※物語に少しずつ不穏な要素が含まれます。
※pixivに掲載していたものをハーメルンに投稿するのにあたり、一部改稿しています。
※本文を読むとわかりますが、クトゥルフ神話成分がしみしみになってくるのでよろしくお願いいたします。
6月30日月曜日
同じ頃、鳴上は白鐘探偵事務所にいた。
「なるほど、確かにそれは興味深いですね。それに、話の筋も通っている。」
鳴上の報告を聞いて、直斗は一つ頷く。「『ドジアンの書』がどんなものかは、まだ分からないのですね?」
鳴上は、直斗の問いに肯定する。
「ああ。多分文字が書いてある書物レベルのものだとは思うけど、どういうものかはさっぱり。」
鳴上は肩をすくめた。「俺、図書室の考古学分野の書架を片っ端から見てみたけれど、やっぱり専門外の数多の本から関連するものを見つけることができなかったんだ。」
鳴上の言葉に、直斗は思案を巡らせた。
「こうなると、早めに今野教授とお話したいですね。」
「ああ。でも、俺は今野教授とは会ったことすらないんだが。」
「そこは、こちらで何とかします。」
直斗は顔を出した薬師寺に手を挙げると、薬師寺は一つ頷き隣の部屋に消える。「あの、もし良ければ先輩もご同席いただけませんか?」
「ああ、それは構わないよ。」
鳴上は元々直斗からの依頼があった時点で一週間分の予定は丸々開けてはいたのだが、念のために明日の予定を確認する。
「助かります。正直、T大の知り合いは先輩しかいないので……。」
直斗は苦笑いしながら肩をすくめる。
これだけのこと、南原はどうやって調べたんだ、と鳴上は独りごちた。その呟きを聞いた直斗は、鳴上に視線を向ける。「あの、先輩。」
「何?」
「先輩に協力してくださっている方は、南原さん、とおっしゃるのですか?」
「ああ。因みに下の名前は知らない。」
「え?」
「図書館でよく会う程度、の知人だから。向こうも俺のことは苗字でしか呼ばないし。もちろん携帯電話の番号もメールアドレスも交換していない。」
鳴上の言葉に、直斗は目を丸くする。
「そうですか。……意外ですね。」
「何が?」
「鳴上先輩は、どちらかと言えば誰とでも深く付き合うイメージがあるので。」
直斗は言い、薬師寺が淹れた紅茶に口をつけた。
「ああ、そうか。」
鳴上は目を伏せ、ため息を漏らす。「確かにそうかもしれない、けれど。表面の付き合いだけで上手く行くコミュニケーションもあるみたいだよ。」
「まあ、都会の方だとそのほうが返ってうまくいくケースは多いですし。」
鳴上は手帳をテーブルに置き、目の前に置かれた紅茶に口を付けた。
その時、隣の部屋から薬師寺が出てきて直斗に何かを囁く。
直斗はひとつ頷くと、鳴上の方を見た。
「今野教授の時間が取れたそうです。」
「何時から?」
「十一時から。本来は授業がある時間だそうですが、昼食も兼ねて校外に出て頂けるそうです。」
直斗は、自分のスマートフォンに予定を入力する。
流石国家権力にコネがあると強いな、と鳴上は思ったが、口には出さず自分の手帳に予定を記入した。「あの、先輩はその時間は大丈夫ですか?」
直斗の心配そうな問いに、鳴上は微笑みながら頷く。
「明日は幸い必修科目も無いし、出席しなくても問題はないよ。合流場所が決まったらメールで教えてくれ。」
「分かりました。先輩には面倒をお掛けすることになってしまい申し訳ありませんが、宜しくお願い致します。」
◇◇◇
『陽介、奴らの様子がおかしい。』
砂肝のアヒージョを摘んでいた花村は、スサノオの言葉にその手を止めた。
(どうした?)
『あの女から、他のメンバーに向けた操り糸みたいなものを感じる。』
花村は白ワインに口をつけながら、目を閉じる。
(声を拾えるか?)
『任せろ。』
「どうして今野教授は承認サインを書いてくれないんですかね?」
男子学生の声。
「今野教授もお忙しい方ですから、仕方ないわ。」
アンジェリアの声。「でも、『お願い』すれば、きっとサインしてくださるでしょう。」
「アンジェリアさんのお願いをきかないほうがおかしいですよ。」
他の男子学生もそうだそうだ、と文句を言っている。
「もし明日の午前中に教授の時間が取れないようなら、私が午後、直接お願いしてみます。」
「じゃ、念のために午後の教授の予定、ゼミで押さえときますよ。」
「本当?じゃ、お願いできるかしら?」
アンジェリアがクスクスと笑いながら言った。「私も同席できると嬉しいのですけれど。」
「もちろん、大丈夫ですっていうか、同席お願いします!」
「まあ、嬉しい。助かるわ。」
「……あれ?」
学生の一人が首を傾げる。「明日、教授は十時半から外出になってますね。」
「え?でも十一時の枠は教授は授業あるだろ?」
「でも、ほら。」
学生がタブレットで、ゼミで共有しているスケジューラを見せた。
明日の今野教授の予定は、十時四十分から外出となっており、そのまま戻らないと表示されている。
「おかしいな、今日ゼミを出るときにはこんな予定入ってなかったのに。」
アンジェリアが、一つため息を漏らす。
「先生も、お忙しいですのね。」
「明後日以降は予定が全て白紙になってる。ゼミのミーティングも全部キャンセルされてます。」
「なんだか、嫌な感じですわね。」
花村は目を開けた。
(これ、マズイ流れじゃないか?)
『それと、あの女、誘導して飲み物に薬を混ぜさせてる。』
(マジか!)
花村はゾッとして、ガーリックトーストに伸ばしかけた手を止める。
『薬から何かの力を感じるから、あの女が調合したんだろうな。』
「よう、手が止まってっけど何かあった?」
寺田の声に、花村は目を瞬かせて視線を上げた。
「や、旨いからじっくり食おうかなって思って。」
花村は曖昧に笑う。まさか、他のテーブルの会話を聞いていた、なんて言えない。
「そっか。ならいいんだけど。」
寺田は笑顔を見せた。「そういや、花村って甘いもの好きだったよな?」
「ああ。」
「ウチのカタラーナはすげー旨いから、お土産に持たせてやるよ。ルームシェアしてる奴と一緒に食えよ。」
他の連中には内緒な?と続け、寺田は花村に軽くウィンクした。
「マジで?ありがとう!」
「いいのいいの!ほんとに来てくれてありがとな!」
花村の言葉に、寺田は笑いながら手を振りカウンターで楽しげに店長らしき男と話している。
花村はその様子を横目で見ながら注文した物を全て平らげ、ニコリと笑って手を合わせた。
「ごちそうさんでしたっと。」
「おお、食ったな!美味かったろ?」
寺田はドヤ顔しながら、花村に尋ねる。
「おう、ハウスワインも良いやつ出してんだろ、中々良かったぜ。」
「流石、大人になった人の言う事は違いますなー?」
花村は財布から五千円札を出した。
「テーブル会計だろ?これで足りっかな?」
「充分だよ。会計してくるから、ちょっと待ってろ。」
寺田は注文票と札を持って奥のレジに行く。
「えっと、寺田君の知り合い?」
その言葉に、花村は声の方へ顔を向ける。「ここのオーナー兼シェフの、剣崎です。」
「あ、どうも。寺田とは同じ学部で、仲良くしてもらってます。」
剣崎の柔らかい笑みに、花村も人好きのする笑顔で会釈する。
「そう。寺田君、この前の土曜に店を教えたのにもう来た、って喜んでたよ。今日はご来店ありがとうございます。」
「寺田がやたら推してたんで、どんな店だろうって興味がわきまして。美味しかったです、今度は友達も連れてきます。」
「そう、それならもっと腕を奮わないといけないな。」
花村と剣崎はハハハ、と笑った。「はい、ウチのカタラーナ。自宅で食べてね。」
白いケーキ箱にカタラーナが四つ入っている。
「え、いいんですか?こんなに頂いて。」
「いいのいいの、二つだと納まりが悪いし。また来てね。」
寺田がレシートと釣りを持って、奥のレジから戻ってきた。
「はい、お釣りとレシート。また来いよ!」
「おう、次はルームシェアしてる奴も連れて来るよ。」
ありがとうございました、と言って笑顔で見送る寺田と剣崎に、花村は笑顔で手を軽く振りつつエレベーターに乗る。
一階でエレベーターを降りた花村は、目を伏せスマートフォンで鳴上をコールした。
『陽介、今どこにいる?』
「今居酒屋出たとこ。寺田にカタラーナ貰ったんだよ。一緒に食おうぜ。」
『俺は五反田にいるんだが。』
「ああ、直斗んとこか。カタラーナ、四個あるんだよ。直斗も一緒にどうかな?」
『そうか。じゃあ、ここで待ってるからタクシー拾って来いよ。』
「ああ、分かった。」
花村は通話を切ると、大通りに出てタクシーを拾う。
シートにもたれ、シートベルトをつけながら行き先を告げると、目を伏せた。「ごめんな、寺田。俺、そんなに義理堅くもないんだよ……。」
◇◇◇
アンジェリアは男子学生へ顔を向ける。
「今日、あなたに私達のことを聞いてきた人いたでしょう?」
「ああ、南原ですか?」
男子学生はビールを飲みながらアンジェリアを見た。
「ええ。その人のフルネーム、知らない?」
男子学生は、他の学生と顔を見合わせる。
「ああ、すみません。皆、南原としか呼んでいなくて。本人も名前を名乗ってない、というか……。」
「そう。誰か、調べてきてくれると嬉しいな。私も、彼のことを知りたいの。後、彼の私物があるとなおいいのだけど。」
「分かりました。明日午前中には何とかしますよ。」
男子学生はニコ、とアンジェリアに微笑んだ。
アンジェリアは、曖昧に微笑みながら、先程感じた『聞かれている感じ』の違和感のことを考えていた。
誰に、聞かれたのか。客の誰か?自分たちとは違う力、……ペルソナ使い。
「まさか。」
ペルソナ使いが、近くに居た? この私に気付かれずに?
「アンジェリアさん、どうしました?」
アンジェリアの隣に座った学生が、心配そうに見ている。
「ああ、なんでも、ないのよ。ありがとう。」
アンジェリアはフフ、と笑った。
私に近づき過ぎたらどうなるか、教えてあげないと。どうやって痛めつけてやろうかしら?
◇◇◇
(なあ、スサノオ)
『なんだ?』
(アンジェリア、俺達の事気付いたと思うか?)
花村の問いに、やや間を置いてスサノオは答える。
『俺が向こうの力に気づいてんだ。向こうも違和感を感じたはず。』
(そういうもんか。)
『俺達ペルソナのスキルとあっちの力は別のものみたいだな。アレは、見たことなかったよ。』
(ふうん)
花村は車窓を見た。窓に映る顔がやや赤いのは、少し酔っているからか。
『俺は、あの女が怖いよ。』
花村は、驚き目を見開いた。『得体の知れない力。俺と、違う力。何をしてくるか、見当もつかない。』
(スサノオ、お前でもそんなこと思うんだな。)
『我は汝、だろ?』
「違いねえや。」
花村は、クスクス笑う。「早いとこ、悠達と合流してーな。お土産貰ったし。」
花村は、傍らに置いてあるケーキの箱に視線をやる。「悠と直斗、喜ぶといいな。」
『ああ、そうだな。』
ここまでお読みいただきありがとうございました。
あまり長いと読みづらいかと思ってシーンを分けて投稿しました。
隙あらば何かイベント入れたかったんだなあとしみじみ。
次回もよろしくお願いいたします。