私がビッグバンバーガーのチャレンジメニューに敗北し、カモシダ事件の喧騒がようやく落ち着きを見せ始めた5月。 中間試験も終わり、開放感に包まれた渋谷のファミレス、ビックリぼーいには、女子高生らしい明るい笑い声が響いていた。
「……あはは! ちょっと杏、口にクリーム付けすぎ!」
私が指差して笑う先で、杏は口角に生クリームをつけたまま、きょとんとしていた。
「えぇ~?どこに……うわっ、ホントだ」
「……杏、がっつきすぎだよ」
隣で志帆も、クスクスと朗らかに笑っている。 原作では、志帆はこの時期、まだ病院のベッドで虚空を見つめていたはずだ。けれど今、彼女は自分の足で歩き、私達と一緒に甘いものを食べて笑っている。
(……よかった。志帆の笑顔が何より尊いよ……)
私はチーズケーキを口に入れると、胸の内で密かに拳を握った。自分が変えた未来が、こうして日常を彩っている。これ以上の報酬は思いつかない。今こうして過ごすこの世界が現実だからこそ、余計にそう思う。
「……ねえ、志帆。体調とか、もう問題ないの?」
ふと、杏が真剣な表情で志帆を尋ねた。
「うん。……あの日、海咲が助けてくれなかったらって思うと、今でも少し怖いけど。でも、今は大丈夫。こうして二人もいてくれるから」
志帆はそっと、テーブルの上で二人の手に自分の手を重ねた。
「私、もう一度バレー部に戻るつもりはないけど……学校には、ちゃんと通い続けたいんだ。この関係と時間を、壊したくないから」
志帆の言葉を聞いた瞬間、杏の瞳の奥で、静かな火が灯ったのを私は見逃さなかった。まあね、私じゃなきゃ見逃しちゃうね。
「……そうだね。ようやく訪れた平和だもんね」
杏は一度だけ私と視線を合わせ、それから力強く頷いた。
(杏……。原作では志帆の仇を取るために戦っていたけれど、今はこの平穏を奪わせないために戦おうとしてるんだ)
志帆が救われたからこそ、杏にとっての怪盗という力は、復讐や制裁ではなく、大切な居場所を守るための、より能動的で強い意志へと昇華されたのだろう。
「あ、そうだ! 海咲、この後ショッピング行かない? 志帆に似合いそうな服、私が見立ててあげるの!」
「いいね、賛成! 志帆を世界一可愛くプロデュースしちゃおう!」
「えっ、二人とも……お手柔らかにお願いね?」
――楽しそうに歩き出す二人を見送りながら、私は少しだけ足を止める。ふと、背後のビルの路地に、モルガナを連れて歩く雨宮くんの姿が見えた気がした。
(雨宮くん、怪盗団の活動これからどんどん忙しくなると思うけど……。できる範囲で、私も陰ながら全力でサポートするから。君は君達の反逆の意志を、迷わず貫いて)
『あら……。守るものが増えれば増えるほど、勝負は難しく、人の心は脆くなるものよ?
脳内でマスターシュが、皮肉めいた、けれどどこか楽しそうな声で囁いたような気がした。
「……わかってるよ。でもね、守るものがあるからこそ、絶対に負けられない戦いだってあるの。分かってるでしょう?」
海咲は小さく呟き、駆け足で親友たちの元へと向かった。 5月の爽やかな風が、彼女たちのスカートを揺らして通り過ぎていく。
斑目編は駆け足になる予定です。
なぜなら海咲的に盛り上がれるところがあんまりな……ごほん。