※物語に少しずつ不穏な要素が含まれます。
※pixivに掲載していたものをハーメルンに投稿するのにあたり、一部改稿しています。
※本文を読むとわかりますが、クトゥルフ神話成分がしみしみですのでよろしくお願いいたします。
7月2日水曜日
自宅に入り、鳴上はドアに鍵とチェーンを掛けた。瞬間、鳴上は急に、花村を抱き寄せ唇を重ねる。
「おま、ここ、玄関、」
突き放し気味に体を離した花村が抗議するも、鳴上は更に抱き寄せる力を強める。
「なあ、陽介、俺を、ひとりにしないでくれ。」
髪色と同じ銀灰色の瞳が、悲しげに瞬いた。「俺は、もうひとりは嫌なんだ。死んだらごめん、とか言うなよ。」
花村は情けない顔で言い募る鳴上の肩をとんとん、と叩いて苦笑いを浮かべる。
「俺、だって。悠を置いて行きたくない。ずっと一緒に居たい。でも、寺田が……。」
「誘拐、されたのか?」
鳴上の問いに、花村の肩がびくり、と震える。寺田、という花村の友人が昨夜から行方不明、という情報はすでに直斗から鳴上へもたらされていた。
「アイツはひとりで来い、と言っていた。誰にも言うな、とも。」
だから、一人で。花村は消え入りそうな言葉を紡いだ。
「じゃあ勝手に追いかけるのは、いいんだな?」
そのまま家に上がると、リビングに向かった。
「解らない。」
鳴上の問いに、花村はソファに腰を下ろし、俯く。
「まだ時間あるんだろ?飯作るから、先にシャワー浴びて来いよ。」
「分かった。」
花村はのろのろとソファから立つと、バスルームに消えた。
その様子を確認した鳴上は、テーブルの上にある花村のスマートフォンを操作して、あるアプリをダウンロードし電源を再起動する。
「ゴメンな、陽介。」
鳴上は呟くと、台所へ戻りカレーを作り始めた。
花村がバスルームから出て、自分の部屋で服を着替えて来ると、カレーの良い香りがリビングまで漂っていた。
思わず腹が鳴り、花村は、自分の体の素直さに苦笑いを零す。
「もうすぐ出来るから。」
鳴上の言葉に、花村は、定位置のソファの前に座った。
テーブルが拭かれ、水が入ったグラスとスプーンが二つ置かれている。
花村はスマートフォンを着替えたシャツのポケットに入れると、冷たい水を一気に飲み干した。
「悠、水くれー。」
「カレーよそったらポット持っていくから、少し待ってろ。」
「おう。」
少しして、ビーフカレーを鳴上が持ってきて、更に冷蔵庫の中の浄水ポットを持ってくる。
「じゃ、いただきます。」
食事の時はいつも何かしら話をする二人であったが、今は黙ってカレーを食べていた。
無口のまま時間が過ぎて、やがて、いつもより早く食べ終わる。
「ごちそうさま。相変わらず美味かったぜ。」
花村は鳴上を見ずに言えば、鳴上はただ微笑んだ。
「そうか、なら良かった。」
花村は時計を見た。時間は、午後七時少し前。鳴上がカレーの器を持って台所へ行ったのを見て、おもむろに立ち上がる。
(少し早いけど、行くか。)
『分かった。』
花村は、玄関でスニーカーを履くとそのまま外に出る。鍵をかけると、スサノオを呼び出した。
スサノオは花村を見下ろし、ニヤッと笑う。『帰る前にちょっと練習したアレ、やっちゃう?』
「最後の練習?みたいな?」
『イイね!』
花村は、スサノオを纏うイメージを思い描く。すると、花村とスサノオの身体が重なり花村自身が翡翠色の光に包まれた。
「じゃ、行きますか!」
花村は、マンションの四階の通路の手摺りをポン、と躊躇なく飛び越える。
ヒュ、という音ともに落ちた体は、徐々に減速しトン、と羽根が地上に落ちた時のようにフワリと地上に降り立った。
『上手いじゃん!』
スサノオが面白がって笑う。『さすが俺!』
「魔術師アルカナを舐めんなよ?」
ニイ、と花村は口角を上げる。スサノオを自分の中に戻し、ヘッドフォンをつけると花村はそのままマンションを後にした。
充電中の鳴上のスマートフォンが、バイブレーションでアラームを鳴らす。
カレー皿とフライパンを洗い終わってから鳴上が画面を確認すれば、地図を赤い点が移動しているのが確認できた。
「なるほど、コレを追いかければいいんだ……。」
世の中便利になったけど個人情報もへったくれもないな、と独りごちる。
不意に、直斗から電話がかかってきた。
『花村先輩が動き出しましたね。』
「ああ、こっちも準備ができ次第、家を出る。そっちも後を追ってくれ。」
『分かりました。』
直斗との通話が切れた後、鳴上も服を着替え荷物を持って外に出る。
「さて、気付かれないように動かないとな。」
鳴上はエレベーターで地上まで降り、夜の高円寺の街を走り始めた。
◇◇◇
夜になって講義が終わった後も、T大学構内には卒業論文や課題の実験作業をこなす学生が多く残っている筈だったが、奇妙なまでに弥生講堂前には人が居ない。
花村が、不慣れな構内で周りを伺いながら弥生講堂の近くまでたどり着いたのは、夜十時少し前だった。
弥生講堂の入り口の階段にローブ姿のアンジェリアが座っており、その足元には、目隠しをされ寝袋にくるまれた寺田の姿が見える。
「アンジェリア。お望み通り、来てやったぞ。」
花村が冷たい声で言うと、アンジェリアはニヤリと嗤った。「寺田を、開放しろ。」
「怖いのね、ペルソナ使いって。あなた、お名前は花村さん、であってる?」
「それが、どうした。」
「大事なのよ。……名前を握ることは、命を握ることだから。」
アンジェリアが手を掲げて何か『音』を唱える。
『陽介!』
次の瞬間、スサノオが花村から抜け出ると、そのまま花村を抱えるように横に飛ぶ。
と、それまで花村が居た場所に触手じみたものが数本生えて地面を打った。
「うへ、あれシャドウか?!」
花村が嫌そうな顔でいうと、スサノオは首を傾げる。
『さあ?見たことないね。でも、似たようなもんじゃねーかな?』
「あっそ。なら戦える、な?」
花村は軽口を叩くと、そのままスサノオを纏い地面に着地する。スサノオを纏った状態でアンジェリアを見れば、アンジェリアの周りを黒い光の渦が取り巻いているのが見えた。
「あなたのその力、何なの?」
アンジェリアは険しい表情になり、花村を睨む。「見たことないわ。」
「おまえになんて、教えねえよ。」
花村は言い放つと、両腕に仕込んでいた苦無を出して構えた。「寺田は返してもらうぜ?」
「できるなら、ね?」
アンジェリアがまた何か『音』を唱える。
ヒュ、ヒュ、と見えない刃が花村へと迫るが、黒い光跡を放つそれを彼はかいくぐってアンジェリアへと肉薄した。アンジェリアが目を見開く。「見えない刃を避けた、だと?」
花村がアンジェリアに斬りつけるも、苦無は黒い光の渦に阻まれ浅くしかダメージが入らなかった。花村は舌打ちしながらアンジェリアから離れ、振り返る。
(物理耐性持ちかよ!)
『いや、少し違うな?』
スサノオが冷静に状況を分析する。『ある程度ダメージを防ぐバリア、が近いな。』
(どっちにせよ、あんまり長引かせてもいいことねーな。)
「そこまでよ、花村さん?」
弥生講堂から、今野ゼミの学生達がぞろぞろと出てくる。
「お前、サシでやるんじゃなかったのかよ。」
呆れたように花村が言えば、アンジェリアは大仰に肩をすくめた。
「だってこっちの攻撃も当たらないし、そっちもスピードはあるけどそんなに威力はないみたい。これじゃ、いつまでたっても終わらないわ。」
その時、花村の後ろから鳴上の声が聞こえた。
「陽介!」
不意に自分の名前を呼ばれ、思わず花村はビク、と反応する。
「ど、うして、」
『はなむらようすけ、お前はそこから動けない。』
アンジェリアがニヤリと口角を上げ放った言葉に、花村は思わず体全体が総毛立つ。
(あ、これヤバイ奴だ。)
花村は、だらだらと嫌な汗をかき出す。(動けねえ……。)
花村の体は黒い光の鎖に囚われ、身動ぎひとつもできなくなっていた。
『鳴上ぃ!』
花村からスサノオが離れ、花村を守るように立つ。『てめーは後でぶっ飛ばす!』
スサノオが叫ぶのと、鳴上と直斗が花村を庇うポジションに立つのとほぼ同時だった。
「スサノオ、どうしてそうなるんだ?」
鳴上が困惑げに言えば、イライラしたようにスサノオは鳴上をジロリと睨む。
『誰かさんが不用意に名前を呼ぶから、陽介が向こうの術中に嵌っだんだよ!』
「そんなことが、」
動揺する鳴上をよそに、花村は冷静に前から来る学生十人とアンジェリアに視線をやる。スサノオの顔に、笑みが浮かんだ。
『マハガルーラ』
次の瞬間、強烈な突風がアンジェリア達を襲う。学生たちが風に立っていられず膝をつく中、アンジェリアだけは風を何かの力で避けつつ花村を睨んでいた。
「貴様、やはり魔法を使うか!」
『ちっ、やっぱりスキルにも有効か。』
スサノオは残念そうに呟き、フワリと浮かんで花村の肩に手を置いた。
「ガルダインだと寺田を巻き込んじまう。ガルーラだとどうやら火力が足りない。ブレイブザッパーは俺が動けないと無理。どうがんばっても十人の学生達を相手にするだけで悠と直斗は手一杯、と。さて、どうすっかな……。」
花村が、アンジェリアを見ながら呟く。かいた汗が顎を伝って落ちていた。
「あの人、面白い魔法を使うわね。」
T大総合図書館の屋上から観ていた女が、笑みを浮かべる。
「主様、」
学ランを来た黒髪碧眼の美少年が、女を見た。「少し、彼らは困っているようです。」
「後から来た2人も同じような魔法を使いそうだけど、封じられてる。青い部屋の人形達の仕業かしら。」
女はブルネットの長髪を軽く掻きあげた。「魔女と戦うなら、魔法を使えないとフェアじゃないわよね。」
「はい、主様。」
「余所の魔女が調子に乗って私達の縄張りでやんちゃするのもつまらないし、少しだけ手助けしましょうか。」
女は両手を天にかざし、『音』を詠唱する。
黒い光が彼女の手の上で踊り、弥生講堂の方向へ飛んだ。
女は微笑み、傍らに立つ少年へ視線を移す。「今回はあなたの提案に乗ってあげる。何より、あの子達を観察しているのは楽しそうだし。」
女は笑みを浮かべ、また弥生講堂の前の様子を観はじめた。
◇◇◇
『我は汝、……汝は、我……』
鳴上と直斗は、急に頭に響いた声に互いの顔を見合わせる。
『今こそ、共に。』
「ペルソナ!」
鳴上と直斗は、同時に叫んだ。
次の瞬間、八十神高校の制服を着た鳴上と直斗が現れる。
「なんですって?!」
アンジェリアが動揺して後ずさりする。花村がカクン、と膝をついた。
それを見たアンジェリアの顔色が変わる。
「あ、動けた。」
花村が間の抜けた声を発した。「いやー、やばかったー。」
「陽介、大丈夫か。」
鳴上が手を差し出し、花村がそれを掴んで立ち上がる。その手は、じっとりと汗ばんでいた。
しかし、学生達もまたゆらり、とゾンビのように立ち上がり花村達を見る。
『鳴上、アイツはある程度のダメージを無効化する術を使ってる。』
スサノオがイザナギの隣に降り立った。イザナギが、得物の鉾を構える。
鳴上は花村と直斗を、周囲の学生達、アンジェリアや相変わらず寝袋に入れられ転がされている寺田の位置を見る。鳴上の中で素早く現状の把握と仲間がすべき最善の行動がシュミレーションされ、構築されていく。全ては三年前のテレビの中、ダンジョン攻略の時のまま。今回はクマやりせのナビが無いが、現実世界の戦闘で異形のシャドウとの戦闘ではないし大きな問題は発生しないだろう、と鳴上は最終結論に達した。その間、およそ三秒。
「直斗はメギドで学生達の足を止めろ。陽介は友人を救出、俺はそのバックアップ兼アタッカーでアンジェリアに攻撃を仕掛ける。」
「了解!」
鳴上の指示を聞いた花村と直斗、そして3人のペルソナは一斉に動き出した。
『メギド』
先制攻撃、とばかりに直斗が唱えれば、ヤマトタケルはその手から全ての属性の力を開放する。
放たれた光は学生たちの前で収束し炸裂した。その強烈なダメージで学生達が跳ね飛ばされ、動かなくなる。
スサノオを纏い、一気にトップスピードに乗った花村がアンジェリアではなく寺田だけを見ていることに気づき、アンジェリアは花村に何かを詠唱しようとした。
『天軍の剣』
イザナギと共に駆けて来た鳴上の言葉に、花村のすぐ後ろに付いていたイザナギが詠唱より早く、光を纏った鉾でアンジェリアを切り上げる。アンジェリアの体がダメージで跳ねる合間に花村は寺田を抱えその場を離れ、アンジェリアへ振り返った。
「が、はッ。」
アンジェリアが息を吐き出したその時、彼女の胸元から首から下げられていたらしい革袋が一緒に跳ね上がっているのが見える。
花村は、その革袋が渦を巻いた黒い光を発している様を見た。
「スサノオ、あの革袋を破壊しろ!」
スサノオが花村から離れ、得物の苦無で革袋を切り裂く。
革袋から何かがこぼれ落ち、アンジェリアが言葉にならない絶叫を上げた。
三人は、アンジェリアから何かが抜けていくのを見る。
アンジェリアは一気に時が進み、容姿が若い美女から老婆へと姿が変わり、その場にパタリと倒れ動かなくなった。
「え、と、これは、一体……?」
直斗が、やっとの思いで花村に問いかける。
『バステじゃね?老化のバステとかあったじゃん。』
面倒くさそうにスサノオが言った。『それより、イザナギとヤマトタケル。久しぶりだな。』
『ああ。そうだな。』
イザナギとヤマトタケルは頷き答えると、金色の瞳で周りを見た。
『主、ここはどこなんだ?』
イザナギは、鳴上へと振り返る。
「俺が通う学校だ。」
鳴上が答えれば、物珍しそうにイザナギは改めて周りを見回す。
『前居たところとは随分様子が違うな。』
『そりゃあ、都会だからなあ、ここ。』
スサノオがドヤ顔で言うのを見て、花村は黙って自分の中に戻す。
「つーか、ゆーう、肩痛いんだが?」
花村の肩を、鳴上はがっしり掴んでいた。
「うるさい……勝手に行った罰だ。」
鳴上から恐ろしいほどの圧が感じられ、花村は後ろを確認することができなかった。
「だからこええって!」
鳴上と花村はしばし痴話喧嘩をしていたが、やがて思い出したように鳴上は手を離す。
「そういや…陽介、友達の様子は?」
花村はハッとして足元を見る。寺田は目隠しをされたまま、未だ口をパクパクさせているだけだ。
「術が、解けてない。」
花村が慌てて寝袋から寺田を引きずり出す。驚いたことに、寺田は縛られても居ないのに体に力がないらないのか動かなかった。「さっきの俺のとは違うのか。」
「なあ、陽介、服の後ろにワッペンを貼るようなデザインってあるのか?」
鳴上が寺田の背中を指さす。花村が寺田の背中を見ると、見たことがない模様のワッペンが貼ってあった。
「いや、こんなところにこんなワッペンなんて貼らないよ。多分、アンジェリアが作った何かだろう。」
花村はワッペンを剥がし、ポイと投げるとイザナギが鉾でワッペンを両断する。ワッペンは独りでに火に包まれ、あっという間に燃え尽きた。
「……けてー!」
次の瞬間、寺田は言葉を発しガバっと体を起こす。「うぉあ、動けた!喋れた!」
寺田は目隠しを取り去ると、周りを見、花村を見た。花村は咄嗟に苦無を袖の中の仕掛けに覆い隠す。
「寺田、大丈夫か?」
ホッとした様子で花村が聞けば、寺田は曖昧な笑みを浮かべて首をかしげた。
「なあ、花村、ここ、どこよ?」
「ああ、ここは、」
花村が言いかけた時、少し離れた場所で電話をかけていた直斗が戻ってくる。
「先輩、関連部署に連絡を取りました。あと少しで警察が到着しますが、犯人がああなってしまった以上、形式的に逮捕後病院に搬送、ということになりますね。」
「ゼミの学生達は大丈夫かな、俺らふっ飛ばしちゃったけど。」
「病院で検査後回復次第、参考人ということで事情聴取がされるはずです。」
「そうか、」
「操られていた、ということであれば心身喪失状態ということで特に罪にはならないとは思いますが、そこは検察の判断でしょうか。」
花村のズボンの裾を、寺田が引っ張った。
「あ、わり、ちょっと忘れてた。」
花村が寺田に手を伸ばし、寺田が立ち上がるのを助けてやる。寺田は花村を肘でつつくと、鳴上と直斗を見た。
「なあ、この二人誰よ?すげーイケメンとスタイル抜群の女子なんですけど?」
「ああ、ルームシェアしてる鳴上と、高校の時の後輩の白鐘。」
「え?ルームシェアしてる?」
寺田は花村がいつも持ってきている、綺麗に詰められ美味しそうな弁当を思い浮かべた。
ああいう弁当は女子が作るものだし花村のルームメイトは女性だろう、と寺田は考え改めて二人を見る。
「あの、俺が、鳴上悠です。」
「僕は、白鐘直斗と申します。」
「え、ええええええええー!」
自己紹介を聞いた寺田は驚きの余り声を出し、花村を引っ張って二人から離れた。
鳴上がそちらを眺めれば、話し声は聞こえないものの、寺田の驚いた様子と困って弁解している様子の花村が見える。
「今度、M大での陽介の評価を彼に聞いてみるかな。」
鳴上は呟き、苦笑いしながら花村と寺田を眺めていた。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
こちらも元々長いチャプターでしたので分けています。
クトゥルフ神話とかいう重めクロスオーバーなので隙あらばイチャイチャしたい
次回は拙卓恒例後日談でアーカムの魔女最終回です。
それではまた次回。