■広げろ、陰の実力者の、解釈を!!   作:匿名

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 上層へ近づくにつれ、空気が変わっていた。腐臭はさらに濃く。湿気はさらに重く。そして何より人の気配が増えている。

 生者ではない。

 死者でもない。

 その中間にいる何か。

 そんな気配だった。

 

 患者寝室・二階

 重い鉄扉を押し開く。

 軋む音が静寂へ響く。中は寝室だった。いや寝室だったものと言うべきだろう。

 並ぶベッド。

 薄汚れた毛布。

 腐敗したマットレス。

 壁には乾いた血痕。

 床には嘔吐物の跡。

 窓は存在しない。

 換気もない。

 人間が暮らす場所ではなかった。

 家畜小屋の方がまだ清潔だろう。

 ゼータの耳が伏せられる。

 

「……患者を寝かせる為の部屋」

「収容所だな」

 

 収容所の方が正確だった。

 治療施設ではなく、人間を保管する場所。

 そんな印象だった。ベッドの側面には無数の爪痕が残っている。

 助けを求めて掻き毟ったのだろう。

 何人も。

 何十人も。

 何百人も。

 さらに奥。別の患者寝室。入口が塞がれていた。点滴台。車椅子。棚。ベッド。

 あらゆる家具が積み重ねられている。まるで中から何かを閉じ込めるように。あるいは外へ出さないように。

 

「……」

 

 ゼータは黙ったまま障害物を退ける。

 隙間が生まれる。

 暗闇が覗く。

 その瞬間、声が聞こえた。

 

「……殺してくれ……」

 

 か細い声。

 老人だった。

 

「もう殺してくれ……頭がおかしくなっちまう……」

 

 続いて別の声。

 

「ウィクトーリア様……」

「お願いします……」

「手を握っていてください……」

 

 泣いている。

 暗闇の中で。

 何十年も泣き続けているような声だった。

 光源を向ける。

 そこにいたのは患者達だった。

 骨と皮だけになった身体。

 肥大した頭部。

 拘束具。

 鎖。

 誰も外へ出ようとしない。出られないのか。出たくないのか。

 既に判別できない。

 ゼータの握る短剣に力が入る。

 

「……ふざけるな」

 

 静かな怒り。だが激しい怒り。

 

「治療ではない監禁拷問じゃないか」

「そうだろうな、許せないな、なんとかしないとな」

 

 僕は短く答えた。

 研究室・三階

 研究室へ到着する。

 書類。

 薬品。

 解剖器具。

 魔導器。

 全てが散乱していた。

 天井近くまで積まれた本棚。

 倒れた机。

 割れた薬瓶。

 床には大量の研究記録が散らばっている。

 その多くは血で汚れていた。

 研究内容も酷い。

 人格維持率。

 脳液抽出成功率。

 頭部肥大化経過観察。

 人間として扱われていない。ただの実験動物だ。

 ゼータが資料を拾う。

 数秒読む。そして握り潰した。

 

「どうした」

「読まない方が良いよ」

 

 珍しく即答だった。

 

「気分が悪くなる」

 

 よほど酷い内容だったらしい。

 その時、背後から車輪の音が響く。

 ガラガラガラ。

 車椅子が三台。

 車椅子の群集。

 患者達が狂った笑みを浮かべながら近づいてくる。

 一体が筒を構える。

 次の瞬間。

 白い霧が噴出した。

 

「毒霧!!」

 

 ゼータが叫ぶ。

 視界が消える。さらに奥。別の車椅子が巨大な銃器を向けた。

 轟音。

 ガトリング砲。

 弾丸の嵐が研究室を切り裂く。

 本棚が砕ける。

 机が吹き飛ぶ。

 死体がミンチになる。

 患者だろうが味方だろうが関係ない。

 ただ撃つ。

 ただ殺す。

 狂気だけで動いていた。

 

「前へ出る」

「危険だっ、主」

 

 前進する。

 弾丸を避けながら。霧の中を。一瞬で距離を詰める。一閃。車椅子ごと真っ二つになった。

 

 患者寝室・四階

 ここはさらに酷かった。

 扉を開いた瞬間。

 死臭が押し寄せる。

 

 ゼータは顔をしかめた。部屋は真っ暗。灯りは存在しない。床には死体。壁際にも死体。ベッドにも死体。積み重なっている。数え切れないほど。患者達の成れの果て。逃げることも。抵抗することもできなかった者達。

 

 誰も回収されていない。誰も埋葬されていない。そのまま放置されている。

 まるでゴミのように。

 ゼータが呟く。

 

「人間を何だと思っているんでしょうね」

 

 答える者はいない。だが死体の山が動いた。

 突然、獣患者が飛び出す。

 四足。異常な速度。闇からの不意打ち。ゼータへ飛び掛かる。しかし彼女は予測していた。

 

 短剣が閃く。

 首が飛ぶ。

 血が飛び散る。

 静寂。再び死臭だけが残った。

 

 研究室・五階

 エレベーター直通区画。

 研究室という名目だけの空間。

 実際には通路だった。ただし壁一面に研究記録が貼られている。

 頭部肥大化実験。

 脳液培養。

 上位者との交信。

 海との接続。

 意味不明な内容ばかり。だが全てに共通するものがある。

 患者達の写真だ。

 実験前。

 実験中。

 実験後。

 そして人間ではなくなった姿。ゼータは視線を逸らした。

 珍しい反応だった。

 

「……」

 

 怒りすぎて言葉も出ないらしい。

 

 患者寝室・五階

 最後の寝室。そして最悪の部屋。

 扉を開く。

 腐臭。湿気。異臭。全てが混ざっている。床には肥大した頭部が積み上がっていた。

 何十、何百が山になっている。だが死体ではない。

 一部が動いた。

 脈動した。

 眼球が開く。

 

「……聞こえる……」

 

 ひとつが呟く。

 

「水の音が……」

 

 別の頭部。

 

「私の底から……響いてくるの……」

 

 ピチャ。

 ピチャ。

 ピチャ。

 液体が滴る。

 肉塊が蠢く。

 頭だけになってもなお死ねない。終われない。救われない。ゼータはしばらく無言だった。やがて静かに短剣を抜く。

 

「主」

「なんだ?」

「ここを作った連中が地獄にいるなら」

 

 彼女の声は冷たい。

 

「私は今すぐ会いに行きたい」

「そうか。もしそれが目の前にいたのなら、僕は目を瞑るよ」

 

 それは冗談ではなかった。

 心の底からの本音だった。そして僕達は、さらに上、実験棟の最深部にして最上位階層へ登る。

 全ての元凶が待つ場所へ向かって歩き出した。

ヒロインで見たいのは?

  • シャドウガーデン(アルファ、ゼータなど
  • 現在の者達(アレクシア、ローズなど
  • 過去の者達(ベアトリクスやリリなど
  • 人外(エリザベートやアウロラなど
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