※本話より、物語に少しずつ不穏な要素が含まれます。
※Pixiv二掲載していたものをハーメルンに投稿するのにあたり、一部改稿しています。
※本文をよく読むとわかりますが、ここから先はクトゥルフ神話成分がしみしみになってくるのでよろしくお願いいたします。
001.アーカムの魔女1
6月27日金曜日
「あれ、花村君。今日のバイトは終わり?」
その声に、スケジュール帳にバイトの予定を書き込んでいた花村陽介は振り返る。
「中田さん、お疲れ様です。」
笑顔で花村が会釈すれば、中田というネームプレートを付けた制服を来た女性も微笑んだ。
ここは日本橋にある某有名百貨店のバックヤード。花村はここで月に十日ほどバイトをしている。
元々は食品売り場の担当だったのだが、そのイケメンぶりに加え、高校時代に培った作業の要領の良さとバイトとは思えない接客の上手さ、商品知識の豊富さで、あっという間に時給のアップを果たし、それと共に担当するフロアも上がった。
現在彼は本館五階のキッチン雑貨や食器関連の品出しや欠品チェックを担当している。ジュネスの時と違うのは客層が明らかに上流の方といったことで、高校のときにあったバイト同士やお客さんのクレーム等に悩まされることもなく、実のところお客さんもやや少なめ。勤怠管理も徹底していて、出勤日の調整も前もって希望すれば問題ない。
ジュネスでバイトしていた時は、店長が身内だったというのもあって無差別にあちこちに駆り出されていたことを考えると、まさに天国のような職場であった。
「その、ボールペン。どうしたの?」
「え?」
中田の問いに、花村は、使っていたボールペンを眺める。
オレンジ色の大理石と黒い石を組み合わせた軸に、シルバーのクリップが映える、フォーマルな雰囲気漂うボールペンであった。「ああ。これは、この前誕生日プレゼントとして貰ったんですよ。」
「あら、お誕生日だったの? おめでとう。」
気づかなくてごめんなさいね、と謝る中田に、花村はいいですよ別に、と手を振りながら答える。
「そういや中田さんは、文房具売場担当でしたっけ。」
花村の問いに、中田は頷いた。
「そのボールペンはイタリアのブランド、ダライッティのローラーペンでしょ?」
「あ、これ、ダライッティって読むんですね。」
知らなかった、と花村は苦笑いをする。
「イタリアのまだ規模の小さなブランドなんだけど、そのローラーペンは人気シリーズでね。軸は職人さんのハンドメイドだから、同じ柄は一つとしてないんですって。」
中田が笑顔で言えば、花村はボールペンをクルリと回し、このボールペンを贈ってくれた相棒を思い浮かべた。
「これ、そんなに良い物だったんですね。気を使わせちゃったかな。」
「ちゃんとメンテナンスすれば一生ものよ。色もあなたのイメージにピッタリだし、選んだ人はセンスがいいわね。」
「そ、そうですか?ありがとうございます。」
自分の相棒兼恋人を褒められて、花村は少し顔を赤らめてにやける。
自宅に帰ったら、お前プロの文具バイヤーに褒められたぞ凄いな!、と報告しようと決めた。
「ウチでも、イタリア関連のキャンペーンの時に万年筆のシリーズを入荷しているの。ローラーペンの替芯もウチなら取り寄せできるし、もし興味があるなら一度ウチの売り場を覗いてね。花村君なら社員割引もしてあげてもいいわよ。」
「はい、ありがとうございます。」
中田が軽く手を振りバックヤードから売り場へ出て行った。
花村はバイトのシフトを書き終わるとスケジュール帳を閉じ、ふと思い立ってスマートフォンのメール作成画面を開く。
『悠へ。もうすぐバイトが終わるから、デパ地下甘いモノのリクエストを絶賛受付中!こっちを出たら、また連絡する。』
メールの宛先は、鳴上悠。花村の相棒であり、同居人であり恋人である人物であった。
◇◇◇
カバンの中から、スマートフォンがバイブレーションでメールの着信を知らせる。
「見てもいいかな?」
鳴上悠が銀灰色の瞳を白鐘直斗に向ければ、直斗は一つ頷いた。
鳴上がゴソゴソとカバンからスマートフォンを出す姿を見ながら、直斗は薬師寺が淹れた紅茶に口をつける。直斗は、鳴上先輩の顔が少しにやけたところを見ると、どうやら花村先輩からのメールかな、と考えながら鳴上を眺めていると、鳴上が首を傾げて直斗を見た。
「どうされましたか?」
「陽介が、甘いモノを買ってきてくれるらしい。何か食べたいものはある?」
「そうですね、日本橋のあのデパートであれば、クラブハリエのバームクーヘンはいかがでしょう?」
直斗が提案すると、早速鳴上はメールの返信文面を入力し始める。
『陽介へ。バイトお疲れさま。今、直斗から呼び出しを受けて五反田にある白鐘探偵事務所にいる。待っているので、バイトが終わったら『クラブハリエのバームクーヘン』を買ってきて。』
鳴上は送信ボタンをタッチすると、スマートフォンをテーブルの上に置いた。
「で、俺に話って、何かな?」
鳴上が直斗へと顔を向ける。直斗は、傍らに置いてあった茶封筒から1枚の写真を取り出すと、鳴上の前へ置いた。ベリーショートヘアの金髪碧眼で、美しい女性の顔である。
「この人のことは、ご存じですか?」
鳴上は、写真を手に取りじっと見る。
「ウチの大学構内で見たかな?少なくとも、俺と同じ学部ではないよ。」
鳴上は、写真をテーブルに戻した。「この人は?」
「T大考古学部で現在『交換留学生』として学んでいる、アンジェリア・バセットという人物です。」
直斗は腕を組んだ。「米国マサチューセッツ州アーカムにある、ミスカトニック大学に通う学生、ということになっています。」
「ミスカトニック大学?」
鳴上は首を傾げる。「余り聞かない大学だな……。」
◇◇◇
「地下にあるクラブハリエのバームクーヘン、結構人気あるんですかね?」
バイトを終わる前の引き継ぎをしながら、花村は上司に当たるキッチン雑貨担当社員のの三ツ矢に尋ねた。三ツ矢は、引き継ぎ表を書く手を止め、少しの間頭を回らせる。
「ああ、アレか。贈答品としても人気があるし、実際食べたこともあるけど美味しいよ。どうして?」
「ルームシェアしてる友人に買ってくるよう頼まれまして。」
「贈答用はシーズン中は売り切れることもあるけど、今日はどうかなあ。」
三ツ矢は周りを見て、近くの内線電話の受話器をとった。少し話をして、受話器を戻す。「バームクーヘンは一応在庫あるみたいだ。今はこのフロアにいらっしゃっているお客さんも少ないし、引き継ぎ事項もそんなにないみたいだから、早いけどバイトあがっていいよ。今日は金曜日だから、早く帰りたいだろ?時間になったら僕がタイムカードつけとくから行って来なよ。」
「えっ、いいんですか?」
「花村君はいつもよくやってくれてるし、僕が春に異動してきた時に色々助けられてるから。」
三ツ矢は言い、にっこり笑う。「その御礼の一つってことで。」
「はい。ありがとうございます!」
「今日はお疲れさま。また次も頼むよ。」
花村は三ツ矢に頭を下げると、バックヤードに急いで向かった。
自分のロッカーから荷物を引っ張りだし、近くの階段を降り始める。
『なあ、陽介、』
花村の頭の中に、自身のペルソナであるスサノオの声が響いた。
先日の誕生日に突然出てきて以来、たまに話かけてくる。
(何だ?)
最近は慣れたもので、スサノオが外に出ていなければ花村自身が答えを考えれば伝わるまでになってきた。
『鳴上が白鐘探偵事務所にわざわざ呼ばれているとか。何か事件かな?』
(さあね。ただ、バームクーヘンは3人分は買って行かねーと。)
『んー。』
(どうした?)
『悪いな、ちょっと外すぜ。』
「えっ」
花村が、階段途中で立ち止まる。天井を見上げると、八十神高校の学ラン姿のスサノオが浮かび、金色の瞳は花村を見下ろしていた。
『今日中には戻る。白鐘によろしくな。』
「ちょ、待て!」
思わず花村は叫んでしまい、周りからの視線に気づいて顔を赤くする。
スサノオは、壁を抜けて外へ出て行った。「何だってんだよ、アイツ。」
◇◇◇
「この人が、何か?」
鳴上の問いに、直斗は茶封筒からある資料を取り出し、鳴上に手渡す。
鳴上は資料に目を通し始めた。
「アメリカで発生している銃乱射事件の一部において、とある組織が関係しているようです。」
直斗は、足を組み直した。「組織の名前は、『魔女の森』。アーカムに拠点がある、過激派魔術結社とありますね。」
「過激派、魔術結社?」
鳴上が、直斗へ視線を上げる。「魔術って、」
「僕ら的に言えば、ペルソナの力を悪用して社会混乱を引き起こそうとしている組織がある、ということです。」
「手段がペルソナではなく、魔術、なんだな?」
鳴上の問いに、直斗は頷いた。
「その魔術結社の創設メンバーに、アンジェリア・バセットの名前があります。」
「え?」
「魔術結社の創設は1970年頃。創設メンバーは邪神との契約を交わすためサインを記入したとの記録が残っています。つまり、彼女はすでにその時にはサインを書ける年齢であったということです。」
「この写真の人は、」
鳴上は、テーブルの上にある写真へ視線を移す。「どう見ても俺と同じ学年ぐらいじゃないか?」
「ですが、1988年にコネチカット州で起きた銃乱射事件において、事件前に彼女を見た、と証言する人が居ます。その他にも数件、銃乱射事件の前に目撃情報があります。全て、同じ写真を見てこの人物が居た、と証言しているそうです。」
「しかし、どう見ても。」
「お渡しした資料の最後に、彼女のパスポートのコピー画像があります。」
直斗は、あくまで冷静に言った。
鳴上が資料を捲る。一番最後のページに、パスポート写真があった。
西暦1994年9月3日生まれ。テーブルの上にある写真と同じ顔がそこには写っている。「外務省の方でも偽装や変装のチェックをしたそうですが、写真からはおかしな点は見つからなかったそうです。」
「彼女は、要するに、『歳をとっていない』と?」
「それだけでも十分ふつうではありえません。」
直斗はため息混じりに言った。「警察では手に負えない、さりとて公安では監視が目立ちすぎる。ということで、僕のところに依頼が来たのですが。」
「悪い、遅くなったな。」
出入口の扉が開き、花村が事務所に入ってくる。
花村は、資料を前に考えこんでいる鳴上と、渋い顔をしている直斗を交互に見た。「ほら、バームクーヘン買ってきたぜ。」
「ありがとうございます。薬師寺に切らせますので、少しお待ちください。あと、何を飲まれますか?」
「同じのでいい。」
「分かりました。」
控えていたらしい薬師寺が現れ、花村からバームクーヘンを預かり奥の部屋へ消える。
「悠、直斗、どういう状況なのか説明してくれないか?」
花村が、二人に声をかけた。
「陽介。まずコレを読んでくれ。」
鳴上が、先程直斗から渡された資料を花村に渡す。花村はその資料を読んでいった。
数分の後、薬師寺がアッサムティーとバームクーヘンを載せたトレイを持って現れる。
「花村様から頂いたバームクーヘンを切らせていただきました。お召し上がりください。」
鳴上が花村の様子を伺えば、花村の顔から、若干血の気が引いているのがわかった。
「なあ、直斗。」
花村が、口を開く。
「なんでしょうか?花村先輩。」
「突っ込みたいところも色々あるけど、この人、来日したのはいつだ?」
「6月15日です。」
「実際にT大で授業を受け始めたのは、いつからだ?」
「6月23日。今週月曜からだったかと。」
直斗が自分の手帳を見ながら答える。
「因みにこの人、何しに来た?こういう経歴持ちが、普通に交換留学生だけってことはないだろう?」
「まだ分かっていません。」
「今まで何か起きた形跡は?」
「ありません。」
「直斗、俺達を呼んだっていうことは、何か依頼したいことがあるんだな?」
「はい。……お二人には、この人を、監視して欲しいんです。」
直斗は、組んだ足を組み替えなおす。「彼女は国際警察においても第一級監視対象です。その彼女が、日本に入国し交換留学生としてT大学に通う理由を探ります。目論見が分かれば対策の打ちようもありますが、今はそれすら出来ない状況ですから。」
「悠、受けるのか?コレ。」
花村は、目線を資料から鳴上へと移した。鳴上は、一つため息をつく。
「正直言えば、今の俺は現実世界でペルソナを呼べないから、彼女が魔術を使うとなると、戦闘は厳しいと思う。だが、監視だけならなんとかなるだろう、とは思っている。」
「監視だけなら、か。」
花村は天井に視線をやり、腕組みをした。「俺の役割は?」
「花村先輩にも、監視をお願いしたいです。」
「俺、T大に通ってねえんだけど?」
「いえ、花村先輩には、学外で話されている情報を拾っていただきたいんです。」
直斗は、渋い顔をしながら続ける。「どうも彼女は、毎日ゼミのメンバーと夕食、というか飲み会をやっているようなんです。飲み会の後の監視は公安が引き受けるとのことでしたので、居酒屋やレストランでの様子を監視いただければ。」
「どうして、俺?」
「二十歳になったの、花村先輩だけじゃないですか。」
「あー、そういうことね。」
花村は苦笑いを浮かべる。「悠、どうするよ?直斗も困って俺達に話を振ってるんだし、俺は別にいいけど、」
「陽介がいいなら、いい。俺も学内で情報を集めるよ。」
鳴上も苦笑いを浮かべた。直斗は済まなそうな顔で頭を下げる。
「先輩方には本当に申し訳ありません。日当、経費はこちらでそれ相応の金額はお出ししますので、宜しくお願いいたします。」
◇◇◇
『遅い帰宅だな?陽介、鳴上。』
鳴上と花村が帰宅したとき、灯りをつけずにリビングのソファにスサノオは横になっていた。
「お前、何処に行ってたんだよ? 心配したんだからな?」
花村の問いには答えず、スサノオはただ体を起こし、ため息をつく。
『ちょっとつまんねーことがあったから、頭を冷やしてたんだよ。近くに寄っちゃうと俺の感情もそっちに影響しちまいそうだろ?せっかく白鐘と会ってたのに、つまんねー気持ちにさせても悪いし。』
「そんな気を使ってくれてたのか。こっちこそ悪かった。」
スサノオは翡翠色の光と共に立ち消えた。
『話がある。』
花村の頭の中で、スサノオが呟くように言う。『明日、大学のカフェテリアで1人になれ。』
(分かった。)
花村が答えると、そのままスサノオは黙ったままになった。
「スサノオ、何があったんだろう?」
鳴上が、首を傾げながら荷物をソファの脇に置く。
「さあ? アイツも今のところ黙ってるし、その内教えてくれるさ。」
花村は肩をすくめ、ソファに体を埋める。「あー、明日バイトの調整しねえとなあ。」
カバンからスケジュール帳を出した花村は、ボールペンを見てあることを思い出した。
「悠、誕生日プレゼントのボールペンさ、バイト先の文具担当の社員さんが褒めてたぜ。贈った人は良いセンスしてる、って。」
「今おだてられてもコーヒーしか出ないけど、嬉しいな。」
台所でコーヒーを淹れていた鳴上は、笑顔になる。「選んでよかったよ。」
「大事に使うよ。一生モノだって聞いたし。」
「一生モノ、か。」
鳴上は呟き、コーヒーが入ったマグカップを二つ持ってリビングに戻ってきた。「コーヒー淹れたよ。」
「お、ありがとう。」
花村は、笑顔でマグカップを受け取る。鳴上は花村の隣に座ると、コーヒーをテーブルに置く。
「そういうのも、有りかもな。」
「何が?」
花村に聞かれ、鳴上はそっぽを向いた。
「なんでもない。」
「ふーん、まあいいけど。」
花村はコーヒーを少し飲むと、スケジュール帳を開く。ボールペンをくるくる回しながら、とりあえず来週一週間ぐらいキャンセルしとけばいいかなあ、などとブツブツ呟いている。
鳴上は、その様子を微笑みながら眺めていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
今回は日常の延長線上で、少しずつ歯車が噛み合い始める回になります。
次回から、さらに状況が動いていく予定です。