ペルソナアフターパラレル   作:erupon

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※ペルソナ4原作後、大学生設定の二次創作です。
 息をするように主人公と花村くんがお付き合いしています。

※P4だけじゃなくP3成分も入ってきてます。
 なおこの小説を書いたときはまだP5発売されておりません。こわい


※Pixiv二掲載していたものをハーメルンに投稿するのにあたり、一部改稿しています。
※クトゥルフ神話成分がしみしみですよろしくお願いいたします。

※ちょっと痛そうな表現ありますが、タグはこれで大丈夫なはず!だめだったら言って…
※ボーイズラブタグが有効になりました。編集するのはそろそろやめようと思うので、OKな人はぜひ引き続きどうぞ。


050.星の輝きと地上の天使14

 日付:12月20日土曜日

 

 音が、消えていた。

 正確に言えば、何も聞こえないわけではない。

 遠くで何かが軋むような低い音が続いていて、足元の瓦礫がときおり小さく崩れる。だが、それらはどれも現実感に乏しく、まるで水の底で聞いているようだった。

 堂島遼太郎は、ゆっくりと息を吐いた。

 白でも黒でもない、重たい霧が空間を満たしている。

 視界は利く。だが、距離感が狂っている。数歩先が妙に遠く感じられ、逆に離れているはずの人影が、すぐ隣にあるようにも見えた。

「……終わった、んだよな?」

 誰に向けた言葉でもなく、ただ声に出しただけだった。

 瀬文の姿はもうない。

 あの異様な存在感も、笑い声も、世界を歪める圧もすべて、霧の奥に溶けて消えていた。

 だが、「終わった」という実感はなかった。

 銃を撃った瞬間の感触だけが、やけに生々しく残っている。

 引き金を引いた直後の反動。撒き散らされる硝煙の匂い。引き金を戻す指の感覚。それらが現実で、今この静けさの方が夢のようだった。

「叔父さん」

 背後から声がした。

 振り向くと、鳴上が立っている。いつものように背筋は伸びているが、その顔には疲労の色が隠せていない。

「動けますか」

「ああ……問題ない」

 本当は、少し足が重かった。

 だが、それを理由に立ち止まるわけにはいかない、と体が勝手に判断していた。

 霧の中には、まだ何かが残っている。それを、堂島は本能的に感じ取っていた。

 鳴上の視線の先、霧が最も濃く熱がまだ微かに残っている方向に、暗い影がある。

 人の形をしているようで、していない。中心に近づくほど、空気が重くなる。

「……南原、か」

 名前を口にすると、胸の奥がきしんだ。

 思い返せば、南原という男のことを、堂島はほとんど知らない。

 だが、菜々子を逃がしたという話。後から聞いた、断片的で曖昧な証言。

 それでも、それだけで十分だった。

「俺が行く」

 堂島は、自然にそう言っていた。鳴上が何か言いかけて、口を閉じる。

 その表情は、半ば諦めのような、辛い感情が滲んでいた。

「……俺も、後ろにつきます」

「いや」

 堂島は首を振った。

「少しだけ、距離をくれ。これは……俺が行く道だ」

 銃を構え直すことはしなかった。

 ホルスターに収めたまま、一歩、霧の中へ踏み出す。

 足元の感触は不安定で、地面なのか、別の何かなのか判然としない。

 それでも、前に進む。

 霧は冷たく、そして奇妙に優しかった。包み込むようで、逃げ場を与えるようで。それが、逆に恐ろしい。

(……迷わせる気か)

 堂島は、胸元に手をやる。そこにあるはずの重み。ペンダントの感触を確かめる。

「……待ってろ」

 誰に向けた言葉かは、自分でも分からない。だが、足は止まらなかった。

 黒い霧の奥で、かすかに、人の気配が揺れている。堂島遼太郎は、その中心へ向かって歩き続けた。

 

 ◇◇◇

 

 熱が、急に遠のいた。

 赤黒い光に近づいているはずなのに、足元の感覚が薄れていく。堂島は眉をひそめたが、立ち止まらなかった。

 次の瞬間、霧がほどける。

 

 ──八十稲羽の夕暮れ。

 

 見慣れた駅前通り。買い物袋を下げた人々の流れ。遠くで聞こえる、チャイムの音。

 肉屋の前で揚げ物の匂いがした。

 遠くで自転車のベルが鳴る。夕方の放送が、駅前の空気に混じっている。

 人が行き交う空気は、現実と寸分違わない。

 

 堂島は、息を呑んだ。

 

 そこに、二人分の影があった。

 一つは、小さな影。赤いランドセルを背負った、娘の後ろ姿。

 

 もう一つは。

 

「……遼太郎さん」

 背後から、声がした。

 低く、柔らかく、聞き慣れた声。何度も、夢の中で聞いた声。

 堂島は、反射的に振り向きかけて、止まった。

(……来るな)

 分かっている。これは、見せられているものだ。

 しかし。 

 

「無理、しすぎよ」

 

 声は、すぐそこにある。耳元で囁かれるほど、近い。

 

「また、全部一人で抱え込んで……」

 

 胸の奥が、締め付けられた。振り向けば、そこにいる気がした。

 穏やかな顔で、心配そうに眉を寄せる妻が。

 あの日から、二度と会えなかった人が。

 堂島の足が、わずかに止まる。

 

「……菜々子を、また一人にする気?」

 その一言が、胸の奥に刺さった。

 三年前に菜々子が誘拐されたとき。一度、心臓が止まりかけた時。

 後悔してもしきれないほどの、心の軋轢。喉奥から叫び出したいほどの衝動。

 

 堂島は、歯を食いしばる。

 よぎるのは、菜々子の笑顔。今は別の場所にいる。ちゃんと、生きている。

「……やめろ」

 掠れた声が漏れる。

 

「遼太郎さん」

 今度は、はっきりと呼ばれた。

 

 チリ、と右手にはめた指輪が熱を発した。

 その瞬間、視界の端で、娘の後ろ姿が崩れ落ちる。ランドセルが、音もなく地面に転がる。

 人の気配が消えた。商店街の建物が歪む。空が黒く染まる。

 静寂の中で、声だけが残る。

 

『あなたが、守れなかったからよ』

 

 堂島の拳が震えた。怪物の咆哮でも刃でもない。「もしも」を突きつける声。

 堂島は、ゆっくりと息を吸う。

 

 そして、前を向いた。

 

「……それでもだ」

 低く、はっきりと言う。

「俺は、進む」

 その言葉が落ちた瞬間、幻覚がひび割れる。

 妻の声が、歪んだ。商店街が、粉々に砕け散る。

 霧が一気に押し寄せ、現実が戻ってくる。

 

 焼け焦げた床。歪んだ壁。赤黒い光。

 堂島は、荒く息を吐いた。

 上着のポケットに手を入れる。熱を帯びた手に触れる冷たい感触が、現実を引き戻す。

 魔女の眷属、と名乗った彼が寄越したペンダントだ。

 幻覚は、まだ終わっていないかもしれない。だが、もう惑わされることはなかった。

 

 ◇◇◇

 

 赤黒い光の中心は、近づくほど不快だった。

 耳の奥を掻きむしるような音が、断続的に響いている。

 叫び声のようで、悲鳴のようで、意味を成さない雑音。

 堂島は眉をひそめる。

 聞き取れないはずなのに、感情だけが伝わってくる。

 

 焦燥。恐怖。切迫。

 断片的な、しかし心の奥底の衝動が響く。

 

(……苦しんでいる)

 そう思った瞬間、足が速くなる。

 赤黒い光の縁に踏み込んだとき、音が、急に変わった。

 耳障りだった叫びは消え、代わりに、か細い声が残る。

 

「……ななこちゃん……」

 

 堂島は、はっと息を呑んだ。

 声は、すぐ近くから聞こえる。怒号でも、怨嗟でもない。震える、小さな呟き。

「……だいじょうぶ、だったかな……」

 堂島の足が、止まる。

 赤黒い光の中心で、人影がうずくまっている。

 熱に焼かれ、形を失いかけながら、しかしその言葉は祈りにも似ていた。

「兄様たちは……うまく、保護してくれただろうか……」

 堂島は、拳を強く握った。

 声は、途切れ途切れだ。だが、はっきりと聞き取れる。

「……ななこちゃん……けが、してないかな……」

 それは、自分の苦しみを訴える声ではなかった。

 助けを求める言葉ですらない。ただ、誰かの無事を案じる声。

 堂島の喉が、ひくりと鳴る。

(……なんだ、それは)

 こんな場所で。こんな状態で。

 それでも、この男は自分のことより、娘のことを気にしている。

 胸の奥が揺れた。怒りでも、悲しみでもない。もっと、どうしようもない感情。

「……南原」

 名を呼ぶと、人影がわずかに反応した。

 堂島は、上着のポケットに手を入れる。

 冷たい感触がした。

 非現実にまみれたこの場所で、唯一の現実としての重みを感じながらペンダントを取り出す。

 この光景を見せられ、もう、迷う理由はなかった。

「……すまなかった」

 低く、震える声で言う。

「俺は……遅すぎた」

 堂島は、一歩踏み出す。

 赤黒い光が、肌を刺す。だが、止まらない。

「それでも……迎えに来た」

 ペンダントを、そっと差し出す。

 南原の胸元だったはずの位置に、触れさせる。

 

 その瞬間。

 熱が、嘘のように引いた。

 

 赤黒い光が波打ち、色を失っていく。中心に溜まっていた圧が、ほどける。

 人影が、はっきりと形を取り戻し始めた。小さく、息を吸う音。生きている。

 堂島は、力を抜いた。膝が揺れる。だが、倒れなかった。

 背後から気配を感じる。鳴上だろう。それでも、堂島は振り返らない。

 今は、ただ。この現実を、受け止める必要があった。

 

 ◇◇◇

 

 赤黒い光は、ゆっくりと退いていった。

 消える、というより、沈む。

 燃え残った熱が、深い水の底へと引きずられていくように、空間の色が薄れていく。

 堂島は、南原のそばから動かなかった。

 人の形を取り戻した身体は、まだ力なく横たわっている。呼吸は浅いが、確かに続いている。

「……よし」

 それだけを確認して、堂島は息を吐いた。

 周囲の霧が、ほどける。黒から灰へ、灰から白へ。

 焼け焦げた床の輪郭が、少しずつはっきりしていく。

 歪んでいた壁も、現実の形へと戻り始めた。

「叔父さん」

 すぐ後ろから聞こえた。

 振り返ると、悠が立っている。

 その向こうに、イザナギの淡い光。

 少し離れた場所には、花村の姿もあった。

 

 皆、無事だ。

 

「……終わったのか」

 堂島の問いに、鳴上は首を縦に振る。

「少なくとも、これ以上悪くはなりません」

 堂島は、もう一度南原を見下ろす。

 赤黒い光は消え、ただの地下施設の床が広がっている。

 異界の気配は、ほとんど残っていない。

「……迎えに来ただけだ」

 独り言のように呟くと、鳴上が一瞬だけ目を伏せた。

 堂島は、ポケットを探る。

 そこにあるはずのペンダントは、もうなかった。

 代わりに、南原の胸元で、かすかに光を失ったそれが静かに横たわっている。

 不思議と、喪失感はなかった。

 役目を終えた。ただ、それだけだ。

 やがて、遠くから足音が近づいてくる。

 霧の向こうから、仲間たちの声。名前を呼ぶ声。現実の音。

 堂島は、南原の肩にそっと手を置いた。

「……もう大丈夫だ」

 返事はない。

 だが、南原の呼吸が、わずかに深くなった気がした。

 堂島は立ち上がる。背筋を伸ばし、周囲を見回す。

 異界は、終わった。

 残ったのは、救いきれなかった後悔と、それでも救えたという事実。

 それで、十分だった。

 

「帰るぞ」

 誰に向けた言葉かは分からない。

 だが、全員が動き出した。

 地上へ向かう道は、もう歪んでいない。ただの通路だ。

 堂島遼太郎は、最後に一度だけ、振り返った。

 そこには、もう何もない。黒い霧も、赤い光も、すべて、消えていた。

 

 そして彼は、現実へと歩き出した。

 




14話です。
あとがきはpixivにはない機能なので、ここでしかしない話をしたりしなかったり。

堂島さん最後のおつかい。
初めて「自分の娘を助けた南原という謎の男に会う」シーンは、12年前にどうしても書きたかったけど、このシーンを書くための精神コストが高すぎて無理だったんだよなあ。

あと、なんとなく「うしろをふりかえってはいけない」という神話あるあるもちょっとだけかけています。

今となっては「間に合ってよかったね」という話に帰結しますが。


それではまた次回お会いしましょう。
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