広げろ、陰の実力者の、解釈を!!   作:実験者

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6話

 僕とゼータは正面から歩いていく。

 

「さて、犯罪加担している聖女様の顔を見に行こうか」

「公的な組織だから抑えて抑えて」

 

 教会大聖堂の静けさが、僕の肌に冷たく染み込んでくる。

 

 ステンドグラスから差し込む朝陽が、床に七色の光の帯を広げ、祭壇の黄金の十字架を淡く照らしていた。空気は重く、香油と古い石の匂いが混じり合い、足を一歩踏み出すたびに微かな反響が返ってくる。

 

 蝋燭の炎が数十本、祭壇の周囲で静かに揺れ、壁に長い影を伸ばしている。鐘の余韻がまだ空気に残り、低い振動のように胸の奥に響いていた。

 

 僕は大聖堂の中央通路に立ち、黒いマントの裾を軽く払った。黒髪が額に落ち、視界の端で揺れる。表向きは治安維持総監としての視察——でも内心では、この荘厳な空間を「面白い舞台装置」として楽しんでいる自分がいる。

 

 遊びの延長線上にある、ちょっとした興奮。

 少し後ろに下がったゼータの気配が、苛立たしげに伝わってくる。白髪のショートヘアが潮風に乱れ、金色の瞳を細めて祭壇の奥を睨んでいる。

 

 猫獣人の耳がピクピクと動き、尻尾がマントの下で不規則に揺れていた。彼女は両手を後ろで組み、言葉を発さない。ただ、その沈黙が、すでに不満を雄弁に語っている。

 

 その時、祭壇の脇から小さな足音が響いた。黒い目隠しを着けた少女が、ゆっくりと現れる。アッシュブロンドの金髪が肩まで流れ、純白の聖衣が朝陽に透けて柔らかく輝いていた。

 ウィクトーリア——幼い体躯に不思議な神聖さと落ち着きを湛えた聖女。

 彼女は祭壇の前に立ち、静かに僕たちに向き直った。

 

「ようこそ、治安維持総監シド・カゲノー卿。そして……ゼータ様」

 

 声は鈴のように澄んでいて、優しく、慈愛に満ちていた。

 彼女は両手を胸の前で軽く組み、深く頭を下げた。

 

「本日はお越しいただき、ありがとうございます。神の御許に導かれたご縁を、心より感謝いたします」

 

 僕は穏やかに微笑み、軽く会釈を返した。

 

「こちらこそ、聖女ウィクトーリア殿。お時間をいただき、恐縮です。街の秩序を維持する立場として、教会の教えに耳を傾けるのは当然のことです」

 

 ウィクトーリアの唇が、ほんのわずかに緩んだ。目隠しの下からでも、彼女の視線が僕を優しく捉えているのがわかる。

 彼女は僕の言葉を丁寧に受け止め、静かに頷いた。

 

「シド卿のお言葉、ありがたく存じます。……お互い、人を気遣う立場にいる者同士、言葉を交わす機会は貴重ですね」

 

 その一言に、僕の瞳が少しだけ柔らかくなった。

 

「そうですね。ウィクトーリア殿も、民衆の心を癒し、導く立場として、常に周囲を思いやるお気持ちをお持ちだと伺っています。私も、治安維持の名の下に、できる限り多くの人を守りたいと思っています」

 

 会話は自然と穏やかで、丁寧だった。

 僕は相手の言葉を遮らず、静かに聞き、彼女は僕の返答を丁寧に受け止め、感謝の意を伝える。まるで互いの気遣いが鏡のように映し合っているようだ。

 

 真面目で、相手を傷つけないよう言葉を選びながら、自分の信念を曲げない。似ている——いや、相性が良い。遊びの延長ではなく、真っ当な対話として、心地よい。内心で、僕は小さく笑った。

 

 これは、面白い相手だ。彼女のような立場の人物が違法行為に加担しているとは。

 

 ウィクトーリアはゆっくりと祭壇の横に移動し、ステンドグラスから差し込む光を背に受けた。虹色の光が彼女の金髪を彩り、まるで神聖な絵画のように見えた。

 

 僕は静かに耳を傾ける姿勢を崩さず、彼女の次の言葉を待った。ゼータの尻尾が、背後で苛立たしげに一振りする音が、かすかに聞こえた。

 

 僕は大聖堂の中央に立ち、ウィクトーリアの言葉を静かに受け止めていた。

 

 ステンドグラスから差し込む朝陽が、床に七色の光の帯をゆっくりと広げていく。祭壇の黄金の十字架が淡く輝き、蝋燭の炎が数十本、静かに揺れて壁に長い影を落としていた。香油と古い石の匂いが鼻腔を満たし、足を動かすたびに微かな反響が返ってくる。

 

 鐘の余韻がまだ胸の奥で低く振動していて、まるでこの空間全体が、静かに息をしているようだった。

 ウィクトーリアは祭壇の横に立ち、虹色の光を背に受けながら、ゆっくりと語り始めた。

 

「今日は、皆さまに少しお話をさせていただきたくて」

 

 彼女の声は穏やかで、しかし次第に力強さを帯びていく。

 

「古の物語をお聞きになったことはありますか。『魔王と勇者』……そして、その裏で起こった、もう一つの戦い」

 

 僕は静かに頷き、耳を傾けた。ゼータの気配が背後で苛立たしげに揺れているのがわかる。彼女の尻尾が、マントの下で不規則に動いていた。

 

「魔王は世界を闇に染め、勇者は光を掲げて立ち上がりました。でも、その戦いの影で、もっとも恐ろしい災厄を撒き散らした者がいました。魔人ディアボロスです。彼の呪いは、人も獣もエルフも、種族を超えて無差別に肉体を蝕み、魂を砕きました」

 

 ウィクトーリアはそこで一度、息を吸った。僕はその間も動かず、ただ彼女の言葉を待つ。ゼータの尻尾が、ピシッと音を立てるように硬くなった。

 

「そんな中、三人の英雄が立ち上がりました。人、獣、エルフ——異なる種族の三人が、手を取り合ったのです。彼らは互いの違いを否定せず、憎まず、ただ『対話』しました。お互いの痛みを聞き、意見を交わし、考える機会を共有した。それが、神が人類に与えた最大の救いだったのです」

 

 彼女は両手を広げ、優しく微笑んだ。目隠しの下からでも、その慈愛が伝わってくる。

 

「対話とは、肯定することでも否定することでもありません。ただ、相手の言葉を受け止め、自分の言葉を返すこと。それによって、新たな考えが生まれ、理解が深まる。種族の壁を超え、呪いの闇を打ち破ったのは、まさにその『対話』だったのです」

 

 大聖堂に、静かな余韻が広がった。ステンドグラスの光が、ゆっくりと床を移動していく。

 僕は小さく息を吐き、頷いた。

 

「……真っ当な話ですね。対話がすべてを解決するわけじゃない。でも、少なくとも争いを減らし、互いの理解を深める手段としては、正しいと思います。私も、治安維持の場で、できる限り対話を重視しています」

 

 ウィクトーリアの唇が、再び緩んだ。目隠しの下から、感謝の光が漏れるようだった。

 

「シド卿のお言葉、心に染みます。私も、同じ思いです。神の御心は、争いではなく、理解と慈しみにあると信じています」

 

 僕たちの視線が、穏やかに交錯した。似た者同士の、静かな共感。

 僕は内心で小さく笑った。

 この子は、僕の表の顔と本当に相性がいいな。遊びじゃなく、真剣に話せる相手として。

 ウィクトーリアに向き直った。

 

「今日はお話を聞かせてくれてありがとう、聖女殿。……また、機会があれば」

 

 ウィクトーリアは穏やかに頭を下げた。

 

「いつでもお待ちしています。神の御許に」

 

 僕たちは大聖堂を後にした。

 外の霧はまだ残り、潮風が頰を冷たく撫でる。石畳の道を歩きながら、ゼータは黙って前を向いていた。尻尾を苛立たしげに振り続け、耳は伏せられたまま、足音が少し速い。

 

 僕は彼女の横に並び、静かに言った。

 

「君の苛立ちを少しわかるよ。僕も、全部が対話で解決するなんて思ってない」

 

 ゼータは答えなかった。ただ、耳を少しだけ立てて、霧の向こうを見つめていた。教会の鐘が、再び低く鳴り響いた。荘厳な音が、街にゆっくりと広がっていく。

 

 ウィクトーリアとの穏やかな対話は、僕にとっては心地よいものだった。でも、それがゼータの胸に小さな棘を残したのも、はっきりわかった。二人は似ていて、相性が良かった。でも、ゼータにとっては、それが逆に耐えがたかったんだ。

 

「対話は救いにならない?」

 

 耳が伏せられ、マントの内側で爪が握りしめられる音が、かすかに聞こえた。

 

「対話が救い? ……ふざけないでよ」

 

 声は低く抑えていたが、怒りが滲んでいる。

 

「苦しい時は、『今すぐ助けてほしい』って思うんだよ。考える暇なんてない。呪いで体が溶けていくとき、対話なんか待ってられない。救われない者たちがいるって、現実なんだよ。それを『対話が足りなかったから』みたいに言われると……腹が立つ」

 

 ゼータの言葉は、鋭く、短く、しかし胸に刺さった。

 ウィクトーリアなら『ゼータ様の痛みは、よくわかります。でも、神はすべての人に救いの手を差し伸べる用意をしています。ただ……その手を取るかどうかは、各々の心にかかっているのです』とでも言うだろう。

 ゼータは唇を噛み、耳をさらに伏せた。

 

「そんな綺麗事で、死んだ奴らは帰ってこない」

 

 僕たちら霧の残るオルムの通りを、僕はゆっくり歩いていた。石畳は潮風で湿っていて、足元に小さな水溜まりができ、朝陽を細かく反射している。

 

 港の方から魚市場の呼び声が低く響き、焼きたてのパンと海藻の匂いが混じって鼻をくすぐる。

 

 商人たちが荷車を引いて行き交い、露店の覆いが次々とめくられていく。教会の鐘の音が遠くにまだ残っていた。しばらく無言で歩いた。石畳を踏む足音と潮の音が、静かにリズムを刻む。

 

「……お腹減った」

 

 ゼータがぽつりと呟いた。声は小さく、不満が混じっている。僕は足を止めず、視線を彼女の方に向けた。

 

「なら何か軽く買おう。何が食べたい?」

 

 ゼータは耳を少し立て、尻尾の動きを止めた。金色の瞳が僕の横顔をじっと見つめる。

 

「最近、迷うんだよね。栄養バランスを考えると何を食べればよいか分からない。そうだ、シドが決めてくれないかい? ……我が主」

 

 最後の言葉に、わざと甘えた響きを込めてきた。唇の端がわずかに上がる。いつもの飽きっぽい態度の中に、僕への信頼と甘えが混じっている。

 僕は小さく息を吐き、苦笑した。

 

「魚。確か好物だったよね。魚を軽く食べられるお店があるのかは分からないけど」

 

 ゼータの耳がピンと立ち、金色の瞳がぱっと明るくなった。尻尾が勢いよく一振りする。

 

「いいね。お腹は減っているけど、シドと一緒に見て回れるのは約得だね」

 

 彼女はそう言って、僕の袖を軽く引っ張った。足取りが少し速くなる。港に近い市場に入ると、魚の焼ける匂いが一気に強くなった。

 

 鉄板の上でジュージュー音を立てる串焼き、蒸した貝の湯気、干物が風に揺れる列——朝の市場は、色彩と音に満ちていた。

 ゼータは鼻をクンクン動かし、耳を立てて周囲を見回した。

 

「この匂い……いい。シド、あそこ。あの串焼き、魚の脂が乗ってて美味しそう」

 

 指を差した先で、老婆がサバの串を焼いていた。炭火を扇ぎながら、客に笑顔で声をかけている。

 僕は頷き、財布から小銭を出した。

 

「二本でいい? それとももっと?」

「三本! ……いや、四本。シドも食べるでしょ?」

 

 ゼータは少し照れくさそうに笑い、尻尾を軽く振った。僕は老婆に声をかけ、四本の串焼きを買った。熱々の串を二本ずつ受け取り、一本をゼータに渡す。

 彼女はすぐに一口かじった。熱い脂が唇に光り、金色の瞳が細くなる。

 

「……んっ、うまい。シド、ありがとう」

 

 満足げに尻尾をゆっくり振りながら、僕を見上げてくる。僕は自分の串を一口かじり、潮風に混じる魚の香りを吸い込んだ。

 

「美味いね。栄養バランスは……まあ、今日はこれでいいよ。たまには」

 

 ゼータは小さく笑った。

 

「シドが決めてくれるなら、何でもいいよ」

 

 僕たちは市場の喧騒の中を、ゆっくり歩き続けた。朝陽が霧を溶かし始め、街が少しずつ明るくなっていく。

 今はただ、魚の串焼きの熱さと、隣を歩くゼータの存在だけが、僕の朝を満たしていた。

 

 

 

ヒロインで見たいのは?

  • シャドウガーデン(アルファ、ゼータなど
  • 現在の者達(アレクシア、ローズなど
  • 過去の者達(ベアトリクスやリリなど
  • 人外(エリザベートやアウロラなど
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