広げろ、陰の実力者の、解釈を!! 作:実験者
夕暮れの中央大通りは、徐々に夜の色に染まり始めていた。街灯の橙色の光が、石畳に柔らかい輪郭を描き、歩く人々の影を長く引き伸ばす。馬車の車輪が遠くで低く軋む音、露店の最後の呼び声が途切れ途切れに聞こえ、子供たちの足音が家路を急ぐように遠ざかっていく。
風が軽く吹き抜け、アルファの金色の長い髪をそっと揺らした。彼女の歩調は、いつもより明らかに緩慢で、足元が少しふらつく瞬間が何度かあった。
蒼い瞳は半分閉じかけ、まぶたが重そうに下がり、時折、無意識に瞬きを繰り返して目を無理やり開けようとしている。
僕は彼女の横を歩きながら、視線を何度も彼女の顔に向けた。制服の白いマントが風に軽くはためき、僕の黒髪を乱す。パトロールの途中だというのに、彼女の疲労があまりにもはっきりしていて、放っておけなかった。
「大丈夫? 眠そうだけど」
声をかけた瞬間、アルファの肩がわずかにびくりと震えた。彼女はゆっくりと顔を上げ、いつもの無表情を保とうとする。でも、目尻に薄い影ができていて、疲れが隠しきれていない。
「……少しだけ、ね」
彼女は小さく答えた。声に、普段の冷徹な響きが薄れている。代わりに、かすかな掠れがあった。僕は足を止めた。彼女も自然に止まる。街灯の下で、二人の影が重なり合うように伸びる。
「昨夜、少しバタバタしていたの。帰って来るはずの子は帰ってこなくて」
アルファがぽつりと続けた。視線は地面に落ち、長い睫毛が影を作る。
「トラブルか」
「任務完了の報告は別の子から届いたの。で、帰ってこなかった原因は……帰還途中の集落から美味しい匂いがしたらしくて」
「……なるほど」
僕は思わず両手で頭を抱えた。指が髪を強く掻きむしり、ため息が長く漏れる。街を行き交う人々が、ちらりとこちらを見ては、すぐに目を逸らしていく。
英雄とその側近が、こんなところで頭を抱えている姿は、きっと滑稽に見えるのだろう。
「まったく……」
僕は頭を抱えたまま、苦笑した。
「アルファ、君も相当疲れてるんじゃないか。昨夜、待ってる間ずっと起きてたんだろう?」
彼女は一瞬、言葉に詰まったように黙った。それから、ゆっくりと頷く。
「……ええ。報告が来るまで、眠れなくて」
「それで今も、こんなに眠そうにしてる。無理してるね」
僕は頭を抱えていた手を下ろし、彼女の肩にそっと手を置いた。アルファの肩は細くて、意外に冷たかった。疲労が体温まで奪っているみたいだ。
「昨夜のことは、わかった。待ってる側の気持ちは、僕だって痛いほど知ってる。でも、君が倒れたら、みんなが困る。待ってる子たちも、僕も」
アルファの瞳が、わずかに揺れた。蒼い色が、街灯の光を映してきらめく。
「シド……」
「少し休もう。パトロールはあと少しで終わるけど、無理はしないで。僕がいるんだから、頼っていい」
僕は彼女の肩を軽く叩き、噴水のある小さな広場の方へ視線を向けた。そこはもうすぐだ。水音が、遠くから静かに聞こえてくる。
「噴水のところで、少し座ろうか。君、今日はもう十分働いた。少しだけ疲労の回復に努めるんだ」
アルファは小さく息を吐き、頷いた。彼女の表情は変わらないままだったが、肩の力が少しだけ抜けたのがわかった。僕たちはゆっくりと歩き出し、広場に着いた。噴水の水が、規則正しく落ちる音が響く。
夕陽の残光が水面に赤と橙の筋を描き、ゆっくりと夜の色に変わっていく。ベンチに腰を下ろすと、アルファは自然に僕の隣に座り、肩を寄せてきた。彼女の頭が、僕の肩にそっと触れる。
金色の髪が、僕の制服に広がり、かすかなハーブの香りが漂った。
「少しだけ……甘えるわ」
「いいよ。僕がいる」
アルファは目を閉じた。長い睫毛が静かに伏せられ、呼吸が少しずつ深くなっていく。疲れが、ようやく体から抜けていく音がするようだった。僕は空を見上げた。星が一つ、また一つと現れ始めている。
街灯の光が、僕の顔を淡く照らす。
「アルファ、君はいつも完璧であろうとする。みんなを支えようとして、自分を後回しにする。それは美点でもあり、欠点だ。君が体調を崩したら僕が困る」
僕は小さく呟いた。肩に伝わる彼女の体重が、温かく、重い。
「だから、僕に頼ると良い。君を支えたい。パトロールは僕が担うから」
僕は魔力でパトロール範囲に監視する目を魔力を生成して巡回させる。これでトラブルが起きたらすぐに対応できる。本来ならば治安維持組織のメンバーが巡回することで警告と安心を喧伝する意味もあるのだが、緊急事態だ。
風が吹き抜け、噴水の水音が静かに続く。街は夜を迎え、僕たちはそこにいた。疲れた右腕を、そっと抱き寄せるように。
噴水の水音が、静かに、規則正しく響き続けていた。
夜の帳が完全に降り、広場の周囲の街灯が橙色の光を水面に散らし、揺らめく波紋を無数に生み出している。
僕の肩に寄りかかったアルファの呼吸は、ようやく穏やかになり、軽い寝息に変わっていた。金色の髪が僕の制服の袖に広がり、かすかなハーブの香りが風に乗って漂う。
僕は動かずに、ただ彼女の重みを支えていた。
どれくらい時間が経っただろう。
アルファは最初はぼんやりと焦点が合わず、すぐに僕の顔を捉える。
彼女は体を起こし、軽く髪を払った。表情はいつもの無表情に戻っているが、瞳の奥に、わずかな曇りがあった。
「シド……少し、話してもいい?」
声は低く、抑揚がない。でも、そこに普段の冷静さとは違う、微かな重みが混じっていた。僕は頷いた。
「もちろん。なんでも話して」
アルファは噴水の水面を見つめた。水の揺らめきが、彼女の蒼い瞳に映り込み、細かくきらめく。彼女は両手を膝の上に置き、指を軽く組み直した。
爪の先が白くなるほど、力を込めている。
「……日頃から、感じていることがあるの」
彼女はそこで一度、息を吸った。
「王族と貴族を中心とした権威主義が多いから……実力で成り上がった、私たち治安維持組織への風当たりが、強い」
僕は静かに聞き続けた。アルファの声は、淡々と、でも確実に言葉を紡いでいく。
「組織が腐敗しているわけじゃない。むしろ、腐敗していないからこそ、厄介なのかもしれない。私たちは、ただ任務を遂行し、秩序を維持し、悪を排除しているだけ。でも、それが『王族や貴族の権威』を脅かすように見えるらしい」
彼女の視線は、水面から動かない。噴水の水が落ちるたび、小さな波紋が広がり、すぐに消える。
「扱いが悪い。表向きは丁寧だけど、裏では『恐怖』と『悪意のない差別』が混じっている。『あいつらは実力だけで上がってきた成り上がりだ』『血統がないから信用できない』『いつか牙を剥くかもしれない』……そういう目で見られる」
アルファの指が、膝の上でわずかに震えた。すぐに抑えるけど、僕には見えた。
「昨夜も、そうだった。待っていた子が遅れて帰ってきたとき、貴族の使用人が通りかかって……『治安維持の連中は、所詮下賤の者たちだ。匂いに釣られるのも当然』って、嘲笑うように言われたの。子どもの前で」
彼女はそこで言葉を切った。噴水の水音だけが、間を埋める。僕はゆっくりと息を吐いた。肩に残る彼女の温もりが、まだ少し冷たい。
「それは……何とも意地が悪い。辛いかい?」
アルファは小さく頷いた。
「辛い、というより……疲れる。計算して、恩を売って、優しくして、丁寧に振る舞って、それでも『血統がない』という一点で、すべてが否定される。実力でここまで来たことが、逆に罪になるなんて」
彼女の声に、初めて小さなひびが入った。感情を抑えきれない、細い亀裂。
「私は、シドのそばにいるために、すべてを計算してきた。子どもたちを育てるのだって、投資だと思ってきた。でも……それでも、権威の壁は厚い。『治安維持組織』という看板が、逆に私たちを孤立させる」
僕は彼女の横顔を見た。金髪が街灯の光に透け、淡く輝いている。
「アルファ」
僕は静かに名前を呼んだ。彼女は視線を上げ、僕をまっすぐ見た。瞳に、薄い膜が張っている。
「君の悩みは、わかるよ。僕も、同じ目で見られてる。『シド・カゲノー』は英雄だけど、『成り上がり』の英雄だ。血統がない、上級貴族じゃない、ただの実力者。だからこそ、脅威なんだ」
僕は噴水の水面に視線を落とした。水の揺らめきが、僕の黒い瞳に映る。
「でも、それでいいと思ってる。権威主義が強い世界で、僕たちが『実力だけで成り上がった存在』として存在し続けること自体が、すでに変化の種なんだ。風当たりが強いのは、僕たちが『古い秩序』を揺さぶってる証拠だよ」
アルファの指が、膝の上で緩んだ。震えが止まる。
「恐怖と悪意のない差別……それは、変わらないかもしれない。でも、僕たちは変わらない。優しく、丁寧に、大切に、計算高く、でも本気で。僕たちのやり方で、秩序を維持し続ける」
僕は彼女の肩に、再び手を置いた。今度は、温かさを伝えるように、優しく。
「疲れたら、僕に頼って。君が一人で抱え込むのは嬉しくない。一緒に進む。そういう約束だろう」
アルファは目を閉じた。長い睫毛が伏せられ、頰に薄い赤みが差す。
「……ありがとう、シド」
彼女の声は、ほとんど囁きだった。噴水の水音が続く。
街灯の光、水面に橙色の筋を描く。
「さて、帰ろう。今日も夜更かしして、明日のパフォーマンスが落ちたら意味がない」
「エスコート、お願いね」
「お任せを。お姫様」
僕は膝を折って、アルファの手の甲にキスをした。
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