TS転生クソボケユメ先輩(死亡済・幽霊)が原作のn倍ホシノの脳を焼いていた話 作:死刑囚
なんかやたら長くなりました。
クソボケと先生がやっとお話しします。長かった――。
前回50万UAの感謝を述べさせていただきましたが、もう55万UAが目前に。読んでくださっている方、感想書いてくださる方、評価を入れてくださる方、皆様に感謝を!
あと、今回どこに書こうか迷った結果どこにも入れられなかった先生視点の閑話があとがきに書いてあります。良ければどうぞ、もしあとがきに書くのがダメなら別で一話用意します。
それはそれとして、今回連邦生徒会長の名前が必要になったのですが『アロナ』じゃないよなあと思ったり。一応説のある『七海アヤカ』かとも思いましたが確定もしてないので、アロナでもアヤカでも良いようにあだ名呼びにしました。
――ホシノちゃんが『反転』した。
間際の慟哭と、救いを求めるような手に、私は触れられなかった。ホシノちゃんの放つピンク色の『神秘』の炎は、近寄ることすら私に許してはくれない。寄り添うこともできず、私はただ消えないように耐えることしかできなかった。
耐えて、耐えて。我慢できなくなって。消えてもいい、とホシノちゃんへ駆け寄ろうとして――。
「気付いたら懐かしの教室、だったんだよねぇ……ひぃん」
アビドス高等学校、生徒会室。あの日の記憶のままの部屋に、私はいる。どこに何を置いてるのか、何がどこまで進んでるのか。この部屋は驚くほどに、二年前のあの部屋を再現している。
ここはきっと、ホシノちゃんの心の中だ。『原作』で、先生と……本来の私が、初めて邂逅する場所。ホシノちゃんの心の中の青春と――願望。もしもあの時先生が居たなら、って仮定が形を成した、幻の生徒会室。
「……ほんと、よく覚えてるんだねホシノちゃん。……私も同じだよ」
机の上のプリントを手に取った。読まなくても分かる、ここに置いていたのは連邦生徒会長――”アーちゃん”からハンコを貰った、『停退学・不登校生徒の更生支援』の施策、その認可状だ。たかがハンコ一つと思うなかれ、これを貰うまでには聞くも涙、語るも涙の論戦があったのだ――それをきっかけに、アーちゃんとは仲良くなったんだっけ。
「そういや、アーちゃんも無理ばっかりしてる子だったなぁ。や、確かに能力はとんでもなく優秀だったし、みんながすごいっ! って褒めるのもよく分かるくらいだったけどね」
ただ、それでも、私にとっては歳下の……イチゴミルクが大好きな後輩で。なんだかんだとお世話してるうちに、仲良くなった。……だからと言って、優遇なんかはしてくれなかったけどね!
まあ、そればっかりは仕方がない。あと少し、ほんのもう少しでどうにか改善しそうだったとはいえ、あの時のアビドスはあらゆる面で廃校一歩手前だった。少なくとも改善の見込みがある、ってことを示さなくちゃならないのはこっち側だったし。
「……ま、今更だよね」
どうやら、私は先に着き過ぎてしまったらしい。『原作』でも、ホシノちゃんが反転してから先生たちが来るまでちょっとラグがあったしね。
紙束を机の上に投げ落とし、くるりと一回転。窓の方を向く。
――そして私は、息を呑んだ。
「……ああ」
……陽の光を受けてきらきらと輝く、砂まみれのグラウンド。私の記憶にあるのとまったく同じ、寸分違わずそのままの光景。
ゲヘナみたいに広大なわけでもない。トリニティみたいに上品に洗練されているわけでもない。寂れた、と言ってしまって良いような校庭。
アビドス本館のそれとは比べ物にならない、ガラス窓越しに見えるこの小さな景色は、ホシノちゃんの心の中に焼き付けられた追憶。
それは、こんなにも色鮮やかで――ホシノちゃんにとって、この日々が、この光景が、どれだけ愛おしいものだったのか、痛いほどに伝わってきて。
ただ眺めているだけで、胸が締め付けられて、泣いてしまいそうになる。
「くそ――」
鼻の奥がつんとする。目の奥が熱い。……だって、そうだろう?
この光景は、ホシノちゃんが大切に抱えているこの光景は、私の記憶にあるものと……まったく、同じなのだ。遠くの街並みも、透き通るような青空も。砂まみれで色褪せた校舎の壁も、グラウンド残った足跡も、広がった砂の一粒まで。
どうしようもなく――目に映るものすべてが、全部ぜんぶ、同じなのだ。取るに足らない、ありふれた全てが、宝石のように輝いて見えるところまで。
なら、それは。私にとっても、ホシノちゃんと同じように。あの日々が、どれだけ輝いていたかを示すもので――蓋をして、直視しないようにしていたそれを、強制的に思い起こさせられる。
ホシノちゃんと過ごす日々が、私にとってどれだけ愛しい宝物だったのか。
そして私が、どんな未来を、この手から取りこぼしたのかを。
「――悔しいなあ」
未練が、顔を覗かせる。
思えばずっと不安で、後悔することばっかりだった。私は、ちゃんとした
……私である俺は、『原作』の私のことが好きだった。そりゃ、原作知識を持ってて色々できた私より武力なんかは弱かったかもしれないけど、そんなものはどうでもいいことだ。
私が『原作』の私をすごいと思っていたのは、自分にできることを全力でやっていたところ。折れず、腐らず、どんな困難があっても……たとえ独りきりだったとしても、ただひたむきに夢に向かって歩いていたところ。
戦いは弱かったかもしれない。ホシノちゃんに助けてもらってばっかりだったかもしれない。志半ばで死んでしまったかもしれない。けれどそれを、結果的に失敗したからと――『何も為せなかったのだから、その生には何ひとつ意味がない』、なんて言う人はいないだろう。そして、私は――その『梔子ユメ』として産まれた私は、自分がいずれアビドスに入学し、私の背を追ってくれる後輩ができるということを、知っていた。
……うれしかった。誇らしかった。しかしそれ以上に、彼女たちに――小鳥遊ホシノと、梔子ユメに恥じないように振舞おうと思っていて。
「そうして――私のたった一つの、他の人より優れているところ。それは、『原作』を知っている……ってことだった」
これは何も、シナリオを知っているとか、それによって未来が分かるとか、そういう話じゃない。
未来予知、百合園セイア。彼女の『神秘』とも一線を画す、『原作』を知っているということのメリットは――『原作』を、知っているということだ。……や、変なインターネットミームじゃなくてね?
例えば……キヴォトスのどこかにある廃遊園地「スランピア」には、大量のクレジットを落とすびっくり箱がいる。そしてそれを知っている私は、プレイヤーが課金するときの円とクレジットの交換比率から、アビドスの借金である数億"円"前後の金額を用立てるためには、どのくらいのクレジットが必要なのか計算することができた。
例えば、キヴォトスのどこかにある「軍需工場の廃墟」では、経験値稼ぎにちょうどいい箱型ロボットが大量に生産されている。重要なのはロケーションであり、他のロボット、あるいは他の場所の同型ロボットとの戦闘では、これほど――季節イベントや交換ショップが無い以上――効率よく
そして例えば、私たちの『神秘』の発露であるEXスキルを鍛えるためにはオーパーツが必要であることを知っている。加えて――これまた例えばだが。便利屋68業務日誌においては偽物だったが、オーパーツが闇取引されている描写だってあった。つまりオーパーツには収集家や好事家がいて、使わなくとも円に換えられることも知っている。
そういう、この世界のシステムの断片。ゲームとしての攻略法。私はそれを知っていて、そして活用できた……流石に限度はあるようで、エンジェル24でオーパーツを購入できるってことなんかは無かったけど。
「失敗ばっかりだった。けど、何もできなかった、なんて言う気はない。やれること、やるべきこと。私の責務、責任。それは果たした。万事、万全を尽くした――本当に?」
この数ヶ月、ずっと考えていることがある。アビドスへ入学してから、あの砂漠で力尽きるまで――その全ての選択は、本当に、最善のものだったのか、と。
もちろん、何もかも間違いだったなんて言う気はないし、『選べた』としても『選びたくない』選択肢だってあっただろう。例えば――臨戦装備でカイザーの本社に突撃してビルごと消滅させる、とか。
そういうのはさ、やれるかどうか以前にやりたくないからね。『原作』どうこうという話ではなく、私が私として採りたくない選択だ。力と恐怖で支配するよりも、みんなで助け合って幸せになりたい。
ただ、でも。そういうのは抜きにして――。
「私には、もっと何か……出来たことはなかったのかな」
例えば、ホシノちゃんに砂祭りの話をしない、怒らせる要因をそもそも発生させないように……とか。
ハイランダーへ行くときに誰かの助けを借りたりとか。ヒナちゃんやミカちゃん、マコトちゃんにアーちゃん。他にも友達は沢山いた、誰かの手を借りるわけにはいかなかったのか……とか。
あるいは――最期の時。生きて帰るために温存を、なんて考えず、最初の最初に死を賭して最大の一撃を撃っていれば、逃げることだけは出来たのではないか……とか。
「たらればを繰り返していれば、永遠に無傷だけど……か」
言い訳は……ない。
結局のところあの日の私は、自分ならばと思い上がっていたのだ。コンパスさえ持っていれば。そうでなくとも、今の自分ならば帰るくらいは、と。結局のところ、何をどうしたって『セトの憤怒』に狙いを定められていた時点で死は免れなかったのだろう。仮定に意味はない。
でも、思わずにはいられない。
「人生にやり直しなんて、あり得ないって分かってる……けど、ね」
……生徒会室の窓から、空を見上げる。
青く澄み渡った空に、白い雲が浮かんでいる。……ふと、脳裏に懐かしいフレーズが蘇った。アーちゃんと二人、お互い救いようがないね、なんて笑いながら、声を合わせて歌っていたっけ。
「――頬杖をついてぼんやり、遠くを眺める。浮かぶ雲、ちょっと
私は『原作』を。アーちゃんは……多分、捩れて歪んだ先を含めた、無数のバッドエンドを。知っているからこそ、止まるわけにはいかなくて。打ち明けてこそないものの、シンパシーを感じていた……多分、あっちも同じだった。
「もしかして、手を伸ばしたら、届くのかなって……想像して、にやけちゃいました」
欲しいものは一つだけ。完全無欠のハッピーエンド――が訪れることによる、愛する人が幸せに暮らせる日々。私のそれはホシノちゃんで、アーちゃんのそれはキヴォトスのみんなだったけれど。
私たちは、ただそれが欲しかっただけなのに。
「
――ノック、ノック、ノック。
小気味よく三回、生徒会室のドアが叩かれる。……どうやら待ち人が来たようだ。
はーい、と声を出そうとして……頬が少し濡れていることに気付いた。
「……駄目だ。駄目だねぇ。顔に出す訳にはいかないよ」
ここにいるのは、私じゃない。二年前の、ホシノちゃんの記憶の中の私だ。
まだ何も知らない私が――未来のことなんて疑ってない、幸せの中にいる私が、悲しい顔をしている訳にはいかない。だって、私がそんな顔をする理由がないのだから。
だから、私は笑って振り返る。シャツの袖口で涙を拭って、何も知らない顔をして。どうぞ、と声をかけて、入ってきた先生と目を合わせて。
「……こんにちは! 先生、今日もお疲れさま――ですっ!」
その『先生』は……私を見るなりひどく驚いたような顔をした。そう、例えば、居るはずのない幽霊を見たような顔を。
「……へ? 先生?」
顔かたちは、何度も見た通り変わってはいない。少しくしゃっと癖のある髪、柔和で優しそうな、常に微笑みを浮かべた顔。眼鏡はかけたりかけてなかったりだけど、今日はかけていないようだ。
あとは……ひ弱な印象を受けがちな先生だけれど、実は意外としっかりしていて鍛えられている――流石に、あのゲーム開発部の先生ほどではないけれど。ただ、細身でスマートながらもしっかりと男らしい体つきは、そりゃ思春期の女の子にとっては劇薬に近いんだろうな、というのも分かる。それでいてキヴォトス人よりもか弱いのだから倍率は更にドン! というものだろう。
ま、私である俺には残念ながら無効だけどね! ふふん、俺はホシノちゃん一筋なのだ。
"君は――。"
"君、が――。"
「あれ? 先生……私の名前、忘れちゃったんですか!? ひ、ひぃん……私ですよ、梔子ユメです! ……あれ、もしかして先生もお寝坊さんですか?」
ただ、先生は初めて会った時から……そして、最後に会った時から比べると、どうにも疲れを滲ませているように見える。少し考えて……その理由に思い至った。
さもありなん、あの最終編を経たというのもあるだろうが……少し前にはクロノススクールの報道で、謎の大陸が氷海に現れた……ってニュースをやっていた。
そう、鋼鉄大陸編だ。
勇者アリスとその仲間たち、そして機械仕掛けの神様の決戦。その過程で、先生は……大変な、悲しい目に遭っているはずだ。そして、そうである以上……彼、ないし彼女は、己の方針を最期まで曲げなかった、ということになるのだろう。
それは残念で……けれど、それが友達の選んだことであれば、私には何も言うことはできない。
“そう、だね……少し悪い夢を見たんだよ。”
「なるほど……ふっふっふ、そういうことなら許してあげましょう! 座ってください先生、先生はいつもみんなのために頑張ってくれてるんですから、少しは休まないと」
先生の背をぐいっと押して、椅子に座らせる……アビドスに備え付けのは高級なソファなんかじゃなくて、安くて硬いパイプ椅子だけど。それでも、立っているよりはマシなはずだ。
そうして押した先生の背中は、やけに軽かった。私たちの力が強いってのは差し引いたとしても、こう、腰が抜けたように踏ん張りが足りないというか。
なんでだろうか? 不思議に思って、先生の顔を覗き込む――彼の顔には、今にも泣き出してしまいそうな、罪悪感と後悔がない混ぜになったような、悲痛の表情が浮かんでいた。
「……うぇぇぇええっ!? せ、せせ、先生っ!?」
有体に言ってすっごくびっくりした。
な、なんで……? 『原作』でもそうだったっけ? 先生は私が死んでるってことを知ってるはず……それも大分前に。『原作』だと、アビドス編の一章から二章のあたりだっけ?
よしんばそこで情報のキャッチが漏れてたとしても、流石にホシノちゃん絡みのあれこれからアビドスの過去については調べてるはずで……だとしたら私の死も知ってるはず。
だから、悲しむとすれば私が死んだことじゃなくて――ああ、そうだった、思い出した。
先生は、私を救えないことに悲しみを抱いている……はずだ。
だけど、今の私はそんなことは分からない。だからそれに対して、気の利いた言葉は返せない。
「だだ、大丈夫ですか……? 宝探し、別の日に延期します……?」
「――先生!? ユメ先輩!? 早く来てください! オアシスで宝探しをするんですよね!? 先に校門で待ってますよ!!」
教室の扉の向こうから聞こえるホシノちゃんの声。多分先生も、それで今ここが、何であるかは分かったんじゃないかな。
ゆっくりと顔を上げた先生と、視線がぶつかる。
“…………。”
「――ホシノちゃん、すごく楽しそう。先生が来てから、いろいろ、良い方に好転して……ホシノちゃんも良い方に変わった気がするんです。もちろん、私も」
『原作』の台詞、それを全て覚えているわけじゃない。ただ……なんとなく。梔子ユメとして、ここで先生に伝えなければならない言葉はわかる。
「あ、そうそう。先生、送った曲は聞いてくれましたか? アビドスにいると、趣味とかってあんまりなので……その点、PCで曲を打ち込むのって良いんです。この前送ったのは――」
“――、……ユメ。”
「……? どうされました、先生? あ、やっぱりまだ眠いとか……?」
分かりますよー、私もそうなので! ただ明るく、そう言って笑う。先生は――笑わない。迷ったように二度、三度口を開いては閉じて、そして喉の奥から絞り出すように、言葉を溢した。
“ごめん、ユメ。ごめんね……私は、大人なのに。……出来ることなら、私は。私、は……ッ!!”
血を吐くかのような独白。ぎゅぅ、っと言う拳の握られる音が、静まり返った教室に響く。今にも……壊れてしまいそうな、そんな印象を受ける。
「……先生。私には、先生の事情……いえ。抱えておられる感情や、後悔の全ては分かりません。けど、きっと……いえ、絶対に、それは先生のせいじゃありません。先生が謝るようなことなんて、ないと思います」
先生の顔が伏せられる。先生はわしわしと、自分の髪を掻いて、俯いて……無音のまま、教室の木のタイルの上に、ひとつ、ふたつと、染みが落ちる。噛み殺して、嗚咽は出ないように努めているようで……。
“私は――。”
だけれど、それはすぐに決壊した。
“――私には、時間を巻き戻せない……! 死を無かったことにすることも、出来ない……ッ!! そんな力はっ、私には……っ、私はただの平凡な人間で、神様なんかじゃないから――……ッ!!”
怒鳴っているわけじゃない。声量自体が大きいわけでもない。けれどそれは、先生の叫びだった。あるいは、ともすれば、それは
だからこそ、共感してしまう。本物の先生と、画面越しの
「……先生」
“私は……目の前に苦しんでいる子がいたら、手を差し伸べるだけで精一杯。なのに、それさえ……!”
「……うん。今は、それで十分だと思います。だって……先生も、私たちも、知ってるはずじゃないですか」
しゃがみ込んで、手を取る。大きな、目を見張る奇跡は……そりゃ、あるかもしれないけど。それは、願ったからって『今、すぐに』、手に入るものなんかじゃない。
「私たちの
“……それ、は。君は――ユメは、そう言えるんだね。”
「はい! もちろん、自信を持って! ……はぅ、でもあんまりそんなこと言ってると、
“――――、……。”
先生は、勢いよく顔を上げた。赤く充血した目が見開かれて、ばちっ、と私と視線が合う。
……? 何かおかしなことを言っただろうか。
「うぇ、っと……? あの、先生は、これから苦しんでる子を助けに行く……んですよね?」
“――うん、そうだ。私は……私は。手の届く子を、助けたいんだ。”
「先生ならできます。……助けられると良いですね!」
“ありがとう、ユメ。それと――。ちょっとだけ、失礼するよ。”
先生はいつの間にか、とても晴れやかな顔になっていた。何かを決めたような顔。……これなら、ホシノちゃんを助けられそうだ。
そのまま、先生は『シッテムの箱』を取り出して、何か操作をしている。その途中、何かを思い出したような顔をして……私を凝視してきた。正確に言えば私の髪? 頭頂部あたり? その辺を。
な、なにゆえ……? あれ、寝癖つきっぱなしとか……? ひ、ひぃん……ホシノちゃんにまた怒られ――。
――てんてろりん、ぴろんぴろん。
「……はぇ?」
気の抜けるような着信音。私の携帯が鳴った。……あれ? こんなイベントあったっけ。
外で待ってるホシノちゃんが痺れを切らしたのだろうか。ごめんなさい、と断ってスマホを取り出す。
着信は一件、メッセージだ。見慣れてしまったいつもの文字化けアカウント。特に何の変哲も――……?
……あっ。
「……せ、先生……?」
“――やあ、ユメ。いや、こう言った方が良いかな?”
“いつもお世話になってるね、謎の美少女工作員ちゃん。”
「――〜〜っっ!? な、な、なんでぇっ!?」
バレていた。問答無用、言い訳の余地なしってやつだね! ……冷や汗がたらーりと、背筋を流れる。死んでからこっち、久しぶりに体感した感覚だ。死ぬ前は……ホシノちゃんに隠し事がバレた時に何度も味わったなぁ。つまみ食いとか、お寝坊とか、騙されて働かされたりとかした時に。
“理由は……ホシノから聞いてたからかな。”
“ユメが、奇跡の話をした時のこと。ホシノが、ユメと喧嘩別れしてしまった時のことをね。”
「ひ、ひぃん……あれは、私が全面的に悪かったですけどぉ……でも、それが何か……?」
“さっき、ユメは『また』怒られる……って言ったでしょ。”
“ユメがさっきまで演じてた、多分だけど……『まだその時が来てない君』なら、その言葉は出てこないよね。”
「――あっっっ!?」
そうだ。その通りだ。今この時の私は、まだホシノちゃんと訣別してない。だからそんな言葉が出てくるわけ……あれ?
いやでも、確定は出来なくない? ホシノちゃんが全部を話したとしても、それより前に似たような喧嘩をしてた可能性だってあるし……。
も、もしかして。
「……あのー、先生? もしかして、なんですけど……」
“うん? ああ……やっぱりすぐに気付いちゃうね、ユメなら。そうだね、カマをかけたのは事実だよ。”
“それはそれとして、メッセージ一つを送るだけならやって損はないしね。”
「……ず、ずる!! それはずるですよ先生!!」
“はは、ごめんねユメ。悪いとは思ったけど……どうしても試さなくちゃ、引き下がれなくてね。”
“さて、ずるではあったけど――説明してくれるよね。今までのことを。”
「う、うぅ……ひぃん、分かりました……」
私は洗いざらい白状した。砂漠で目覚めてからのこと、幽霊になってたこと。事情を伝えようにも伝えられなかったことは、スマホを見せながら――いや、今入力してみたらなぜかいくつかのことは伝えられるようになってて驚いたけど。ううん、ホシノちゃんが反転するまでは無理だったんだけどなぁ。
それと――死ぬまでのことは、掻い摘んでだけ。『セトの憤怒』の名前は伝えられたけど、私がどう死んだかとかは関係ないから軽く。そんなに語ることでもないし、さ。
「……って感じですね。えへへ、本当ならこんなことになる前に、どうにかしたかったんですけどね」
“……いいや。よく頑張ったね、ユメ。”
“あんなことがあったのに……それでも、君は戦い続けた。”
“誰にだって出来ることじゃないよ。そして、君の行いは決して間違ってなんかいない。頑張った子を褒めてあげるのは大人の役目だからね。”
「……あはは。ありがとうございます……うぅん、なんでしょう。こう……嬉しい、ですね」
多分、先生はどんな生徒だってこうやって労っているのだろう……や、これはちょっと露悪的な言い方かな。労ってもらえるなんて、随分久しぶりで……正面から受け止められなかっただけだ。
胸の奥がじんわりと暖かくなる。ああ、よかった、って。私のやってきたことは、少なくとも……何もかも間違ってた、って訳じゃなかった。
“……ユメ、君のことは調べたんだ。アビドスのこともだけど……色んなところで、みんなの代わりに頑張ってくれてたんだね。”
“色んな学区でユメの噂が聞こえてきたよ。みんな、君に助けられたって話ばかりだった。でも……”
「うぇ、えへへ……? えっと、先生……?」
"……ユメは、もう少し誰かに助けを求めても良かったんじゃないかな。"
"どうにも――君は、それを避けていたように感じるよ。"
「……え? ……あはは、そんなわけないじゃないですか、先生! 自慢じゃないですけど私は、ものすごく沢山の人に助けてもらってますよ!」
――ホシノちゃんに始まり、集まってくれた不良の子たち、アビドスの人、他の学区の生徒たち。ヒナちゃんやミカちゃん、アーちゃんに当時の連邦生徒会の二年生、三年生。それと……廃墟の彼、ないし彼女とか。
私は、今まで出会った人の全員に助けてもらったことがある、って言っても過言じゃないと思う。
けれど、先生は困ったように苦笑した。苦笑して……逡巡して。苦悩をその顔に浮かべて、口を二度、三度と開いては閉じて、言葉にならない何かの音を発して。
そうして、決意と覚悟を滲ませて、口を開いた。
"そうかな、ユメ。もしそうなら――。"
“――なんで君は、最期に砂漠へ向かう時。ホシノと一緒に行かなかったんだい?”
「……ぁ、あはは。それは……先生も、答え辛いことを聞きますね?」
ほんの少し、息が、詰まる。
答えたくない……これは、失望されたくない、という感覚だろうか。あるいは、自分の至らなさ、馬鹿さ加減を自分の口から話すのは避けたい……と思う程度には、私にも羞恥心があったのかな。
けれど、それが求められているというのならば、黙っているわけにはいかない。
「……大した理由はないんです。私、ちょっと調子に乗っていて。少しくらい大丈夫だ、って。ただ、それだけで……その程度のことで大きな間違いをして、ホシノちゃんを悲しませた。そんな、程度のことなんですよ」
“……そうか。うん、ユメが自分をどう思っているかは分かったよ。”
“でも。ユメがそう思って、そうしてしまったことは本当でも――きっと、それだけじゃなかったんじゃないかな。”
「えへへ……ありがとうございます。でも買い被りすぎですよ、先生」
私は否定する。けれど先生は、穏やかに頭を横に振った。どうにも何かを確信したような、自信満々の顔で微笑みを浮かべている。
“そうかな? 私は断言しても良いと思うけどな。”
"自覚はないのかもしれないけど、君は……驚くほどホシノに似ているからね。"
“だから、とても分かりやすいよ。君が何故、一人で行ったのか、はね。”
――…………ほぇ? 私が、ホシノちゃんに似ている?
それは……ない。絶対にない! 先生は人を見る目があると思ってたけど、やっぱり疲れで目が開いてないんじゃないかなぁ!?
「……い、いやいや! 私とホシノちゃんは似てないです、なんというか、ホシノちゃんに失礼ですっ! よく見てくださいよ!? 私はお馬鹿でポンコツだけど、ホシノちゃんはしっかりしてて賢くって、可愛いんです!! 私なんかに付いてきてくれる、すっごく優しい子で……私が何度失敗しても見捨てないでくれて。面倒見だって良いし、素直じゃないところもあるんだけどやっぱり優しいから『先輩は仕方ないですね』って助けてくれて……。それにそれに、本当にとっても可愛いし……! 水族館に行った時なんて、もうずっと目をきらきらさせてて! 入館してすぐのところに色とりどりの熱帯魚の水槽があって、ホシノちゃんってばもうすごい速さで水槽にべったりくっついちゃって……あれ?」
なんの話をしてたんだっけ……? 先生は、ついに耐え切れなくなったように噴き出した。目じりに涙まで浮かべて、実にすっきりとした顔で笑っている。
“やっぱり。君たち二人はそっくりだよ。ホシノも言ってたんだ、ユメ先輩は私なんかよりずっと強くて綺麗で、って。”
“だから……ユメ。そんな君たちだからこそ、私は、君の本当の気持ち……本心がわかる気がするんだ。”
本当の、気持ち。私の……あるいは、私である俺の?
先生を疑う気はない。本当に、先生の言うような何かがあって……私はそれに気付いていないのかもしれないけど、流石の私もそんな楽観はできない。
それに、やっぱり素直に受け止め難いって気持ちもある。私は私なりに、自分がどういうものなのかは分かってるつもりだ――けれど、やはり、先生はそれをそのままにはさせてくれない。
“ユメ。君はアビドスの生徒会長として、色んなことを調べていたね。その時に、列車砲と砂漠横断鉄道のことも、きっと知ったんだろう。”
“そして、同時に……君はホシノに、それらを伝えずに行った。もしかすると君は、どのようにしてか、自分の身が危ういことさえ知っていたのかもしれないね。”
「……まるで探偵さんみたいですね、先生。格好良いですけど……はぅ。こういう時は、面白い推理だね! なんて言った方が良いんですかね?」
“ははは、こんなもの推理なんて高尚なものじゃないよ、助手くん。”
“だって――見れば分かるんだから。君は、驚くほどホシノに似ているんだから。”
むぅ。先生から見て、私はホシノちゃんに相当似てるらしい……って言うのは百歩譲って受け入れたとして、だから何だと言うのだろう? 好きな人に似てるって言われるのは、そりゃまあ嬉しいけども……ただ、だからなんだと言う話だ。
私とホシノちゃん。何かが似てる、ってことが、私の知らない私の本心とやらを言い当てる根拠になるのだろうか。
「……それが、どうしたんですか? なんで、私とホシノちゃんが似てるってことが、断言できる理由に――」
“それはね。似たような状況で、ホシノも君と同じようにしたから……かな。”
“自分の背中だけに荷物を背負い込んで、誰にも頼れずに……一人で解決しようとした。ユメも、それは知ってるよね。”
「――……あ、っ」
――ああ、うん。それは……その通り、だね。
あまりにも単純で、明確で、分かりやすく、否定の余地はどこにもない。それでいて――ああ、『原作』の、そして私の後輩であるホシノちゃんを……その、今までの軌跡を思い出す。
それは振り返れば、あまりにも、私がやってきたことそのままだった。
“ユメ、君が自省を誤るとは思えない……ちょっと自罰的すぎるけどね。だから、君の言う、調子に乗ってた、って言うのは事実なんだろう。”
“けれどきっと、君が自分に迫る脅威を知った時に思ったのは……誰かを頼ろうとしなかったのは。決して『大丈夫だよ』って楽観の感情からじゃなかったはずだ。”
「……先生。じゃあ先生は、私がどう思ったと、思っておられるんですか?」
“……『恐怖』。きっと、ユメは怖かったんじゃないかな。それも、自分の死そのものが、じゃない。”
“自分に迫る危険で、大切なホシノを傷つけて――死なせてしまうかもしれない、という『恐怖』だ。でなければ……君がホシノに黙っているはずがない。もしも喧嘩していたとしても、ね。”
――すとん、と腑に落ちる。
そうか。私は……怖かったのか。
そうだ、俺は……怖かった、のだ。
『原作』通りの末路を辿れば、私である俺は死ぬ。原因は不明。コンパスを忘れたから、なんて理由が文字通りのそのままなのか、語られなかった裏設定があるのかも分からない。逃れることが出来得るものなのかすら分からず、対策も分からず、ただ着実にその日だけが近づいてくる。
だから私は、見ないふりをした。コンパスさえ持っていけば大丈夫なはずだ、と。それで解決すれば。あるいは、解決せずとも――ホシノを巻き込まなくて済むから。
だから私は情けなくも、『原作』通りにホシノを怒らせて、喧嘩をしたんだろう。
“……けど、それは君の責任じゃないよ、ユメ。”
“そもそもが、アビドスの借金問題からだけど……そうなってしまった原因は、頼れる相手が……責任を負うべき『大人』が、いなかったから。”
“だから君は、抱えた恐怖を、懸念を、問題を誰にも預けられず……一人で頑張るしか出来なかった。”
「……っ、先生……」
“――怖かったから。そして何よりも、自分よりも大切な人を危険に巻き込まないようにしたかったから……ユメ、君はそうするしかなかったんだ。”
そうだ。その通りだ。
私は……他の子達もそうだけど、何よりホシノちゃんにだけは死んでほしくなかった。傷ついてほしくもなかった。
『もしかしたら死ぬかも』なんて言ったら、ホシノちゃんはどこへだって付いてきてくれただろう。そして――私と一緒に死んでいたかもしれない。
それだけは、ホシノちゃんを悲しませてでも、阻止したかった。
……上を向く。見慣れた教室の天井、埃っぽい蛍光灯が滲んで見える。
“……ごめんね、ユメ。私は君が一番大変で、誰かに頼りたかった時に、そばに居られなかった。”
“大人の誰一人として、君に寄り添えなかった。”
「いえ……いえ、先生。私は、そう言ってくださっただけで、大丈夫です。それに……そう言ってくれる人だからこそ、ホシノちゃんをお任せできます」
“……!! ユメ、それは……!!”
何度か目を瞬かせてから先生へ向き直る。……ほんの少しずつ、その姿が薄れている。
先生の姿だけじゃない。この部屋も、部屋の外も、そして私の身体も。……『原作』に於いても、この邂逅はそう長い時間じゃなかった。ここまで保っただけ御の字だね。
「そうするしかなかったにしろ……間違って、ホシノちゃんやみんなに迷惑をかけたのは事実ですから。それに、先生自身が仰ってたじゃないですか。先生は――」
“……平凡な人間で、神様なんかじゃなくて……。”
“私は、目の前にいる子に、手を差し伸べるしかできない。”
「それで良いんです、先生。私は過ちの果ての、崩れかけた最期の
何もかもが薄く、光の中に消えてゆく。
その中で……先生は、しかし、何かを振り払うように。
“――じゃあ、そうしよう。私は、私の目の前にいる子に手を差し出すの。”
“だから……ユメ。私は私の目の前にいる、君を助ける。”
「……ほぇ? ……ッ!! だ、駄目です先生! それは、無謀な期待は、ただ先生を傷つけるだけの――ッ!」
“間違えてもいい。やり直したっていい。それが認められる世界じゃなくちゃいけないんだ。”
“ほんの少しの間違いで、何もかもが破滅するなんてあっちゃいけない。それを防いで、君たちを守るのが……大人のとしての責任、なんだから。”
言われてしまえば、ああ、言われるだろうなと思わざるを得ない。だってこの人は先生なんだから。私である俺や、かつて
けど、それは……この人を苦しめるだけだ。俺が用意できた保険も、大したものじゃない。運に左右されて、上手くいく確率は一パーセント以下。その上先生は、何をどうするのかも知らず――ただ、信念だけでそう言っているのだろう。
それに、甘えてはいけない。だというのに。
“ユメ。これは私のわがままだから、気にしなくていいんだよ。”
“その代わり……ユメのわがままも聞かせてほしい。どうかこの手を、取ってほしいんだ。”
何もかもが白く消えてゆく。私の手は――動く。
わがまま。そりゃ、沢山あるよ。けれど、無理を言ったって意味がない。この人は今でも既に、たくさんの生徒のことを支えてる。そこに、疵を重荷として刻む必要なんて――……。
「……ああ、そっか。先生、だから『わがまま』なんだね」
“うん。だからユメのわがままを、聞かせてくれるかな。”
私に足りなかったもの。俺の至らなかったところ。
ホシノはきっと、俺を助けてくれた。ホシノだけじゃない、俺が知り合った大切な人たちはみんな、助けてほしいって言いさえすれば助けてくれたんだ。
ただポンコツを晒して、助けて
先生は優しいから、そこまでは口にしない。けれど、それが多分、きっと、私が勇気を持って、やるべきことだった。
だから。
「先生。私は、私のわがままは――『ホシノと生きたい』。この先も、最愛の人といきたいんです。だから――……先生」
息を吸って。
言えなかったことを言おう。
「どうか――
世界が、真っ白に染まった。
なお、原作でも先生の前に現れたユメ先輩は『また』怒られる、って言ってるんですよね。
そのあたりから『もしかしたら』って思ったのがこの小説を書き始めた発端です。
というわけで、以下おまけの先生視点です。
BGMは『Meteor -ミーティア-(T.M.Revolution)』でどうぞ。
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倒れ伏し、お腹を抑えるヒナの姿は、いつか垣間見た『あの未来』のようだった。
アビドスのみんなは、反転してしまったホシノへ声を掛け続けている。けれどみんなは、ただの無造作な一撃で薙ぎ払われる。
――私の中の冷静な部分が囁く。あれを止めるには、戦力が足りないと。
『気をつけてください! あの攻撃は、私たちでも……!』
『先輩、手を!』
握りしめたシッテムの箱から、アロナとプラナの声がする。
いつものようにバリアを張ってくれて――でも、それでも耐え切れずに、私も吹き飛ばされて……少しずつ、意識が落ちてゆく。
“(……私は何も出来なかった。何も……。私には、死んだ人を蘇らせることも、過去を変えることもできない。……プラナ、私はどうすれば良かったんだろう)”
返事はない。
遠くで、ひどく耳障りな、癇に障る歓喜の声がする。……こんなところで、諦めてなんていられない。
『状況報告。先生、このままでは世界が滅びてしまいます』
「プラナ。……ホシノを止める手段はある?」
『回答。……ホシノさんのヘイローを破壊するしかありません』
「それはダメだ」
プラナは言う、ホシノを止めるには同等の『神聖』が居なければならないと。
思い当たるのは一人。きっと――あの子は同じ状況で、同じように選択したのだろう。おそらく今、こちらのシロコが選択しようとしているのと同じように。
止めなければならない。なのに、身体が動かない。
引き込まれるように、意識が闇に沈んで――。
『ああ。……くそ――悔しいなあ』
声が聞こえた。一瞬のうちに、世界が切り替わっている。
ここは――どこだろうか。いや、見覚えがある。……アビドスの校庭?
そこでまた、もう一つ、二つ、声が聞こえた。
『――マジですか、ユメ先輩……』
『避けてね、ホシノちゃん! そぉー……れぇっ!!』
……髪の短い、まだ少し幼いホシノと……もう一人、エメラルドのような髪色の誰かが、楽しそうに戦っている。
これは、誰かの記憶だろうか。その、ホシノの盾を持った少女は、盾についた鎖を引いて、縦横無尽の攻撃を繰り出している。
……強い。キヴォトスで今までに見た、どの生徒よりも。
なのに、その少女は言う。
『だから私は、あんまり戦わないようにしてる。戦って戦って、目の前の全員を倒して……キヴォトスで一番人を倒せるようになったとしても、砂嵐は倒せないしね。アビドスを復興させたいなら、まずは人を呼ばなくちゃ。そしてその為には、人に優しくしなくっちゃね』
――景色が切り替わる。
そこは砂漠だった。夜の、アビドス砂漠。空には満天の星と――流れ落ちる一条の流星。
これは、アトラ・ハシースの……あの時? 私がまだ、空の上に居た時だろうか。そして、であるならば……やはり。
黒い帽子に黒いコート。あれは……マコト、かな。そしてその前にはもう一人。さっきの光景と様子の違う格好をした、あの少女。
それが、ビナーへ向けて銃口を構えている。
『待っ――』
『ごめんね。じゃあね! あるいは……またね、マコトちゃん』
放たれる地上からの流星には、見覚えがある。あの日、私の近くを超えて空へ溶けた光だ。
あの少女のこと、そして常と違った様子。考えを巡らせる間もなく――また、景色が変わる。
『――
『……それが、ユメ先輩の思う……?』
『うん。一歩前を歩くってことは、歩いていく道を選んで、拓くってこと。だから先輩には、その道を示した責任がある。そしてもし、選んだ道で何かあったら……盾を翳して、みんなを守らなくちゃ。その盾が、例え自分の身体だったとしてもね』
その少女――ユメは、あまりにも鮮烈だった。強く、それ以上に優しく、出来る限り力を振るわない。困っている誰かを助け、寄り添い、肩を寄せて、一緒に立ち上がる。
それは、彼女の生前も――そして、死後も変わらなかった。
景色が、変わる。
『もしも、私の大切な人たちに危険が迫った時……私が戦えないせいで、弱いせいで、その人たちを傷つけてしまったのなら――私は死ぬより後悔する』
どこかの廃工場で、ホシノに話しかける姿も。
『私は、君を信じきれなかった。ごめんね、君を見誤ってたんだ。君が一人で頑張ってる時に、君の助けにもなれなかった。だから、だからね。何の償いにも、なりはしないけど――君のために、歌わせてくれたら、嬉しいな』
トリニティのカタコンベで、ミカの前にその身を投げ出した姿も。
『わーっ、待った待った!! ストップ待った今のなし!!』
『これでこの勝負で十四回目の待ったです。承服しかねます』
『今日はさっき、そっちの待ったを一回認めてあげたでしょ!?』
『七百十三戦目にして初の、私の待ったですね。対するあなたは――』
薄暗い廃墟で、見覚えのある自動販売機に笑いかけて、はしゃいでいる姿も。
『――迷惑かけちゃって、ごめんね。偉いぞ、ホシノちゃん』
対策委員会のみんなと、基地に乗り込んだ時の……私の知る、そして知らない光景。半透明の、まるで幽霊のようになったその少女が、ホシノを抱きしめている姿も。
『――
ビナーの熱線の前に盾を掲げて、攻撃を防ぎ切る姿も。
そのどれもが立派で、愛嬌があって、強くて。いつでも余裕を湛えて、笑顔を振りまいて、目映いばかりに輝いていた。
だからこそ。
私は――ただ、その光景が信じられなかった――景色が切り替わる。
『――巫山戯るな、畜生ッ……! 私は、俺はッ!! こんな、ところで……ッ!!』
悲鳴、だった。己を奮い立たせているようでも、聞けばわかる。それは間違えようもないほどの、叫びだった。
場所はアビドス砂漠――見覚えがある。意識を失う寸前まで、見ていた景色だ。けれど、詳しい判別は難しい――何故ならば、数メートル先も見通せないほどの、強すぎる砂嵐が吹き荒んでいるからだ。
そして、そこに……手足を震わせ、全身から夥しい汗を流し、砂と泥に塗れ。突き立てた盾を支えにやっと立っている、そんな様子の、ユメがいた。
『セトの憤怒……ッ!! クソっ、届け、届けよッ!!』
そのユメの前に浮かんでいる、異形の存在。オーパーツ染みた各部を雷で繋ぎ合わせたようなそれを、彼女は『セトの憤怒』と呼び……そして、それと対峙していた。
ユメが拳銃をそれへ向けて、引き金を引く。きゅいん、と甲高い音。小口径から放たれた碧色の光線は、しかしそれへ届く前に砂嵐に掻き消された。
「……ダメだ、ユメ! 逃げろ、逃げてくれッ!!」
私の声は届かない。当然だろう、これは過去の光景だ。
何を言っても、過去に起こったことは変えられない。だから――いくら私の冷静な部分が、ユメは勝てない、と囁いてきていても、どうすることもできない。
『死ねないッ……俺は、ッ……帰るんだ、ホシノのところへ……! お前なんかに、殺されてやる、訳には――ぁぁあああっ!!』
盾を叩きつけた反動で、ユメは空高く舞い上がる。砂嵐の中に混ざった瓦礫に何度も全身を打ち据えられながらも、それらを足場にして。
けれど――届かない。距離を詰めようとすればするほど、『セトの憤怒』は同じだけ距離を取る。
見れば、その『セトの憤怒』には斜め一文字に巨大な傷が刻まれている。ユメが与えた一撃なのだろう、しかし二撃目は許さないとばかりに……徹底的に、彼女を甚振り、勝負をしない。
『ぅああああああッッ!! 墜ち、ろぉぉッ!! ――!?』
「やめろ……やめてくれ!! 逃げろ、ユメ……!」
引き金を引くたび、ユメは命を削っている。全身の熱を捧げて、碧色の光に換えて撃ち出している。
効果は、ない。ユメ自身、それを分かっているのだろう。盾を振り回し、光線を放ち、そして隙を作って――。
『が、ぁぁぁああぁあああっ!?』
少しでも、ユメの側から距離を離そうとするたびに、避けようのない雷撃がユメを貫く。
勝てない。あれは、一人で戦うようなものじゃない。一人じゃ、勝負の舞台にすら立てないんだ。
ユメだってきっと、分かっている。けれど逃げられず、攻撃もできない。ただ只管に、命を削られ続けている。
『くそ、くそっ、くそくそッ、くそ……!! そこを、退けよ……! ホシノ、ホシノっ、ごめん、俺……っ』
何時間――いや、何十時間も。ユメはそうして嬲られ、けれど戦い続けた。ただ形振り構わず、逃げるためだけに。
私はそれを――見ているだけしかできなかった。
『はぁ……ッ、げほっ、ごほっ。ぉ、ぇぇえ……っ。……ほ、しの。まってて、おれ、は――ッ』
ユメが銃を構える。その目はもう虚ろで、ヘイローの光が消え掛かっている。
残った全身の熱を総動員して、ユメは光で砲身を形作る――マコトの前でやったのと同じ攻撃だろう。
けれど、その結末は分かってしまう。目の前のユメに残された力で、あの異形を撃ち落とすだけの威力は出せない。それどころか、もはや攻撃することすら叶わないだろう。
けれど、それでも――きっとただ、ホシノの元へ帰りたいだけなのだろう。ユメは、戦おうとして。
『――ぁ、っ』
ばぢん、と呆気ない音。ユメの胸の中心を、細い電撃が撃ち抜いた。
形成していた砲身は掻き消える。盾は吹き飛んで、近くへ突き刺さる。ユメは――。
『げほ、っ。ごほっ……ほ、しの……ホシノ、ちゃん。コンパス、忘れ――』
倒れ伏して尚、その異形はその場を動かない。天を仰いだまま、スマホにメッセージを吹き込んで、それを投げ出して。指一本すら動かせないユメを、そのまま何日も、何日も苛んで、苛んで、苛んで――。
『……よか、た……ほ、しのは、ぶじ……。……ご、め……ほし、……いき、て……しあ、わ……せ……』
そして、そのヘイローが溶けて消えるまで。ユメは誰にも知られることなく――。
――景色が、変わる。
「……アビドス、高校?」
見覚えのある校舎。目の前には、扉が一枚。生徒会室、と丸い文字で張り紙の貼られたその向こうからは、歌声が聞こえてくる。
知っている歌詞だ。
「楽しいことまぜまぜ、お砂糖一つまみで。心まで甘くなっちゃう my heart――」
扉を叩く。少しして、ぱたぱた、どたどたと駆け寄ってくる音がする。
がらりと扉が開かれる。
碧色の髪。高めの身長。声は朗らかで、しかし少し鼻声だ。目元は赤くなっていて、しかし綺麗な金色の目は輝いている。
そして、アビドスの校章と似通った意匠の、薄い黄金色のヘイローを輝かせた――。
「……こんにちは! 先生、今日もお疲れさま――ですっ!」
――梔子ユメと、私は邂逅した。