(今日だ。今日、志帆ちゃんは鴨志田に呼び出されて……)
もし、志帆ちゃんを今日助けてしまえば、カモシダパレスの内部状況や、杏ちゃんの覚醒タイミングがズレてしまうかもしれない。けれど。
(……そんなの、知ったことか。救えるかもしれないのに、目の前で友達が壊されるのを黙って見てるなんて、出来ないよ。今日しかチャンスがないんだから)
中庭で、志帆ちゃんと杏ちゃんがベンチで話してる。
そこに、三島くんが現れて、鴨志田先生が呼んでいると告げて志帆ちゃんを呼び出す。そして、本人は言うことは言ったと去っていってしまう。
全てが終わった後に漸く主人公たちに謝りにきて、したり顔で怪盗団にすり寄って暴走推し活をする彼(※個人の感想です)。
被害者ムーブだけして事件後は志帆ちゃんのことには一切触れず、怪盗団に夢中になって調子に乗り始める彼(※個人の感想です)。
俺だけはわかってるよみたいな顔をして、怪盗団の裏方として得意げになってる彼(※個人の感想です)。
――悪いけど、私は君も許せないんだよ。でも、それはあくまで原作での話。
今、現実に生きている彼は、怪盗団にも何一つ関わってないし、鴨志田に虐げられる被害者の一人だ。私の感情で、彼を責めるのは八つ当たり以外の何物でもない。
だって、彼が手を下したわけでも彼が原因を作ったわけじゃないんだから。関わったからって憎んでたら、キリがない。
「……私、そろそろ行かなきゃ……」
杏ちゃんと別れて、一人鴨志田のもとへ行く志帆ちゃん。
私も間を置かず、彼女を追う。向かうのはもちろん、あの場所──「体育教官室」だ。
──教官室の前。 扉の外に立った私の耳に、鴨志田の粘つくような声が聞こえてきた。
「……鈴井。お前、わかってるよな? お前の親友が平穏に日常を過ごせるかどうかは、お前の『誠意』次第だ」
「……っ……」
志帆ちゃんの、押し殺した啜り泣き。 私の視界が怒りで赤く染まる。一瞬、理性が「今ここで介入すれば未来が変わる」と警告するが、心の奥でマスターシュが囁いた気がした。
『――いいのかしら? 貴女のその力、ここで使わなければ、ただの
「……わかってるわよ」
私は深呼吸をすると、念の為にスマホの録音をONにして、思い切り扉をノックした。一度ではない。何度も、執拗に。
ドンドンドンドンッ!!
「失礼しまーす! 鴨志田先生! 居ますかー!」
「……っ!? 誰だ!」
中から聞こえる鴨志田の焦った声。扉が開く。そこには、少し乱れた服装を必死に整えようとする志帆ちゃんと、顔を真っ赤にして憤怒する鴨志田がいた。
「東雲……! お前、一体何の用だ!」
「あ、すみません。先生が鴨志田先生のこと探してたので!声が聞こえたんで居るかなと思って。鈴井さん、顔色悪いよ? 大丈夫? 保健室行こう?」
存在しない先生に原因を押し付ける。部屋に入り込んで、鴨志田の返事も待たず、志帆ちゃんの腕を強引に掴んだ。
別にいいよね、〇〇先生とは言ってないから、誰が呼んだかなんてまともに確認も出来ない。後々私に何かしようとしても、どうとでもあしらえるし。最悪、退学とか言われても単身パレスに攻め込むことも辞さない。
「……っ、東雲、さん……」
「お前、ふざけるな! 今、大事な話を――」
「大事な話なら、また後にしてください。彼女、顔真っ青にして今にも倒れそうじゃないですか。先生、生徒の体調管理も仕事のうちですよね?」
「うっ……」
私は、かつてないほどの怒りを込めた冷ややかな視線を鴨志田に向けた。その瞳の奥には、殺意を伴った威圧感を宿して。
バレー部の絶対君主であるはずの鴨志田が、一瞬、射すくめられたように怯み、言葉を失った。
「行こう、志帆ちゃん」
強引に彼女を連れ出し、人気のない渡り廊下まで走る。
志帆ちゃんは、しばらく呆然としていたが、やがて糸が切れたようにその場にへたり込み、声を上げて泣き出した。
「……ごめんな、さい……私、あんな……っ」
「いいの。何も言わなくていい。……大丈夫。私がいるから。もう、あいつには指一本触れさせない」
私は彼女を抱きしめた。 原作では、志帆ちゃんはこの後絶望し、数日後に屋上から飛び降りるはずだった。けれど今、彼女は私の腕の中で泣いている。
乱暴される前に、未遂で止められて本当に良かった……!
(変えちゃったね。未来を、運命を、思いっきり書き換えちゃった)
今更ながら、心臓が早鐘を打つ。
この後の彼女の飛び降りが起きなければ、雨宮くんたちの怪盗団結成の決定的な動機が弱くなる。もしかしたらこの後の展開に不具合が起きるかもしれない。
(……いいよ。そうなったら、私が一人で鴨志田のオタカラを奪ってやるだけだから)
落ち着かせるために、彼女を着替えさせて一緒に帰ることにする。着替えてる間はずっと外で見張っていた。
鴨志田が怒り心頭で追いかけてくる可能性もあったが、どうやらその様子はない。
私の行動が私になにか影響を与えても、別に構わない。それでも、私は自分の意思を曲げるつもりはないし、一切後悔はしていない。
──そのまま学校を出て、私達は電車に乗る。無言の空間が続くが、乗り換えのため手を引いて歩いていると渋谷駅でばったりと。
「志帆……? 海咲も……どうして……」
杏ちゃんの姿に、私は「あ」と声を漏らす。
その後ろには雨宮くんの姿。
うっかりしてた。そうだよね、彼らが渋谷駅で追っかけっこする日だった……。
「場所、変えない?杏ちゃんにも話を聞いて欲しい。雨宮くんも一緒に来てくれる?」
「……東雲さん、私」
「ダメだよ志帆ちゃん。ちゃんと、伝えよう?大丈夫。力になるから……逃げないで」
手を両手で握って、逃さない。立ち直ってもらうためには、志帆ちゃん本人に立ち上がってもらわないといけないから。
じっと見つめて、目を逸らさない。彼女も……目を、逸らさない。
少し、目の奥に光が宿ったのを確認して。
「行こう、重たい話だからね。……杏ちゃん、雨宮くん、覚悟しておいてね」
若干脅し気味に伝えて、原作通りビッグバンバーガーへと向かおうと思ったんだけど、都合のいい場所があるじゃないか。
誰にも話を聞かれないし、いくらでも騒げる場所が。
みんなに了承を取って、私の家に招待することにした。
今日も、後ほどもう一話投稿予定です。