おにまい曇らせ(仮)   作:Unus negotiator

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第3話 形にならなかった言葉

文化祭当日。

講堂の舞台袖は、緊張と興奮でざわついていた。

まひろは姫の衣装に身を包み、袖の端をぎゅっと握りしめていた。

 

心臓がうるさい。

 

手が冷たい。

 

喉がからからだ。

 

 

「まひろちゃん、大丈夫?」

 

もみじが隣に寄ってきて、優しく肩を叩く。

 

「すごく緊張してる顔してるよ。でも、練習通りでいいからね。私が王子様でちゃんとエスコートするから!」

 

あさひが元気よく飛びついてくる。

 

「まひろん、がんばれー! あさひも応援してるぞ!」

 

クラスメートたちも次々に声をかけてくれる。

 

「まひろちゃんなら絶対大丈夫だよ!」

 

「こんなに可愛いんだから自信もって!」

 

「一生懸命練習して、演技も上達したんだから!」

 

まひろはぎこちなく笑った。

 

「う、うん……ありがとう……」

 

今日は特別だった。

客席の一番いい位置に、みはりとかえでちゃんが座っている。

みはりは少し緊張した顔でプログラムを握りしめ、かえでちゃんはにこにこしながら手を振ってくれていた。

(みはりとかえでちゃんも見てる……今日だけは、ちゃんとやらなきゃ……)

 

舞台袖のめくり台に、今日最後の演目が貼り出されている。

 

劇のタイトルは『仮面の姫と鏡の約束』

姫は元々醜いと嘲笑われ、誰も近づかない存在だったが、母である王妃が金に糸目をつけず探し出した魔法使いの魔法によって、一夜にして美しく生まれ変わった。

 

誰もが振り向くほどの美貌。

誰もが優しく微笑むほどの愛らしさ。

 

でも、鏡に映るその姿は、姫にとって「本当の自分」ではなかった。

魔法の美しさは、仮の姿、ただの仮面。

 

元の醜い姿に戻ったら、みんなはもう振り向いてくれないのではないか。

そんな恐れが、姫の心を蝕んでいく。

 

その頃、外交使節として王宮に招かれていた隣国の王子は、『魔法で変えられた美しい姫』の噂を聞きながらも、「本当の彼女はどんな人なのだろう」と興味を持っていた。

 

ある夜、王子は王宮の庭園で一人泣いている姫を見つける。

姫は「この美しさは偽物だから、誰も本当の私を愛してはくれない」と呟いていた。

 

王子自身も、賢王として名高い父王の唯一の王子として、『完璧な王子像』を演じさせられ、日々孤独を感じていた。

(きっと、この姫も私と同じように仮面をかぶらされ、傷つき苦しんでいたのだ。)

 

外交使節として滞在する隣国の王子と、訪問国の姫として共に過ごす日々の中で、二人は自然と心を通わせ始めた。

姫は万事控えめだが、話す内容はその知性を隠しきれず、芯があって、それでいて意外とおっちょこちょいで、なにより自分自身がずっと苦しんできた分、誰よりも他者を思いやれる真の優しさを持っていた。

 

王子はどうしようもなく姫に惹かれていく自分を自覚せずにはいられなかった。

 

 

 

最初のセリフはなんとか言えた。

声が少し震えたけど、なんとか。

 

王子様(もみじ)が優しく手を差し伸べてくる。

まひろは練習通り、姫の仕草で手を重ねる。

 

客席から小さな拍手が起きる。

みはりの視線を感じる。

かえでちゃんの笑顔も見える。

 

(……がんばれ、オレ)

 

 

舞台は順調に進み、そしていよいよ大事なクライマックスシーン。

 

「私たちは似ている。仮の姿で生きるしかない二人だからこそ、互いに本当の姿を見せ合える関係になりたい」

 

最初に出会った庭園の片隅で王子に抱擁され、その熱く真摯な思いに触れ、姫の胸に初めて小さな希望の灯が灯る。

 

 

 

 

 

「……本当に?この仮面の下の私を、見てくれるの? 元の醜くて、誰も振り向かない私を…それでも、そばにいてくれるの?」

 

 

 

 

 

 

 

そのセリフは、形にならなかった。

 

 

まひろの頭が真っ白になった。

 

 

セリフが……飛んだ。

 

 

「……え……あ……」

 

 

 

 

口が動かない。

 

 

言葉が出てこない。

 

 

客席からの視線が、すべて自分に突き刺さる。

 

 

両手で口元を覆ったみはりの姿が見える。

 

 

パニックが一気に爆発した。

まひろはドレスの裾を握ったまま、舞台袖に駆け込んでしまった。

 

 

「まひろちゃん!?」

 

 

もみじの驚いた声が後ろから聞こえる。

 

観客がざわめく。

 

 

まひろは袖の暗がりで壁に寄りかかり、息を荒げながら座り込んだ。

 

みんながすぐに駆け寄ってきた。

 

 

「大丈夫、まひろちゃん!」

 

 

「緊張しすぎちゃったんだね……」

 

 

「仕方ないよ、がんばったよ!」

 

 

クラスのみんなが次々と慰めの言葉を口にする。

 

 

もみじが心配そうにまひろの背中をさする。

 

「まひろちゃん……ごめんね、私がもっと上手にフォローできれば……」

 

 

自分の脚を両腕で抱えながら、まひろの心の中では、みはりの研究発表のシーンが繰り返し再生されていた。

あの講堂で、まさにこの壇上で、スポットライトに照らされ、みんなに拍手喝采を浴びるみはり。

 

そして、影のように座っていた自分。

 

(……結局、オレはダメだ。何をやっても、みはりに勝てない。天才の妹の、ダメな兄、女の子になったら、天才の姉のダメな妹…結局何も変わらない)

 

 

誰と何を話したのか、ほとんど記憶のないまま自宅に帰ると、みはりが玄関の前で待っていた。

心配そうな顔で、まひろを抱きしめてくる。

 

「お兄ちゃん……今日は大変だったね。でも、すごくがんばってたよ。私、誇らしかった……」

 

 

まひろはみはりの温もりに包まれながら、

小さく頷いた。

 

「うん……ありがと」

 

 

そのまま自室に直行した。

 

力なくドアを閉め、制服のまま布団に潜り込んで、膝を抱えて丸くなる。

 

「あのとき……」

 

まひろは小さく呟いた。

過去の記憶が蘇る。

 

クラスメイトの何気ない一言だった。

 

言った本人も、言われた自分も、大して気にも留めないような日常の軽口。

妹のことで当てこすられるのなんて慣れっこだったから。

正直なんて言われたのかも、もう思い出せない。

 

でもあの日、少しづつ溜まり続けていたコップの水がついに溢れるように、

自分の中で何かが音を立てて崩れた。

 

 

無価値な自分に絶望して、「だったらもう努力なんてせずに、自分の存在を消してしまおう」と思ったあの瞬間。

それから部屋に閉じこもり、誰とも関わらず、ただ腐っていくことを選び続けた日々。

 

 

「……また、あの頃に戻るのか?この体がなくなったら、また一人で……誰も必要としてくれない世界に……」

 

 

 

まひろは布団の中で、震える声で呟いた。

 

 

 




作中劇の設定
・変身魔法は“美しくなる魔法”ではなく、ある代償と引き換えに『存在そのもの』を書き換える契約魔法。
 なお、その代償がだいぶヤバく、後にすべてを知った姫と王子があれやこれやする。

他主要登場人物
・王妃:王が病に伏せる中、王国の舵取りを一手に引き受ける(有能だけど苛烈)
・妹姫:王妃に生き写しの才色兼備パーフェクトプリンセス 略してPP(無邪気に心を折りに来る)
・魔法使い:善悪ではなく「均衡」で世界を見る。代償は“世界の帳尻合わせ”として当然。
・悪〇令嬢:玉の輿狙いの性格がアレな公爵令嬢(外面だけは完璧)
・侍女ちゃん:変身前からの姫の唯一の理解者で、ずっと支えてくれた存在(※後に闇落ち)
・王子の側近:王子の幼馴染 名門の伯爵家令息でプレイボーイ。侍女ちゃんにガチ恋する。
・鏡ちゃん:元契約者のなれの果て(結構悲惨な境遇だがノリが軽い)


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