※物語に少しずつ不穏な要素が含まれます。
※pixivに掲載していたものをハーメルンに投稿するのにあたり、一部改稿しています。
※本文を読むとわかりますが、クトゥルフ神話成分がしみしみですのでよろしくお願いいたします。
7月2日水曜日
朝9時過ぎにT大弥生門の近くにあるカフェに潜り込んだ鳴上と花村は、タブレットでT大本郷キャンパスの見取り図を見ていた。
『この『総合研究棟』って建物に行って探してくればいいんだな?』
スサノオの問いに、花村は一つ頷く。『じゃ、ちょっくら行ってくるぜ。』
「ああ。頼んだぞ。」
花村からスサノオが離れ、気持よく晴れた朝日を浴びながら飛んで行った。花村は他の情報を極力入れない為目を閉じ、鳴上はその様子を見ながら静かにアイスコーヒーを飲む。
昨晩、スサノオが提案した『ドジアンの書を他の安全な場所に移す』案は若干の懸念があったものの二人は了承した。本当なら鳴上や直斗も一緒に探したかったが、現在隠密行動が取れ魔力の感知ができるるのがスサノオだけ、という現状により、朝9時という早めの時間にも関わらず2人はこの場所に陣取っていたのである。
「あ、れ?」
スサノオが花村から離れて三十分が経過した頃、花村は、ぽそ、と呟いた。「しかし、そんな事、」
その時、スサノオが二人の元に戻って来る。彼は、肩を竦めて言った。
『魔道書、っつーか呪文の魔力を感じるモノが無い。』
鳴上は目を丸くする。
「しかし、確かに考古学保管庫に所蔵されている、と……。」
鳴上は言いながら、或ることに気付いた。
「悠?」
鳴上はしばらく思考を巡らせ、花村とスサノオがこちらを見ているのに気が付いた。
「考古学保管庫にあるのは囮、か。」
『充分有り得るな。』
スサノオが頷く。『だとすると、かなり厄介だぜ?』
「何処を探せばいいやら、見当もつかないな。」
スサノオを自分の中に戻しながら、花村はため息混じりに言った。
「いや、一箇所心当たりがある。」
鳴上は更に思案を巡らせながら呟く。「まあ、一度休憩してから移動しよう。陽介がそれを飲み終わる迄には考えを纏めておくよ。」
「分かった。取り敢えず喉乾いたから有り難い。」
花村は、氷がかなり溶けているアイスカフェオレに口を付け、何気なく自分のスマートフォンを見た。
花村のスマートフォンのLEDが点滅し、メールの着信を知らせていた。花村は、メールアプリを起動する。
「あれ、立川か。何だろ?」
花村はメールの内容を確認した。
『寺田と連絡が取れないんだが、何処に行ったか知らないか?
凪嶋に聞いても分からないし、普段なら即レスするLINEにも反応ねーし、それこそ体調を崩してるなら心配だ。』
花村は、鳴上にトイレ、と称して席を外し、男子トイレの個室で寺田と共有しているEvernoteのフォルダを確認する。
そこには、作成日時が昨晩二十二時四十分となっているメモが残されていた。
例の女子にロックオンされたらしい。正直気持ち悪い。何が起こっているんだ?
俺が明日学校に行けなかったら、立川に必修の外国語の授業の代返頼んでおいてくれ。
花村は、男子トイレの個室で溜息をついた。
『これ、あの女にお持ち帰りされたフラグじゃね?』
スサノオもまた、溜息と共に呟く。
(あいつら、寺田は全く関係ねーのに、どうして巻き込むんだよ。)
花村は、目的のためには手段を選ばない彼女のやり方に背筋がすうっと冷えるのを感じた。
『多分、今日明日には何かしら接触してくるだろうな。』
(そうしたら、俺は、何をしてくるか解らないあの女と戦うのか。)
「参ったな、一番ヤバイ展開じゃね?これ。」
花村はもう一度溜息を漏らし、男子トイレの個室から出た。
一方、鳴上はトイレから戻った後の花村の様子を見て眉を顰めた。
花村がスマートフォンでメールを確認してからトイレに行き、トイレから帰ってきたら明らかに顔色が悪い。
ペルソナでの探索で負担がかかっているか、あるいはメールで何か悪い情報でも入ったのか。
とりあえずカフェを出るまでは話を振られるまで待とうと決め、鳴上は残りのアイスコーヒーを飲み干した。
◇◇◇
「そもそも、昨日から引っかかってたことがあって、」
二人は十時頃にカフェを出た。
T大弥生門から構内に入りながら、鳴上は花村に話し始める。
「おう、何だ?」
「例のアレは考古学保管庫の管理物件として登録されている物なのに、昨日教授から見せていただいた資料では『論文と本を別々に秘匿する』と書かれていた。秘匿するのに、管理物件としてわざわざ他の人物が閲覧できるリストに載せるのか?という疑問があって。」
「なるほど、それで囮、ということか。」
花村からスサノオがふわ、と離れる。
『俺は何処に行けばいい?先に行って探しておくぜ。情報共有しなければ、陽介も平気だろ?なんかあったら教えるからさ。』
「総合図書館だ。」
鳴上は断言した。
『それ、何処?』
スサノオの問いに鳴上がタブレットを操作し、建物の場所を示す。『なるほど、池の近くか。分かった、行ってくる。』
スサノオがそのまま飛んで行くのを見ながら、鳴上はタブレットをカバンにしまった。
「悠、何故図書館にあると考えた?」
「これもさっき言った、昨日見た資料からの推測なんだが、資料の中でアレは『本』と書いてあった。それはつまり、形状は元々本だった、と考えるほうが自然だろう。それを論文と別々に秘匿する。論文は自分が持って行って隠すとして、本は何処に隠すのが一番早いか、と考えれば、」
「木は森に隠せ、か。ちょっと装丁とタイトルを変えて、学生には直接目に触れない閲覧許可を取らないといけないような特別保管書庫なんかに置いておけば、もう分かんねーだろうな。」
「特別保管書庫、か。確かに。」
鳴上と花村は木が生い茂る公園のようになっている区画に入ってきた。
林の中に池があり、池から顔を出した岩の上でのんびりと亀が甲羅干しをしている。
図書館の近くに設置されたベンチに腰掛けた。
「ここが東京都のど真ん中っつーのを忘れそうなところだな。マイナスイオンとか出まくってそう。」
「ああ。たまにレポートに煮詰まったりするとここで一息ついたりしてるんだ。」
花村は済まなそうに鳴上へ視線を向ける。
「お前でも煮詰まることってあるんだな。一緒にいるのに気づいてやれなくてごめんな。」
「いや、これは俺の力不足もあるし、陽介は心配しなくてもいいんだけど。」
鳴上は苦笑いしながら花村に答えた。
「そういや、さ。」
花村が、晴れた空に浮かぶ白い雲を見上げながら呟く。「なんか俺ら、カフェでコーヒー飲んで、こういうところで二人で座って、とかデートみたいじゃね?」
花村の言葉に、鳴上は急に状況に気づき、顔を赤くして俯いた。
「……いきなりそういうことを言わないでくれないかな。」
「あー、いや、その、手ぐらい繋いでもバレねーかなー、なーんてな。」
花村も顔を赤くしながら手を鳴上の方へ出せば、鳴上もひっそり花村と手をつなぐ。花村の手が思いの外冷たく少し震えているのを感じ、鳴上は花村を見た。花村はただ空を眺めているが、その顔色はかなり悪くなっていた。
「なあ、もしかして、」
かなり無理してないか?という鳴上の問いは、花村の目から零れた涙を目の当たりにして口から出ることはなかった。
「悠が今、隣に居てくれさえすれば、俺は平気だ。」
花村は微笑み、目を閉じた。「悪い、少しの間、手、繋いでてもいいかな?」
◇◇◇
『陽介、それっぽいのあったぞ。』
花村は、スサノオの声に目を閉じたまま画像が浮かぶのを待った。
その部屋は明かりが一切なかったが、まるで太陽の下のように全てが詳細に見えている。
多くの古い本が棚に収まる中、明らかに他の本と違う『本』があった。
スサノオの魔力に共鳴してか、恐らくサンスクリット語で背表紙が書かれているのに花村はそれが『導師の大いなる遺産』と書かれているのを認識する。
「当たりだな。それ、持ってこれるか?」
『任せろ。』
花村の頭の中で画像が途絶える。花村は目を開け、鳴上へ顔を向けた。
「悠、直斗に連絡を取ってくれ。目当ての物があった。今スサノオに持ってこさせる。」
「分かった。」
鳴上がスマートフォンを出し電話をかけ始める。
花村は鳴上の様子を眺めていたが、やがてスサノオが音もなく飛んでくるのを見て笑顔になった。
『ただいま戻ったぜ!コレだろ、コレ!』
スサノオがドヤ顔で制服の下から本を出す。花村はそれを受け取ると、ボディバッグに突っ込んだ。
「ああ、コレだ。スサノオ、おつかれさん。」
『おうよ。』
スサノオは笑顔と共に花村に戻る。『寺田の件、鳴上にはまだ言ってねーんだろ?』
スサノオが無駄に頭の中でヒソヒソ声で問いかけ、花村は苦笑いを浮かべた。
(まあ、な。今、余計な心配を掛けたくないんだよ。)
『いいのか?状況が悪くなってからだとなおキツイと思うけどなー。』
(今は本を保管できる場所に無事に移す。それだけ考えていればいい。)
『陽介がそれならいいけどさ。あ、鳴上が電話終わったぞ。』
「陽介、立てるか?」
心配そうな顔で鳴上が問えば、花村は曖昧な笑みと共にベンチを立つ。
「ああ、もう大丈夫。」
「そうか。直斗とは本郷角川ビルのエントランスで待ち合わせてる。移動しよう。」
「その、本郷角川ビルって何処?」
「赤門出て左に行ったところのビル。」
「ああ、アレか。ビル名知らなかったわ。」
そういや赤門の位置もよく分かんねーんだけど、と言いつつ花村は苦笑いと共に鳴上へ振り返った。鳴上は、ベンチに座ったままじっと花村を見ている。「どうした?」
「陽介、何か、隠してないか?」
「悠、何を言って……?」
次の瞬間、花村のスマートフォンが音声着信を知らせた。花村は画面を見て、端正な顔を歪める。
画面には『寺田』と表示されていた。
「……もしもし。」
少し震える手で通話ボタンを押し、花村は耳へスマートフォンを当てる。
『こんにちわ、ペルソナ使いさん?』
予想通りの声がスマートフォンのスピーカーから聞こえた。『私が誰か、分かるわね?』
「てめえ……。」
花村の声に怒気が混ざる。鳴上は、ただその様子を見守っていた。「寺田に、何をした?」
『嫌ね、ちょっとお時間を頂いてるだけよ?』
アンジェリアはクスクスと笑う。『今晩十時、弥生講堂前で待ってるわ。あなたとふたりきりで、お話がしたいの。』
「それは、」
『お友達も待ってるから、ちゃんと一人で来てね?後、誰にもこのことは話しちゃだめよ?』
ぶつ、と一方的に通話が切れた。花村は、ゆっくりとスマートフォンを耳から離す。
「陽介、」
鳴上の呼びかけに花村は微笑み、背負っていたボディバッグを鳴上へ投げた。
「悪い、俺、たった今用事ができちまった。その本、直斗にちゃんと渡してくれ。」
「待て、陽介。どういうことだ?」
鳴上は花村のボディバッグを受け止め、花村の腕を掴む。「俺には、言えないことなのか?」
「俺さ、あの、」
花村はその顔に笑みを貼り付けたまま鳴上を見る。「今晩死んじゃったら、ごめん。」
「は?」
鳴上は呆然として立ち尽くす。花村は鳴上が握る腕を、ゆっくり離した。「え?何、それ……?」
「じゃあな、相棒。」
花村は済まなそうな顔で手を振り鳴上から距離を取るよう後ずさると、弥生門へ向かって歩き出す。鳴上は花村を追いかけようとして、自分のスマートフォンの通話着信を知らせるバイブレーションに気づいた。
「もしもし、」
『白鐘です。今、合流場所に居ます。先輩、今何処ですか?』
「T大、三四郎池の、前。」
『……先輩?』
「直斗、相談したいことがある。すぐに行くから、待っててくれ。」
『分かりました。』
鳴上は、花村が去った方向とは違う赤門がある方向へと歩きだした。
◇◇◇
「鳴上先輩、花村先輩は?」
直斗は花村の姿がないことに気づき、車に乗り込んできた鳴上に聞いた。
「陽介は、来ない。」
「え?」
直斗は、助手席から鳴上へと振り返る。
「本はここにある。とりあえず、これを移すのが先だ。」
「は、はい。」
鳴上の強い口調に、直斗は気圧されるように薬師寺に発車の合図をする。
「直斗、何処に向かってる?」
「国会図書館です。」
直斗は助手席で自分の手帳を開く。「あそこには、こういう本を保管管理するための仕組みがあるんです。」
僕も最近知ったんですけどね、と直斗は続けた。
「そうか。なら、収めてしまえばひとまず安心、だな。」
鳴上は言うと、息を深く吐き目を閉じる。
「あの、鳴上先輩、立ち入った事をお聞きするかもしれませんが、」
直斗は手帳にメモを取る用意をしながら聞いた。「相談、というのは花村先輩のことですか?」
直斗の問いに鳴上は肯定し、少し考えた後さらに続ける。
「陽介のスマホの位置を追いかけられないかな?」
鳴上の問いに、直斗はペンを止めた。
「何に使うのですか?」
「さっき、陽介が『今晩死んだらごめん』と言ってたんだ。多分、何かあったんだろう、と思う。」
「……穏やかではありませんね。」
落ち着いた声色で、直斗は呟いた。「死ぬ、というか、死にに行く、みたいな?」
「ああ。何がどうなっているか分からないが、助けなければいけないだろ?」
「そうですね。」
直斗は思案を巡らせ、鳴上へと振り返る。「国会図書館での手続きが終わり次第、スマホの位置を追いかけるアプリを紹介します。GPSを使うわけではないので少し精度は落ちてしまいますが、数百メートルの誤差なので、なんとかなるはずです。」
「分かった。」
「後、花村先輩の身辺を少し洗います。やむを得ない理由で相手から口止めされていて言いたくても言えないことがあるかもしれません。」
「ああ。頼む。俺は、手続きが終わったら家に帰るよ。陽介が居るかもしれないし。」
「それがいいと思います。調査結果は別途メールで報告しますので、一度ご帰宅下さい。」
直斗のあくまで冷静な言葉に、鳴上は少しだけ救われた気がした。
◇◇◇
『ちぇー、結局こういう展開になるんだな。』
(うるさいな、ちょっと黙っててくれよ。)
花村は、自宅の最寄駅である高円寺駅を出て家へと歩いていた。ヘッドホンを付けてはいたが、音を鳴らさずなるべく周りの音を拾わないようにしている。
駅前商店街では買い物客や店の関係者が多く行き交っていたが、花村はそれのどれとも異質な何かを自分に感じていた。
『ちなみに今のところ、俺には勝算はねえからな。全てはスキルを使う陽介次第、ってとこだ。』
(それも解ってるよ。)
花村は、溜息をつく。(ただ、俺がどうなっても、巻き込んじまった寺田は絶対助けねーと。)
『なあ、陽介が居なくなったら、鳴上はどーするんだよ?』
スサノオの言葉に、花村の顔が曇る。
(わからない。どうして、こうなっちまったんだろうな。)
『ほんと、ノープランだなあ。』
スサノオは呆れたように言った。『まあ、俺と陽介は一心同体だ。どうにかならなくても、どうにかなる。ほら、イザナミの時みたいにさ。』
(そうだな。)
花村は、商店街を抜けて近くの公園に入ると立ち止まり、空を見上げた。日は少し傾いているが、初夏の日差しは依然として眩しい。
スサノオが昨夜『怖い』と言っていた割に、さっきから明るく話しかけているのにふと気づいて、花村は笑いを零す。(懐かしいな、八十稲羽のあの事件からもう三年か。)
『帰ってさっさと着替えて出ちまおうぜ、陽介。』
「そうだな。軽くシャワーでも浴びてから出るか。……飯どうすっかな?」
「飯ぐらい食っていけよ。」
一番聞きたくて仕方なかった人物の声が聞こえ、花村は振り返った。「帰ろう?陽介。」
微笑みながら鳴上が花村の隣に来て、ぽんと肩を叩く。反対の手には、商店街で買ったらしい幾つかの食材が入ったビニール袋が下げられていた。
「……うん。」
少し掠れた声で、花村が答える。
二人は並んで、無言で自宅まで歩いた。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
こちらも元々長いチャプターでしたので分けています。
次回がクライマックス。
それではまた次回。