「知ってる天井だ……」
自分の部屋のベッドの上、私は天井の一点を見つめたまま、起き抜けのため息を吐く。時刻は午前七時。本来なら爽やかな朝のはずなのに、私の精神状態はメメントスの最下層よりも深く沈んでいる。
昨夜のことは、今思い出しても顔から火が出るどころか、全身が発火して灰になりそう。 意識の集合体――私のルーツであるプレイヤーたちの願望を叩き出して自由になったのはいい。それは私のアイデンティティを守り抜くための、必要な戦いだった。そこまではいい。
問題は、そのデトックスの最中に、よりによって怪盗団のみんなが助けに来ちゃったことだ。
『ふふ、あんなに情熱的に抱きしめられて。愛されているわね、海咲?』
脳内でマスターシュが、これ以上ないほど愉悦に満ちた声を出す。
「……黙って。お願いだからその話を蒸し返さないで」
雨宮くんのあの、悲痛な叫び……決意。「君を護れるように、必ず強くなる」なんて……あんな、あんな真っ直ぐな瞳で……! 私が必死にメギドラオンをぶっ放してたのは、単に自分が意識を取り戻していることに気付かれない為にであって、実は全部自作自演だったんだよねー!なんて、口が裂けても言えるわけがない。
あんなにボロボロになって(自爆の余波だけど)、あんなに泣きそうな声で(バレないように必死すぎて罪悪感で死にそうだっただけだけど)、「来ないで……」とかさあ……!
(完全に、自作自演で悲劇のヒロインムーブしてるおバカじゃない……!!)
あー……黒歴史だ。完っ全に黒歴史だよ……。あいつら私にとんでもない置き土産をしていったよ……。ホントにさぁ……。
この事は私の心の棚に鍵をかけて一生開けないと誓おう。絶対に。
体調不良で今日は休みます、と学校に連絡して数時間後。
スマホを手に取ると、怪盗団の皆や志帆に荒川さん達からの通知がとんでもないことになっていた。
さらっと羅列しただけでもこうだ。
雨宮:東雲さん何か困った事があったら、すぐに言って欲しい。買い物でも何でも、すぐに行くから
竜司:東雲、マジでゆっくり休めよ。変に煽っちまって本当に悪かった
杏:海咲、大丈夫? お見舞い行っていい? 本当に無理しないでゆっくり休んでね
真:海咲、貴女の覚悟を前に私はまだまだだって分かった。今は自分の身体を一番に大切にしてちょうだい
志帆:大丈夫?いつも元気な海咲が具合悪いなんて心配。必要なものとかあったら買ってくからね。何でも言って
「…………っ、あーもう!!」
私は枕を振り回してベッドの上でのたうち回った。みんなの言葉が、優しさが、鋭いナイフのように無自覚に私の良心をズタズタにしてくる。特に雨宮くん。
あんな決意に満ちた顔を見せられた後に、「いやー、あれ実は問題解決した後でさ、気まずくて言えなかったんだよね。石ころ当たって痛かったー」なんて言えるはずがない。
でもこのままじゃ、優しくて友達想いで思慮深い東雲海咲という虚像が一人歩きしてしまう(※本人の妄想です)。 ……いや、でも。
(……この状況を逆手に取るしかない……よね。もう。今さら『実は演技でした』なんて言ったら、信頼ガタ落ちな上に、そんなに自分達には信用がないのかとか落ち込んでしまいかねない)
私はふらつく足取りで洗面台に向かい、鏡を見た。 そこには、昨夜の自爆……もとい、名誉の負傷の証である小さな擦り傷がさっぱり消えた、シミ一つない私の顔が映っている。
「……やるしかないよね。徹底的に、彼らの勘違いを乗りこなして事実にしてしまおう」
ペチンと頬を叩いて、気合を入れる。決してボロを出さないように、そして後ろめたさを飲み込んで。
私は震える手で怪盗団の皆から届いたチャットに返信を打ち込んでいく。喜多川くんは私の連絡先は知らないし、坂本くんは誰かに聞いたんだろう。取り敢えず、まずは雨宮くんに。
『心配かけてゴメンね。昨日のこと、おぼろげだけど覚えてるよ。皆に銃口を向けた私を許してくれてありがとう。雨宮くん達も双葉ちゃんの事、頑張ってね。陰ながら応援してるから』
『私こそ変なスイッチ入っちゃってごめんなさい。そんなに気にしないでね』
『ありがと杏。でもお見舞いは大丈夫。双葉ちゃんの事もあるでしょ?私も明日には学校行けるから、安心して!また明日ね』
『ありがとう真。私の覚悟なんて大したことないよ。もっと自分に自身を持って。皆、貴女のこと頼りにしてるんだから』
『うん、大丈夫。丁度一昨日ぐらいに買い溜めしたとこだったから。ありがとね志帆!明日は元気な姿見せてあげるから。また明日ね!』
最後の送信ボタンを押した瞬間、スマホを放り投げた。 罪悪感で吐き気がする。 でも、これが私の選んだハッピーエンドへに繋がる分岐なんだと言い聞かせるしかない。
「……よし、今日は取り敢えずゆっくり休もう」
彼らも今日からまた双葉ちゃんパレスの攻略に入るだろう。私も出来ることは協力したい。とはいえ、出歩くわけにもいかないので、当然メメントスには行けない。
彼らへのささやかなお詫びとして、クッキーでも焼こうか。
思い立ったが吉日と、その日はゆったりとクッキーを焼くことにした。
……この世界で初めてかもしれないなー。誰にも会わずにこんなに1日をゆっくり過ごすのって。悪くはないけど、やっぱり誰かと居る日々の方が私は嬉しい。
私は怪盗団の皆が好き。
日常で彼らと過ごす日々が、どれだけこの世界で私の支えになっていたかを再確認した。
この優しくない世界で、私のことを親友と呼んでくれて、仲間と呼んでくれる人達が居る。友人と呼んでくれる人達が居る。
だから、私はこの世界で私の好きな人達が笑って前を向ける世界のために、頑張れる。頑張らないといけない。
それが、この世界に私が生まれた理由だしね。選ばれなかったあいつらにも約束しちゃったし、そこは全うしないとね。
――とまあ、メメントスでの騒動から数日が経った。夏休みに入ったけれど、物語は非情にも原作通りに進んでいくわけで。
次の目的はメジエドの脅威と、アリババこと佐倉双葉ちゃんの救済だ。 雨宮くんたち怪盗団は、決意も新たに佐倉家へと向かい、現在パレスを攻略中。そう聞いている。
私はというと、無理に誘われたりはしなかった。
まあ、あの流れで誘ってこられたら流石に空気読んで?と素で言ってしまいそうではある。
(……まあ、今の彼らの結束力ならパレス攻略は実力的にも問題ないはず。私が行かなければイレギュラーも無いだろうし)
どうにもこうにも、介入が難しいというのは変わらないなぁ……。
実際、イレギュラーに対しても対応可能なレベルにはなってるんじゃないかって結論にはなったけど、今度は私に対しての過保護感出てきちゃったから……。逆に気を使われちゃってるからなー……。
まあ……はい、こないだの件が原因でしかないですね……。
とはいえ、ちょっとした今回は仕込みをさせてもらった。せめて少しでも怪盗団の力になれるように──ね。
―― 一方、その頃。 蓮達は、パレス攻略に勤しんでいた。
カネシロパレスに比べて敵も強くなり、謎解きも中々に難易度が高いフタバパレスに苦戦してはいたが、順調に足を進め、最後の扉の前まで辿り着いていた。
「見覚えのあるこの扉……つまり、ここが双葉の拒絶の意志の現れか」
『その通りだ。だがわたしにはそこを開けられない』
『シャドウはフタバ本人ってわけじゃねえからな。あくまで現実でフタバから許可を貰わないと入れねえってことだ』
「つまり、双葉ちゃんに部屋に入れて貰わないとダメってことね」
お前たちなら出来るかもな……そう言い残して、双葉のシャドウは姿を消した。
ここまで辿り着いた自分達を激励……いや、期待してくれているのかもしれない。蓮はそう思い、気を引き締める。
「仕方あるまい、ここは一度現実に戻る必要があるか」
「でもマスターが、絶対に入れてくれない……って言ってたわよね」
「それについては、
「蓮、それって……!」
杏の食い気味の質問に、蓮は首肯で答える。
「昨日、少し話をした。双葉は自分が説得して見せると、力強く約束してくれた」
「とはいえ……そんなに上手くいくかしら……?」
「海咲ならきっと、やれる。ううん、あの子が自分でそう宣言したなら、やるよ絶対」
「……だな。よし、じゃあ俺らも帰って、日改めて双葉の家に行って予告状渡しちまおうぜ」
「どういう事だ?」
「怪盗団だからな、俺らは。やっぱ予告状のひとつも出しとかねえと。それに渡しときゃ、次ここ来たときにそのままオタカラ奪って解決出来んだろ」
『よし、じゃあジョーカー、決行日はお前に任せるぜ』
「ああ。ひとまず戻って、彼女の報告を待とう」
──戻って、現実世界の先日のこと。
パレス攻略が佳境に入った頃、私は密かに雨宮くんとモナを呼び出していた。 ルブランの店から少し歩いた路地の影で、私は一匹の黒猫に小さな封筒を託す。
「……モナ、お願い。これを双葉ちゃんの部屋に差し入れておいてほしいの」
『手紙か? 自分で渡さないのかよ』
「私じゃ忍び込めないしね。モナならもう双葉ちゃんの部屋の前までの進入路は確保してるでしょう?ドアの下から滑り込ませるぐらい楽勝じゃない?」
『まあ、ワガハイに不可能はねえけどよ。……シノノメ、お前また何か企んでるだろ?』
「企むだなんて人聞きが悪いなぁ。これはね『保険』よ。怪盗団の皆が滞りなく動けるようにするための、ね」
「東雲さん、身体は大丈夫なのか?その……あれだけの事があった後だし、精神的にも……」
「心配してくれてありがと。でも大丈夫だよ。むしろ前より元気なぐらい。だからお願い。私にも怪盗団の手助けをさせて」
まあそりゃ、自分の中にあれだけ大量の意識が入り込んでたと考えたら、それから解放された今はめちゃくちゃ気分はいいよね。
考えてみて欲しい。アンチが囁き続ける中、耳を塞ぐ事もできずに堪え続けるという状況を黙って堪えれるだろうか?そういうことだよ。
……手紙の内容は、極めて簡潔。 私の連絡先と、『私は怪盗団の協力者。そして、あなたの味方。困った時は、いつでもここへ』というメッセージだけ。
不本意な姿を見せてしまった、こないだのルブランでの一件でなんだこいつ?ってなってるはず。あまり時間もかけたくないし、彼らのペース的にそろそろ佳境に入ると思われる。
だから私が出来ることは、そのサポート。先んじて双葉ちゃんの部屋の扉を開き、彼らの行動を裏から支えることだ。
当然現実なので時間も経つわけで、ゲームみたいに侵入からオタカラルートまで一日で済ませるとか不可能だからね!事前にこなしておけば、スムーズに双葉ちゃんの心の扉を開けるはず。
──そんなことがあったのが、つい昨日のこと。
ということで、来ましたよ。双葉ちゃん、もといアリババからの連絡が。
アリババ:どういう事だ?お前は怪盗団じゃないのだろう?
海咲:そうだよ。私はあくまで協力者。そして貴女の知っている私は、一時的に
アリババ:おまえ……何者なんだ
海咲:それを知りたくない?貴女のお母さんの研究、認知訶学のこと。怪盗団のこと
アリババ:……なんなんだ!おまえ本当に何者だ!意味がわからない……何が望みなんだ!
海咲:私の望みは双葉ちゃん貴女の手助けをすること。そして怪盗団が作戦を成功させるために貴女と話したい。その2つだけ
アリババ:……それがどうしておまえの望みに繋がるんだ
海咲:それが全部繋がるからよ。貴女の望みにもね……と、家の鍵開けてくれる?着いたから
アリババ:……いいだろう。少し待て
うまくいった。
部屋までは入れてくれない可能性高いけど、考えはある。……ちょっと強引な手を使うことになるけど。
耳を澄ます。ゆっくりと階段を降りる音、玄関に近づいてくる音。
おそらく、双葉ちゃんはこう考えている。こっそり開けて急いで部屋に戻ってチャットを送ればいい、と。
──鍵が開いた。からの!
ガラッ!ガバッ!ガラッ……ガチャッ!ここまでわずか三秒!!
「ななななななんだ!?変態!?たたたたたた助け……」
「双葉ちゃん、捕まえた♪」
解説しよう。鍵が開いた瞬間にドアを開き、は?と固まる双葉ちゃんを抱きしめて捕獲、後ろ手でドアを締めて鍵をかけたのだ。
私の目の前に居るなら、一般人レベルの身体能力で逃げれるわけがない。ごめんね双葉ちゃん、優しくするから。
「しーっ、はじめまして双葉ちゃん。東雲海咲だよ」
「わっわわわかったから離してくれ」
「でも今離したら逃げちゃうでしょ?部屋まで一緒に行こうね」
「だ、ダメだ。わたし以外の人間を部屋に入れるつもりは……って聞けよ!」
双葉ちゃんを抱き上げたまま、2階へ上がる。
そのまま双葉ちゃんの部屋へ……開いてる!つっこめー!
「うわっ、部屋きたなっ」
「ううぅ……ナチュラルに失礼なやつめ……」
「さて、双葉ちゃん。……聞きたいこと、いっぱいあるでしょう?はぐらかしたりしないから、何でも聞いて」
「……わかった。聞きたいことはいっぱいあるんだ。全部聞かせてもらうぞ……」
──フタバパレス。
まさに今引き返そうとしていた蓮達は、後ろから響いた音に気付いて振り返る。
すると、行く手を遮っていた双葉の心の扉とも言える、オタカラ部屋への扉に変化を見せていた。
「っ!おい!扉に変化があったぞ!」
「ホントだ……!CAUTIONのテープが消えてる!」
「……ただ、まだ開いたわけではないようね」
『おそらく、アイツが部屋に入ることに成功したんだ。ただ、ワガハイらはまだ招かれてはいない。結局、フタバの部屋に入れてもらわないといけないのは変わらないぜ。ただ部屋に入ったって認知は働いたみてぇだな』
「よし、帰って詳しい話を聞くとしよう。彼女はやってくれた。後は俺達の役目だ」
フタバパレスの攻略も、残るはオタカラのみ。彼らの戦いはまさに終盤へと進んでいく。
そして、現実世界で繰り広げられた裏の立役者は、一体何を成したのだろうか。
色んなサイトで毎日投稿してる人っていっぱい居ると思いますけど、素直にすげえなあと思います。つれぇわ。