――渋谷の街は、今日も嫌になるぐらいの熱気に包まれていた。
渋谷の空に浮かぶ悍ましき銀行の主、金城潤矢の魔の手が着実に怪盗団を巻き込み伸びる中、新島真が自身が抱く正義を証明するために自ら火中に飛び込む――。そんな原作通りの、けれど避けては通れない危うい展開が裏で進んでいることを、海咲は肌で感じていた。
(新島先輩が無茶をして借金を背負わされる……。それはパレスに入るために必要不可欠な鍵。止めるわけにはいかないけれど、やっぱり胸がざわつくなぁ……)
そんな割り切れない思いを振り払うように、私は注文カウンターの隣でメニューを眺める少女に笑顔を向けた。
「志帆、決まった? 今日は私の奢りだから、遠慮しないでチャレンジメニューに挑戦してくれていいんだからね」
「ふふ、ありがとう海咲。じゃあ……絶対無理だから普通のセットにしておくね」
えー?頼もうよー、なんてやり取りをしている私と志帆がやってきたのは、渋谷の『ビッグバンバーガー』。ジャンクな香りが漂う店内で、二人は運ばれてきたノーマルでも満足サイズなハンバーガーを前に、なんだか普通の女子高生らしい平穏な時間を過ごしていた。
「――あ」
志帆が不意に視線を向けた先。店内のガラスの向こうに見える雨宮くんや杏、そして坂本くんたちの姿があった。彼らは深刻な表情で何事か相談している。新島先輩も、こそこそしながら近くにいるのだろう。
「最近、杏……雨宮くんたちと仲いいよね」
志帆がポツリと呟く。その横顔に少しだけ寂しげな色が混じったのを見て、私はニヤリと口角を上げた。
「おやぁ?志帆ちゃーん?もしかして親友を取られちゃったみたい……って嫉妬感情?」
「えっ!? ち、違うよ、そういうのじゃなくて!」
慌てて手を振る志帆。その様子が微笑ましくて、私は思わず声を立てて笑った。
「冗談冗談。……でも、志帆から見て、今の杏ってどう見える?」
志帆は少しの間、視線の先で真剣に、けれど仲間たちと言葉を交わす杏を見つめていた。
「……私のせいで、杏には色々迷惑かけちゃったでしょ? だから、ああやって誰かと楽しそうにしてるのを見ると、なんだか嬉しくて。私以外の居場所が、杏にできてよかったなって」
志帆の言葉は、あまりにも優しく、そして自分を卑下するように。 それを聞いた私は、持っていたポテトを置き、真剣な眼差しで志帆を見据えた。
「志帆。そういう考え方は、良くないよ」
「え……?」
「杏は志帆のために、友達のためにできることをしようと頑張ってたの。それを迷惑だったなんて、あの子は一ミリも思ってないよ。……志帆のためにって、それだけを考えて必死に頑張ってた彼女の思いを、そんな風に迷惑なんて言葉で流しちゃダメだよ」
志帆はハッとしたように目を見開き、自分の言葉がどれほど親友の決意を、軽く見てしまっていたかに気付いたようだった。
「……そう、だね。ごめん、私……。もし、立ち位置が反対だったら、私も杏と同じようにしてたかもしれない。迷惑だなんて、絶対に思わない」
「ね? 友達ってそういうものじゃない?」
私は満足げに頷くと、再びポテトを口に運んだ。
「私も、あの時志帆を助けられて本当に良かったとしか思ってないし。あんなクソ教師、ざまあみろとしか思ってないもの」
「……海咲」
志帆の顔には霧が晴れたような、心からの笑顔が浮かんでいる。 私が変えた未来。原作では鴨志田による性的暴行のせいで死を望んだ少女が今、こうして友を想い、笑って、明日を語っている。
この笑顔が見れただけで、私は自身の行動を肯定できる。結末が定められていたはずの物語に反逆して、戦ったからこそ得られた小さな幸せ。この優しくない世界で、自らの手で掴み取ったそれを、守り抜かなきゃ。
「志帆はさ、バレー以外に何かやりたい事って見つけられそう?」
「……まだ、難しいかな。今までずっとバレーのことしか考えて……ううん、考えられなかった。そんな余裕もなかったし……その……」
「あ、ごめんね。無理して言わなくて大丈夫だからね」
「うん、どうしてもまだ……」
そうだ。あれからまだそんなに時間も経ってない。今まであれだけの目に遭ってきた志帆が忘れられるわけない。
……ごめん、ちょっと焦ってたかも。
「もし、志帆が興味持てること見つけたら、私にも教えてよ。映画に興味出たら一緒に観に行くし、旅行に興味があったら一緒に行くよ。スポーツでも遊びでも、何でも付き合うよ」
「海咲は……」
「うん」
「どうしてそんなに私のこと気にかけてくれるの?良くない言い方だけど、あの時の私ってただあなたの後ろに座ってるだけの人間だったでしょう?」
「うーん……そうだね、確かに私達の関係性ってそれだけだったよね。……でもさ、あの時の私って学校にほとんど知り合いも身内も居ない状態だったから。だから割と不安もあったんだよね。いきなり話しかけて警戒されないかな?とか考えちゃったり、最初で失敗したらこの先の学校生活辛いだろうな~なんて思ってた」
これは事実。テンション上がってはいたけど、あの時私は志帆に受け入れてもらえなかったらどうしようって不安も抱えてた。原作知識がいくらあろうと、この世界で生きてる人の考えてることまではわからない。だから人付き合いっていうところで、最初に躓いたら……なんて思うのは当たり前だよね。
「えっ、意外……。海咲ってすごい明るいし、すぐ誰かと仲良くなっちゃうし、そういうの得意な人だと思ってた」
「結構打算的なとこあるんだよ?私って。相手の反応見て、私に興味なさそうだったら極力関わらないようにしようとか。逆に友好的に接してくれた人には、こっちからも友好的に接しようとか、どうしても考えちゃう」
「……でも、それって当然のことじゃない?誰だって、合う合わないはあると思うし……」
「そうだね。志帆の場合は、今思えば初対面の時ってその……」
「うん、暗かったでしょ。きっと目が死んでたと思う」
くすりと笑って、そんな事を言う志帆を見て、ああ……立ち直ってくれたんだな……と少し感動する。
「あはっ、そうだね。だけど、それでもちゃんと私に挨拶を返してくれたでしょ?あんなに辛い状況で日々を過ごしてたのに、笑顔でよろしくねって」
「ぎこちなかったと思うけど……」
「それでもクラスで初めて話しかけた子が、ちゃんと受け答えしてくれたのが嬉しくて。だから、友達になりたいと思ったの。単純でしょ」
「そうかもね。でも……海咲が単純だったおかげで、私は救われたよ。海咲が親友になる予定って言ってくれて、その通りになって。鴨志田先生からも助けてくれた。私だけじゃない、杏のことも。改めて言わせて。……海咲、本当にありがとう。私と杏を助けてくれて……私と親友になってくれて、本当に嬉しいの。ありがとう海咲」
……どうしよう、ちょっと泣きそう。ずるいなあ志帆。
そんな事言われたら、嬉しくなっちゃうでしょ……。無印でも助けられなかった。ザ・ロイヤルでも助けられなかった。だからこそ、この世界に来たことで絶対に助けると誓って、成し遂げた。
自分の行動が間違いじゃなかったんだって、志帆が示してくれた。志帆は私にお礼を言ってくれてるけど、私の方こそお礼言いたいんだよって伝えたいよ。無事で居てくれてありがとうって。本来知り合うことすらなかった私を受け入れてくれてありがとうって。
「志帆、私はいつだって貴女の味方だよ。だって、志帆も杏も大事な親友だからね」
「海咲……」
もう、これ以上の言葉は無粋だった。お互い、自分達の気持ちを伝えあって、心からの笑顔で笑い合う。そんな尊い時間が何より嬉しい。
今度はちゃんと杏も連れてこないとね。三人揃って、笑顔でお茶して過ごそう。これからはいつだってそれが出来るんだから。
(……いいよ。裏でどんなドロドロした展開が待っていても、報酬にこの笑顔が待っているなら、私はいくらでも『クルーピエ』として、怪盗団のために……そして私のために理不尽と戦い続けるよ)
『良いわ海咲。それが貴女の決意なのね。なら、その覚悟をチップとしてBETなさい。貴女が諦めない限り、私は力を貸すわ』
「(目指すゴールが決まっているのよ?諦めるなんて選択肢は存在しないから)」
心の中に響くマスターシュの声に心の声で応じながら、志帆との他愛もないお喋りに興じる。
雨宮くん達の姿はもう見えなかった。
志帆を助けるルートって中々アフターフォローないパターン多い気がして、ちょいちょい擦っていきたいです。