TS転生クソボケユメ先輩(死亡済・幽霊)が原作のn倍ホシノの脳を焼いていた話 作:死刑囚
やりたいこと詰め込んだら過去一長くなった気がする!!
というわけで『再会』です。
※本編と何の関係もない小ネタ
・もしもゲヘナ編にクソボケがいたら
ゲ再委「ゲヘナをもう一度偉大に!」
ヒ・マ「偉大に!」
クソボケ「やっほー遊びにきたよ! ――ん?」
ヒ・マ「あっこら無理スね、解散!」
ゲヘナ編、完!
――アビドスの砂漠のにおいがする。
太陽は空にない。月もまだ、出ていない。
どちらも地平線に隠れたままの、昼と夜の交わる時間。空と砂漠の境目が、燃えるように輝いている。
その光景を、私は覚えている――いつの日かホシノちゃんと見た、あの砂漠。
「…………っ」
ただ、空を見上げた。青くない、黄昏色をした、暗くなってしまう前の空。どうしてか無性に、胸を掻きむしりたくなるような衝動に駆られる。
分かってしまう――ここが、ロスタイムの終わり。今際の際の夢の醒める瞬間。
梔子ユメの、終着駅だ。
「あ、はは……ただまあ、それでも……あとほんのちょっとなら、頑張れそうかな」
……『原作』において。
ここにいたのはおそらく、ホシノちゃんの想う、ホシノちゃんの心の中の
けれど今、私は私としてここにいる。それ自体がもう、きっと奇跡のようなものだろう。
――なら私は、その奇跡をどのように使うべきだろうか。
「……下手なことは、言うべきじゃないか」
生前からずっと仕込んでいた、『もしもの時のための備え』。つまり、私が死んでしまった時のための策。それは現世側に残した幾つかの伏せ札と、もう一つが……ここと、さっき先生と話した際。その二つのタイミングで――思い出じゃない、
先生には……ある依頼を。そしてホシノちゃんには……ただの、私のわがままで。私だと思われないとしても、もう一度触れ合いたかった……それだけだ。
まあ、先生への依頼については幽霊になったこともあって、最後に現世に戻ってからにしようってなったわけだけど。
「これも……今の私の有様も、できるって確証があったわけじゃなかったしね」
死んでしまった後に自我を残すなんて、事前に試せるわけがない。出たとこ勝負の賭けになるし、だからそもそも死ぬつもりなんて一切なかった。
ただ……もしも、そうなってしまった時。私には、万一の保険が使えるって可能性をゼロではないと――極めて希望的な観測だったけど――判断できるだけの理由があった。
「私の――『オシリス』ではない、もう一つの『神秘』」
生前、当時は『転生者』だと考えていたもう一つの『神秘』。それを当てにしてのことだった。
言うまでもないことだが、『神秘』には元となった何かがある。トリニティやゲヘナなんかは割合に分かりやすい――あっちはあっちで
こと――これに関して最も分かりやすいのは、これも私たちアビドスだろうけど。
「オシリスである私が、セトの憤怒に殺され……ホルスであるホシノちゃんは、私の跡を継いだ。そのもとには後輩たちが集まって、そしてきっと――セトを打倒する」
エジプト神話を下敷きにしたストーリーライン。これ以外にも、トリニティの三大派閥とアリウス分派の分裂と融和なんて分かりやすいし、他には勇者アリス――その名前と役柄から考えて、彼女は『何にでもなれる』、無限の可能性の象徴たる無邪気な幼子そのものの象徴だったりするのかもしれない。
だから、それらに則れば。『転生者』である私は、死んだ後もシナリオの中で再登場する際に行動できる余地があるかもしれない、と考えていた。……実際は、想定よりもはるかに活動できてて驚いたわけなんだけどね。
ただまあ、そのお陰で私には大きな余裕ができた。自分が幽霊になった理由を考え、キヴォトスを巡り、やるべきことをやって、今この瞬間――アビドス三章に備えることができた。
……本当は、そんなことよりも、もっともっとやりたいこともあったけど、あんまり欲張りを言うわけにもいかない。こうして、狙ってた通り、この場所に私として立てているだけで、私は恵まれている。
「……ホシノちゃんを送り出せるだけ、良かったって思わなきゃ」
だからやっぱり、伝えるべきことは、労いと見送りの言葉だ。このまま諦めるつもりはないけれど、足掻けるだけ足掻いてみるけれど。それでも、うまく行かなかった時に……ホシノちゃんに、また大きな傷を付けたくない。
我ながら、ずいぶん臆病なことだと思う。でも、仕方ないでしょ?
だって……背後の、まだ遠くの足音を聞いて。
「……ここ、は? ……ん? 手帳――……!? ど、どうしてこんな所に!?」
ざあっ、と風が流れていって、懐かしい声が聞こえて。それだけで……もう、泣きそうになってしまうほど、私は、俺は、弱いのだから。
ばさり、ぺらり、と紙を捲る音が聞こえる。じゃり、という砂を踏み締める足音。ホシノちゃんは、きっと今、ホシノちゃんの思う、私の手帳に残されているであろう言葉を読んでいるんだろうね。
でもね、ホシノちゃん。きっとそこに書かれていることは、ホシノちゃんが思ってることは、間違いじゃないよ。だって、あんなにずっと一緒に居たんだもん。私が何を書くかなんて、ホシノちゃんだって分かってるだろうし――ホシノちゃんが、私の手帳に何を書いてあると思うかだって、私にも分かるんだから。
だから――心臓が、うるさいほどに脈打って。手袋の奥の手のひらは汗まみれで。息を吸うのもしんどいくらい緊張している、けれど――ああ、この緊張は、一番最初に、コケた私にホシノちゃんが手を差し伸べてくれた日のそれと同じだなあ、なんて思いながら。
声を、出す。
もしもの未来。何事もなくアビドスを卒業した私が、あなたに言葉を残すとしたらこうだろうな、って思いながら。
「――ホシノちゃん。元気にしてるかな? ……三年生になったホシノちゃんは、一体どんなふうに成長してるんだろうね?」
息を呑む、気配がする。私が振り返るのと、その小さな影が顔を上げるのは、同時だった。
金色と青色の綺麗な瞳。幸せを織り込んだような、華やかな桃色の髪。ちっちゃくて可愛い、なのに強さを秘めた彼女。
信じられないと、何かの間違いじゃないかと、目を見開いて、呆然と私を見る――最愛のひと。
小鳥遊ホシノが、私を、俺を、見ていた。
「ユメ、先輩……?」
「この言葉は……三年生になったホシノちゃんに、伝えたかった言葉。私は……三年生に、私と同い年になったあなたを、ほとんど見られなかったけれど。きっと、立派な先輩として……みんなに慕われてるんだろうなぁ」
伝えたかった言葉。伝えたい言葉。……伝えるわけにはいかないと、怖くて蓋をした言葉。この胸の裡から、とめどなく、どんどんと溢れてくる。
「きっと、強くて優しい、立派な先輩になって、たくさんの活躍をしたんだよね。みんなを、後輩を守れる、頼もしい先輩。後輩の面倒を見て、守ってあげて。導いてあげて……
『小鳥遊ホシノ』がそうであることなんて、そうなることなんて、そんなもの、俺が
けれど――そんな私の『後輩』が。頼もしくて、優しくて、けれど繊細なホシノちゃんが、立派な『先輩』になるのを、そばで見ていられなかった。支えてあげられなかった。そのことが――辛くて、悔しくて、悲しい。
「……友達はできたかな。困ってる時に助けてくれる、友達。軽口を叩き合ったり、助けるだけじゃなくて、助けてくれる人。そんな人が、ホシノちゃんにも沢山、できてたらいいなぁ」
「せん、ぱい……」
マコトちゃんから聞いた。空が赤く染まった、最終編の時。アビドスに住んでくれた元不良の子たちが、ホシノちゃんやみんなを助けに来てくれた、って。
――うれしかった。本当に、本当に、そのことが嬉しかったんだ。
私への恩義も、きっとあるだろう。でも、それだけで人が動くわけじゃない。彼女たちが銃を取って駆けつけてくれたのは――私が去ってから、たった一人で、ずっとアビドスを守り続けてくれた、ホシノちゃんの姿を見ていたからだろう。
ホシノちゃんを、助けてくれる人。後輩じゃない、また別の関係の相手。そんな人がいる、ってことが――どれだけ、私にとっての救いで、喜びだったのか。
「――本当は、私がそうなりたかったけど。ちょっと羨ましくて、妬ましいけど。でも……きっと、出来てるよね。ホシノちゃんが、心から信頼できる人は、沢山いるよね。……だったら。ホシノちゃんが、未来へ進めてるなら――うへ〜って、笑えてるなら……私はそれが、嬉しいよ」
「――っ、ユメ、先輩……っっ!!」
軽い感触。温かな温度。飛び込んできたホシノちゃんの身体を、抱きしめる。
ぎゅうっ、と強い力で抱きしめ返される。縋りつくような、確かめるような、そんな強さで。ホシノちゃんは、私に手を回す。
……小鳥遊ホシノが、私の、俺の胸の中で、涙を流している。
「うあ、ぁぁ――――っ!! ユメ、先輩っ!! 先輩っ、せん、ぱいっ!! う、うぁぁ、ゆめっ、せんぱい……っ!! 私、わたしっ……」
「……うん。何かな、ホシノちゃん」
「あ、ぁぁっ、ゆめ、せんぱいっ……私っ、なにをやってもっ、だめで……っ!! 先輩みたいにっ、うまく、やれなくて……っ!!」
「そんなことない。ホシノちゃんは、立派だよ」
抱きしめたまま、そっと頭を撫でる。……やっぱり、小さい。この背中に、どれだけの重圧を、孤独を、責任を、寂しさを、傷を……背負わせてしまったんだろう。
「――私はっ!! 先輩みたいに強くない……っ!! 強くも、優しくも、賢くもなれなくて……っ! だめ、なんです……」
「……そんなことないよ」
「いいえ……っ! アビドスの借金だって、カイザーだってっ、連邦生徒会へのっ、支援要請すら、どうにも出来なくって……っ! せんぱい、とのっ……アビドスに、なにも、なんにも、できなくって……!!」
「……ホシノちゃん」
「わたし、中途半端に、戦うことしかっ、出来なくて……っ、役立たずで、バカな私はっ、いっつも、みんなにめいわく、かけて、ばっかりで……!」
「……私とおそろい、だね? 私もホシノちゃんに、いっぱい迷惑かけてたもんね。……でも、コンクリートの上に正座はさせられてないよね?」
返事はない。代わりに、ぎゅぅっと、私を抱きしめる腕の強さが増す。……そっと、その小さな背中を撫でる。頭を胸元へ抱き寄せて、よしよしって声をかける。
うん。胸なんて邪魔なばっかりだって思ってたけど、今だけは大きくて良かったかな――なんてね。
「……ぐすっ。ふふっ、はい……先輩と一緒、ですね。正座は……まだ、ですけど」
「やっと笑ってくれたね、ホシノちゃん。……やっぱりホシノちゃんは、そうやって笑ってるのが一番素敵でかわいいよ」
「ぅ、あ……っ。……せ、先輩……って、私、先輩にそんなこと言わせるって、ど、どうなんだろ……っ」
「……それに、私はよく知ってるんだから。ホシノちゃんは……大事な後輩のことを、絶対に守ってくれる、頼もしくて優しい子なんだって」
そうだ。私は――俺は、そんなホシノが好きだった。
不器用で、ちょっとツンツンしてて、でも本当はとっても優しい。困ってる時は絶対に手を差し伸べて、声を掛けて助けてくれる、自慢の後輩。
最初は……ただ推しってだけだったかもしれない。けれどこのアビドスで、梔子ユメとしてホシノと過ごす毎日は、どんな宝石よりもきらきらと輝いていたから。
眩い太陽の下で、砂漠を二人で駆けた日々も。
心地よい風の中で、二人でアビドスの街を巡った日々も。
土砂降りの雨と雷の中で、学校中の窓を板で覆って、その後は奮発して部室棟のちょっと広い浴場ににお湯を張って、二人で入った日々も。
二人での日々は、一年にも満たない時間だったけど……そんななんでもない日常が、かけがえの無い
私は、俺は、貴女をどんどん、好きになっていった。
だから――よく知ってるんだよ、ホシノ。
「……全然、です。私は、中途半端で。先輩には追いつけなくても、せめてって思って……。けど、なんにも――」
「……こら、ホシノ。あんまり自分を責めちゃダメだ。ホシノは、みんなのためにいつも頑張ってる、カッコ良くていい先輩だよ。それにきっと、今のホシノなら俺より強いんじゃないかな?」
「そんなこと、絶対ないです……っ。先輩はずっと、私の憧れで、目標で。私は、そんな先輩みたいになりたくて……」
「……うん。ずっと、頑張ってきたんだよね」
腕に力を込める……込めてしまう。
私の見ていない二年間。俺のいない二年間。その間、ホシノはずっと頑張って、頑張って、頑張り続けてきた。先輩だから。みんなを守らなくちゃいけないから。
その気持ちは――わかる。だって、俺もそうだったのだから。
間違えられない。失敗できない。先輩らしく、頼れる存在でなければならない。まあ、私はだいぶ情けなかったけど……それでも、ずっと頑張り続けること。それがどれだけの努力が必要なものなのかは、分かっているつもりだ。
だから、きっと。
「――……お疲れ様、ホシノ。よく、頑張ったね」
「……ぅ、ぁっ。先輩……っ。ゆ、め……ぜんぱい……っっ!!」
「分かるよ。辛かったよね、ずっと一人で。……ごめんね、ホシノだけ遺しちゃってさ」
「……ぅ、あ……っ。……は、い……っ。ずっと、ずっと辛くて……っ。み、みんなのっ……後輩の、ために……っ、せんぱいが、してくれた、みたいに……っ、なにか、できればって、おもってっ――でもっ、わたしには、何もできなくて……っ!!」
「……うん」
「でも……っ! それ、でも……っ。努力はっ、してきた、つもり、です……。先輩がいなくなって、ほんとに、本当に……もう、死んじゃいたいってくらい……つらかった、です、けど……っ」
ずきりと、胸が痛む。ぐわんと、殴られたように頭が揺さぶられる。
……ホシノが私を、俺を、先輩として慕ってくれていることは分かってた。きっといなくなってしまったことに、心を痛めてくれていることも。
ただ、でも――もしかすると。本当に、自意識過剰、なのかもしれないけれど。ホシノは、俺のことを……俺が自覚していた以上に、想っていてくれたのかもしれない。
俺も、ホシノと同じだ。大したことはできてない、結局ホシノを残して死んでしまった、迷惑もかけてばっかりだったと、そんな風に思っていたけれど……彼女はそんな情けない、くだらない俺を、俺が考えていた以上に、慕ってくれていたのだとしたら。
それは――俺はまた、間違っていたのかもしれないね。
「……会いたい。会いたいです、先輩……っ。わたし、私……っ!」
でも、なら、尚更だ。
これ以上間違えちゃいけない。……諦めるつもりは、ないよ。でも、諦めなければ何もかも上手くいくなんて、無責任なことは言えないよ。
「うん、知ってるよ。でも……まだ、ホシノにはやることがある。でしょ?」
「……やる、こと」
「先輩としての役目。後輩を……大切な人たちを、守ってあげなくちゃ。ね?」
「――……っ、はい。分かって……います」
私のやろうとしていることは、十中八九、ほとんどの確率で失敗する。それこそ、私がこうしてここに立っていることの方が、まだマシな期待値だろうってくらいだ。
なにせ、前提が欠けている。積み上げたものが足りない。手元にあるものは、現世に遺したいくつかのピースと、先生の存在だけ。奇跡を起こすには――何もかもが、不足している。
そんな状態で……変に期待を持たせて、それで『駄目でした』、なんて。そんな裏切りを、ホシノに働く訳にはいかない。
「――うん、流石はホシノちゃん」
俺の身体は、まだ消えそうにない。ここはちょっと『原作』と違うけれど、それは私が俺であるからだろう。……最後の賭けの、舞台に立つことは出来そうだ。
だから――『原作』のように綺麗に消えてしまえないから。俺は彼女を、送り出さなくてはならない。
ホシノの身体から、腕をほどく。抱きしめていた彼女を離して、肩を軽くぽん、と叩く。……背中を、押す。
「頑張ってね。行ってらっしゃい――」
温もりが、離れてゆく。
その背中が、少しずつ遠ざかってゆく。
……これでいい。こうすべきだ。間違っちゃいない。
ホシノは現世で、みんなを守らなくちゃいけない。俺は俺で、最後の賭けをしなきゃならない。
ろくな見送りの言葉すら言えてない。もしかすると、これがホシノと交わす最後の言葉になるかもしれない。
心残りは沢山ある。けれど――ホシノにこれ以上の傷を付けるよりは、絶対に、良い。
だから俺は、その背中へ向かって、微笑んで――。
「……う、ぇ? ユメ、先輩……?」
――微笑んで、見送った。そのはず、なのに。
「あ、あれ……? あ、あはは……ご、ごめんね、ホシノ。なんでも、ないよ……すぐ、離すから……」
「……っ。せん、ぱい? あ、え。な、んで――」
無意識に、勝手に。俺の右手は、去り行くホシノの袖口を摘んでいた。離そうとして……指が、動かない。
あれ、おかしいな……? なんで、こんな。ただ指先の力を抜いて、離して。行かせるだけで良いはずなのに、こんなとこまでバカになっちゃったのかな……我ながら、救いようが……。
「――なんで、泣いてるん、ですか……?」
「……え? あ、れ……」
左手の甲で、頬を拭う。水滴が、黒い手袋にいくつもの染みを作っている。拭っても拭っても収まらないそれは、次第にぽたぽたと、俺の胸の上へ落ちる。
俺は……涙を、流している、らしい。そう言えば、なんだか、息がし辛い気がする。
「な、なんでだろうね!? はぅ、目に砂が入っちゃった、かな。ごめんね、ホシノ。待ってね、すぐに止めるからね。大丈夫、ホシノ。ホシノは心配しないで、俺、大丈夫だからさ」
「あ、あ……っ。ゆ、ユメ、せんぱ……っ」
「し、心配かけてごめんね、ホシノ。俺、俺はさ。ほら、俺は――」
俺は、なんなのだろう。
なんで泣いていて、ホシノの手を離せなくて。何が言いたいのだろう。
頭の中がぐちゃぐちゃだ。上手くいってたのに、何もかもめちゃくちゃにしてしまった。
理由もわからないのに、涙が止まらない。ただ、なんとなく、胸の真ん中に大きな穴が空いている気がする。そんな筈は、ないのに。
空を、見上げた。赤の混じった黄金色の、陽の光が死に絶える寸前の空の色。
俺、俺は……。
「おれ、は――」
馬鹿。馬鹿だ、お前は。馬鹿野郎、言うな、絶対に言うな。
これが最後かもしれないんだぞ。だから綺麗に、未練をなくして、送り出さなきゃ駄目なのは分かってるだろ。
ホシノを俺に縛り付けるわけにはいかない、余計なことは言うな。食いしばれ、耐えろ、口を開くな。だからもう、何も言っちゃ駄目なんだよ。ほら言うな、言うな、言うな。
ああ、でも――涙が、止まってくれないんだ。
「ホシ、ノ。俺、おれ、さ――死にたく、なかったん、だよ……っ!」
「――ユメ、せんぱ、い……っ!!」
どすん、と勢いの強い衝撃。ホシノが、抱きついてきている。いろんな感情がない混ぜになったような表情で、目を見開いて、そこからぼろぼろと涙を流して。確かめるように、俺を強く、強く、折れそうなくらいに抱きしめて。
ああ、だから、黙ってないといけなかったのに。なのに、俺の手は震えていて。ホシノの肩を、握りしめてしまう。目尻が熱い。顔中を伝った涙が、唇を撫でる。薄い、しょっぱい味がする。
「死にたくなんて、なかった……! 死ぬ気なんて、なかったんだよ、ホシノ……、っ! おれ、俺は、おれは……っ! ホシノのところに、かえり、たかった……っ!」
「あ、ああ……っ! せんぱいっ……先輩……! 先輩、ユメせんぱい、なんですね……!」
「帰りたかった……! アビドスに、かえって……ホシノに、ごめんって、あやまって……! 仲直り、して……いっしょに、ずっと一緒、に……っ、生きたかった、んだよぉ……っ」
頭が、がんがんする。息がうまく吸えない。
目の奥が、頭の内側が、燃えるように熱い。眼球は弾けてしまいそうなほどで、ぼろぼろと涙が止まらない。こぼれ落ちる雫が、ホシノの髪に染み込んでゆく。
「ちが、います……っ。謝らなくちゃいけないのは、わたしの、ほうで……っ!」
「違うんだ、おれの、ほうなんだよ……っ、危ないかもって言うのは、分かってた……! もしかしたら、何か、って……! でも、俺は弱いから……っ、言えなくて――喧嘩してるのを、良いことに、言わずに、逃げたんだ……っ」
ああ、もう。ほんとに、我ながら、情けない。
言っても仕方ないこと、ホシノを困らせてしまうだけのこと。言わない方がいいって分かってるはずなのに、止められない。
だってそうだろう。こんなことを言われても、ホシノは困るだけだ。俺の自己満足、俺が楽になるためだけの告白だ。
頭じゃ分かってる。なのに――。
「うあぁぁぁっ、あ、あぁぁ……っ! ごめん……っ、ごめん、ごめんっ、ごめんな、ホシノ……っ! 悲しませて、苦しませてっ……ごめん、一人にして、ごめ、ん……っ、ぅあ、ああああぁぁ……っ!」
「先輩……いいえ、いいえ。大丈夫、です……っ。わ、たしは……ユメ先輩の、気持ちを……聞けた、だけで……っ、こうして、もう一度お話しできた、だけで……っ」
ホシノが俺を抱きしめてくれる。頭を撫でてくれている。いつの間にか、俺の膝は折れていた。さっきまでとは逆に――俺が、ホシノに抱きしめられている。
腕の中に戻ってきた、その温もりを強く、強く抱きしめる。この胸を掻き毟りたくなるような、この柔らかな体温に焦がれていた。ずっと、ずっと。
手放したく……ない。ずっと、一緒にいたいんだ。
だから――。
「こんなに――こんなに、ホシノのことが、好きなのに……っ! 大好きで、だい、すきで……っ、恋してるのに、愛、してる、のに……っ! お、れは……ホシノを悲しませることしか、できなくて……っ! 本当、に……情けない……っ!」
「――……っっっ!!?!? 〜〜〜っ!? せ、せせ、せんっ、せんぱ、ぁ、あ、ぁ……ひ、ぁ……っ!?」
涙が止まってくれない。頭を埋めたホシノの肩が、ぐしょぐしょになってしまっている。
だって、ホシノが俺の
だから――ホシノともう、会えなくなると思ったら。一度死んだ、あの時と同じかそれ以上に、怖くなってしまって。その小さな愛しい身体を抱きしめる手に、力をこめてしまう。
「いかないで、行かないでほしい……出来るんなら、ずっと一緒にいたいんだ。いっしょにいて、欲しいんだ……っ! 駄目なのは、分かってる、分かってるのに……! ホシノを、手放したく、なくて……!」
「あ、あぅ、ぁ、あっ、あっ、ゆ、ユメっ、せんぱっ、あっ」
泣いて、泣いて。泣き続けて……言ってしまった。本当に――これだけは、伝えちゃダメだったのに。
だって、そうだろう。俺は、私は、
二年前の昔は、死ぬ可能性があって。今は、奇跡が起きる保証もなくて。今も昔も、変わらず――消えて、ホシノを悲しませてしまう可能性のある存在なんだ。
そんなものが、ホシノの心を占めて良いわけない。いつか消えてしまうかもしれないけど、愛してるから伝えたいなんて――そんな、我儘。いずれ先生が現れるって分かってるのに、自己満足でしかないだろう。
ホシノだって……ちょっとツンツンしてるけど、優しい子だからさ。好きだって伝えたら、悩んでくれるかもしれない。けどその後、俺が死んでしまったら――絶対に、気に病むはずだ。自分が気持ちに応えなかったから先輩は一人で行ってしまったのかもしれない、って。
今は、ホシノに抱きついちゃってるから顔は見えないけど……合わせる顔がない、ってのはこういうことだろう。だから、絶対に言うべきじゃなかったのに……本当に、情けない。
「ぐ、ず……っ。ん、はぁ……ごめん、ホシノ。びっくりさせたよね。ごめんね」
「ぁ、う……ひ、は、い、ぃえ……っ」
「自分勝手すぎた。言うつもりも無かったんだ……ごめん。忘れてほしいな」
「……ぅえっ!? な、なっ、いや、それは……っ」
「って、言っても無理か……だよね。はあ、つくづく迷惑をかけちゃうな……」
「な、違っ、め、迷惑じゃ……っ」
「うん。引き止めちゃって、ごめんね。ホシノにはまだやる事がある、もう止めないから――」
「……〜〜っっ!! あ、ああ、あああああっっ!! もうっ!! せ、先輩っ!!」
「わ、っ」
「い、良いですかっ!? わ、私からも言いたいことがあるんですっ! 良いですよねっ!?」
ホシノちゃんがわーっと叫ぶ。ちょっとだけびっくりした。
抱きしめていた腕から力を抜いて、身体を離す。向かい合ったホシノちゃんの顔は、目尻がきりっとしていて……馴染みのある、つんとした顔つきになっていて――それでいて、この黄昏の光の中でもはっきりと分かるほど、頬から耳の先まで、真っ赤に染まっていて。
ゆるっとした、今の顔も可愛いけど……やっぱり、このつんつんした顔も好きだから。愛しくて、頬っぺたをつつきたくなって、笑ってしまう。
「すー……はー……、すー……っ、はぁー……っ。……よ、よし」
「……? え、っと……あの、謝るとかなら、別に――」
「――私はッ!! わ、私は、私も……ッ、せ、先輩のことが――好き、です」
――ぅ、え? あ、れ?
「……ずっと、ずっと好きでした。先輩と同じです。人として、とか。先輩として、じゃなくて――私は、小鳥遊ホシノは、梔子ユメ先輩に恋をして。ユメ先輩を、愛しています……!」
な、ぁ……? 言われた言葉が、頭に入ってこない。ぐわんぐわんと頭が揺れている気がする。なんだか、急に、顔が熱くなったような。
目の前の、ホシノの顔は真っ赤だ。唇を僅かに開いて、浅く呼吸を繰り返して、胸元をぎゅっと抑えながら。
青と金の綺麗な瞳が潤んでいる。おそらく、苦しみや悲しみの涙ではない、また別の何かによって。
ホシノが――私を、俺を? それは、それ、は――。
「――な、なんで……?」
ブチッ。
――なんだか分からないけれど、この感覚には覚えがある。盛大にやらかしちゃった、そんな時と同じ背筋の冷たさを感じる。
どどどどど、ごごごごご、と、怒りの燃える音が聞こえてくるようだ。
「――ええ、ええ。分かってました。先輩、私の気持ちにまるっきり気付いてくれてませんでしたからね。言わなかった私が悪いのは、はい。その通りでしょう」
「あ、あの、ほ、ホシノちゃ――」
「でも。私のことは棚に上げます。言わせてくださいね、ユメ先輩」
ホシノちゃんは――すぅっ、と息を吸い込んで。さっき以上に顔を真っ赤にして、怒りと……たぶん、照れ隠しみたいな感情を込めて。
「――朴念仁っっ、唐変木っっ、鈍感っっ……ああ、もうっ、この――クソボケユメ先輩めぇっ!!」
「わ、あ、ひ、ひぃぃぃぃんっ!?」
飛びついてきたホシノに押し倒される。コンクリートの地面に背中を打ち付けるけど、キヴォトス人はこんなことでは怪我しない。
私は――俺は、まだ、何が起こったのか飲み込みきれていなくて。ホシノちゃんはと言えば……やっぱり、耳まで真っ赤にしたまま、私の胸に顔を埋めていて……ちょっとだけ、そこから顔を出して。
赤い顔のまま、じとっとした目で、私を睨みつけてきて。それが……やっぱり可愛くって、くすっと笑ってしまう。
「……そういうところですよ、先輩。まったく、もう……」
「あ、あはは……ご、ごめんね? で、でも……なんで、私なんかを……?」
「先輩は。……何も、誰も信じられなかった頃の私へ、手を差し伸べて優しくしてくれました。プライドと、猜疑心ばっかり強くて……素直になれず、優しい言葉も、善意も、跳ねつけていた私を……それでも慈しんでくれました」
「……うん」
「先輩はいつでも強くて、優しくて。このキヴォトスの誰よりも強いのに、その力を暴力に振るわなくて……誰かを、何かを守るためだけに使ってて。危ない時は、率先して前に出て、盾を構えて……私を包み込んでくれるように、守ってくれて。そのくせ、自慢げにちょっと笑いますよね。やったぞ、って」
「はぅ……そ、それは、そうだね……」
「格好良くて好きなんです、先輩のそういう顔」
……まずい。これは、ちょっと、恥ずかしいな。
ホシノから目線を外しそうになって……両手で顔を掴まれる。ホシノの手が、冷たくて気持ち良い……いや、これは俺の顔が熱くなってるだけ、だろうか。
「普段の、柔らかくて温かい笑顔も。あの黒いコートを着た時の、凛々しくて頼もしげな笑顔も。全部好きです。先輩が笑ってくれること、先輩と一緒に笑うこと。それを見るたびに、全部……貴女に、喜んでほしいって気持ちで一杯になるんです。それを抱けたお陰で……私は、誰かを、貴女を、信じる、大切に想うってことがどういうことなのかを、理解できたんですよ」
「……ホシノ」
「こんなの……もう、好きになっちゃうに決まってるじゃないですか」
ホシノがそっと、身体を預けてくる。……その身体を、優しく抱きしめ返す。
……ホシノ。君はそう言ってくれるけど、やっぱり、俺も一緒なんだよ。ホシノがいたから楽しかった。ホシノと一緒だったから、一人じゃなかったから、私は、俺は、
「……先輩。好きです、大好きです。愛してます、どうしようもなく、先輩に恋してるんです」
「……うん。私も……俺も同じだよ、ホシノ。俺は君のことが、大好きだ。心の底から、君に恋して、君を愛してる」
「嬉しい、です。……分かります、私が想像するだけの先輩なら、絶対こんなこと言ってくれないから、貴女は本当にユメ先輩なんだって」
「うん。……あのね? 私は、あの雷バチバチのでっかい奴に殺されて、その後……幽霊になっちゃってね。色々あって、ホシノの中にお邪魔しちゃいました」
抱きしめ合いながら、ぽつりぽつりと言葉を交わす。時折指を絡めて、頬をくっつけて擦り合わせて。お互いの存在を確かめるように、触れ合って。
そして、俺の目と、ホシノの目が、ぴったりと合う。
「先輩。ユメ先輩。私の大好きな人」
「ん、何かなホシノちゃん。俺の大好きな人」
「っ……ああもう、やっぱり勝てないですね。……先輩のこと、本当に大好きで。先輩と……その。りょ、両思い……っ、になれたことは、凄く嬉しいです」
「うん、分かってるよ、ホシノ」
「――でも」
「うん。でも、だよね」
「私、そろそろ行かなくちゃ。……腕、離してくれますか。先輩」
「……うん」
両腕から力を抜いて、ホシノを解き放つ。ゆっくりと立ち上がるホシノは、俺から見ても名残惜しそうなのを隠さなくて……でも、しっかりと立ち上がった。
差し出してくれた手を取って、引き起こしてもらう。……力、強くなったね。
これも、私の知らないホシノちゃんだ。二年前より、ずっと強くなっていて……ここまで歩いてくるのに、どれだけ怖かったことだろう。
ふと、言葉が零れ落ちる。
「……ね、ホシノちゃん。未来って……怖くない?」
「随分と……急ですね。でも、分かりますよ。……どれだけ順風満帆でも、そのまま何もかも上手くいくなんて保証はありません。どう頑張ったって、明日なんて分かりっこない。良いことなんか一つもない、真っ暗な中を歩いていかないといけないかもしれない」
「……うん、そうだね」
「でも――」
ホシノちゃんは、先輩、と笑って言ってくれた。
「一人じゃなければ、大丈夫なんです。……アビドスのみんなと、歌を作ったんですよ。『手繋ぎ進めば怖くない』、って。だから……たとえ怖くても、私たちは歩いていける。そう思ってます――まあ、私は。そんな後輩の手を振り切ってしまったので……きちんと、謝らないと駄目なんですけどね」
「ふふっ……後輩は好き勝手する先輩に苦労させられる、って分かってたのにね?」
「……面目次第もありません……」
ああ、そうだ。こうやって――ちゃんと、昔を思っても、今を大切にして。後輩たちのために未来へ進めるのが、ホシノちゃんなんだ。
寂しいけど、辛いけど。それが、嬉しい。そんな、分かりきっていたことを、思い出した。
思い出して……ホシノちゃんに、むぎゅっと頬をつねられた。
「……また妙なことを考えてるんじゃないでしょうね、ユメ先輩」
「ほ、ほぇ?」
「確かに私は、みんな――シロコちゃん、ノノミちゃん、セリカちゃん、アヤネちゃん、あと成長したシロコちゃん。それと、助けに来てくれたヒナちゃんとミカちゃんと……先生のために、戻ります。けど、ですね」
「……けど?」
「先輩を置いていきたい訳じゃないんです。……出来るものなら、無理やりにでも連れ帰りたいんですからね」
「あ、あはは……顔に出てたかな?」
「ありありと。顔中に『私、寂しいです』って」
「はぅ……ま、まあその通りだけど……でも、だよね」
だから、手を離せる。今度は正面から、ホシノを送り出せる――けど。
人のことは言えないじゃん、ホシノ。そっちの顔にも、寂しいですって書いてるよ。
「……一緒には、来れないんですか」
「そう、だね。でも――ね、ホシノちゃん」
「? ……なんですか、先輩」
私はさ、考えなしのあほあほ先輩だから。
都合のいい奇跡とか、楽観的な予測とか、そんなのを信じちゃうような、ダメな先輩だから、さ。
“うん。だからユメのわがままを、聞かせてくれるかな。”
わがままを、言わせてもらうね。
「ホシノちゃんは、さ――あと一度だけ、奇跡って信じられる?」
「――はあ?」
あ、あれ? ホシノちゃんがすごい顔をしている。
怒るでもなく、笑うでもなく……こう、こいつは何を言っているんだ、みたいな顔だね。
わ、私、そんな変なこと言ったかな……?
「……はあ。あのですね、ユメ先輩。もう、こうして先輩と言葉を交わせていること、それ自体が奇跡みたいなものでしょう」
「う、うん……だ、だからあと一回――」
「一回あったんです。二度でも、三度でも、何度でも起こるに決まってます。……そうでしょう?」
ふいっ、とそっぽを向いたホシノちゃんは、耳どころか首元まで真っ赤になっていて。可愛いなあ、と口元が緩んでしまう。
「流石ホシノちゃん、天才さんだね。……うん。なら……もう一回、奇跡をお願いしてて欲しいな。私も、頑張るからさ」
「……構いませんよ。ただ――」
ホシノちゃんが振り返る。私が何を言う間もなく、ずいっと顔を寄せてくる。昼と夜の色をした瞳が、僅かに潤んできらきらと輝いていた。
ネクタイと、肩を掴まれる。不意打ち気味に、強い力で上半身を引き寄せられた。
よろけた私の頬に、手が添えられて。真っ赤なホシノの顔が近付いて――。
「――――…………っっっ!?!?!!?」
「ん……」
唇に、柔らかい感触。甘い香り。
一瞬だったような、永遠だったような。くらくらとした頭じゃ、受け止めきれなくて――ただ、どれだけ俺がポンコツだとしても、分かる。
ホシノに、キスをされたってことは。
「――ぷ、はっ。……やっぱり初めてだと緊張しますね、先輩。……先輩?」
やばい。まずい。顔があつすぎる。えっ……えっ。顔が、頬が、いや顔だけじゃない、頭の先から足の先まで、全身が震えて、熱を持っているようだ。
緊張して、ホシノの顔が直視できないのに――意地悪で、悪戯げで、そして得意げに笑うその顔から、目が離せない。
「ほ、ほ、ほし、ホシノっ、い、いま……」
「初めて、ユメ先輩に勝てましたね。まあ、不意打ちですけど……ふふ。先輩がそんなに慌ててる顔、初めて見ました」
ゆっくりと、そんなホシノの笑顔が薄れてゆく。黄昏色の空も、見渡す限りの砂漠も。
ここはホシノの心の中のような場所だ。だから、ホシノの心残りが解消されて……歩き出せるようになったなら、消えるのは道理だ。
――それにしたって、消え方ってものがあると思うけどね!?
「こ、後輩がずるいっ……! か、勝ち逃げだよぉ……!」
「最初に勝ったままいなくなったのは先輩のほうじゃないですか。でもまあ、先輩がそれを勝ち逃げだって言うんなら――」
光が眩しさを増してゆく。それを背に、穏やかに、けれどちょっと生意気に笑った彼女は、見惚れるような美しさで。
それでいて――笑ったその目尻から、きらきらと、涙を流しながら。
「――
輝きが臨界に達する。視界が白で塗り潰される。瞬間、全身が鎖を巻き付けられたように重く、怠くなる。
世界は一瞬で、夕映えの砂漠から真夜中の砂漠に変わっていた。近くには、倒れ伏すミカちゃんとヒナちゃん、膝をつくアビドスの面々。その後ろには、シッテムの箱を抱えた先生。
正面には、束ねた雷を正に放とうとしている――斜め一文字の傷跡が残ったままの、『セトの憤怒』。
……あれが放たれれば、何もかも終わりだろう。私を含めて、みんな消し飛ばされてしまう。
『だ、駄目です、もう! う、わあああああっ!?』
「――みんな、ごめん! ……大丈夫っ!?」
「ほ……ホシノ先輩っ!? 元に、戻って……?」
「うへ、みんなのお陰だよ。ここまで迷惑かけちゃったのはおじさんのせいだし……ほんとは、ちょーっと合わせる顔もないって感じなんだけど、ね」
でも、と。そう言って、ホシノは盾を構えて。
「それも棚に上げちゃって――まずは、お前だよ。よくも私の大事な後輩を、友達を、先生を傷つけたな」
「痛っ、つ……ぁ、小鳥遊、ホシノ……? そう、戻って……」
「柄じゃないんだけど、名乗りでも上げようか――あの人らしく、ね」
「……ん、ホシノ先輩、完全復活? なら……私たちも、立ち上がらないとだね」
ホシノちゃんの盾の後ろに、シロコちゃんとノノミちゃんが。アヤネちゃんとセリカちゃんが。そして、もう一人のシロコちゃんが立って。私はそれと入れ替わるように後ろに下がる。先生の側まで来て――とすん、と尻餅をついた。
脚の先のほうが、薄くなっている。
「……アビドス高等学校、三年生。出席番号は一番、好きなものはアビドスのみんなと先生、あとは助けてくれる人たちと、お魚……!」
「あらあら……♪ 良いですね〜、私たちも考えてみませんか? それで、覆面水着団をやる時に名乗るんです!」
「ちょっ、ノノミ先輩何言ってんの!? 嫌よ、っていうかアビドスの名前出しちゃダメじゃない!」
膝をついたまま、ずりずりと這って先生の足元へ。背中を預けるように、白いコートを翻して立つ彼へもたれかかる。
「役職は、アビドス生徒会、副会長。でも、今は――アビドス廃校対策委員会の、書記っ!! ……だよね、アヤネちゃん?」
「わ、わ、わぁっ!? お、お返ししますからっ、それは……!」
「んや、良いよ良いよ。ってな訳で――”アビドス廃校対策委員会”、小鳥遊ホシノ、参上ってね。さあ――覚悟しなよ、怪物っ!!」
口の端が、上がってしまう。ホシノちゃんに、大切な人が出来たことで――あと、誤魔化してはいるけど、キスされた余韻が全然消えてくれないよ!
未だに熱の引かない頬に手を当てて、苦笑する。それでいい、今は誰にも顔を見られないのだから。
――『触れているのなら、声を届けられる』。つまり今、私の声はただ一人、先生にだけは届くってことだ。
戦闘中だ、あんまり注意を逸らし過ぎる訳にもいかない。時間を取りすぎる訳にもね。
だから、そう。こう言う時は、こう言うべきだ。息を吸い込んで、『神秘』へぐっと力を込めて。
『――先生っ! ちょっと、お時間お借りしますねっ!』
私は、そう声をかけた。
次話投稿予定――8月16日、0時!