女学生   作:有明S

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授業が始まるまで

 信号を待っていると、世界を共有している気がする。いつも自分しかわからないのに、信号を待っている人たち全員に人生があって、生活があるのがわかる。不思議な感覚だ。どこかで聞いたことのある歌の歌詞が自分のことのような気がして、この気持ちを誰かと共有したくなる。隣の人に話しかけたくてそわそわするけれど、そんな自分が恥ずかしくなる。見ず知らずの人に話しかけようとするなんて、私はなんて下品なのかしら。でも、隣の人も、私と同じ世界を共有しているなら、この感情を共有してほしいと思ってしまう。

 

 駅のトイレはきらいだ。なんだか汚い気がして、そこに座るのが嫌になる。和式だったら良いのだけれど、和式のトイレを選ぶのは時代錯誤な気がして、なんだかなにかに負けた気がして、結局やめてしまう。いっそ全てのトイレが和式だったら良いのにと思う。ここで和式を選ぶのがアイデンティティというものなのかも知れないとも思う。

 

 駅は、混んでいる。いつも駅には正しい列があって、どうにも変な気分だ。その列を遮って歩く自分だけが浮いている。私が世界の主人公のような気がして、良い気分がする。

 

 朝の電車は混んでいる。満員だ。みんな押しつぶされている。だから、みんな被害者で、みんな仲間だ。でも、みんな誰かを押し潰している。だから、みんな加害者で、みんな敵だ。私は他人に興味のなさそうなふりをして、すれ違う電車の音を聞いている。この時間は、地に足がついている感じがして、好きだ。生きている感じがする。誰かに押しつぶされているから、どこにも自分が溶け出さない。

 

 席が空いても、取り合いにはならない。平和だ。その目の前に立っていた人が勝者である。私はそれを少し羨ましく思う。でも、周りの人に挟まれて、少し浮いている、私の足は疲れない。だから、別にいい。座っても座らなくても変わらない。

 

 私の前の人は、胸の前にスマホを構えて、必死に画面を見ている。そこまでするのなら、ポケットにしまえばいいのに、と思う。でも、きっと、それがその人にとっての癒しなんだとも思う。それはなんとも厭なものだ。だって、とても孤独だ。その人の世界は手元にあって、その世界を守るのに必死なのに、誰もその人を気にしない。そんなの悲しい。だから、私が見てあげるのだ。余計なおせっかいだわ、馬鹿みたい。

 

 電車はいつも決まった駅で人が降りる。いきなり人がいなくなるから、いつもため息を吐いてしまう。急に席が空くから、私は座る瞬間を逃してしまって、恨めしげに空席を睨む。なんか今さら座るのも変な顔がして、澄ました顔をして立っている。そんな自分が惨めで泣きたくなった。でも、急に泣くのはもっと惨めだ。こんなとき、スマホを見ていれば良かったと後悔する。そうすれば、泣くのをスマホのせいにできる。仕方ない、しかたないと自分に言い聞かせ、目を逸らす。そろそろ降りる駅だ。

 

 駅を降りると、私と同じ制服を多く見かける。同じ制服に混じって、ちらほらスーツ。大人は疲れた顔をしている。疲れた顔は働いてる大人だけのものみたいな気がしてくる。そんなことを言われている感覚だ。でも、私だって疲れた顔をしたい。学校だって疲れるのだから。

 

 川沿いを少し歩いて、左に曲がる。ずっと、制服の波がながれているから、嫌な感じだ。私が、世界の一部に埋没して、なくなっていく感じ。すれ違う人も、私を見ていなくて、制服にしか興味がないみたい。カバンを持ち直す。

 

 川沿いには商店街があるのに、坂に入ると、お店がなくなる。あるのは民家ばかりだ。私の学校がある場所が、田舎みたいで、癪だ。

 

 だらだらとどこまでも長い坂を登りきった先に、学校はある。夏になろうかという時期だから、少し汗ばむ。お化粧が崩れないか心配だ。じっとりと、湿気が私を包んでいく。厭な気持ちになるけれど、少し楽しい。今なら空を泳げそうだ。小躍りしそうになる体を抑えて、澄ました顔をして歩く。

 

 坂の両脇は坂に沿って土台が斜めな家がある。いつも見るたびに不思議だ。ああいう家の中はどうなっているんだろうか。地面を削って平らにしているのか、それとも地面を持っているのだろうか。誰かに聞くわけにもいかないから、きっと、死ぬまで謎のままだ。きっとそういう謎がこれまでもたくさんあって、これからもたくさんあって、そして全部忘れてしまうのだろう。だから、少し悔しい。悔しいから、できるだけ覚えていようとするが、それでも忘れてしまうのだから、なおさら悔しい。ゲームみたいに、どこかに全部の謎と答えがまとめられていればいいのに。

 

 たかい土壁に差し掛かると、次の角を曲がらなければならない。その先の階段を登った先に、学校の門がある。嫌なところだ。どうせなら、通りに面していればいいのに。

 

 土壁の中は、お寺だろうか、それとも、庭園だろうか。あまりにも壁が長いから、きっと民家ではないだろう。よく人が並んでいるから、やはり、お寺だろう。きっとお墓がたくさんあって、お坊さんが毎日お線香を焚いている。そのにおいが私に伝わって、厭な気持ちにさせるんだ。線香のにおいは、嫌いだ。きっといろんなにおいを嗅ぎたいのに、死んだらお線香のにおいしか嗅げない。世界が、お線香だけになる。そう考えると、憂鬱になる。だから、嫌いだ。

 

 階段は長い。一段いちだんは低いのに、長いから、足が疲れる。一段飛ばしで歩くのは、はしたないからいやだ。階段の真ん中に手すりがあって、上りと下りで分けられている。階段の右側だけを歩くのは、不思議な感じだ。どうせなら、上りも下りも関係なく、好きに歩けばいいのに、と思う。前が詰まっていてイライラするけれど、後ろからせっつかれているようで焦る。けれども、みんな揃って右側を歩くから、私だけ左側も使うのは不公平な感じがして、できない。

 

 学校に着いたら、靴を履き替えて、すぐにお手洗いに行く。鏡を見て、カバンの中からお化粧入れ出して、でもやはりめんどくさくなって、なにもせずにしまう。私が無駄な行動をするたびに、人生が無駄になっていく気がして、贅沢している気がして、気分がいい。私は人生を、大切に仕舞って置いてしまいたくなる。

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