広げろ、陰の実力者の、解釈を!! 作:実験者
僕は毎朝、決まった時間に目を覚ます。
七時三十二分。
目覚まし時計が鳴る前に、いつもぴたりと目が開く。それは習慣というより、もっと生理的な何かだ。体が勝手に時計の針に合わせている。
カーテンの隙間から差し込んでくる朝の光は、今日も昨日と同じ角度で、ベッドの端に細長い影を落としている。
その影は毎朝少しずつ長くなったり短くなったりするけれど、僕はその変化を数えるのをやめた。数えたところで何も変わらないから。洗面台の前で歯を磨きながら、鏡の中の自分を見る。
特に何も思わない。ただ、そこにいる。
歯ブラシの柄は青。もう三年使っている。毛先が少し開いてきて、そろそろ買い替えるべきだとわかっているのに、なぜかまだ捨てられない。
そういう小さな怠惰が、僕の日常を構成している一部分だ。ネクタイを締めるときも同じだ。濃紺の、控えめなしま模様。誰の目にも留まらない。留まってもすぐに忘れられる。
それが僕の選んだ仮面の色だ。でも本当は、仮面の下に別の顔がある。その顔は、夜になると現れる。いや、正確には夜にだけ許される。
昼の光の下では、僕はその顔を深く押し込めておく。押し込むというより、別の次元に折り畳んでしまっている。まるで古いコートをクローゼットの奥に仕舞うみたいに。昨夜もまた、僕は古い石造りの倉庫の屋根の上にいた。
屋根瓦は苔で滑りやすくなっていて、ところどころ欠けている。風が冷たくて、耳の後ろが痛かった。下ではいつものように、誰かが誰かを殴り、誰かが誰かを脅し、誰かが誰かの命を値踏みしていた。
数字と血と恐怖が混じり合った、いつもの夜の取引。
勇者ヒンメルが魔王を倒してから、もう何年経っただろう。
表の歴史書には「平和が訪れた」と書かれている。でもここでは、ただ別の種類の戦争が続いているだけだ。公的な機関だったディアボロス教団は、表の名前を変えた。
今は「先端魔法研究機構」とか、もっともらしい肩書きを並べている。
彼らはもう魔王を殺す研究をしない。代わりに「魔力の本質の解明」「人類種の進化の再定義」「次世代の支配構造の設計」といった言葉を丁寧に並べる。
でも僕にはわかる。
彼らが本当に欲しいものは、昔と変わらない。
純粋な力。
壊すことも、直すことも、助けることも、傷つけることもできる自由で膨大で強度な力。
ただそれだけ。
僕は屋根の端に腰を下ろして、思った。
隠すって、本当に必要なのだろうか。
僕は、そういうのが好きだった。
誰も知らないところで最強であること。
誰も気づかないところで全ての駒を動かして、誰にも感謝されず、誰にも恨まれず、ただ静かに盤面から消えていくこと。
それが「陰の実力者」というものの、最も美しい形だと信じていた。ローリスクで、静かで、どこか詩的だった。でも最近、その考えが少しずつ色褪せてきた。光があまりにも弱いと、影だって薄っぺらくなる。
巨大で、眩しくて、誰も目を逸らせないような光があって、初めて深い、濃い、底の見えない影が生まれる。だったら、僕はその両方をやればいいんじゃないか。
表では光を名乗り、裏では闇を貫く。どっちも中途半端じゃなく、どっちも徹底的に。現実や未来に希望がなくても死ぬことなんていつでもできる。
それはあまりにも簡単すぎる出口だ。
ボタンを押すみたいに、ただ終われる。でも僕は、そういう終わり方を嫌いだ。
自分の理想に、ほんの少しでも近づいたという実感を持たないまま死んでいく人間を、僕はどうしようもなく軽蔑する。いや、軽蔑というより、もっと深いところで拒絶している。だから僕は、もう隠すのをやめようと思った。
いや、正確には「隠す必要がない」レベルまで、自分を押し上げようと思った。光の側に立てば、僕は勇者になれる。
正義を掲げ、秩序を守り、正式な手続きの中で悪を裁く存在。
人々は僕を英雄と呼ぶかもしれない。
名前を覚え、肖像画を描き、銅像を建てるかもしれない。同時に、闇の側に立てば、僕は魔王になれる。
必要悪として、表の法では裁けないものを切り裂く。
血と泥と裏切りの中で、誰にも理解されないまま、ただ結果だけを残す。その矛盾の真ん中で生きる。
光と影が交錯する、ちょうど境界線の上を歩く。
そこにこそ、今の僕が求める「陰の実力者」の新しい形がある気がする。
僕は小さく笑った。誰も聞いていない、誰も見ていない場所で。
「人間ってさ、もっとなんかできるだろ」
その言葉は、風に溶けて消えた。でも僕の胸の奥には、確かに残った。小さな、でも消えない熱のようなもの。下の叫び声はまだ続いている。でももう、すぐに静かになる。
僕が、そう決めたから。僕は立ち上がった。
屋根瓦が小さく軋んだ。
風が冷たい。
耳の後ろがまだ少し痛む。でもその冷たさが、嫌いじゃない。むしろ、好きだと言ってもいいかもしれない。明日の朝、また同じ時間に目が覚めるだろう。
七時三十二分。
カーテンの隙間から同じ角度の光が入ってくる。僕はまた、平凡なカゲノー家の次男として、誰にも気づかれずに朝食を食べる。
トーストに薄くバターを塗って、紅茶を少し冷まして飲む。新聞をめくりながら、誰かが書いた英雄譚を斜め読みする。でもそれは、ただの仮面だ。本当の僕は、ずっと別の場所にいる。光が強すぎて目が眩む場所と、闇が深すぎて息が詰まる場所の、ちょうど真ん中に。そこに立っているのが、今の僕だ。僕はもう一度、ネクタイを軽く締め直した。
結び目が少し歪んでいるのに気づいたけど、直さなかった。歪んだままでいい。完璧すぎる仮面は、逆に嘘くさいから。階段を下りて、倉庫の裏口から外に出た。
夜の街はまだざわついている。でもそのざわめきは、もう僕には届かない。僕の耳には、もっと大きな音が聞こえている。自分の理想が、ほんの少しだけ近づいてくる音。それが聞こえる限り、僕は歩き続ける。
「まずは英雄になるところから始めようかな」
僕は友人のドラゴンに連絡した。
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