おにまい曇らせ(仮) 作:Unus negotiator
文化祭のあの日から、まひろは学校に行けなくなった。
布団に潜り込んで、膝を抱えて丸くなる日々が続いた。
カーテンの隙間から差す外の陽射しも街の喧騒も、すべてが遠くに感じる。
ただ、胸の奥で何かが音もなく歪んでいく感覚だけがずっと続いていた。
もみじたちは心配して、家に何度もお見舞いに来てくれた。
最初は文化祭の翌日、それから週末、そして学校が始まってからも、放課後に何度か。
毎回、玄関先で同じようにみはりが迎え出る。
今日もまた来てくれたようだ。
玄関のチャイムが鳴って、みはりが静かにドアを開ける。
もみじ、あさひ、みよの三人が、いつものように少し緊張した笑顔で立っていた。
「ごめんね、みんな。まひろちゃん、まだ誰にも会いたくないって…」
もみじは唇を噛んだ。
「うん……わかりました。」
もみじたちは名残惜しそうに帰っていく。
まひろは自室の窓辺で膝を抱えていた。
カーテンの隙間から、みんなの後ろ姿が見えた。
もみじが立ち止まって振り返り、まひろの部屋の窓を見上げた。
少し迷ったように唇を噛んで、突然、大きく息を吸い込んで叫んだ。
「まひろちゃん!!」
もみじの声が、住宅街に響き渡った。
まひろの部屋の窓に向かって、全力で叫ぶ。
「無理しなくていいよ!!学校なんて、気が向いたら来ればいいんだから!!私たち、ずっと待ってるから!!まひろちゃんがいないと、寂しいよ!!早く元気になって、一緒に遊んでまた笑おうよ!!約束だよ!!」
声は少し震えていた。
もみじは両手を口に当てて、さらに大きく叫んだ。
「まひろちゃん!!私、待ってるから!!絶対、絶対!待ってるから!!」
あさひが隣で手を振って、
「まひろーん!!あさひも待ってるぞー!!」
みよも静かに手を挙げて、
「まひろちゃん……いつでも迎えに来るよ!」
みんなの声が、窓ガラスを震わせる。
まひろは窓枠に額を押しつけたまま、動けなかった。
心臓の音が、耳元でうるさい。
みんなの叫び声が、胸の奥に突き刺さった。
みはりは三人を見送ってから家に戻った。
階段を上がり、まひろの部屋のドアを遠慮がちにノックする。
「お兄ちゃん、入るよ」
カーテンを閉め切っているので、部屋は薄暗い。
窓の隙間からわずかに差し込む光が、布団の膨らみに当たっている。
まひろは布団に潜り込んだまま、背中を丸めていた。
みはりはそっと近づいて、布団の端に座った。
「お兄ちゃん……」
まひろは動かない。
息遣いだけが、静かに聞こえる。
みはりは膝の上に手を置いて、小さな声で続ける。
「みんな、また来てくれたね。お兄ちゃんのこと、すごく心配してくれてるよ…私も…お兄ちゃんがこんなに辛そうで、胸が痛い……」
布団の中から、まひろの声が小さく漏れた。
「……来るなって……言ったのに」
みはりは目を伏せた。
「ごめんね……でも、みんな、友達だから……まひろちゃんがいないと、寂しいって……」
まひろは布団の中で、膝を強く抱きしめた。
「寂しいって……それは、この体だからだろ。女の子だから、ポンコツだけどかわいいから……本当のオレだったら、誰も来てくれない」
みはりは息を飲んだ。
「お兄ちゃん……違うよ。みんなも、わたしだって、まひろちゃんが大好きで……」
まひろの声が、感情を抑えきれずに高まっていく。
「好き?オレの何を好きだって言うんだ!オレは……ただのダメな兄貴で、何をやってもお前に勝てなくて!引きこもりの……お前だって、どこかでオレを下に見てたんじゃないのか!?」
言った瞬間、まひろは口を押さえた。
指が唇に食い込むほど強く。
こんなこと言うつもりはなかったのに。
でも一度発した言葉はもう取り消せない。
喉の奥で何かがひっくり返ったみたいに、
胸の奥がざわついて、熱くなった。
「…そんなこと、思った事ないよ……わたしは……ただ、お兄ちゃんに部屋から出てきて欲しくて……また一緒に、笑って過ごしたくて……」
まひろは布団を払いのけて身体を起こし、久しぶりに見た妹の顔を睨みつける。
目は赤く、声は震えている。
「一緒に?お前は天才で、みんなに必要とされて、オレは……何もできない、どうしようもない出来損ないだ!だから、薬で変えて、お前に逆らえない体に作り替えたんだろ!良かったな! かわいい妹が出来て!ポンコツでもダメな兄よりは、かわいいだけマシってか!!」
みはりは首を振って、涙をこぼした。
両手で覆った指の隙間から、みはりの顔がひどく傷ついたように歪むのが見えて、心臓がぎゅっと締め付けられる。
後悔が一気に押し寄せて、息が詰まり、喉が熱くなった。
言い過ぎた、ごめん!って言いたいのに、
口が動かない。
代わりに、別の感情が腹の奥の方からゆっくりと這い上がってきた。
仄暗い、ある種の快感。
ようやく言ってやった。
溜まりに溜まった澱を、吐き出してやった。
胸の奥の重い塊が、少しだけ軽くなった気がする。
でもその快感はすぐに薄れて、残ったのはただの虚無感と、後悔の重い余韻だけ。
まひろは布団に潜り込んで目を固く瞑り、両手を耳に当てて丸くなる。
息を殺して、震えを抑えようとする。
胸の奥で静かに、ゆっくりと、何かがまだ崩れ続けている。
ここまで読んでいただいた読者の方、ありがとうございます。
初めての投稿で勝手が全然わかりません。
あと、なんだか書いててすごく辛くなってきました(笑)
でも、みはりちゃん。。初期プロットだとこの後。。
更新は不定期ですが、なる早で完結させたいです。
感想頂けると作者がめっちゃ喜びます。