欺瞞の秤   作:ちくわぶ@黒胡椒

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金城編ぶっとびカード。


第二十話 進む世界

そして時は経って。

カネシロパレスの一件が一段落した、7月のある日。秀尽学園を覆っていた重苦しい空気は、少しずつ凪へと向かっていた。

6月は色々あった。……本当に。

 

「東雲さん。……少し、いいかしら」

 

振り返ると、そこには生徒会長である新島先輩が立っていた。以前の、何かに追われるような悲壮感に満ちた彼女の面影は、もうどこにもない。その瞳には、自らの意志で自分の信じる正義を選び取った者だけが持つ、静かな輝きが宿っていた。

 

「新島先輩。……そういえば、もう無理に『怪盗団』について聞き出したりはしないんですか?」

 

私が少し茶化すように言うと、真は一瞬だけたじろぎ、それから深々と頭を下げた。

 

「……その節は、本当にごめんなさい。焦っていたとはいえ、貴女にまであんな失礼な態度をとってしまったこと、ずっと謝りたかったの」

「顔を上げてください、先輩。……気にしていませんよ。それより、随分と余裕が出てきたみたいで良かったです。今の先輩、前よりずっと素敵ですよ」

 

その言葉に、真は苦笑いを浮かべた。その表情は、以前の鉄面皮からは想像もつかないほど人間味に溢れている。

 

「貴女には適わないわね。……実は、彼らから貴女のことも聞いてしまったの。ごめんなさい、何も知らないくせに貴女を巻き込もうとしていたなんて」

 

先輩の言葉に、私は不敵な笑みを浮かべた。

 

「彼らが何を言ったかは知りませんけど……。私は怪盗団の一員ではないですし、これからもそのつもりはありませんよ。……ただ少しお節介な転校生ですから」

「……ふふ、そうね。貴女がそう言うなら、そういうことにしておくわ。今更転校生もないと思うけど」

 

先輩は一歩踏み出し、私の瞳を真っ直ぐに見つめた。

 

「でも、貴女が彼らの……私たちの『味方』であることに変わりはないのでしょう? なら、私から言うことは一つだけよ。……これからも、よろしくね、海咲さん」

「海咲で良いですよ。彼らが調子に乗らないようにしっかり手綱握ってあげてくださいね」

「ふふっ、そういう扱いなのね。私も真でいいわ。貴女ともお友達になりたいの」

「おっけー、よろしくね真」

 

私も、即座にウインクして返事をする。

なんか知らないけど、妙に友好的だなぁ……。

まあ、それならそれでありがたいけども。仲良くなるためのアレコレが省略できるし。嫌われるより好かれたほうがずっと良いからね。

そんな内心を悟られないよう、笑顔で返す。

 

そして、彼女の差し出した手を受け、力強く握り返した。 原作では様々な事情や悩みから孤独に苦しんでいた彼女が、こうして自らの居場所を見つけ、誰かを信頼している姿を生で見られる。それだけでも、この世界に来た意味があったと強く実感していた。一番はもちろん志帆の事だけど。

 

先輩……真を見送った後、私は校門へ向かいながら、自身の掌を見つめた。

 

(怪盗団も、これで戦力が大分揃ってきた。……でも彼らが強くなるなら、私も立ち止まっているわけにはいかないよね)

 

彼女が目指すのは全員が笑って迎えられるハッピーエンド。 そのためには、原作のシナリオを突き崩すような不測の事態が起きた時、力ずくで運命をねじ伏せるだけの力が必要だ。

 

(よし。……今日はメメントスでレベル上げに勤しもう)

 

 

――というわけでやって来たメメントス、節制奪われし路の最下層一歩手前。不思議なことにそこにはいつも群がってくる不定形のシャドウがおらず、いつもの鋭利な殺意も、刈り取るもののようなおしおきシステム的な死の気配もない。ただ、どろりとした、濃厚で実体のない()()が渦巻いていた。

 

「……っ、何なのよ、こいつ……!」

 

私は肩で息をしながら、二丁のピースメーカーを構え直す。目の前に鎮座するのは、大衆の歪んだ願望が凝縮されたかのような、形なき影。 攻撃のたびにその姿を変え、逃げ場を塞ぐように迫りくる。相当にダメージを与えているはずだが、倒れる兆候も見えない。

 

『あらあら……。ずいぶんと追い詰められているわね、クルーピエ。貴女の持ち札は、もうそれだけかしら?期待外れね』

 

脳内に響くマスターシュの声は、冷ややかでさえあった。

 

(まだ……負けられない。私がここで負けて……舞台から退場したら、最高のハッピーエンドが見れないじゃない!)

 

死への恐怖を超えた、執念に近い想い。その瞬間、魂が内から爆発したような感覚があった。 激しい光とともに、新たな『力』の回路が脳内に接続される。

相手の全能力を強制的に引き下げる呪縛の糸、ランダマイザ。 そして、自身の物理・銃撃威力を限界まで高める集中、チャージ。

 

「これが……私の、新しい手札(スキル)……っ!」

 

私は冷静に、けれど迅速に手札を回した。 弱体化(デバフ)を叩き込み、魔力を極限まで一点に集中させる。

 

「これで、おしまいよ。……至高の魔弾!!」

 

絶大な威力を伴ったふたつの漆黒の弾丸が、濃厚な悪意を中心から貫き、四散させた。 静寂が戻ったメメントス。勝利の余韻に浸る間もなく、その場に膝をついた。

 

(……勝った。けど、何なのこの()()()()()タイミングでの成長は。まるで、誰かに強くなれと促されているみたいで、釈然としないんだけど。……まあ今更か)

 

拭いきれない違和感を抱えたまま下へと降りて、スタート地点まで一気に戻る。

これ、不思議だったんだけど、どうやらそういう認知が働いてるらしい。

というのも、モナが高速移動してるぐらいのイメージだったんだけどね、原作では。セーフルームでのファストトラベルが可能っていう認知が働いていて、指定階層への移動って思うとそれを実行してくれるみたいな感じ。ホントに一瞬で帰れるからありがたいなあ……。こういうところゲーム的だよねぇ……とも思ってしまうが、気にしないことにする。

 

重い体を引きずって現実世界へと無事帰還する。

はあ、しんどかった……。

鴨志田のときに追加された階層は、期待外れというかシャドウも全然弱かった。

そして斑目のパレスを攻略したあとも、まあこんなもんかなと言う感じ。

ただ、今回金城のパレス攻略完了の影響で開いたと思われるあの階層、可もなく不可もなくというか……それでもメメントスの最初の階層で襲いかかってくるシャドウに比べたらまだ弱い。そう思っていたんだけど、セーフルームに降りる直前でアレが現れた。

なんだろう、ボス的な存在だったんだろうか……。今回の覚醒といい、本来いないはずの敵が居ることといい……メメントスに誘われてる?……それにしては私のこと虐め過ぎじゃない?

まあ、試練みたいなものなんだろうか。

 

四軒茶屋の自宅。 シャワーを浴び、湯船に使ってたっぷりと疲れを洗い流し、鏡の前に立った。 濡れた髪、透き通った瞳に、まるで作られたかのような身体の造形。そこには、間違いなく『東雲海咲(しののめ みさき)』という少女が映っている。

だが、ベッドに潜り込み、部屋の明かりを消した瞬間。 暗闇の中で、逃れられない疑問と向き合うことになる。思考の幅が一気に狭まり、その事しか考えられなくなる。

 

(……私は、誰?)

 

私は『ペルソナ5R』という作品を、隅々まで知っている。 誰が裏切り者で、誰が救いを求めているのか。いつ、何が起こるのか。 しかし、この世界に来る前の()()()()については、驚くほど何も覚えていない。

前世での名前も、年齢性別も。 どんな顔をしていて、何を仕事にしていたのかも。 家族や恋人がいたのか、それとも一人だったのかさえも。

頭の中にあるのは、画面越しに見ていた、この世界の眩しくて陰鬱で救いがあるようで救いのない、けれど優しくて素敵な物語の記憶だけ。

 

(まるで……この物語を救済するために動く、ただの装置みたい)

 

東雲海咲という存在。実は血の通った私という意識や、その過去も、名前も存在しないのかもしれない。そう考えると、少し怖い。

――けれど。

 

(……それでも、いいや)

 

タオルケットを握りしめ、闇の中で静かに微笑んだ。

 

(名前が偽物でも、過去が空っぽでも。志帆の手を握った時の温かさも、杏の笑い声に救われた気持ちも、蓮くんやマスターやモナとルブランで過ごした時間も、クラスメイトと軽口を叩く休み時間や放課後も……。それだけは、間違いなく私が紡いできた本物の時間なんだから)

 

ならば今は彼らが、そしてこの世界が迎えるはずの結末を守り抜いて、その上で私が求める最高の結末を追い求める。 それこそが、今の私にできる唯一の、そしてこの世界に対しての()()()()()なのだから。

 

「……おやすみなさい、明日も頑張ろう」

 

私は自分に言い聞かせるように呟くと、深い、安らかな眠りへと落ちていった。

 

 

 




言うて、毎日投稿結構辛い。
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