TS転生クソボケユメ先輩(死亡済・幽霊)が原作のn倍ホシノの脳を焼いていた話   作:死刑囚

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地下生活者との決着まで。
クソボケ、もとい『梔子ユメ』がどんな決断と選択をするか悩みに悩んでいるうちに遅くなってしまいました。
あと今更ですが、『神秘』についてゴリゴリの自己解釈があります。え、今更? それはそう。


梔子ユメの選択-02

 

 懐かしい生徒会室から歩み出て光を抜けると、そこは真っ暗な世界だった。ほんのりと湿った空気の満ちた、ひんやりと冷たい空間。音の響かない、静かで寂しい場所。

 『混沌の領域』と言われているここは、なんでも実在とか非実在とか、時間とか空間とか……そういうものが、重なり合って確定しない場所、らしい。『原作』でそう言われていたこの場所について、生前いろいろと調べたけれど……結局よく分からなかったんだよね。

 正確には、分からないというか――どこまでが地下生活者の固有能力で、どこまでが『混沌の領域』の効果なのかが分からない、って感じ。確定しているのは、語られた通り、時間も空間もごっちゃになってるってことだけ。

 

「つまり、ほとんど何にも分からない、ってことだね!」

 

 ただ、少なくとも私は、この場所に触れられる機会はあるだろう……って思ってた。他ならない今この状況こそ、かつて――死ぬ前の最悪の想像と、死んでからの想定、二つの想像通りの展開。そして、そんな光のない場所は――それも、以前からずっと予想していた通り。

 とっても私に馴染むところだった。

 

「……沁みるよぉ。や、こんな寂しい場所で沁みちゃうのはなんだか嫌だけど……ね。でも、思った通り今は親和性が高いんだもんなぁ」

 

 ここにいるだけで、私の『神秘』が震えるのがわかる。感覚や知覚は拡大され、力は脈動する。以前――ホシノちゃんが黒服に捕まってた時、アビドス本校の地下に潜入してたけど……その時と同じような、それでいてあの時よりも遥かに強い力で満ちてゆく感覚。

 文字通り、ここにいる限り、私はなんでもできるのではないか――そんな全能感、いや、『全能』が身体中を流れてゆく。

 その感覚に任せて耳を澄ませる。するとごく近く、あるいは遥か遠くから、どこからともなく、声が聞こえてくる。

 

"――初めまして、で良いのかな。"

「!? 貴様は、先生……!? な、何故ここに……!?」

“ようやく会えたね、地下生活者。”

 

 先生と……ああ、CV(こえ)は分からないが、分かる。たとえ敵対している相手だとしても、あんまり悪口は言いたくないけれど――それでも、『聞けば分かる』と言わざるを得ない、ちょっとどうかと思う物言い。

 私たちを、『神秘』を宿す器か何かとしか思っていないような……その人物の名前を、私はよく知っている。

 

「小生の勝ちでゲームは終了したはずだ! 負け犬が今更何をしに来た!?」

“いいや。……まだ、終わりじゃないよ。”

 

 口を挟まずに、ただ黙ってその会話に耳を傾ける。わざわざ出しゃばるようなことでもないし、切羽詰まっているわけでもない――厳密に言えば、最早タイムスケジュールは決まっているから急ぐ意味がない、というのが正しいところだ。

 おそらく今か、今より少し前あたりにシロコちゃんが色彩を呼んだのだろう。この後は先生が現世へと戻り、そしてプラナちゃん経由で『あっち』のシロコちゃんを呼び出して『こっち』のシロコちゃんを止める。

 そうして、アビドスのみんながホシノちゃんの心に触れて――という流れのはずだ。……うん、絶対に忘れちゃならないところは、忘れていない。

 だから、話に割り込む必要はない。先生の姿と声が消えるまで待って、そこでようやく私は――それに近寄って、ただ口を開く。

 

「――地下生活者、だね」

「!? 誰だお前は……ッ!? 何故ここに、そして何故小生の名を――……ンン?」

「やあ。初めまして、と言うべきかな。それとも、世話になったね、かな?」

 

 顔中に配置された大小様々な目と、瞳の代わりにその中に据えられた時計の文字盤がぎょろりと蠢く。それは、唸るような疑問の声をあげると……多分に嘲りを含んだ声音で、笑い出した。

 

「ひ、ヒヒッ! ヒヒヒ……!! ……誰かと思えば! 死した神、地平線に墜ちた月! 滅ぼされし愚かなるオシリス! 既に舞台から落ちた駒が、小生に何の用だ!?」

「地下生活者。随分な物言いだけど……まあいい。聞きたいことがあるんだ、聞かせてもらおうか」

「……ほう? 無様な負け犬が小生に用だと? ふむ……答える義理は無いが、然し答えるのが勝者の義務、か……?」

 

 それは細長い指を顎のような部位に宛がい、考え込むふりをする。そして、さも熟考したかのような振る舞いで、大仰に頷いた。開く口すら持ち得ない真っ黒な顔に、気味悪くにたりと裂けた口元を幻視する。

 

「お前たちのような無知蒙昧の輩から、小生を唸らせるような問いが出てくるとも思えないが……まあ良いだろう。何が聞きたい、オシリス」

「随分と余裕なんだね? まあ、ならお言葉に甘えようか。……聞きたいことは一つだけ。あの日、私に『セトの憤怒』を嗾けたのはお前で合ってるかな?」

「――ヒヒ、ッ!! 浅い、やはり浅いなァ、オシリス!」

 

 心底からそう思っているのだろう。こちらを見下し、嘲り、そして自慢げに声を響かせた。なんというか――他人を怒らせる天才ってのがいるなら、それは目の前の彼のことだろう。

 私は別に、自分のことを聖人だとか寛容だとか思ったことはない。人並みの好き嫌いだってあるし、怒ることもある……先輩は甘いです、とはよく言われるけどね。

 だけど、実際にこの胸に……こんなにも強い怒りの感情が湧き出して止まらないのには、ちょっと慣れないかな――言葉を聞き終わる前に手が出ないようにするので、精一杯だ。

 

「小生が? あの『神々の星座』を? そんな訳は無ェだろうが! 嵐と雷の化身、怒りという力が形を取ったもの! お前たちのような『神秘』を宿すだけのものではない、まさしく神格そのものだ! それをコントロールなど出来るはずがないだろう!?」

「そうなんだ。それは……当てが外れたかな。私はてっきり、お前に殺されたものだと思ってたからね」

「ヒヒ、ヒ……。いやしかし、惜しくはあったぞ、オシリス。小生は『セトの憤怒』を意のままにすることは出来なかった。小生に出来たことは、ただ――……そう、ただ。オシリス、お前がかの地へ向かうように仕向けただけに過ぎません」

 

 ひけらかすような言葉。文字盤の瞳が一斉に私を射抜く。……仕向けた? はっきり言えば、それは意外な言葉だった。

 『セトの憤怒』を操っていた……なら、分かる。というか、私はそう思っていた。あの日、あの場所に私の死であるアレが顕現したのが偶然だなんて、そんなことはあるはずが無い。

 きっとそこには何らかの作為があったはず。であるならば、それを行なった最有力容疑者は、目の前の地下生活者だ。

 大方ベアトリーチェあたりに――ミカちゃんの援護に行った時に、カタコンベのラジオ越しにそれっぽいことをきいた――釈放されて、という流れだと思っていた、けど。

 

「此度、小生は先生とのゲームにあたりいくつかの攻略法を用意しました。その中の一つ……『小さな傷が致命傷となる』。これは、小生が貴様を殺す際に用いたものを流用したものなのです。尤も、先生はお前よりも余程優れた指し手(プレイヤー)でしたがね」

「間接殺人の自白、ってわけかな。……御託はいいよ。話を続けて、地下生活者」

「……チッ、礼儀も知らない駒風情が……まあ、良いでしょう。話を戻すと、小生はほんの僅かな介入を少しずつ行なったのみ。例えば、そう……お前たちの学校に課された借金の、利子を十倍にさせた、とか」

「……は?」

 

 一瞬だけ、呆けてしまう。

 それ、は――その出来事には、覚えがある。忘れもしない、それまではそれなりに上手くいっていた借金返済が、暗礁に乗り上げた日。

 いつもの担当さんとは違う人が来て、いきなりアビドス高校の査定を見直して、利子を十倍にした、と一方的に告げられたその日だ。

 当然、ホシノちゃんは烈火の如く怒ってて、私は……いつもの担当さんのことを尋ねたけど、答えてくれなかったっけ。あれはそう、確かホシノちゃんと喧嘩をする、少し前、の――。

 

「……地下生活者。まさか、お前」

「カイザーグループというのは、実に使い勝手の良い組織だと思いませんか? 強欲で、悪辣で、自分達が賢しいと思っており、そしてなにより数が多い。小生のキャンペーンに於いても、端役として実に役立ってくれました。何せ――悪意に関する事柄について、彼らに何をさせたとしても、不自然ではないのだから」

 

 ……自分の目の、節穴加減に腹が立っちゃうね。

 確かに、あの日のカイザーの動きはちょっとおかしかった。いつものやり口ではない、とも思ってはいた。なのに私は――『カイザーのことだから、まあ、そういうこともあるか』なんて、呑気にもそう思っていた。それが、目の前のこの怪人の思い通りであるとも知らずに。

 その結果が私の死であるのならば、なるほど、私は私自身の間抜けの代償を支払った……ということになる。

 

「小生はただほんの少しずつ、小さな傷を重ねていっただけなのです。カイザーグループの横暴、寂れてゆくアビドス、去り行く人々。それら全てが『暁のホルス』の怒りとなり、有明けのオシリス、貴様との訣別を齎した……まさしく、小生の描いたシナリオ通りです」

「その物言い――」

「貴様の考える通りだとも。破壊活動に嫌がらせ、違法な取り立てに差し押さえ……カイザーグループは面白いように、小生の筋書き通りに動いてくれました」

「……随分と、饒舌なことだね」

 

 地下生活者は語る。誰を、何を、いつ、どのようにどう操ったのかを。張り巡らせた、本人曰く『伏線』なるものをどうやって回収し、私たちを追い詰めたのかを。そして――どうやって、私を殺したのかを。

 

「オシリスと……ホルス。かの書物に記されたその神話に於いて、欠かせぬ欠片が一つあります。それはホルスの神格はオシリスの王権、王座を得てこそ完璧となる、ということ……。即ち、オシリス。お前は死なねばならなかった。そして願わくば、その死は彼の方――『セトの憤怒』によるものであってほしい……小生はそう希いました」

「けれど地下生活者、お前に『セトの憤怒』は操れない。お前の言ったことでしょう?」

「二度も同じことを言わせるなァッ!! だから小生は貴様を供物に捧げたんだよッ! 『神秘』だけは暁のホルス以上に垂れ流し、馬鹿みたいにぴかぴかと鬱陶しく輝く、自己主張の激しい貴様ッ! それを彼の方の住まう地へ追いやればきっと、その『神秘』に刺激されてあの方は現れるであろうと――そうして小生は成功したッ! 貴様は敗北し、小生は勝利したのだァッ!!」

 

 諸手を挙げて哄笑する、地下生活者。満足げに勝ち誇り、此方を見下す様はどこまでも私の神経を逆撫でしてくれる。

 実際、こいつの内心は歓喜でいっぱいなのだろう。うまく私を始末し、自身の描いたシナリオ通りにホシノちゃんまで反転させた。道中には色んな妨害があったが、それすらも退けた――などと、考えているのだろう。

 まあ、いい。概ね事実だし、言い訳はできない。私が下手を打ちまくって、二年前も、今も、こいつの企みを阻止できなかったのは事実だし――それはそれとして。

 私は、自分の中にこれほど怒りを溜め込めるなんて、思ってもみなかったけどね。

 

「本来、私の筋書きは『暁のホルス』の神聖を死に浸し、その探求を行うことでした。しかし、貴様を使って一度実験を行えた……あの『セトの憤怒』をお招きできると理解してから、このキャンペーンのエンディングの形は決まりました。そういう意味では、貴様は見事にオープニングを飾ってくれましたね……? ヒヒヒ、感謝してやりましょうとも……!」

「そう。それで……くだらない御託はここまでってことで良いのかな?」

 

 ただ、そう――そろそろ時間だ。

 ()()の気配を感じる、地下生活者に付き合う必要は、もうない。……聞きたいことも聞けたしね。

 私は――身体中に満ちる全能のままに、『神秘』を解き放とうとして。

 

「……アァ? ず、随分と偉ぶるじゃねえか、えぇッ!? 貴様の方から尋ねておいて、散々と話させた後はそれを御託だと!? こんなちんけなことで意趣返しのつもりかよッ――消えかけの分際でッ!!」

 

 ――手が止まる。

 

「……意外と相手のことをよく見てるんだね、あなたは」

「節穴でもなし、見ればわかるだろう!? 見た目だけ取り繕っちゃいるが、貴様の『神秘』はぼろぼろだ! 風前の灯、掻き消える寸前! そんな状態で小生の元に顔を出して、やることがちまちまと昔のことを掘り返すだけかよ、ええッ!?」

 

 そう。実際、私の身体――というか、霊体はそろそろピンチなんだよね。今はここにいるからマシだけど、地上……現世に戻ればかなりきついと思う。

 私の霊体からは、およそ最終編が過ぎたころから少しずつ『神秘』が漏れ始め、アビドス第三章が始まった頃にはもうわりと危険域だった。理由は……きっと、梔子ユメ(わたし)の『原作』での出番が、あと少ししか無いからだろう。

 作劇上の私の残る役目は……あの夕映えの砂漠でホシノちゃんに会って、言葉を遺して。そして、ホシノちゃんが前に進む手助けをすること。あと、たったそれだけだ。

 理解はしているし、だからこそ、私は私の『神秘』が薄れ始めても気にしなかった。きっと、タイムリミットがあるならそこだろうと思っていたし――消えてしまうところまで含めて、私の役目なんだって、どこか直感していたってのもある。

 だって、そのほうがテーマ通りなのだから。

 

 ――『ブルーアーカイブ メインストーリーvol.1『対策委員会』編 第三章「夢が残した足跡」』。

 

 そこで語られるものは、死者は蘇らないということ。過去は覆せないし、派手で大きな奇跡は起きないし、起こせない。人は誰しも何かを失うし、誰もがいつかは死んでしまう。

 けれど各々の心の中には真実があって、出会いと、別れと、ほんの小さな奇跡があって、誰かが残した足跡がある。その足跡があるから、人は痛みすらも自分の人生の一部だと抱えて歩いていける。

 そういう物語であって――それは、泣いてしまうほどに綺麗で切なくて。そして、そういう物語であるならば、私は消えなければならない。

 消えたいわけじゃなかったし、足掻いてやろうとは思ってたけど……『もしも駄目だったとしても、そっちの結末には辿り着くから』。そう考えていたことは、事実だ。

 

「――……ほんと、馬鹿だね、私って」

 

 けれど――うん。

 そんなのは、いやだ。

 これが私の本心だ。綺麗なお話じゃなくたっていい。教訓も感動もなくたっていい。子供じみた、夢みたいなお話だって言われても構わない。

 友情で苦難を乗り越え、努力がきちんと報われて。辛いことがあっても、大切な人と慰め合って、苦しいことがあっても――最後には笑顔で終われるような。

 都合のいい奇跡だって構わない。救われてほしい、報われてほしい、生き返ってほしいって、先生(俺たち)はきっと思っただろう。

 それが、俺の本心で。だから――私である俺も、諦めるわけにはいかない。

 俺の、俺たちの、青春の物語を――もう一度始めるために。

 

「馬鹿、だと? ……ヒヒ、漸く理解したかッ!? そう、愚かな貴様の役目は既に終わっているッ! これは小生のキャンペーンの終幕、小生と先生の勝負(セッション)だろうがッ! 使い終わったNPC風情がしゃしゃり出て――」

「馬鹿かお前。TRPGってのはGMとPLの潰し合いじゃねえ、協力プレイなんだよ。友達いねえのか? 勉強してから出直して来い」

「な、アッ……!? い、言うに事欠いて、くだらねェことを!『神々の王(ネスト・ネチェル)』の名が泣く――」

 

 つい、口が悪くなりすぎてしまった。反省して息を吸う。手を握りしめる。

 目を閉じて、そして目を開く――きゅいん、と甲高い、『神秘』の発露する音。

 

()()()()()

 

 ――ぴたり、と、彼の声が止まった。

 

「…………!? ……ッ、!! ……!?」

「尋ねたのは私の方だったね。謝るよ、ごめん、礼を欠いたね。ただ……聞きたいことも聞けたし、待ち人も来たし。ここまでで良いんだ」

 

 指を鳴らす。そして、この世界を捻じ曲げる。

 瞬間、私の真横に……この暗い空間で、なお昏い。幾何学模様に縁取られた穴が開いて――そこから、少女がふわりと降り立つ。

 灰色がかった銀の長髪。髪色と同じ毛並みの、狼の耳。本来の彼女よりも昏い色の瞳に、ひび割れて沈んだ色のヘイロー。

 纏うものは制服ではなく、黒いゴシックドレス。成長した身体も相まって、まるで大人のようにも見える彼女――『あっち側』のシロコちゃん。

 彼女が、困惑した様子で私の方を見つめている。

 

「……ん。誰? ……敵? そっちのは、分かるけど……貴女は?」

「や、ごめんね? 急いでる時に呼びつけちゃってさ。私は……名乗りたいところだけど、今は『オシリス』って名乗らせてね。あなたのことも、名前も、事情も知ってるけど……今だけは、『アヌビス』って呼ばせてもらうよ」

「……オシリス? ……もしかして――いや、分かった。けど急がないと。ホシ……ええと、ホルス先輩が『反転』してて、止めなくちゃいけないから」

 

 彼女を呼んだのは他でもない。ここで私がやるべきことに、彼女が必要だからだ。

 とはいえ、シロコちゃんの心配も尤もだ。プラナちゃんに呼ばれてホシノちゃんのところへ向かっていた転移を遮って、一方的に呼びつけたのは私だ。なら、ちゃんと問題ないよって説明する責任がある。

 

「ああ、それなら大丈夫だよ。一応、地上(うえ)の時間とは隔絶()()()から、ここでいくら時間を使っても……地上では一秒だって経ってないよ」

「……!? …………ッ、!! ……!?」

「それと、その気はないと思うけど……彼には手を出さないでね、アヌビス」

「……貴女は敵じゃないんだね。それに、強い……ん、分かった」

「――……!! ……ッ!!」

 

 なんだか地下生活者が喋りたそうにしている――って、そういえば静かにさせたままだった。

 ぱちん、と指を鳴らし、私の髪と同じ色の光が僅かに瞬く。

 

「喋っていいよ、地下生活者。ただし、静かにね」

「――ぶは、ッ……! 小生に、何をしたァ……!? 地上と、隔絶……!? それに、貴様ッ、オシリスゥ……! 死の神、アヌビスまで……!」

「ここ、『混沌の領域』は時間も空間も、存在の有も非有も定まらない不定の場所。そうでしょ? だから私みたいな死せる存在であろうとここに実体として存在できるし、地上と時間を切り離すことだってできる。理解は……できるよね?」

「煙に巻く気かァッ!? 小生は、き、貴様がなぜそんな力を振るえるのかを聞いているんだッ!」

「……本当にわからない?」

 

 本当に分からないのか――それとも、心底では分かっているのに、理解を拒んでいるだけか。

 どちらであるかは分からない。そして、どちらであっても最早関係はない。ただせめて、ちょっとした意趣返しとして……理解はさせてあげよう。

 

「じゃあ、整理を手伝ってあげるよ。思い出してごらん、私の名前は? 私の『神秘』はなんて言ったっけ」

「……ふん。オシリス、だろう? そ、それがどうかしたか? 貴様の名前など、小生の問いと何の関係がある……?」

「もうすぐ理解できるよ。さて……じゃあ次だね。地下生活者、『オシリス』ってどんな神様だっけ」

「……自己顕示のつもりか、ええ? オシリスは、かの書にも記された『神々の王(ネスト・ネチェル)』。全能の王にして最初の王。弟たる神に謀殺され、冥府を統べる神となったも、の――……ッ、? オシ、リス……冥府の神……ッ!? な、ァァッ……!?」

 

 なんだ、気付いてなかったみたいだね。けれどようやく、地下生活者も状況を理解したらしい。

 忙しなく、焦った様子で顔中の目をぎょろぎょろと動かしている地下生活者へ向かって、私は口を開く。

 

「そう、その通り――私はオシリス、セトによって死した神であり、冥界を統べる王である。さて……()()()()()

「ヒ、ヒィッ……!! ふざ、ふざけるなッッ! そんな、ことが――」

「……どういうこと? えっと……オシリス? 説明してほしい」

 

 シロコちゃんがこちらを見て、首を傾げている。姿形は成長して大きくなっているけれど、ああいう振る舞いは彼女の本質……根本の部分が変わっていないことを伺わせる。

 にしても、うん。確かにちょっと説明が足りなかったかな。

 

「ごめんね、アヌビス。詳しく説明すると……あいつは『地下』『生活者』で、そして地下生活者はここ――暗くて寒くてじめっとした、時間も空間も関係のない『混沌の領域』に住んでいる。なら……『地下生活者が生活している此処』は、『地下』ってことになる」

「ん……えっと、無名の司祭たちが言ってた、テクスチャがどうこう、って話?」

「それに近い概念だと思ってくれて良いよ。地下生活者の行動を基に、今この領域に『地下である』ってテクスチャを縫い付けているんだ」

「……ん、分かった。流石、ええと……ホルス先輩の先輩。だから……ん、オシリス大先輩。すごい」

 

 きらん、ときらきらのエフェクトすら出してそうな雰囲気で目を輝かせてくれるシロコちゃん。……なんというか、この素直で純真な感じは、思いっきり可愛がりたくなっちゃうなあ。ホシノちゃんが好いちゃうのも分かるよ。ささくれ立った心が癒やされていく感覚。

 やっぱり後輩って良いものだね!

 

「えへへ、ありがとうねアヌビス。それで……彼が散々言ってくれた通り、私は『オシリス』だ。オシリスって言うのは、死後の世界を司る神様なんだけど――さて、アヌビス。ここで問題! ()()()()()って、()()にあると思う?」

「……天国、空の上? あるいは――……()()?」

「――正っ解!!」

 

 ぱん、と手を鳴らす。同時に、溢れて止まない『神秘』を全身から解き放つ――ぶわりと、光が弾けた。

 きゅいん、という共鳴音が、いくつも、無数に重なる。

 

「……!?」

 

 私を中心に、私の髪と同じ碧色に輝く風が逆巻き、この暗い世界に広がってゆく。風の通り過ぎたところから、地面が生まれ、砂が生まれ、石畳が生まれ、泉が生まれ、河が生まれ、そして祭壇が生まれる。

 

「驚いてる暇はないよ、アヌビス。私のそばに」

「……ん、分かった」

 

 ぐっ、と手を握る。そのまま手を持ち上げれば、褪せた砂の色をした石柱がいくつも迫り上がる。私たちの周りに、地下生活者の周りに、そして私たちの足元には一際大きなものが。足元のそれはいくつもが積み重なり――まるで、玉座を据える高台のように迫り上がる。

 

「――オシリス(わたし)の統べる世界は様々である。天に、あるいは天地のはざまにある楽園――セヘト・イアル、セヘト・へテプ。光のもとなる聖なる地、アビドス。そして――あらゆる死者の集う場所。時間にも、空間にも囚われぬ、暗く静かなる冥府、非有なる死者が今一度有となる、楽園への途上路――ドゥアト。……ねえ、地下生活者。もう分かったでしょう?」

 

 死後の世界には、時間も空間も関係ない。現実世界からはその有無すら観測できず、非有の存在である死者が闊歩し、そして大凡の場合――それは地下にある。

 つまり、だ。地下生活者が居座ったことで、『地下』になったこの混沌の領域は――内包するその属性により、私の支配域……冥界となった、ということだ。

 

「ドゥアトの最奥、楽園の一歩前。そこには何がある? ……答えていいよ、地下生活者」

「ヒ、ヒィィィッ……! こんな、こんな、まさか……アアッ!? あ、アヌビスを控えさせたオシリス! し、心臓を量る天秤ッ、裁きの間……ッ! き、貴様……い、いやっ、あなたはァッ!?」

「私はずっと、さっきからそうだよって頷いてきたよ」

 

 怯え、怖じ、頭を抱える地下生活者。……うん、やっぱり。目の前の彼を好きになることは、ない。私を殺した相手だしね。ただ、だとしても……必要以上に甚振りたい、甚振ろう、とは思えなかった。

 自分が変わっていないことに、少しだけ安心する。ただ、しかし。それは――何もせずに彼を見逃すってことにはならない。

 始末はつける。彼を見逃せば、必ずアビドスを……私の大切な人たちを傷つけるだろう。私は、私の大切なものを守るためなら、たとえ誰にどう思われようと……力を振るうことを厭わない。

 だから、私は指を鳴らす。ぱちん、という軽い響きとともに、黄金でできた天秤が手の中に収まった。片側は空、もう片方には――光り輝く羽が一枚だけ、載せられていて。

 私はその天秤を、シロコちゃんへ手渡した。手渡して、息を吸う。肺の隅々、喉にまで『神秘』を満たし、放つ声にもそれを乗せる。

 ついでに――ちょっとだけ、威圧感というか……神様っぽさをマシマシで。

 

「――お前たちの論に則るなら、地下生活者、お前はその名の通り、地下に住むただの住人だ。にも拘わらず、お前は()()の王たるオシリス(わたし)を弑逆した。それに留まらず、お前は罪を重ね続け、様々な人を傷付け、惑わしたね」

「ひ、ウ、あ……ッ」

「私は裁かない。アヌビスもまた同様に、お前に手を下すことはない。お前は、お前自身の罪によってのみ裁かれる。その心臓が、この羽と釣り合うか否かによって……さ、アヌビス」

 

 シロコちゃんが戸惑いながらも頷いて、金の天秤を掲げる。私の意のままに、白い羽と反対側の天秤の皿には赤く鈍い光を放つ塊――心臓を模した球体が乗せられる。

 天秤が、ぐらりと揺れる。

 

「オォォ、ま、待てッ! オシリス、楽園の主、神々の王(ネスト・ネチェル)ッ! あ、あなたの権能はこ、ここが地下ッ! そうであると定めているから保証されるモノだ! な、ならば小生を除けば、それは、そのテクスチャは解けるッ! そ、そうでしょう!?」

「おや。流石だね、地下生活者。その通りだよ、地下――冥界に対しての王権を持つ私だけど、ここを地下と規定しているのはお前の存在だ。だからその通り、お前が消えれば、この混沌の領域に対する私の支配権もじきに消えるだろうね」

「――ならばァッ!!」

 

 蹲っていた地下生活者が、がばり、と身体を起こす。一転、喜悦に満ちた声を張り上げて、諸手をこちらへ向ける。

 

「ならばッ、小生は――生かしておいたほうが良いではありませんかッ!? そッ、それだけであなたは永遠にッ、この地の支配を行える! 全能を振るい、何もかもを意のままにできる! あ、お、オシリスたる貴女が王で構いません、異論はないッ! こんなもの、ただの損得計算でしょう!? 聡明なる貴女ならばッ、分かるはずだ――!」

 

 なるほど、確かにそれは、今の彼にできる最大限の提案だ。

 服従を誓い、首を垂れ、求めることはただ生かしてもらうことだけ。ただそれだけで、私は全能に近しい権能をそのままにできる。

 魅力的で、メリットも大きく、何より――彼の言う通り、損得計算を行えば受け入れる余地が生まれてくるような、そんな提案。

 だけど。

 

「……一つ。さっき言った通り、お前への裁きを如何するかは私が決めるものじゃない。お前自身の行いが、真実に反していないかを問うものだ。だから私に、結果を覆す力はないよ」

「……ッ!」

「二つめ。個人的にだけど、『全能』なんて一個人が持ち続けていい力じゃないと思うんだ。梔子ユメ(わたし)オシリス(わたし)だとしても、荷が勝ちすぎる。この瞬間だけで手一杯だよ」

「な……!? ふ、巫山戯るなッ! 何故ッ、何故そんな力を簡単に手放そうと――!」

「それは簡単な問題だね。三つめ――私、こんなところになんて興味ないんだ。地下にも、楽園にも。だって……私は、地上(現世)に帰りたいんだからね」

「――は、ァ……?」

 

 比べるべくもない、というのはこのことかな。損得の問題だ、って言うけど、何度計算したって答えは変わりようがない。

 

「私の大好きなホシノちゃんや、みんなに比べれば……『全能』なんて、なんの価値もないかな」

「ア、アアッ、アァァアアアァ――……ッ!?」

 

 かたん、と。

 天秤が音を立てて傾いた。ぶわりと、地下生活者の足元の闇が沸き立つ。それが形作るのは、複数の獣の要素を併せ持つ、死者を喰らう獣だ。

 ――これで決着がつく。私を殺し、ホシノちゃんを苦しめ、色んな人を洗脳しては狂わせた地下生活者は、ここで自身の罪に喰われて消える。

 それは文字通り、完全な消滅だ。地下生活者は一片のかけらも残さず、消え去るだろう。

 

「く、苦しいィッ!? い、嫌だァッ! し、死ッ、これがァッ! アァっ、くらいっ、痛いッ、熱い、冷たいッ!?」

 

 もがき喚くその身体を、闇が這い上がる。少しずつ、少しずつ、この世界よりもなお暗いところへ引き摺り込んでゆく。

 もう、あと数分もすれば、全てが終わるだろう。

 それを――肯定している私がいる。なぜなら、私の中には怒りがある。尋常でない、抑えきれない怒りが。

 こいつは、ホシノを苦しめた。

 先生を殺すところだった。

 あとほんのもう少しで、何もかもが破滅する最悪の未来に分岐するところだった。

 私を、殺した。

 報復する理由も、制裁する理由も、山のようにある。

 

「……オシリス大先輩?」

 

 だから私は。

 私は――――――、――――……、……。

 私、は――。

 

「――私は。だからホシノちゃんに怒られちゃうんだろうなあ」

 

 『やり直し』。

 間違えたってやり直せる世界。躓いても、やり直せる権利。

 私なんかこれが二回目だし、ともすれば三回目の機会まで与えられようとしている。

 それが許されるのは、それを許せる世界にしたいって……一度や二度間違えただけで破滅するような世界は駄目だって、そう願ってくれる人がいるからだ。

 憎いし、怒っている。許せるかって言われても、許せないかもしれない。

 でも。

 でも。

 でも――子供は何度間違えてもやり直せる、って言うんなら。

 大人でも、誰でも、間違えたならやり直したって良いはずだ。

 だって、でなきゃ不公平だ。子供はいいけど大人はだめなんて、そんなのは悲しすぎる。

 大人としての責任は生じるかもしれない。罪は消えないかもしれない。でも――やり直す機会は、与えられるべきなんじゃないかな。それを、私は良いけど彼は駄目、だなんて、独り占めしちゃ駄目だと思うんだ。

 だから。

 

「――地下生活者。あなたが助かるには、私がオシリスであることを否定すればいい」

「……ヒィィッ!? オシ、オシリス……ッ!?」

「私は神じゃないって。ただ一人の生徒であると、あなたが認識出来さえすればいい。オシリスとしてじゃなく、生徒としての名前で、私を呼べばいい――あなたが私の名前を、覚えてくれているのなら」

 

 私は徹頭徹尾、ここではオシリスとして振る舞った。だからこそ、オシリスとしての権能を振るえている。

 つまりそれを否定されれば、シロコちゃんまで巻き込んだこの舞台劇の幕は引かれる。

 それが叶うのは、彼だけだ。……途中まで、彼を消すことを覚悟して『オシリス』として在った私が名乗っては、それは『オシリス』の別名になってしまう。あくまでも――私の敵対者である彼が、私が神ではないと否定しなければならない。

 知らない、という筈はないだろう。『原作』のどこかで、ほんの少しだけ、私の名を口にしていた筈だから。

 

「――ッッ、ヒ、お、オシリスッ! セヘト・イアルの王ッ! 有明けの月、ドゥアトの主人ッ! ね、神々の王(ネスト・ネチェル)ッ! 永遠に美しきもの(ウン・ネフェル)ッ!? ち、違うッ!? ヒ、ヒィッ、ア――」

 

 ただ、それを彼が覚えているかは分からない。……というか、私も知らないような異名をどんどん出すのはやめてくれないかな!? そんな名前で呼ばれたことなんて生まれて一度も無いんだけど!?

 ああ、もう。ちょっと……かなり、だいぶ不安になってしまって。はらはらしたけれど――。

 

「あ、ああっ!! く、くち、梔子ッ! ……梔子、ユメッ……!」

「――ああ、よかった。うん、私は……梔子ユメですっ」

 

 ――正解してくれたことに、安堵してしまう。

 だって、死ぬのはどうしようもなく、寒くて、辛くて、苦しいから。嫌いな相手だとしても……そんなのは、感じないほうがいい。

 思わず笑ってしまって、それと同時に何もかもが夢幻のように消えてゆく。石柱も祭壇も、灯った光も。残ったものは私とシロコちゃんと、そして呆然と腰を抜かしてへたり込んでいる地下生活者だけ。

 シロコちゃんは、興味深そうに私の方を見つめてきている。……う、ううん。自分から呼んでおいて、あんなに大仰なことをしておいて、やっぱり意味なかったです……は、悪いことしちゃったかな。

 

「あ、あはは……ご、ごめんね、シロコちゃん? その、邪魔して呼んじゃって、せっかく来てくれたのに意味無くなっちゃった……」

「……いや。むしろ安心した、ホシノ先輩から聞いてた通りの人で」

「ひ、ひぃん……あれだよね、きっとおバカとかそういう……」

「……ん。部分的にそう」

 

 や、やっぱり……。いや、否定できないし、この期に及んでする気もないんだけど……。

 

「……でも、それ以上に優しい人だってホシノ先輩は言ってた。それがどういうことか、ちょっとだけ分かった気がする」

「――そっか。なら、嬉しいな……さて、と!」

 

 結局、地下生活者をどうこうは出来なかった。そしてこの場所におけるオシリスとしての立場も手放した以上、『混沌の領域』の支配権もじきに無くなるだろう。

 そうなれば、地上との時間差も埋まり始める。その前にここから出ないといけない……と言っても、私だけじゃ出られないからシロコちゃんに連れてって貰わないと駄目なんだけどね。

 ただ、その前に。

 

「そういう訳で、頼めるかな? ここから出るのもそうだけど――地下生活者」

「――ッ!? は、ヒィッ……!」

「あなたの言うとおり、私にはもう力はない。ここで、というより現世に出たらね。ただ、それでも……シロコちゃんがいるから、それを忘れないで。また何か悪いことをしたら、代わりにシロコちゃんに来てもらうからね」

「……ん、任せて」

「でも……悪いことをしないんなら、なにもしないから。そういうことは止めるように! あと……たまには地下から出たほうがいいよ。お日様の光を浴びたほうが、気分がすっきりするからね!」

 

 これで安心だ。

 私はシロコちゃんが差し出してくれた手を取って、ぶわんと開いた幾何学的なワープホールに入る。

 背後の彼は、俯いたまま。その姿は掻き消えて――一瞬の後に、私は赤色と、極彩色の入り混じる空の下にいた。

 そこへ出た瞬間にはもう、私の身体はほどけて見えなくなっていて、シロコちゃんの手の感触も感じられない。

 そこからは、見守ることしかできない。『あっち側』のシロコちゃんが、『こっち側』のシロコちゃんを制止するのも。反転したホシノちゃんと、シロコちゃんが戦うのも。

 ……正直に言えば、動くのもつらいって状況。ホシノちゃんに駆け寄ろうにも、今の感じだと『神秘』の余波だけで消し飛んじゃいそう――ぐっと我慢はしてるけどね。

 だから私に出来るのは待つことだけで。

 アビドスのみんなと、先生が、ホシノちゃんの胸元。黒く穴の空いたそこに触れて――光が弾けて。

 

「――……終着点、だね」

 

 そして私は。

 あの、夕映えの砂漠に立っていた。





クソボケが『銃を突きつけて引き金を引く』か、『それでも銃をおろして手を差し伸べる』か、ずっと考えて、本作ではこのような決着になりました。

次回、ホシノとの再会です。
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