■広げろ、陰の実力者の、解釈を!!   作:匿名

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 白を基調とした、清潔で無機質な空間。ここが国に認められた合法の技術研究所だ。

 僕たちはミドガル王国の秩序と治安維持を任せられた正規の組織。

 

 当然、権力的にも立場的にも全てがクリーンであり、僕がこうして最先端の施設に出入りするのも、国から正式に委託された公務の一環に過ぎない。

 

 研究所内では、日々さまざまな『人体の拡張』や『基礎性能の上昇』に重きを置いた最先端の実験が行われている。戦時下の我が国において、兵士や騎士の力を底上げする研究は最重要課題だからだ。しかし、その輝かしい最先端組織の中にも、不陰気な影を落とす異端の部門が存在する。

 

――『悪魔憑き部門』。

 

 魔力の暴走によって肉体が異形へと変貌してしまう、原因不明の奇病。ここではその悪魔憑きに関する研究や実験が行われているのだが、結果は惨愰たるもので、持ち込まれた検体はどれも暴走の末に破滅を迎えるばかりだった。だが、それも今日までの話だ。

 

 僕はすでに、彼らのアプローチとは全く異なる独自の「悪魔憑きに関する魔力制御論文」を国に提出し、実践の許可を取り付けていた。

 

 案内された特別手術室。

 その中央に鎮座する無機質な手術台の上には、かつて人間だったはずの、今は怪物から醜い肉塊へと成り果ててピクリとも動かない悪魔憑きたちが並べられている。

 常人なら目を背けるような凄惨な光景だ。

 

「相変わらず悪魔憑きの肉体変化ってエグい造形してる。このドロドロした細胞の歪み方とか、ホラー映画の特殊だ」

 

 カチリ。と心を切り替える。

 

「早速、僕の新しい魔力コントロールの実験を始めさせてもらおうかな!」

 

 新しいプラモデルの組み立て説明書を開くときのような、軽やかで楽観的な好奇心に胸を躍らせていた。けれど、僕の周囲を囲む部下たちや、藁にもすがる思いで僕を見つめる研究員たちの前では、表情一つ崩さない。

 

 僕は悲痛な現実を背負い、それでもなお未来のために手を汚す覚悟を持った、慈愛と責任感に満ちた若き指導者でなければならないからだ。

 

 スゥ、と深く息を吸い込み、僕は自身の体に極めて高純度な魔力を纏わせた。部屋の空気が一瞬で張り詰め、微かな紫電のような光が僕の指先を包み込む。

 

「では、手術を始めよう」

 

 静かだが、誰もが否応なしに従わざるを得ない絶対的な説得力を込めて告げ、僕は肉塊へと手をかざした。

 

 ここからの処置は一分一秒を争う。悪魔憑きの魔力暴走は、細胞の崩壊速度が再生速度を上回った瞬間に完全な組織壊死を起こし、二度と再生できなくなるからだ。手術室のバイタルモニターは、警告音をけたたましく鳴らし続けている。

 

「これより、魔力共振波による強制同調を行う。全回路、パルス発生装置と連動。10秒以内に完了させる」

 

 僕が短く命じると、張り詰めた空気の中、周囲の部下たちが「は、はいッ!」と悲鳴に近い声を上げて即座に計器へ飛びついた。

 

 まずは魔力暴走の核となっている、歪んだ魔力経路の特定からだ。僕は自身の魔力を分子レベルにまで細分化し、高密度の糸のように紡いで悪魔憑きたちの肉体へと滑らかに潜り込ませていく。

 

 ここで生きたのが、先日ディアボロス教団の技術を解析して得た『魔力を規格化された回路として扱う』視点だ。

 

 彼らの暴走は、カオス理論における異常血流に酷似している。固有の周波数を持つ魔力が、無秩序に細胞の受容体を叩き続けているのが原因だ。ならば、その周波数を相殺する逆位相の波形をぶつければいい。

 

 

自作のパルス発生装置を起動し、肉塊に一定周期の魔力振動を肉眼で見えない速度で浴びせる。

 

 ビキ、ビキキキッ! と肉塊が激しい拒絶反応を起こし、手術台ごとひっくり返らんばかりに波打った。バイタルが危険域を示し、周囲の研究員たちが「シド様、このままでは肉体が融解します! 中止を!」と悲鳴をあげるが、僕は完全に冷静だった。

 

 なるほどね。この固有周期のパルスをあてると、暴走細胞の受容体が過負荷を起こして、一瞬だけ情報伝達をストップするわけだ。

 一時停止したようにピタッと硬直する。

 

 ブレーキがかかったこの一瞬を逃さずに、僕の魔力を流し込んで、強制的に歪んだ経路をパズルのピースみたいに嵌め直して直す。

 

「接続完了」

 

 パルスへの反応を脳内でミリ秒単位で微細に分析し、数万通りある魔力結合の組み合わせから正解を導き出す。絡まり合った魔力の結び目を、驚異的な速度で解き明かしていく。

 僕の圧倒的なリソースがあって初めて成立する。物理法則そのものをリアルタイムで書き換えるような超絶技法だ。

 

 僕が魔力を引き抜いた瞬間、モニターの警告音がピタリと止まった。

 それと同時に、あれほど醜く肥大化していた肉塊が、シュルシュルと不快な音を立てて急速に収縮を始める。

 

 ドロドロとした異形の色が抜け、内側から美しい白い肌、しなやかな人間の手足が形成され、確かな呼吸が室内に満ちていく。

 

「……バ、バ、バカな……! 遺伝子レベルで完全に崩壊し、生化学的な原形すら留めていなかったはずの細胞組織が、信じられない速度で、完全に再構成されていく……!? 壊死して機能を停止していたはずの生命の核が、内側から強制的に叩き起こされているというのか!? こんな術式、既存の魔法医学のどこを探しても存在しないぞ!!」

 

 後ろで膨大なバイタルデータと細胞の再構成パターンを出力し続ける大型モニターを凝視していた、悪魔憑き部門の主任研究員が、まるでこの世の終わりと始まりを同時に目撃したかのように目を剥いた。

 

 彼は冷汗を滝のように流しながら計器にへばりつき、驚愕と混乱のあまり声を裏返らせて絶叫した。背後に控える補助研究員たちからも、悲鳴にも似た言葉にならない衝撃の声が上がる。

 

 彼らにとっての悪魔憑きとは、国家の知性を結集してもなお解き明かせない『絶対の絶望』であり、触れれば破滅を招く神の呪いそのものだ。しかし、僕にとっては違う。物理法則を己のリソースによってねじ伏せ、因果の糸を一本ずつ手繰り寄せていく、ただの数式の解を導き出す単純な作業でしかない。

 

 パルスの周波数を微調整したのが大正解だった。さっきまでドロドロのゼリーみたいだった肉塊が、見る見るうちに綺麗な形に整っていくの、何度見てもパズルがピタッとハマった時のような爽快感があった。

 

 この技術、応用すればもっと色んな形状に変化させたりできるのか今度試してみよう。

 

 内心では、新しいおもちゃのギミックが想定通りに動いたことへの純粋な好奇心と、どこまでも楽観的な実験へのワクワク感で胸をいっぱいにしていた。けれど、僕の周囲を囲む人々に見せるのは、そんな軽薄な姿ではない。

 

 僕は、凄惨な現実を前に一歩も退かず、命の灯火を救うために自らのすべてを賭して戦う、慈愛と責任感に満ちた若き指導者なのだから。

 

「驚いている暇はない、次だ! まだ臨界点を越えていない個体がそこに残っている。一秒の遅れが、彼らの命の境界線を決める。感傷も驚嘆も、すべてが終わった後にしろ。時間を惜しめ、次の検体を!」

 

 僕は、周囲の騒然とした空気に一切流されることなく、冷徹なまでの冷静さと、一刻を争う命の救命現場における極限の緊迫感を完璧に維持したまま、鋭い声を室内に響かせた。そして、間髪入れずにすぐさま隣のベッドで不気味に蠢き、今まさに自己崩壊の限界を迎えようとしている肉塊へと、迷いなくその両手を伸ばす。

 

 手のひらから放たれる高純度の魔力が、次の標的を優しく、かつ強固に包み込んでいく。

 

「全員、持ち場を離れるな! ここからが本当の正念場だ! 第一班は、今人型に戻った者を急激な環境変化によるショック状態に陥らせないよう、細心の注意を払って順番に治療カプセルへ移せ! 魔力変換液の濃度は3.5パーセントに固定、肉体の浸透圧を均等に保ちながら、バイタルの安定を最優先しろ!」

 

 流れるような僕の指示が電撃のように室内に飛び、張り詰めた空気をビリビリと震わせる。

 

「第二班、何をもたもたしている! 右翼側のバイタルが急激に低下している。パルスの同調率がコンマ二秒遅い、僕の魔力波形に無理やりにでも合わせろ! 思考を止めるな、機材の限界値を引き上げろ!」

「は、はいっ! 同調器の出力を最大値に固定! 魔力同調率、八十五……九十パーセントへ上昇中! すぐに、すぐにシド様の波形に追いつかせますッ!」

 

 僕の張り詰めた鋭い叱咤が容赦なく手術室に響き渡ると、第二班のオペレーターは文字通り血相を変えて計器にしがみついた。

 

 彼の指先は極限の緊張で激しく震えていたが、僕の外面が放つ「一人も落とさない」という圧倒的な気迫に気圧され、脳裏から恐怖を締め出して驚異的な集中力で制御レバーを叩き込んでいる。

 

 モニターの数値が目まぐるしく書き換わり、火花を散らす機材の悲鳴など誰も気にも留めない。

 

「第一班、カプセルへの注水を急げ!変換液の注入開始から皮膚細胞の定着まで、猶予はあと十五秒だ。十秒を過ぎれば肉体の自己崩壊が始まり、遅れれば拒絶反応で再度暴走が始まるぞ! 判断を誤るな!」

「変換液、注入開始! 弁を全開にします! 濃度3.5パーセントを死守しろ……! くそ、注水圧が安定しない、誰か予備の圧カバルブを直接手で抑えてくれ!」

「俺が行く! 戻った皮膚を傷つけるなよ、慎重に、かつ人類最高速度で運べ!!」

 

 第一班の部下たちは、額から目に入りそうになる大量の汗を拭う暇さえ惜しみ、怒号を掛け合いながら治療カプセルへと群がっていた。

 

 彼らにとって、今の僕の言葉は絶対の神託であり、同時に一歩も違えることの許されない絶対防衛線だ。

 

 もし自分の些細なミスや一瞬の遅れで、この完璧な指導者が繋ぎ止めた命を零れ落とすようなことがあれば、万死に値する――そんな凄まじい悲壮感と義務感が彼らの脳内麻薬を分泌させ、身体能力を限界以上に引き出している。誰もが白衣や制服を汗で完全に変色させながら、狂ったように走り回っていた。

 

 部下たちのドタバタした大騒ぎを特等席のエンタメでも見るかのように気楽に眺め、彼らの必死すぎる熱量にちょっと引き気味ですらあった。

 

 これだけ必死になってくれれば、僕の『表向きは光の素晴らしい存在』という説得力も勝手に跳ね上がるというものだ。けれど、そんな楽観的な内面とは裏腹に、僕の手のひらから溢れ出る魔力は、依然として冷徹なほどに完璧で、一分の狂いもない。部下たちの必死な対応に合わせるように、絶妙な速度で魔力の粒子を編み込んでいく。

 

「――同調完了。第一班、第二班、完璧なタイミングだ。よく繋いだ。全機能をカプセルへ移行する」

 

 僕が静かに、しかし室内の全員の鼓膜へ確実に届く声で告げると同時に、二体目の肉塊もまた、波打つ不気味な異形を霧散させて綺麗な人間の少女の姿へと収縮し、カプセルの中へと滑らかに収められた。

 

「ハァ……ハァ……やった、成功だ……! 嘘みたいだ、本当に人間に戻った……!」

「バイタル完全安定! 懸念されていた拒絶反応、一切確認されず! 完全に僕たちの制御下に置きました!」

 

 張り詰めていた空気の糸が、プツンと一瞬だけ緩む。部下たちはガタガタと膝を震わせ、機材に寄りかかりながら、互いに手を取り合って涙を浮かべていた。

 

 衣服が汗で完全に張り付くほどの、文字通り命を削るような極限状態の中、彼らは僕の命令を完璧に遂行し、また一つ、世界の常識を粉々に破壊する偉業の歯車となったのだ。

 

 静まり返った休憩室。

 窓の外に広がる穏やかな景色とは対照的に、僕の机の上には、先ほど救い出したばかりの『悪魔憑き』たちの詳細なバイタルデータが並んでいる。

 

 カプセルの中に収容され、濃度3.5パーセントの魔力変換液に満たされた彼女たちは、先ほどまでの醜い肉塊だった姿が嘘のように、今は一人の愛らしい「少女」として静かに眠りについている。

 

 データをスクロールしながら、僕はふと、ある奇妙な共通点に目を留めた。

 

「男の悪魔憑きは一人も存在しない。これまで僕が見てきた検体も、教団の実験施設の記録も、すべてが女性――それも、ある程度魔力の素養が高い若い女の子ばかり。これ、単なる偶然じゃなくて、魔力暴走のメカニズムそのものに性別による絶対的な差異があるってことだよねぇ」

 

 これって要するに、女の子特有のなんか可愛い魔法のバグみたいなものかな? 男のむさくるしい肉塊を治療するより、美少女を救う方が絵面的にもモチベーション上がるし、結果オーライだろう。

 とはいえ、クリーンな治安維持組織のトップとして、そして人道的な研究者としての外面を保つ以上、ただ治療して終わり、というわけにはいかない。そうでなければ『陰の実力者』が目立たない。

 

「彼女たちの『その後』の支援プランを構築しなければな……」

 

 僕は誰もいない部屋で、いかにも彼女たちの将来を深く憂うような声音で小さく呟き、手元の端末にペンを走らせた。

 

【悪魔憑き少女たちへの精神的・肉体的支援プラン】

 

『第1段階』

・肉体的安定と魔力制御の基礎訓練。カプセル内での魔力変換処置を終えた後、肉体の再構築による一時的な運動機能の低下を補うリハビリテーションを行う。

・同時に、二度と暴走を引き起こさないよう、僕の確立した「規格化された魔力回路」の運用法を基礎から教育する。

『第2段階』

・精神的ケアと社会的アイデンティティの再構築

・悪魔憑きとして迫害され、家族や故郷を失った彼女たちの精神的苦悩、歪み、執念に寄り添うカウンセリング体制を構築する。

 

・彼女たちが「自分は呪われた怪物ではなく、価値ある人間だ」と自信を持てるよう、温かい環境を提供する。

 

『第3段階』

・組織への適応と『光』への導き。高い魔力適性を持つ彼女たちが、その力を正しく社会や治安維持のために役立てられるよう、適性に応じた役割(違法狩り、教団の技術解析など)を与える。

 

・それぞれが抱える心の欠落を、仲間との連帯や「善くあろう」とする覚悟によって埋められるようサポートする。

 

・我ながら完璧なホワイト企業の復職支援プログラムだ。これなら彼女たちも、ただの『元・実験体』じゃなくて、自分の意志で前を向くリハビリができるはず。

 

・画面の中で、規則正しい心拍数を刻む少女たちのデータを眺めながら、僕は背もたれに深く寄りかかった。

 

◾️了◾️

 

「極端な状況で導き出す答えは、万人に倣えるものではない。人類はゆっくりと成長していく……。だからこそ、まずはこの場所から、苦しみだけに頼らない世界を始めていこう」

 

 僕の「誓い」は、静かな室内に心地よく響く。

 これほど手厚く、かつ未来を見据えたプランを提示されれば、目覚めた彼女たちが僕に対してどれほどの恩義と深い崇拝を抱くかは想像に難くない。

 

 まあ、ぶっちゃけ彼女たちが元気になって、僕の作ったかっこいい治安維持組織の制服を着て、優秀な部下としてテキパキ働いてくれたら最高だよね、っていう下心もあるんだけどさ。さて、彼女たちの次の配属先について、アルファとも相談してみるかな。

 

僕はコーヒーを一口啜り、眠る少女たちの未来に、内心で大いに期待を膨らませるのだった。

 

ヒロインで見たいのは?

  • シャドウガーデン(アルファ、ゼータなど
  • 現在の者達(アレクシア、ローズなど
  • 過去の者達(ベアトリクスやリリなど
  • 人外(エリザベートやアウロラなど
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