そんな思いを胸に衝動書きしました。
もっとふえろー!!
桃から生まれたのは鬼太郎でした(ニチャア)
生まれ落ちた、その瞬間。
肺が、俺の意思なんて完全に無視して、勝手に、しかも遠慮も躊躇も一切なく、無理やり空気を吸い込んだ。
冷たい。いや、冷たいなんてもんじゃない。刺さる。突き刺さる。乾いていて、重くて、鋭くて、喉の奥から胸の奥まで一気に流れ込んできて、内側から身体を叩き起こすというより、これはもう起動だ、間違いない、生物としての電源ボタンを思いっきり叩きつけられた感覚だった。
冷たい。
やばい、冷たい。
え、ちょっと待って、息吸っただけなのに胸の中が普通に痛いんだけど!?空気が刃物みたいで、肺の内側をざくざく削ってくるし、初期ダメージが思ったより重いんだけど!?赤子の初イベントってもっと優しいもんじゃないの!?チュートリアルは!?無敵時間は!?この世界、初手からハードすぎない!?
視界は、まだまともに機能していなかった。
赤っぽい色と、黒っぽい影と、白い光がぐちゃぐちゃに混ざり合って、輪郭も距離も上下も分からないまま、ぐらぐらと揺れている。目は確かに開いているはずなのに、世界の方がピントを合わせる気ゼロで、まるで分厚く曇ったガラス越しに外を覗いているみたいな、そんな頼りなさしかない視界だった。
音も最悪だった。
近くで誰かが声を上げているのは分かる。分かるんだけど、はっきり聞こえない。
叫び声、荒い息、布がこすれる音、足音、祈るような声、全部が一緒くたになって押し寄せてきて、どれが誰の音なのか、どこから聞こえているのかも区別できず、ただただうるさくて、重たくて、頭の中をぐわんぐわん揺らしてくる。
――それなのに。
理解だけは、異常なほどにはっきりしていた。
ここがどこで、
俺が何者で、
そして、この世界が何なのか。
考えるより先に、答えが浮かぶ。
いや、浮かぶというより、最初から知っていた情報が、今この瞬間に一気に再生された感覚だった。
鬼のような額にある角
身体を突き刺すほどの寒い風
外界から隔絶された、閉じた集落。
そして大人達が時々口にする「魔女」という言葉
ここから導き出される答え…
――Re:ゼロから始める異世界生活。
……は?
いや、待って待って待って。
ちょっと待て、まじで?
ここ?本当に?
異世界転生でよりにもよってここ引く!?スローライフとか、飯うま世界とか、魔法学校とか、もっと他になかった!?
鬼!?魔女教!?死に戻り!?人が死ぬ前提で話が進む世界観!?難易度設定どうなってんだよ!!誰だよバランス調整したの!!
そこに気づいた瞬間、頭の中が爆発したみたいに騒がしくなった。
ツッコミが止まらない。
考えが考えを追い越す。
終わった、始まった、詰んだ、やばい、無理、でも現実、の感情が一斉に喚き散らして、冷静に状況整理なんてする余裕は欠片もなかった。
泣く、という選択肢は完全に消えた。
代わりに、身体が勝手に反射で声を出した。
泣いた、というより、これはもうエラー音だ。システムが限界迎えた時に鳴る、あの甲高いやつ。
「……角は?」
すぐ近くで、震えた声がした。うるさい病室の中で鮮明に聞こえた言葉。期待と不安がぐちゃぐちゃに混ざった声。ああ、これ、たぶん親だ。
きちゃぁぁぁぁぁぁぁあ!!
初期ステータス確認ちぇーーっく!!
「二本だ。折れていない。しかも……」
一瞬、言葉が止まる。
その沈黙が、やたら長く感じた。
「立派だな」
その瞬間、頭の上に確かな重みを感じた。
角。鬼の証。この里では、力そのものを示す印。
なるほど、と内心で思う。
とりあえず、初手即死ルートは回避できたっぽい。
……が。
同時に、嫌な予感もじわじわと湧いてくる。
二本角。しかも立派。
それは期待されるってことだし、比べられるってことだし、妬まれるってことだし、リゼロ世界的に言えば、だいたいロクな未来に繋がらないフラグでもある。
才能がある?はい地獄。
期待される?はい悲劇。
知ってる。
嫌になるほど知ってる。
それでも――それでもだ。
俺は内心で、笑っていた。
赤子の泣き顔を必死に貼り付けながら、その裏側では思考がもううるさいくらいにはしゃぎ回っている。
最悪だ。
ほんと最悪。
でも、やばいくらい面白そうでもある。
この世界の悲劇も、絶望も、だいたい知っている。
知っているから怖いし、知っているからこそ、ここまで来てしまった。
――ここで生きるのも、悪くない。
少なくとも、退屈だけは、絶対にない。
俺という桃太郎(鬼)が生まれてどんぶらこ〜どんぶらこ〜してから数年が経ちそうになった頃のこと。
近所が、やけに騒がしくなったのは、雪が少し緩み始めた昼下がりで、普段なら雪を踏みしめる音と子供の笑い声くらいしか聞こえないはずの道に、大人たちの足音がやたらと増え、声も妙に弾んでいて、同じ言葉があちこちから何度も何度も反射するように聞こえてきた、その時だった。
「双子だってさ」
「鬼族で双子なんて……」
「角は?……」
――お?
その瞬間、俺の中で、何かがぱちん、と音を立てて弾けた。
待て待て待て、ちょっと待て、今なんて言った、双子?この里で?このタイミングで?まさかとは思うけど、いや、でも、原作知識的に考えると時系列的にも位置的にも辻褄は合うし、可能性は普通にあるし、っていうかこの世界で「双子」「鬼族」「里」って単語が同時に出てくる時点で、候補はほぼ一択なんだが!?
鬼族のラムとレム
……まじ?
いや、まじで?
おいおいおい、ちょっと待てよ、俺だって里の中を探して見たけどいなかったし、ラムとレムってもっと後の世代だと思い込んでたんだけど、もしかしてこれ年下設定なのか?まあ原作じゃハッキリとした年齢出てなかったもんな〜。そもそも女の子の歳なんてそう詮索するのも野暮だから詳しく調べなかったけど、マジか。原作介入しやすくなるぜ!やば、そう考えたら一気にテンション上がってきたんだけど!?
俺は思わず口角を吊り上げて、完全に油断しきった、だらしないニヤけ面を晒してしまい、その様子を見た母親に「こら、そんな顔するもんじゃないよ、何考えてるか分かんないけど、あんたがそんなことするのは大抵ろくでもないことなんだから」と、呆れてどでかい溜息をつかれながら、床を掃いていたホウキの柄の部分で軽く頭を叩かれた。
殺意高えなあ!?!?
座敷を母が掃除をし、父と2人で談笑していたためニヤケっ面は真正面にいた父にも見られていた訳で、、
「お?やっぱ隣の家のまこちゃん好きだったか?」
俺の顔に髭を足したくらいそっくりな父(いこーる父親似)がカンスト級に持ち合わせている煽りスキルを披露しないはずがなく、俺の隣に素早く身体を滑り込ませ肩を組んだ。
違う違う違う!!
マジで違うから!!
それは断じてそういうのじゃなくて、オタクが知ってるイベントに遭遇した瞬間に発症する条件反射みたいなもので、説明したら多分三倍くらいキモがられるから敢えて黙ってるだけだから!!
とてつもなくウザ絡みしてくる父に照れ隠しのクロスアッパーを軽くかけ、イデデデ!と発する声を無視し青とピンクの可愛い少女達の将来に黄昏れるのであった。
双子の家は出産すぐは大慌てだったこともあり外部の人間を立ち入り禁止にしていたが、数ヶ月経ち解禁したのだった。
俺はその当日にその双子を見物しに遊びに行った。
小さくて、まだ世界が何なのかも分かっていない顔をした二人で、同じ顔、同じ声、同じ体温をしているはずなのに、不思議なくらい放つ雰囲気だけが微妙に違っていて、片方は泣いているのにどこか気丈で、視線がぶれず、芯の強さみたいなものを感じさせ、もう片方は不安そうに眉を寄せ、ピンク色の髪の双子の姉の腕に縋るように小さく身を縮めていた。
――ああ、これ。
間違いない。
ラムと、レムだ。
そう確信した瞬間、胸の奥がぞわっとして、背中を冷たいものが走ったみたいな感覚があって、画面越しでも文字越しでもなく、物語の中の存在でもなく、現実としてここに生きて、呼吸して、二人を目の前にして、ようやく本当にこの世界に来てしまったんだな、という実感が遅れて押し寄せてきた。
……が。
それとほぼ同時に、空気が、明らかにおかしいことにも気づいた。
祝福の言葉よりも、ひそひそとした囁きの方が多く、喜びよりも、どこか引っかかるような、不安と警戒が混ざった視線が、じわじわと二人に集まっていく。
「……双子、か」
「鬼族で双子は……」
「角は一本ずつ、だそうだ」
その言葉を聞いた瞬間、俺の中で、さっきまで跳ね上がっていたテンションが、音を立てて一気に冷えた。
ああ、そうだ。
そうだった。
鬼族において、双子は凶兆で、魔力は分散され、角は一本ずつになり、“不完全”とされ、忌み嫌われ、遠巻きにされる存在。
原作で知っている。
嫌になるほど、知っている。
さっきまで期待に輝いていたはずの大人たちの目が、ジジイどもの戯言を聞いた後、警戒に変わり、警戒が失望に変わり、その失望が無言の評価として二人に向けられていくのを、俺ははっきりと感じ取っていた。
……は?
いや、ちょっと待て。
おかしいだろ。
ほんの数分前まで「鬼族の未来」だの「希望」だの言ってた連中が、角の本数が一本ずつってだけで、その目になる?同じ赤子だぞ?まだ何もしてねぇし、悪いことなんか一つもしてねぇだろ?
内心で、強烈な不快感が、胃の奥からせり上がってくる。
ふざけんなよ。
生まれた瞬間からマイナス評価とか、どんなクソ仕様だよ。
リゼロ世界、難易度設定バグってんだろ。
俺は、気づけば一歩前に出ていた。
まだ子供の体で、発言力なんて皆無で、何ができるわけでもないのに、それでも、黙って見ていられなかった。
「……別に、普通じゃん」
場の空気を完全に無視した、軽い声。
でも、俺なりの、精一杯の反対だった。
「二人とも、生きてるし、泣いてるし、ちゃんと鬼だろ」
一瞬、周囲が、凍りついたみたいに静まり返る。
驚いたように俺を見る大人たちの視線を受けながら、俺は内心で盛大に舌打ちしていた。
ああ、もう。
こういうの、本当に嫌いだ。
力があるとかないとか、角が何本だとか、そんなもんで価値を決めるな。
少なくとも、俺の前で、この二人を“凶兆”扱いするな。
その時、ラムが――ほんの一瞬だけ、俺を見た、気がした。
赤子の、何も分かっていないはずの目。
それでも確かに、俺の方を。
……気のせいかもしれない。
でも、それでいい。
それから俺は、意識的に二人の傍にいるようになった。
遊んで、笑わせて、転べば手を差し伸べて、泣けば声をかけて、少しでも周囲の視線が和らぐように、少しでも「普通の子供」だと思われるように。
近所の、よく遊んでくれるお兄ちゃん
そのポジションを、誰にも奪わせない勢いで、がっちりと掴みにいくことにした。
ラムとレムと一緒に過ごす時間は、正直に言って、拍子抜けするくらい普通で、そして少しだけ、胸の奥がむず痒くなるような穏やかさに満ちていた。
雪が少しだけ溶けて、地面がぬかるみ始めた頃、俺たちは里の端の方、風が弱くて子供が集まりやすい広場みたいな場所に集まって、特に意味もなく走り回ったり、石を拾って投げたり、誰が一番遠くまで雪玉を飛ばせるかで張り合ったりしていた。
「ほらレム、走るのが遅いわよ」
ラムが得意げに言いながら、細い足で器用に雪を蹴散らして前を走る。
「ま、待って、お姉ちゃん……!」
レムは転ばないように必死で後を追いかけていて、その様子があまりにも分かりやすくて、俺は思わず吹き出しそうになるのを必死で堪えた。
――ああ、これだ。
これこれ。
原作で何度も見た、聞いた、読んだやり取りが、今は目の前で現実として展開されていて、その事実が嬉しいのか、懐かしいのか、それとも単にオタク的興奮なのか、自分でもよく分からない感情が胸の奥でぐちゃぐちゃに混ざっていた。
内心ではもう完全にやかましかった。
やばい、尊い、可愛い、無理、しんどい、知ってる残酷な未来があるのが逆にしんどい、でも今は平和、今だけは何も起きてない、今はただの子供だ、今は……。
俺は里の中の子供の中で一番の年長という立場をいいことに、自然とまとめ役みたいなポジションに収まっていて、ラムやレムと遊ぶ時は転びそうになったレムの腕を掴んだり、調子に乗りすぎたラムの頭を軽く小突いたりしながら、近所でよく遊んでくれる兄ちゃん枠を、着実に、そして抜け目なく固めにいっていた。
「カストル、また変な顔してる」
ラムがじっと俺の顔を見て言う。
「してねぇよ」
「してる。ニヤニヤしてる」
「してないっての」
嘘である。
完全にしていた。
だって仕方ないだろ。
ラムとレムが、まだ笑ってる。
まだ、何も失ってない。
原作で知ってるあの絶望的な未来を思い出すたびに、今この瞬間が、信じられないくらい貴重に見えて、無意識のうちに、少しでも長くこの時間を引き延ばそうとするみたいに、二人の近くに居続けていた。
……だから、だ。
その違和感に気づいたのは、本当に突然だった。
最初は、ほんの少し、頭が重いな、くらいだった。
走り回ったせいだろう、と軽く考えて、雪の上に腰を下ろした瞬間、内臓が、ぐるりと裏返るような感覚がした。
視界が、暗くなる。
さっきまで白く眩しかった雪景色が、急に色を失って、世界全体が、じわじわと影に沈んでいくみたいに見えた。
――あ、これ、ヤバいやつ。
本能的にそう理解した。
息が、重い。
胸の奥に、冷たい水を流し込まれたみたいな感覚が広がっていって、身体の内側から、じわじわと力が抜けていく。
「カストル?」
レムの声が、少し遠くで聞こえた。
「大丈夫?」
……大丈夫、じゃない。
俺は内心でそう悪態をつきながら、必死で状況を整理しようとしていた。
疲労?
体調不良?
いや、違う。
この感じ、知ってる。
身体の内側から、何かが目覚めて、勝手に蠢き始める感覚。
――魔法属性の発現
しかも、これは。
空気が、妙に冷たい。
光が、やけに遠い。
影だけが、やたらとはっきり見える。
……やば。
ラムとレムが必死になってこちらに手を伸ばす光景を見て自分も手を伸ばすが、虚しくも意識はぷっつりと途切れるのだった。
次に瞼を開けたとき、最初に刺さったのは雪の冷たさとは別種の、鋭くて刺すような冷気で、呼吸をするたびに喉の奥がヒリヒリして、体の表面を薄い氷が這っていくような感覚がした。
ゆっくりと首を回すと見慣れた小屋の梁が視界に入って「ああ、生きてる」と安心したのも束の間、胸の奥にずしりと新しい重さがのしかかっているのを感じ、身体の内側にもう一枚影が貼りついたような鈍さが広がるのを逃さなかった。それで俺が発現したのは陰属性だと分かった。
その瞬間、理解が一気に追いついた。発現したのが陰属性という事実が、冷たい刃のようにじわりと刺さってくる。
視線を移すと、入口に立っている大人たちの輪が見え、その顔には心配でも怒りでもない、線を引くための冷たい目が並んでいて、誰かの低い声がぽつりと「……陰、か」と漏らしたその一言で、場の温度がさっと落ちるのが体感として分かった。
元々里で、陰属性を発現した鬼は理解不能な妖もどきの術を使い人々を困難に追い詰める、とのガセネタがある。更に陰属性を発現するのが極稀なのと不運にも頭のおかしい犯罪者だけだったのも原因で陰属性を発現した者は例外なく迫害されている。
さっきまで村の子供たちをまとめ上げる「将来有望」の二本角だと持ち上げてくれていたその視線が、音もなく後退して評価やぬくもりが剥がれていくのを見て、俺は思わず苦い笑いを吐いた。ちっ、という舌打ちと、やはりかという冷めた納得が同時に胸の中で渦巻いて、抱かれていた手が一歩遠のき、声のトーンが低くなる変化を誰より早く感じ取ったとき、雪の白さまで急に冷たく、遠いものに見えた。
ちらりとラムとレムを見ると、二人の目には戸惑いと少しの怖さが混じっていて、その表情に胸がきゅっと締め付けられ、雪の上で笑い合っていたほんの少し前の時間が途端に遠いものに思えて、布の中で小さく息を吐きながら、これから始まる「忌みられる側」の時間の始まりを、静かに刻み始めた。
陰属性が発現してから、里の中で俺の立ち位置は静かに変わったけど、ラムとレムとの距離だけは、驚くほど変わらなかった。
相変わらずラムは素直じゃなくて、俺が近づくと「別にアンタのためじゃないわ。レムとラムがしたいことだから」とか言いながら、困ってるとさりげなく手を貸してくるし、そのくせレムが俺の隣に長くいると、分かりやすすぎるくらいに不機嫌になる。
あーはいはい、知ってる知ってる、重度のシスコンね。公式設定通りで安心しました。
レムはレムで、陰属性だの何だのは本当に気にしていない顔で、俺が何か作業をしているとすぐ隣に来て「大丈夫?」「無理しないで」とか自然に声をかけてくるタイプで、その優しさが逆に刺さる。
いや待って、そんな普通に接されたら、こっちが変に意識しちゃうんだけど!?
でも同時に、ああ、この子は嫌わないんだなって、はっきり分かる安心感もあって、胸の奥が少しだけ軽くなる。
陰属性が発現してからも、ラムとレムとの距離だけは驚くほど変わらなくて、というか正確にはラムの態度は変わらないどころか順調に毒のキレが増していき、それを俺が「はいはい通常運転」と受け止めるのが日常になっていた。
「……本当に鈍くさいのね、その持ち方じゃ箱が壊れるに決まってるでしょ、頭まで筋肉でできてるの?」
そう言いながらも、ラムは俺の横にすっと立って、何も言わずに箱の端を押さえてくれるもんだから、口の悪さと行動の優しさの落差で毎回脳がバグりそうになるし、内心では出ました鬼族式ツンデレ完成形って拍手したくなる。
陰属性が発現してから幾ばくかの月日が経ち、いろんな技を習得していた。その中には原作でベアトリスやスバルが使っていた技もあった。
全部が全部パクリではないはず!!けっして!!
俺はそのまま陰魔法を薄く重ねて、箱の重さだけを誤魔化すように操作した。ムラク、っと……これスバルが使ってたやつだわ、思ったより実用的で荷物運びが楽になる!カストルくん一家に一台どうですか!!便利ですよ!!なんて内心でテンションを上げていたら、箱が不自然なくらい軽く動いた瞬間に、ラムの動きがぴたりと止まった。
「……今の、何」
低くて鋭い声、警戒はしてる、でも逃げない、その距離感があまりにもラムらしくて、俺は変に誤魔化すのをやめて「陰魔法だよ、重さをちょっと弄っただけ」と正直に言ったら、ラムは一瞬だけ眉をひそめたあと、ふん、と小さく鼻を鳴らして視線を逸らした。
「……便利な力じゃない、少なくとも里の連中が騒ぐほど、気味悪くもないわ」
――その一言が、思った以上に胸に刺さって、
ああこの子、毒舌だけど“切る時の言葉”はちゃんと選ぶんだよなって、分かってしまった。
レムはその横で、相変わらず柔らかく微笑んでいて、「お姉ちゃん、言い方はきついけど、本当は助かってるんだよね」と空気を丸くするように言い、ラムは「うるさいわ、レム、仕事が早く終わるだけよ」と言い返しながらも、俺から一歩も距離を取らない。
嫌ってない。
避けてない。
それだけで、この里の冷たい視線の中では十分すぎるほどの救いだった。
大人たちが俺を見る目を変えていく中で、ラムは毒を吐き、レムは笑い、二人とも「今まで通り」で接することを選んでいるのがはっきり分かって、俺は内心で小さく苦笑する。
――ああ、最悪だな。
こんなふうに普通にされると、
守りたい理由が、増えるんだよ。
毒舌でツンツンしてて、でも誰よりも身内に甘い鬼の姉と、
全部を包み込むように優しくて、同じくらい姉バカな妹。
解像度、高すぎだろ。
しかし、俺ははっきりと理解していた。この里は、いずれこの二人のことも、俺と同じ扱いをする。
双子で、角が一本で、凶兆で――そんな理由で。
幼かったから扱いもそこまで目に見えるものではなかったのに。
――もしこの二人が、「凶兆」扱いされる日が来たら。
その時はもう、
俺は大人しく嫌われ役をやるつもりなんて、欠片もない
それは、ある日突然、というよりは――
最初から決まっていた結末に、ようやく理由が与えられただけ、そんな感じだった。
発端は些細な噂だった。
「双子の調子が悪い」「最近、ラムの魔力が不安定だ」「レムが夜に泣いているらしい」
そんな、どれもこれも決定打にはならない、でも不安を煽るには十分すぎる言葉が、雪解け水みたいに里の中を静かに広がっていって、その中心にいつの間にか俺の名前が置かれていた。
――陰属性の子が、近くにいるからじゃないか。
来た来た来た来た来た。
ああもう、知ってた、知ってたよこの流れ、責任転嫁のテンプレート、異世界版でも健在ですかそうですか!!
双子が忌み子として見られていることも、陰属性の俺が「異物」扱いされていることも、全部知ってる、知ってるからこそ、嫌な予感はずっと胸の底に沈んでいたけど、それでも実際にその瞬間が来ると、内心は一気に騒がしくなった。
「……最近、あの子と双子が一緒にいる時間が長すぎる」
「陰の力は、周囲を蝕むことがある」
「もし、双子の角が折れたら?」
大人たちの言葉は、どれも“仮定”の形をしているくせに、結論だけは最初から決まっていて、俺は輪の外からその様子を眺めながら、ああこれはもう議論じゃないな、と冷静な自分がはっきり理解してしまった。
――守りたいんじゃない。
――切り捨てたいだけだ。
しかも、自分たちの手を汚さずに。
決定打になったのは、ラムが熱を出して倒れた夜だった。
ただの過労。
魔力の使いすぎ。
里の医者もそう言った。
それなのに、大人たちは頷かなかった。
「陰属性の影響がないとは、言い切れない」
その一言で、空気が変わった。
俺が何か言う前に、レムが一歩前に出て、「お兄ちゃんのせいじゃない」と必死に否定して、ラムは布団の中から無理やり顔を上げて「……関係、ないって言ってるでしょ……」と毒舌すら弱々しく吐いたのに、それを見た大人たちの目は、むしろ“確信”に近づいていく。
――ほら、双子が苦しんでいる。
――原因は、あそこにいる。
最低だな、ほんと。
俺はその場で理解した。
こいつらは、双子を守るために俺を追い出すんじゃない。
双子を理由にして、俺を追い出すだけだ。
最終的な宣告は、驚くほど静かだった。
「……あの子を、里の外に出そう」
「双子のためだ」
「これ以上、凶兆を重ねるわけにはいかない」
誰一人として俺を見なかった。
視線は双子に向けられ、同情と恐怖と自己正当化が綺麗に混ざった、あの嫌な目で固められていた。
――は?
内心が一気に爆発した。
ふざけんな、守るなら双子だろ、切るなら自分たちの偏見だろ、なんでそこで俺を切り捨てる判断になるんだよ、論理どうなってんだ、脳みそ雪に埋まってんのか!?
でも、声に出す前に、ラムが先に言った。
「……ふざけないで」
震えてる。
でも、逃げてない。
「アンタたちが怖いのは、カストルじゃないでしょ。陰属性がどうとか、私達を理由にしてるけど、本当は“理解できないもの”が嫌なだけじゃない」
――やめろ、ラム。
それ以上言うな。
そう思った瞬間、俺の手を、レムがぎゅっと掴んだ。
小さな手。
必死に、離さない手。
「お兄ちゃん、行かないで……」
ああ、ダメだ。
これは、ダメなやつだ。
この里は、もう終わってる。
俺は深く息を吸って、内心の騒音を無理やり押さえ込みながら、はっきりと理解していた。
ここに俺の居場所はない。
でも――
この追放は、“逃げ”じゃない。
双子を盾にして追い出すなら、
その選択を、いつか必ず後悔させてやる。
そう、静かに決めた。
決定的だったのは、誰かがはっきりと「出ていけ」と口にした瞬間なんかじゃなくて、もっと静かで、もっと逃げ道のない形で、いつの間にか俺の周囲に出来上がっていた“準備完了の空気”そのものだった。
気づいた時には、俺が使っていた寝床の脇に、明らかに日常用じゃない荷物が揃えられていて、厚手の外套や保存の利く乾肉、簡易的な火打石や小さな水袋が、まるで最初から「里を出る予定だった者」の私物みたいな顔をして並んでいた。
……あー、はいはい、なるほど。
これ、相談じゃないな。通達ですらない。
もう終わってるやつだ。
誰も俺を囲んで責めたりしないし、怒鳴り声が飛ぶこともない。
ただ、俺が通ると人の流れが微妙にずれて、子どもは親の背中に隠され、大人は目を合わせる前に視線を外すようになっていて、その一つひとつが「ここに居続ける想定が消された」証拠として、やけに分かりやすかった。
内心では「いや俺まだ生きてるし!存在してるし!」と騒ぎ散らかしているのに、表情も動きも妙に落ち着いてしまっている自分に、正直一番驚いていた。
決定打になったのは、その夜だ。
自分の部屋の近くで、抑えた声で話す大人たちの会話が、壁越しに滲むように耳に入ってきて、その内容が“俺の処遇”についてだと理解するまでに、そう時間はかからなかった。
「……双子にこれ以上近づけるのは危険だ」
「次に倒れた時、何が起きるか分からない」
「念のため、外に出しておくべきだ」
念のため。
もしもの時。
万が一。
便利すぎる言葉だな、と内心で笑ってしまった。
誰も責任を取らなくて済む、切り捨て専用ワード。
……ああ、なるほど。
俺は“危険物”として処理されるんだ。
両親が「うちの子供は危険じゃない」「私達から息子を取らないで」とたまに糾弾する声が聞こえたが、時間が経つにつれ陰属性に対する不満が爆発した大人達により強制的に決定させられた。
その場を離れ、荷物を纏めて家を出る。里から出ていく前に双子の家を少し覗き出発しようとした瞬間、背後から聞こえた声に、足が止まった。
「……行くの?」
振り返ると、そこに立っていたのはラムで、まだ完全には回復していないはずなのに、いつも通りの強気な目で、俺をまっすぐ見据えていた。
少し遅れて、レムも顔を出す。
二人とも状況を完全には理解していないはずなのに、何かが終わろうとしている空気だけは、ちゃんと感じ取っている顔だった。
「まあ、な」
俺がそう言うと、ラムは一瞬だけ言葉に詰まり、それからいつもの毒舌を、怒りよりも悔しさを込めた声で吐き出した。
「……最低ね。自分たちが怖いからって、追い出すなんて」
それな!?!?ジジイたち自分勝手すぎな!?
レムは何も言わず、ただ俺の服の端を小さな手で掴んでいて、その力の弱さが逆に離れがたさを強調してくるせいで、内心が一気に騒がしくなった。
やばい。
このままだと、普通に泣く。
だから俺はしゃがんで、二人と同じ目線になって、できるだけ軽い調子を装って口を開いた。
「大丈夫だって。こういうの、俺わりと慣れてるからさ」
当然、大嘘だ。
「外の世界、ちょっと見てくるだけだ。消えるわけじゃない」
ラムは納得していない顔のまま、「……嘘つき」と小さく呟いた。
その通りすぎて、何も返せなかった。
レムは一度だけ強く服を掴み、それから自分で手を離した。
その仕草があまりにも静かで、大人びていて、胸の奥が痛んだ。
出発は、夜明け前だった。
雪を踏みしめる音だけがやけに大きく響いて、振り返ったら何かが壊れそうで、俺は前だけを見て歩いた。
最後に一度だけ、視界の端で里の灯りを捉えながら、内心で呟く。
――じゃあな、鬼の里。
――守れなかったんじゃない。切り捨てたんだ。
外套の中で拳を握ると、指先が冷えているのが分かる。
寒い。確かに寒い。
でも胸の奥は、不思議なくらい静かだった。
孤独で、未知で、危険だらけ。
それでも――
ここに残るよりは、ずっと自由だ。
俺はそう確信しながら、雪の山道を、一歩ずつ、確実に里から離れていった。
数ヵ月後、里はたった二人の生存者を残して全壊した。
俺はそれから雪が嫌いになった。
いやー。予定よりシリアス回になってしもうた。そんなこともある。(暴論)ラムレムちゃんは主人公のことを差別をモノともしないカッコいい兄貴分としてみてます。
主人公くんが里を出た後はラムレムが一本角の迫害を受けます。しかし、その後ラムがつよつよ風属性が発現したことにより原作展開になります。
カストル:双子座の主要な星。ギリシャ神話では「優れた戦士」