【完結】イルシアの口を掃除したいだけの人生だった 作:烏何故なくの
『ヴォルクさン、歯を掃除するからちょっとこっちまで来て』
「……うむ。わかった」
最東の異境地で、ハデス・マンドラゴラを倒し持ち帰った後のことだった。
イツマデの言葉に従い、我は立ち上がりイツマデについていく。
なんとなく、相談ごとがあるのだろうと察していた。
我はイルシア一派に最近加わったばかりだ。
外部の者にしか話せないことがあるのだろう。
川の傍まで来て、イツマデは我に向き直る。
『悪いね。人間であるヴォルクさんにしか頼めない相談なのサ』
「ふむ……? イルシアたちには解決できん相談だと?」
イツマデは頷き、ゆっくりとシルエットを大きくしていく。
〖人化の術〗だろう。
スキルレベルも相当に高いらしく、数秒と立たずに小さな少女の姿になった。
少女と視線が絡まる。
その目からは、大粒の涙がこぼれていた。
『目から水が止まんないのサ。鳥の姿だと大丈夫なんだけど……。ここにきた時くらいからなんだ。人化すると、どうしてもあふれて止まらなくなる。人間って、なんでこんなに不便なのかな』
我は思わず口を閉ざす。
……おそらく、イルシアの片割れが死んだ悲しみを、処理しきれていないのだろう。
魔物の身体構造は人間とは違う。悲しいからといって、それが表に出るような作りではないのだ。
「……〖ディメンション〗」
我は魔物の慰め方など知らぬ。人間の慰め方も知らぬ。
だが、剣なら。
剣の道なら、多少は通じているつもりだ。
我はディメンションに幼少期に入れていた木刀を取り出した。
涙を流すイツマデに、木刀を渡す。
「振るといい。感情の置き場が見つかるまで……そうだな、千回は振るのだ」
『はぁ……はぁ……ヴォルクさん、あと何回?』
「732回だ」
『……〖ハイクイック〗』
イツマデが魔法を自分にかけ、高速で木剣を振り回し始める。
バフ魔法を使った方が体は疲弊すると思うのだが……。
まあ、いい。〖人化の術〗に使用できるMPも限りがあるだろう。
『997……998……999……1000!!』
勢いそのままに、木刀が地面に落ちる。
それとともに、イツマデも地面に転がった。
イツマデの顔からは、もう涙はこぼれていなかった。
「悩みは解決、ということでいいか?」
『うん。ありがと、ヴォルクさン』
どこか晴れやかな顔で、イツマデは笑みを見せる。
それとともに口に指をあて、口笛を鳴らした。
ぴゅぅーぴぃっ。
〖ホイッスル〗の音は、霧の中を反響して響いていく。
『左の君に、届くかな』
「どうだろうな……」
魂があることはアンデッドの存在からも確かめられているが、魂がどうなっているかまではわからない。
だが、イルシアの片割れに届く可能性は十分にある。アロという一例もあるからな。
「届くといいな」
我は真剣に、イツマデの〖ホイッスル〗が反響する音を聞いていた。