おにまい曇らせ(仮)   作:Unus negotiator

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第4話 溢れた澱

文化祭のあの日から、まひろは学校に行けなくなった。

布団に潜り込んで、膝を抱えて丸くなる日々が続いた。

 

カーテンの隙間から差す外の陽射しも街の喧騒も、すべてが遠くに感じる。

ただ、胸の奥で何かが音もなく歪んでいく感覚だけがずっと続いていた。

 

もみじたちは心配して、家に何度もお見舞いに来てくれた。

最初は文化祭の翌日、それから週末、そして学校が始まってからも、放課後に何度か。

毎回、玄関先で同じようにみはりが迎え出る。

 

今日もまた来てくれたようだ。

玄関のチャイムが鳴って、みはりが静かにドアを開ける。

もみじ、あさひ、みよの三人が、いつものように少し緊張した笑顔で立っていた。

 

「ごめんね、みんな。まひろちゃん、まだ誰にも会いたくないって…」

 

もみじは唇を噛んだ。

 

「うん……わかりました。」

 

もみじたちは名残惜しそうに帰っていく。

 

まひろは自室の窓辺で膝を抱えていた。

カーテンの隙間から、みんなの後ろ姿が見えた。

 

もみじが立ち止まって振り返り、まひろの部屋の窓を見上げた。

少し迷ったように唇を噛んで、突然、大きく息を吸い込んで叫んだ。

 

 

「まひろちゃん!!」

 

 

もみじの声が、住宅街に響き渡った。

まひろの部屋の窓に向かって、全力で叫ぶ。

 

 

「無理しなくていいよ!!学校なんて、気が向いたら来ればいいんだから!!私たち、ずっと待ってるから!!まひろちゃんがいないと、寂しいよ!!早く元気になって、一緒に遊んでまた笑おうよ!!約束だよ!!」

 

 

声は少し震えていた。

もみじは両手を口に当てて、さらに大きく叫んだ。

 

 

「まひろちゃん!!私、待ってるから!!絶対、絶対!待ってるから!!」

 

 

あさひが隣で手を振って、

 

「まひろーん!!あさひも待ってるぞー!!」

 

みよも静かに手を挙げて、

 

「まひろちゃん……いつでも迎えに来るよ!」

 

みんなの声が、窓ガラスを震わせる。

まひろは窓枠に額を押しつけたまま、動けなかった。

 

心臓の音が、耳元でうるさい。

みんなの叫び声が、胸の奥に突き刺さった。

 

 

みはりは三人を見送ってから家に戻った。

階段を上がり、まひろの部屋のドアを遠慮がちにノックする。

 

「お兄ちゃん、入るよ」

 

カーテンを閉め切っているので、部屋は薄暗い。

窓の隙間からわずかに差し込む光が、布団の膨らみに当たっている。

 

まひろは布団に潜り込んだまま、背中を丸めていた。

みはりはそっと近づいて、布団の端に座った。

 

「お兄ちゃん……」

 

まひろは動かない。

息遣いだけが、静かに聞こえる。

 

みはりは膝の上に手を置いて、小さな声で続ける。

 

「みんな、また来てくれたね。お兄ちゃんのこと、すごく心配してくれてるよ…私も…お兄ちゃんがこんなに辛そうで、胸が痛い……」

 

布団の中から、まひろの声が小さく漏れた。

 

「……来るなって……言ったのに」

 

みはりは目を伏せた。

 

「ごめんね……でも、みんな、友達だから……まひろちゃんがいないと、寂しいって……」

 

まひろは布団の中で、膝を強く抱きしめた。

 

「寂しいって……それは、この体だからだろ。女の子だから、ポンコツだけどかわいいから……本当のオレだったら、誰も来てくれない」

 

みはりは息を飲んだ。

 

「お兄ちゃん……違うよ。みんなも、わたしだって、まひろちゃんが大好きで……」

 

まひろの声が、感情を抑えきれずに高まっていく。

 

「好き?オレの何を好きだって言うんだ!オレは……ただのダメな兄貴で、何をやってもお前に勝てなくて!引きこもりの……お前だって、どこかでオレを下に見てたんじゃないのか!?」

 

言った瞬間、まひろは口を押さえた。

指が唇に食い込むほど強く。

 

こんなこと言うつもりはなかったのに。

でも一度発した言葉はもう取り消せない。

 

喉の奥で何かがひっくり返ったみたいに、

胸の奥がざわついて、熱くなった。

 

 

「…そんなこと、思った事ないよ……わたしは……ただ、お兄ちゃんに部屋から出てきて欲しくて……また一緒に、笑って過ごしたくて……」

 

 

まひろは布団を払いのけて身体を起こし、久しぶりに見た妹の顔を睨みつける。

目は赤く、声は震えている。

 

 

「一緒に?お前は天才で、みんなに必要とされて、オレは……何もできない、どうしようもない出来損ないだ!だから、薬で変えて、お前に逆らえない体に作り替えたんだろ!良かったな! かわいい妹が出来て!ポンコツでもダメな兄よりは、かわいいだけマシってか!!」

 

 

みはりは首を振って、涙をこぼした。

両手で覆った指の隙間から、みはりの顔がひどく傷ついたように歪むのが見えて、心臓がぎゅっと締め付けられる。

後悔が一気に押し寄せて、息が詰まり、喉が熱くなった。

 

言い過ぎた、ごめん!って言いたいのに、

口が動かない。

 

代わりに、別の感情が腹の奥の方からゆっくりと這い上がってきた。

 

仄暗い、ある種の快感。

 

ようやく言ってやった。

溜まりに溜まった澱を、吐き出してやった。

胸の奥の重い塊が、少しだけ軽くなった気がする。

 

でもその快感はすぐに薄れて、残ったのはただの虚無感と、後悔の重い余韻だけ。

 

まひろは布団に潜り込んで目を固く瞑り、両手を耳に当てて丸くなる。

息を殺して、震えを抑えようとする。

 

 

胸の奥で静かに、ゆっくりと、何かがまだ崩れ続けている。

 

 

 




ここまで読んでいただいた読者の方、ありがとうございます。

初めての投稿で勝手が全然わかりません。
あと、なんだか書いててすごく辛くなってきました(笑)
でも、みはりちゃん。。初期プロットだとこの後。。

更新は不定期ですが、なる早で完結させたいです。

感想頂けると作者がめっちゃ喜びます。
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