――数日後の夜のルブラン。カウンターに置かれたカップから、温かい湯気が揺らめきながら消えていく。
「やっぱり、食後に飲むマスターのコーヒーは格別ですね……」
「ありがとよ。しかし、しょっちゅう来てくれてるが、親御さんは心配したりしねえのかい?」
「実は、親居ないんですよ私」
「……すまん。無神経だった。この通りだ」
マスターが頭を下げて謝ってくる。
この世界で自分を認識してから知った事だし、全く気にしてないし当たり前のことなので「全然気にしないでください。もうそれが日常なので」と、笑って返す。
「……何か困った事があったら何時でも言えよ?必要なら蓮を向かわすし、俺も手を貸すからな」
「ありがとうございます。ここで過ごさせてもらってる時間だけでも、十分ありがたいですよ」
マスターの作る料理は別にカレーに限らず軽食も美味しい。
流石に毎日入り浸るのもなー……と思って自重はしてるけど、全メニュー制覇するぐらいには通っていた。
それにマスターには、色々と日々の愚痴や相談も聞いてもらっているのだ。憩いの場そのものである。
静かな幸福感に浸っていると、店のドアが開いた。
「ただいま戻りました」
モナ入りの鞄を肩にかけた雨宮くんが、少し重い足取りで入ってくる。店内の空気が、彼の持ち込んだ雰囲気の重みで微かに震えた。
「おかえりなさい、雨宮くん」
それにまあ、こうして推しにも遭遇できるので役得なんだよね。ルブラン最高。
雨宮くんは私の姿を認めると、少しだけ視線を彷徨わせた後、意を決したように切り出した。
「ただいま。……東雲さん。少し、上で話せないかな?」
「うん、いいよ?」
「閉店前には帰るんだぞ」
「はーい!お邪魔しますね」
マスターに見送られ、雨宮くんの後ろに付いていく。
ギシリ、ギシリと使い古された階段を上り、再びたどり着いた屋根裏部屋。 彼と向かい合う形でソファに座ると、何やら話しづらそうにこちらを見ている。
「ねえ、雨宮くん。何かあった?」
「……やっぱりわかるかな?」
尋ねてみると彼はなんともバツが悪そうな、苦いものを噛み潰したような顔をして俯いた。
少し待っていると、一息付いたのか顔を上げて語りだした。
「……怪盗団ということがバレた」
『……ああ、シノノメには前々から忠告されてたのにな。バカは痛い目見ないとわかんねーらしい』
「……えぇ?待って、ちょっと待って!どういう事!?」
「今日、学校で生徒会長に……新島さんに、言質を取られた。俺たちの行動を、完全にマークされてたよ」
『録音されちまったんだよ。リュージとアン殿が自分達が怪盗団って話してるところをな』
(あぁー!そういえばそんなイベントあったなあ。先輩の録音作戦、回避できなかったんだ……。とはいえ、これ既定路線なんだよねぇ。世界の強制力的な感じでイベント発生した可能性ある……?)
呆れるように言うモナの言葉を聞きながら、私は内心で天を仰いだ。だが、そこでふと思い直す。
(……いや、待って。ここで私が余計なこと言って、金城を巡る一件が予定より遅れたりしたら、先輩の覚醒も、彼女が怪盗団に加わる流れも順調にいかない可能性もある?……それはマズイよね)
原作で見た、嫌な展開を避けたいあまりに干渉しすぎれば、もっと歪んだ未来を引き寄せてしまう可能性もある。 私が望んでいるのは、怪盗団やその周りの仲間たちや大事な人達が、誰一人欠けることなく笑っていられる未来――いわゆるハッピーエンドだ。
で、あれば原作通りの展開は確かに必要になってくる。それに、様々なイベントを超えていくことで彼ら自身も成長していくわけだから、それを奪ってしまうのは本当に彼らの為になるだろうか……?
んん……もどかしい。どうすればいいんだろう。未来もいつ起こるかも知っていても、私自身は万能じゃない。それに現在進行系のこの世界で、必要以上に干渉してしまうことの影響はきっと少なくない。
そのために、私は怪盗団に参加するという選択肢を除外したんじゃないの?……浮かれていたのは私も同じかぁ……。
例えば雨宮くんが将来、浮名を流す『屋根裏のゴミ』になるのか、一途な愛に生きるのかは、彼自身が選ぶ未来の問題であって、私の管轄外だ。だからそこに干渉する気はない。
彼らのために私がするべき事は、その選択肢が奪われないための日常を守ること。
そうすると、凄い嫌だけど先輩が金城のとこに連れてかれないとダメだよね、やっぱり……。
(なら、私にできるのは……先輩へのフォローくらいかな)
少し視線を落とし、言葉を選びながら話を再開する。
「……実はこの前私も先輩に呼び出されたんだよね」
「東雲さんも?……まさか君の事まで怪盗団だと疑ってる?」
「そこはニュアンス的に違うみたい。疑ってはいたみたいで、なんかまるで悪いことみたいに、雨宮くんとか杏とかと仲が随分と良いようね?なんて言われてカチンと来て言い返しちゃって。……でもね。彼女、すごく追い詰められているように見えたよ。責任と重圧に押し潰されそうで。……そのせいで、少し当たりが強くなっちゃってるのかも。彼女、悪い人じゃないと思う。ただ……」
雨宮くんの瞳をじっと見つめ、一歩踏み込んだ警告を付け加えた。
「人って追い詰められると、突拍子のない行動に出ることもあるから。……気をつけてね。彼女を敵だと思って突き放すんじゃなくて、どうしてそこまで必死なのか、少しだけ気に掛けてあげて欲しいの。先輩もキミ達も、お互いに敵対視しちゃうと目の前が狭くなっちゃうと思うし」
彼は怪訝そうに目を細めたが、やがて静かに、深く頷いた。
「……わかった。君が言うなら心に留めておくよ。ありがとう、東雲さん」
下に降りて、マスターに挨拶をする。「夜道は危ねえからな」と念を押され、雨宮くんが家まで送ってくれる。
「……じゃあ、また明日ね、雨宮くん。無理しすぎちゃダメだよ?私の力が必要になったら言ってね」
「君こそあまり無理はしないでほしい。こないだの銀行強盗の件、話題になってたのって東雲さんなんだろ?無事だったから良かったけど、知った時は肝が冷えた。君が俺達の事を心配してくれるのと同じように、君の事も心配なんだ」
なんて言ってくるものだから、一瞬止まってしまった。
うわー、ヤバい。今、私の顔多分真っ赤だ。
この原作主人公、人たらしすぎない?
「……ありがと!じゃあお互い様って事で!」
「ああ、おやすみ、東雲さん」
「……うん、おやすみ、雨宮くん」
手を振って彼の背中を見送った後、私は自宅のベッドに飛び込んだ。
まだ、顔が赤い気がする。
(先輩のこと、あんな言い方でよかったかな……。でも、金城の事を説明せずにってなると、あれぐらいしか……)
―― 一方、屋根裏部屋に戻ってきた蓮とモルガナ。
『……蓮、シノノメの言う事も理解できるけどよ。ニイジマも必死なんだろうが、こっちもいいように使われるってのは、怪盗団としちゃ認められねぇ。……明日の放課後、どう動くか決めようぜ』
「ああ……。とはいえ弱みを握られてるのは俺達だ。東雲さんの言葉も、分からないでもないけど……まずは、慎重に様子を見よう」
静寂に包まれた屋根裏で、二人は明日の行動指針を決めて、怪盗団のグループチャットに投げかけた。
彼らの新たな運命のカウントダウンは、確実にその時を刻んでいた。
ちなみに蓮は、社会科見学の行き先と面子から絶対に海咲だと確信していただけで、誰もバラしてはいないことだけは確かである。
どうしても原作に沿うとこの辺の竜司さあ……は避けられないのが辛いですね。