超かぐや姫!0 ~before full moon~ 作:ごーまん
ハジメ:「…ヤチヨカップ?」
聞き覚えのない単語。
俺はただ、それを復唱することしかできなかった。
アキラ:「あれ?聞いてないのか?
てっきりお前は、
ヤチヨちゃんから何か伝えられてるもんだとばっかり思ってたんだが…」
そんな俺を見て、意外そうな顔をする朝日。
俺の中で徐々に嫌な予感が大きくなっていく。
目を背けてしまいたい。
そんな思考に押しつぶされそうになったが、やはり聞かずにはいられなかった。
ハジメ:「イベントの詳細は?誰が参加するんだ?」
アキラ:「だから、それをお前に聞こうと思ってきたんだけど…」
ハジメ:「何でもいいから、知ってることを教えてくれないか!?」
そんな鬼気迫る俺の様子を見て、朝日は、一瞬戸惑いを見せた。
が、すぐに話し出す。
アキラ:「俺も確かな筋とはいえ、あくまでリーク程度の情報しか持ってねえよ。
まあ、その中で分かってんのは、おそらく優勝者に与えられる景品が、
ヤチヨとのコラボライブじゃないかってことだけだ。
8月末に、でかい会場が押さえられているらしい。」
ヤチヨがコラボライブ…?
そんなことは、いまだかつて前例のないことであった。
その上、ヤチヨはそんな大規模なイベントを計画している素振りを全く見せていなかった。
最初は、微かなものであった不安感も、今や確信的なものに変わりつつある。
ここが仮想空間でなければ、俺の額には、汗が流れ落ちるのが確認できたでだろう。
アキラ:「こういうのって大体、最初から優勝者が決まってるもんだろ?
だから、「Black onyX」として、このイベントにどう関わっていくかを決める前に、
お前にそこんとこを確認しとこうと思って
……ってお前、大丈夫か?」
説明を続けていた朝日だったが、俺の様子を見て不意に話を止める。
仮想空間でも伝わるとは、よほどひどい顔をしているらしい。
フゥーーーーーーーっと俺は大きく息を吐いた。
正直、こんなことをしても気休めにもならないが、
それでも何とかして切り替えなければならなかった。
…覚悟、出来てると思ってたんだけどな。
ハジメ:「悪い、取り乱した。
実は、今日あんま寝てなくってさ?」
アキラ:「いやおまえ…、そんな感じじゃなかったろ?」
依然として気にかけている朝日の言葉を、強引にさえぎるようにして俺は口を開く。
ハジメ:「とにかく、俺からもヤチヨに聞いてみるよ。
もしかしたら行き違いになってる可能性も…あるしな。」
そんな俺の様子を見て、朝日は一瞬躊躇ったものの、
少しの間目を背け、考える素振りを見せた後、
再度俺に向き直ってこう告げた。
アキラ:「分かった。
まあ、ヤチヨカップのことはついででいい。
それよりも、コーチの話だ。
返事はいつでも待ってるからな?」
ハジメ:「ハハッ、考えとくよ。」
アキラ:「…。」
訝しげな表情を浮かべる朝日を尻目に、
逃げるようにして、俺はその場を後にした。
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ツクヨミからログアウトした後も、しばらくの間、何も手につかなかった。
俺が、特段せかせかと人生を過ごしているわけではないことは、
ここ2日の様子から見ても明白であり、
このように何もしない時間があること自体は、特に珍しくはなかった。
が、今回のは事情が違う。
ヤチヨカップ。
ただひとつの単語が俺の脳内を駆け巡り、それ故に何もする気が起きなかった。
結論から言うと、俺はヤチヨのことが好きだった。
それは、親愛であり、当然恋愛でもあった。
きっかけは、至って単純で、初めて会った時の俺の一目ぼれだった。
満月の下で輝く彼女の姿を見たあの日のことを、俺は今でも鮮明に思い出せた。
昔は、自分の気持ちが何なのか、
それが分からないなどといっていた時期もあったが、
そこから自分の恋心を自覚するまで、そう長くはかからなかった。
と同時に、それが実らない恋であるということにもすぐに気が付いた。
相手は、8000年越しの思い人だ。
万に一つも、俺に勝機などないと分かった。
しかし、これまた意外にも、
それに気が付いたとき、不思議と絶望することはなかった。
自然に納得できたと感じていた。
今になって思えば、俺は本当の意味で、
その現実を受け止められていなかったのかもしれない。
それでも俺は、彼女のためになりたいと思っていた。
たとえ、最後に彼女の隣にいるのが俺ではなかったとしても、
そこまで彼女を連れていきたいと思い、彼女に連れ添うことを選んだ。
そうして彼女と過ごしたこの数年間は、文字通り夢のような時間だった。
然して夢とは、いつか醒めるものだった。
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俺は、ベッドに横たわっている体を起こす。
見ると、あたりはすっかり暗くなっていた。
どうやら、考え込んでいるうちに、ずいぶん時間がたってしまっていたらしい。
腹の音がなるのが聞こえる。
寝室から出て、キッチンで適当なカップ麺を見繕い、湯を入れる。
そうしていると机の上のダブレットが光って、ヤチヨが顔を覗かせた。
どうやら、ちょうど配信が終わったらしい。
ハジメ:「お疲れ様。」
ヤチヨ:「ありがと~、いや~今日も色んな楽しい話が聞けてね~
……って、またそんなの食べて、
ちゃんと自炊しないと体壊すよ?」
ハジメ:「まずは、自分から飯を食べていることを評価しないか?」
そんな軽口をたたきながら、
指定された時間より少し早い時点でカップ麺の蓋を取り外す。
ずるずると麺を吸い上げる俺の様子を、じっと見ていたかと思うと、
そっとヤチヨが口を開いた。
ヤチヨ:「なんか、あった?」
俺は、面食らって思わず麺を吹き出しそうになった。
おかしい、先のツクヨミでならまだしも、
今この場において、俺は一切そんな素振りを見せたつもりがない。
ヤチヨ:「ほら!やっぱり何かあったでしょ?」
ハジメ:「ないない、なんにも。別に普通だろ?」
そういってタブレットに向かってあれこれポージングをする俺。
そんな様子に一切構うことなく、ヤチヨはじっと俺の様子を観察していた。
ヤチヨ:「顔色、悪い…?ほら、こっち。顔近づけて?」
そう言って手招きをするヤチヨ。
俺は、一瞬躊躇いつつも、
渋々顔をタブレットに近づけ、自身の額を画面に当てた。
ヤチヨ:「熱...はないみたい。」
ハジメ:「だから言ってるだろ?なんでもないって。
勘ぐりすぎだよ。」
そういって半ば強引に話を終えようとする。
当のヤチヨは、依然として納得がいっていないようで、
上目遣いで唇を尖らせながら続けた。
ヤチヨ:「でも、やっぱり様子がおかしいよ。
熱はないけど、体調が悪いとか…」
ハジメ:「まー、昨日誰かさんが、寝かせて~って必死に懇願しているのに、
それに構わず無下にベッドからたたき起こす、
なんてことがあったから、疲れがたまってんのかもな~?」
ヤチヨ:「ッ…。だ、だって、それは、
学校はちゃんと行ったほうがいいって思ったからで......」
言ってすぐに後悔した。
ほんの冗談のつもりだったんだが、
ヤチヨの様子を見ると、今にも泣きだしそうな様子で目を伏せていた。
とっさに謝罪する。
ハジメ:「ごめん!今のなし。
冗談のつもりだったんだけど、
まさかそんなに傷つけることになるとは思ってなくて、」
そうして流れるように土下座。
束の間の静寂が訪れたが、
少ししてフフッと笑う声が聞こえた。
見上げると、
俺の様子をみたヤチヨが、口元を押さえて微笑んでいるのが見える。
良かった。
俺は心の底から安堵した。
ヤチヨ:「でも、ほんとに平気?
やっぱりいつもとなんか様子が違う、
っていうか…つらい?」
ハジメ:「勿論平気…。
って言いたいところだけど、
妙な失言もしちゃったし、やっぱりどっか悪いのかもな。
今日は早いけど、これ食ったらさっさと寝ることにするわ。」
ヤチヨ:「うん。そうして?
私にできることがあったらなんでもいってね?」
そう言って意気込むヤチヨ。
その心遣いが純粋にうれしい反面、
その眩しさ故に直視できなかった。
ハジメ:「…おう、頼りにしてる。」
それだけ言って残りの麺を吸い上げた。
寝支度をしたのちに、早々にベッドへと戻っていく。
昨日までは当たり前に享受していた温かみが、今日はやけにつらかった。
結局、ヤチヨカップのことは聞けず終いだったな。
ふとそんなことを思ったが、
改めて考えてみると、
ここで本人の口からそれについて聞くかどうかは、
些細な問題であるように思えた。
例え、このヤチヨカップが、夢の終わりでなかったとしても、
いずれ必ずその時はやってくるのだ。
そのことからは逃れられぬ以上、
俺の結末は決まっていた。
ハジメ:「俺は、最後までやり遂げるぞ...」
誰に宣言するわけでもないが、
強いて言うならその相手は、俺の前任者。
俺が初めて心の底から尊敬できると感じた大人、
今は亡きあの老紳士に誓った。
寝る前にスマホを確認すると、一件のメールが来ていた。
確認すると、それは今日約束していた例のゲーム仲間からだった。
内容に目を通しながら、
俺は思わず笑ってしまった。
その、あまりにも支離滅裂な内容に、噴き出さずにはいられなかったのだ。
メールにはこう書かれていた。
?:「あの、今日は約束、すっぽかしちゃって本当にすみませんでした。
こんなこと、言っても信じてもらえないと思うんだけど、
...なんか七色に光る電柱から赤ん坊が出てきて、
その子の相手してたら、すっかり約束のこと忘れちゃってました …
ホントすみません。
この埋め合わせは、近いうちに必ずします。
日程は追って連絡するから、もう少しだけ待っててくれる?
...また、起きてきたので、この辺で。
さようなら。」
いくらすっぽかした自分が許せないからって、この内容には無理があるだろう。
こいつの今の精神状態が少し不安だが、
まあ意外と、年相応な部分もあったのかもしれない。
ハジメ:「別に気にしてないけど、
つくなら、もう少しマシな嘘をついたほうがいいと思うぞ。」
それだけ返信して、床に就く。
なんだか気分が和らいだ感じがした。
良かった、これならよく寝られそうだ。
あいつには感謝だな。
そういって俺は目を閉じた。
幸いなことに、眠りに落ちるまでそう時間はかからなかった。
以下補足
今回のセリフは、概ね言ってそうなラインで、出力出来ていたと思っています。
一点、「私にできることがあったらなんでもいってね?」というヤチヨのセリフ。
これは、セオリー通りに行くのであれば、「ヤッチョにできることがあったらなんでもいってね?」となると思います。
ヤッチョという一人称。これは最もインスタントに、原作のヤチヨというキャラクターを強調できる言葉選び、読み手にヤチヨやな~と思わせられる方法のように感じられます。
しかし、あえてここで宣言しますが、この先、ヤチヨに対して主人公にヤッチョという一人称を言わせることはないです。理由は、以前にも述べたヒロインの二面性、これに尽きます。
これは、私の過ぎた願望なのかもしれませんが、開き直ってやっていきます。ウチではそうやってやらせてもらってんのよ。
次回は、多分過去編になると思うんですが、塩梅が難しいです。しかも、時系列もちゃんと計算したわけじゃないので、整合性はとれていないように思います。
どうでもいい正解を愛するよりも面白そうなフェイクを愛せよ
問題は、俺に違和感なく読めるフェイクを書けるだけの技術があるかなんだよなあ…
以下、設定補足
この世界での帝アキラは、すでにヤチヨが世間で言われているような存在でないことに感づいていると思います。ハジメのヤチヨに対しての様子から容易に察することができる程度には、人間性能が高そうですよね。イロハの兄ですし。
登場した老紳士は、原作のワインの人。この人を使いたいという気持ちが、全ての時系列を狂わせていると感じます。実際の年は明言されていないから、許してください。
タブレット越しのおでこ合わせ、伝えるのにもっといい描写があったように思いますが、ドンマイ。後から思いついて足したんですけど、思いついたとき、自分のこときもくて良いなって思いました。ブルーアー何某でもこんなんありましたよね。好きだ。
イロハは、かぐやと活動する前から「いろP」なんですかね?原作開始時点では、対外的に音楽活動はしてなかったように思うので、改名したのかなと思って、ここでは明言することを控えました。