広げろ、陰の実力者の、解釈を!! 作:実験者
会議室の空気は、重く淀んでいた地下深くに掘られた石室は、湿った冷気が壁から染み出し、蝋燭の炎をわずかに揺らしている。
天井から吊るされた鉄製の燭台は、六本の太い蝋燭を灯し、橙色の光を部屋の隅々まで届けるものの、影は深く、テーブルの下や壁の隙間に黒い塊のように残っていた。
長い楕円形のテーブルは、百年以上使い込まれた古木でできており、表面には無数の細かな傷と、誰かが爪で引っ掻いたような深い線が刻まれていた。
テーブルの上には、広げられた古い羊皮紙の地図、数枚の報告書、そして一冊の革装丁の本——表紙が擦り切れてタイトルすら判読しにくい——が、無造作に置かれていた。
僕はテーブルの中央に座り、椅子の背もたれに体を深く預け、足を組んでいた。
黒髪が額に軽くかかり、黒い瞳は静かに部屋を見回す。治安維持総監の制服は襟を少し緩め、普段の英雄らしい完璧な姿勢を崩した、
くつろいだ——しかし、どこか遊び心を秘めた——座り方だ。
指はテーブルの縁を軽く叩き、リズムを取るように動いている。叩く音は小さく、部屋の静けさをかき乱さない程度に。
アルファは彼の右隣に座り、背筋をぴんと伸ばしていた。金色の長髪が蝋燭の光に照らされ、溶けた金のように淡く輝く。蒼い瞳は無表情のまま、地図の上の聖教領土とディアボロス教団の隠れ拠点を交互に追っている。
彼女の両手は膝の上に置き、指を軽く組み、爪の先が白くなるほど力を込めている。疲れの色は残っているが、仕事の場では決して表に出さない。ゼータは左側に腰を下ろし、椅子の背に肘を預けて足をぶらぶらさせていた。
白髪のショートヘアが耳の上で軽く揺れ、金色の瞳が退屈そうに天井の梁をさまよう。
猫獣人の尻尾が、椅子の脚に絡まるようにゆっくりと動き、時折ピクンと跳ねる。彼女は飽きっぽく、指でテーブルの傷をなぞりながら、時折小さくため息を漏らした。
爪が木を軽く引っ掻く音が、部屋に微かな響きを加える。
「さて……本題に入ろう」
僕は静かに口を開いた。声は低く、しかし部屋全体に自然と広がる。快楽主義者の彼らしい、どこか楽しげな響きが混じっている。
「世界の半分を占める聖教と、ディアボロス教団の癒着。最新の報告書によると、二つの組織の協力関係は、もはや隠しきれなくなっている。ゾルトラークの派生技術の一部は、聖教の『奇跡』として民衆に配布され、病や傷を『神の浄化』として利用されている。一方、ディアボロス教団の実験体——主に呪われた者や異端とされた者たち——は、聖教の『異端審問』名目で供給されているらしい。表向きは『浄化』、裏では生きたままの被験体提供だ」
アルファが、地図の上に指を滑らせた。彼女の爪が、羊皮紙を軽く引っ掻く音がする。細かな線をなぞりながら、淡々と説明を続ける。
「利益は明確ね。聖教にとっては、ディアボロス教団の非人道的な技術が『神の奇跡』として包装され、民衆の信仰をさらに強化できる。信者たちは『癒し』や『救済』を求めて寄付を増やし、聖教の財源が膨張する。教会の建築はより豪華になり、聖職者の権力はより強固になる。一方、ディアボロス教団にとっては、聖教の権威と広大なネットワークが盾となり、実験の隠蔽が容易になる。捕らえた被験体を『異端』として処理すれば、証拠は完全に消え、研究は加速する。ゾルトラークの改良競争は、聖教の資金と被験体供給によって、今後数年で飛躍的に進むでしょう」
彼女の声は、感情を一切乗せない。計算された冷徹さで、事実だけを並べ立てる。
ゼータが、椅子の背から体を起こした。
金色の瞳が鋭く光る。
「へえ、win-winじゃん。聖教は金と信者増えて、教団は実験し放題。非人道的な技術を『神の意志』ってラベル貼って売っちゃうんだ。天才的っちゃ天才的だけど……」
彼女はそこで言葉を切って、肩をすくめた。指を鳴らし、軽く首を振る。
「でもさ、不利益もデカいよね。癒着がバレたら、どっちも終わる。聖教の信者たちは『神の教え』に反する非道を許さないだろうし、ディアボロス教団の技術が『聖なるもの』として広まれば、逆に内部の研究者たちが『神に背く異端』扱いされて粛清されるリスクもある。両方とも、相手を信用しきれないはず。いつ裏切るか、いつ切り捨てるか……常に監視し合ってる関係だよ」
ゼータの口調は軽いが、瞳の奥には天才らしい鋭い洞察が宿っている。彼女はテーブルの上に肘をつき、頬杖をついて続ける。
「短期的な利益は山ほどある。聖教は信仰の拡大と金脈、教団は研究の自由と被験体の安定供給。でも、長期的には共倒れの火種を抱えてる。聖教の上層部が『もう教団はいらない』と思えば、異端審問の名目で一掃する準備はできてる。逆に教団が『聖教の権威は邪魔』と判断すれば、技術を武器に反旗を翻す可能性だってある。どっちかが先に動けば、相手は一瞬で潰される。癒着ってのは、結局、互いに首に縄をかけ合ってるようなもんだよね」
僕は小さく頷いた。黒い瞳が、地図の上の聖教領土とディアボロス教団の隠れ拠点を交互に見つめる。指でテーブルの縁を叩くリズムが、少し速くなる。
「その通りだ。癒着の最大の利益は『相互の隠蔽と加速』。聖教の権威で技術を正当化し、教団の技術で信仰を強化する。でも、不利益は『相互の脆弱性』。一方が崩れれば、もう一方も道連れになる。バレた瞬間、聖教は『神の名を汚した』として内部粛清の嵐に巻き込まれ、教団は『聖教の傀儡』として世界中から追われる」
彼はそこで一度、息を吐いた。楽しげな笑みが、唇の端に浮かぶ。
「面白いよね。世界の半分を握る宗教と、非道の極致を突き進む研究組織が、手を取り合って『救済』を名目に悪を量産してる。表では光、裏では闇。僕たちの『光と闇の両立』に、ちょっと似てるかも」
アルファの瞳が、わずかに細くなる。
「似ているからこそ、脅威ね。聖教と教団の癒着がさらに深まれば、私たちの活動——治安維持という名の下の介入——は、両組織から同時に敵視される可能性が高い」
ゼータが、くすりと笑った。
「そしたら、私達も『異端』扱いされて、聖教の暗殺部隊と教団の改造人間が一斉に来るかもね。面倒だ」
シドは小さく笑い、椅子から体を起こした。
「そうだね。面白くなりそうだ」
僕の胸に快楽の輝きが宿る。
「じゃあ、どう動くか。まずは、癒着の証拠をもう少し固めて……それから動こう。放置は論外だ」
部屋の蝋燭が、ぱちりと音を立てて揺れた。影が長く伸び、テーブルの上に黒い線を描く。三人の視線が、地図の上で交錯した。静かな会議室に、静かな興奮が満ちていく。
貿易都市オルムは、朝霧に包まれていた。
港から吹き込む潮風が、街路の石畳を湿らせ、市場の喧騒をまだ遠くに押し留めている。高い尖塔の教会が街の中心にそびえ立ち、その白い石壁が朝陽を反射して淡く輝く。鐘の音が低く響き、霧の中をゆっくりと広がっていく。
通りには早朝の商人たちが荷車を引いて行き交い、魚の匂いと焼きたてのパンの香りが混ざり合っていた。
シド・カゲノーは、治安維持総監の制服を普段着に近い軽装に変え、黒いマントを羽織って歩いていた。黒髪が風に軽く揺れ、黒い瞳は周囲を静かに観察している。
表向きは「巡回視察」の名目。裏では、聖教とディアボロス教団の癒着の証拠を掴むための、最初の小さな一手だ。隣を歩くのはゼータ。白髪のショートヘアが潮風に乱れ、金色の瞳が退屈そうに周囲をさまよう。
猫獣人の耳がピクピクと動き、尻尾がマントの下で緩やかに揺れている。彼女は両手を後ろで組み、軽い足取りでついてくるが、時折足を止めては露店の果物を眺めたり、通りすがりの猫に目を細めたりしていた。
「シド、ほんとにここに来る意味あるの?」
ゼータがぽつりと呟いた。声は小さく、しかし周囲に溶け込むように自然だ。
「あるよ。教会の裏手にある『祈りの間』——公式には聖なる泉がある場所だけど、最近、夜間に怪しい荷物が出入りしてるって報告が入ってる。表向きは聖教の施設だけど、ディアボロス教団の研究資材が紛れ込んでる可能性が高い」
シドは静かに答えた。声に、いつもの遊び心が混じっている。ゼータは肩をすくめ、尻尾を軽く振った。
「ふーん。じゃあ、潜入? それとも正面から?」
「まずは観察。僕たちは『治安維持の視察』で来たんだから、堂々と入る。ゼータは……いつものように、飽きたら抜け出して周りを嗅ぎ回っていいよ」
「了解。私は天才だからね」
ゼータは小さく笑い、耳をピンと立てた。二人は教会の正面階段を上った。重厚な木製の扉がゆっくり開き、中から冷たい空気が流れ出る。内部は広大な大聖堂で、天井が高く、色鮮やかなステンドグラスから朝陽が差し込み、床に虹色の光の斑を描いている。
祭壇の前では、数人の聖職者が祈りを捧げ、静かな詠唱が響いていた。
僕は自然に歩を進め、ゼータが少し後ろを離れてついてくる。彼女の金色の瞳は、すでに周囲の隅々を素早くスキャンしている。
諜報の天才らしい、鋭い視線だ。
「祈りの間は、裏の回廊を通って」
僕が小さく呟き、脇の扉へ向かった。聖職者の一人がこちらに気づき、軽く頭を下げるが、僕は穏やかな笑みを浮かべて会釈を返す。英雄の顔だ。
回廊は薄暗く、石壁に沿って蝋燭が灯されている。足音が反響し、潮の匂いが薄れて代わりに古い石と香油の香りが漂う。ゼータの尻尾が、緊張でわずかに硬くなった。
「ここから先は、聖域だってことになってるけど……」
ゼータが耳を伏せ、鼻を軽く動かした。
「匂いがする。鉄と薬品の匂い。血の匂いも、微かに」
僕の瞳が細くなる。
「予想通りだね。ディアボロス教団の痕跡」
二人はさらに奥へ進んだ。回廊の突き当たりに、古い鉄扉がある。鍵はかかっていないが、重厚な錠がかけられていた。
僕は指を軽く鳴らし、魔力を一瞬だけ流す。錠がカチリと音を立てて開いた。
扉の向こうは、祈りの間——いや、表向きのそれだった。中央に小さな泉があり、水面が静かに揺れている。泉の周囲には聖なる像が並び、蝋燭の灯りが柔らかく照らす。だが、部屋の隅に、違和感があった。
石壁の一部が不自然にずれ、隠し扉が半開きになっている。そこから、かすかな機械音と、薬品の強い匂いが漏れ出していた。ゼータが素早く近づき、隠し扉を覗き込んだ。
「荷物……木箱が山積み。ラベルは『聖なる癒しの薬』だけど、中身は……ゾルトラークの派生を体液化したものだね。間違いない。魔法の液体化は、魂と肉体と精に術式を刻んだ人類を、磨り潰して抽出する必要があるから非合法認定されている」
彼女の声に、珍しく興奮が混じっていた。
僕は静かに笑った。
「証拠は掴んだ。アルファに送ろうか」
彼はポケットから小さな魔導装置を取り出し、隠し扉の奥を撮影する。閃光が一瞬だけ部屋を照らし、すぐに消えた。ゼータが尻尾を振って振り向いた。
「これで、聖教と教団の癒着の証拠が一つ増えたね。次は、どう動くの?」
僕は装置をしまい、隠し扉をそっと閉めた。錠が再びカチリと音を立てる。
「まずは、報告だ。アルファに全部見せて、作戦を練る。……でも、ゼータ」
彼はゼータの金色の瞳をまっすぐ見た。
「君はもう少し、ここで嗅ぎ回っていいよ。飽きるまで、好きなように」
ゼータに笑みが広がった。
「やった。じゃあ、行ってくる」
彼女は尻尾を軽く振り、影のように回廊の奥へ消えていった。シ
ドは一人、祈りの間の泉の前に立った。水面に映る自分の顔を、静かに見つめる。
「聖教とディアボロス教団の癒着。両方とも魔王討伐するまで正しい組織だったのに、共通の敵がいなくなるとここまで腐敗するんだ。人類って愚かだね、僕も含めてさ」
朝陽がステンドグラスを通り抜け、泉の水に虹色の光を落とす。
僕は小さく息を吐き、ゆっくりと教会を出た。
貿易都市オルムの霧は、まだ晴れずに残っていた。そして、その霧の奥で、新しい遊びが始まろうとしていた。
ヒロインで見たいのは?
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シャドウガーデン(アルファ、ゼータなど
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現在の者達(アレクシア、ローズなど
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過去の者達(ベアトリクスやリリなど
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人外(エリザベートやアウロラなど