TS転生クソボケユメ先輩(死亡済・幽霊)が原作のn倍ホシノの脳を焼いていた話   作:死刑囚

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二月の終盤の弊社のお仕事状況がシャーレくらい燃えてて遅くなりました。
今回は次へ移る前のワンクッションとして……ホシノ以外の被害者のピックアップです。


(TS転生クソボケ)ユメの残した燃え跡

 

◆外れ者どもの矜持

 

「センパイ聞きました? カイザーが兵隊募集してるって。なんでもあのアビドスに攻め込むらしいっすよ」

「ん? ああ……知ってる知ってる、ウチらは行かねえけどな」

「え、なんでっスか?」

 

 とある昼下がり。後輩――ゲヘナから流れてきた奴だ――が、ビラを手に持って声をかけてくる。いわゆる『バイト募集』……つまり、どっかの誰かの手下になって目標を攻撃するお仕事、ってわけだ。

 ビラのデザインからして分かっちゃいたが、あたしが昨日見つけたのと同じ。カイザーがあたしらみたいな不良にばら撒いてるビラを、その後輩は持ってきた。

 

「なんでも何もねえよ。知らねえのか? アビドスには小鳥遊ホシノがいるんだぞ。あたしらなんかが何人束になったって敵いっこねえ」

「小鳥遊……ああ、あの小さいの。強い強いって言いますけど、本当なんスか?」

 

 ああ……そう言えば、あたしらはとんとアビドスの連中とはぶつかってない。それもこれも、あたしや他の三年生がそうさせてないのが理由なのだが。

 ――『アビドス高等学校には手を出さない』。あたしを含めた、アビドス自治区で数年前から幅を利かせてる不良グループの頭が取り決めている鉄則だ。まあもっと正確に言や、『アビドス自治区内で抗争をしない』……侵略目的の余所者や、タチの悪い方のカイザーグループくらいにしか手を出さない、って取り決めているわけだが。

 

「二年前の時点で、あたしと当時の先輩たち十数人を……十秒くらいかな、一瞬で仕留められるくらいにはな」

「ひえ〜……そりゃ無理っスね」

「っつーかお前、そんなに金が欲しかったのか? わざわざアビドスを攻撃してまで、ってほど追い詰められてるとは思っちゃいねえけど」

「あー。それは、周りのヘルメット団とか他の不良グループが参加する、って言ってたんで。聞くだけ聞いてみようかなって」

「あたしらの縄張りにも噛み付けない新参だろ。放っとけ放っとけ」

 

 そして多少の小銭で買収されて、小鳥遊ホシノにけちょんけちょんのメタメタにされるんだろう。結果は見えている。まあ……あたしらは小鳥遊ホシノに勝てない、ってのは事実ではある。あるが、当然、アビドスを攻撃しないのはそれだけが理由じゃない。

 

「関わんなよ、あっち側とは。うちらの仕事に支障が出るだろ」

「ああ。ゴミ拾いと清掃、治安維持と植林活動っスよね」

「バッ、言葉を選べ! 縄張りの警備と、あたしらの格を上げるための示威行為だ! 植林は……アレだ、ガーデニングだよ! どこにボランティアやる不良がいるってんだ!」

「それ、カリカリヘルメット団のボスさんも同じこと言ってたっスね……うちらの伝統みたいっすけど、何なんスかこれ?」

 

 ……こいつの言ったことはまあ、間違いではない。やってることは奉仕作業と大差ないどころか、それそのものでしかない。

 

「別に何でもいいだろ。嫌なら他のグループに行きゃいい」

「嫌とは言ってないじゃないっスか。うち……っつーか、アビドス(ココ)の古参不良グループより良いとこって、そんなに無いし。私らだって、普通の学校とか普通の不良が水に合わなかったからここにいるわけっスから」

「……まあ、そりゃそうか」

「にしても、なんでこんな……地道な活動してんスか、ウチら。いや、嫌じゃないっスけど」

「なんでって言うと……うーん。まあ……恩と義理、かねえ」

 

 そもそもの話。あたしらみたいなはみ出し者が、住人がほとんど居ないとはいえこうして自治区のど真ん中で普通に暮らせているというのがおかしいのだ。高級ホテルってほどじゃないが、まあ普通に寝床と風呂のある……旧アビドス高等学校の合宿所。そこを貸し出してくれてるのも、あたしらが『仕事』にありつけているのも。

 

「居たんだよ、ドが付くほどのお人好しが。……梔子ユメさん、アビドスの生徒会長サマだよ」

「えっと……誰でしたっスけ」

「お前なあ……流石にそれくらい知っとけよ、っつっても無理か。……あたしらをこの辺に住まわせてくれた人だよ。カリカリヘルメット団もそうだし、昔……二年前くらいからある旧アビドスの施設に拠点持ってるグループは大体、あの人の世話になってる。んで、漏れなく全員アビドスに勧誘受けてる……ま、入学したやつは居ないがね」

「へぇ……なんというか、変な人なんスね。態々私らみたいな不良にそんなことするなんて」

 

 思わず吹き出しそうになる。その感想は、あたしらみんながあの人に、一度は抱いたものだからだ。そりゃあ、だってそうだろう? もっと『マトモ』な連中にならいざ知らず、元の自治区を追い出されたはみ出し者ばっかりに声を掛けては世話をして……それでいて、戦力にしようって訳でもない。

 ただ、住処と仕事を与えるだけ与えて、自分を見つめ直す時間をくれた人。そんな人を、変と言わずに何て言うんだ。

 

「まあ、変といえば変だわな。小鳥遊ホシノにいっつも怒られててよ。……どこに行っちまったんだろうな」

「え? 卒業したんじゃないんスか?」

「失踪、だよ。二年前のある日にな。あたしらもホシノを手伝っていろいろ探したが……()()()()()()()()。あの時のホシノはまあ、酷い顔しててなあ……結局何の力にもなれなかったもんだ。あの人にもホシノにも、まあ世話になったって言うのにな」

 

 あたしより上の先輩たちが、今もこの辺で暮らして、めいめいに地域活動しているのもそういうことだろう。みんな、あの人に恩があるのだ。忘れられないような恩が。

 

「あたしらのこと、連邦生徒会にまで掛け合って予算分捕って来てなあ……あれには驚いたよ。お陰であたしらはずっと、縄張りの見回りしてるだけでクレジットが貰えるんだし」

「え? ……えええっ!? え、私らの活動資金って連邦生徒会から出てたんスか!?」

「おう。名目上は『停退学・不登校生徒の更生支援』だとか言う話だ。案を引っ提げて連邦生徒会に殴り込んで、色々やり合ったらしくてなぁ……結局うまく行ったらしくて、あたしらはその金で清掃活ど……じゃなかった。縄張りの見回りしてんだよ」

「じゃあもう私ら『不良』じゃなくて『良』じゃないっスか!!」

 

 それもまた、あたしらみんなが思ったことだ。連邦生徒会から支援金を受けて、地域の清掃とゴミ拾い、警備と植林をする生活。メシも食える、夜も安心して寝られる。もう不良とは呼べないと思う……思う、が。

 

「いや。結局、あたしらは元の学区でドロップアウトした連中ばっかだからな。いくらここでの生活が水に合ってるとはいえ、問題を起こしたことがあるってのも事実。あたしらは『不良』だよ、やっぱな」

「……先輩、昔アビドスに入らないかって誘われたことがあるって言ってましたけど。もしかして……」

「まぁな。ケジメってやつさ」

 

 そうとも。あの場所は、あたしらみたいなのが入り込んでいい場所じゃない。今まで好き勝手した不真面目なあたしらが、人の良いあの人につけ込んで気軽に立ち入っちゃ、罰が当たるってもんだろう。

 それこそ――あの人を見つけられず、小鳥遊ホシノの助けにもなれなかったあたしらは。いつか、あの人に許されでもしない限りは……『楽園』には入れないんだよ。

 

 

◆セヘト・イアルの王

 

 これは、夢だ。

 

『あ。君が最近ずっと、ホシノちゃんを観察してる子だね? こんにちは!』

『!? ……アビドス高等学校、アビドス生徒会長……梔子ユメ、さん』

『あ、私のことも知ってるんだ。なんだか照れちゃうなぁ』

 

 よく、笑う人だった。他所の学校の私のことも気に掛けて、不躾に調査していた側だったというのに親しくしてくれた。私が小鳥遊ホシノを諜報している時には必ず現れて、やれジュースだの、お菓子だのを差し入れしてくれたのを、今でも覚えている。

 

『へえ〜、ゲヘナの子なんだ。一年生かな? お名前は……あ、ジュース飲む? 炭酸と、炭酸じゃないのがあるけど……』

『えっと、空崎ヒナ……です。じゃあ……炭酸じゃない方をいただいても、良いですか?』

『はい、どうぞ! って、こんな何もないところにまで来てホシノちゃんの調査かぁ……ヒナちゃんは真面目なんだねぇ。えらい!』

 

 今程ではないけれど、当時であっても私はそれなりに強かった……と思う。けれどそんな私の背後を、物音ひとつ立てずに取ったあの人。接触と会話を続けたのは、そんなあの人から逃げられると思わなかった、というのも理由だ。ただ、それを差し引いても、あの人はするりと私の懐に入り込んで、朗らかな笑顔で。

 

『今日もお仕事? お疲れ様だねぇ……他に手伝ってくれる子とかいないの?』

『……そう、ですね。こっちは私に一任されていますし、何より私の学校はその、ゲヘナだから……』

『あー……気分屋の子とか多そうだもんねぇ。よしよし、それでも頑張ってるヒナちゃんは偉いぞーっ!』

『な、撫でないで……っ』

 

 ゲヘナにも、強い先輩はいた。有能な先輩も、賢い先輩も、立派な先輩も。でも……あの人ほど、『先輩らしい先輩』は、私は知らない。ゲヘナに来てほしい、と何度思ったことか……あるいは、私が其方へ行きたい、とも。

 決して、口に出しはしなかったけど。

 

『はあ……』

『……大丈夫、ヒナちゃん? 疲れてるみたいだったら、休まなきゃダメだよ。なんというか、ヒナちゃんって一人で抱え込みそうなタイプの気がするし……』

『……だとしても、それがやらないといけないことですから』

『うーん……真面目だなぁ。……そうだ。じゃあ、そんなヒナちゃんに魔法の言葉を教えちゃおうかな』

『? ……魔法の……?』

『うんっ! 人間が編み出した、世界で一番すごい言葉だよ! それはね――』

 

 

「――長! ヒナ委員長!」

「……っ、どうしたの、アコ」

 

 甲高い声に意識を覚醒させられて、ゆっくりと目を開く。

 ここは……ゲヘナ学園、風紀委員会の執務室。私は……そうだ。アビドスの生徒と無断で戦端を開き、先生を拉致しようとしたアコに折檻をしていたのだった。

 そのアコの方を見れば……ざっと見て、終わっているように見える反省文は二百枚ほど。アコ自身で言った、一千枚にはまったく及んでいない。

 

「それで、どうしたの? 反省文はまだ残っているようだけれど」

「すみません、やっぱり一千枚はちょっと……」

「……だと思った。無駄なことを続けても意味は無いし、その一枚が最後で良いわ」

「あ、ありがとうございます……! ……そう言えば、ヒナ委員長。あのアビドスの……ホシノさん、でしたっけ。お知り合いなのですか?」

「……いや。情報部に所属していた時に、一方的に調べただけよ。面と向かって顔を合わせたのは……初めてね」

「そう、でしたか。どことなく、よく知っている方のように話されていましたので……」

「それは……そうね」

 

 だって、あの人からあんなに聞かされては嫌でも覚えるというものでしょう。私が彼女の調査をしている、と聞いて、好きな昼寝スポットや魚の種類を教えて来られても困惑するばかりだったけど。

 

「……小鳥遊ホシノ。鋭い攻撃的な戦術と、天才的な戦闘センスを持つ本物のエリート。かつては、ゲヘナの()()の一つとして最優先調査対象になっていた生徒よ」

「そう、なのですか? なんというか、あの方からはそのような雰囲気は感じられなかったのですが……」

「アコ。人を見た目と――雰囲気で、判断するものじゃない。私は、それを良く知っている」

「ええと、それはどういう……?」

「まあ、確かに雰囲気は以前とは様変わりしていたけれど……そうね、はっきり言っておくわ、アコ」

 

 鋭い刃物のような雰囲気は鳴りを潜め。まるで、あの雰囲気は『あの人』のようだった。……憧れの人の背を追う、という気持ちはわかる。それが偉大な先達の背であるのなら尚更。……それを知っていた私だからこそ、私は、あの腑抜けたような風を装っている小鳥遊ホシノの、その中に封じられている戦力を察することができたのだ――以前よりもなお鋭い、と。

 

「――正面から一対一(サシ)でやり合えば、私は小鳥遊ホシノに敵わないわ」

「……!? な、っ……冗談でしょう!?」

「冗談でこんなことを言うと思う? ……まあ、それは正面切って決闘をした場合、だけれども。実際の戦場での有利不利や互いの勝利条件、敗北条件……それらを加味すれば、百回やって百回負ける、とは言わないわ」

「ほっ……」

「現実的な戦闘の話をするのなら……私は小鳥遊ホシノただ一人を相手にする場合であっても、可能なのであれば、風紀委員会の全戦力をぶつけるわ。私が小鳥遊ホシノに拮抗し、どうにか足止めをして、その間に残る全員で小鳥遊ホシノを攻撃する。これなら……きっと、負けはないと思うわ」

 

 逆に言えば、そこまでやらねば『確実に勝てる』と断言のできない相手、ということだ。そしてそれは、私抜きで小鳥遊ホシノと……その仲間と戦えばどうなるのか、と言ったも同然。アコの顔が青くなっている。

 

「と、とんでもない方なのですね……?」

「詳しく知りたいなら、昔の資料でも漁ってみればいい。あの人の薫陶を受けた小鳥遊ホシノが、グループでも部活でもない……たった一個人で『ゲヘナに対する脅威』であるとされた理由も分かるでしょう」

「は、はい……。……? って委員長、あの人とは……?」

 

 ……少し、喋りすぎたみたいね。誰かにアビドスの話をするなんて、初めてだから。ただ、別段隠していた訳でもないし……言ったところで、それを証明する資料もない。ちょっとした雑談程度になら、話しても良いだろう。

 

「……梔子ユメ。名前に聞き覚えはある?」

「確か……何年か前の、アビドス生徒会長でしたか。私も覚えています、突如失踪してしまい、まだ見つかっていないと……その方が?」

「ええ、そうよ。小鳥遊ホシノの先輩で……元々強かった彼女の、更に先を歩いていた人。本人は、のほほんとした穏やかな人だったけどね」

「……お知り合いなのですか?」

「ええ。……随分と、良くしてもらったわ」

 

 二年前。まだ私が一年生で、情報部にいた時。あの時点であの人……ユメさんを警戒していた人は殆どいなかった。何せ、あの人を警戒しなければならない『理由』が見つからなかったのだから。

 何処へ行っても戦わない。観察しても、盾を構えて撃たれている姿か、トラブルに巻き込まれて小鳥遊ホシノに助けられている姿かしか見られない。銃を抜いたという噂もなく、戦えば無類の強さを持つという噂だけが一人歩きしていたものの、その戦闘を直接見たものはほとんどいない。

 だから大多数の人間は、それはただの噂だと切り捨てていた。

 

「なるほど……ですが委員長。そのユメさんと言う方は、確か……」

「『戦()ない生徒会長』だ、って? ……流石に有名ね。ええ、そうよ。ユメさんは、戦わない人だった。生徒相手の戦闘だと盾を構えて撃たれるばかり。ゲヘナ(ウチ)でも何度か銃撃戦に巻き込まれては逃げていたみたいだし、まあ知られていても可笑しくないわ……でもね、アコ」

 

 そして、ゲヘナの資料にもそのように残っている。梔子ユメは、戦闘のできない、軟弱な博愛主義者である、と。そして、私は――その資料に、何もしなかった。何故なら、それはあの人の望みに反するから。ただ争いを避け、自分たちの学校を守りたいだけのあの人の周囲を、無駄に騒がせたくない。

 ……それに。

 無駄に虎の尾を踏んで、無駄に戦争を起こして……無駄に、自分の学校の戦力をボロボロにさせたくない。その程度の愛校心くらいは、私にもあるのだから。

 

「さっき、私は『小鳥遊ホシノ相手なら、私と風紀委員会全員で掛かれば負けはしない』と言ったでしょう?」

「そ、そうですが……ちょっと待ってください委員長、もしかして」

「仮に私と、風紀委員会全員で掛かっても……あの人には勝てないわ」

「そ、そんな!? そのユメさんという人は、戦えない――」

「戦()ない、よ。現に、私は一度だけ、あの人の戦いを見たことがある」

 

 二年前のその日。アビドス砂漠の、既に砂漠に溺れた旧市街地区で。

 いつもの長いふわふわとした髪をポニーテールに纏め。制服の上から無骨なタクティカルベストと、ジャケットを装備して。

 片手に盾を、もう片手に――いつもの護身用拳銃ではなく、タクティカルセミオートショットガンを握った、謂わば()()態勢とでも形容するしかない、あの人の姿。

 小鳥遊ホシノと肩を並べて、たった二人で戦っていた、あの人の姿と、常軌を逸した強さを……私は、忘れられない。

 

「そうね、アコ。一つ面白い噂話をしてあげる。あの人には、いくつか二つ名があるの。有名なのは『有明けのオシリス』だけど、それ以外に……ゲヘナやトリニティ、あの人の本当の力を察していたらしい各校の数人かが使い出した、あの人に対する呼称がある」

「……それは、一体?」

「『セヘト・イアルの王』」

「……セヘト・イアル? アビドスの方の言葉でしたか。意味は……確か、芦の原。あるいは……『楽園』?」

「ええ。地下、天上、あるいはその狭間にある、とされる楽園――そう。『楽園』……ねえアコ? どこかで聞いた覚えがない?」

「ま、まさか……」

 

 狼狽するアコの姿に、悪戯をしているようで少し面白くなってしまう。いえ、今やっていることはほとんど悪戯ではあるのだけど……ただ。

 そんな、与太話のような噂が罷り通ってしまうほどの強さが、あの人にはあったのだ。

 

ゲヘナ(私たち)とトリニティの和平条約に、態々天上の楽園(エデン)条約なんて名前をつけたのは何故? もちろん、対立していた二校が矛を収めるのは楽園のようではあるけれど……本当にそれだけ? 当てつけのような名前の条約に、ゲヘナ側が異論を唱えなかったのは――どんな意味があるのかしらね?」

「……た、たった一人の生徒を警戒して、トリニティとゲヘナが平和条約を結ぼうとした、と……?」

「……ふふっ。ごめんなさい、アコ。冗談よ、ただの噂。現に、あの人が失踪してもエデン条約の締結は進められた訳だしね」

 

 アコはあからさまにほっとした顔をし――もう一度凍りつく。そう、火のないところに煙は立たない。もちろん、あの人を相手にするためだけにエデン条約が提案された、なんて馬鹿な話はない。

 けれど。『あの人のためにエデン条約が立ち上げられた訳ではない』としても。『和平のために立ち上げられたエデン条約による警戒対象にあの人がリストアップされていない訳ではない』のだ。

 だってあの時、二年前の時点では。単騎で学園の治安維持部隊を相手にして負けない特級戦力が、寂れて滅びかけの学園に二人もいて……そしてその二人は、離間のしようがないほどに仲が良かったのだから。

 もし仮に、あの二人が肩を並べてトリニティか、ゲヘナに乗り込んできたら? もしそうなれば……治安維持部隊を総動員して対抗するしかない。そうして隙を晒した瞬間、ゲヘナはトリニティに、トリニティはゲヘナに、弱味を突かれて侵略されただろう。

 当時の万魔殿、ティーパーティーは頭を抱えた筈よね。大軍である必要のない、捕捉の難しい、大規模な補給も不要。たった二人の生徒を相手に、学園の存亡を真面目に考える必要があったのだから。

 

「……あの人は、そんな人じゃないのにね」

「ヒナ委員長……?」

「なんでもないわ。……ああ、そうだアコ。美食研究会の馬鹿どものせいで、書類が多くて大変なの。風紀委員から事務仕事に適性のある子を何人か選抜できる?」

 

 あの人が私に教えてくれたのは、そんな、他人を傷つけ滅ぼすための力でも、誰かを踏みつけにして自分だけが得をする方法でもない。

 たった一つの『魔法の言葉』だ。

 

「――ちょっと『助けて』ほしいの。貴女も反省文はもういいから、そっちの監督に回れるかしら」

 

 まだまだ、使い熟せているとは言えないけれど……少しは様になってきたかしら。ねえ、ユメさん。

 

 

◆ミッシング・エンジェル

 

 トリニティ総合学園、ティーパーティーの人間だけが立ち入れるお茶会用のラウンジ。今そこで、二人の女の子が話し合っている。

 一人は桐藤ナギサ。ティーパーティーのホスト代行で、フィリウス分派のトップ。つまるところ、このすまし顔でティーカップを傾けてる子が、現トリニティで最も政治的権力を保有している人物だったりする。

 そしてもう一人は……阿慈谷ヒフミちゃん。ティーパーティーでもなんでもない帰宅部の子で、なぜかナギちゃんからの寵愛を一身に受けている子だ。

 本人曰く『平凡』で、生まれや育ちについて調べてみた結果も同じ。群を抜いて強いという訳でもなく、政治的なカードであるという訳でもない。強いて言えば、モモフレンズに並々ならぬ好意を持っているという点はあるけど、そっち方面でナギちゃんと関係があるとは思えない……ナギちゃん、未だにペロロさんのことペロペロさんって言ってるし。

 

「あ、あのナギサ様! 私、アビドスの皆さんには助けて頂いて――」

「そのカイザーPMCという会社が、我が校の生徒に悪影響を与えるのなら――」

 

 あ、これダメな時のナギちゃんだ。

 確かにちょっと最近仕事が多くってストレス溜まってたし、いくらナギちゃんが大好きなヒフミちゃん相手だとしても、見知らぬ小さな学校相手にティーパーティーの榴弾砲部隊を動員させる『価値があるか』って言うと、そうは言えないし。

 ただ……アビドス、かぁ。

 

『――もしそうだとしても。誰もが価値はないって言ったとしても……私は、あなたのその優しい夢を応援するよ!』

『ほんとっ!?』

『うん、勿論! あ、でも……私ってバカだし、よく後輩から怒られちゃうんだけど……やり方には気をつけた方がいいかも。この前だってアスファルトの上で正座させられてね――』

 

 たった数度、会ったきりのあの人。モモフレのグッズを買いに来たら銀行強盗に巻き込まれたって半泣きになってたあの人。撃たれるだけ撃たれて、そのままなし崩しに銀行強盗を説得しちゃったあの人。その後何度か遊びに連れ出してくれた、私の価値観を粉々にしてくれたあの人。

 ……アリウスのみんなとも仲良くしたい、って私の夢を、ただの一度も笑わずに肯定してくれた、あの人。

 あの人の母校だ、って言うなら、口添えするのも吝かじゃないかな。今まで一言も発さずに飲んでたティーカップを置いて、口を開く。

 

「ちょっといいかな? ナギちゃんと……ヒフミちゃん、だっけ? 横入りごめんね?」

「ミカさん……」

「ミカ様!? あのあの、えっと……!」

 

 あは、ヒフミちゃんが怯えてる。まあ仕方ないか、ナギちゃんとは親しいかもだけど、それ以外の首長とは流石に、だろうしね。

 

「ナギちゃんの懸念は……ティーパーティーとして見たら尤もかな。理解はできるよ、うん。この時期にウチだけ部隊を動かすのは得策じゃないしね」

「……ええ、その通りですミカさん。エデン条約の締結も近い今、徒に戦力を動かすのは……」

「そこでナギちゃんに朗報! ゲヘナの()()からの秘密のお話なんだけど……あっちはアビドスの救援に動くってさ。風紀委員会が『先生』と接触した、らしいよ?」

「――それは本当ですか、ミカさん!?」

 

 あの人との邂逅で変わったことのひとつ。別にゲヘナ全体を好きになれた訳じゃないけど、個人的な付き合いのある人は何人かできた。まあ、パテル分派のみんなには『敵を陥れるにはまず敵を知らないと〜』なんて言い訳をしてはいるけど。そもそも私がパテル分(タカ)派のトップに担ぎ出されてる意味がわかんないんだよね。大方ナギちゃんの対抗馬としての役目しかないんだと思うけど。

 

「うん、本当。まあ……風紀委員は別段害のない相手だから良いとしても……ね?」

「ええ。あの、万魔殿の羽沼マコト(害悪タヌキ)に失点を見せる訳にはいきませんね……。こちらが動かなければ、まず間違いなく我々を攻撃する材料にするでしょう」

「え、ええっと……?」

 

 ヒフミちゃんが目を白黒させてる。こういう普通っぽいところが、ナギちゃんのお眼鏡に適ったのかな? ま、細かいスケジュールは詰めないとだけど……ヒフミちゃんや、アビドスの生徒は安心させてあげた方が良いだろう。

 

「アビドスの生徒のところに行ってきていいよ、ヒフミちゃん。あっちが動くなら、ナギちゃんだってオッケーするだろうからね。ああ、でも……アビドスの生徒と連帯して進軍、なんかは出来ないから、それは伝えておいてね?」

「は、はいっ! 分かりました……そのっ。ありがとうございます、ナギサ様、ミカ様!」

 

 駆け出していくヒフミちゃんを、手を振って見送る。

 こんなことで、あの人への恩を返せただなんて思えない。あの人に胸を張れるなんて思えない。あの人の認めてくれた、夢のままに進めているなんて思えない。

 

『ミカちゃんは、ゲヘナに行ったことある?』

『え〜、あるわけないじゃん。行きたいとも思わないかな⭐︎』

『そう? ちょっと悪いことしてみようよ! 気晴らしになるかもだし……それに、いろんな側面を知れるかもしれないしね』

 

 ……ナギちゃんの理想は、良いものだと思う。あの人が言うみたいに、ゲヘナとだって仲良く出来た方がいいに決まってる。

 でも、でもねナギちゃん。順番が違うんだよ。先にゲヘナの手を取ってしまったら、アリウスのみんなは永遠に取り零される。

 だから私は、この罪を背負って進まなきゃならない。ナギちゃんを殺す、なんてことはないように、肝心なところは私がやって。アリウスの子達の消えない憎悪も、私が背負って。

 だって、私の手はもう既に穢れている――あの子達の憎悪を理解しきれず、セイアちゃんを殺させてしまった私に、もはや引き返す道はない。その死に報いる〜だなんて、そんな殊勝なことは口が裂けても言えないけど。

 でも、だからこそ。私は、私の感情にさえ蓋をして。アリウスの子達を引き上げなければ――なんのために、こんなことをしたのかが、分からなくなるから。

 

「……ありがとうございます、ミカさん。おかげで助かりました」

「別にいいよ〜⭐︎ トリニティの為になることだからね!」

 

 だから、ごめんねナギちゃん。私は、ナギちゃんの裏切り者になるよ。

 恨んでくれても良い。むしろ、恨みは全部私にぶつけてくれたっていい。その恨みは私が、全部連れて行くから。

 

『トリニティって、生徒会長が三人いるんでしょ? いいなぁ〜』

『え〜? 全然良くないよ! みんないがみ合ってるし、政治闘争? ってやつでバチバチしてるし……私、頭が痛くなりそうなんだけど』

『えぇ……。うーん、私、あんまり賢くないから、その人たちが何考えてるのかは分からないけど。生徒会長が三人いるなら、みんなで助け合えると思うんだけどなぁ』

『……助け合える?』

『うん。得意なことは担当して、苦手なことは助けてもらう。そうやって、三人で力を合わせられたら……きっと、素敵なことになるんじゃないかな?』

 

 ごめんね、ナギちゃん。セイアちゃんと私と、ナギちゃんで助け合う未来は、私が壊しちゃった。……だからせめて。私じゃ掬いきれないものを、救ってほしい。

 私のことは助けなくていいから……アリウスの子たちだけでも、助けてあげてほしいんだ。

 

「うーん! 美味しい⭐︎」

 

 私は、冷え切ったカップを傾ける。

 やっぱり、味はしなかった。




◆被害者リスト
・不良ちゃん:ユメホシ過激派(超強火)。脳はカリカリ。
・ヒナ:脳はカリカリ。私もあんな先輩欲しかった。原作より「助けて」って言えるようになったけど、そもそもゲヘナが終わり散らかしてるので……。あと、『何か』を見た模様。
・ミカ:学校サボってゲヘナ行って遊んだり、D.U.で一緒にバイトしたり。短い間だったけどめちゃくちゃ楽しかった日々。その分、今はあかん方向に覚悟が決まっている。脳はカリカリ。
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