TS転生クソボケユメ先輩(死亡済・幽霊)が原作のn倍ホシノの脳を焼いていた話 作:死刑囚
いやあ……長いこと日刊一位に居座らせていただいたり、総合評価10,000pt以上を頂いたり、たくさんのお気に入りやここすきを頂いたり……本当にありがとうございます。
それはそれとして、みんな骨無しチキンのセトくん大好きで笑っちゃうんですよね。
というわけで、今回はホシノパート。
失敗した。
失敗した。
私はまた――失敗した。
みんなを守ろうとして、私が先輩なんだからしっかりしなきゃって思って、それで……その結果が、これか。私と先輩を食い物にしていた悪い大人にまた踏み躙られて、私と先輩が――いいや。私と先輩と、シロコちゃん、ノノミちゃん、セリカちゃん、アヤネちゃん……アビドスのみんなで、なんとか返してきた借金も、あんなものはただのお遊びだ、と言わんばかりにまた増やされて。
私のせいだ。私はやっぱり、何もできない馬鹿のまま。先輩がいなくなったあの日から、何も進歩しちゃいない。
もし。もしも――、
「――先輩だったら、どうしたのかな」
話し合いから入ったのかな。みんなが戦うのを止めたのかな。あるいは先輩でも、私と同じように、どうしようもなかったのかな。もしかしたら……先輩なら、あの理事とも友達になって、なんやかんやで全部を丸く納めたのかも知れないね。
私には分からない。けれど、ただただ自分が情けなくて。先輩のことを侮辱されてすら、何も言ってはいけなかったあの時の自分が憎くて、憎くて。それで……
『迷惑かけちゃって、ごめんね。偉いぞ、ホシノちゃん』
……あんな情けない、幻聴を聞くなんてね。うへ、自分のことだけど女々し過ぎるんじゃないかなぁ。
先輩はもういないのに。そんなことは分かっている。あの人に手を伸ばしたって、二度と届くわけがない。でもあの幻聴は、なぜだか本当に先輩が言ってくれたような気がして――それで、ここに来てしまった。
今はもう、使う人のいない仮設ガレージ。旧館一階の、使っていない教室をいくつかぶち抜いて改装した、ずっと鍵をかけたままの部屋のうちの一つ。
カーテンを開ける。透き通った暗い星空。差し込む青い月光に、それが照らされている。
――先輩のバイク。大きな黒い車体に、砂漠を走るための太くてごついタイヤ。車体にはユメ先輩の髪と同じ色のラインがあって、後部には後付けのトランクボックスが三つ。
先輩と私で作った――と、あの人は言い張っていたが。実際のところはほとんど私が作ったみたいなものだ。ユメ先輩はおとぼけだから、『バイクを作ろうと思うんだよ!』なんて、そこら中から誰も見向きもしないガラクタを集めてきては磨いて。ただ、それを取り付けようとしては失敗して、部品を壊したり爆発させたり。
焦げ焦げになって泣きべそを掻くユメ先輩を見かねて、結局私が組み上げたバイクだ。
「……んふっ、うへへ。……先輩、出来ないことばっかりだったなぁ」
あの人のことを思い出すだけで、心が少し軽くなる。同時に、心臓のあたりがずきずきと痛くなるし、切なくてつらくなるし。私の胸の中心に空いた風穴は、そこに何もないはずなのにずっと軋んでいるけれど。それでも、私の足を、心を、軽くしてくれる。
私はバイクに近寄って、それに触れる。冷たい。当たり前だ、もう何年もエンジンをかけていないのだから。
だって、これはユメ先輩のバイクだ。私はいつも後ろに乗せてもらって、先輩の身体に抱きついて。あの人の、大きな背中にしがみついたまま、色んなところに連れて行って貰っただけ。これは……誰かを、どこかへ導けるような人の乗るべきもの。私みたいな、連れて行ってもらう側の人間の乗るものじゃない。
うへ、まあ、身長的な意味でも……ちんちくりんの私は、これに跨っても足がつかない、ってこともあるけどね。
「……先輩」
冷たいバイクに身体を寄せて、座席に頭を預ける。重い車体はずっしりとしていて、私一人が寄り掛かったところで倒れもしない。そのまま座面におでこを押し付けて、一人。そのまま、デザインセンスもへったくれもない場所に貼り付けられた、名前シールを指でなぞる。
先輩お気に入りの、ピンク色のラメでキラキラしたシールに書かれた『梔子ユメ』の文字……先輩の手で書かれた、先輩の名前。私はバカだから、なんて言って、あっちにもこっちにも、全部の持ち物に自分の名前を書いてたっけ。
「先輩――」
借金は膨大で、もはや返すアテはない。
払い切れないとなれば、いよいよ、私たちはここを……アビドスを追い出されるだろう。けれど、それは許されない。いや……違う。私が、嫌だ。
先輩から受け継いだものを、先輩が遺したものを、私は何も遂げられていない。ユメ先輩と過ごした学校を、シロコちゃんやノノミちゃんと駆け回った学校を。アヤネちゃんに、セリカちゃんを迎えて……みんなで、力を合わせて頑張ってきた学校を、奪わせるわけにはいかない。
けど、どうやって? ――いや。私には、私にだけは、一つ手がある。喫緊に迫った危機を、一先ずだけは遠ざけて、みんなに託すだけの時間なら、用意できる選択肢が。
あいつ……黒服の、誘いにさえ乗れば、私が耐えさえすれば。
そしてきっと、私は耐えられるだろう。だって、それがどんなに苦しいことであっても、それは私にとって一番苦しいことじゃないから。でも、それで――それで、良いのか?
『――ホシノちゃん、私たちは――ただ◼️管、苦◼️◼️◼️、苛◼️◼️て……歯を◼️◼️◼️ばって、◼️をゆ◼️◼️て生きて◼️くため◼️◼️まれ◼️◼️じゃないよ』
先輩の声が、脳裏にこだまする。何故だかその声を思い出すと、胸の空洞がずきずきとするけれど。思い出さないといけないと理解しているのに、息ができないほど喉が締め付けられて思い出せないけれど。
『ホシノちゃん。先輩って言うのはね――』
ああ、でも。先輩はこうも言っていたっけ。だったらやっぱり、私がやらなきゃ。
ひどい矛盾だ。ユメ先輩は私に、◼️◼️◼️◼️なんて言うくせに、私が心からそう生きるために必要なものが無いことを、考慮してくれないんだから。
はあ、もう。……先輩は、本当、に。
「先輩――ユメ、先輩。……会いたい、です。寂しいです、先輩っ、なんで、居なく――ッ……!」
覚悟を、決める。
私の声は誰にも届かず、夜の向こうに消えてゆく。
涙は落ちない。ただ、バイクのシートを握りしめた手にだけ力が籠る。
目の奥だけを燃えるように熱くして、私の記憶は、過去へと遡ってゆく――。
◆
「ユメ先輩」
「はいぃ……」
「なんで正座させられているのか、分かっていますか?」
「ひぃん……」
アビドス自治区外縁、他領――ここからだと、D.U.あたりにほど近いため、まだ少し活気の残る街で。ユメ先輩を捕まえた私は、そのまま先輩をアスファルトの上に正座させてお説教していた。
「分かっていますか、と私は聞いているんです。ユ、メ、先、輩」
「ひ、ひぃん……! ホシノちゃんが怒ってるよぉ……!」
怒らない訳がないだろう。この、後輩に正座させられてひんひん泣いている私の先輩が、今度は何をやったのか知れば。
人の気も知らないで、一週間も……心配するこっちの身にもなってほしい。先輩がいくら強くったって、それだけで安心できるほど、私は強くないんだからさ。
「……で? 何をやらかしたんですか」
「や、やらかしたって訳じゃなくて……その、まず、お茶菓子とお茶っ葉が切れてたから買い物に来たんだ。そうしたら、声をかけられて……」
「……誰に、なんと?」
ああ、もう。今回はこのパターンか。
だいたい結果は分かってしまったけれど、先を促す。この人は全く、毎回毎回同じような……!
「うん。事業を継続するためにどうしてもお金が足りなくて、百万円貸してほしい……って」
「…………それで?」
「え、えぇと……アビドスのお金は使えないから無理ですー、って言ったら、その人が提携してる職場で一週間働いたら、百万円になるからって……」
ブチッ。頭のどこかで何かがキレた気がする。なんで怒っている側が深呼吸して、心を鎮めないといけないんだ。でももしかしたら、まだ、本っっっ当に少ない可能性だけど、ここから別の話に派生するかも知れない。詐欺だって気づいた先輩が、一週間かけて治安を改善していたとか、そんな。
「そ、それでね! 働いて援助してきたの! ちゃんと三食ご飯は出たし、職場の人も喜んでくれたよ!」
「せ、ん、ぱ、い……!?」
「うひぃ……ほ、ホシノちゃんすごい顔になっちゃってるよ……!?」
「誰がそんな顔にしたと思っているんですか――ッッ!!!!」
「ひぃぃぃ……んっ!!」
私の絶叫と、先輩の悲鳴が通りに響き渡る。流石に大声を出しすぎて、店先に店主さんたちがぞろぞろと顔を出してきて……私たちを見ると「ああ、なんだいつものやつか」みたいな顔で引っ込んでいく。
ああ、もう。誰にも彼にも顔と名前を覚えられてしまっている。どの店に買い物に行っても、いつも声をかけられる。先輩と一緒なら微笑ましげに、一人なら……今日は先輩と一緒じゃないのかい、なんて。
もうそんな風に覚えられてしまうくらい、私とユメ先輩はセットで知られてしまっていた。
「はあ……もう、全く先輩は、いつもいつも……」
「ご、ごめんねぇホシノちゃん……でも、端数の三万五千円は大丈夫って私にくれたし……」
「そういう話じゃないんですよ!!
はっきり言ってしまえば、ユメ先輩だって分かっているはずだ。
先輩は確かにバカでお人好しで、困っているって言われたら誰にだって手を貸してしまう人だけれど――愚かな人ではない。無能でも、間抜けでも、考えなしでも、人を疑うことを知らないってわけでもない。
ただ――その上で。自分が騙されているかもしれないと、分かった上で。
「そ、そうかもしれないけど……もしかしたら、本当に困っている人かも知れないでしょ? なのに、誰も助けてくれないのは……よくないと思って」
「だから! ユメ先輩ばっかりに、そんな困っている人が集まる訳ないでしょう! 騙しやすいって思われてるんですよ!」
「ひ、ひぃ……で、でも! そうと決まった訳じゃ……」
これだ。
先輩は、自分が騙されているかもしれない、嘘を吐かれているかもしれない、と考えた上で。それでも、その人を……信じて、手を貸してしまう。結果的に自分が裏切られようとも。得るものなんて無く、失い続けるばかりだとしても。
「『最初から人を信じないより、信じてから裏切られる方がいいよ』……でしたっけ。もう何回聞いたかも分からない先輩の言葉ですけど」
「! そ、そう! そうだよホシノちゃん! いやぁ、ホシノちゃんが分かってくれて嬉しいなぁ……」
……まずい。心臓がうるさくなってきた。
この人はもう、叱られている筈なのに、こうしてすぐにぺかぺかと笑い出すのだ。こっちの気も知らないで。毒気が抜かれるというか……この人は、本当に嬉しそうに、楽しそうに笑うものだから……うん、きっと、見ているこっちが恥ずかしくなってるだけなんだ。多分。
「ん゛っ……。だ、だいたい、もしそうだとして……ユメ先輩が、わざわざ助ける必要はないでしょう! 私たちには、誰かを助ける余裕なんてない――本当なら、私たちの方が助けてほしいくらいなんですよ!?」
「……うーん。それは……違うんじゃないかな、ホシノちゃん」
「ッ……違う、と言うのは?」
そんな、先輩の気の抜けた笑顔が変わる。朗らかなものから、どこか見守るような、諭すようなそれに。……ほんの少しだけ、ばつが悪い。
人の良さそうな、ちょっとぽやっとしたいつもの顔に真剣さを滲ませた先輩が、口を開く。
「確かに、私たちは困ってるよね。学校の借金は減らないし、生徒ももう二人きりだし。キヴォトスで一番、とまでは言わないけど、結構有数の困ってる生徒だと思う」
「そのうちの一人である私を困らせているのは先輩なんですけど」
「うぐっ……そ、それは置いておいてね。それで、私たちはとっても困ってるけど……でも別に、私たち以外にも困ってる人はいるでしょ?」
「それは……まあ、そうですね」
……アビドスほど絶望的な学園は無いだろうけど、トリニティの内輪揉めもゲヘナの無法さも昔から変わりない。そこで困っている人たちだっている、というのは否定はできない。
ただそれが、先輩の人助けになんの関係があるんだろうか。
「ううん。生徒だけじゃなくて、大人の人たちもね。みんなそれぞれに困り事があって、みんなそれぞれに自分の困難を助けてほしいって思ってる」
「だからなんだって言うんですか。大なり小なり……困っていることなんて、誰でもあるでしょう」
「そう、だから。助けてほしい、って人がみんな、誰かに助けてもらうことだけを希望してたら……誰かを助ける人は、この世界からいなくなっちゃうよね」
「それは……」
「だから、誰かに助けてほしい私たちは……まず誰かに手を差し伸べて、助けてあげなくちゃいけないんだよ。助けてほしい、って辛さが誰よりも分かるんだから。誰かから貰うことばっかり考えてたらいけないっていうのは……わかるよね、ホシノちゃんなら」
「……はい、ユメ先輩」
理想論、綺麗事だ……とは、言えない。他人のことなんてどうでもいいから、自分たちだけ得したいなんて――その言い分は、私たちを苦しめるカイザーの連中と同じだからだ。
そしてもしも、そうやってアビドスが復興したとしても……いつもユメ先輩が言っている通り、それは私たちの望むアビドスでは、ない。
「そうやって、みんなを助けていけば。きっといつか、アビドスにだってみんな戻ってくるだろうし、私たちが助けたうちの誰かが、今度は私たちを助けてくれるかもしれない。……みんなで助けあって、みんなで幸せになるほうが、きっと良いでしょ?」
「……先輩のそれは、程度が行き過ぎてるんですよ」
「えへへ……それは、ごめんね。でもあの人、あんまりにも困ってそうで……」
「はぁ……もう良いです、先輩。立ってくださいよ」
脚がじんじんするよぅ、なんて半べそを掻きながら立ち上がる先輩。その先輩から、さっきの凛々しさはもう感じられない。
ちょっと勿体無いな、なんて思いながら……私は、ふと。
「……その、ユメ先輩」
「ん? どうしたの、ホシノちゃん」
「ユメ先輩は、私が困っていたら助けてくれるんですよね」
「当然だよ! まあでも、私が困らせちゃう以外に、ホシノちゃんが困りそうなことって無いかもだけど……」
この人は……なんというか、私を過大評価して、自分を過小評価する傾向にある。
……きっと分かっていないのだろう。私が貴女のことを、どう思っているかなんて。
毎回毎回、貴女に挑む私を思い切り叩きのめしておいて。そのくせ『やっぱりホシノちゃんは強いね!』なんて、心の底から言ってきて。貴女以外なら誰にだって負ける気はしないのに、貴女にだけは勝てる気がしない、なんて私が思っていることなど。
強くて格好良くて、綺麗で優しい、そんな貴女が――アビドスを見捨てて、訳知り顔で賢ぶっている住人どもから。
人がいないのを良いことに、押し寄せてくる不良どもから。
私たちから、これ以上を奪おうとする大人どもから。
そして、おそらくきっと、この人にすべてを押し付けて、悠々とどこかへ逃れていった元生徒会のクズどもから。
武力や腕力だけの話じゃない――あの時、無愛想で、失礼で、乱暴で、誰にも手を伸ばされなかった私に、ただ一人手を伸ばしてくれた貴女が。貴女の本当の強さを知らないすべてから、侮られ、見縊られ、嘲笑されていることが、私には――耐え難いことだ、というのも。
きっと、分かっていないのだろう。
「それも、先輩の言う――」
――その瞬間、遠くでどかん、と爆弾の音がした。
「な、爆発音――」
「ホシノちゃん、私先行ってるっ!!」
「――って、ユメ先輩!?」
振り向いたその瞬間には、アスファルトに靴跡を刻んだユメ先輩は駆け出していて既に遠く。慌てて追いかけると、続々と戦闘音が聞こえてくる。アサルトライフルの発砲音に、いくつかの爆発物と怒声、そして悲鳴。
戦闘音から察するに、どこかがどこかに襲撃をかけているらしい。攻め手のほうが数が多く、襲われている側はかなり劣勢のようだ。
飛び出していた先輩が、クリアリングも無しに曲がり角を曲がる。それと同時に、だんっ、と地面を踏み締める硬い音。恐らくは思い切り跳んだのだろう、そして。
「――その
……はあ、とため息をつく。ショットガンに弾丸を装填しながら、先輩を追って角を曲がる。様子を伺う必要はない、敵が何人いようとものの数ではないのだから。
そうして、私の目に飛び込んで来たのは――ヘルメットを被った不良集団と、マスクをした不良集団が、見慣れたカイザーの現金輸送車を庇って盾を掲げる先輩へ、無遠慮に弾丸を撃ち込んでいる光景で。
分かってはいたけれど、視界が、怒りで赤く染まる。
「――お前ら、よくもッ!」
「ちょっ、待ってホシノちゃんっ! 優しく戦ってあげてね!?」
「……ホシノ? お前もしかして、あの小鳥遊ホシノか!? や、やべえ……!」
「おい、早くあいつ倒せよ! 金だけ持って逃げりゃいいだろ!?」
「やってるんだけど効いてねえんだよ! なんであんなに硬いんだよ、あの盾の女! って、ちょ、待――」
私から視線を切って雑談なんて、良い度胸をしている――スケバンの頭にショットガンを突きつけて、引き金を引く。倒れたやつに用はない、その身体を力任せに、ヘルメットの集団の方に投げ飛ばす。
周りのスケバンどもが私に銃口を向ける。遅い。ユメ先輩の何倍も遅い。固まった連中に引き金を引いて、纏めて吹き飛ばす。残った連中は、まだいるけれど……。
「片方だけ、ってのも平等じゃないしね」
「お、おい撃て! 撃――」
先頭で、指示を出していたヘルメットどものリーダー格の頭へ駆け寄って……そのまま、ヘルメットのバイザーへ膝蹴りを叩き込む。そいつを踏み台にして跳び上がって、頭上を通過しながら残った弾をばら撒く。
……緊張感のかけらも感じない。やられるなんて思えない。一回の交錯で、ヘルメット側も半分ほどを昏倒させた。
「で、まだやる? 先輩から『優しく』って言われてるからそうしてやるけど……続けるって言うんなら、これ以上優しくはできないよ」
「……くそっ」
敵意の一つでもぶつけてやれば、連中は悔しそうに銃を捨てた。先輩の方を見れば……特に、問題は無さそうだ。盾の後ろから、腰を抜かしたカイザー職員と、撃たれて蹲っている兵士が出てくる。
……少し、心がざわめく。不快だ。不良とカイザー、どちらも私たちにとっては、アビドスを脅かす敵。勝手に戦うんなら、放っておいても良かった。
「ふぅ……助かったよ、ホシノちゃん。ありがとね」
「いえ。……それより、襲われていたのはカイザーグループの……現金輸送車ですか」
「そうだね。で、襲ってたのは……知ってる? ホシノちゃん」
「どうせ他所の学区から流れてきて、不法に住み着いている不良でしょう? こいつらの顔は見たことないですけど、そんなところじゃないですか」
「……そっか。うちの……なら、そうだよね」
そう、放っておいても良い相手なのに。
だけど、先輩は。その場に盾と拳銃を放り捨てて。
「――カイザーコーポレーションの皆様。この度は、アビドス学区内で襲撃事件に巻き込んでしまい、誠に申し訳ございませんでした」
――は?
なんで、ユメ先輩が頭を下げているんだ。先輩は何も悪くないだろう。悪いのはそもそも不良どもだし、何より頭を下げた相手は……私たちからすべてを奪おうとするカイザーだろう。
先輩は、腰を折ったまま頭を上げない。
「つきましては後日となりますが、正式に謝罪に伺い――」
「何をやっているんですか、先輩!?」
思わず叫んだ。
ぐつぐつと、怒りが湧き上がってくる。
理解できない――いや、理解は、できる。先輩は、アビドスの生徒会長だ。発言だけなら先輩のそれは正しい。
トリニティでは正義実現委員会が、ゲヘナでは風紀委員会がいるように、かつてのアビドスにも治安維持のための部隊はいて……そして、それを統括するのは生徒会長で。だから、学区内で起こった揉め事に外部の人が巻き込まれたって言うなら、責任を取れる人が謝るのは、正しい。
正しいけれど……私の感情が追いつかない。なぜユメ先輩が、こんな奴らのために頭を下げているんだ。なぜユメ先輩は、悪くもないのに、いつもいつも貧乏くじを押し付けられるんだ。
怒りが、私の口を衝き動かす。
「先輩の謝ることじゃないでしょう!? 悪いのはそいつら……不良じゃないですか! それに
「
ぞっ、と。
頭の先から、足の先まで。たった一言で……血の気が引いた。威圧されたわけでもなく、怒鳴られたわけでもない。けれど、先輩の叱る声に……私の怒りは、掻き消される。
「……まあまあ、ユメさん。そちらの……小鳥遊ホシノさんの仰ることは尤もです。我々の方こそ、助けていただいたのにお礼の一つも言わないですみません」
「いえ、そんな……学区内の治安保全もアビドス生徒会の仕事ですし……」
先輩と親しげに話す、カイザーの職員。彼が空気を変えてくれたおかげで、落ち着くことができた。……落ち着いたからか、ふと気付く。ユメ先輩と会話している職員も、横で手当を受けている兵士も、
先輩は、気付いたから止めに入ったのか? ……たぶん違うだろう。たまたま襲われていたのが知り合いだっただけの筈だ。
「大変でしょうに、立派にやっておられますよユメさんは」
「いえ、まだまだ……生徒会長って立場も、望んで就いたものですし。もっと頑張らないと――さて、と」
先輩がこちらへ振り向く。私は、その目を直視できずびくりと震えてしまう――けど幸い、先輩の目線は、意気消沈している不良たちに向いているようだった。
「えーと、不良のみんな? って、言い方は……あんまり良くないけど、ごめんね。えっと、なんで現金輸送車強盗を仕掛けたのか教えてくれる? 多分、お金が足りなかったんだとは思うけど……」
「……そうだよ。あたしとこいつはミレニアム、こいつらはトリニティ。カリカリヘルメット団の連中は……」
「……ゲヘナ」
「だ、そうだ。取り締まりが厳しくなりやがって……メシも食えずにこんな何もないところに逃げてくるしかなかったんだよ」
……改めて、不良たちの格好を見てみれば……確かに、どこか薄汚れている。制服もよれているし、持っている銃も整備不足のように見える。
けど、追い出されるようなことをしたのは自分たちだろう。自業自得の果てに、私たちのアビドスで暴れないでほしい。
「
「……ああ、そうだよ。噂じゃ恐ろしく強いチビがいるって話だったけど、こんな寂れた学区にゃ誰もいないと思ってな……まあ、噂は現実だったわけだけど」
「どうせあたしらは……どうなるんだろうな。元の学区に連れ戻されて、そこで捕まるんスかね。……はあ、もういいや。呼びなよ、ヴァルキューレでもなんでもさ」
「え? うーん、そうだよね……反省はしないといけないし……」
まあ、妥当なところだろう。矯正局に行くほどの被害を出したわけでもないし。悪事は悪事だが、内容自体はよくある強盗だ。普通に送還されて、補導されるだけだと思う。
その後のことは……もう一度ドロップアウトするのか、復学するのか。まあ、そこまでは私には関係――
「よし、決めた! 君たち、帰りたくないんでしょ? じゃあ
「――、は? え?」
「あ、その前に、まずはシャワーだよね? あとはご飯! まずは暖かくしてお腹いっぱいにならないと、どうするかも決められないだろうし――」
「ま、ちょ、ちょっと待ってください先輩!?」
――いきなりなんてことを言い出すんだこの人は!?
ほら見てくださいよ先輩、不良もみんな目を白黒させて……って、なんで私があいつらの側に立って擁護してるみたいになってるんですか。
「え、どうしたのホシノちゃん? あ、もしかしてご飯が先の方が良かったかな……?」
「ふざけているんですか!? 彼女たちは――あ、いえ、その。いきなりのことで混乱しています。私も、ですけど……」
また激発しかけた感情を飲み込んで、口から溢れそうになった言葉を差し替える。
不良たちが、揃いも揃って勢いよく頷いている。それもそうだろう、現金輸送車を襲撃したら、なぜかご飯とお風呂が出てきたわけなのだから。先輩の……そう、奇行に慣れている私でも驚くのだから、彼女たちが驚かないわけはない。
「え? うーん……わざわざ言うことでもないかなぁ、と思ってたけど、そっか。ええとね――君たちって、仲良いんでしょ? スケバングループの子たち同士と、ヘルメット団? の子たちは。こんな砂漠にまで流れてきて、それで出来た仲間なんだから、当然だよね」
「……だったら何だってんだよ」
「うん。だったら、友達同士を引き離すのは良くないよね。それをして喜ぶのは――貴女たちを引き剥がす側だけ。貴女たちの心には、それじゃ何も残らない」
「はん。情けでもかけるつもりかよ」
「ちょっと違うかな。情けっていうよりは――先輩としての責任、ってやつだね」
先輩が、穏やかで愛しげな笑顔を浮かべる。
「ほら君たち、ほとんどが一年生で……そっちの貴女たち二人と、赤いヘルメットの子。二年生って君たちだけでしょ」
「!? わ、分かるのかよ……!?」
「もちろん! 私は三年生だからね、学校は違えど……後輩のことなんだから、分かるに決まってるよ」
それに私、アビドスの生徒会長だし……! と豊かな胸を張る先輩。……ちょっと胸がもやもやする。
先輩の言っていることは立派だし、正しい。でも、それは直視したくない何かを突きつけられるようで。
「君たちだって、君たちの後輩のためにどうにかしようと思ってアビドスにまで来たんでしょ? やったことは褒められないし、そこは叱られないと駄目だけど……君たちの気持ちまで、踏み躙りたくはないんだ」
「……うっす」
「お互い先輩同士だし、気持ちは分かるからね。それに、
困惑の感情が広がってる。
ま、そうだろうね。こんなところに落ち延びてくるくらいだし、他所でもあんまり良い扱いはされてなかったんだろうってことくらいは私にも分かる。疑う気持ちも。
だって普通の人は、無償で差し出された善意を。それも、初対面の人のそれを信じることなんてできないから。……しょうがないから、私が助け舟を出す。
「安心していいよ。この人、底抜けのお人好しで善人だから。人を騙すとか出来ないタイプなんだよ」
「えへへ、ホシノちゃんに褒められちゃったね!」
「褒めてないですけど!? 一週間で百万円ぶんのタダ働きさせられたのをもう忘れたんですか!?」
不良たちの困惑の感情がドン引きの感情に変わった。マジかこいつ、みたいな目線がユメ先輩へ集中している。
気持ちは……うん、痛いほどわかる。私も信じられないもん。でも……そうやって、しょぼくれ返っている先輩に毒気を抜かれたのか、空気が弛緩していって。
そうして遂に、不良の一人が口を開いた。
「……あー、その……すんませんっした。その、迷惑かけて……」
「私に言うことじゃないよ。この人たちに謝らなきゃ」
「っす。あの、すみませんでした。怪我させた分は働いて返しますんで……」
「分かってくださったのなら結構ですよ。ただ、反省して同じことは繰り返さないでくださいね」
……ちょっと、目を疑う光景だった。
さっきまで血走った目で銃を向け合っていた相手が、穏やかに話し合って、頭を下げあっている。
不良たちは、みんな申し訳なさそうな顔で。カイザーの大人も、怒るでもなく、見下すでもなく、その謝罪を受け取って。
そしてきっと、その中心にいるのは。
「! あ、そうだ! みんな、反省したらアビドスに入学しない!? 今生徒が二人しかいなくて!」
「ッ、せんっ――」
「借金は八億円くらいあるんだけどね!」
「すんませんっす、ちょっと勘弁してくださいっす」
「なんでぇ!?」
不良たちが笑い、カイザーの大人も笑う。先輩だけがひんひんと半べそを掻いている。
咄嗟に口籠った言葉は、形になる前に消えていった。私は今――何を、言おうとしたのだろう。それすらも、私は理解できなかった。
柔かに別れを告げ、走り去る現金輸送車を見送って。一列に並んで頭を下げていた不良たちは、この場を離れてゆく。そのままの足で、ユメ先輩に指定された区画に向かうのだろう――何故だか、今の彼女たちが、先輩を裏切って逃げ出すとは思えなかった。
……先輩は、どこか気の抜けた、やり遂げた感の溢れる笑顔で服の泥を払っている。私は――
「――ユメ先輩」
「ん? どうしたの、ホシノちゃん」
「『先輩』って、なんなんですか」
「――ぅえ!? なな、なんのことかな!? 私!? 私は梔子ユメだけど……?」
「そうじゃなくって! ……先輩がさっき言ってた、先輩の責任とか、そういう」
「あ、ああ、そういう……」
……何か既視感のある慌て方だ。あれはこの前、私のプリンを勝手に食べてしまったのを隠そうとした時の慌て方と同じだ。
少しじとっ、とした目を向けてしまう。……ただ、今聞きたいのは、先輩が今度は何をつまみ食いしたのかじゃなくて。
「『先輩』って言ったって、たった一年か二年、先に生まれただけでしょう。それだけで、何が違うんですか? ……私には、わかりません」
何が分からないのか……それを口に出すことは出来なかった。自分でも、何が分からないのか、分かっていなかったから。けれど、ユメ先輩は笑って私の頭を撫でてくれて。
「うん。実を言うとね、私もそんな、偉くてすごい答えを持ってるわけじゃないんだ。ただ私が、こうありたいなって思ってるだけでね」
「それは、どういった?」
「……そうだね、いい機会だし……でも、あんまり大したことないから、期待しないで聞いてね? ホシノちゃん。先輩って言うのは――」
先輩自身、自信はないのだろう。目に迷いと思考を浮かべながら、けれどはっきりとした声で、私の顔をまっすぐに見据えて。
「――
「……それが、ユメ先輩の思う……?」
「うん。一歩前を歩くってことは、歩いていく道を選んで、拓くってこと。だから先輩には、その道を示した責任がある。そしてもし、選んだ道で何かあったら……盾を翳して、みんなを守らなくちゃ。その盾が、例え自分の身体だったとしてもね」
今の私には、先輩のその言葉は眩しくて。直視できないままに、目を逸らした。……ふと、疑問が蘇る。別に聞かなくてもいい、ちょっとした疑問。さっき聞こうとした、おそらく答えの決まり切っている疑問だ。
多分、この先輩は『こう』だから。答えもそうだろう、と予測して、口を開く。
「……そう言えば、ユメ先輩。さっきの話です。私が困った時、先輩が私を助けてくれるのも、やっぱり『みんなで助け合い』だから……先輩が『先輩』だからですか」
「え? 違うよ。ホシノちゃんは――」
けれど、先輩は顔をぺかぺかと輝かせて。心の底から、その言葉に嘘なんてないと理解してしまえるような、まっすぐな声音で。
「私の、世界で一番、大好きで大切な人だから、かな」
「――〜〜……ッッ!!」
……ああ、もうッ! 本ッ当に、この人は……!!
何もかもこの人のせいだ。私の中にある消えない怒りは、この人といる時だけはどこにも見当たらなくて。代わりに、この人に好きと言われた喜びが、胸の中を満たしていって。
先輩の顔を直視できなくなってしまって、顔が熱くなって。心臓はもうばくばくとうるさくなって、止まらなくって。そんな顔を見られたくなくて、先輩に背中を向けてしまう。
顔が熱い。耳まで熱い。
「……あ、まり。軽々しく言うものじゃない、と思います……ユメ先輩」
「ほぇ? なんで?」
きっとまたいつもの、何も分からないって顔をして、ぽかんとしているのだろう。もう少し、心と呼吸を落ち着けてから、振り向こうとして……無理だ、と悟って。
怒りとは違う、胸の中を焦がす感情に衝き動かされるままに。私は先輩の手を取って、強引に歩き出す――。
◆
ああ、でも。
ごめんね、みんな。
ごめんなさい、先輩。
やっぱり私は――ユメ先輩のようには。
「お見逸れしましたよ、ホシノさん。私共と彼等……カイザーグループが、『別の存在』と見抜いた上で、交渉を持ち掛ける胆力と智慧。交渉の方もお見事でした――私を『仲介人』として使い、アビドスとカイザーグループとの間に直接の契約と……相互不可侵を取り付けた」
私の隣で、異形が嗤う。
「鮮やかな手並みでした。誰方かに教わりましたか? それとも――誰方かが、同じような境遇に? どちらにしても、素晴らしい……大人顔負けの交渉でしたね」
ガラス窓の向こうで、武装したPMCの兵士たちがアビドスへ進んでゆく。
「しかし――大人というものは、貴女の想像するよりも、もっと悪辣なもの。分かりますか? 『相互不可侵』――証拠が出てしまいましたね、小鳥遊ホシノさん。アビドスの生徒が、PMCの社員を襲った
白く罅割れた黒い男――『黒服』は、気分良さそうに嗤うけれど。
私には、もう。
「……さあ、歓談はこの辺りで良いでしょう。案内しますよ、行き先は――」
目の奥が熱くなる。けれどやっぱり、涙は落ちなくて。
私は、目を閉じた。
ちゃんと学習して『原作』よりもう少し交渉出来たけど、そもそも盤面自体をひっくり返されては……というお話。