――翌日、蓮はルブランの扉の裏で、偶然を装って海咲を待っていた。
もしかして、避けられるかもしれないと思いながら、それでも待っていると、見慣れた横顔が店の前を通り過ぎるのが見えたため、施錠をして海咲を追いかけた。
「東雲さん!」
「おはよう、雨宮くん。もうすぐ夏休みだね」
「あ、ああ。そうだな。……その……昨日は本当にごめん。不快な思いをさせたと思う」
「うん?なんの事?」
「いや、なんの事って……昨日の夜のルブランでの……」
「そんな事より早く行こ。遅刻しちゃうよ」
戸惑う蓮とモナを置いて、海咲はスタスタと歩いて行ってしまう。
『ありゃどっちなんだ?めちゃくちゃ怒ってるのか、それともマジで気にしてねーのか』
「気にしてないとは思えないんだけどな……。昨日の様子からすると、不自然なぐらいに自然体だ……」
蓮は、そこでハッと気付く。
まさか、怒りを通り越して……無関心に!?
「す、すぐ追いかけないと」
『お前らワガハイの居ない間に何やったんだよ……』
「実は昨日、杏から怪盗団への勧誘話が出たんだ。その時の竜司の発言に、東雲さんのスイッチが入ってしまって……」
『あー……なんか察したぜ。堪忍袋がハジケちまったんだな。そういや急がないでいいのか?行っちまうぜ』
「……急ぐぞ!」
駆け出した蓮は、なんとか追い付いて電車に乗り込んだ。
話し掛けてみるが、海咲は普段の日常通りに笑顔を見せて返してくれる。
だが、昨日の話題を出そうとすると、逸らされる……というより、何の話?といった感じで返される。
首を傾げる海咲の姿は、わざとらしさもなく、含むものもなくそう告げてるというのが見て取れた。
(静かに怒っているというわけでも無さそうだ。トボけているわけでもない……一晩経って、本当に気にしていない……のか?)
だが、どこか違和感がある。
自然だからこそ、感じるその違和感はしこりとなって蓮の中に残った。
蒼山一丁目駅に着き、学校へ向かう道中、竜司とも会ったが、海咲は普通に挨拶をしていた。
むしろ、竜司の方が謝る機会を逸して戸惑いの表情で蓮を見るが、自分も分からないとばかりに、首を振る。
途中クラスメイトと会ったのか、またねと言いながらにこやかに手を振って去って行った。
いつもと変わらない態度で。
「海咲!昨日はホントごめん!私が無理言ったせいで……」
「え?何が?なんか謝られるような事あったっけ?」
「えっ……」
「んー……雨宮くんもだったけど、杏もどうしたの?何かあった?」
「いや、その……怪盗団の……」
中休みの時間、杏は海咲を呼び出して話をしていた。
だが、杏を相手にしても海咲の反応はいつもと何も変わらない。言い淀む杏を心配するような素振りも見せている。
それどころか。
「怪盗団?最近また話題になってたよね、ニュースで見たよ」
「み……海咲……?」
「?どうかした?」
「ご……ゴメン、何でもない」
「もー、何よ。言いたいことあるなら言ってよ」
(待って待って、そんなに怒ってるの!?でもだとしたら、擬態が凄すぎない!?)
「えーっと……ゴメン何でもない。ホント、ゴメンね。時間使わせて」
「ん~?いや、まあ全然良いんだけど。それじゃね」
不思議そうにしながら、海咲は手を振って自分の教室へ戻っていった。
それを呆然と見送って、杏は言いようのない焦りを感じていた。
ひょっとして自分は……自分達は取り返しのつかないことをしでかしてしまったのではないか。大切な親友を1人失ってしまったのではないか……と。
――放課後、ルブランの屋根裏部屋に集まった彼らは、情報共有をしていた。
双葉の件ではなく……そう、海咲の件だ。
「どうしよう……。海咲、昨日のこと謝ろうと思っても、聞いてくれないの。それに怪盗団のことも、まるで知らないみたいに……」
『昨日何があったかは蓮からちょっと聞きかじったけどよ、いい加減我慢の限界が来てたんじゃねーか?シノノメからは結構前から言われてたしな』
「……何をだよ」
『そりゃあ、自分が一番わかってるんじゃねーのか?』
「俺が悪りぃってのかよ……!……いや、わかってるよ……今回の事は完全に俺が喧嘩売った形だ。すまねぇ……」
「竜司、正直俺はお前にムドオンを打ち込みながら蘇生のコンボを繰り返し撃ち込んでやりたい。だが、そんな事をしてる場合じゃない。だからその話はここで終わろう」
「お、おう……ありがとな……。お前がそこまでキレてるってのはめちゃくちゃ理解したぜ……」
事実、蓮は心底ブチ切れていた。
ただ、その理由はあくまで海咲を失望させる原因となり、海咲との関係が拗れたことに対する竜司の失言に対してであり、それ以外のことについては、さして気にしていなかった。
海咲のことで心を乱すのはは当然ではあるが、竜司だって大切な親友なのだ。
「私は、すれ違い気味で会話する機会が得られなかったけど、蓮も話したのよね?」
「ああ……。ただ、どこか違和感があった」
「違和感……?」
蓮は朝のことを思い出す。
そう、彼女はポーカーフェイスを自認するくせに、仲間や友人を相手にした場合、感情の揺らぎや発露を隠せない。なのに、今朝は一切そういった様子が無かったと確信している。
仲間や友人を相手にした場合……?と思うかもしれない。だが、敵対意識を持った相手に対しては、本当に無表情なのである。
「怪盗団のことや、昨日のこと。無視したり、スルーしてるって雰囲気じゃなかった。むしろ、本当に覚えてないか、もしくは知らない……そんな反応をしていた」
「知らないって……昨日の今日でそんなわけ……っ!」
『いや、あり得るぜ』
「どういう事?モナ」
『アイツの深層心理に問題が起こってる可能性がある。考えられんのは、アイツのシャドウ……ペルソナの方が心を閉じた可能性だ』
「そんな事が実際あるのか?ペルソナに覚醒しているなら、シャドウとは違うのだろう?」
『ワガハイも実例を知らないから確証はねえ。だが、ワガハイから見ても朝のシノノメは妙だった。いつも通りなのに、すげえ不自然だった』
蓮が海咲と接している時、モルガナもその場にいる事が多い。その為、海咲に対する違和感はモルガナもしっかりと感じ取っていた。
「モナ、どうすればいい?どうすれば東雲さんを元に戻せる?」
『わからねえ……。ペルソナが覚醒してる以上、あいつにパレスは存在しねえ。可能性があるとすれば……メメントスだ』
「それは……彼女との戦闘も視野に入るということか……?」
『場合によってはな……』
「嘘でしょ……海咲と戦うの……?」
杏の中には、目を覚ますためとはいえ親友と戦わなくてはいけないのか?という葛藤と、あの海咲と戦わなくてはいけないのか……?と、2つの意味で戦慄いていた。
それは、ここに居る誰もが思うことでもあった。
『実際、居るかどうかはわからねえ。……ただ、アイツがワガハイ達を拒絶した場合は、ほぼ間違いなく戦闘になる』
「東雲さんと戦闘……東雲さんと戦闘……」
「蓮、しっかりしなさい!この中で一番あの子が話を聞いてくれそうなのは、貴方と杏でしょう!?」
「そうかな……。そう……だな……!俺達で、彼女の心を取り戻さないと……!」
「そうだね、海咲には返しきれない恩がある……!」
『いや……アイツがメメントスに居るかはまだわかんねえって……ダメだ聞いてねえ』
「ふむ……蓮がここまで冷静さを欠くというのも珍しい。後顧の憂いを断つという意味でも、この問題は早々に片付けるべきだろう」
「……元々俺が原因だ。やろうぜ。行かなきゃなんねえ」
「……竜司、あまり気にするな。お前だけじゃない。再三、東雲さんから忠告されてたのに、怪盗チャンネルの影響もあって、俺達の雰囲気が緩まっていたのは、俺達全員に非がある」
蓮も言った通り、自分達の活動が上手くいっていること。怪盗チャンネルや世間の反応を気にして、まるでゲームか何かのようにパレス攻略を楽しんでいた所があることは、否めない部分があった。
もちろん、根っこの部分には悪人を許せない、悪人から犠牲者を救いたいという前提と根幹がある。
それでも、現実とは違う力を駆使して戦う自分達の活動に高揚感を抱いていたのは確かだ。
それに対して、心配しながらも厳しく叱責してくれたのが海咲である。
彼女は、自分が知識を与えられて独自に動いてると言っていた。そのためかはわからないが、どこか自分達とは違う精神性を持っているように蓮は感じていた。
そんなところに、憧れの感情を抱いていた所がある。
自分の身を顧みず、鴨志田という秀尽学園における絶対的な権力を持っていた男から、単身で鈴井志帆を助け出した事。カモシダパレスで助けられた時の事。何よりも、佐倉惣治郎に札付きと紹介され、地元の友人や親戚達からも避けられ煙たがられた自分に対し、避けるどころか笑顔で「これからよろしくね」と手を差し出してくれた。
そんな彼女の心を顧みず、壊してしまったのなら──。
自分にも多大な責任がある。ならせめて、自分達の手で元の彼女に戻ってもらいたい。蓮はそう決意していた。彼女にその手を拒絶されてでも、きっと戻してみせると。
「決まりね」
「ふ、全会一致……だな」
「ああ……。東雲海咲、彼女の心を──頂戴する!」
((蓮が言うと意味が違って聞こえる……))
示し合わせたように、全員の心の中はひとつであった。
次回、シノノメ事変編完!デュエルスタンバイ!