ペルソナアフターパラレル   作:erupon

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※ペルソナ4原作後、大学生設定の二次創作です。
 息をするように主人公と花村くんがお付き合いしています。

※P4だけじゃなくP3成分も入ってきてます。
 なおこの小説を書いたときはまだP5発売されておりません。こわい


※Pixiv二掲載していたものをハーメルンに投稿するのにあたり、一部改稿しています。
※クトゥルフ神話成分がしみしみですよろしくお願いいたします。

※ちょっと痛そうな表現ありますが、タグはこれで大丈夫なはず!だめだったら言って…
※ボーイズラブタグが有効になりました。編集するのはそろそろやめようと思うので、OKな人はぜひ引き続きどうぞ。


052.星の輝きと地上の天使16

 日付:12月21日日曜日

 

 車窓を流れる景色が、やけに静かだった。

 夜明けすぐの道は空いている。

 街灯の光がアスファルトに落ち、タイヤの音だけが一定のリズムで続く。

 堂島遼太郎は、ハンドルを握りながら深く息を吐いた。

 

 終わった。

 少なくとも、あの場所で起きていた異常は終わった。

 

 後部座席から、微かな寝息が聞こえる。

 菜々子ではない。

 意識を失ったまま横になっている南原だ。

 

 救急処置は済んでいる。

 少しだけ迷ったが、市立病院の救急にねじ込ませてもらった。

 命に別状はないと、医者は言った。

 それでも、堂島は何度もミラー越しに確認してしまう。

 胸が上下しているか。顔色はどうか。

 首元に下げられたペンダントが、淡く光を反射しているのが見えた。

 

(……守る、か)

 そんな言葉を、昔はどこかで軽く考えていた気がする。

 刑事として。父親として。

 だが、今回ばかりは違った。理解できないものが多すぎた。

 説明されても、すべては飲み込めない。

 

 それでも。

 堂島は、ちらりと助手席を見る。

 そこには、眠ったままの鳴上悠がいた。

 疲労の色は隠せないが、表情は穏やかだ。

(……こいつらは、ちゃんと戻ってきた)

 これまで何を見て、何と戦ったのか。それを詳しく聞くつもりはない。

 ただ、守り抜いた。それだけで十分だった。

 

 車は、やがて山道へと入る。

 遠くに、天城屋旅館の灯りが見え始めた。

 あの場所は、奇妙な宿だ。

 普通の温泉旅館の顔をしていながら、どこか境目に立っている。

 今回もまた、世話になる。

「……世話になりっぱなしだな」

 小さく呟くと、誰に聞かせるでもなく、苦笑が漏れた。

 車はゆっくりと減速し、敷地内へと入っていく。

 戦いは終わった。だが、すべてが片付いたわけじゃない。

 堂島はハンドルを切りながら、静かに思った。

(……まずは、休ませてやらんとな)

 人も、心も。

 

 ◇◇◇

 

 最初に聞こえたのは、布が擦れる微かな音だった。

 堂島は反射的に顔を上げる。

 天城屋旅館の一室。

 すでに廊下は夜の明かりがともされ、部屋は行灯の柔らかな明かりだけが畳を照らしている。

「……」

 布団の上で、南原がわずかに身じろぎした。

 堂島は立ち上がるでもなく、ただ視線を向けたまま様子を窺う。

 慌てて声をかけることはしなかった。

 

 しばらくして、南原の喉が小さく動く。

「……ここは……」

 掠れた声だった。

「天城屋旅館だ」

 堂島は、低く答える。

「安全な場所だ。……無理に起きなくていい」

 南原は数度、瞬きをした。

 焦点を結ぶまでに、少し時間がかかっているようだった。

 天井を見上げ、次に自分の手を見る。最後に視線を堂島へとゆっくり向けた。

「……ななこちゃんは」

 その問いは、迷いなく出てきた。堂島は、一瞬だけ息を詰める。

「今は、別の場所にいる」

 事実だけを選び、言葉にする。

「無事だ。怪我もない」

 南原の肩から、力が抜けたのが分かった。

「……そう、ですか」

 そのまま、目を閉じる。

 安堵が先に来たらしい。

 堂島は、その様子をじっと見つめた。

 自分の体のことより先に、他人の無事を確かめる。

 最初から最後まで、そういう男だった。

 

 少し間を置いてから、南原が再び口を開く。

「……鏡は……」

 堂島は、答える前に一度だけ視線を伏せた。

「まだだ」

 そして、正面を見る。

「だが……あんたが目を覚ました」

 南原は、ゆっくりと堂島を見た。

 その目に、もう霧はない。疲労と痛みは残っているが、意識ははっきりしている。

「……宮本……兄様は」

「近くにいる」

 堂島は短く言う。

「話は通してある」

 そのとき、障子の向こうで気配がした。

「……起きたか」

 宮本が、静かに部屋に入ってくる。

 余計な装飾のない、いつもの落ち着いた足取りだ。

「兄様……」

「無理はさせない」

 宮本は、南原の様子を一目見て言った。

「だが……確認だけはしておく」

 南原は、わずかに頷いた。

「鏡は」

 宮本は言う。

「某には作れない。……それは、知っているな」

「はい」

 南原は即答した。

「できるのは……僕か、あの方だけ」

 堂島は、その会話を黙って聞いていた。

 宮本は、視線を南原に据える。

「……今は、お主しかいない」

 南原は、しばらく何も言わなかった。自分の手を見つめ、胸元に触れる。

 ペンダントが、確かにそこにあった。

「……少しだけ、時間をください」

「いい」

 宮本は頷く。

「せいては事を仕損じる。決めるのは、お主だ」

 南原は、目を閉じる。そして、ゆっくりと息を吸い、吐いた。

「……迎えに、行きます」

 その言葉に、堂島は何も言わなかった。止める理由も、代わる理由も、なかった。

 ただこの男が、自分の意思で立ち上がったことを、静かに受け取る。

「……わかった」

 堂島は短く告げる。

「必要なものがあれば言え」

 南原は、わずかに笑った。

「……ありがとうございます」

 夜が徐々に更けていく。

 だが、確かに。

 物語は、次の一歩へ進もうとしていた。

 

 ◇◇◇

 

 日付:12月22日月曜日

 

 夜明けには、まだ少し早い時間だった。

 天城屋旅館の奥。普段は使われていない古い離れの一室に、堂島たちは集まっていた。

 畳は年を経て柔らかく、壁に掛けられた古鏡だけが、この部屋の用途を物語っている。

 飾りではない。かといって、神聖さを誇示するものでもない。ただ、そこにある。

「……ここでいい」

 南原が、静かに言った。堂島は何も言わず、一歩下がる。

 鳴上も、花村も、直斗も、誰一人として前に出なかった。

 この場で踏み込めるのは、南原だけだ。宮本が、壁際に立ったまま低く告げる。

「鏡は、道具じゃない。向こうとこちらを繋ぐ通路でもない」

 南原は頷く。

「知っています。……鏡は、境界です」

 そう言って、南原は古鏡の前に立った。

 枠に触れることはしない。ただ、正面に立ち、姿勢を正す。

 堂島は、その背中を見つめていた。

 小柄な男だ。頼りなく見えるほどに。それでも、今この場で一番重いものを背負っている。

 南原が、静かに息を吸う。

 言葉はない。呪文も、祝詞もない。ただ目を閉じ、自分の内側へ意識を向ける。

 その瞬間、鏡の表面が、わずかに揺らいだ。水面に石を落としたような、小さな波紋。

 音はない。

「……」

 誰も声を上げなかった。

 鏡の奥が、暗く沈む。次いで、淡い光が滲み出す。

 それは、赤でも黒でもない。どこか懐かしい、温度を持った色だった。

「……行ける」

 南原が、そう呟く。その声は震えていなかった。

 堂島は、拳を握りしめる。

 刑事としてでも、父親としてでもなく、ただ一人の人間として。

 この先は、手出しができない。鏡の向こうに、輪郭が浮かび上がる。

 見覚えのある、小さな影。

「……菜々子」

 堂島の喉から、音が零れた。

 だが、鏡はまだ開ききっていない。南原は、最後に一度だけ、振り返った。

 視線は堂島に向けられていた。

「……必ず、連れてきます」

 約束でも、誓いでもない。ただの事実確認のような言葉だった。

 堂島は、深く頷く。

「ああ」

 南原は、再び鏡へ向き直る。

 そして、一歩。鏡の中へと、踏み出した。水面に沈むような感触も、引きずり込まれる力もない。ただ、境界を越えただけだった。

 鏡の向こうで、南原の姿が淡く揺らぐ。堂島は、その瞬間を、瞬きもせずに見届けた。

 この世界と、あの世界を繋ぐ役目は、もう彼の手を離れた。

 残るのは、待つことだけだ。静かな部屋に、再び沈黙が戻る。

 だがそれは、不安の沈黙ではなかった。

 迎えに行った。

 その事実が、確かにそこにあった。

 

 ◇◇◇

 

 鏡の表面が、わずかに揺れた。水面のように、静かに。

 堂島は、思わず一歩前に出そうになり、しかし、そこで足を止めた。

 待つ、と決めたのは自分だ。鏡の奥で、影が動く。

 小さな影が徐々に輪郭をはっきりさせる。

「……おとー、さん……?」

 膜を通したか細い声。しかしそれは、聞き慣れた声であった。

 堂島の胸が締めつけられる。

「……菜々子」

 声が、うまく出なかった。

 

 鏡の向こうでは、菜々子がきょろきょろと辺りを見回している。

 知らない場所だった。見覚えのない光と、空気の匂い。

 ここが現実なのか、それとも夢の続きなのか、菜々子にはまだ判然としない。

 だが、その視線が、一直線にこちらを捉えた。

「……お父さん!」

 駆け出そうとした身体が躊躇う。鏡という境界を前に、足が止まる。

 そのとき、菜々子の背後で、南原が膝をついた。

「……ごめんね。こんなところに……つれてきて、しまって」

 南原の呟き。菜々子の視線が、そちらに向く。

「だいじょうぶ、だった?」

 その問いに、南原は一瞬、言葉を失った。

 自分の身に起きたこと。痛みも、恐怖も、すべてを飲み込んで。

「……うん」

 南原は、そう答えた。

「だいじょうぶだよ」

 菜々子は、ほっとしたように頷いた。

 それから、今度こそ迷いなく、鏡へ向かって歩き出す。

 

 堂島は、鏡の前に立つ。

 境界が溶け、ふわりと、ランドセルを背負った少女が現れる。

 次の瞬間、腕の中に、確かな重みがあった。

 小さいながら堂島を抱きしめる手は震えていたし、目からは涙がこぼれていたけれど、はっきりと声を出す。

「……お父さん!」

 小さな身体。温度。心臓の音。

 堂島も、娘を抱きしめ返す。

「……すまなかった」

 声が、震えた。

「……守れなくて」

「ううん」

 菜々子は、首を振る。

「お父さん、ちゃんと来てくれた」

 その言葉に、堂島は何も言えなくなる。ただ、菜々子の頭を抱き、額を押し付けた。

 周囲では、誰も声を上げなかった。

 鳴上も、花村も、直斗も。皆、ただ見守っている。

 南原は、鏡の向こうに残ったまま、静かに微笑んでいた。堂島が顔を上げる。

「……ありがとう」

 南原は、軽く首を振った。

「……僕は、連れてきただけです」

 鏡の光が、ゆっくりと薄れていく。境界が、閉じ始めている。

 菜々子は、堂島の腕の中から顔を出し、南原を見る。

「……ありがとう、お兄ちゃん」

 南原は、その言葉に、目を見開いた。そして、小さく、確かに笑った。

「……どう、いたしまして」

 鏡が、完全に静まる。そこには、ただの古鏡が残っていた。

 堂島は、菜々子を抱き直す。失われた時間は、戻らない。だが、今ここにいる。

 それでいい。

 胸の奥に、ようやく長い夜が、終わった感覚があった。

 

 ◇◇◇

 

 日付:12月23日火曜日

 

 空は、拍子抜けするほど穏やかだった。

 あれほどの出来事があったあとだというのに、冬の雲はゆっくりと流れ、風は冷たいだけで、何の悪意も感じさせない。

 堂島は、病院の屋上に出ていた。

 菜々子は検査のために少し眠っている。医師の言葉は、どれも「問題なし」だった。

 

 それを聞いたとき、ようやく本当に終わったのだと、実感した。

「……ふう」

 火をつけてないたばこをくわえて、大きく息を吐く。

 手すりに両肘をつき、空を見上げる。

 何も起こらない。

 何も、迫ってこない。

 それが、こんなにもありがたい。

「お父さん」

 背後から、小さな声。振り返ると、毛布を肩にかけた菜々子が立っていた。

「起きたのか」

 慌ててくわえていたタバコを胸ポケットに押し込む。

「うん。ちょっとだけ」

 堂島は歩み寄り、菜々子の肩に手を置く。冷えている。

「寒いだろ。中に戻ろう」

「……もうちょっと、だけ」

 菜々子は、空を見上げたまま言った。

「きれいだね」

「ああ」

 堂島も、同じ空を見る。ただの冬空だ。けれど、今はそれでいい。

「ねえ、お父さん」

「なんだ」

「……あのね」

 菜々子は少し考えてから、言った。

「みんな、ちゃんと帰れた?」

 堂島は、一瞬だけ目を伏せる。

 南原。鳴上。花村。特捜隊の面々。名前を挙げれば、きりがない。

「ああ。みんな、ちゃんと戻った」

「そっか」

 それだけで、菜々子は満足そうに頷いた。

 自分のことより、誰かの無事を先に気にかける。南原も、そうだった。

 あの赤黒い光の中でも、最後まで変わらなかった。

 堂島は、そっと菜々子の頭を撫でた。

「……強くなったな」

「え?」

「なんでもない」

 菜々子は首を傾げたが、すぐに笑った。その笑顔を見て、堂島は思う。

 守れた。今度こそ。

 

 失ったものは、戻らない。

 だが、これから積み重ねる時間は、確かにここにある。

 堂島は、もう一度空を見上げた。

 どこかで、何かが蠢いているのかもしれない。この世界は、決して完全に安全ではない。

 

 それでも──

 

 今、この瞬間だけは。

 菜々子の手の温もりと、静かな空があれば、それでいい。

「病室に帰ろうか」

「うん」

 二人は並んで歩き出す。

 背中に、冬の陽射しを受けながら。

 

 空は、ただ高く、澄んでいた。

 




16話です。
あとがきはpixivにはない機能なので、ここでしかしない話をしたりしなかったり。

星の輝きと地上の天使の本編はここまで。
次回は毎度恒例ネタバレ後日談です。

考えてみれば、この話は「堂島菜々子の誘拐」ではじまって、「堂島菜々子の帰還」でおわったんだなあ。
この話を書いているときは、ゲートとして『鏡』の魔法を使うかどうかは迷っていたのだけれど、結局南原を助けるための大きい動機になったし結果オーライ。

ここまで書くのに12年もかかっちゃった。時間かかったなあ。


それではまた次回お会いしましょう。
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