■広げろ、陰の実力者の、解釈を!!   作:匿名

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 空が割れた。

 ――違う。

 そう錯覚しただけだ。

 夜空そのものは何も変わっていない。星は瞬き、雲は流れ、風は吹いている。けれど、その空から落ちてきたものがあまりにも異常だった。

 

 人影。

 一つや二つじゃない。

 十。

 二十。

 三十。

 数えることすら馬鹿らしくなるほどの影が、重力に引かれるまま降下してくる。いや。普通の落下じゃない。

 統率されているでまるで空挺部隊だ。

 人間が空から襲来するという異常。

 それだけでも十分な脅威だというのに。さらに悪いことに。そいつらから感じる気配は、人間のものじゃなかった。

 

 肌を刺すような魔力。

 腐敗した血の匂い。

 獣のような殺意。

 魔族。並の魔族じゃない。戦闘用に調整された個体だ。

 地面へ着地した瞬間、轟音と共に土砂が舞い上がった。

 隕石のようだった。人間の身体能力ではあり得ない。だからこそ確信する。

 あれは人間だったものだ。

 今は違う。人間をやめさせられた存在だ。

 土煙の向こうから声が響く。

 

「綺麗に引っかかったな、バカなネズミが」

 

 嘲笑。

 余裕。

 絶対的な優位を確信した声。

 視線を向ける。

 そこにいたのは、一人の男だった。

 軍服。

 正確には将校服か。上級尉官を思わせる仕立ての良い制服。だが、その顔には軍人特有の規律も誇りもない。あるのは実験結果を眺める研究者の眼だった。

 そして。男の周囲にいる魔族達は、まるで主人を待つ猟犬のように静かだった。

 従っている。

 命令を待っている。

 その事実に背筋が冷える。

 

「まさか……」

 

 思考より先に言葉が漏れた。

 

「魔族を従えている?」

 

 違う。即座に否定する。違和感の正体が繋がった。

 

「いや、違う」

 

 胸の奥が重くなる。最悪の予感が確信へ変わる。

 

「人間を魔族に改造したのか……!」

 

 男は笑った。答え合わせのように。

 

「ご名答」

 

 軽い拍手。

 講義を褒める教師だ。

 

「ディアボロス教団の研究成果だ。誇っていいぞ。お前達はその完成品の最初の観客だ」

 

 反吐が出る。だが、怒るより先に状況を確認する。

 敵は三十、いや四十近い。囲まれている。退路は既に塞がれた。

 僕達は三人。ウィクトーリア。ゼータ。そして僕。

 戦力差は圧倒的だった。

 

「数が多すぎる……!」

 

 ウィクトーリアが剣を握りしめる。慈愛に満ちた彼女の声に、珍しく焦燥が混じっていた。

 

「逃げることもできません……!」

 

 正しい。逃げ道はない。敵は包囲を完成させている。援軍も期待できない。連絡を送っても間に合わない。なら。残る選択肢は一つだけだ。隣でゼータが肩を竦めた。

 

「今から援軍が来るわけない」

 

 いつも通りの口調。だからこそ分かる。彼女も状況の悪さを理解している。

 

「逃げながら一人一人潰す」

 

 金色の瞳が細くなる。

 

「現実、それくらいか」

 

 その言葉は希望じゃない。生存率を計算した結果だ。だから僕は頷く。

 

「ああ」

 

 恐怖はある。死ぬかもしれない。ここで終わる可能性は十分にある。

 けれど、だから止まる理由にはならない。恐怖があるから進む。苦しいから立ち向かう。

 それが僕の選択だ。

 

「やるしかない」

 

 瞬間、魔族達が吠えた。

 獣の咆哮。人間だった者達の悲鳴。その中間のような不快な声。そして一斉に駆け出す。

 大地が揺れる。殺意の濁流が迫る。

 ウィクトーリアが祈る。

 

「神よ」

 

 白銀の剣が光を帯びる。神聖な輝き。夜を切り裂く月光だった。

 ゼータが笑う。

 

「数が多いと面倒なんだよなぁ」

 

 猫科獣人特有のしなやかな姿勢。次の瞬間には姿が消えている。風より速いいや。殺意そのものが移動しているような速度。そして僕は。深く息を吐く。

 敵を見る。

 仲間を見る。

 状況を見る。

 絶望的だ。

 笑ってしまうほどに。けれど。絶望だから価値がある。無理だから挑戦する意味がある。

 足を踏み出す。

 地面が砕けた。

 筋肉が悲鳴を上げる。

 骨が軋む。

 限界を超える感覚。

 いつものことだ。

 僕は特別じゃない。才能もない。強者でもない。ただ。諦める理由を認めないだけだ。だから前へ出る。

 迫り来る魔族の群れへ向かって。

 僕達三人は絶望の中へ飛び込んだ。最初に飛び込んできた魔族の拳を、僕は紙一重で躱した。

 風圧だけで頬が裂ける。人間の腕力じゃない。もし直撃していたら、頭蓋骨ごと吹き飛んでいただろう。

 

 だがそれは相手も同じだ。躱された瞬間、体勢が崩れる。僕は踏み込んだ。剣を振るう。横薙ぎ。首を狙う一撃。鋼が肉を裂き、骨を砕く。だが。

 

「浅い!」

 

 首の半分までしか斬れていない。

 本来なら即死傷。しかし改造魔族は違う。切断された筋肉を無理矢理動かしながら、そのまま腕を振り下ろしてくる。

 

 化け物だ。生命力という概念そのものが狂っている。僕は即座に後退する。

 直後、巨大な拳が地面へ叩きつけられた。

 爆発、そう表現した方が近い。地面が吹き飛び、石片が散弾のように飛び散る。

 肩に衝撃。破片が食い込んだ。

 熱い。痛い。だが確認する暇はない。次が来る。

 

「ガアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 三体。

 右。

 左。

 正面。

 同時。

 包囲。

 考えるより先に身体を動かす。剣を地面へ突き立てる。それを支点に身体を浮かせた。足が宙を舞う。右の魔族の顔面を蹴り飛ばす。骨が砕ける感触。続けて左へ回転。

 首筋へ斬撃。血が噴き出す。だが正面の一体は止まらない。

 拳が迫る。避けきれない。咄嗟に腕を交差させた。

 衝撃、世界が回転する。気付けば十メートル以上吹き飛ばされていた。

 

「っ……!」

 

 肺の空気が強制的に吐き出される。腕が痺れる。折れているかもしれない。だが立つ。立てるなら立つ。立てなくなるまで立つ。

 それだけだ。魔族達が嗤うように牙を剥く。まるで獲物を追い詰めた狼の群れ。

 数が多い。本当に多い。一体一体が熟練兵以上。それが数十。普通なら軍隊が必要な相手だ。だが。

 

「普通なら、か」

 

 血を吐き捨てる。なら僕は普通を超える。そう決めている。

 昔から。

 何度も

 何度も。

 何度も。

 勝てない相手に挑み続けてきた。だから今更だ。足を踏み込む。筋肉が悲鳴を上げる。無視する。

 骨が軋む。

 無視する。

 恐怖が喉元を締め上げる。それも無視する。

 

 前へ。

 前へ。

 前へ。

 

 ただそれだけだ。

 一方。ゼータは魔族の群れの中心にいた。

 

 正確には中心へ自ら飛び込んでいた。

 

「ははっ!」

 

 笑う。

 戦場で。血の雨の中で。楽しそうに獣のように。いや。魔族達から見れば、彼女の方がよほど獣だった。

 一体の腕を掴む。

 捻る。

 骨が砕ける。

 そのまま身体ごと振り回す。別の魔族へ叩きつけた。

 二体が吹き飛ぶ。

 

「遅い」

 

 短剣が閃く。

 目を潰す。

 喉を裂く。

 膝を砕く。

 致命傷だけを正確に選び続ける。無駄がない。合理的。残酷。そして。優しい。

 

 彼女は知っている。

 目の前の怪物達が元人間だと。

 だからこそ苦しませないように殺していた。

 

 さらにその奥。ウィクトーリアは祈っていた。

 戦いながら。剣を振るいながら、それでも祈る。

 

「神よ」

 

 光が広がる。夜を焼くほどの純白。

 神聖な光。奇跡や祈祷と呼ばれるものだ。聖女の奇跡。魔族達が悲鳴を上げる。穢れた肉が焼かれる。闇が浄化される。

 

「どうか彼らをお救いください」

 

 剣が振るわれる。

 一閃、一体。

 二閃、二体。

 三閃、三体。

 

 斬られる度に光が弾ける。それは処刑ではない。弔いだった。彼女は敵すら救おうとしている。だから強い。狂気的なまでに優しい。

 

 そして戦場全体を見下ろすように。上級尉官の男は笑っていた。

 

「素晴らしい」

 

 恍惚。研究者の目。

 

「実に素晴らしい」

 

 血。

 死。

 絶望。

 それらを見ながら拍手する。

 

「これだ」

 

 男の声が震える。

 

「これこそ人の輝きだ」

 

 魔族が死ぬ。人が傷つく。それでも立ち上がる。それでも戦う。それでも諦めない。その姿に。男は魅了されていた。

 

「もっと見せろ」

 

 狂った笑み。

 

「もっと苦しめ」

 

 まるで。どこかで聞いた思想だった。

 

 人は極限で輝く。だから苦難を与える。その思想の歪な模倣。魔王の理想を理解できず。苦痛だけを真似た愚か者。

 その姿を見た瞬間。僕は剣を握り直した。

 

 この戦いは、ただ生き残るためじゃない。

 

 あいつを止めるためだ、苦しみを愛するのではなく。苦しみの中でも前へ進もうとする人間を守るために。

 

 僕は血塗れのまま、再び敵陣へ突撃した。

ヒロインで見たいのは?

  • シャドウガーデン(アルファ、ゼータなど
  • 現在の者達(アレクシア、ローズなど
  • 過去の者達(ベアトリクスやリリなど
  • 人外(エリザベートやアウロラなど
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