【本編完結】TS転生クソボケユメ先輩(死亡済・幽霊)が原作のn倍ホシノの脳を焼いていた話   作:死刑囚

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「あの場所は約束の最中」、
「この場所が永遠の彼方」。
そして――というお話。

『溜めに溜めたカタルシスを解放する時の描写はどれだけ盛ってもいい』っておばあちゃんが言っていた、ような気がする。
ので盛りました。

それはそれとして、お気に入りが一万件超え!
UAも70万目前で誠にありがとうございます!
お待たせしてしまいましたが……それではどうぞ!


梔子ユメ限定ピックアップ募集「この未(さ)来(き)も足跡は数多(あまた)」

 

 目を、開ける。

 目を開けることが、できる。

 ぱちぱちと目を瞬かせる――周り一面七色の光に包まれていて、なんにも見えないね!

 体感的には、多分数秒くらい。光の中で、ぎゅっと手を握る――指の先まで血の通った、確かな触感が返ってくる。

 息を吸える。口の中は、ちょっと湿っているけれど緊張でからからだ。そう……私は緊張している。全身の強張りが、それを如実に伝えてくれる。

 手足に血が巡る。焼けた空気の匂いが鼻をくすぐる。風に髪が靡く。そして――どくどくと、心臓が、鼓動している。

 複製(ミメシス)としての仮初の身体じゃない。思い出の中の再現された身体じゃない。何より――時間とともに少しずつ、自身の存在が削れてゆく感覚が欠片もない。

 一個の生命として、一人の人間としてこの世界に認められ、そして立っている感覚。それが、全身を満たしている。

 記憶に欠落はない。忘れていることもない。私は俺で、俺は私だ。それはきっと――地下生活者、彼の言葉を借りるなら『過去は変えられない』ってことだろう。

 これから先、私に『先生』としての権能はない。使えていた施設なんかも反応しなくなるだろうし、出来ていたことが出来なくなることもあるだろう。

 けれど……それでもこうして、生きている。

 

「……よし、行こっか」

 

 大きく息を吸って、光から一歩踏み出す。

 戦況は――不利かな。先生は制約を解除して、全力で指揮に回っているようだ。けれど今は、ホシノちゃんが盾を展開して、太い光線を防いでいる状態。反撃に転じる、転じないの前に、まずは防ぎ切らないといけない。

 威力は――万全のホシノちゃんなら、防ぎ切れるだろうね。今のホシノちゃんでも、みんなのためにって力を振り絞ったら必ず大丈夫。だけど……頑張れるのと、疲れちゃうのは別だもんね。

 やっぱり、後輩を助けるのは先輩の役目だ。

 そうして、近づくために視線を下ろして――。

 

「あっ」

 

 怪我をして、戦線には参加していない二人。指揮をする先生の近くにいる二人。ヒナちゃんとミカちゃん。

 ばちーんと、二人と目が合っちゃった。ばつが悪くって、ちょっと気まずい。苦笑して誤魔化そうとして、二人の目に涙が溜まっていることに気がついた。

 ……ああ、やっぱり、心配させちゃったよね。

 

「――……う、そ……? これ、は……夢……?」

「ごめんね、お寝坊に遅刻のツーアウトってところかな。だけど……もう大丈夫。私に、任せておいて」

「ッ!! ぅ、あ……! ぁ、はい、……っ!」

「うん。……今、三年生だっけ? 今までよく頑張ったね。それに、アビドスのために戦ってくれてありがとう。お礼はちゃんとするからね」

 

 ぽろぽろと涙を溢し、何度も頷くヒナちゃんの頭を撫でる――思った以上にふわふわだ! うーん、気持ちいい。ヒナちゃんも守らなきゃ、って気合いのボルテージが一段上がる。

 そして、もう一人。白くて可愛いお姫様、ミカちゃんは……ぽろぽろどころか、わんわんと号泣していた。

 

「うぁ、ぁああぁんっっ!! ずるい、ずるいよっ! こんな、こんなタイミングでさあ、助けに来てくれるなんて、さ……っ! う、うぅぅ……っ!」

「あはは……返す言葉もないや。……知ってるよ、ミカちゃんもとっても頑張ったんだよね。また、聞かせて欲しいな。何が辛くって、でも……何が楽しくて、嬉しかったのかをさ」

「っ……飽きて寝ちゃうまで、嫌ってほどお話ししてあげるんだからね! だから、だからさ……あんなの、ぶっ飛ばしてきてよ!」

「おっけー、お姫様。アビドスには、多分お菓子屋さんは残ってないけど……何か探すから、今度お茶会しよっか」

 

 ミカちゃんの頭も撫でる。そしたら一層、泣くのが激しくなっちゃって……申し訳なさと、それでもこの熱を感じられる嬉しさが湧き上がってきてしまう。

 我ながら自分勝手な先輩だ。けれど……それでも、みんなを守りたいって気持ちは嘘じゃなくて。気合いのボルテージが一段上がる。

 そうして前に進んだところで、唯一の後衛……アヤネちゃんが此方を振り返る。たぶんミカちゃんの泣き声が気になったんだろう、振り返って、そして私と視線がぶつかる。

 

「……え? アビドスの、制服……? でも、こんな方、私は……」

「ホシノちゃんの後輩だよね。ごめんね、遅まきながら助けに来たよ。たったひとりくらい、って思うかも知れないけど……ホシノちゃんと同じくらいは強いから、安心してね!」

「!? あ、貴女は、まさか……!?」

 

 肩を叩いて、その脇を通り過ぎる。向かう先は、前衛(STRIKER)集団だ。

 最後尾、『あっち側』のシロコちゃんとすれ違う。信じられない、と目を見開き、しかし何故だか納得したようにうんうんと頷いている。

 

「……ん。ホシノ先輩が反転から戻って来られるなら、大先輩はそれ以上のことが出来てもおかしくない」

「あはは……私はみんなに助けてもらっただけだよ。まあ、ホシノちゃんもそうだけど……。さ、そろそろ反撃だよ。準備しておいてね」

「私もアレには鬱憤が溜まってる。任せて、ボコボコにする」

 

 ぱん、とハイタッチをして前へ。気分がいい、気合いのボルテージが一段上がる。

 まあ、反撃と言っても今の私には武器も盾も無いんだけどね! ……うーん、どうしようか。必殺ユメキャノンは力を使いすぎるし、ホシノちゃんから拳銃だけでも返してもらうべきかな? 私のショットガンは多分、学校に置きっぱなしだろうし。

 うんうんと唸りながらさらに前へ。次は、まだ膝もついていない後輩たち三人――セリカちゃん、ノノミちゃん、そして『こっち側』のシロコちゃん。やはりと言うべきか、真っ先に気付いたのはシロコちゃんだった。

 

「……!? 誰!?」

「誰か、と聞かれたら……先輩、かな? あんまりにも遅くなりすぎて我ながら恥ずかしいけど、助けに来たよ」

「はぁ!? 分かりきった嘘言わないで! 私たちの先輩はシロコ先輩とノノミ先輩、ホシノ先輩だけよ! まあ、先生が呼んで助けに来てくれたのかもだけど……あんたなんか知らないわよ!」

「――……い、いいえ、セリカちゃん。この方は、もしかして……っ」

「……三人とも、すっごく強くて元気だね。良いガッツだよ! ――今日まで、ホシノちゃんを支えてくれてありがとう。これからも、お願いね」

「ッ! やっぱり、貴女は――!」

「うぇ!? な、何!? ノノミ先輩、知ってるの!?」

 

 三人の脇を通り過ぎて、前へ進む。後輩に格好悪いところを見せられないなって、気合いのボルテージが一段上がる。

 ……進むにつれて、ばちばちとスパークの音がうるさすぎて、後ろのみんなの声はもう全然聞こえなくなってしまった。そして、この前にいるのはただ一人。この嵐をたった一人で受け止め続けている、私の後輩。

 それはきっと、とっても痛くて辛いことだろう。盾を翳すこと、立ち続けることの重みは、私が充分知っている。

 だから、もう。

 一人で頑張らなくても良いのだと――やっと、その背中に追い付いて、言える。

 

「まだ、まだ、まだだ……! 私の後ろにはみんながいるッ、みんなを守らなくちゃならないんだ……っ! 雷の十本だろうと、百本だろうと……! 私は、私は、絶対に――!」

 

 声が、聞こえる。もう姿が、そこに見える。どん、と突き立てた盾を震える腕で掴んで、倒れないように必死に踏ん張っている。

 桃色の髪は風に靡き、その端々は雷光に焦がされて変色してしまっている。よく見れば傷だらけで、砂まみれだ。

 でも。

 それでも。

 

「負、け、る、もんか、ぁ……ッ!! わ、たしは……! 梔子ユメの、後輩で、ぇ……っ!! みんなの、先輩っ、なんだ、ぁ……ッ!!」

 

 光の中、誰かのためにそこに立つ彼女の背中が、あまりにも綺麗で――そっと、その手に、手を重ねた。

 

「お待たせ。カッコいいよ、ホシノ先(・)輩(・)」

 

 ばっ、と振り返る彼女に、出来る限り不敵に、にっ、と笑ってみせる。

 私の、俺の姿は、君の目にどう映るだろうか。願わくばまだ、頼れる先輩であれば良いのだけれど。

 

「――え、っ……?」

「そして、なら、私は――小鳥遊ホシノの先輩だ。久しぶりに――カッコいいところ、見せなきゃね!」

 

 重ねた手に力を籠める。死んでる間、『神秘』はずっと垂れ流しになってたとはいえ、その時その時で出来る限りの全力は出してきた。死ぬ前になら、セトの憤怒との戦いで本気も出してきた。

 けど、今みたいに。

 頼れる仲間がたくさんいて、後を託せる後輩がいて。何の制約もない状態で『神秘』をぶん回して『本気の、全力』を出すのは――ビナー戦以来? いや、あれもゲヘナの子たちを巻き込み過ぎないようにしないとだったから……実際のところ、いつ以来だろうか。

 覚えてないけど、まあいいや。

 今はただ、この全身に満ちる力のままに、みんなを守るだけだ。

 

「――私は二度と墜えない。私は二度と、翳らない。私なんかを見てくれる、たくさんの光がある限り」

 

 私の中のボルテージが、私の『神秘』の出力を跳ね上げる。増幅された『神秘』の溢れ出す感覚が、私の感情を更に昂らせる。二つがぐるぐると混ざり合って、際限なしに力が噴き出してゆく。

 

「道の見えない闇夜にも、遥か明るい真昼にも。ずっとそこにあるような、ずっと側にいるような――」

 

 総身から溢れる力を、ただ只管に盾へと注ぎ込む。

 ホシノが今まで築いてきた盾を支え、そして覆って。もう大丈夫だよ、と伝えるように。

 きゅいん、きゅいん、きゅいん、と。何度も何度も、『神秘』の弾ける音が響き渡る。

 

「だから私は――もう、手の届かないお月様なんかじゃないッ! みんなと一緒に、見果てぬ未来に手を伸ばす――ひとりの人間なのだから!」

 

 だから、私は。そう、そんな――!

 

「――"真昼の空の月の(・)よ(・)う(・)に(・)"ッ!!」

 

 私は神様でも、お月様でもない。ただ、誰かに寄り添う人でありたい。そんな願いを込めて、その名を呼ぶ。

 裂帛の気合いを込めて、盾を突き出した。イメージするのは大きな、大きな、大きな盾。私の守りたいものすべてを包み込む、そんな盾。

 ――青い風が、吹き抜けた。

 

「みんな――もう大丈夫だよっ!!」

 

 私を。ホシノちゃんを。シロコちゃん達、アヤネちゃん、ヒナちゃん達、そして先生まで。全員を包み込む渾身の障壁で以て、その攻撃を受け止める。

 威力はある。けれど、今の私を貫くには全然、まったく、まるで足りない。受け止めたそれへ向かって、足を踏み出す――そのまま、盾を天へ向かって掲げ。私の大切なものを脅かす雷を、天へ向けて撃ち返した。

 

「空、が……」

 

 雲を吹き飛ばして、砂嵐を掻き消して。全力を出した甲斐あって、何もかもを吹き飛ばして綺麗な夜空が見える――そして、白みかけた地平線も。

 ……さて。言っちゃった以上、カッコつけないとだね。思いっきり息を吸って、大声を出す。世界の果てまで聞こえるように。

 

「――アビドス高等学校、三年ッ! 出席番号は繰り上げで一番、好きなものはアビドスと後輩たち、友達たち、みんなを助けてくれた先生と――そのみんなが暮らす、この世界(キヴォトス)ッ!」

 

 『セトの憤怒』は――硬直している。ばちばちと雷光を纏って発光したまま、ただ中空に佇んでいる。

 警戒か、驚愕か、あるいはその名の通り、憤怒なのか。意思疎通も出来ないそれから、読み取れる意思はない。けれど、ならば――お前にも、教えてあげる。

 私は、俺は、此処にいると。

 

「私は、旧アビドス生徒会、生徒会長ッ……梔子ユメ!! これ以上、私の後輩たちを傷つけさせやしないよっ!」

 

 瞬間、稲光が走る。私の胸の中心を狙って。けれど、いつかの日ならともかく。こんなに万全なのに、そんな一撃を喰らってやる必要はない。

 盾を装備した左腕を振る。ぱぁん、と軽い空気の炸裂する音と同時に、巻き起こった風が砂を吹き飛ばしてゆく。

 

「ゆ、め……せんっ、ぱい……?」

「うん。正真正銘、複製品でも幽霊でもない本物のね。……随分と、ほんとに随分と待たせちゃったけど……さっきの約束、果たしに来たよ」

「っっ……ぅ、あ……っ!」

「こら、ホシノちゃん。私も同じ気持ちだけど、まだハッピーエンドにはちょっと足りないよ? あいつを追い返して、みんなで明日を迎えなきゃ」

 

 抱きついて来るホシノちゃんの頭を一度だけ撫でてから、叱咤する。本当に、本当に、ほんっとうに……名残惜しいけど! でも、私たちは先輩なのだ。後輩を守らなくちゃいけない。

 ホシノちゃんだって、そんなことは分かってる。ぐい、と袖口で目元を拭うと、すぐに離れて立ち上がった。

 

「っ、ぐす……っ。は、い。そう、ですね……すみません、先輩」

「ううん、ホシノちゃんなら大丈夫って知ってるから。……で。さて、と」

 

 盾を構えたまま、顔だけで振り向く――いくつもの視線が私に突き刺さる。ぽかんと呆けた顔、驚愕の顔、安堵の顔、自慢げな顔。表情は様々で、しかし一様に私に注目している。

 ……しかし残念ながら、みんなに伝えないといけないことがある。極めて重大かつ喫緊の事項だ。これが無きゃ始まらない……即ち。

 

「……ごめーーーーん!! 私いま銃も弾薬も持ってないから戦えないーー!! 私だけじゃ勝てないから、みんな助けてーー!!」

 

 こっちを向いてたみんなが一斉に、どどどっ、とずっこけた。視線の質が、一気に統一されたような気がする。

 なんだかとっても懐かしいなあ、こういうの。無性に嬉しくなってしまう。

 

「う、うへっ、先輩!? ちょっとはこう、カッコ良いのが保たないんですか!! なんでこんな、みんな先輩に鼓舞されてるところで情けないことを!」

「……あの人、なんかすっごい強そうな雰囲気で出てきたのに拍子抜けというか……」

「……ん」

「ほ、ほらぁ〜! セリカちゃんとシロコちゃんが呆れた目で見てますよぉ、先輩ぃ〜!」

「あ、あはは……で、でも事実だし……ウソつく方が悪いしさ、ほら、ね……?」

 

 もう一度障壁を展開して、散発的な雷を防ぎながらホシノちゃんと話す。とはいえ、セリカちゃんと、そして『こっち側』のシロコちゃんは間違ったことは言っていない。

 物理的な攻撃手段を持っていない、ってのもそう。けれどそれ以上に、私は一度あれに殺されているのだ。その有様で、あとは全部私に任せて……なんて言えばしない。

 私に任せて、ってのと私だけに任せて、ってのは違うことなんだね!

 

「……うーん、仕方ない。タンク以下の置物にしかならないけど、盾貸してくれる? まずはあいつを引き摺り下ろさないとだし……」

「……大先輩。それなら、これを貸す」

 

 ぶん、と『あっち側』のシロコちゃんが私の側に現れる。そのシロコちゃんは、あの幾何学的なワープホールに手を差し入れて何かを取り出した。

 

「うぇ? シロコちゃん? ありがたいけど、それ、は――……っ」

 

 それは。

 一挺の、ショットガンだった。

 銃身には細かな傷が無数に刻まれており、ところどころ塗装が剥げている。銃口のあたりは焦げ付いていて、ほの黒く変色している。

 手入れ自体はしっかりとされていて、見た目とは裏腹にしっかりと作動することは一目でわかる。

 まとわりついた砂で少しざらついた、白いその銃には――褪せた、桃色のラインが引かれていた。

 

「……ん。”私の”ホシノ先輩の、ショットガン。……使ってほしい」

「……いいの?」

「ん、大丈夫。他の人ならともかく……あなたなら、ホシノ先輩も喜ぶと思うから」

 

 グリップを握る。驚くほどしっくりと、それは手に馴染んだ。まるで、銃の方が私に身を預けてくれているように。

 それはきっと、私のためでもあるけれど……彼女が、後輩を守るために手を貸してくれているのだと、私はそう思った。

 

「シロコちゃん」

「何? 大先輩」

「ありがとう、借りるね。それと――いつかきっと、あなたの世界も助けに行こう。約束するよ、そっちの私が寝惚けてるなら、ひっぱたいて起こしてやるから!」

 

 目を見開いて、それから彼女は嬉しそうに笑った。きっとそうなってくれると良い、と溢すように。

 弾薬を受け取る。数は充分、ならば、と踏み出そうとして――。

 

「ユメさんッ!!」

 

 飛んできた何かをキャッチした。手触りは柔らかい。

 それに目を落とす――落として、にやりと笑ってしまった。どうにも私は、色んな人に期待されてしまっているようだ。

 期待は重いけど、信頼の証だ。今なお私をそう思ってくれる人がいる、ってのは、とっても嬉しい。

 

「……私、貴女に憧れていて。もう今、私は戦えないけど……せめて一緒に、連れていってください」

「え、えーっとえーっと……わ、私のも! 使ってくれると嬉しいです!!」

 

 受け取った、手の中のものに視線を落とす。

 一つは、暗色のロングコート。私の着ていた防砂コートよりも質がいい、上品なもの。装飾もきらきらしていて、首元にはふわふわのファーも付いている――端的に言えば。ヒナちゃんがいつも羽織っているコートだ。

 気を遣ってくれたのか、風紀委員の腕章だけは外されているそれをばさりと纏う。袖を通すと、少しだけ気持ちが引き締まる。

 もう一つは、淡い青紫色の髪留め。夜空を思わせる配色のそれは、星を思わせるような、きらきらとした色が散りばめられていて――これもまあ、端的に言えば、ミカちゃんが使っている、髪を纏めるシュシュだった。

 それを使って、髪を持ち上げる。思いっきり動く時には邪魔になる長髪をポニーテールに纏めれば、かちりと気持ちが切り替わる。

 

「……言うなれば、梔子ユメ――パッチワーク、ってところかな。ポッと出の俺にこれだけ託してくれる、ってんなら……ホシノの言う通り、ちょっとはカッコつけないとね」

 

 『神秘』を解き放つ。私を中心に、私の髪と同じ碧色の風が巻き起こる。靡くコートは風を受けてぶわりと広がった。

 着心地は悪くない。

 

「……もう。分かればいいんです、っていうかずっとそうしてくれるだけで良いんですけど。先輩、そうやってる時は格好いいんですから」

「いつもこれじゃ気が張り詰め過ぎてダメだよ。オンオフはきっちりしないとね――さて、ホシノ」

「うへ、なんですか先輩?」

「さっさと終わらせよう。あいつ、平気で逃げるからね。だから……翔べる?」

 

 ホシノは、嬉しげに笑った。柔らかい笑みじゃなくて、挑発的で、好戦的で、やる気満々って感じの笑顔で、この瞬間を待ってた、とでも言いたげに。

 

「忘れたんですか? 私は『暁のホルス』ですよ。お月様までだって飛んでみせます」

「流石はホシノ。じゃ、三つ数えたら行こっか」

 

 盾を持ち上げて、『セトの憤怒』へ向けて斜めに構える。盾の前面より少し前に一層、盾の表面にもう一層。『神秘』で以って障壁を張る。

 

「――先生! 切っ掛けは俺たちが作るから、指揮はよろしく……三(さん)っ!」

「二(に)ぃっ! ……うへ、先輩が指揮しないんですか?」

「分かってるでしょ、ホシノ。俺より先生の方が上手いし……何でもかんでも、俺一人でやる必要はない。……さあ、一(いち)っ!」

 

 ぐっ、と足を踏み締める。全身に『神秘』と力を巡らせ、準備をした。

 たたた、と駆けたホシノが、盾の上へ飛び乗った。そのまましゃがんで、体勢を整える。

 体幹にブレはない。全力を篭めたって問題ない……だって、そう。俺はホシノを、信じている。

 

「ゼロ――ホシノ! 俺を未来に連れて行って(Fly Me to the Future)!」

 

 渾身、盾を突き上げて――高く、高く、ホシノを打ち上げる。放たれた雷を掻い潜り、風を切り。両手に握った銃を広げて、地と空の狭間を翔ける姿はまるで隼のようで。

 ぐんぐんと飛翔したホシノは月を背にして、『セトの憤怒』の頭頂を取って銃を構えた。

 きゅいん、という『神秘』の共鳴する音――群青色の夜空と、眩い朝焼けの間に、何よりも眩い緋色の星が瞬く。

 

「――お前だけは、許さないッ!」

 

 放たれる銃弾が、竜の息吹(ドラゴンブレス)となって『セトの憤怒』を焼く。続けて引かれたトリガーと吐き出された無数の散弾が、驟雨のように奴の身体を叩く。

 金属の擦れるような悲鳴をあげて、『セトの憤怒』が高度を下げる。

 

“今だ、みんな! シロコとシロコは突撃、ドローンを展開して!”

“ノノミとセリカはそのまま、アヤネが予備の雨雲号を呼び出したからそっちに同乗! 空中から叩くよ!”

「先生、俺は!?」

“ユメは――ホシノをキャッチして、それから相手の動きを止める!”

 

 瞬間、駆け出す――無線機代わりのスマホから、先生の声が聞こえる。

 指示の通り、右、左、前。二秒後に横に跳び、そのまま砂を巻き上げて、雷を置き去りに、一足で『セトの憤怒』の足元へ。いつ、どのように走って行くべきか、それを考える必要はなかった――先生によって、何もかも伝えられるからだ。

 ……身体が軽い。蘇ったから、ってだけじゃない。先生の指揮下で戦うと、次に何をすべきか、相手がどう動くか。それが欲しい時に、欲しいように伝えられる。

 なるほど、これは――確かに、『生徒を導く存在』だ。

 

「なら、俺はあなたを信頼する――ッ!」

 

 踏み込む。踏み込んだ足で、砂漠を踏み締める。『神秘』を篭めて脚を蹴り出し、黒いコートを翻して空へ躍り出る。

 左腕を引き絞って、狙いを定める。随分と久し振りな気もするけど――練習に練習を重ねてきた技だ、外す気はしない。

 じゃらり、と鎖の擦れる音が耳に響いた。

 

「ホシノッ! 足場に使えッ!」

「せんぱ――ッ、了解です!!」

 

 射出した盾は『セトの憤怒』の胴体……いや、顔なのだろうか? 二つある顔のうち、下側にある方へ衝突してけたたましい破砕音を奏でる。

 会心の一発だ。とはいえ、それだけで奴を倒せるわけでもないが……それでいい。今回の目的は、攻撃をしたホシノの回収。命中の衝撃で跳ね上がった盾を操作して、ホシノの近くへ持っていく。

 たんッ、と軽い衝撃。回転する盾を足場に、ホシノは減速できた。

 

「……ね、ねえアヤネちゃん、ノノミ先輩……。あの人、なんかちょっとヤバくない……?」

「流石は……ホシノ先輩が、自分以上だって言う人ですね。とっても頼りになります」

 

 先生のシッテムの箱のマイクから入り込んだ声を聞いて、笑ってしまう。同時に、ヘリコプターのローターの回転する音が聞こえる。ちらりと後ろを振り返れば見慣れた、けれど初めて見る武装ヘリがある――あれがアビドスの雨雲号。

 開かれた側面のドアから、身を乗り出して射撃している後輩の姿が見えた。

 

「まだ高いな。ホシノなら、あの高さから落ちても平気だろうけど……ぶん投げた手前、迎えに行こっか」

 

 鎖を取り外した盾を折り畳んで背中へ。そのまま駆け出して――右手のショットガンに『神秘』を篭めて引き金を引く。碧色の爆炎とともに、ぐん、と身体が加速して、僅かに浮き上がる。

 そのまま、盾を切り離した、長いだけの鎖を回して――放り投げた。

 狙いは雨雲号、そのスキッド。ひゅん、と空を裂いて伸びたそれは、目的通りの場所に噛み合った。盾と結合されていたフックの部分が、スキッドをホールドしている。

 何故だか『シッテムの箱』を中心にネットワークが形成されている――後ほど知ったけど、先生が指揮をする時にその管理下に置かれるらしい――、無線代わりのスマホに口を寄せる。

 

「こちら梔子ユメ。ごめん、ちょっと揺らすよ」

“え? それはどういう――”

“待って、さっきのガチャンって音、もしかして……”

 

 返事を待たず、重心を移動させる。連結部を軸にして、加速度を乗せて大きくスイング。雨雲号が傾いて墜落する前に、連結を切り離した。

 勢いよく、身体が飛び出す。そのまま一度だけ加速して、ホシノの元へ追いついた。

 落下しながら、『セトの憤怒』へショットガンを構えている彼女の背中と、膝の裏へ手を入れて、小さな身体を抱え上げる。

 

「へ? ――う、うえ、うえへっ!? せせ、先輩!?」

「やっほ、ホシノ。迎えに来たよ」

「あ、有り難いですけどっ、こ、これっ! お、お……っ」

「っと、流石にボディタッチはやり過ぎかな。着地までだから、ちょっとだけ我慢してね!」

 

 羽根のように軽いホシノをお姫様抱っこして落下する。……思いっきりしがみついて来てるけど、高いところは怖かったのかな。だとすると、悪いことをしたかもしれない。

 もう大丈夫だよ、という意思を込めて障壁を開く。碧色に輝く光の球が俺たちを包み込み、そのまま砂漠へ落着した。衝撃は皆無だ。

 ゆっくりとホシノを下ろすと、少し顔を赤くしてざざ、と離れてしまった。

 

「あはは、ごめんねホシノ。そう、だな……先生、ホシノは回収したけどどうする?」

“うーん……ホシノはシロコたちの方へ回ってくれるかな。一斉攻撃の準備。”

“ユメは引き続き、どうにかしてあれの足を止めてほしい。……出来るかな?”

「俺はもちろん。ホシノは?」

「わ、私っ……じゃない、おじさんも大丈夫だよ先生! じゃ、あっちだね! 先輩も頑張って!」

 

 目にも留まらぬ……とまでは行かないけれど、かなりの速度でホシノは離れていってしまった。残念だ。そしてホシノは高いところが苦手、忘れないようにしないといけない。

 

「しかし……”動きを止めろ”か。無茶を言ってくれるな、俺は復帰早々なんだぞ」

 

 意図としてはきっと、放っておけばずるずると射程範囲外に逃げる奴の足止めを、ということだろう。それ自体は勿論望むところで、『神秘』を篭めてトリガーを引けば碧く尾を引く散弾が奴の装甲を叩きはする。

 けれど、それだけで足止めが出来るか、と言われれば心許ない。距離を離させない、というのなら、それこそ背後に回るべきだ。

 空になった弾倉に12ゲージ弾を装填しながら駆ける。大きく円を描いて、回り込むように。さりとて、先生たちの防御も疎かにできない――ぴ、と雨雲号を指差して、その前面に、機体全てを覆うように障壁を張った。

 視界の端で、『あっち』と『こっち』のシロコちゃん二人が顔を見合わせている。

 

「……ん、でかシロコ。あの人、もしかして強い?」

「見ただけで強さが分からないのは未熟な証。ん、ちびシロコはやっぱりよわよわ」

「こぉら〜! シロコちゃんとシロコちゃん、こんな時に喧嘩しないの〜! おじさん怒るよ〜!?」

 

 ……あっちは任せても良いだろう。ただ、肝心の奴を止める方法は――さて、どうしようか。

 目線を上げる。帯電し、そこに佇んでいる『セトの憤怒』は未だ健在。四方へと雷撃をばら撒きつつ、瓦礫混じりの荒ぶる風で自身を覆っている。

 『原作』からして、あの風の壁が『黎明を喰らう暴風』だろう。あれがある限り、俺たちの必殺技(EXスキル)は減衰させられる。

 そして、必殺技(EXスキル)とは『神秘』を多量に含んだ攻撃だ。かつての俺も、距離を取る奴へ届かせるために『神秘』を拳銃弾へ篭めざるを得ず、故にあの風に阻まれて効果的なダメージを与えることが出来なかった。

 たった一つの例外は、初手で盾を叩きつけた一撃のみ。奴の守りを貫くには――あの暴風を超えて、奴本体へ肉薄しなければならない。そしてそうでなければ、足を止めさせることは不可能だろう。

 

「……うへ、頭上を取ったから高度は維持させられたけど……ダメージが通ってるようには見えないねぇ。先生、どうする〜?」

“今は攻撃を続行してほしい! 小さなダメージを重ねて機を伺うんだ!”

“一斉攻撃のチャンスは、きっと来るはず……!”

 

 息を吸って、吐いて、戦場を俯瞰する。奴に近づくための路、行く手を阻む風、攻撃を続ける雨雲号のみんな、噴き上がり旋回する瓦礫。

 ――瓦礫、か。大小様々だけど、奴の暴風の中を荒れ狂っている物体。それは……使える、だろう。場合によっては。

 そして、それを使うためには――うん。あの時には足りなかったピースがある。そして何より……気分的に、なんとなく、いけそうだ。

 

「――ホシノッ! 嵐の壁は俺がなんとかする、寄(・)越(・)せ(・)ッ!」

「な……!? っ、ああもう! 言うだけのことはやってくださいよッ!!」

 

 目線すら交わさず、片手につけた盾を外してホシノの方へ投げる。そのまま、降り注ぐ雷へ片手を掲げ、横に薙ぐ。障壁が雷の雨を巻き込んで、霧散した。

 バリアの残り香を踏んで、高く跳び上がる――風切り音。掲げた手に、寸分狂わずそれが収まった。

 右手に握った白い散弾銃と同じ型、同じ色。違うところは、刻まれた傷と塗装の状態。それ以外は全く同じ、ホシノの愛銃。それが、左手の中にある。

 視線。ホシノの瞳が、俺の横顔に突き刺さっている。ちらりと目を遣る――その背の遥か向こうから、朝日が顔を出そうとしている。に、と笑って、俺は青い南風を背に、全身に意識を巡らせた。

 

「……ありがとう。俺は、みんなに生かしてもらってる」

 

 心臓が、強く鼓動している。そこに温かい、強い力があるのが分かる。

 地下生活者、アイちゃん。アイン、ソフ、オウル。先生、ホシノ――それだけじゃない。

 俺がいまここに居るのは、今まで関わってきたすべての人が、俺がここに立っている、立てている理由だ。

 そう思うと――ああ、無性に走り出したくなってくる。

 

「だから、今なら……」

 

 きゅいん、と『神秘』の共(・)鳴(・)する音。俺の心の裡から――ホシノの緋色(あか)が溢れ出す。

 きゅいん、と『神秘』の共鳴する音。青、金、紫。俺の心の裡から、先生が貸してくれた力の色が溢れ出す。橙はアイちゃんで、紫にはヒナちゃんもいる。手繰ってみれば、青にはアーちゃんが、藍色は……地下生活者が。赤には他にも、ミカちゃんがいた。

 きゅいん、きゅいん、きゅいん、と。その音は止むことなく、次々に色が溢れ出す。梔子ユメ(おれ)の碧(みどり)を中心に、赤から紫まで。無限の光は途切れることなく、紫から赤へ繋がって。

 揺蕩う光は、無限の七(にじ)色に輝いた。

 

「……どこまでだって、行けそうだ――ッ!!」

 

 宙を見据える。下げた両手に、ぐっと力を篭める。手の中にある二挺の同じ銃をそのままに、俺の裡から溢れる七色の光を注ぐ。

 注いで、注いで、注いで、そして光は臨界へ。きゅいん、と一際甲高い音――眼下、砂漠へ向けて引き金を引く。

 僅かな浮遊感と、それより何倍も強い反動。星のような眩い光と炸裂するエネルギー。

 まるで銃口から吐き出された、一発の弾丸のように。重力を振り切り、砂埃を巻き上げ、まばゆい虹色の光の尾を引いて、流星のように――何もかもを置き去りにして。

 俺は、何一つ遮るもののない、黎明の空へと飛翔した。

 

『……綺麗』

『肯定、します……。こんな光、見たことも……』

『流石は私たちの長姉ですね! 信じてましたよ!』

『あんた、そんな調子良いことを……まったく』

『で、でも……! 見てください、まるで本物の虹みたいな――』

 

 スマホから聞こえてきたのは誰の声だろうか。分からなかったけれど、今はどうでもよかった。

 両手の散弾銃はもはや、噴射加速器(ブースター)にして制御推進器(スラスター)だ。絶えることなく虹色の炎を吐き出し続け、指先を動かし、銃口の向きを変えるだけで俺の身体はくるくると螺旋を描き、自由に空を舞う。

 夜風を切って進むのが、火照った身体に心地よかった。

 

「分かるさ、俺も障壁(バリア)を使うんだ。それは内と外とを隔てる壁、脅威だけを防いで、自分の攻撃は通す。そうだろ?」

 

 迫る仇敵へ目掛けて、聞かせるでもなく言葉を溢す。

 かちかちと、トリガーを引いて噴炎を調節する。放たれる雷撃をバレルロールで躱す。引き金から指を離し、虹色の炎をかき消して、ふわりと風に乗る。

 目の前には暴風の壁。その中には無数の、大小様々な瓦礫――俺はただ無造作に、その石塊のひとつに足をかけた。

 拳大の、吹けば飛ぶような小さな礫。それを踏んで、高く跳び上がる。そのまま、嵐の壁の中へと突っ込んだ。

 

「だったら……! 障壁(バリア)の内(・)側(・)で敵の攻撃が炸裂するのは、嫌だよな――ッ!!」

 

 視界の端に写り込む、足場にした石塊は――揺れず、ブレず、砕けない。七色に光る膜が、それや、周囲のそれらを覆っている。

 タネは簡単だ。足場とした浮遊する岩々にバリアを張った、それだけだ。障壁に覆われたそれは、外部からの圧力である俺の踏み付けに反発し――一時限りの足場となる。

 そこまでやって、跳び上がってから――ふと、なぜ俺は噴炎を消したのかと首を傾げた。傾げて、そしてすぐに気付く……苦笑してしまう。たった十数秒、ほんの少しの間で、俺の息は荒く上がっていた。

 

「(……そりゃそうだね。俺は病み上がり、どころか死に上がりだ。そしてそれを差し引いても――こんなにも無心に、只管に『本気の、全力』をぶん回したことなんて無い。体力の方が付いていかない、か)」

 

 そういえば、疲れるなんて感覚も久しぶりだったな。身体の奥、骨の芯にずっしりと響く重さに、生きているということを実感する。けれど……それは、手を休める理由になんて、なりはしない。

 跳ぶ。跳ぶ。きしきしと疼き出す脚の筋肉に鞭を打って、高くたかく。両足を揃えて、だん、とバリアごと足場を踏み砕いて、虹色の残光を置き去りに、『セトの憤怒』を見下すところまで。

 ばちり、と頭上の雷雲が騒ぐ――トリガー。光の炸裂とともに、反動で頭と脚の位置を入れ替えてみせる。くるりと回転する、その勢いのままに更に引き金を引く。

 二回転、三回転、四回転。そのまま、右脚に力を込めた。

 膝から爪先までを、ゆらりと立ち昇った陽炎が覆う。光る脚を、天へ向けて振りかぶり、引き絞った。

 引き絞って……振り下ろす直前、ふと考えた。

 

「(――やれるか?)」

 

 これからやることは、明白だ。嵐の壁を突っ切って、思いっきりこの右脚を振り下ろす。『セトの憤怒』の頭を蹴り抜き、壁の内側で『神秘』の一撃を荒れ狂わせ、内側から障壁を爆発させて、そして奴を叩き落とす。

 言うだけなら簡単だ。けど、奴はかつて俺を殺した相手だ。その強さは分かっているし、俺が失敗すればみんなが危険に陥る。そして、俺の息は上がりかけている。

 やれるのか? ――答えはあまりにも簡潔で、明白だった。

 やれる。

 俺ならば。

 

「いい加減、にッ――」

 

 ごめんな。

 俺はお前と言葉を交わせない。話せない、意思を汲み取れない、対話できない……戦うことしか出来ない。だから、お前から伝わるこの尋常ならざる、オシリス(おれ)に対する敵意へは、攻撃で以ってしか返事ができない。

 それは悲しいことだけれど――その上で。それでも俺は、俺の守りたい人たちのために、お前を倒そう。

 

「――墜ちろッ!!」

 

 きゅいん、という甲高い音――胸の奥から、『神秘』に乗せて光が溢れる。

 振り下ろした脚が、『セトの憤怒』の頭を捉える。雷を纏った輪、ヘイローのようなそれの下の、顔のような部分。

 一瞬の硬直。宙(そら)から俺の背へ、そして『セトの憤怒』を突き抜けて地表までを、ぶわりと強い風が吹き抜けた。

 七色の光が、迸る。追い風に乗って広がった輝く炎は、瞬く間に嵐の壁の内側へ広がって『セトの憤怒』の全身を焦がした。

 拮抗はわずか。炎は――収まらない。嵐の壁の外側へ逃げられない熱と光は、加速度的にその勢いを増す。

 ただの一撃。蹴りの一発じゃ、奴の全身を砕くことはできなかった。けれど――。

 

「――今だ、先生ッ!!」

 

 黎明を喰らうその風を、引き裂くことなら、できる――臨界に達した光が、内側から弾ける。猛烈な風とともに、俺の身体もまた、吹き飛ばされる。

 眼下には……守りを剥がれ、丸裸になった『セトの憤怒』。

 好機だ。

 

“流石だね、ユメ! さあみんな、今だ!”

“全員、総攻撃開始――!!”

「ああもう、なんなのあの人!? 本当に人間!?」

「すごいですね〜⭐︎ ホシノ先輩が、あれだけ慕うのも分かると言うか……」

「い、今は全員で攻撃を! ……って、ミカさん、ヒナさん!? お怪我は……!?」

「運ばれてるだけだもの。身体を起こすことくらいは……!」

「だったら、総攻撃にくらい参加しなくちゃね……!」

 

 雨雲号から、色とりどりの銃弾が放たれる。何に阻まれることもなく、それらは真っ直ぐに奴の全身を削り砕いてゆく。

 地上からは、二機のドローンがこれでもかとミサイルを吐き出している。見る限り雨雲号もみんなも、ホシノが守ってくれたらしい。

 そしてその近くには、その頼もしくて愛しい後輩の姿が見えた。くるくると回転しながら、軽くバリアを張る。ぼふん、とそれで衝撃を殺して、俺は再び砂の上へ立った。

 がくん、と力が抜ける……びっくりした、思ったより疲れちゃってるね。

 

「着地っ!! ……っと、おとと」

「ユメ先輩っ!? どうしたんですか……って、先輩、汗が……! 何か被弾を!?」

「あはは……いや、久しぶりに思いっきり戦ったから疲れちゃってぇ……」

 

 何百キロも全力疾走した後のような倦怠感。手足はだるく、息は荒い。どこもかしこも汗だくで、膝なんかぷるぷる震えちゃってる。

 けれど――その疲れさえ愛おしい。全身を苛む疲労すら、生きているということを実感させてくれる。

 

「というか、ノド渇いちゃった。ホシノ、水筒とか――」

「「ん、(大)先輩は私の水筒を使うべき」」

「……えーっと?」

「ん、ちびシロコのは容量が少ない。私の水筒の方が大きいからそっちにすべき」

「ん、卑怯……!!」

 

 なんでか、シロコちゃんたちが睨み合っている。耳をこれ以上なくぴこぴこと動かして、どちらが私に水をくれるかで喧嘩をしている。

 な、なぜ……?

 

「うへ……。先輩、シロコちゃんって強い人が好きだからさ。先輩がカッコよくて感動しちゃったんだと思うんです、けど……こらぁ〜! まだ戦闘中だぞ、後にしろぉ〜!」

「……ん、そうする」

「……ごめんなさい、ホシノ先輩」

「それでよ〜し。……じゃ、先輩。水は私のを飲んでくださいね」

「「!?」」

 

 ずるだ、と騒ぎ立てるシロコちゃんたちを他所目に、ホシノから渡された水筒の蓋を開く。口をつけて、一気に傾ける――少しぬるくなった水が、喉を通ってお腹に落ちてゆき、からからの全身に染み渡ってゆく。

 ああ、そう言えば――俺は、乾涸びて死んだんだっけ。文字通り、生き返る心地ってのはこのことを言うんだろう。一息で全部を飲み干して、大きく息を吐く。

 

「……ぷはーーーっ!! 助かったぁ!! ホシノ、ありがとね!」

「ぁ、いえ――……っ、よ、かった、です……っ」

「? ……あ、そうだ。ホシノ、ありがとう。返すよ、それで――あと少しだけ、俺に付き合ってくれる?」

 

 くるりと一回転させて、ホシノから借りた散弾銃(eye of horus)のグリップを差し出す。それを手に取ったホシノは、首を傾げながらこちらを見遣る。

 くい、と顎でそれを指した。風の壁を剥がれ、全員からの総攻撃を受け、高度を落として――それでもまだ、雷を撒き散らして暴れている『セトの憤怒』の姿を。

 

「……ええ、そうですね。追い返すにはあとひと押し、ってところでしょうか。なら――」

「――うん。今のアビドスは、私たちの後輩の活躍するところだけど。先輩として……アビドス生徒会として、ちょっと良いとこ見せよう」

 

 ホシノと、ぴったりと背中を合わせる。覚えていたよりも幾分か大きく、高くなった身長に、喜びが湧き上がってくる。

 ホシノは右手に、俺は左手に。同じ型、同じ色の銃を構える。鏡写しに正反対に、けれどぴったりと銃口を揃えて、その先を『セトの憤怒』へと向ける。

 きゅいん、という『神秘』の高まる音――それが二つ。俺の碧色と、ホシノの緋色が、溶けて混ざって青く透き通る。

 

「ね。名前どうしよっか? 一撃必殺ユメホシキャノンとか?」

「絶対に嫌です。……簡単で分かりやすいもので良いでしょう?」

「えー。せっかくならカッコいいのが良いな、俺は。それとも、せーので言ってみる?」

「……揃わなくても文句言わないでくださいよ、ユメ先輩」

 

 せーの、と声を揃えて。何一つ言葉を交わさずとも、何と叫べば良いのかは分かった。

 だって、ここまでの道、ここまでの足跡。決して綺麗なだけの道程じゃなかったし、迷って止まったこともあった。

 正解なんて、選び続けられるものじゃない。俺もいくつも間違えたし、ホシノは多分、『原作』とは関係なしに、二年前に死んでしまった俺よりももっと……迷って間違えただろう。

 けれど、それでも、ここまで歩いてきた。諦めずに――じゃない。諦めても、それでも、歩いてきたんだ。

 だからこそ、これまでと、これから。俺たちの足跡のすべて。

 それに、名前を付けるならば――!

 

「「――『比翼連理の軌跡』――ッ!!」」

 

 最後の引き金を引く。

 二つ並んだ銃口から光が解き放たれる。それはいつかのように空を裂き、天地の狭間を駆け抜けて流星となり、いとも容易く『セトの憤怒』の中心……雷を放つ黒い球体を撃ち抜いて、その全身を光に呑み込んだ。

 

「……夜、が――」

 

 甲高い、金属の擦れるような音が耳をつんざく。無数の爆発。嵐を纏い雷を振り撒く『神々の星座』、その全身が端から粉々になってゆく。組成もわからない金属でできた腕輪、双角、そして二つの仮面。それらが吹き飛び、意味を成さない破片となって砂漠へ突き刺さってゆく。

 ……絶望的な巨大な影が傾き、薄れ、そして――。

 

「――明ける」

 

 雲も嵐も吹き飛ばして、一際大きな光の奔流が天へと立ち昇る。

 その最中で、もはや半壊したそ(・)れ(・)は雷の束となってどこかへ逃げ去ったけれど。それは如実に、この結末が何であるかを叫んでいるようで。

 瞬間、光が弾けた。なのに、それよりもっと強い眩しさに目を細める。

 

「……は、ははは……あはははは! ホシノ、ホシノっ!! やったよ、俺たち――」

 

 肺いっぱいに空気を吸い込む。ひどく、清々しかった。

 だってそこには、俺たちの未来を阻み続けたものは何もなく。

 

「――勝ったんだよ!!」

 

 ただ視界の果てにまで広がる、朝焼けに燃える砂の地平線だけが、そこにはあった。

 

「あ……、っ。勝っ、た……? ――っ、ゆ、ユメ先輩っ!! せん、ぱ――」

「やったよぉ〜〜〜!!」

「――もがっ!?」

 

 ホシノに抱きついたら、勢い余ってそのまま砂漠に二人して突っ込んでしまう。べしべし、と腕を叩かれるけど――ぐぅぅぅ、と思いきり大きな音がお腹から鳴ってしまった。

 そう、ぶっちゃけてしまうと、もう体力がぎりぎりなのだ。

 

「あ、あはは……ごめんホシノ、もう疲れすぎて立てないや……喉渇いた、お腹すいたぁ〜〜!!」

「もがーーーっ!? もがもが、もがっ、もがーっ!(ユメ先輩――っ!? 私も余裕ないんですけどっ!? って……ぁ、ユメ先輩の香りが久しぶりに……ってそうじゃないっ!! 先輩どいてください、先輩っ!!)」

 

 もがーっ、と叫んだホシノにごろんと転がされる。二人並んで、砂漠に仰向けになった。

 遠くからは、雨雲号のプロペラの音。あるいは近くには、シロコちゃんたちが走ってくる音。

 

「ぷはっ!! っ、はぁ、はぁ……はあ、もう。なんだかもう、いろんな言いたかったことが吹き飛んだ気がしますよ」

「あはは……ご、ごめんね? ホシノ」

「……うへ。いいえ、いいんです。昔と全然、変わらなくて。でも、先輩のいない二年間は確かにあって……だから。いま、先輩がここにいる、ってことが――っ、確かに、分かって……っ」

「……うん」

 

 仰向けのまま、ホシノと手を繋ぐ。顔を傾けると、ホシノもこっちを見つめていた。きらきらと、朝日を受けて輝く綺麗な瞳から、はらはらと涙を流しながら。

 

「……あは。ホシノ、泣いてる」

「先輩も同じですよ、もう……」

「うぇ? ほ、ほんと……?」

 

 涙を拭おうかと思ったけれど、もう手も動かす気力がない。このままでいいや、と笑った。

 みんなの声が近づいてくる。吹き抜ける、朝の風がとても心地よい。そこで、ふと……言っておかなければならなかったことを思い出した。

 

「……ね、ホシノ。その……色々とさ。ごめ――」

「いいえ。……違います、先輩。そんなことじゃなくて……っ、その……っ」

「……はは。やっぱり俺はダメダメだなあ。……じゃあ、もう一回。ホシノ」

「はい、ユメ先輩。なんですか」

「……ありがとう。それと……ただいま!」

「ッ……ぅ、あ……っ! ぅ、うへっ……おかえりなさい、ユメ先輩――……っ!!」

 

 夜の色と、朝の色の入り混じる、透き通った空を見上げた。

 一面に広がる、どこまでも続く青色の中で――月と太陽が、並んで輝いていた。





梔子ユメ復活ッ!!!!

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