※物語に少しずつ不穏な要素が含まれます。
※pixivに掲載していたものをハーメルンに投稿するのにあたり、一部改稿しています。
※本文を読むとわかりますが、クトゥルフ神話成分がしみしみになってくるのでよろしくお願いいたします。
6月30日月曜日
深夜二十四時を回った頃。
部屋には時計が規則的に針を動かす音だけが響いている。
美女が一人、ベリーショートの金髪と碧眼をロウソクに灯された炎に照らしながら三人用のソファの上で寝そべっていた。
美女はロウソクに向かい何かを唱える。
何度目かの詠唱の後、ロウソクの炎が不自然に揺らめいた。
『……同志アンジェリアよ、首尾はどうなっているか?』
ロウソクの炎から、囁くように声が聞こえる。
「問題ありません。気持ち悪いぐらい順調です。」
アンジェリア・バセットは目を細める。「私が来なくても、良かったのでは?」
『マザーの卜占によれば、何かの力を感じるとのこと。事は慎重にな。』
「古来から強力な呪術があったのに廃れさせているこの国に、我らの敵はありません。」
『日本には『ペルソナ使い』と呼ばれる我らと異なる力を持つ者が居ると聞く。』
「まだ何も分からぬ力、今まで伝え聞こえてこないということは大した事も出来ぬのでしょう。」
『貴様の状況は把握した。これからも無貌の神への寄進を忘れぬよう。』
「了解。」
アンジェリアはロウソクを吹き消した。
部屋には外の街路灯の灯りが漏れ入り、薄暗い。
アンジェリアはテーブルの上にある赤ワインが入ったグラスを取ると、一気に煽った。「後もう少しで、この湿っぽい国からおさらばできるわ。」
時計の針が十五時を指すT大図書館の特別閲覧室。
奥の端の席にさも当然のように陣取った南原は書架から持ってきた参考資料からノートに必要な部分を書き取っていく。
一般図書フロアと違って静かなこの部屋は、どちらかと言えば寝に来るか、そうでなければ本気で勉強をするのにはうってつけの場所であった。
「こんにちわ。」
声を掛けられ、南原は視線をノートから声を掛けた人物へと上げる。
「待ってたよ、」
南原は隣の席に置いた自分のカバンをどけた。「鳴上君。」
鳴上は自分の荷物からテキストとノートを机に出すと残りを足元へ置き、南原の隣の席に座る。
南原はまた自分のノートへ視線を戻し、シャープペンシルを動かし始めた。
「例の件、だけど。」
鳴上もテキストとノートを開き、胸ポケットに挿したシャープペンシルを手に取る。
「うん。……先に、動機を教えてくれるとうれしいかな。」
南原は、参考資料から視線を外さずに言う。
「彼女は、とある犯罪組織の一員として国際警察からマークされている。」
鳴上は、今日出された課題のための資料をファイルから出した。「彼女が、今回日本でやろうとしていることの調査。……それが、俺が受けた依頼だ。」
「ふうん、そうなんだ。」
南原はまるで人ごとのように呟き、ノートを一枚捲った。
「そっちは、どうだった?」
鳴上は、課題となっているレポートを順調に執筆しながら尋ねる。
「ドジアンの書。」
南原は参考資料の必要な箇所を探してパラパラと捲りながら言った。
「ドジアンの書?」
「昼ごはん一回おごったら、教えてくれた。」
「えっ、いくら払ったんだ?」
「食堂のラーメンと半チャーハン。」
南原はしれっと答える。「別にその分のお金は要らないよ。僕も、彼らがやってることに興味があったから。教えてくれた人もそれが何なのかよく分かってないみたいだし。」
「そ、そうなのか。」
鳴上は少し動揺しつつ、レポート用紙を捲った。
「そうそう、少し調べてみたら、面白いことも分かったよ。」
南原は、参考資料として持ってきていた本を閉じ、積んであったテキストと交換する。「元々は中国の国立図書館に所蔵されていたらしいんだけど、戦時中日本軍が駐留した際にいくつかを持ちだしたらしいんだよね。その中の一つが、今回のモノらしい。」
「そういう経緯があったのか。」
「中国の図書館といえば、例の文化大革命で貴重な文書が多数破壊されたりしてるから、動機は何であれその貴重な書物を守ったことになるかな。で、その持ちだしたモノを預かって調査した人物が、当時T大学考古学専攻教授だった今野博士。」
「今野?って、まさか。」
「うん、今野教授の祖父に当たるみたいだね。」
南原は、テキストから必要な箇所をノートへ転記し始める。
「南原、よくこの短時間でそこまで調べたな。」
鳴上が半ば呆れながら呟いた。
「まあ、色々と芋づる式に調べたくなる性分だから。」
仕方ないね、と南原は答え、テキストのページを捲る。「今野教授が予約申請書に承認サインを書きたくない理由は、その辺に何かあるかもしれないけれど。そこまでは流石に時間がなかったよ。」
「ん、少し情報を纏めようか。」
鳴上はレポートを書く手を止め、思考を巡らせる。南原は、チラッと鳴上を見た。
「どう?纏まる?」
「まず、彼女が狙っているものは、『ドジアンの書』。元々は中国の図書館にあったが、戦時中日本に持ちだされて、現在はどうやらT大考古学保管庫にあるらしい。」
「それから?」
「彼女はそれを手にするために予約申請書を作成したが、今野教授が承認サインをまだしていない。今野教授が予約申請書にサインしない理由は、実際に教授がコレの存在を教えられていたから。事情はよくわからないけれど、恐らく本当に危険で出来れば外に出したくないモノなんだろう。また、彼女は元々犯罪教唆の罪で追われている。自分では手を下したくないから、自分で盗んだり強引に奪ったり、といった事件にはしたくない。だから、今野教授が承認サインを出さないことで現状はまだ、『ドジアンの書』は無事に保管庫にあるはずだ。」
「うん、なるほど。」
南原は鳴上に微笑む。「僕が調べたことも役に立ったみたいで良かったよ。」
「ああ、そうだな。ありがとう。」
鳴上は南原に笑みを返す。
南原は一つ頷くと、テキストを閉じた。ノートとテキスト、ペンケースをカバンに仕舞うと書架から借りた本を手に取り席を立つ。
「またね、鳴上君。君の仕事とレポートがちゃんと終わることを願っているよ。」
「南原も、俺から頼んでおいてなんだけど、余り深入りするなよ。相手は警察にマークされるほどの危険人物なんだから。」
「もちろん。面倒事は嫌だからね。」
南原は、司書がいるカウンターに行き本を返却すると特別閲覧室を出る。
鳴上は、それを見届けると自分の課題を終わらせるべくテキストを読み始めた。
◇◇◇
寺田がバイトをしている本郷にある洋風居酒屋は、スペイン料理であるタパスを中心に、味も中々評判であるらしい。以上、某食べ○グより。
花村はスマートフォンの画面を消すと、本郷の街をぐるりと見渡した。
目的地である洋風居酒屋が入っているビルは目の前で、三階の看板に目的地の店の名前が書いてある。その隣のビルの一階には、コーヒーショップのチェーン店が入っていた。
『スペインバル、って奴だな!』
花村が買ってくるグルメ雑誌を読み漁っているスサノオが、覚えたての言葉をドヤ顔で言う。
「……悠は、この街の学校行ってんだな。」
花村はポソっと呟いた。「いいとこだな、ここ。」
『じゃあ高校の時しっかり勉強して同じ学校に行けばよかったじゃねーの?』
(ナチュラルに学力が足らなかったんだよ、しょーがねーだろ。)
花村ははあ、と一つ息を吐いた。
「さて、行きますかね。」
花村は夕方六時を過ぎたのを確認してから目の前のビルに入り、エレベーターで上がる。
「いらっしゃいませー!」
エレベーターの扉が開けば、寺田がいかにもな営業スマイルを浮かべた爽やかイケメンの風情で出迎えた。「って、花村!」
「よ、よう、寺田。」
花村は笑いをこらえながら右手を上げる。「お前、いつもの声と違うぞ。」
花村もまたモデルと見まごうほどのイケメンであるため、寺田と二人で並ぶと場が華やぐ。
「お前、先週の今日かよっ、早いな!」
「ちゃんと仕事してるか見に来てやったぞ、喜べー。」
「うっわ、やりづらい!」
談笑しながら店に入ると、カウンターの中に居た店長らしき男がにっこり笑って会釈した。
花村も軽く頭を下げ返すと、寺田にテーブル席へ案内され、着席する。
そして、寺田がおしぼりを持ってきたタイミングで、花村はそっと耳打ちした。
「で、例の金髪の可愛い子ちゃんってもう来てんの?」
「いるいる。」
寺田が視線をやった先へ花村も視線をやれば、そこにはベリーショートカットヘアの碧眼の美女が座っていた。ニコニコしながら、誰かに何か話しているようだ。「かなりレベル高ぇっしょ?」
「確かに!」
(写真で見たアイツだな、スサノオ)
『ああ。同じ部屋で陽介が直接見たから、もう大丈夫。明日からは俺だけここに潜んで様子を探る。』
日曜日、花村とスサノオが試したのは『どの距離まで情報共有ができるのか』と『誰の声でも聴き分けられるか』の2点であった。
その結果分かったのは、『花村が一度その人物を直接見て認識すれば、声は聞き分けられる』こと、『確実に情報共有ができる距離の限度は300m程度』ということ。
つまり、今ここで彼女を見たことで条件の一つはクリア出来たことになる。
「……花村?」
寺田が訝しげに花村を見下ろしていた。
「あ、ああ、すまん、なんだっけ?」
「いや、注文。何飲む?」
その言葉に、花村は視線をメニューに移す。
「あー、えーと、何が、おすすめ?」
「とりあえず旨いのは世界三大珍味の盛り合わせ、ビースステーキ伊勢海老パニエ添え、スペシャルパエリア、飲むならスパークリングのロゼだな。」
寺田は、スラスラとメニュー名を口にする。「因みにこの店のお一人様メニューでは一番高額になる組み合わせだ。」
どうだ、といった風情で寺田はニヤリと笑った。
「ちょ、おま、」
「で、注文。」
ニヤニヤしている寺田の視線を感じつつ、花村はメニューをざっと眺める。
「……砂肝のアヒージョ、本日のタパス盛り合わせ、ガーリックトースト。ドリンクはハウスワインの白で。」
花村の注文を注文票に書きつつ、寺田は残念そうな顔をした。
「ちぇ、無難なとこいきやがって。もうちょっと冒険心はないのかね、二十歳になった花村くーん?」
「大人になったから守りに入るところもあんだよ。ほっとけ。」
花村はヘラっと笑い、寺田を見上げる。
「じゃ、注文通してくる。飯はマジで旨いのが出るから楽しみに待っとけよ。」
寺田はカウンターに注文票を置ききつつ注文内容を読み上げた。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
クトゥルフ神話恒例(?)ろうそく通話を出せて満足…
意味がわからず怖がらない主人公たちの明日はどっちだ。
また次回よろしくお願いいたします。