TS転生クソボケユメ先輩(死亡済・幽霊)が原作のn倍ホシノの脳を焼いていた話 作:死刑囚
めちゃくちゃ遅くなりました、申し訳ありません!
加えて、拙作がなんとUA50万を突破しておりました。ありがとうございます!
好き勝手にさせていただいていますが、楽しんで読んでいただけているのならば何よりです。
というわけで、暴走ホシノvsエデン条約コンビです。
BGMはお好みで。ただし、ある一定のライン以降は『endless carnival』が良いかな、なんて。どこからがそれかはご想像にお任せします。
脳の奥でがんがんと鳴り響く警鐘に逆らわず、咄嗟に地面に転がった。頭の上を、無数の弾丸が通過してゆく――鮮やかな紫色に染まったものと、水色がかった淡い桃色を纏ったもの。どちらも、尋常ならざる破壊力を秘めている。
風紀委員長ちゃんとお姫様ちゃんは、互いに向かって突き進むそれを軽々と躱した。駅舎のドアがひしゃげて飛んでゆき、列車の運行を管理するモニター群があっという間に蜂の巣になる――お姫様ちゃんの掃射はそのまま、転がった私を追いかけてくる。
……先生も人が悪いな。いや、違うか。悪いのはきっと私だ。だとしても――止まるわけにはいかない。
「それ、一応アビドスの施設なんだけどなあ!」
「そう、謝罪するわ。と言っても、壊したのは私じゃないけれど」
「えーっ!? 私のせい!? あっちが避けたのが悪いよね!? っていうか、ヒナちゃんも止めてよ!」
「大丈夫よ。そもそも現在はハイランダーの所有施設だもの」
「ヒナちゃん!? ちょっとヒナちゃん!? なんの安心にもならないよっ!?」
跳ね起きて盾を構える。雨霰と降り注ぐ、淡い桃色の弾丸を弾く――重い。サブマシンガンの攻撃と思えないほどの異常な威力。ずっと受けていれば手が痺れてしまいそうなそれを防いで、反撃を――。
「
「が、ッ……!?」
「……謝罪はしないわ、小鳥遊ホシノ。このまま、何もさせずに擦り潰して、拘束させてもらう」
きゅいん、という甲高い音――反応する間もなく痛みが走る。側頭部に衝撃を受けて吹き飛ばされ、コンクリートの床をごろごろと転がる……撃ったのは風紀委員長ちゃんだ。
……やってくれる。銃火を交わす前に言っていた、一人で私に勝てるとは思わない、ってのはあの子の本心のようだ。だからこうも、躊躇なく手を選ばずに攻撃をしてくる。
「げほ……ったく、おじさん一人に二人がかりなんてね。骨が折れるよ」
膝立ちに起き上がりつつ、ぐらりと揺れる視界で銃を構えた風紀委員長ちゃんを見る。翼をアンカー代わりに器用に使って、壁に張り付いた彼女の構えた長銃からは、ゆらりと灰煙が棚引いている。
お姫様ちゃんに気を取られた瞬間を狙って撃ったのだろう、さっきの掃射とは違った威力の集中した貫通弾――私の眉間へぴたりと照準された銃口が、まだ紫色の光を湛えている。
反撃を――否、壁を背にして盾を構えた。ふたつ、という呟きとともに放たれた、光線めいた一撃を受け止める。着弾して尚、ぎゃりぎゃりと耳障りな音を立てて回転する弾丸を、脚に力を込めて押し返す。背後はコンクリートの壁だ、少なくとも挟撃される恐れはない――瞬間、爆風が部屋を吹き抜けた。しまった、と思う間もなく、背中に激痛が走る。
僅かに視界の端に映ったのは、壁を砕いて飛び込んできたお姫様ちゃんの拳。みしり、と何かが軋む音が聞こえた。
「――よいっしょぉーーーっ!!」
「ぐ……うぁっ!?」
踏ん張ることも出来ずに吹き飛ばされる。向かいのコンクリートの壁を突き破って、駅舎の外へ放り出されて、なお止まらない。ごろごろと転がって、全身に砂が張り付く。
……痛いのを貰っちゃったな。げほげほと、咳き込んでも息がうまく吸えない。奇襲を食らったとはいえ、我ながら情けないなあ。
顔を上げれば、駅舎の壁が綺麗に貫通されているのが見える。半壊したその中から、二人が飛び出してくるのも。……しかしまあ、調子に乗って好き勝手してくれちゃって。確かに一発貰いはしたけどさ。
「だからって、私を倒せると思うのは――ちょーっと早計じゃない、かなっ!」
起き上がって、盾とショットガンを構える。先に突っ込んでくるのは――お姫様ちゃんの方。馬鹿正直に、真正面から突っ込んでくる彼女を引き付けて、引き付けて……間合いに入ると同時に引き金を、都合五回。発射音が重なって一つに聞こえるような速度で引いた。
お姫様ちゃんは被弾しながら慌てて横へ避ける……問題ない。最初から、その後ろの風紀委員長ちゃんを巻き込むように撃っている。そして、いかにも猪突猛進型のお姫様ちゃんとは違い、風紀委員長ちゃんはその状況なら足を止めざるを得ない。
ま、痛打になるとは思っちゃいないけど――分断できればそれで良い。ほんのちょっとの時間だろうと……片方に集中できれば充分だ。私は盾を手放し、片手でリロードしながら、ユメ先輩の
「お姫様ちゃん、トリニティの偉い生徒なんでしょ? おじさん、外交問題は避けたいからさぁ。怪我する前に帰ってくれないかな〜?」
「わーお、びっくりするくらい上から目線だね。でも残念、そういう訳にはいかないんだなぁ!」
『
「……っ、へえ! トリニティのお嬢様がこんな砂漠が好きだなんてねぇ! 良かったら理由でも聞かせてくれるかな!」
「勿論、構わないよ。と言っても、変な絡繰がある訳じゃないよ?
防ぐ、防ぐ、防ぐ防ぐ防ぐ防ぐ。銃弾の雨と拳と脚を、躱して掻い潜って、受け流して撃ち返す。直撃は貰っちゃいないけど、腕力が尋常でない。この子、可愛い顔してゴリラか何かなんじゃなかろうか。暁のホルスならぬ、白翼のゴリラとか。
拳を躱して、トリガーを引く。甲高い澄んだ音とともに吐き出される散弾が、お姫様ちゃんの身体に突き刺さる……止まらない。盾を翳し、ばら撒かれるサブマシンガンの銃弾を防いで、盾の陰から半身を出して再トリガー。身を捩られて、半分は回避される――半分命中したならそれでいい。僅かばかり苦しそうな顔をしたお姫様ちゃんへ、更に踏み込む。
『そう、それで良いのです小鳥遊ホシノ。あなたは立ち止まる訳にはいかない。それは許されたことでは無いのだから』
――ずきり、と頭が痛んだ。我慢して、攻撃をいなし続ける――コンディションは最悪、なのに受け続けられる。いっそ片手間に、と言ってしまっても良いほどに攻撃を防いで、返す刀で撃ち返すことができる。理由は明白だ……たとえ覚えていなくても、その動きは。誰を参考に、誰に師事し、誰によって培われたのか明白なその動きは、私の身体に染み付いているのだから。
「くっそ、やっぱり強いなあ……っていうかそれにしても強すぎない!? うちのツルギちゃんでも厳しくないかなぁ!?」
「その子が誰だか知らないけど、お喋りならお得意のお茶会でやってくれるかな。機構だか何だか知らないけど時間がないんだよね、無駄な時間は特にさ」
「――そう。なら教えてあげるわ、小鳥遊ホシノ」
その声が聞こえた瞬間、ショットガンの銃口を真横へ向ける。振り向く間もない、そのままトリガーを引く。澄んだ音が重なるように二回、私の銃と、復帰した風紀委員長ちゃんの銃から響く――回避はできない、眼前に迫ったお姫様ちゃんの蹴りを防いだ、その隙を突かれる。
「ち、ぃっ!」
プロテクター越しに、明滅する紫の光を纏った銃弾が突き刺さる。痛みと熱。食らったところが、じんじんと痛む。対してあちらはその場でステップを踏んで、大半の散弾を回避してみせた。
くそったれ。……火力、腕力だけで言えば、お姫様ちゃんの方が上だろう。けど、あの風紀委員長ちゃんの方が巧く、そしてそれ以上にやり辛い。
散弾の集弾率の高い射程内にはほとんど踏み入らず、必ず有効射程距離の不均衡を活かした位置を保持し続けている。それに……癪だけど、立ち回りに加えてあの機関長銃の使い方も厄介だ。私が引き金を引くのにぴったりと合わせて距離を取り、力の籠った一発を放ってくるかと思えば……距離を詰めようとした瞬間、弾をばら撒いて足を止めてくる。
彼女一人なら無理矢理にでも押し込めるだろうけど……足を止めさせられ、盾をそちらへ向ける事を強要させられれば、即座にお姫様ちゃんが突っ込んでくる。それも、多少のフレンドリーファイアを厭わずに。
「……エデン条約機構。トリニティとゲヘナ、両校から構成員を供出して成立させる、二校間の中立軍。本来は私たちの間で勃発する紛争や小競り合いを公平な視点から仲裁する組織なのだけれど――」
「――同時に、もう一つ。両校に対しての
「……ああ。そう言えば、先生が何か言ってたっけね」
キヴォトスの空が赤く染まる前、先生がトリニティで何かしたって言ってた筈だ。他の学校のことには興味がないから聞き流してたけど……うへ。随分と、仲が良さそうなことだ。
「それで? その条約とやらを使って私を止めに来たってこと?」
「……名目上は『列車砲シェマタの確保』よ。『雷帝』の遺産であり、悪用されればゲヘナやトリニティだけじゃない、全ての学園に対する脅威となり得るそれの悪用を防ぐことが目的。ただ、同時に……」
そこで、風紀委員長ちゃんは私へ銃口を向けた。
「
頭が、痛い……暴走、と来たか。何ともまあ、好き勝手に言ってくれるものだ。
知らないくせに。何一つ知らないくせに。私の罪を、私の悪を、私が……私のせいでユメ先輩が死んだ、いや。
私が、ユメ先輩を独りにして、殺したことを、知らないくせに。
『そう! あなたには――権利がある。義務がある。梔子ユメの死の真相を探り突き止める、その理由がある。……何故かは、理解しているでしょう?』
だから私がやらなければならないというのに。罪滅ぼしを、贖いを、せめてユメ先輩の遺志だけは叶えることを……許されるべきではない、私が、やらなければならないというのに。
「……それにしても。迷惑をかけるわね、
「全然! 私は大丈夫だから、どんどん行こう! ……ちょっと、いやかなり驚いたけど、そうでもしないとあの人を止められなさそうだし……」
だというのに、私は今、阻止されようとしている。どういう理屈か、一朝一夕ではないレベルで私の戦い方を研究したのだろう――損害を許容し、被害を覚悟し、その上で確実に私を攻略する。そんな、何としてでも私を倒す――そんな戦術を取られて、おそらくきっと、このままでは押し切られる。時間をかけるべきではないのに足止めをされて、最悪の場合は……アビドスのみんなが、ここに間に合って。私はまた、愛するみんなに銃を向けなければならなくなる。
それは、もう、いやだ。
「――ああ、わかった」
ならば、私はもう一つ罪を重ねよう。
「……小鳥遊ホシノ?」
私は大きく息を吐いた。頭が痛い。愛銃のチャンバーを覆うシャッターを開き、中の散弾を全て放り捨てる――からん、きいん、と金属音が響く。
私はタクティカルベストのポケットに、ユメ先輩の拳銃を収納する。空いた片手で、取り出した別の弾薬を装填する。頭が痛い。かしゃん、かしゃん、と弾が装填されてゆく軽い音が小気味良い。
『不要な記憶は消えたのですから、よく思い出せるでしょう? 小鳥遊ホシノ。死を、梔子ユメの死を想うのです。悲嘆、憤怒、後悔、苦痛、そして絶望……冷え切って、ぴくりとも動かない、虚ろな瞳の、あの死を。……ほら。立ち止まるなどという選択は、許されていませんよ?』
そして私は――盾に取り付けられた一本のボルトを引き抜いた。固定具が外れ、じゃらり、と重い音が鳴る。聞き馴染んだ、鎖の擦れる音。私は、その鎖の片端のベルトを、自分の手首にきつく巻いた。
頭が、痛い。
「……
あの二人は、きっと、ユメ先輩の『何か』だろう。それくらいは、このずきずきと痛み続ける頭でも分かる。先輩が何を話していたか、誰のことを話していたか……あるいは話していなかったか、覚えていなくても、分かる。
ずっと前から、まあそうだろうな、と思っていた。
だってあの人は、そういう人だった。あっちこっちに出掛けては何かに巻き込まれて、一人だけ損をして。そして、誰かを救って帰ってくる。
だから、先輩を慕う生徒がいることは、不思議じゃない。
そう、だから、私はずっと前から思っていた。あの日から、途切れることなくずっと。最近はみんなと先生のお陰で前を向けてたけど、やっぱりこうして……ユメ先輩の死から続く因果を突き付けられれば、思ってしまうことは避けられない。
もしも、もしも――いや。
「……だめだ」
思考に無理やり蓋をする。そんなことを考えてる暇はない。ましてや、目の前の二人に嫉妬など、私に許されている筈がない。私のやるべきこと、しなければならない贖いはただひとつ。
先輩の遺志を叶える。列車砲を破壊する。そのために――私は、その、先輩の大切な『何か』を、これから叩き潰す。
ユメ先輩の、力で。
「――!! ヒナちゃん!! ごめん、纏めて叩き潰すよ!!」
「っ、攻撃を……!」
「何も、何も分からないくせに――邪魔を、するなッ!!」
空を仰ぐ。聖園ミカが掲げた手に導かれるように、燃える尾を引いた隕石が次々と降ってくる。駅のホームは壊れ、駅舎も半ば原型を留めていない。幸いにして列車の操作機能は生きているようだが、それを機にするよりも前に回避が必要だろう。あるいは諦めて、守りを固めるか。
私はどうする? ――決まってる。こんなもの、どうってことはない。
決意とともに、全身に力が満ちる――その衝動に任せて、盾を投げた。先輩がしていたように、まっすぐに。回避される――構わない。そのまま、力任せに鎖を引いた。褪せた紅色に輝く盾が、隕石を砕いて一帯を薙ぎ払う。目を見開いた空崎ヒナの顔を、鎖の先にある盾で薙ぎ払い、打ち据えた。
空崎ヒナが転がってゆく。余波で砂煙が舞った。盾を引き、銃を構える。銃身の先まで、私の力が伝わってゆく。狙いは――聖園ミカ。圧縮した力を込めて、引き金を引いた。
「――ミカ! 避けてっ!」
「……なっ!?」
散弾ならば耐え切るつもりだったのだろう。真正面から迫り来る彼女の胴に、カウンター気味にユメ先輩の
跳び上がる。ごろごろと転がってゆくそれへ向かって、鎖の先の盾を振り下ろした。命中――転がった聖園ミカの身体を跳ね飛ばし、盾はコンクリート製の駅のホームに突き刺さる。私はそれをアンカーにして、銃を構えた。
一発、二発。私を追って飛翔した空崎ヒナの銃弾を、ユメ先輩がやっていたように、射撃の反動を使って回避する――鎖の巻き取り機構を作動させる。駅舎の近くへ突き刺さった盾の方へ、私は運ばれてゆく。
「――!!」
空崎ヒナが何かを叫んだ。耳鳴りがひどくて聞こえない――興味もない。ただ、一直線に追跡してくるそれへ向かって、引き金を引いた。
咄嗟に、翼を使ってガードされた。けれど構わない、その一瞬で視界から外れた――私は、銃へ力を込める。
一発、そのまま足元へ。コンクリートの足場が砕け、空高くまで土煙が舞い上がる。
一発、駅舎の方へ。装填してあった最後の一発は、薄く力を込めて。撃ち出したそれは、駅舎の壁を貫いて――列車の操作レバーを跳ね上げた。
装填。ショットガンシェルでチャンバーを満たす。煙幕代わりの砂煙が晴れる前に、聖園ミカと空崎ヒナ、二人の大まかな方向へ向けて手当たり次第に散弾をばら撒く。
足は止まるだろう――その、たった一瞬で構わない。アビドスの鉄道はその運行距離の関係で、動き出してしまえばすぐに速度が上がるのだから。
私は走る。息は上がらない。苦しくもない。ずっとひどく続く頭痛に比べれば大したことがない。土煙が晴れる前に列車に乗り込んで――息を吐く。全身が重い。疲労とダメージだろう、痛みはないものの気怠さが抜けない。
気が付けば、膝をついていた。じわじわと、息が苦しくなる。左手に持ったユメ先輩の盾が、いつもの何倍も重く感じる。
「ああ、くそ……ごめんなさい、ユメ先輩……」
ごめんなさい。
ごめんなさい。
分かっていた。分からないはずがなかった。最初に銃口を向け合った時から、撃ち合った時から分かっていた。言動の端々から、思考の在り方から、戦う時の僅かなクセから。あの子達が、ユメ先輩を慕っていたことを分かって、でも私はそれを傷つけた。
頭が痛い。耳の奥が、きぃんと、ずっと鳴っている。
後悔は、している――空崎ヒナと、聖園ミカ。いや、あの二人だけじゃない。シロコちゃんを撃って、アヤネちゃんとセリカちゃんを倒して、アビドスを飛び出した時からずっと……ああ、いや、それよりも、ずっと前から。
ユメ先輩が死んでしまったあの日から、ずっと私は後悔している。先輩の死。残されたメッセージ。不可解な死因。足りない持ち物。そして――きっと遺すはずの、生徒会長手帳に関する……不言及。
この二年間、必死になって探し回った。手掛かりなんて、それしかなかった。どれだけ探しても、見つからなかった。
「……先輩を独りで死なせた役立たずは、せめてそれだけでも見つけなきゃいけなかったのにね」
先輩はあの日、何を思っていたのだろうか。先輩はあの日々にずっと、何を思っていたのだろうか。
先輩はいつも、手帳を私に託すと言ってくれていた。アビドスのこと、調べたこと、日常のこと、秘密のこと。全部書いてて、いつかは渡してくれると。なのに、その事に対する言葉だけがなかった。ならそれは――渡すことができない、見つけることができない、という事なのだろう。二年間、それをずっと探していて、やっぱり見つけられなくて。
そして、だけど、みんなが入学してくれて。私を、みんなが癒してくれて。少しは前向きになれたような気がして――。
けれど。
「……人生にやり直しなんて、あり得ないって分かってる」
ああ、そうだ。けれど、やり直せるものなら、やり直したい。過去は変えられないなんて分かってるけど、でも、変えられるものなら変えたいんだ。
きっと、他の学校の生徒からすれば、よくある大したことのない日常。結末に悲しみと破滅しかないなんて知りもしないで。自分たちがどれだけ恵まれているかなんて、訳も分からず時を忘れておどけて笑い合った。
どこにでもある、誰にでもある、取るに足らない――ありふれた青春の群像だとしても、そんな日々を。
「……ごめんなさい、ユメ先輩。ごめん、なさ――」
瞬間、列車が揺れた。
屋根が吹き飛んで、何かが落ちてくる――桃色の髪が、白い翼が。白い髪が、黒い翼が、炎の向こうに揺れている。
「やっほー! さ、第二ラウンドだよ⭐︎」
「……これ以上先へは、行かせはしない。エデン条約や、先生も関係ない。……本当に、分からないの? 小鳥遊ホシノ……!」
治りかけていた痛みがぶり返す。がんがんと、頭が割れるようだ。脳の奥、深いところでずっとうるさい音が叫んでいる。
二人は何を言っている? 分からない。分からないが、止まるわけにはいかないんだ。
真正面から、何の躊躇いもなく突っ込んでくる聖園ミカへ向けてスラッグ弾を放つ――止まらない。二発、三発と被弾しながら、彼女から桃色にきらめく銃弾がばら撒かれる。
盾を翳す。重い――少しずつ、じりじりと後退させられる。空崎ヒナは――いない。側面? 背後? 視線を向けるが、姿は見つからず――ぞくり、と背筋に冷たいものが走る。
咄嗟に背後に跳んで、次の車両へ転がり込んだ私を追うように、列車の屋根を突き破って黒紫の光線が迫ってくる。柔らかいカーペットの上を転がりながら、私はそれの向こうへ目を向けた。
『決心がつかない……という訳でもないでしょう? あなたは、列車砲へ辿り着くために、すべてを切り捨てなければならない。小生の書いたシナリオでは、そうあるべきなのですよ。ほら……小生が背を押してやりましょう』
膝をついた聖園ミカ――邪魔を、させる訳にはいかない。トリガーを引く。二回、三回、銃口から弾が出なくなるまで撃ち続け、回避もできないそれを撃ち据える。ぐったりと倒れ伏した彼女に、もう用は無い。
空崎ヒナは、屋根……違う。もっと上。絶えず降り注ぐ銃弾の雨へ、盾を翳して傘にする。弾薬を装填。掃射の合間を縫って、跳び上がって屋根の上に躍り出る。
「もうやめなさい……! それ以上、なぜ戦おうとするの……!?」
星一つ見えない昏い空の中、空崎ヒナは飛んでいた。私の方をを向いて、銃口を向けて、何かを叫んで。
撃たれる前に、私は飛び出した。投げた盾を架線柱へ引っ掛けて、スイング。大きく揺れて空へ浮き上がる。――鎖を引いて、盾を振り回す。空崎ヒナは、私の奮ったそれをふわりと避けた。
線路脇の岸壁へと着地し、駆ける。あちらからの攻撃を躱し、逃げ場を塞ぐように、上下から、正面から、鎖を引いて追い詰める。翼の先、下半身、命中するのはそのくらいの場所で、決定打には程遠い――情けない。ユメ先輩の足元にも及ばない。
「……いいや、でも、これでいい」
回避の瞬間なら自由が効かないはずだ。空崎ヒナを、撃ち落とせる。頭が痛い。
薙ぎ払われるレーザーを避けるように跳ぶ。引き金を引いて、反動で空中で制動する。空へ向けて一発。岸壁とは逆、谷底の方へ向けて一発、真下へ向けて一発。攻撃を躱しながら引き戻した盾を、眼下の列車へ撃ち込んでアンカー代わりにする。
――ここだ。身体を固定して、トリガーを引く。私の髪と同じ色を纏った、スラッグ弾が夜を裂いて、天へと向けて飛翔する――瞬間、がくん、と私の身体は引き摺られた。
視線を向ける――。
「それ、は……っ、やらせない、じゃんね……っ!!」
聖園ミカ。傷だらけで、息も絶え絶えの筈なのに、盾から伸びる鎖を握りしめていて――ぐん、と引かれる感触。銃口の向きは狂い、渾身の一発はあらぬ方向へ飛んでいく。私はそのまま、列車の屋根の上へ叩き落とされた。
起き上がる――腕を掴まれる。振り解けない。
「ヒナちゃんッ!! 今っ、ここしかないっ!! やってッ!!」
「〜〜〜ッ!! ミカ、それは……!」
「やれッ!! 止めたいんなら、早くッ!!」
耳元で何かが叫んでいる。分からない。そんなことよりも、迎撃しなければ。
思い切り腕を引き絞って、もう一度盾を撃ち出そうと、空を見上げる。
「――ぁ、っ」
見上げた空の向こう。
決して届かない場所に、煌々と輝く、まるい月が浮かんでいて。
『いい、ホシノちゃん。私は……うん、まあ、賢くないし。ぽんこつで、的外れなことばっかり言うかもしれないけど。これは、覚えておいてね』
声が聞こえた、ような気がして――そして、光と熱が、私を襲った。
吹き飛ばされる。列車ごと谷底へ。
崖壁に何度も身体を打ちつけ、飛散した硝子を浴びて、砕けた鉄の破片に巻かれ、転がり落ちる。
「……かはっ。げほ、ぉぇっ……」
冷たい土の上に叩きつけられる。夜のくせに、周囲はいやに明るい。気に入らない。なんで私はこんなところにいる? ああ、眠い。ずっと眠いんだ。ろくにぐっすり眠れた試しなんて、あの日から一度もないんだけど。
だとしても。どれだけ辛く苦しくても、私は足を止めてはいけない。それが私の罪に対する、責任であるのだから。
「(……痛い。苦しい、熱い、いや、寒い……)」
スクラップと化した列車が、炎をあげている。ビニールの焦げる鼻につくにおいが、風に乗って吹き抜けてゆく。
……頭の中のノイズが、耳鳴りが消えてゆく。手足の先が動かし辛い。寒い。脚が震える。頭痛は、いよいよ絶え難く私を苛む。――けれど、行かなくちゃ。
『そう。あなたは行かなくてはならない。梔子ユメの悲願である、列車砲の破壊を為すために。それが、どれだけ辛く苦しくとも――あなたの責任であるが故に……さあ! 小生に、このキャンペーンの結末を見せてください……ッ!!』
大オアシス駅までは、もうあと少しだ。あと少しなんだ。私の償い。私の贖い。この手でユメ先輩の遺志を叶えれば、やっと、先輩へ顔向けできるようになる。
なのに――許してくれないのか。聖園ミカと、空崎ヒナが、私のゆく前に立っている。
制服はぼろぼろで、全身傷だらけで。顔も身体も血を流していて、辛そうな顔だ。傷の量だけなら、私よりも多いんじゃないだろうか。
なのに――私なんかよりもよほどしっかりと立っている。
ああ、眩しい。
「――もう、ここまでにしようよ。あなたも、分かるでしょ? きっと間違えたって、そう、何度間違えたって、あの人は私たちの手を離さない。そんなの、あの人のたった一人の後輩であるあなたが、一番よく知ってる筈だよね?」
「貴女の苦しみは、察するに余り有るわ……小鳥遊ホシノ。でも、だとしても……先生も、アビドスの子たちも、きっと貴女に伝えたはずよ。『きっと、何とかなる』……みんなで力を合わせれば、大丈夫だって」
少しずつ、言ってることが聞こえるようになってきた。何も間違っちゃいない正論だ。ああ、そうだ。本当はわかってた。間違ってるのは私のほうなんだって。
「あの人の……ユメさんの思い。それはきっと、小鳥遊ホシノ……貴女の考える通りなのでしょう。私も、マコトですら気付けなかったけど、あの人ならきっと砂漠横断鉄道の裏に列車砲が……『雷帝』の遺産があることだって、知ってたでしょうね。権利書を手に入れようとしたのも、後に禍根を残さず、自分の手で片付けるため……」
「普通はそんなの、どうやって気付くんだーって思うけど……まあ、あの人なら確かに、うん……全部知ってそうだよねぇ」
「……そう、ね。本当に、底知れない人。そんな人だったから……ユメさんが失踪してしまった貴女の苦しみを、分かるだなんて言えない。でも、それでも。誰にも助けを求められなくても、たった一人で……アビドスに残り続けて戦った。それだけ、守りたいものがある……そうよね?」
いつから? そんなもの――最初からに決まってる。最初から、最初の最初から、私が間違ってたんだ。私は間違ってる。
その筈なのに……声が聞こえる。
ユメ先輩の、声が。
『いい、ホシノちゃん。私は……うん、まあ、賢くないし。ぽんこつで、的外れなことばっかり言うかもしれないけど。これは、覚えておいてね』
いつのことだっただろうか。目映い朝焼けだけが、記憶に残っている。忘れていた――忘れるはずがなかったこと。
『ホシノちゃん、私たちは――ただ只管、苦しんで、苛まれて……歯を食いしばって、顔をゆがめて生きていくために生まれたんじゃないよ』
先輩の背中に抱きついて、あれは、水族館に行ったときだった。先輩が死んでしまう、本当に少し前。朝の初めから、夜の終わりまで、二人でずっと遊んだ日だった。
『私たちは幸せになるために生まれてきたんだ。楽しんで、遊んで、色んな人と友達になって。この世界で、笑うために生まれてきたんだ――私たちのアビドスの復興だって、そうだよ?』
先輩は不意に、真面目な顔になって。今、伝えておかなくちゃって言って。今ならわかる、きっと、先輩は何かを感じ取ってたんだろう。
『ホシノちゃんが、本当に無理だ、嫌だ……って思うんなら、転校すべきだと思う。だってこんなことは、苦しんで、嫌々やるべきことじゃない。いや――そもそも。『やるべきこと』じゃ、ない』
あの時の私は、何も分からなくて。そして、今の私は何もかも忘れてしまっていて。ああ、先輩。ユメ先輩。ごめんなさい、先輩はずっと、そう言っていてくれていたのに。
なのに私は、みんなを傷つけて。
『だってこれは、私たちが『やりたいから』やってること。そうでしょ? だって、私たちは――何をやりたいか。何になりたいか。自分で決めることができるんだからさ』
私のやりたいこと。私のなりたいもの。それはずっと明確で……空を仰ぐ。白い月はただ静かに、ヒナちゃんとミカちゃんの後ろにあって。
――ああ、やっぱり。ぽっかりと空いたこの胸の穴に、昏い後悔の火が燈る。
『だったら、楽しまなきゃ。アビドスを復興するのを、楽しんじゃいけないなんて誰が言ったの? アビドスの復興に、私たちの青春を賭けちゃいけないなんて、誰が言ったの? だから、ね。ホシノちゃん――』
私は。
私のなりたいものになれなかったし、なってはいけなかった。
「……ああ、そうだね。私は守りたかった。先輩の愛した、先輩と愛したアビドスを。私なんかを慕ってくれる大切なみんなを」
「なら――」
「けど、私はそれを自分の手で壊してしまった。みんなもそう。ユメ先輩も、そう。私があの人を独りにした。些細な怒りで、ほんの一時の癇癪で、あの人の気持ちを踏み躙った。だからユメ先輩は独りで砂漠に行って――死んだんだよ」
「――、……え?」
絶句。二人は目を見開いて、立ち尽くしている。
「ユメ先輩がどこにいるか、教えてあげようか――ここだよ。大オアシス。先輩と最後に、宝探しをしたところ。冷たくなった先輩を、どこにも埋めてあげられなかった私は、先輩の身体をここに埋めた」
「――待っ、て。小鳥遊ホシノ、それは」
「あの日からずっと、考えてるんだ。手帳も見つけられない。最期の言葉さえ知らない。どこで間違ったのかって。先輩を独りにした時? 宝探しの時? ビラ配り? 生徒会に入った時? それとも……目の前で転んだあの人に、手を差し出した時?」
ようやく気づいた。いや、ずっと前から気づいていたことを、直視できた。
空崎ヒナ。聖園ミカ。あるいは、この二人じゃなくてもいい。他の誰でも構わない。
いつから、なんて。そんなのは明白だった。
「――違う。最初からだ。私は、あの人の後輩になっちゃいけなかったんだ。私じゃなければ。
そう、私が。
私が。
私が、私が、私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が。
私が――。
「――私が、ユメ先輩を殺したんだ」
ぷつん、と。
頭の中で、何かが切れた。ぴきり、と何かがひび割れた。
遠くで、誰かの哄笑が聞こえる。ずっと頭の中で囁いていた誰かの、笑い声。
きーん、と、音がする。世界が遠くなってゆく。
目尻が熱い。泣けない。
ユメ先輩の、遠い声がする。
『……え、私? 私が何になりたいか、か……うぅん……それは、ちょっと恥ずかしいから、内緒ね』
先輩。
ユメ先輩。
私は、あなたの
先輩は、私に幸せになって、って言ったけど――無理なんです、先輩。
大切な後輩がいて、優しい先生がいて。それは、幸せなんだけど。
私の心からの幸せは、あなたがいないと、成り立たない。
先輩がいない今、もう。私の心からの幸せは、ないんです。
どこにも――。
「ゆめ、せんぱ――」
月に手を伸ばす――私の胸の穴から溢れた、褪せた紅色が視界を覆って。
それきり、私の意識は真っ暗に閉じた。
アビドス勢の好きなところ。
『前途洋々、明日へとヨーソロー』だとしても、その後に続くのが
『手つなぎ進めばこわくない』なところ。
どれだけ順風満帆でも一人だと怖く感じてしまうのに、どれだけ困難であっても誰かと/みんなと手を繋げば怖くないと頑張れるところです。
アビドス組は特に人数が少ないからこそ、仲間の大切さが強調されているのかな、と。
当然。
クソボケ……梔子ユメもそうでした。