TS転生クソボケユメ先輩(死亡済・幽霊)が原作のn倍ホシノの脳を焼いていた話   作:死刑囚

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【お詫び】
 いつも本小説を読んでいただきましてありがとうございます。
今話『梔子ユメと小鳥遊ホシノ』につきまして、一度投稿したところ皆様から多数のご指摘をいただきました。

 当方でも再度読み返し、ご指摘については尤もだと判断いたしましたので下記の通り内容を修正いたしましたことをご報告いたします。

◆修正点
・中盤〜終盤あたりの百合、ガールズラブ風に描写されている箇所を今までのお話の描写と矛盾しないように差し替え(ホシノの気持ちに転生ユメが気付いていない風に差し替え。告白箇所等も別の内容に変えました)。
・上記差し替えに伴い該当箇所は無くなったはずですが、念のため作品全体に『ガールズラブ』のタグを追加。(露骨な百合的描写は今後も行わない予定ですが、念のためです)

 上記の通り修正いたしました。
 また、当修正につきましては『言われたから修正した(=設定変更の強要)』ではなく、『言われた点について作者自身で吟味した結果、修正を決断した(=より良い作品となるように手直しした)』となります。
 従って、ご指摘やご感想を記載いただいた方への再指摘、再言及などはお控えいただけますと幸いです。

◆作者への連絡について
 また、上記や上記に限らず、皆様からご意見ありましたら気軽にぶん投げていただける場所があれば良いなあと思いましたので、Twitterのアカウントを作成いたしました。
 ご指摘、応援などなどございましたらこちらからメッセージを送って頂いても構いません!

アカウント:@kusoboke_writer

 以上となります!
 この度は色々とご迷惑をお掛けいたしましたが、良ければまた読んでいただけますと幸いです!


梔子ユメと小鳥遊ホシノ

 

 ――アビドスの砂漠のにおいがする。

 太陽は空にない。月もまだ、出ていない。

 どちらも地平線に隠れたままの、昼と夜の交わる時間。空と砂漠の境目が、燃えるように輝いている。

 その光景を、私は覚えている――いつの日かホシノちゃんと見た、あの砂漠。

 

「…………っ」

 

 ただ、空を見上げた。青くない、黄昏色をした、暗くなってしまう前の空。どうしてか無性に、胸を掻きむしりたくなるような衝動に駆られる。

 分かってしまう――ここが、ロスタイムの終わり。今際の際の夢の醒める瞬間。

 梔子ユメの、終着駅だ。

 

「あ、はは……ただまあ、それでも……あとほんのちょっとなら、頑張れそうかな」

 

 ……『原作』において。

 ここにいたのはおそらく、ホシノちゃんの想う、ホシノちゃんの心の中の梔子ユメ(わたし)だ。そしてそれも長く保ったわけじゃない。ほんの少しの間だけ抱きしめあうことを許され、そして消えてしまうだけの思い出。

 けれど今、私は私としてここにいる。それ自体がもう、きっと奇跡のようなものだろう。

 ――なら私は、その奇跡をどのように使うべきだろうか。

 

「……下手なことは、言うべきじゃないか」

 

 生前からずっと仕込んでいた、『もしもの時のための備え』。つまり、私が死んでしまった時のための策。それは現世側に残した幾つかの伏せ札と、もう一つが……ここと、さっき先生と話した際。その二つのタイミングで――思い出じゃない、(おれ)自身が二人と話す、というものだった。

 先生には……ある依頼を。そしてホシノちゃんには……ただの、私のわがままで。私だと思われないとしても、もう一度触れ合いたかった……それだけだ。

 まあ、先生への依頼については幽霊になったこともあって、最後に現世に戻ってからにしようってなったわけだけど。

 

「これも……今の私の有様も、できるって確証があったわけじゃなかったしね」

 

 死んでしまった後に自我を残すなんて、事前に試せるわけがない。出たとこ勝負の賭けになるし、だからそもそも死ぬつもりなんて一切なかった。

 ただ……もしも、そうなってしまった時。私には、万一の保険が使えるって可能性をゼロではないと――極めて希望的な観測だったけど――判断できるだけの理由があった。

 

「私の――『オシリス』ではない、もう一つの『神秘』」

 

 生前、当時は『転生者』だと考えていたもう一つの『神秘』。それを当てにしてのことだった。

 言うまでもないことだが、『神秘』には元となった何かがある。トリニティやゲヘナなんかは割合に分かりやすい――あっちはあっちでアビドス(私たち)に言われたくない、と思ってるかも知れないけど――が、その中でも一部の『神秘』には特異な能力が付属し……その生徒や、それらを内包する学園の物語(シナリオ)は、『神秘』のモチーフに誘引されてしまうこともある。

 こと――これに関して最も分かりやすいのは、これも私たちアビドスだろうけど。

 

「オシリスである私が、セトの憤怒に殺され……ホルスであるホシノちゃんは、私の跡を継いだ。そのもとには後輩たちが集まって、そしてきっと――セトを打倒する」

 

 エジプト神話を下敷きにしたストーリーライン。これ以外にも、トリニティの三大派閥とアリウス分派の分裂と融和なんて分かりやすいし、他には勇者アリス――その名前と役柄から考えて、彼女は『何にでもなれる』、無限の可能性の象徴たる無邪気な幼子そのものの象徴だったりするのかもしれない。

 だから、それらに則れば。『転生者』である私は、死んだ後もシナリオの中で再登場する際に行動できる余地があるかもしれない、と考えていた。……実際は、想定よりもはるかに活動できてて驚いたわけなんだけどね。

 ただまあ、そのお陰で私には大きな余裕ができた。自分が幽霊になった理由を考え、キヴォトスを巡り、やるべきことをやって、今この瞬間――アビドス三章に備えることができた。

 ……本当は、そんなことよりも、もっともっとやりたいこともあったけど、あんまり欲張りを言うわけにもいかない。こうして、狙ってた通り、この場所に私として立てているだけで、私は恵まれている。

 

「……ホシノちゃんを送り出せるだけ、良かったって思わなきゃ」

 

 だからやっぱり、伝えるべきことは、労いと見送りの言葉だ。このまま諦めるつもりはないけれど、足掻けるだけ足掻いてみるけれど。それでも、うまく行かなかった時に……ホシノちゃんに、また大きな傷を付けたくない。

 我ながら、ずいぶん臆病なことだと思う。でも、仕方ないでしょ?

 だって……背後の、まだ遠くの足音を聞いて。

 

「……ここ、は? ……ん? 手帳――……!? ど、どうしてこんな所に!?」

 

 ざあっ、と風が流れていって、懐かしい声が聞こえて。それだけで……もう、泣きそうになってしまうほど、私は、俺は、弱いのだから。

 ばさり、ぺらり、と紙を捲る音が聞こえる。じゃり、という砂を踏み締める足音。ホシノちゃんは、きっと今、ホシノちゃんの思う、私の手帳に残されているであろう言葉を読んでいるんだろうね。

 でもね、ホシノちゃん。きっとそこに書かれていることは、ホシノちゃんが思ってることは、間違いじゃないよ。だって、あんなにずっと一緒に居たんだもん。私が何を書くかなんて、ホシノちゃんだって分かってるだろうし――ホシノちゃんが、私の手帳に何を書いてあると思うかだって、私にも分かるんだから。

 だから――心臓が、うるさいほどに脈打って。手袋の奥の手のひらは汗まみれで。息を吸うのもしんどいくらい緊張している、けれど――ああ、この緊張は、一番最初に、コケた私にホシノちゃんが手を差し伸べてくれた日のそれと同じだなあ、なんて思いながら。

 声を、出す。

 もしもの未来。何事もなくアビドスを卒業した私が、あなたに言葉を残すとしたらこうだろうな、って思いながら。

 

「――ホシノちゃん。元気にしてるかな? ……三年生になったホシノちゃんは、一体どんなふうに成長してるんだろうね?」

 

 息を呑む、気配がする。私が振り返るのと、その小さな影が顔を上げるのは、同時だった。

 金色と青色の綺麗な瞳。幸せを織り込んだような、華やかな桃色の髪。ちっちゃくて可愛い、なのに強さを秘めた彼女。

 信じられないと、何かの間違いじゃないかと、目を見開いて、呆然と私を見る――最愛のひと。

 小鳥遊ホシノが、私を、俺を、見ていた。

 

「ユメ、先輩……?」

「この言葉は……三年生になったホシノちゃんに、伝えたかった言葉。私は……三年生に、私と同い年になったあなたを、ほとんど見られなかったけれど。きっと、立派な先輩として……みんなに慕われてるんだろうなぁ」

 

 伝えたかった言葉。伝えたい言葉。……伝えるわけにはいかないと、怖くて蓋をした言葉。この胸の裡から、とめどなく、どんどんと溢れてくる。

 

「きっと、強くて優しい、立派な先輩になって、たくさんの活躍をしたんだよね。みんなを、後輩を守れる、頼もしい先輩。後輩の面倒を見て、守ってあげて。導いてあげて……後輩(みんな)の、ほんの一歩前を歩いて、道を切り拓く先輩に、ね」

 

 『小鳥遊ホシノ』がそうであることなんて、そうなることなんて、そんなもの、俺が梔子ユメ(わたし)として生まれる前から知っている。強くて、優しくて。不器用でちょっと暴走しがちだけど、後輩思いの女の子。

 けれど――そんな私の『後輩』が。頼もしくて、優しくて、けれど繊細なホシノちゃんが、立派な『先輩』になるのを、そばで見ていられなかった。支えてあげられなかった。そのことが――辛くて、悔しくて、悲しい。

 

「……友達はできたかな。困ってる時に助けてくれる、友達。軽口を叩き合ったり、助けるだけじゃなくて、助けてくれる人。そんな人が、ホシノちゃんにも沢山、できてたらいいなぁ」

「せん、ぱい……」

 

 マコトちゃんから聞いた。空が赤く染まった、最終編の時。アビドスに住んでくれた元不良の子たちが、ホシノちゃんやみんなを助けに来てくれた、って。

 ――うれしかった。本当に、本当に、そのことが嬉しかったんだ。

 私への恩義も、きっとあるだろう。でも、それだけで人が動くわけじゃない。彼女たちが銃を取って駆けつけてくれたのは――私が去ってから、たった一人で、ずっとアビドスを守り続けてくれた、ホシノちゃんの姿を見ていたからだろう。

 ホシノちゃんを、助けてくれる人。後輩じゃない、また別の関係の相手。そんな人がいる、ってことが――どれだけ、私にとっての救いで、喜びだったのか。

 

「――本当は、私がそうなりたかったけど。ちょっと羨ましくて、妬ましいけど。でも……きっと、出来てるよね。ホシノちゃんが、心から信頼できる人は、沢山いるよね。……だったら。ホシノちゃんが、未来へ進めてるなら――うへ〜って、笑えてるなら……私はそれが、嬉しいよ」

「――っ、ユメ、先輩……っっ!!」

 

 軽い感触。温かな温度。飛び込んできたホシノちゃんの身体を、抱きしめる。

 ぎゅうっ、と強い力で抱きしめ返される。縋りつくような、確かめるような、そんな強さで。ホシノちゃんは、私に手を回す。

 ……小鳥遊ホシノが、私の、俺の胸の中で、涙を流している。

 

「うあ、ぁぁ――――っ!! ユメ、先輩っ!! 先輩っ、せん、ぱいっ!! う、うぁぁ、ゆめっ、せんぱい……っ!! 私、わたしっ……」

「……うん。何かな、ホシノちゃん」

「あ、ぁぁっ、ゆめ、せんぱいっ……私っ、なにをやってもっ、だめで……っ!! 先輩みたいにっ、うまく、やれなくて……っ!!」

「そんなことない。ホシノちゃんは、立派だよ」

 

 抱きしめたまま、そっと頭を撫でる。……やっぱり、小さい。この背中に、どれだけの重圧を、孤独を、責任を、寂しさを、傷を……背負わせてしまったんだろう。

 

「――私はっ!! 先輩みたいに強くない……っ!! 強くも、優しくも、賢くもなれなくて……っ! だめ、なんです……」

「……そんなことないよ」

「いいえ……っ! アビドスの借金だって、カイザーだってっ、連邦生徒会へのっ、支援要請すら、どうにも出来なくって……っ! せんぱい、とのっ……アビドスに、なにも、なんにも、できなくって……!!」

「……ホシノちゃん」

「わたし、中途半端に、戦うことしかっ、出来なくて……っ、役立たずで、バカな私はっ、いっつも、みんなにめいわく、かけて、ばっかりで……!」

「……私とおそろい、だね? 私もホシノちゃんに、いっぱい迷惑かけてたもんね。……でも、コンクリートの上に正座はさせられてないよね?」

 

 返事はない。代わりに、ぎゅぅっと、私を抱きしめる腕の強さが増す。……そっと、その小さな背中を撫でる。頭を胸元へ抱き寄せて、よしよしって声をかける。

 うん。胸なんて邪魔なばっかりだって思ってたけど、今だけは大きくて良かったかな――なんてね。

 

「……ぐすっ。ふふっ、はい……先輩と一緒、ですね。正座は……まだ、ですけど」

「やっと笑ってくれたね、ホシノちゃん。……やっぱりホシノちゃんは、そうやって笑ってるのが一番素敵でかわいいよ」

「ぅ、あ……っ。……せ、先輩……って、私、先輩にそんなこと言わせるって、ど、どうなんだろ……っ」

「……それに、私はよく知ってるんだから。ホシノちゃんは……大事な後輩のことを、絶対に守ってくれる、頼もしくて優しい子なんだって」

 

 そうだ。私は――俺は、そんなホシノが好きだった。

 不器用で、ちょっとツンツンしてて、でも本当はとっても優しい。困ってる時は絶対に手を差し伸べて、声を掛けて助けてくれる、自慢の後輩。

 最初は……ただ推しってだけだったかもしれない。けれどこのアビドスで、梔子ユメとしてホシノと過ごす毎日は、どんな宝石よりもきらきらと輝いていたから。

 眩い太陽の下で、砂漠を二人で駆けた日々も。

 心地よい風の中で、二人でアビドスの街を巡った日々も。

 土砂降りの雨と雷の中で、学校中の窓を板で覆って、その後は奮発して部室棟のちょっと広い浴場にお湯を張って、二人で入った日々も。

 二人での日々は、一年にも満たない時間だったけど……そんななんでもない日常が、かけがえの無い私たちの喜び(Shoujo Delight)だったから。

 私は、俺は、貴女を、どんどん好きになっていった。

 だから――よく知ってるんだよ、ホシノ。

 

「……全然、です。私は、中途半端で。先輩には追いつけなくても、せめてって思って……。けど、なんにも――」

「……こら、ホシノ。あんまり自分を責めちゃダメだ。ホシノは、みんなのためにいつも頑張ってる、カッコ良くていい先輩だよ。それにきっと、今のホシノなら俺より強いんじゃないかな?」

「そんなこと、絶対ないです……っ。先輩はずっと、私の憧れで、目標で。私は、そんな先輩みたいになりたくて……」

「……うん。ずっと、頑張ってきたんだよね」

 

 腕に力を込める……込めてしまう。

 私の見ていない二年間。俺のいない二年間。その間、ホシノはずっと頑張って、頑張って、頑張り続けてきた。先輩だから。みんなを守らなくちゃいけないから。

 その気持ちは――わかる。だって、俺もそうだったのだから。

 間違えられない。失敗できない。先輩らしく、頼れる存在でなければならない。まあ、私はだいぶ情けなかったけど……それでも、ずっと頑張り続けること。それがどれだけの努力が必要なものなのかは、分かっているつもりだ。

 だから、きっと。

 

「――……お疲れ様、ホシノ。よく、頑張ったね」

「……ぅ、ぁっ。先輩……っ。ゆ、め……ぜんぱい……っっ!!」

「分かるよ。辛かったよね、ずっと一人で。……ごめんね、ホシノだけ遺しちゃってさ」

「……ぅ、あ……っ。……は、い……っ。ずっと、ずっと辛くて……っ。み、みんなのっ……後輩の、ために……っ、せんぱいが、してくれた、みたいに……っ、なにか、できればって、おもってっ――でもっ、わたしには、何もできなくて……っ!!」

「……うん」

「でも……っ! それ、でも……っ。努力はっ、してきた、つもり、です……。先輩がいなくなって、ほんとに、本当に……もう、死んじゃいたいってくらい……つらかった、です、けど……っ」

 

 ずきりと、胸が痛む。ぐわんと、殴られたように頭が揺さぶられる。

 ……ホシノが私を、俺を、先輩として慕ってくれていることは分かってた。きっといなくなってしまったことに、心を痛めてくれていることも。

 ただ、でも――もしかすると。本当に、自意識過剰、なのかもしれないけれど。ホシノは、俺のことを……俺が自覚していた以上に、想っていてくれたのかもしれない。

 俺も、ホシノと同じだ。大したことはできてない、結局ホシノを残して死んでしまった、迷惑もかけてばっかりだったと、そんな風に思っていたけれど……彼女はそんな情けない、くだらない俺を、俺が考えていた以上に、慕ってくれていたのだとしたら。

 それは――俺はまた、間違っていたのかもしれないね。

 

「……会いたい。会いたいです、先輩……っ。わたし、私……っ!」

 

 でも、なら、尚更だ。

 これ以上間違えちゃいけない。……諦めるつもりは、ないよ。でも、諦めなければ何もかも上手くいくなんて、無責任なことは言えないよ。

 

「うん、知ってるよ。でも……まだ、ホシノにはやることがある。でしょ?」

「……やる、こと」

「先輩としての役目。後輩を……大切な人たちを、守ってあげなくちゃ。ね?」

「――……っ、はい。分かって……います」

 

 私のやろうとしていることは、十中八九、ほとんどの確率で失敗する。それこそ、私がこうしてここに立っていることの方が、まだマシな期待値だろうってくらいだ。

 なにせ、前提が欠けている。積み上げたものが足りない。手元にあるものは、現世に遺したいくつかのピースと、先生の存在だけ。奇跡を起こすには――何もかもが、不足している。

 そんな状態で……変に期待を持たせて、それで『駄目でした』、なんて。そんな裏切りを、ホシノに働く訳にはいかない。

 

「――うん、流石はホシノちゃん」

 

 俺の身体は、まだ消えそうにない。ここはちょっと『原作』と違うけれど、それは私が俺であるからだろう。……最後の賭けの、舞台に立つことは出来そうだ。

 だから――『原作』のように綺麗に消えてしまえないから。俺は彼女を、送り出さなくてはならない。

 ホシノの身体から、腕をほどく。抱きしめていた彼女を離して、肩を軽くぽん、と叩く。……背中を、押す。

 

「頑張ってね。行ってらっしゃい――」

 

 温もりが、離れてゆく。

 その背中が、少しずつ遠ざかってゆく。

 ……これでいい。こうすべきだ。間違っちゃいない。

 ホシノは現世で、みんなを守らなくちゃいけない。俺は俺で、最後の賭けをしなきゃならない。

 ろくな見送りの言葉すら言えてない。もしかすると、これがホシノと交わす最後の言葉になるかもしれない。

 心残りは沢山ある。けれど――ホシノにこれ以上の傷を付けるよりは、絶対に、良い。

 だから俺は、その背中へ向かって、微笑んで――。

 

「……う、ぇ? ユメ、先輩……?」

 

 ――微笑んで、見送った。そのはず、なのに。

 

「あ、あれ……? あ、あはは……ご、ごめんね、ホシノ。なんでも、ないよ……すぐ、離すから……」

「……っ。せん、ぱい? あ、え。な、んで――」

 

 無意識に、勝手に。俺の右手は、去り行くホシノの袖口を摘んでいた。離そうとして……指が、動かない。

 あれ、おかしいな……? なんで、こんな。ただ指先の力を抜いて、離して。行かせるだけで良いはずなのに、こんなとこまでバカになっちゃったのかな……我ながら、救いようが……。

 

「――なんで、泣いてるん、ですか……?」

「……え? あ、れ……」

 

 左手の甲で、頬を拭う。水滴が、黒い手袋にいくつもの染みを作っている。拭っても拭っても収まらないそれは、次第にぽたぽたと、俺の胸の上へ落ちる。

 俺は……涙を、流している、らしい。そう言えば、なんだか、息がし辛い気がする。

 

「な、なんでだろうね!? はぅ、目に砂が入っちゃった、かな。ごめんね、ホシノ。待ってね、すぐに止めるからね。大丈夫、ホシノ。ホシノは心配しないで、俺、大丈夫だからさ」

「あ、あ……っ。ゆ、ユメ、せんぱ……っ」

「し、心配かけてごめんね、ホシノ。俺、俺はさ。ほら、俺は――」

 

 俺は、なんなのだろう。

 なんで泣いていて、ホシノの手を離せなくて。何が言いたいのだろう。

 頭の中がぐちゃぐちゃだ。上手くいってたのに、何もかもめちゃくちゃにしてしまった。

 理由もわからないのに、涙が止まらない。ただ、なんとなく、胸の真ん中に大きな穴が空いている気がする。そんな筈は、ないのに。

 空を、見上げた。赤の混じった黄金色の、陽の光が死に絶える寸前の空の色。

 俺、俺は……。

 

「おれ、は――」

 

 馬鹿。馬鹿だ、お前は。馬鹿野郎、言うな、絶対に言うな。

 これが最後かもしれないんだぞ。だから綺麗に、未練をなくして、送り出さなきゃ駄目なのは分かってるだろ。

 ホシノを俺に縛り付けるわけにはいかない、余計なことは言うな。食いしばれ、耐えろ、口を開くな。だからもう、何も言っちゃ駄目なんだよ。ほら言うな、言うな、言うな。

 ああ、でも――涙が、止まってくれないんだ。

 

「ホシ、ノ。俺、おれ、さ――死にたく、なかったん、だよ……っ!」

「――ユメ、せんぱ、い……っ!!」

 

 どすん、と勢いの強い衝撃。ホシノが、抱きついてきている。いろんな感情がない混ぜになったような表情で、目を見開いて、そこからぼろぼろと涙を流して。確かめるように、俺を強く、強く、折れそうなくらいに抱きしめて。

 ああ、だから、黙ってないといけなかったのに。なのに、俺の手は震えていて。ホシノの肩を、握りしめてしまう。目尻が熱い。顔中を伝った涙が、唇を撫でる。薄い、しょっぱい味がする。

 

「死にたくなんて、なかった……! 死ぬ気なんて、なかったんだよ、ホシノ……、っ! おれ、俺は、おれは……っ! ホシノのところに、かえり、たかった……っ!」

「あ、ああ……っ! せんぱいっ……先輩……! 先輩、ユメせんぱい、なんですね……!」

「帰りたかった……! アビドスに、かえって……ホシノに、ごめんって、あやまって……! 仲直り、して……いっしょに、ずっと一緒、に……っ、生きたかった、んだよぉ……っ」

 

 頭が、がんがんする。息がうまく吸えない。

 目の奥が、頭の内側が、燃えるように熱い。眼球は弾けてしまいそうなほどで、ぼろぼろと涙が止まらない。こぼれ落ちる雫が、ホシノの髪に染み込んでゆく。

 

「ちが、います……っ。謝らなくちゃいけないのは、わたしの、ほうで……っ!」

「違うんだ、おれの、ほうなんだよ……っ、危ないかもって言うのは、分かってた……! もしかしたら、何か、って……! でも、俺は弱いから……っ、言えなくて――喧嘩してるのを、良いことに、言わずに、逃げたんだ……っ」

 

 ああ、もう。ほんとに、我ながら、情けない。

 言っても仕方ないこと、ホシノを困らせてしまうだけのこと。言わない方がいいって分かってるはずなのに、止められない。

 だってそうだろう。こんなことを言われても、ホシノは困るだけだ。俺の自己満足、俺が楽になるためだけの告白だ。

 頭じゃ分かってる。なのに――。

 

「うあぁぁぁっ、あ、あぁぁ……っ! ごめん……っ、ごめん、ごめんっ、ごめんな、ホシノ……っ! 悲しませて、苦しませてっ……ごめん、一人にして、ごめ、ん……っ、ぅあ、ああああぁぁ……っ!」

「先輩……いいえ、いいえ。大丈夫、です……っ。わ、たしは……ユメ先輩の、気持ちを……聞けた、だけで……っ、こうして、もう一度お話しできた、だけで……っ」

 

 ホシノが俺を抱きしめてくれる。頭を撫でてくれている。いつの間にか、俺の膝は折れていた。さっきまでとは逆に――俺が、ホシノに抱きしめられている。

 腕の中に戻ってきた、その温もりを強く、強く抱きしめる。この胸を掻き毟りたくなるような、この柔らかな体温に焦がれていた。ずっと、ずっと。

 だから――。

 

「こんなに――こんなに、ホシノのことが、好きなのに……っ! 大好きで、だい、すきで……なのに、俺は……ホシノを悲しませることしか、できなくて……っ! 本当、に……情けない……っ!」

「せん、ぱい――……っ!」

 

 涙が止まってくれない。頭を埋めたホシノの肩が、ぐしょぐしょになってしまっている。

 だって、ホシノが俺の希望(ゆめ)で――ホシノがいたから、どんな向かい風でも、砂嵐の中でも、死んでしまった後だって、俺は歩いて来られたんだから。

 だから――ホシノともう、会えなくなると思ったら。一度死んだ、あの時と同じかそれ以上に、怖くなってしまって。その小さな愛しい身体を抱きしめる手に、力を籠めてしまう。

 

「怖い……一人になるのは、一人で死ぬのは怖いんだ、ホシノ……! いかないで、行かないで、欲しい――いっしょにいて、欲しいんだ……っ! いかせなくちゃならない、って……駄目なのは、分かってる、分かってるのに……!」

「……そう、ですよね。私があんなに辛かったんだから――先輩だって、辛かったんですよね……っ、ごめ、ごめんなさいっ、せん、ぱい……っ」

 

 泣いて、泣いて。泣き続けて……言ってしまった。本当に――これだけは、伝えちゃダメだったのに。

 だって、そうだろう。俺は、私は、梔子ユメ(わたし)なんだ。

 二年前の昔は、死ぬ可能性があって。今は、奇跡が起きる保証もなくて。今も昔も、変わらず――消えて、ホシノを悲しませてしまう可能性のある存在なんだ。

 そんなものが、ホシノを引き留めて、その歩みを止めさせて良いわけない。いつか消えてしまうかもしれないから、それまで一緒にいて欲しいなんて――そんな、我儘。

 今は、ホシノに抱きついちゃってるから顔は見えないけど……合わせる顔がない、ってのはこういうことだろう。だから、絶対に言うべきじゃなかったのに……本当に、情けない。

 

「ぐ、ず……っ。ん、はぁ……ごめん、ホシノ。びっくりさせたよね。ごめんね」

「……いえ。最初に泣きついたのは、私の方ですし……先輩が泣くのは、珍しいことじゃないですから」

「っ、あはは……うん、そうだ、そうだよね。まあ、それにしても格好悪かったし……ごめん。忘れてほしいな」

「それは……っ」

 

 ホシノちゃんは少しだけ俺に背を向けて、なんだかもごもごと呟いた。うまく聞こえなかったけど、折角、とかそんなの、とか……なんだか、そんな感じの言葉を。

 けれどすぐに振り返って、少しだけ耳を赤くして。

 

「……無理、ですね。忘れることは……出来ません」

「ひぃん……そうだよね。はあ、つくづく迷惑をかけちゃうな……」

「……そういう訳でも、無いんですけどね」

「……? ああ、じゃなくて……違う違う。ホシノ、引き止めちゃってごめんね。ホシノにはまだやる事があるのは分かってる、もう止めないから――」

「……〜〜っ、はぁ。先輩は、こう……変わらないですね」

「それは……まあね! ほら、馬鹿は死んでも――」

「やめてください、洒落になってないんですから!?」

 

 ホシノちゃんがわーっと叫ぶ。ちょっとだけびっくりした。

 抱きしめていた腕から力を抜いて、身体を離す。向かい合ったホシノちゃんの顔は、目尻がきりっとしていて……馴染みのある、つんとした顔つきになっていて――それでいて、ひどく泣き腫らした目は、真っ赤に充血していて。

 きっと私の顔もそうなんだろうなぁ、なんて想像して、くすりと笑ってしまう。

 

「……それで、ですけど。ユメ先輩」

「……? え、っと……あの、謝るとかなら、別に――」

「その……ですね。もし、私も……その。先輩を、す、好きだと……っ、言ったら、どうしますか?」

「……うぇ? あ、えっ、と……私もだよホシノちゃん、かな? って、そのくらいは分かってるよ! 喧嘩したって、そこは疑ってないからね!」

 

 それは――ああ、嬉しい。でもホシノ、流石の俺でも……ホシノが俺のことを先輩として尊敬してくれているってことくらいは知ってるんだよ!

 自信満々に、胸を張って返事をした。ホシノは――何故か、がっくりと肩を落とし。

 明後日の方向を向いて、どんよりと溜息を吐いていた。

 

「な、なんで……?」

 

 ――なんだか分からないけれど、ほんのりと責めるような視線を感じる。誰かを責めたいけれど、誰を責めて良いのか分からない。そんな雰囲気。

 

「――ええ、ええ。分かってました。そういうところも含めて、だとは言え……はあ、もう……」

「うぇ、え、えっと? ごめんね、な、何のことだか分からないけど……」

「……いいえ。もう良いです、先輩は……やっぱり先輩なんだな、って分かりましたから」

 

 口調も声音も不満げで。けれど、表情だけは晴れやかに。ホシノは……どこか、救われたようにそう笑った。

 謝らせてください、とか細い声で、言ってから。

 

「……ユメ先輩。私、ユメ先輩は無敵だって思ってたんです」

「む、無敵……? や、その、私は結構ポカしちゃったりするし、そんな言われるほどのことでも……?」

「だから無自覚だって言われるんですよ、先輩の鈍感」

「ど、鈍感!?」

 

 ひ、ひどい言いがかりだよ!? これでもみんなの機微はちゃんと気をつけて見るようにしてたし、みんなの顔や名前、好きなものだって忘れないようにしてるんだけど……。

 でも、アビドスの不良ちゃん達の名前を全部覚えてるとか、そういう事ではないらしい。どういう事かは分からないけど……ホシノちゃんは、ぽつりぽつりと、話を続けてくれる。

 

「……先輩は、ずっと強くて優しかった。どれだけ撃たれても我慢して、戦うことなく皆と仲良くできた。明るくて、いつも元気をくれて。弱みを見せて、みんなを笑わせてくれる事も多くて……」

「……ホシノ、ちゃん」

「じゃあ弱いのか、って言えば、すごく強くて。強いだけか、って言えば、すごく賢くて。きっとこの人は何があっても負けない、折れない、翳らないんだって、勝手にそう思ってて――それであの日、先輩は黒いコートを翻しました」

 

 ……ビナーの迎撃に向かった時、だね。あの時は本当に余裕がなかったし、ホシノちゃんに助けを求めた。それこそ、無敵なんてガラじゃなかったと思うけど。

 

「その時先輩は、初めて……『弱音』を吐いてくれました。いつも見せてる弱みじゃなくて、どうしよう、助けて、って弱音を。だから、その時――私は、不謹慎でしたけど。……嬉しかったんです」

「えっ、と……それは、どうして?」

「無敵だと、ただ手の届かない遠くにあるのだと……そう焦がれていた人が、近くにいる『人』なんだ、って分かったから。憧れた人に、頼ってもらえて。私は貴女を助けられるんだ、って思って……」

 

 それは――ホシノの告白。あるいは、懺悔だった。

 

「一番最初に、先輩と模擬戦をした時。私は――照れ隠しで。その話し方はやめてください、って言いましたよね。そして先輩は気を遣ってくれて、ずっとそうは話さないでいてくれた」

「あ、あはは……あれはまあ、私も……似合ってないなあ、って思ってたし……」

「でも。……あれが素のユメ先輩だった。そうでしょう?」

「……まあ、ね」

 

 ホシノはぎゅっと、手を握りしめて……僅かに目を伏せた。

 

「ずっと、後悔していました。あれから、先輩の本当の姿は見られなくなって。でも、私から言い出すことも出来なくて……それでやっとあの日、もう一度見られて――だから、分かってた筈なんです。先輩が、凄いことも。凄くても……ちゃんと、支えないといけない人なんだ、ってことも。私は、それを分かって、いた、筈なのに……ッ」

 

 目を伏せて。けれど、しっかりとした言葉で……ホシノは言った。

 なのに、私を一人にした。完璧じゃないって分かってた筈なのに、突き放してしまった、と。

 

「だから――ごめんなさい、ユメ先輩。私が、貴女を――」

「ストップ。ううん、違うよホシノちゃん……って言っても、お互い否定ばっかりじゃ良くないよね。だから私……いや、俺からも」

 

 ちゃんと謝らなければならないことは、俺の方にもある。俺だけなら目を逸らしていた、先生に気付かせてもらったこと。

 

「……俺、ここに来るちょっと前に先生と話したんだ」

「は???」

 

 ずい、とホシノが詰め寄ってくる。顔が、怖い。

 上から下まで眺め回され、前から後ろからじろじろと眺められ。そしてホシノちゃんは、据わった目で口を開いた。

 

「……何もされてませんか? 脚とか舐められてないです?」

「ホシノちゃんは先生のことを何だと思ってるの!?」

 

 思わず言ってしまった。いや、知ってはいる。イオリの足を舐める先生の、大人の勇姿を忘れられるわけも無いけれど……流石の先生も、時と場合は選ぶだろう。

 ホシノちゃんの中で、先生はどんな扱いなのだろうか。

 

「……いや、頼りになる人ではあるんですけど。……一部の生徒にだけ、たまに距離感がおかしくなるらしくて……朗らかな時の先輩ならまだしも、キリッとしてる時の先輩は……」

「……ま、まあ安心して? 特に何もなかったから――じゃ、なくて! ……先生に言われたんだよ。俺は、もっと我儘を言った方が良かったね、って」

「それは……」

 

 思い返せば、お互いに馬鹿だった。転生なんてしたから思い上がっていたのかもしれないけれど、俺も生徒で、子供だった。

 

「ホシノに助けを求めるべきだった……いや、俺の事情に巻き込むかもしれなかったから、それは無理だったかも知れないけど……だとしても、相談して。助けて、一緒に考えて、あるいは……何とかして、なんて。そんな風に、手を貸してもらうことを厭うべきじゃなかったんだ」

「……はい。私は、ずっと――先輩に、そう言って欲しかった。だって、貴女の背中をずっと見てきたんです。支えたい、手を貸したい、並んで、立ちたいってずっと、ずっと――」

 

 ふらふらと伸ばされたホシノの手を取る。ぎゅっと、握る。

 ああ。こうして、手を握っているだけで。一人じゃないって、実感できるだけで……こんなにも、温かくて心強い。

 

「……ごめんね、ホシノ」

「私の方こそ。ごめんなさい、先輩」

 

 そして、俺とホシノはくすくすと笑い合った。張り詰めた気分が、全部解れて。肩の荷も全部降りて、飛んで行けそうなくらい、身体が軽くなった。

 体重は変わってない――というか、死んでるから私に体重は無いんだけど。なんとなく、そんな気がした。

 そのまま、お互いに顔を見合わせる。

 

「……先輩、私は」

「うん、分かってるよ、ホシノ」

「――でも」

「うん。でも、だよね」

「私、そろそろ行かなくちゃ。……手、離してくれますか。先輩」

「……うん」

 

 両手から力を抜いて、ホシノを解き放つ。ゆっくりと離れた、俺から見ても名残惜しそうなのを隠さなくて……でも、しっかりと自分の足で立っていた。

 これも、私の知らないホシノちゃんだ。二年前より、ずっと強くなっていて……ここまで歩いてくるのに、どれだけ怖かったことだろう。

 ふと、言葉が零れ落ちる。

 

「……ね、ホシノちゃん。未来って……怖くない?」

「随分と……急ですね。でも、分かりますよ。……どれだけ順風満帆でも、そのまま何もかも上手くいくなんて保証はありません。どう頑張ったって、明日なんて分かりっこない。良いことなんか一つもない、真っ暗な中を歩いていかないといけないかもしれない」

「……うん、そうだね」

「でも――」

 

 ホシノちゃんは、先輩、と笑って言ってくれた。

 

「一人じゃなければ、大丈夫なんです。……アビドスのみんなと、歌を作ったんですよ。『手繋ぎ進めば怖くない』、って。だから……たとえ怖くても、私たちは歩いていける。そう思ってます――まあ、私は。そんな後輩の手を振り切ってしまったので……きちんと、謝らないと駄目なんですけどね」

「ふふっ……後輩は好き勝手する先輩に苦労させられる、って分かってたのにね?」

「……面目次第もありません……」

 

 ああ、そうだ。こうやって――ちゃんと、昔を思っても、今を大切にして。後輩たちのために未来へ進めるのが、ホシノちゃんなんだ。

 寂しいけど、辛いけど。それが、嬉しい。そんな、分かりきっていたことを、思い出した。

 思い出して……ホシノちゃんに、むぎゅっと頬をつねられた。

 

「……また妙なことを考えてるんじゃないでしょうね、ユメ先輩」

「ほ、ほぇ?」

「確かに私は、みんな――シロコちゃん、ノノミちゃん、セリカちゃん、アヤネちゃん、あと成長したシロコちゃん。それと、助けに来てくれたヒナちゃんとミカちゃんと……先生のために、戻ります。けど、ですね」

「……けど?」

「先輩を置いていきたい訳じゃないんです。……出来るものなら、無理やりにでも連れ帰りたいんですからね」

「あ、あはは……顔に出てたかな?」

「ありありと。顔中に『私、寂しいです』って」

「はぅ……ま、まあその通りだけど……でも、だよね」

 

 だから、手を離せる。今度は正面から、ホシノを送り出せる――けど。

 人のことは言えないじゃん、ホシノ。そっちの顔にも、寂しいですって書いてるよ。

 

「……一緒には、来れないんですか」

「そう、だね。でも――ね、ホシノちゃん」

「? ……なんですか、先輩」

 

 私はさ、考えなしのあほあほ先輩だから。

 都合のいい奇跡とか、楽観的な予測とか、そんなのを信じちゃうような、ダメな先輩だから、さ。

 

“うん。だからユメのわがままを、聞かせてくれるかな。”

 

 わがままを、言わせてもらうね。

 

「ホシノちゃんは、さ――あと一度だけ、奇跡って信じられる?」

「――はあ?」

 

 あ、あれ? ホシノちゃんがすごい顔をしている。

 怒るでもなく、笑うでもなく……こう、こいつは何を言っているんだ、みたいな顔だね。

 わ、私、そんな変なこと言ったかな……?

 

「……はあ。あのですね、ユメ先輩。もう、こうして先輩と言葉を交わせていること、それ自体が奇跡みたいなものでしょう」

「う、うん……だ、だからあと一回――」

「一回あったんです。二度でも、三度でも、何度でも起こるに決まってます。……そうでしょう?」

 

 ふいっ、とそっぽを向いたホシノちゃんは、耳どころか首元まで真っ赤になっていて。可愛いなあ、と口元が緩んでしまう。

 

「流石ホシノちゃん、天才さんだね。……うん。なら……もう一回、奇跡を信じて欲しいな。私も……頑張るからさ」

「……勿論です、構いませんよ。ただ――」

 

 ホシノちゃんが振り返る。涙を溜めた寂しそうな目を、何度も袖口で拭い。昼と夜の色をした瞳を、きらきらと輝かせて。

 それでも、精一杯の笑顔で――。

 

「二年間、ずーっと待たされたんです。生半可な奇跡じゃ許しませんよ? 私の大好きな、ユメ先輩らしいところ。見せてくださいね」

 

 光が眩しさを増してゆく。それを背に、穏やかに、けれどちょっと生意気に笑った彼女は、見惚れるような美しさで。

 それでいて――笑ったその目尻から、きらきらと、涙を流しながら。

 

「――任せて、ホシノちゃん! とびっきりのハッピーエンド、期待しててね!」

 

 輝きが臨界に達する。視界が白で塗り潰される。瞬間、全身が鎖を巻き付けられたように重く、怠くなる。

 世界は一瞬で、夕映えの砂漠から真夜中の砂漠に変わっていた。近くには、倒れ伏すミカちゃんとヒナちゃん、膝をつくアビドスの面々。その後ろには、シッテムの箱を抱えた先生。

 正面には、束ねた雷を正に放とうとしている――斜め一文字の傷跡が残ったままの、『セトの憤怒』。

 ……あれが放たれれば、何もかも終わりだろう。私を含めて、みんな消し飛ばされてしまう。

 

『だ、駄目です、もう! う、わあああああっ!?』

 

 アロナ(アーちゃん)の叫びが聞こえる。だけど、心配はない。だって放たれた雷の光線は――ぶわりと広がった、緋色の障壁に全部阻まれて、霧散したのだから。

 

「――みんな、ごめん! ……大丈夫っ!?」

「ほ……ホシノ先輩っ!? 元に、戻って……?」

「うへ、みんなのお陰だよ。ここまで迷惑かけちゃったのはおじさんのせいだし……ほんとは、ちょーっと合わせる顔もないって感じなんだけど、ね」

 

 でも、と。そう言って、ホシノは盾を構えて。

 

「それも棚に上げちゃって――まずは、お前だよ。よくも私の大事な後輩を、友達を、先生を傷つけたな」

「痛っ、つ……ぁ、小鳥遊、ホシノ……? そう、戻って……」

「柄じゃないんだけど、名乗りでも上げようか――あの人らしく、ね」

「……ん、ホシノ先輩、完全復活? なら……私たちも、立ち上がらないとだね」

 

 ホシノちゃんの盾の後ろに、シロコちゃんとノノミちゃんが。アヤネちゃんとセリカちゃんが。そして、もう一人のシロコちゃんが立って。私はそれと入れ替わるように後ろに下がる。先生の側まで来て――とすん、と尻餅をついた。

 脚の先のほうが、薄くなっている。

 

「……アビドス高等学校、三年生。出席番号は一番、好きなものはアビドスのみんなと先生、あとは助けてくれる人たちと、お魚……!」

「あらあら……♪ 良いですね〜、私たちも考えてみませんか? それで、覆面水着団をやる時に名乗るんです!」

「ちょっ、ノノミ先輩何言ってんの!? 嫌よ、っていうかアビドスの名前出しちゃダメじゃない!」

 

 膝をついたまま、ずりずりと這って先生の足元へ。背中を預けるように、白いコートを翻して立つ彼へもたれかかる。

 

「役職は、アビドス生徒会、副会長。でも、今は――アビドス廃校対策委員会の、書記っ!! ……だよね、アヤネちゃん?」

「わ、わ、わぁっ!? お、お返ししますからっ、それは……!」

「んや、良いよ良いよ。ってな訳で――”アビドス廃校対策委員会”、小鳥遊ホシノ、参上ってね。さあ――覚悟しなよ、怪物っ!!」

 

 口の端が、上がってしまう。ホシノちゃんに、大切な人が出来たこと。どんな場所でも、軽口を叩き合える人がいること。知識ではなく――実感として。

 だったら――あとは、私の役目だ。

 『触れているのなら、声を届けられる』。つまり今、私の声はただ一人、先生にだけは届くってこと。戦闘中だ、あんまり注意を逸らし過ぎる訳にもいかない。時間を取りすぎる訳にもね。

 だから、そう。こう言う時は、こう言うべきだ。息を吸い込んで、『神秘』へぐっと力を込めて。

 

『――先生っ! ちょっと、お時間お借りしますねっ!』

 

 私は、そう声をかけた。





次話投稿予定――九割書き上がってるのでお待ちください!
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