6月5日。
斑目一流斎の謝罪会見。
テレビ画面越しに、かつての権威が涙ながらに罪を告白する姿を見て、海咲は静かに安堵の息を漏らした。
(よかった……。これで喜多川くんも、一区切り付けられたかな)
今回は、ほとんど傍観者として一歩引いたところから怪盗団を見守っていた。
というより、何もしてなかったと言う方が正しいかもしれない。……落書き?ちょっと何言ってるか分からないですね……。
正直、志帆の時と違って、介入してでも救いたい人が居なかったこと。
喜多川くんと関わるのは面倒くさそうだなと思ったこと、総合的に見て私が直接関与しなくても攻略は問題なさそうな気がしたので放置したというのが真実である。
――翌日。
斑目の記者会見の衝撃が冷めやらぬ秀尽学園。校内では、怪盗団の次の標的が誰になるのかという噂で持ち切りだった。しかし、その喧騒の裏で、校長からの重圧に押し潰されそうになっている一人の少女がいた。
生徒会長、新島真。
「……東雲さん、少し時間をもらえるかしら」
――呼び出されたのは、放課後の静まり返った生徒会室。真の瞳は鋭く海咲を射抜かんとしていたが、その奥には隠しきれない焦燥が煤のようにこびりついている。
「雨宮くん、高巻さんや坂本くん……彼らと最近親しくしているようだけど、何か『怪盗団』について聞いていないかしら?噂でも何でもいいのだけど」
当たりをつけて、彼らを疑っているのだろう。仲の良い私も怪しいのではと踏んで探りに来た、と。
私は完璧なポーカーフェイスを維持したまま、ゆっくりと首を傾げた。
「怪盗団、ですか? 最近ニュースでよく見かけるワードですけど……あと、鴨志田先生の時と。それぐらいでしょうか。雨宮くんとは、転校生同士ですし、坂本くんは彼と仲が良いので。高巻さんは学校側が忖度して、やりたい放題やらせてた鴨志田先生から、鈴井さんを助けた時以来お互い親友と呼べるような仲になりましたので。何か問題ありますか?あまり赤の他人に人間関係を色眼鏡で見られたくないですね。……それより新島先輩、随分と顔色が良くないみたいですけど、大丈夫ですか?」
「……っ、それは……」
意表を突かれた先輩が、返答に詰まる。実際校長に連日責め立てられて余裕を無くしてるのだろう。
それとは別に、生徒会長でありながら学校側の言いなりになって、志帆や他の生徒が鴨志田の玩具にされてるのを見て見ぬふりをしていた事に対して怒りを抱いていたこともあって、少し責めるような言い方をしてしまった。
本人もその辺りは気にはしていたのだろう。二の句が継げず、黙ってしまった。私はそれ以上追及せず、静かに椅子から立ち上がる。
「悩みがあるようでしたら、あまり一人で抱え込まない方がいいと思いますよ。……話が以上なのでしたら、これで失礼します」
何かを言いたそうな先輩の視線を背中に感じながら、私は生徒会室を後にした。
(先輩も大変だよね。右からも左からも板挟みで。……でも、彼女が自分自身で答えを見つけない限り、私の方からはこれ以上踏み込めない。それに原作でもこの時期の彼女には、正直言いたいことめっちゃあったし。特に鴨志田関連のことや、雨宮くん達をまるで厄介者みたいに扱ったりとかね?……悪いけどチクリと刺させてもらった)
廊下を歩いていると、あまり聞きたくはなかった穏やかな声が私を引き止めた。
……はぁ。面倒ごとって連鎖するのかなぁ?
「やあ、東雲さん。少し気分が優れないようだけど……。どうだろう?そろそろカウンセリングを受けてみない?少しは気が楽になる手助けができるかもしれないからさ」
非常勤講師の丸喜拓人だ。彼が浮かべる、誰に対しても分け隔てのない善意を感じさせる穏やかな微笑み。それを見た瞬間、心の奥底からの拒絶をなんとも言えない感覚とともに味わう。
私は、原作のラスボスでもあるこの人がとても苦手だった。
事情を知らない生徒たちは、彼を最高の理解者と感じているかもしれない。だが、私にとっての丸喜拓人という人物は、身につけた力に溺れて自らを神であるかのように振る舞い、救いと称して他者の尊厳を奪う。そんな優しくも傲慢な人物として認識していた。(※個人の感想です)
「……結構です。必要ありませんから」
「そんなに身構えなくても大丈夫だよ。心が疲れている時は、他者の助けを借りることも大切だよ。君の心がリラックスするための手伝いができるかもしれない」
その薄っぺらい言葉が、スイッチをひとつ押した。
「……第三者からの、独善的な助けなんて必要ありません。私は、自分の痛みは自分で抱えて生きていくと決めているんです。疲れも悩みも私のものです。友人にそれを相談することはあっても、先生にするつもりは一切ありません。……せっかく声をかけてくれたのに、すみませんけど」
私の拒絶を込めた言葉に、先生は一瞬驚いたように目を見開いた。すぐに悲しげな、けれど相手を頭ごなしに否定しようとしない理解ある大人の顔に戻った。
「……嫌われちゃったかなあ……ごめんね。独善的か……そう見えてしまうのも、否定はできないな。……それでも何か悩みがあれば気軽に相談しに来てほしい」
去ろうとする丸喜先生の背中に、少し敵意を引っ込めた視線を向けて言う。
「大丈夫です。相談なら、信頼できる友人達にしますから」
「……そうか。東雲さんは強いね。引き留めちゃってごめん」
彼の足が止まったが、彼は振り返ることなく、静かに廊下の向こうへと消えていった。
(……はぁ)
一人になった廊下で、大きく溜息をつく。
(やってしまった……。めちゃくちゃ嫌な奴みたいな物言いになっちゃったな……)
どれほど彼のやることが許せなくても、今の時点では彼は自分の信念の赴くままに真面目に生徒に向き合おうとする熱心なカウンセラーだ。いくら原作終盤で彼がラスボスとして立ちはだかり、
「……反省しないと。でも、やっぱり無理なものは無理」
大勢の声で少数の意見を幸福という名の下に飲み込もうとする、あの静かな狂気。自分を思い通りに操ろうとする存在がいたら抵抗しようとするのは、人として当然の権利であり当たり前の行動だ。人が100人居れば100通りの考え方があるように、結局はお互いの主義主張の押し付け合いになるのは否めない。
それでも、私が見たい未来は、怪盗団のそれに関わる人達の……彼ら寄りの未来だから。
だから、私は丸喜拓人を敵とみなす。
それが私のエゴだとしても。
(……よし、このモヤモヤはルブランで上書きしよう)
――海咲は自分の中の正義という言葉の曖昧さに苦笑いしながら、ルブランへと向かうべく、一人帰宅した。
その日、マスターに「どうしても苦手な相手に敵意を隠すのが苦手」と愚痴って「まあそういうこともあるだろうよ。人間完璧じゃねえんだ、言っちゃいけねえことを言わなきゃそれで良いんだよ。誰だってそんなもんさ。聖人じゃねえんだからよ」と諭され、マスターは話聞くの上手いなあ……などと思っていた海咲であったが、自分にとってルブランのマスターこそがカウンセラー代わりとなっていることを本人は一切気付いていないのであった。
なお、海咲自身は自分のことをポーカーフェイスが得意なクールな存在だと思っているらしい。
実際、ラスボスと対峙したら冷静で居られないとは思うんですよ。
話の展開上どうしても海咲からの感情表現がヘイト気味になっちゃうのは申し訳ないです。