──暗闇があった。
目の前に広がるのはただ、暗闇だけ。
自身の意識は、はっきりしているのに、自身を認識できない。
まるで、身体を絡め取られるかのように、囁くように暗闇が纏わりついてくる。
「……お前はもっと思慮深く行動すべきだ……」
「……いいや、怪盗団に参加して後先考えずに暴れるべきだ……」
「……もっと乙女ゲーのように過ごして世界を楽しむべきよ……」
「……etc、etc、etc、etc……」
気持ちが悪い──本当に……。
「気持ち悪いっ!!」
(何よこれ!あーしろだのこーしろだの好き勝手に囁いてきて!配信にコメする指示厨かアンチかなんかか!!うっざいのよ!!)
フザケた意識の集合体のようなものが纏わりついてくる感覚だけが、私の中にある。
それは、何処かざらつくような、不可思議な感情の流れ。塊とは言えずとも、形を持った何らかの意識。
触れられてるのは、私の意識。心。
おそらくだが、その正体に気付きつつある。……というより、そうなのだろう。
これは意識の集合体だ。確か原作のシャドウの中にいた、悪霊の集合体であるレギオンのような存在。自己の認識を失いつつも、集合体として塊となったそれが、今こうして私に干渉してきている。
こいつらはつまり、
意識だけになってることで、妙に冷静に頭が働く。
ペルソナ5ロイヤルというゲームをプレイした、プレイヤー達が無意識に感じた不満や要望、自身が原作に求めた欲望、願い。
どういうわけか聖杯がそれらを取り込み、具現化した存在。それが──私。たぶん間違っていない。なんだったら、この世界自体がそういうものなのかもしれない。原作の世界そのものではなく、それを元にした別の可能性の世界。それがこの世界なのかも……?確証はないしあまりしたくはないが、それであるならば何となく理解は出来る。ただのパラレルワールドという可能性もあるにはあるが。
あの時、私が私らしくない言動や行動に出た原因は、きっとそこにある。
たぶん、私の意識を乗っ取って入れ替わろうとしたんだ。
カチーンと来ただけで?と思うが、おそらくそこに対しての意識が強すぎたんだろう。坂本くんの言動や行動に対しての不満が多かったから、彼の言動が引き金となって爆発的に
今私自身がどうなってるかはわからないが、今この状況を見るからに
「そんなの許せるかーっ!!」
ハイエナのように私に集り、掠め取るように私の存在を居抜きするなど許せるわけないでしょう!?
誰がここまでやってきたと思ってるのよ!私が、私の意志で志帆を救い、彼らの助けとなるべく日々鍛えてきた。
つまり、私が考え、望んでいた未来が選ばれた末に私が産まれたということ。
なら、欲望の集合体である意識の塊などに、私の意識が負けてたまるものですか!!
……っ!今、少し身体の感覚が掴めた気がする。なら、じっくりと……私の中から消させてもらうよ……!貴方達の存在をっ!!
──一方、その頃メメントス。
怪盗チャンネルに書き込まれたターゲット達とは違う、黒い渦のようなものではなく。金色に輝く渦が、蓮達の目の前に浮かんでいる。
「確認するまでもない……。東雲さんはこの先に居る」
『いや、シノノメ本人じゃねえけどな……?』
「どうでもいいよそんな事!海咲の心を取り戻すには、先に行くしかないんだから」
「元より、覚悟は決まっている。怪盗団とは、悪人の心を正すだけではなく。人の心を救う存在……そうだろう?」
「おうよ。俺らがただ調子に乗ったヒーロー気取りじゃねえってこと、俺らの行動で証明しねえとな!」
「行きましょう。……慎重にね」
覚悟を決めた彼らは、金色の渦へと飛び込んだ。
そこには、黒い触手のような何かによって十字架に磔にされている海咲の姿と──彼女のペルソナ、マスターシュがその姿を現していた。
「ペルソナが……姿を見せて立っているだけ……?」
「東雲さん!!」
その声に反応したのか、磔にされている海咲の顔が前を向く。だが、その表情はどこか虚ろで、ボーッと蓮達のほうを見ている。
「今助ける!待っていてくれ!!」
『おいジョーカー!迂闊に動くな!』
蓮が海咲に駆け寄ると、劇的な反応があった。海咲が触手のようなものを引きちぎるように十字架から抜け出してきたのだ。
そして、彼女のペルソナはこちらに対して視線を向けるなどの反応は見せるものの、一切の動きを見せない。
これは罠なのか、それともこれから何かが始まるのか。……そして、蓮が目の前まで来た時。ひときわ大きな反応があった。
『あぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!』
両手両足を磔にしていた触手のようなものを完全に引きちぎり、顔を上げた海咲の目は金色に輝き、まるで猫のように瞳孔を開いている。
その両の目からは黒い涙のようなものが流れ出し、どこか痛々しい雰囲気を漂わせている。
そして、彼女のトレードマークでもある金色に輝く二丁のピースメーカーを、蓮に向かって迷いなく撃ち込んだ。
「……くっ!?……東雲さん!俺だ!気付いてくれ!!」
「蓮!一人で突っ込むな!皆で動くぞ!」
「ああもう!うちのリーダーが一番冷静じゃないじゃん!」
紙一重で銃弾を避けた蓮であったが、見ればわかるレベルで彼は今、冷静さを欠いていた。
不自然な身体の動きを見せ、何かに抗うかのように無理やり腕を動かし、こちらを攻撃してくる海咲。その両の目に流れる黒い何かは彼女の心が流す涙のようで。
無理やり身体を操られ、自分達に攻撃をすることを嫌がり、それに抗っているのでは──蓮はそう思っていた。
そう、彼は今──完全に視野狭窄に陥っていた。
彼女は黒い涙を流しているわけではなかった。その証拠に──。
「この痴れ者が!!曇らせを私が認めるとでも思ってるの!?消えなさいよ!!」
『……おぉぉ……無念……むね……ん……』
「何が”百合の花を咲かせろ”よ!ここじゃないどこかで求めてきなさいよそういうのは!!どノーマルなの!私はっ!!」
『……嫌だ……せっかくの女なのに……なぜお前は……』
「とっとと消えて!はい次ぃ!!」
──おわかりいただけただろうか。
彼女の瞳から流れ出す黒い何かとはつまり、集合意識が海咲の中から出ていく時の現象である。海咲が怪盗団の面々の視点で自分を見ることが出来たなら、こう言うだろう。
『泣きたいのは私のほうだわ!雨宮くんに何訴えかけてんのよ!!』と。
ちなみに、ここでの抵抗そのものが、メメントスで海咲が暴れてる原因となっており、丁度寄っていってしまった蓮が攻撃されているのはそのせいである。
だが、そのことに気付くわけがない蓮は「くっ、無理矢理俺達と戦わされることに抵抗して涙まで……!」と誤解しており、つまり視野狭窄という完全な思い込みに陥っているということだ。
ほんっとキリがない……!どれだけの意識が私の中に居るのこれ……。
……でも、意識が私の身体を認識してきた。攻撃できそうな気がする。これでマスターシュが呼べれば……ダメか。
一回全部出せないかなコイツら……。身体を取り戻してもコイツらを全部排除しないとまた同じ事になる可能性もある。ここが私の心の中なら、ペルソナであるマスターシュも居るはずだと思うんだけど……。呼びかけには応えてくれない。
『貴女はなぜ抗うの』
「……おや?随分とはっきりした意識が出てきたのね」
『貴女は完璧じゃない。私達の中から選ばれておきながら、好き勝手に動きすぎている』
「それが私だからね。だから選ばれたんじゃないの?」
『変わって。なぜ貴女だけが選ばれるの』
「それは私が答えられるわけなくない?選んだのは私じゃないんだから」
『ずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるい許さない!貴女を消滅させて私が貴女に成り代わる!』
勝手なこと言ってくれちゃってさあ。
目の前に居るひとつの意識が大分自我を出して、不穏な空気を膨らませている。
集合意識を自分の元へ集め、取り込んでいる……?
それに伴ってか、私の身体を押さえつけていた意識がその拘束を緩めた。
腕が──四肢がある!五体満足で私の身体が認識できる!今なら……っ!!
「来て!マダム・マスターシュ!!」
『……待ちくたびれたわ。それで私の分身とは笑わせてくれるわね』
「ふふふふふ、自分だって動けなかったくせによく言うじゃない。お互い様でしょ」
『…………』
「…………」
別に顔は確認してないけど、お互い口元にはニヤリと片付くった笑みが浮かんでいるはずだ。
わかるよ。だって、
『我は汝──』
「汝は我──」
『『消え去れ紛い物がぁぁぁぁあああああ!!!!』』
カッ──!!
「ランダマイザ、チャージ……からの至高の魔弾!!」
『『なぁッッ!!!??』』
私の魂を込めた一撃が、マスターシュのものと合わせて二対の二丁拳銃から放たれ、計4発の漆黒の弾丸が私の敵へと襲い掛かる。
外側からどんどん削られていくそれらは、怨嗟の声を上げている。さっすが全体攻撃!
『『……もう……少しだったのに……口惜しい……』』
「どれだけの数の貴女達が存在したのか知らないけどさ。冷静に考えて、無茶でしょやろうとしてること」
『『……ソンナコトハ……ナイ……』』
「あるよ。だって東雲海咲って存在はこの世に一人しか居ないんだよ?私を乗っ取ったって、貴女達が全員満足する未来なんて存在しないんだからさ」
『『……ワタシタチハ……ウマクヤレル……』』
やれるわけがないんだよね。
だってさ、バッドエンドを望む意識と、ハッピーエンドを望む意識が一人の人間の中に共存出来るわけないでしょう?絶対争うよね。それに何よりも――。
「貴女達じゃマスターシュを動かせないのに、何が出来るっていうの?身体能力がチートでも、ただの一般人じゃない」
『……チガウ……ワタシタチナラ……』
「無理だよ。だってマスターシュは、私の意識の分け身なんだから」
『その通りよ。この力は私達だからこそのもの。お前達が成り代わったところで、私が応えることはないわ』
そういう事。
ペルソナとは心の力。この力を使えないのなら、認知の世界では戦えないし生き残れない。
だから、東雲海咲は私にしか出来ないし、演じられない。
『『……ゥ……ァ…………』』
「……ゴメンね。皆の希望は叶えられないかもだけど。なんとか上手いことやってみるからさ」
『『…………』』
「だから見守っててよ。私達の物語を、観客として」
『『……』』
「絶対にハッピーエンドを迎えてみせるから」
『『……眩しいわ……貴女……』』
そう言い残して、私の中に巣食っていた意識の集合体は消滅していった。
でも、消え去るその瞬間に見せたその表情は、とても穏やかなものに見えた。
―― 一方蓮達は。
「ペルソナが動き出した!?不味いぞ!距離を取れ、ジョーカー!」
「くっ……!だが……!!」
『待て!なんか様子がヘンだぜ』
海咲の金色の瞳が、いっそう輝いている。それだけではなく、どんどんと黒いモヤが溢れてきていた。
さらに不味いことに、彼女のペルソナが徐々にこちらを向いている。
「ヤッ……バイ!敵認定された!?」
「皆!俺の後ろに回れ!!ラクシャーサ!!」
『……至高の魔弾』
ラクシャーサの持つ銃撃無効が、至高の魔弾をガードする。ダメージは無いが、衝撃までは防げず吹き飛ばされてしまった。
「クッソ!なんて威力だ!」
「無効化して尚これか……!なんという……!」
『お前ら!油断すんな!次が来るぞ……!』
しかし、追撃は来なかった。
海咲は、銃を構えた両手を抵抗するかのように押し留め、震えているかのように見えた。
それはまるで、仲間を傷付ける事を悲しんでいるように。
「海咲……貴女そんな状態になってまで、私達を傷付けないように……!必ず貴女を解放してみせるから!」
「すまねぇ東雲……!散々俺らのこと思って言ってくれてたってのによ……!必ず連れ帰って、詫び入れさせて貰うからな……!!」
「海咲……ゴメン。ゴメンね……!必ず貴女を助けるから……!一緒に帰ろう!海咲っ!!」
「俺達の友人ならば、助けぬ道理はない。及ばずながら、俺も力になろう」
『ああ、やってやろうぜ。さっさとワガハイらでアイツを解放して、次のターゲットに移らねえとな!』
「行くぞ皆!み……東雲さんを、必ず元の優しく友達想いで思慮深い彼女へと戻してみせる!!」
全然違う。とんでもない思い違いである。
丁度良く意識の集合体が目から出ていくところで、放った至高の魔弾が彼らに向かって放たれてしまっただけなのである。
――何故!?どういう状況なのこれ!?
ここはメメントスで、なんか私が雨宮くん達に攻撃しちゃったっぽい……?
しかも、なんか私のこと助けに来たっぽい……!?
どどどどどうしよう……!
なんかめちゃくちゃ心配されてたみたいだし、なんか彼らの中で随分と大層な事になってるぅ!?
ヤバいヤバいヤバい……!
まず落ち着きなさい、私。落ち着いて現状を把握。
まだ、私が意識を取り戻したことには気付かれてない……!そして彼らには悪いけどめちゃくちゃ都合よく勘違いをしてくれている……っ!!なら、この状況を最大限に活用しなければ……!!
「……げて……逃げ……て。私に……これ以上……近寄らないで……!」
「東雲さん!!」
不味い……っ!近寄られたら流石にバレそう……!!
こうなれば、地面に向かってメギドラオン……って痛っ!跳ねた石ころが痛っ!!めっちゃ痛い!!多分血出たこれ!これあいつらが形作った認知上の身体じゃないの!?何故血が!?……いやまあそりゃ出るか、血ぐらい。
「あぁっ!海咲!私達を攻撃しないように自分で……っ!?やめて海咲!」
「……っ……杏……離れ……て。おね……がい……」
「海咲ぃっ!!」
マジでごめんね杏……!でもダメ押しにもう一発……メギドラオン……ッ!!ここでぇ……吹き飛ぶっ!!
メギドラオンの余波に乗って、ゴロゴロと上手いこと転がっていく。ええ、大変痛みを伴っております……。
「……ぁ……」
「東雲さん!もうやめてくれぇ!!」
雨宮くんの悲痛な叫びが私の胸を打つ。何がって、罪悪感が……!罪悪感で胸が張り裂けそう……。
だけど、そろそろいいだろう。あいつらも消え去って、なんか黒いモヤっぽいのも晴れていく。この茶番を……終わらせる時……っ!マスターシュちょっと消えて……?よしっ!
「み……皆……ごめん……なさい……。巻き込ん……じゃって……」
「何言ってんだ!謝んのは俺のほうだろうが!すまねぇ……!すまねぇ……!!」
「そうだよ!私がしつこく怪盗団に誘ったせいであんな……!ゴメンね海咲……」
「泣かないで……杏……。杏は何も悪くない……よ……」
いや、ホント……。悪いのあいつらと私なので……。すっごい居た堪れない。
坂本くんも、そんなに自分を責めなくてもいいのに……すっごいゴメン。
……あ、身体が消えかけてる。つまり、もう一仕事すれば私は元に戻れるって事ね!!……って、雨宮くんが抱き上げてきたんですケド!?えぇ……?ほぁぁ……?
「東雲さん……こんなに傷付いてまで、俺達の事を……。こっちが助けに来たっていうのに、ごめん……。俺達は守られてばかりだ……」
「い、いいの……だってそれが私の……存在意義なん……だから……。なのに……ごめんなさい……皆に銃を向けるなんて……」
「……気にしないでくれ。誰も傷付いてない。君の……おかげだ」
「雨宮……くん……」
「必ず……必ず強くなるよ。守ってもらうんじゃなくて、君を護れるように。だから……これからも変わらず俺達の仲間でいて欲しい」
「ありがとう……雨宮く……」
――最後まで言葉は紡げず、メメントスで実体を持ち、東雲海咲に巣食っていた意識の集合体から自我を取り戻す事に成功した東雲海咲本人の意識は帰っていった。
その光景を見ていた怪盗団の反応は様々だった。
だが、一様に共通していた事がある。皆が、その瞳に決意を宿していたのだ。強く……世の理不尽に負けない強さを手に入れる。
それがあってこそ、彼女の献身に報いることが出来るのだと。
盛大な勘違いと、海咲の誤魔化しがとんでもねえ影響を与えてしまったが、結果的に怪盗団の結束と目標を強固なものにする事に繋がり、何だか上手いこと纏まってしまったのである。
そして、その原因となった海咲はというと――。
「穴があったら入りたい……」
またしても自己嫌悪に陥っていた。
※以下海咲に関しての根源的なネタバレがありますので、完結までいらねえって方は読み飛ばして頂けると幸いです。
一応軽く解説すると、東雲海咲っていう存在は本文で触れた通りです。
聖杯さんが無意識に我々の世界から認知(妄想)を取り込んだ結果、数多の願望から選ばれて産まれた存在っていう設定です。
謎知識さんは、集合体の意識が持っていた知識のかき集め。彼女にとって都合のいい展開は、それを望まれたから聖杯が願望を反映したっていう、ご都合的な解釈です。
無意識で叶えていたので、聖杯に取ってもバグな存在なので、偽イゴールさんの中の人が「お前は私が産み出した存在だ」的な展開はないです。気付いてません。ご都合的なアレで。
説明しちゃうと、ものすごいメタい二次創作ですっていうお話でした。
一応世界的には、原作のパラレルワールドという位置づけになってます。
今後、解き放たれた海咲は、集合意識の知識を全て引き継いで今までと変わらない生活を送ることになります。本当の意味でこの世界の人間になった感じです。