザーグループの大人ども。貴女は奴らに撃たれ、泥を被せられ、侮られ、しかしただの一度もその力を振るわなかった。見下されても、嘲笑われても、貴女はいつも微笑んでいるだけだった」

「ず、ずいぶん詳しいんだね……!?」

「二年前、雷帝のアビドス侵攻に絡んで調べさせていただきましたので――そして、だからこそ、私は貴女に焦がれたのです。弱いわけではなく、鮮烈なまでに誰よりも強い。誰よりも強いのに、戦わないことの……尊さを知っている。その気になれば、キヴォトスを征服すら出来たかもしれないのに――」

 

 ちから。武力。それについてだけは――二年前のホシノちゃんよりも、という意味であれば、持っていたと言える。

 そんな私が、ミカちゃんやヒナちゃん、それと何人もの私の友達と、最愛のホシノちゃん。彼女たちを率いて、その上で私が先頭に立って、全ての学校へ侵攻する。実現するはずのないそれは、確かに恐ろしいだろう。ただ一つ、私の内心を知らなければ――。

 その時、ふと。私の目の前に立つ彼女の、目が気になった。熱の籠った、しかし、私から片時も目を離そうとしない、その視線が。

 

「――、…………。ごめんね、マコトちゃん。聞いていいかな?」

「おっと……すみません、語り過ぎましたか。熱くなっていたようで……失礼、何か気になることでも?」

「ちょっとだけ、ね。ごめんね、ちょっと前のお話なんだけど……雷帝ちゃんって、()()()のことを怖がってたの?」

「いえ。()()のことを、恐れておりました」

「それは、なぜ?」

「勝てぬからです。何を、どうしたとしても」

 

 マコトちゃんは。ゲヘナ学園、万魔殿の議長である羽沼マコトは――その目に決意の光を湛えて、私の目を見た。

 

 ああ、そういうことか。

 私である俺は分かっていたはずじゃないか。

 アビドスは……アビドスの生徒は、他所の学園と比べても格段に強い、と。

 

 ――二年前、あの時のホシノちゃんですら、二年前のキヴォトスで最上位に位置する強さを持っていたことに疑いはない。そして私は、そのホシノちゃんよりも強かった。

 私は、それをただそのままに受け止めていた。三年生になるまでずっと訓練を続けてきたから、入学したばかりのホシノちゃんよりも強いのは当たり前。プレイヤーだった私である俺からすれば、ビナーだって倒せて当たり前。何せ、『原作』を知っていて、対策を立てられるのだから。

 けど。

 もしも――二年前、当時のキヴォトスにおいて、キヴォトス最高の神秘たる『小鳥遊ホシノ』を超える存在どころか、比肩する存在すらいなくって。

 故に、それを上回る私――梔子ユメを止められる生徒が、本当に、皆無だったのならば。

 

「ねえ、マコトちゃん」

「……はい。なんでしょうか、梔子ユメ生徒会長」

「君は、私を消しにきたんだね」

 

 がちゃり、と金属の擦れる音がする――マコトちゃんは、その整った顔に苦渋の表情を張り付けて、私に銃を突きつけた。彼女の固有武器ではない、ただ真っ黒い、どこにでもあるような拳銃を。

 

「君の話だと、私みたいに『虚妄のサンクトゥム』によって呼び出された怪物は、サンクトゥム側の存在として周囲を攻撃するモノだった。それに照らし合わせれば――私もまた、そんな存在である可能性があった」

「……その通り、です。そして、それだけは……貴女が理性なき化け物として()()し、暴れ出すことだけは、避けねばならなかった」

「ホシノちゃんと……先生、だっけ。二人が事態の解決に行ってるなら、それが終わるまで時間を稼げばいい……ってところかな?」

「ええ。それに、貴女がいるかどうかも定かでは――いえ。居ないものと思っておりました。万が一の際に、誰にも露見せぬよう私が参りましたが……もしも貴女が()()なっていた場合、この一帯をミサイルで爆撃するつもりだったのですよ」

「こ、怖っ……!? さ、さすがにやりすぎじゃないかなぁ!?」

「キヒヒ、何を仰います。それだけやって尚、足止めが精々では?」

「それは本っ当に買い被り過ぎだからねっ!?」

 

 生前ならまだしも、この身体だと『神秘』が少しずつ流出していってる感じがする。ミサイルを防いだりしたら、たぶん身体は解けて消えちゃうだろう。

 ……目覚めてから今まで、ほんの数十分。ちょっと話してただけなのに、それだけでもう力が薄れてる気がする。視線を掌からを空へ向ければ――濃紺の夜空に一筋の流星。

 あれがきっと、『先生』だろう。なら今ごろ、ホシノちゃんたちも地上に戻っているはずだ。

 それまで――保たないだろう、この身体は。時間的にも、そして。

 

「――なっ!?」

 

 砂漠が揺れる――マコトちゃんが膝をつく。流れる砂を纏って、ビルよりも大きな巨体……ビナーがゆっくりと、鎌首を擡げる。

 うん。ちょうどいい、かな。

 

「下がってて、マコトちゃん。……ごめんね、私のことを気にしてくれて。私は大したことないけど、私のことを尊敬してくれたのは分かるよ。そんな君に、そんな顔をさせてまでこの私の後始末をさせるのはね」

「――お待ちください! ユメさんっ、私は……!」

「あ、一応言っておくね! これは私がこんな身体になってるから出来ることで、生前はそんなに強くなかったからねっ!?」

 

 やることは単純。銃と銃弾に『神秘』を込めて撃ち出すのと同じように、『神秘』を発射するだけだ。この身体だと拳銃も、ショットガンも銃は持ってないから、バリアを張る要領で砲身を形成する。

 そこに――この私の身体を構成するエネルギーを全て注ぎ込んで、発射するというわけだね。こうすれば――この身体は消えて、マコトちゃんの手を煩わせることもない。

 

「待っ――」

「ごめんね。じゃあね! あるいは……またね、マコトちゃん」

 

 身体の感覚が、脚の先から無くなってゆく。仮初の肉体が解けて、幽霊に戻っていっている。

 それでも、一撃を叩き込む分には問題ない。全身の――つまり、総力戦ボス並みの力を込めた、一発の弾丸は衝撃と暴風、破裂と熱を生み出して――ビナーを貫通し、地上から空への逆向けの流星となって。

 

「――……なん、という……」

『だから勘違いしないでね!? ……って、もう聞こえてないか』

 

 会心の一発。糸の切れた人形のように頽れ動かないビナーと、立ち尽くすマコトちゃんへ背を向ける。

 

 ――私の残り時間は、そう多くない。

 

 シナリオ上で、私にはまだ出番がある。本当に死んでいたならまた別だったけど、今の私は歩き回れるわけで……もし、『その時』にホシノちゃんの側にいないせいで、恐怖(テラー)に反転したホシノちゃんの心に触れられず、元に戻せない……なんてことにはなっちゃいけない。

 そして、セクター35-9まではアビドス中央駅から約480km。つまり、めちゃくちゃ遠くて時間がかかる、ってことで……アビドス3章のタイムスケジュール上、話が始まったら、私は結末の舞台となる場所に居なくちゃダメで、そこから動けないってことだ。

 だからそこまでに、地下生活者をどうにかできれば良し。出来なければ……。

 

『その時は、まあ。私が……やっぱりバカだった、ってことだね』

 

 ただ、その時でも……ホシノちゃんだけは、どうにかできるようにしないとね。先輩ってのはそうやって――後輩のために、頑張るものなんだから!





本作品でのマコトの解釈はこんな感じになりました。
クソボケのことを尊敬していて、かつ、『雷帝』の次を担うために道化を演じる女。そんな女の名前が『マコト』なのは最高だなって……。

次からはアビドス三章。おそらくホシノ視点が続くかなあと思います。
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