欺瞞の秤   作:ちくわぶ@黒胡椒

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ストックないなった。


第二十七話 認知訶学

「まずは何から話そうか……」

「か、母さんのことを聞かせろ……。まさか、お前が……」

「違う違う。まずは順を追って話そうね。問題の核はやっぱり君のお母さんのことになるだろうし」

「……わかった」

 

あまりにも強引な手口で双葉ちゃんの部屋に侵入成功した私は、ここに来た目的である彼女の説得を試みていた。

当然のように警戒してはいるものの、あちらが欲しい情報をあからさまに提示してみせたこちらに、興味を抱いているのは間違いない。

 

「双葉ちゃんは結構詳しいと思うから、細かい説明は省いちゃうね?まず、人にはそれぞれ認知の世界っていうものがあるの」

「ひ、ひ、人が自分の中に抱く想像上の世界ってことで合ってるか?」

「うん、正解。合ってるよ。そしてその認知の世界に入り込むことが出来たとしたら?」

「……つまり、怪盗団は認知の世界に入り込んで、何かをしてるってことか?こ、心を盗むっていうのは比喩なのか?」

「その前に双葉ちゃんこれ。リラックスしよ」

「……?水筒から何を……コーヒー……?」

 

雨宮くんにお願いして、コーヒーを入れといてもらったのだ。

マスターほどじゃなくても、ルブランのコーヒーの味を出せる彼の入れたコーヒーなら双葉ちゃんの舌も納得できるでしょう。

もしかしたら、薬でも入れてるのか!?と疑われる可能性も考えたけど、ここはもう流れに任せようと思った。……いや、入れてないよ?

 

「これ……ルブランの……」

「そ。マスターが淹れたのじゃなくてごめんね。でもあの人の弟子が淹れたものだから、味はある程度保証出来ると思うよ」

「弟子……怪盗団のリーダーか。わかった、もらう……」

「はい、どうぞ」

「……惣治郎のとは違う、けどなんだか懐かしい味……する」

 

どうやら、少なからず双葉ちゃんは私を受け入れてくれたようだ。吃りが無くなってきてる。

全てを諦めたかのような表情が、少し……ほんの少しだけ柔らかくなっていた。ありがとう雨宮くん。効果は抜群みたい。

 

「じゃあ、少しはリラックス出来たみたいだし、さっきの質問から答えるね。心を盗むっていうのは比喩ではあるよ。仕組みとしてはパレスという自分自身の心の城を持っている人がいるの。その対象っていうのは、人より物凄く強い欲望や感情の歪みを心の中に抱えている人。だから、誰もが持っているものってわけじゃないの」

「つまり、そのパレスを持っている人間相手じゃないと、怪盗団は心を盗めないのか……?」

「私が知る限りではそうだね。ちなみに双葉ちゃんにもあるよ、パレス。現在怪盗団が攻略中」

「いっ……!?わわわ私の中に侵入してるってことか!?」

「だって()()()()()()()でしょう?」

「……そうだった」

 

……なんだろう、飲み込みが早すぎて説明が楽だなあ……。

元々、原作でも双葉ちゃんは天才だ。実際話してみると、よく分かる。それだけ、若葉さんの認知訶学という学問に対しての造詣も深いのだろう。というか確信が得られなかったものを、実在を知れたことで完全に理解しているように思える。

私は謎知識があるからこそ、スラスラ答えられるけど、やっぱすごいなあ……。

 

「心を盗まれるっていうのはどういう感じなんだ?……まさか廃人化する?」

「認知の世界の中には、本人の中にいる認知上のもう一人がパレスの主として存在するの。その対象を殺害してしまうと、現実では廃人化してしまう。怪盗団は別の手段を取ることで『改心』をさせているっていうのが答えになるね」

「……じゃあやっぱり廃人化の犯人は怪盗団じゃなかったんだな」

「……うん、気付いてたんだね?」

「手口が違うと思った。秀尽の時、斑目の時、金城の時。怪盗団は悪人しか狙ってない……」

「それに、盗聴してても彼らが悪人だなんて思わなかったでしょ?」

 

そう言うと、ギョッとした表情でこちらを見て、バツが悪そうにそっぽを向いた。

まあ趣味でやってるわけじゃ……なくはないかもだけど、マスターの為にって思って色々心配した結果だもんね。

 

「大丈夫。マスターが心配だったんだよね。でも、こないだの私の痴態は忘れて欲しいなー?」

「そういえば、お前はあの時あいつらと喧嘩してた……」

「ちょっと事情があってね……。私も認知上の存在にやられてたというかなんというか……。あと、お前じゃなくて気軽に海咲って呼んでね?」

「……ぐいぐい来てちょっと苦手だお前……」

「み・さ・き。あー!肝心な部分話したくなくなってきたなー……?」

 

チラッチラッと。

まあ、ちょっとうざいかもだけど、気楽に軽口叩いていい相手って思われたいからさ。

やがて、根負けしたのかちょっとぶすっとしながらも、「海咲って呼ぶ……」と言ってくれた。

 

「……というわけで、認知の世界のことを踏まえて言うよ。双葉ちゃんのお母さん、若葉さんが亡くなった原因は貴女じゃない」

「…………っ!!ち、違う……!わたしが……わたしが良い子じゃなかったから……お母さんを困らせてばっかりだったから……だから……わたしは嫌われてた……。だからわたしの事が嫌になって目の前で自殺したんだ……。だって……だって遺書だって渡された……」

 

目に少し涙を浮かべて、双葉ちゃんが私に叫ぶ。心が痛む……。私が今しているのは、彼女の心を抉る行為かもしれない。

原作のストーリー通りに進めば、双葉ちゃんは自分で立ち直る。自分自身のシャドウと向き合って、自分の想いと母親の想いを再確認して。

だけど、私は関わってしまったから。全てを知っていて、それでも関わってしまった双葉ちゃんを放っておけなかったから。だから、今ここで私は彼女に伝えたかった。

だから……私はゆっくりと双葉ちゃんを抱きしめた。そして囁くように、ゆっくりと伝える。

 

「辛いことを思い出させてごめんなさい……。でも、思い出して。若葉さんは双葉ちゃんに一言でも貴女のことが嫌いなんて言ったの?本当に?」

「……っ。わたしがワガママ言って怒られた……でも、言われて……ない……?」

「仕事……認知訶学の研究が忙しかったんだろうね……。でも、マスターから聞いたよ。すごく仲良かったんでしょう?お母さんは貴女のこと嫌いだなんて言う人じゃないと思うの。違う?」

「……違わない。そう、だ。お母さん、あの日はわたしの事怒ったけど……でも、もうすぐ研究は終わるから。そしたら双葉の好きなとこに連れてくって……」

「うん……」

「ずっとひとりにさせてごめんねって……本当に大事な研究だから、命を懸けてでも完成させなければいけないって……笑って……」

「ねえ、双葉ちゃん。お母さんが貴女を嫌っていたら、そんな言葉出てくるかな……?きっと出てこないよ。若葉さんは双葉ちゃんのことを、とても愛していたんだと思うよ。娘とゆっくり過ごすためにって、ずっと研究を頑張ってたんだと思う。心の中でずっと双葉ちゃんの事を考えながら……」

「お母さん、わたしの事嫌ってなかった……?」

 

そうだ、若葉さんは本当に双葉ちゃんのことを愛していた。廃人化して事故死させ、それを利用して偽物の遺書で彼女の心を壊し、挙げ句に若葉さんの研究成果を全て奪っていった存在を、当然だけど私は知っている。廃人化の犯人、明智吾郎……そしてその裏にいる獅童正義。

必ず決着を付けて、生きて罪を償ってもらう。

 

私は彼女を引き離して、目を合わせる。まっすぐに、口元に笑顔を浮かべて。

 

「それを知ってるのは、私じゃなくて双葉ちゃんだよ。貴女の大好きなお母さんは、大切な娘の事を嫌うような人だった?」

「ちがう……お母さんは、わたしの事嫌いなんて言ったことなかった。あの時怒られたのだって、わたしがワガママ言ったからで……普段はいつも……笑顔で……」

 

それを期に、双葉ちゃんは私の胸に顔を埋めて、しばらく泣いていた。

私もヘッドホンを取って、頭を撫でてあげながら、そのまま彼女が立ち直るのを待つ。言葉はいらないだろう。だって、ようやく自分の心を蝕んでいたトゲが、一本抜けたんだから。

 

「不思議だ……海咲にこうされてると、頭痛が起きないんだ……」

「頭痛……?」

「きっと、わたしの思い込みの声。お母さんの……それと、実際に言われた親戚のおじさんやおばさんからの酷い言葉とかがフラッシュバックして、ずっとわたしの心の中で声がして……頭が割れるように痛くなってた……んだ。今までは」

「こんなので双葉ちゃんの苦しみが減るなら、いつでもしてあげるよ」

「…………ありがと」

 

ぎこちないけど、確かな笑顔。照れながらのはにかむようなそれは、私の心にも眩しく映った。守らなくちゃ、そう思える瞬間が今ここにあった。

そして、少し無言の時間が続き、やがて彼女のほうから切り出してきた。

 

 

「なあ……お母さん……最後の瞬間少しおかしかったんだ。急にふらふらって……それで車に轢かれて……。遺書に自殺って書いてあったから……私もそう思い込んでた。でも……」

「ごめんなさい。その先を私が今、確信を持って言えることはないの。でも、おそらく双葉ちゃんが考えてることは私と同じだと思う。……だから私と取引しましょう?」

「……海咲は何が目的なんだ?」

「双葉ちゃんの健全な心を取り戻したい。そして成功の暁には怪盗団に協力して欲しいの。そのために私に対して何かを望むなら、いくらでもするよ。……出来る範囲で」

「自分になんの利益があるんだ……?海咲は怪盗団じゃないんだろ?」

「別に利益を求めてるわけじゃないからね。私は大切な友人のため、彼らのために力になりたいだけ。その為に協力者として動いてるの。怪盗団に参加するとしても、今じゃない。その時が来るまではあくまで協力者のままでいるつもり。ううん、協力者のままでいないといけないの」

「じゃあ何で私を……?怪盗団の為だから?」

「それもあるけど、ちょっと違うかな」

「…………?」

 

そう、もちろん雨宮くん達の為にって動いたのは確かだけど、こうして実際に向き合って思ったのは、ただただこの子を救いたいという想いだけ。

 

他者の手前勝手な理由で母を亡くし、母の死を利用して、親戚に心を壊すまで追い込まれて。そうやって自分を責め続けて生きてきた双葉ちゃんを助けたいという願い。

今、私の中にあるのはそれだけだ。

 

「双葉ちゃんの事を助けたい。勇気を出して、これだけの話を聞かせてくれたんだもの。力になりたいって思うのは当然でしょう?」

「……そんなヤツ、今までいなかった……」

「本当に?貴女の大好きなマスターも、そうだったでしょう?」

「……そうだ、惣次郎……ずっとわたしの事支えてくれた……。一緒に住ませてくれて、ご飯も食べさせてくれた。ずっと心配してくれたのに拒絶して部屋にも入れなくて……。惣次郎はずっと……ずっとわたしの味方でいてくれてたのに……」

 

ああ……どうして、この世界の人達ってこんなに私の心を揺さぶるんだろう。原作を知ってるから?違う。それだけじゃない。

知ってる上で、生きているからだ。元々好きだったキャラクターが、同じ人として目の前にいるから。

感情を持って、血の通った……私と同じで、この世界に生きている人だから。

 

だから、その大事な人達の為に私は動くんだ。

 

「うん、だから約束。今回の事が終わったら、部屋を出てマスターとも話そう?それで、今までありがとう。これからもよろしくって伝えようよ」

「うぅ……難しい……」

「大丈夫、時間掛かっても良いよ。1人じゃ逃げちゃいそうなら、私も近くに一緒に居るよ。だから、自分の意志で大事な一歩を踏み出してみて?前を向こうとする貴女を誰にも邪魔させないから」

「……分かった。海咲がそう言うなら……」

 

上手くいっただろうか。

私にはある程度心を開いてくれた気がする。

でも、雨宮くん達もこの部屋に受け入れてもらわないといけない。その事を伝えないといけない。

 

「それでね双葉ちゃん。おそらく近日中に怪盗団の皆がここにもう一度来ると思うの。貴女の心を盗むために。その時は部屋に入れてあげてくれる?絶対に必要な事なの」

「…………その時は海咲も一緒に来て欲しい。ま、まだほかのは奴らと会うのはその……怖い……」

「任せて!ちゃんと間を取り持ってみせるから!」

「ほ、ホントか?約束だぞ……?」

「もちろん。はい、指切りげんまん嘘付いたら、私の夕食一生ルブランのカレーで過〜ごすっと」

「何だそれ……どこが罰なんだ……」

「ふふ。約束。必ず私も一緒に来るから。だから、もう少し待っててね。双葉ちゃん」

「お、おう……………………待ってる」

 

 

そうして、私は帰路へ着いた。

道中、雨宮くんにチャットを送っておく。

 

『成功したよ。後は君達の出番。予告状を渡しに行くときは私も呼んで。一緒に行くからって、そう約束したからね』

 

今日はルブランには寄らず、真っ直ぐ家へと帰宅した。今マスターと会ったら余計なことを言ってしまいそうで。

焦らずともその時は来るんだから、我慢しないとね。

 

 

帰宅して宿題を片付けながらゆったりとしていると、雨宮くんから連絡があった。

 

『本当にありがとう。パレスで、扉に変化があったんだ。きっと東雲さんがやってくれたんだって分かったよ。ただ、やはり俺達自身が双葉の部屋に入らないと駄目みたいだ』

 

『うん、その辺の事も大丈夫。私に任せてくれた分の成果は出せたつもり。後は双葉ちゃん次第だけど、あの子のことは信じてるから。きっとすんなりいくと思うよ』

 

『東雲さんがそう言うなら大丈夫だ。決行日は明日の予定だけど平気?』

 

『平気だよ。双葉ちゃんの事、よろしくね。皆の事信じてるから』

 

 

チャットを終えてスマホを置くと、拳を握る。

まさかの明日が決行日だったけど、解決は早いほうがいい。だって、双葉ちゃんの事いつまでもあのままにしてられない。早く、本当の呪縛から解き放ってあげないと。

 

明日――必ず成功させるんだ。

双葉ちゃんの為にも。何より私があの子の力になりたいから。

 

いつ呼び出されてもいいように、今日は早めにお風呂に入って寝ることにした。

万全を期して、彼らのサポートに回れるように。




モチベも尽きかけて来たので毎日更新できなくなるかもです。
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