■広げろ、陰の実力者の、解釈を!! 作:匿名
全てが終わったのは、それから数日後だった。ディアボロス教団の研究施設は摘発され、生き残った研究員達は拘束された。
改造魔族達の遺体も回収される。
聖教との協議も行われた。
そして長い議論の末、聖女ウィクトーリア本人の立会いの下で、正式な共生協定が結ばれた。
人間。
獣人。
エルフ。
その他の種族。
信仰の違いがあろうと、共に生きることを目指す。
完全な平和ではない。
争いも偏見も残るだろう。
けれど前へ進む意思だけは確かに存在していた。
それで十分だ。少なくとも今は。
◆
報告書を机へ置く。
「以上で報告終了」
そう言って椅子へ座る。ようやく肩の力が抜けた。目の前ではアルファが静かに資料へ目を通している。
相変わらず仕事が早い。
僕が持ち帰った情報。
聖教との交渉結果。
教団施設の調査結果。
死神部隊に関する推測。
それらを一つずつ整理していく。
数分後。
彼女は資料を閉じた。
「お疲れ様、シド」
「ありがとう」
「本当に」
アルファが苦笑する。
その笑顔を見て僕は少し違和感を覚えた。
疲れている様子が垣間見れる。
彼女の目元がほんの少しだけ重いような雰囲気だ。肩も普段より下がっている。表情には出している。だが分かる。
長い付き合いだ。
僕よりもむしろ彼女の方が働いていたのだろう。
現場は僕達、後方支援はアルファ。
どちらも大変だ。ただ彼女はそれを言わない。
言えない。責任感が強すぎるから。
「アルファ」
「なに?」
「仕事は終わり?」
「今日の分は全部」
「デートしない?」
沈黙。
一秒。
二秒。
三秒。
そして。
「…………え?」
珍しく固まった。
優秀な副官。
完璧超人。
冷静沈着。
その全てが吹き飛んだ顔だった。
「デート?」
「うん」
「私と?」
「他に誰がいるの」
「そ、それはそうだけど……」
急に視線が泳ぎ始める。
耳も少し赤い。
可愛い。普段見ない反応だから余計に。
「急ね」
「疲れてそうだったから」
僕は正直に答える。
「休憩も必要だと思う」
アルファは少しだけ目を丸くした。それから。柔らかく笑う。
「そうね」
優しい笑顔だった。
「たまには甘えてみようかしら」
数時間後、僕達は王都の美術館へ来ていた。
大理石で作られた巨大な建物。
歴史を感じる荘厳な雰囲気。
僕もアルファも芸術には詳しくない。だからこそ新鮮だった。
「展覧会って知っている?」
歩きながらアルファが言う。
「価値のある絵が飾られるらしいわ」
「らしいって」
「詳しくないもの」
少し照れたように笑う。
「たまには芸術品に触れてみるのもいいわね」
「そうだね」
「確か海と陸と空、だったかしら」
「テーマ?」
「ええ」
アルファがパンフレットを見る。
「自然を描いた作品展らしいわ」
そして。
少しだけ楽しそうに続けた。
「いい絵があったら買い付けましょう」
「そんな野菜みたいに」
「大事なことよ」
真面目な顔だった。
「部屋に飾れば癒やされるもの」
なるほど。
確かにそうかもしれない。
最初の展示室。
そこには巨大な海の絵が飾られていた。
青。蒼。碧。
様々な色が混ざり合う。
波が描かれている。ただそれだけなのになぜか目を奪われた。
「綺麗だ」
思わず呟く。
アルファも頷いた。
「そうね」
しばらく二人で見つめる。
静かな時間だった。
戦場では得られない時間。
命のやり取りもない。
陰謀もない。
血も流れない。
ただ絵を見る。
それだけ。
なのに不思議と心が落ち着いた。
◆
次の展示室。
草原。
森。
山岳地帯。
様々な陸の景色が並んでいる。
その中の一枚の絵の前でアルファが足を止めた。
夕暮れの森だった。
木漏れ日。
差し込む光。
静かな小川。
どこか懐かしい風景。
「好きなの?」
尋ねる。
アルファは少しだけ考えて。
「分からないわ」
そう答えた。
「でも」
青い瞳が絵を見つめる。
「帰ってきた気分になる」
エルフとして生まれ。
故郷を失い。
教団に囚われ。
そして今。
シャドウガーデンにいる。
彼女の人生を思えばその言葉の意味は軽くない。
僕は何も言わなかった。代わりに隣へ立つ。
それだけで十分だと思った。
◆
最後の展示室。
空。
空だけを描いた作品が並んでいた。
青空。
夕焼け。
星空。
曇天。
嵐。
様々な空。
その中で僕達は一枚の絵の前で立ち止まる。
朝焼けだった。
夜が終わり。
光が差し込む瞬間。
暗闇と光の境界線。
その絵を見ながらアルファが静かに言う。
「少しだけ」
「うん」
「未来は明るいと思ったわ」
僕は絵を見る。そして思う。
勇者が倒した魔王とは別の魔王がいる。
教団もいる。死神部隊もいる。
問題は山積みだ。きっとこれからも戦いは続く。
それでも。
今日くらいはそういう未来を信じてもいいのかもしれない。
僕は隣のアルファを見る。
彼女もこちらを見ていた。
目が合い、少しだけ笑う。そして僕達は戦いではなく。穏やかな時間を選んだまま、美術館の奥へ歩いていった。
美術館を出る。
外は快晴だった。
雲一つない青空。
暖かな陽射し。
風も穏やかで、戦いも陰謀も存在しないような平和な午後だった。
僕とアルファは並んで歩く。
特に目的地も決めずただ時間を使うためだけに。
そんな贅沢な時間。
ふと。
アルファが足を止めて、空を見上げた。
太陽を見つめる。眩しそうに目を細めながら。
「いい天気ね」
その声は柔らかかった。
「太陽が輝いているわ」
僕も空を見る。
確かに眩しい。
雲一つない。
どこまでも続く青空だった。するとアルファが続ける。
「光は強ければ強いほど闇を濃くして、見えなくなる」
まるで詩のような言葉だった。あるいは哲学か。アルファらしい。優しくて、真面目で、少し難しい。
僕は思わず笑った。
「格好良いね」
するとアルファは少しだけ胸を張った。得意そうに、だけど照れ隠しみたいに。
「ええ」
青い瞳がこちらを見る。
「貴方を支えるのだから」
一拍。
そして。
「情けない姿は見せられないわ」
そう言って微笑んだ。
僕は少し考える。
アルファは強い。優秀だ。責任感もある。誰よりも周囲を見ている。だけど。その分だけ無理をする。誰かを支える側に回り続ける。だから時々思う。彼女自身を支える人間はいるのだろうか、と。
「頑張るのは素晴らしいと思う。だけど、僕の前では情けなくてもいいと思うけど」
僕が言う。
アルファは首を傾げた。
「そう?」
「うん」
「どうして?」
「僕も結構情けないし」
「それは否定できないわね」
「即答だ」
酷い。本当に酷い。しかしアルファは楽しそうだった。
珍しく本当に楽しそうだった。
王都の広場へ出ると噴水と子供達に露店が目に入った。
平和な光景。戦場とは別世界だった。僕はベンチへ腰を下ろした。アルファも隣に座る。しばらく沈黙。心地良い沈黙だった。
何も話さなくていい。
何も証明しなくていい。
ただ一緒にいるだけでいい。
「ねぇ」
アルファが言う。
「何?」
「全部終わったら何をしたい?」
不意の質問だった。
全部。
つまり新しい魔王やディアボロス教団。
死神部隊。
全てが終わった後、そんな未来の話。
「難しいな」
少し考える。
正直、考えたことがなかった。目の前の問題を解決するだけで精一杯だったから、だから思いついたことをそのまま口にする。
「楽しく暮らしたい」
アルファが笑った。
「雑ね」
「本音だよ」
「具体的には?」
「そうだね」
考える、そして少しずつ形になる。
◆
「朝起きる」
「うん」
「仕事に行く」
「うん」
「帰る」
「うん」
「ご飯食べる」
「うん」
「寝る」
「……」
「終わり」
「おじいちゃんかしら」
呆れられた。
「アルファは?」
逆に尋ねる。すると彼女は少し考えて、珍しく、本当に珍しく、夢を見る少女みたいな顔になった。
「家が欲しいわ」
「家?」
「ええ」
「今もあるじゃん」
「違うの」
アルファは首を振る。
「帰る場所」
静かな声だった。
「戦場じゃなくて、任務でもなくて、命令でもなくて、ただ帰る場所」
青い瞳が遠くを見る。
未来を。
「庭があって、花があって、静かで、平和で、皆がいて」
そこで少し笑う。
「たぶんゼータは勝手に入り浸るわね」
「ありそう」
「ベータは本を持ち込む」
「絶対やる」
「ガンマは経営計画を持ってくる」
「やるな」
「デルタは庭で寝る」
「確実に」
二人で笑った。
容易に想像できる。
「そして」
アルファが続ける。
「貴方もいる」
風が吹く。
穏やかな風だった。
「毎日じゃなくてもいい。ずっと一緒じゃなくてもいい。でも」
彼女は少しだけ恥ずかしそうに視線を逸らした。
「帰ってくる場所として、そこにいてくれたら嬉しい」
僕は空を見る。
青空。
太陽。
眩しい光。
確かに光が強ければ影も濃くなる。闇はなくならない。争いもなくならない。
きっと未来にも困難はある。それでも、今この瞬間だけは。
そんな未来を信じてみたい。
「いいな」
僕は言う。
「その未来」
アルファがこちらを見る。
「そう?」
「うん」
そして、自然と笑った。
「帰る場所があるのは、きっと幸せだから」
太陽は高く輝いていた。まだ見ぬ未来を祝福するように。
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