異世界でもSUSHIたべたい俺と肉派な王女が食文化を根底からひっくり返すようです   作:るろうに2025

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第10話「面白そうだしな」

 朝四時、まだ街の人々が眠りについている頃。俺たちはケリーの先導のもと街を覆う城壁をくぐり、だだっ広い草原を歩いていた。手にフルーツバスケット、腰に水の入った革袋をぶら下げながら。

 

「その、見せたい物ってなんですか?」

 

 七時頃。既に足が棒になりつつある俺の問いに、ケリーは「へへっ」と笑みを浮かべながら言う。

 

「この近くの森の中にな、ちょっとした洞窟があるんだよ」

「洞窟?」

「ああ、魔族の侵略でも見つからなかった洞窟がな」

「それって、あとどれくらいのところに……?」

「まあ……あと三時間ってとこだな」

 

 ――三時間!?

 

 既に足がクタクタなのに、ここからさらに三時間!?

 

 俺はその数字に絶望にも近い感情を抱いた。見せたい物の前に、俺自身が屍と化してしまいそうだ。

 

 そんな様子を見たのか、隣にいるドッジが豪快に笑った。

 

「ハハハ、これぐらいは体力ないとこの世界では生きていけないぞ?」

「よ……余裕そうだな」

 

 確かに、いかにもな風貌のドッジはともかく、女性のケリーすら体力はあり余っているように見えた。

 

 ――インドアが祟ったか……。

 

 元の世界では、俺はインドアのゲームオタクだった。RPGではあんなに簡単に草原や山岳地帯を越えていたのに。現実?は非情だ。

 

 さらに歩いていくと、草の丈が高くなり木が増えてきた。次第に草原は森林へと移行し、数多の木々が視界を遮る。

 

「……あの」

「なんだ?」

「ここって、魔物とか出ないですよね……?」

 

 ケリーは振り返り若干呆れた様子で、

 

「あんた、本当に男か?」

 

 と疑いの目を向けた。

 

「こんぐらいの森で魔物に怯える男とか見たことないぞ」

「でも私、ここらへんは初めてで……」

「魔物が出る森は、もっと邪気みたいなのが漂ってる。ここは普通の森だ」

「それならよかった……」

 

 ――いや、本当にいいのか?

 

 元の世界みたいにいきなり熊とかが出てきたら?俺たちは料理人どころか格好の餌じゃないか?

 

 そう思った時だった。

 

「お!あったあった」

 

 ケリーがとある物を指さした。そこにあった物は。

 

「目的地の洞窟だ」

 

 灰色の岩壁と漆黒の洞穴だった。

 

 

―――――

 

 

「イルミナ!」

 

 ケリーが落ちていた木の枝を拾い上げ、呪文を唱える。すると、枝の先端がロウソクの火のように光り輝き、暗い洞窟を微かに照らした。

 

「す、すげぇ……」

「あんた、こんな魔法も知らないのか……。料理人の前に目指す物があったんじゃないのか?」

 

 ケリーは再び呆れながら、洞窟の中を警戒しながら進んだ。あちらこちらに巣のようなものがある。

 

「動物には気をつけなよ、噛まれたりしたら大変だからね」

 

 ケリーはそう言いつつも、足を止めようとしない。着実にある場所に向かって突き進んでいる。

 

 洞窟の奥へ進むにつれ、空気がひんやりとしてきた。外の草原とは打って変わって、湿った岩の匂いが鼻を刺す。もうかれこれ三十分は洞窟の中にいるだろうか。

 

「あの……そろそろ教えてくれませんか?私たちに何を見せたいんですか?」

「そんな焦るなよ、そろそろ……あった」

 

 ケリーの歩が止まる。

 

「壁を見てみろ、驚くぞ」

 

 ――壁?

 

 疑問に思いつつ、俺は壁に視線を送った。

 

「これは……!」

 

 俺は言葉を失った。洞窟の壁には、いくつもの料理のレシピが掘り込まれていたのだ。

 

 岩肌に刻まれているそれは、落書きというにはあまりにも精巧だった。

 

 食材の絵、調理の順序、火の入れ方、盛り付け方に至るまで。まるで図鑑のように細かく彫り込まれている。

 

「す、すげぇ……」

 

 思わず声が漏れた。指でなぞると、彫り跡がざらりとした感触を返してくる。長い年月をかけて刻まれたものだと、一目で分かった。

 

「これ、全部……」

「ああ、魔族の侵攻に備えて食文化を後世に残そうとした、先人たちの知恵の結晶だ」

「先人たちの……知恵……」

「紙だと燃えてなくなるだろ?でも、岩に刻めばそう簡単にはなくならない。しかも、ここなら魔族にも見つからない。昔の人の知恵にはいつも驚かされるね」

 

 ドッジが腕を組んで感心したように言う。

 

「へぇ……料理人の遺跡みたいなもんか」

「遺跡、か……まあそんなところだな」

 

 ケリーは少しだけ寂しそうに笑った。

 

 俺は刻まれたレシピの一つひとつに目を通した。野菜料理、肉料理、小麦料理……。コムスの店でも出されている料理が事細かに描かれている。

 

 その中に、明らかに異質な絵があった。水、巨大な瞳、各所に散りばめられたエラのような物……。

 

「これは……魚?」

「そう、魚だ。これこそがあんたらに見せたかった物だ」

 

 魚。その言葉に、俺の心臓が跳ねた。

 

 この世界にも確かに魚料理が存在した痕跡が、今まさに目の前にある。

 

 俺はその魚料理の絵に興味をひたすらに注いだ。

 

「これはソテー……。あっちは照り焼き……。味噌煮みたいな物もある!」

「おっ、詳しいな」

「元の世界では魚料理が好きだったので」

 

 照れ臭く答える俺を、ケリーは微笑ましそうに見つめた。我が子を見るような目だ。

 

 ――こんなケリーさんは初めて見た……。

 

「でも、これを見たらもっと驚くよ」

 

 ケリーは壁のある部分を指さした。俺の目がその指先を捉えた時、俺は息が止まりそうになった。

 

「さ……刺身!!」

 

 包丁で生魚を切り分ける絵が、確かにそこにはあった。それはまるで、いや、間違いなく刺身の絵だった。

 

 しかし、その絵は途中で終わっていた。完成までが描かれていない。

 

「その絵は何故か途中で終わってる。しかも、その絵だけやたら新しいんだ。理由は誰にも分かってない」

 

 ケリーは絵をそっと手で撫でた。

 

「あんたが来るまでは、手の込んだ悪戯だと思ってたんだ。でも、あんたの話を聞いて考えが変わった。これは、確かに存在した料理だったんだってね」

「ケリーさん……」

「まあ要するにだ。あたしはあんたに賭けてみたくなった。魚の生食。面白そうだしな」

 

 ケリーは吐き出すように言った。その顔には、満面の笑みが浮かんでいた。

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