広げろ、陰の実力者の、解釈を!! 作:実験者
目的の村は壊滅していた。
「……酷い」
「魔力の残滓がある。魔法が使えるのは魔族と一部の人類種だけ。あるいはアーティファクトか」
「生存者の捜索と、死体の回収しましょう。死体は教会へ」
生存者の捜索と死体を回収することになった。
僕はウィクトーリアの隣で、焼け焦げた木材の破片を慎重にどかした。煤と灰が舞い上がり、彼女の白いローブの裾をさらに黒く汚していく。
それでも彼女は一言も文句を言わず、ただ黙々と手を動かし続けていた。
小さな指先が、焦げた布地に触れるたび、微かに震えているのが見えた。僕はそっと、彼女の肩に触れそうになった手を止めて、代わりに低い声で言った。
「聖女殿下、少し休んでください。この作業は、僕一人でも進められます。あなたは祈りを捧げるだけで十分です」
ウィクトーリアは手を止め、ゆっくりと顔を上げた。
目隠しの下から、静かな視線が僕に向けられる。
「……ありがとうございます、所長。でも、私は自分で手を動かしたいのです。この人たちに、せめて最期の瞬間まで、誰かがそばにいてあげられたことを感じてほしい。私がここにいることで、少しでも魂が安らぐなら……」
彼女の声は穏やかだったが、どこか無理をしているように聞こえた。
長い行軍の疲れ、村の惨状、そして自分の役割の重さ。すべてが、彼女の小さな体にのしかかっている。僕は軽く息を吐き、彼女の隣に膝をついて、同じ高さの目線になった。
「わかりました。ですが、無理はしないでください。あなたの体が倒れてしまっては、弔うことも、祈ることもできなくなります。……少し、水を飲んでください」
僕は腰の水筒を外し、蓋を開けて差し出した。
彼女は一瞬躊躇した後、静かに受け取った。目隠しをしたまま、唇を水筒の縁に寄せる仕草は、どこか儚げだった。
水を一口、二口。
喉が小さく動く。
それだけで、彼女の肩の力がわずかに抜けたように見えた。
「ありがとうございます……本当に」
彼女は水筒を返しながら、かすかに微笑んだ。目隠し越しでも、その柔らかな表情が伝わってくる。僕は水筒を腰に戻し、再び死体を運ぶ作業に戻った。
崩れた梁の下から、幼い子供の遺体が出てきた。まだ小さな手が、母親らしき女性の服を握りしめている。ウィクトーリアが、静かにその子を抱き上げた。
小さな体を、優しく胸に抱き寄せる。
彼女の指が、子供の髪をそっと撫でる。
「……ごめんなさい。遅くなってしまって」
囁くような声。聖女の祈りではなく、ただの少女の言葉のように聞こえた。僕は隣で、同じように母親の遺体を慎重に持ち上げながら、彼女に言った。
「聖女殿下。あなたは、決して遅くありません。今、ここにいてくれるだけで、十分です。この子たちは、あなたの温もりを、最後に感じられる。それだけで、魂は救われるはずです」
彼女は小さく頷き、子供の遺体をそっと地面に置いた。そして、両手を合わせ、静かに祈りを捧げ始める。僕は彼女の横で、同じように祈りの姿勢を取った。
表向きは護衛としての礼儀。だが、内心では、彼女の無垢さが、どこか痛々しく感じていた。聖教は彼女を救った。だが、同時に、彼女を道具に変えようとしている。
美しい聖女として、強化され、使い捨てられる運命。
彼女自身は、それを知らないまま、ただ純粋に慈愛を振りまいている。僕は視線を上げ、灰色の空を見た。
「聖女殿下」
彼女が祈りを終え、顔を上げる。
「もし、疲れたら、すぐに言ってください。僕が背負います。あなたが倒れる前に、僕がすべてを支えます」
言葉は形式ばった調子のままだったが、声の奥に、わずかな温かみを込めた。ウィクトーリアは一瞬、言葉を失ったように見えた。
それから、ゆっくりと頭を下げた。
「……所長。あなたは、本当に優しい方ですね。護衛の務めを超えて、私を気遣ってくださって……ありがとうございます」
彼女の声が、少しだけ震えていた。僕は小さく首を振った。
「護衛の務めです。あなたの安全が、僕の任務のすべてですから」
嘘ではない。だが、真実のすべてでもない。僕は彼女の安全を守る。同時に、この状況を、僕の思うように操る。灰が風に舞い、遠くで木々がざわめく。
アルファとゼータの気配が、周囲を固く包んでいる。僕はウィクトーリアの横に立ち、再び死体を運び始めた。彼女の小さな背中が、煤に汚れながらも、どこか神聖に輝いている。
僕はそっと、彼女のローブの裾についた灰を払った。
彼女は気づかないふりをしていたが、わずかに肩をすくめた。
「……ありがとう」
小さな呟き。僕は何も答えず、ただ作業を続けた。この村の惨劇は、まだ終わっていない。
罠は、僕たちをここに留め、ゆっくりと締め上げようとしている。だが、僕は知っている。この状況を、逆手に取る方法を。
ウィクトーリアの祈りが、灰色の空に溶けていく。彼女の声が、静かに響く。
「安らかに……どうか、安らかに」
僕は隣で、同じ祈りを心の中で繰り返した。そして、剣の柄に指を添え、静かに周囲の気配を探った。
僕は焼け焦げた家屋の残骸を一つ一つ確認しながら進んだ。
ウィクトーリアはすぐ隣で、静かに祈りを捧げ続けている。彼女の白いローブはすでに灰と血で汚れ、裾が重そうに地面を引きずっていた。
それでも、彼女は一歩も後ずさりせず、遺体に触れるたび丁寧に手を合わせていた。次の崩落した小屋の下から、また一つの死体が出てきた。
中年男性のものだ。胸に深い斬撃が走り、腹部は大きく裂かれている。だが、臓器はほとんどそのまま残っていた。内臓が引きずり出された痕跡もなく、肉が食いちぎられたような噛み跡もない。僕はしゃがみ込み、傷口を慎重に観察した。
刃物の跡は鋭く、一撃で致命傷を与えるもの。
戦闘の痕跡が明確だ。
「聖女殿下」
僕は静かに声をかけ、彼女を呼んだ。ウィクトーリアが近づいてくる。目隠しの下で、息を詰める気配がした。
「……これは」
彼女は遺体の前に膝をつき、手を傷口にかざした。祈りのような仕草だったが、すぐに顔を上げた。
「捕食のためではありませんね」
彼女の声は低く、確信に満ちていた。
「ええ。臓器がそのまま、肉もほとんど削がれていない。魔族が人間を喰らう場合、もっと残酷な痕跡が残るはずです。
これは……戦うことが目的だった」
僕は周囲を見回した。
村の中央広場に倒れている護衛騎士の死体も、同じような傷を負っていた。
鎧は切り裂かれ、剣は握ったまま折れていた。だが、噛み跡や引きちぎられた肉片は見当たらない。
「村の護衛騎士たちも、同じです。彼らは戦って、殺された。
魔族が……あるいは奴隷商人の傭兵が、ただ村を壊滅させるために動いた」
ウィクトーリアはゆっくりと立ち上がり、両手を胸の前で組んだ。
「なぜ……こんなことを」
彼女の声が、わずかに震えた。聖女としての硬い口調が、一瞬だけ崩れた。僕は彼女の肩に、そっと手を置いた。
すぐに離したが、その一瞬で彼女の体が冷えているのが伝わってきた。
「目的は、まだわかりません。ですが、ただの捕食ではない。村を焼き、住民を殺し、痕跡を残す。これは……警告か、陽動か、あるいは僕たちをここに留めるための仕掛けです」
彼女は小さく頷いた。
「……わかりました。それでも、魂を弔うことは変わりません。この人たちを、教会へ運びましょう」
僕は頷き、男性の遺体を慎重に持ち上げた。
重さは予想以上だったが、僕は表情を変えずに運び始めた。ウィクトーリアも、近くにいた女性の遺体を抱き上げる。小さな体で、必死に支えている姿が痛々しかった。
「聖女殿下、重いものは僕に任せてください。あなたは祈りを」
「いえ……私も、運びます」
彼女の声は頑なだった。
僕はそれ以上止めず、ただ隣を歩いた。村の入り口近くに、仮の担架をいくつか作っていた。アルファが無言で木材を運び、ゼータが縄を結んでいた。
二人は一言も発さず、ただ作業を続けている。僕とウィクトーリアは、遺体を一つずつ担架に乗せた。
子供の小さな体を乗せるとき、彼女の手が止まった。
目隠しの下で、涙が滲んでいるのがわかった。僕はそっと、彼女の背中に手を当てた。
「大丈夫です。僕たちがいます。この人たちを、きちんと教会へ運びましょう」
彼女は深く息を吸い、ゆっくりと頷いた。
「……はい。ありがとうございます、所長」
担架を四つ作り、遺体をすべて乗せ終えた。
生き残りは見つからなかった。
村は、完全に壊滅していた。アルファが近づいてきて、低い声で言った。
「周囲に気配はない。だが、遠くで魔力の揺らぎがある。
まだ、近くにいる可能性が高い」
ゼータが肩をすくめた。
「罠の匂いがプンプンだね。このまま教会まで運ぶのは、リスクが高すぎるよ」
僕は二人を見やり、静かに答えた。
「運ぶ。聖女殿下の意志だ。僕たちが護衛する」
ウィクトーリアが、静かに頭を下げた。
「皆さん……本当に、ありがとうございます。この人たちの魂に、安らぎを」
彼女は担架の一つに手を置き、祈りを始めた。
声は小さく、しかし澄んでいた。僕は剣を握り直し、前方を睨んだ。灰色の空の下、僕たちは担架を担ぎ、ゆっくりと教会へ向かって歩き始めた。
足元に灰が積もり、風が冷たく頰を撫でる。彼女の小さな背中が、すぐ前にある。汚れたローブが、風に揺れている。僕は静かに息を吐いた。
この弔いの行進は、十中八九罠だろうという予感があった。
今、僕は彼女を守りながら、次の手を考えている。
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